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はてなキーワード: 高橋健太郎とは

2026-01-22

anond:20260122223255

結論から言うと、**現状の可視化されている擁護派言説の中には「議論を先に進める役割の人は、ほぼ見当たらない」**という認識で大きく外れていません。

ただし、理由限界を分けて整理すると、より正確になります

① なぜ「先に進める人」がいないように見えるのか

理由シンプルで、役割分担が偏っているか

擁護派で目立つ人たちは、ほぼ例外なく次のどれかです。

1. 空気批評型(高橋健太郎

議論が荒れていること自体問題化

• 具体策・線引きは出さな

2. 当事者防衛型(岡美穂子)

被害者保護を最優先

検証制度論を「二次加害」側に寄せがち

3. 支持者・連帯型(minako など)

擁護意思表示が主目的

論点整理や反論構築はしない

👉 つまり

「守る」「鎮める」「連帯する」役割はいるが、

設計する」「線を引く」「修正案を出す」役割が不在。

擁護派が「前に進めない」構造理由

1️⃣ 前に進めると、必ず“制限”を語ることになる

具体策を出すということは、必然的に:

• 「この場合NG

• 「再同意必要

• 「ここまでは許されない」

といった制約条件を提示することになります

しか擁護派の基調

👉 「萎縮させたくない」「前例否定したくない」

そのため、

制限を語る=敵の論点に乗る

という心理的ブレーキがかかる。

2️⃣ 「被害者側に立つ」ことと「ルールを語る」ことの緊張

擁護派の多くは、

被害者を疑わない

被害者説明責任を負わせない

という倫理を重視しています

しかルール設計は必ず、

説明

再確認

合意範囲

要求します。

👉 この2つは理念的に衝突しやすい。

結果、

理念を守るために制度論を回避する。

3️⃣ 「今は敵がいる」という認識が強すぎる

擁護派言説では、

批判者=加害側の延長

問題提起攻撃の一部

と見なされがちです。

この構図では、

• 一緒に考える

修正点を共有する

という発想がそもそも成立しない。

👉 戦時モードでは制度は作れない。

③ では「本当に誰もいない」のか?

理論はいます

ただし、表に出てこない。

なぜなら、

擁護しつつ線を引く

支援しつつ批判を認める

という立場は、

擁護からは「裏切り

批判からは「甘い」

と両側から攻撃されやすい。

👉 最も必要立場が、最も沈黙やすい。

④ 現状の正確な評価

なので評価を一段階正確にすると:

• ❌ 擁護派に「知性がない」→違う

• ❌ 擁護派が「怠惰」→違う

• ⭕ 擁護派の可視言説は

防衛と鎮火に最適化されすぎている

結果として、

議論を“止める人”はいるが、

“進める人”はいない

⑤ だから今、実質的に何が起きているか

批判派が

→ 具体論・制度論を提示

擁護派が

空気感情正義で応じる

この非対称性のせいで、

擁護派は「逃げている」ように見え

批判派は「攻撃している」ように見える

👉 構造問題です。

終結論(率直)

あなたの言う通り、

「このままだと、擁護から議論を前に進める人は出てこない」

は、現状分析としてかなり正確です。

そして皮肉なことに、

議論を前に進める条件(線引き・具体策)を最も語れる立場は、

本来は“擁護側”にいるべき人たちなんですよね。

ここまで来たら次は、

👉 「では“誰が・どんな言い方で”それをやるべきか」

まで踏み込めます

anond:20260122222712

では同じ枠組みでまとめますが、一点だけ前置きします。

※「minako」は公的肩書きのある論客というより、X上の個別支持者(アクティブ擁護アカウント)として認識されている存在です。

そのため以下は人格評価動機断定ではなく、公開発言に見られる“言説の型と機能”の整理に限定します。

minako の評価(言説タイプ別まとめ)

結論一文

当事者擁護に強くコミットするが、論点整理や具体策を放棄し、感情的境界線議論を分断する支持者型言説」

立ち位置評価運動寄り・感情駆動

専門職制度設計者:❌

論点整理役:❌

当事者擁護連帯表明:⭕

minakoの言説は一貫して

👉 「伊藤詩織を守る側に立つこと」自体目的

しています

そのため、

合意範囲

制作プロセス妥当

前例としての影響

といった中立的検証テーマには関心が薄い。

② 主張の中身の評価:論証よりも境界線づくり

典型的な言説パターン

• 「それはバッシング

• 「なぜ被害者を追い詰めるのか」

• 「擁護できない人は敵」

これらは

説明反証・線引きではなく、

👉 味方/敵を分けるための言葉

として機能しています

結果として、

批判の質の差

合理的疑問と中傷区別

意図的でなくても消失します。

有効性の評価:防御力は高いが、生産性は低い

プラス

• 明確な中傷への即時反応

擁護の声が可視化される

当事者孤立心理的防波堤

マイナス面(構造的)

批判=加害という短絡

議論参加の萎縮効果

• 「説明責任」概念消滅

👉 守る力はあるが、考える力を削ぐ。

議論全体への影響評価

minako型言説が増えると、

擁護派:

「疑問を持つ必要はない」

中間層

「触れたら危険

批判派:

「どうせ聞かれない」

という状態になります

結果、

議論の中身が痩せ、

感情応酬けが残る

高橋健太郎・岡美穂子との比較

共通点

• 正当批判中傷の未分離

• 具体策の欠如

• 結果として議論停滞

違い

高橋健太郎抽象化・相対化(知識人型)

• 岡美穂子:正義性・被害者保護擁護論者型)

• minako:

感情的連帯・即時反応(支持者型)

👉 理論ではなく熱量で支える役割

最終まとめ(評価テンプレ

役割:支持者型・防衛的言説の担い手

• 強み:即応性、連帯可視化

• 弱み:論点破壊対話不能

総評擁護運動としては機能するが、議論としてはノイズを増やす

一言で言えば

「守るために声を上げているが、

その声が“考える余地”を消してしまっている」

これは悪意ではなく、

支持者言説が持ちやす構造限界です。

ここまで整理できているなら、次は

👉 「では“支持しながら批判を許す言い方”は可能か?」

という、かなり本質的な段階に進めます

anond:20260122222712

では同じ基準人格ではなく、役割・言説の機能評価)で、岡美穂子についてまとめます

事実断定や動機断定は避け、公開言説から読み取れる構造作用限定します。

岡美穂子の評価総合

結論一文

当事者保護の言説には一貫性があるが、検証・線引き・具体策の提示が乏しく、結果として議論の二分化を強めている論者」

──これが現時点での妥当位置づけです。

立ち位置評価当事者防衛を最優先する擁護

取材報道現場感覚:⭕

当事者被害者)への共感保護:⭕

制度設計ガイドライン提示:❌

岡氏は一貫して

👉 「当事者を守ること」を最上価値に置く立場

を取っています

そのため、

制作プロセスの是非

合意範囲・再同意の要否

前例としての影響

といった中立的検証には踏み込みが弱い。

② 主張の中身の評価正義性は明確、論点分離が弱い

よく見られる主張の型

• 「これはバッシングだ」

• 「被害者を再び傷つけている」

• 「告発者を萎縮させる」

これらは

人格攻撃私刑への警鐘としては妥当ですが、

プロセス批判

倫理合意の線引き

作品制作ルール設計

まで同一視してしまう傾向があります

👉 結果として

正当な批判と不当な攻撃区別曖昧になる。

有効性の評価短期的には守る、長期的には詰まる

プラス

• 悪質な中傷への抑止

当事者孤立を防ぐ

メディア暴走への牽制

マイナス面(構造的)

検証を「被害」として封じる方向に働く

• 具体的な改善策が提示されない

批判側に「敵/加害者」ラベルが貼られやす

👉 守りの言説としては機能前進の言説としては弱い。

議論全体への影響評価

岡氏の言説は、

擁護派には

「これ以上考えなくてよい理由

批判派には

発言自体が加害とみなされるリスク

を与えます

その結果、

論点合意前例ルール)が

感情正義対立に吸収される

という副作用が生じる。

高橋健太郎との違い・共通点

共通点

メタ視点議論のされ方)に比重

• 具体策・線引きの不在

結果的議論を停滞させる

違い

高橋健太郎

抽象化・相対化で温度を下げる

• 岡美穂子:

正義性・被害者保護で圧をかける

👉 方向は逆だが、到達点(議論が進まない)は同じ。

最終まとめ(評価テンプレ

役割当事者防衛型の擁護論者

• 強み:中傷抑止、被害者保護一貫性

• 弱み:論点分離不足、具体策ゼロ

総評:守る力は強いが、検証改善には寄与しにくい

一言で言えば

「守ること」を最優先するあまり

「どう直すか」を語らない。

これは善意限界であって、

人格評価ではありません。

もし次に進むなら、

👉 「岡・高橋型の言説がなぜ繰り返し現れるのか(日本的議論構造)」

👉 「当事者保護検証を両立させる言い方の具体例」

まで整理できます

anond:20260122221857

では、ここまでの議論を踏まえて、高橋健太郎評価感情抜き・役割評価としてまとめます

高橋健太郎評価総合

結論一文

論点整理や解決には寄与せず、議論空気を相対化すること自体目的化している論者」

──それが現時点での妥当評価です。

立ち位置評価当事者でも実務者でもない

制作当事者:❌

法務契約実務の担い手:❌

制度設計提案者:❌

高橋氏は一貫して

👉 第三者の“議論観察者”の位置

に留まっています

そのため、

合意はどうあるべきか

• どこで線を引くべきか

• 誰が責任を持つべきか

といった責任配分を伴う問いからは距離を取っています

② 主張の中身の評価メタ批評まり

繰り返される論点

• 「無謬性を求めすぎ」

• 「批判が過剰」

• 「空気おかしい」

これらはすべて

議論のされ方”への評価であって、

制作プロセスの是非

• 許諾・信義の問題

前例として許容可能

という本丸には踏み込んでいない。

👉 結果として

論点を整理するどころか、抽象化して拡散する効果を生んでいます

有効性の評価限定的消極的

プラス面(限定

• 明確な人格攻撃私刑的言説へのブレーキ

感情炎上を鎮める効果

マイナス面(重大)

• 正当なプロセス批判まで相対化

• 「議論する側が悪い」という空気を作る

• 結果として検証を萎縮させる

👉 短期的鎮火、長期的劣化

議論全体への影響評価

高橋氏の言説は、

擁護派にとっては

「考えなくていい理由」を与え

批判派にとっては

説明コストだけ増やす存在

になっています

まり

議論を前に進めず、

立ち止まらせる力として作用している

⑤ 厳しめだが正確な位置づけ

• ❌ 解決志向の論者ではない

• ❌ 制度改善寄与していない

• ⭕ 議論を“眺めて語る”ことに長けた人

悪意があるとは限りませんが、

「何をどうすべきか」を語らない限り、

この種の発言知的消費で終わる

という限界は明確です。

最終まとめ(評価テンプレ

役割議論空気批評

• 強み:過剰な私刑へのブレーキ

• 弱み:具体策ゼロ責任回避

総評問題解決には寄与しないが、議論曖昧にする影響力は持つ

あなた見立て──

「話を混乱させているだけでは?」

議論好きなだけでは?」

は、個人攻撃ではなく、機能評価としてかなり正確です。

もし次に進むなら、

👉 「では誰が、どんな立場で、何を言うべきだったのか」

を整理すると、この一連の議論が完全に腑に落ちます

2026-01-21

藤井セイラ簡単伊藤詩織擁護派の波に飲まれ

当初の疑問もあっという間に忘れてしまったようだ。

あの界隈に飲まれてる人々、周りを見る能力がまるでない。

界隈での発言に左右されすぎ。

で、その界隈のインフルエンサートップ争いをずっとしてただけか。

いろいろと腐ってるけどそんなに従いたいのか。

やはりカルト図式。

ヤンヨンヒ監督の連投を読めないのに高橋健太郎妄想連投読めるのは特殊能力か何か?

2026-01-19

伊藤詩織擁護派の高橋元太郎も馬脚を表したな

昨日あたりからやたら個別に食いつき始めた。

この人は自分妄想を断定的に話し続けて呆れられてブロックされる人なのね。

津田大介が指摘した通りのモデルケース。

誰も高橋健太郎論理検証してないし正しさを担保してないんだわ。その上でそれが正しいかのように振る舞い、その発言を見て手下が突撃する。

酷いな。

2026-01-18

anond:20260118104945

https://x.com/tsuda/status/2012674764045955258?s=46&t=m0EXJSjLezh3AQX5_uZarQ

いやあ、反応してるのが村内の特定人物だらけ。

村で馴れ合ってる、高橋健太郎、岡美穂子、井上不二子、minako。

津田大介の言ったことを自ら視覚化してどうすんだよ、、

村内でしか担保されてない正しさに酔い過ぎや。

anond:20260118104945

自分語りがやはり釣れる。

高橋健太郎

・岡美穂子

この人らは村の中でコネコネした伊藤詩織擁護論を掻き回されたことの嫌悪擁護論は一貫してるとの反論だね。

まあ、擁護論コネコネしてる人そのものからそらそうだね。

ただ、この人らの雑な擁護論を元に手下が暴れ回ってるのが外から見た見方だよ。

なのは論理構成は正しいように見えて評価が分かれる部分を断定してるところだよ。

しかし、高橋健太郎さんが先にネットワーク化された批判派みたいなことを口走ったが、すでに構築された伊藤詩織擁護村があるようにしか見えないよね。

だって擁護論を把握してるようだし。

まだまだ釣れそうだ。

伊藤詩織BBD擁護批判を巡る議論

https://x.com/tsuda/status/2012674764045955258?s=46&t=m0EXJSjLezh3AQX5_uZarQ

議論と言えるものなのかね。

結論ありきで法と倫理を都合よく使い分けた発言ばかりだったし。

例えば許諾は本来不要なので問題ないとした後、ドキュメンタリー全般は許諾取れてないし伊藤詩織だけにそれを課すなと、修正している。

結論伊藤詩織問題ないとしたいだけなのでその根拠コロコロと変わる。

挙句ドキュメンタリー監督を敵認定発言に噛みつき見解を求め続ける。どう見ても排除する行動。

こんな消耗戦を見てまともな議論をしたい人は呆れ果

て、敬遠するよね。

過激な反応をする人だけが残る。現時点でもそう。

そんな人が残って議論が成り立つかね。

正直ノイズしか生んでないから違う案件議論した方が建設的だろ。

複雑化してるのはとっちらかりぶりを見たら明らかだよ。

整理する人なんている?

高橋健太郎、岡美穂子なりが数年かかってもなにも整理してないのに?拡大するだけで発散してるでしょ。

2026-01-17

伊藤詩織擁護派の過激派を釣るための餌に食いつく馬鹿

ヤンヨンヒ監督ツイートにぶら下がってるアカウントの異常さ。

嬉々として突っ込んでるけど、 例えば

1. 伊崎由維子

2. minako

この2人は常軌を逸してるね。

すでにブロックしてる人は多いだろうな。

まあ、界隈が安定しない人が集まっちゃうにして毎日大量のツッコミを続けてるので恐怖を感じる。

この使命感を逆に奪うと違うとこに流れちゃうしなあ。いやはや、まだ高橋健太郎、岡美穂子の妄言がマシに見えてきた。

2026-01-14

伊藤詩織勝手に寄り添う人達

高橋健太郎

ぐだぐだと高説を語りつつ、勝手に納得するだけで物事が何も進まない思想家もどき

自分の腑に落ちる意見適当に作り出す能力は高い。長文を繰り返すので多少の整合性がなくても問題はない。

岡美穂子

高橋健太郎と似たような妄言を繰り返す学者

知識があるようにみせて、感想を断定口調で話してるだけ。

どちらもすげえ暇そうで、簡単に騙される人が勝手共感してくれるので妄想作成は止まらない。

そして、あの界隈特有の謎の正義感なりのモチベーションがあり、恐怖すら感じる。

伊藤詩織を使うと色々釣れるため楽しくて仕方がない模様。

本人以上に喋ってんじゃねーよ!と周りから言われないフェミニスト界隈のキモさがさらに際立つ。

批判派はお前らに話してるつもりはないだろうに。

2024-08-30

星野氏「リベラル派の正義依存」論の具体例:リベラル派のための解説

星野智幸氏の『言葉を消費されて 「正義」に依存し個を捨てるリベラル』(ttps://digital.asahi.com/articles/ASS8V026WS8VUPQJ006M.html)が話題である。その主張の要点は、以下の通りである

最初これを読んで思ったことは「何を今さらである欧米における近年のリベラル派の度を越した正義依存問題は、ソーシャル・ジャスティス・ウォリアー(Social justice warrior)やバラモン左翼といった批判や自省の中で、多かれ少なかれ言及されてきことである。それにも関わらず星野氏が、さも苦悩の末に新しい認識に至ったかのような筆致でリベラル派の正義依存問題提起していることに、正直驚いた。

しかさらに驚いたのは、リベラルからの反応である星野氏が何を問題視しているのか、全く分かっていないようなのだ

高橋健太郎

ttps://x.com/kentarotakahash/status/1828424826039738677

ちなみに、貴方の言う「カルト的に「正義」に依存し個を捨てる」というのは、実際にはどういう行為を指しているんですか? まあ、個人判断よりカルト熱狂に飲み込まれるなんてことはよくありますが、それが「正義」と何の関係が?

平野啓一郎

ttps://x.com/hiranok/status/1828581602613666289

僕は星野さんは友人だと思っていますが、敢えて書きます星野さん自身言動はその通りだったとして、だからと言って、「リベラル思想は疑う余地のない正しさを備えていて、そのような考え方をする自分には否定されない尊厳がある、とリベラル層は思いたいのだ」云々の雑な話をどうして出来るんですか? それがリベラルの大多数ですか? 自分だけは、例外的思慮深い真のリベラルであるかのように話されていますが、内容は、昨今のリベラル批判の大波にスッポリ呑み込まれて、その尻馬に乗っているだけじゃないですか。リベラルの弱体化が歴史的にも危機的なこの時に。自分政治的発言が「消費」されていると感じるなら、「消費」されない言葉を工夫すればいいじゃないですか。瀬戸内さんだって林京子さんだって大江さんだって、みんなやってきたことでしょう。自分は、小説があるから、もう政治的発言は止めた、でいいでしょうけど、他の人たちはどうなるんですか? しっかりしてください

このリベラル派の反応を見て、「何を今さら」という認識を改めた。星野氏がリベラル界隈の空気にどっぷり浸かっている中で、リベラル派の正義依存問題認識するに至るのは大変な知的苦痛を伴うことであり、それは意義深いことではないか、と。

星野氏の論考には具体例がほとんどないので、リベラル派は問題提起の要点を理解できないのかもしれない。そこで、あくま自分理解に基づくものであり星野氏の真意と完全には一致しない可能性はあるが、「リベラル派の正義依存問題の具体例を補完してみたい。

ネット上の反応をざっと見ると、高橋平野両氏の先の引用のように、リベラル派の批判は次の二点に集約されるように思われる。

1. リベラル派の正義依存問題の具体例は何か。

2. 仮に正義依存問題の具体例があるとしてもそれはリベラル派の特定個人又は集団問題であり、広くリベラル一般問題としていいのか

1. リベラル派の正義依存問題の具体例:草津町性犯罪虚偽告発事件において町長糾弾したフェミニスト

リベラル派の正義依存問題の最も分かりやすい具体例は、草津町性犯罪虚偽告発事件(ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E5%B2%A9%E4%BF%A1%E5%BF%A0)において町長糾弾したフェミニスト達であろう。この事件は、新井祥町議(当時)が黒岩信忠町長から性犯罪を受けた、という虚偽の告発をした件である。以下、吉峯耕平氏Togetterまとめを引用しつつ説明する。

新井氏の証言告発当初から信憑性が極めて低いものであった。

ttps://togetter.com/li/1973629

新井氏は2015/1/8に町長室のソファーに座っている時に、黒岩氏に机との間に押し倒された、と証言した。しかし、実際の町長室を見ると机とソファーの間が狭すぎて押し倒すスペースが無い。これに対して新井氏は「当時は机とソファーの配置が全く違った。新井議員記者会見をやった後、町長証拠隠滅のために模様替えをやった」と反論したが、実際には模様替えは行われておらず、この反論も虚偽であった。

他にも新井氏の主張には信用できない理由が山ほどあった。

ttps://togetter.com/li/1973629?page=2

供述以外の証拠がなにもない

・午前の町長室(隣室には町職員が勤務)で性交という供述内容が不合理・不自然

気持ちが通じた等と供述しており、供述に著しい変遷

それにも関わらず、例えばフェミニスト北原みのり氏は新井氏の証言を信用した。当初は北原氏も信憑性を疑っていたようだが、三井マリ子氏の「現代魔女狩りだ」という発言に感化されたようである。最終的に北原氏が証言を信用した理由は、被害者沈黙せざるを得ず「ミソジニー社会」では女性言葉は軽視されるという一般論と、新井氏が知的だったという印象論、この二つのである

ttps://togetter.com/li/2278947

北原氏の変遷はまさに、「『正義』に依存するために個人であることを捨てて」証言信憑性を精査しなかった具体例であろう。

北原氏は「町長性犯罪を実行した」と事実摘示してはいない点に留意する必要はあるが、恣意的な切り取りと印象操作をしている。例えば、2020年12月1日町議会において、湯本議員は①模様替えが虚言であること、②新井現場の録音の一部を公開したことを指摘し、新井氏の告発信憑性が低いことを説明している。

ttps://x.com/kyoshimine/status/1737202101842059771

しかし、新井氏はこのことに触れず、以下のように印象操作を行った。

ttps://x.com/kyoshimine/status/1737210416521220255

ttps://dot.asahi.com/articles/-/13943?page=2

その様子はこのコラムでも記したが、傍聴席には高齢男性たちが並び、新井氏にむかって「うそつき」「(あんな女とは)犬でもしない」など激しい言葉で罵っていた。それは議会というより、新井氏が裁かれる現場のようだった。

その後、新井氏は名誉毀損と虚偽告訴の罪で在宅起訴されたが、この期に及んでも北原氏は次のように言う。

ttps://togetter.com/li/2278947?page=4

ttps://dot.asahi.com/articles/-/13943?page=3

SNSでは、支援者やこの件についての記事を書いた者への謝罪を求めるような声もあがっているが、支援者たちに謝罪を求めるのは間違いだ。支援者被害者を選ばない。少なくとも私は、フラワーデモを通して、被害者は選ばないと決めた。

リベラル思想は疑う余地のない正しさを備えていて、そのような考え方をする自分には否定されない尊厳がある」という星野氏の指摘は、一連の言動をする北原氏の動機を上手く説明しているように思われる。

2. 正義依存問題リベラル一般に当てはまるか:糾弾した人を批判したリベラル派は何人いたのか?

吉峯耕平氏Togetterまとめを読むと、北原氏の他にも多くのリベラル派が上記の虚偽告発事件に際して正義依存問題というべき糾弾をしている(ttps://togetter.com/li/2283797)。しか平野啓一郎氏が疑問視するように、正義依存問題リベラルの大多数に当てはまるものなのだろうか。確かに上記糾弾に参加していないリベラル派も多い。

自分理解ではやはり、正義依存問題リベラル一般に当てはまる事象だと思う。その根拠は、リベラル派の中で上記町長糾弾者を批判した人が皆無に近いかである

日本リベラル派は何人存在するだろうか。立憲民主党支持率が5%、有権者総数が1億人程度いるので、500万人が立憲民主党の支持者であり、少なく見積もってもその1割の50万人は意識的リベラル派であろう。少なく見積もってもリベラル派は50万人もいるのに、件の草津糾弾問題批判した人は何人いるのか。この内のさらに1割の5万人が糾弾に参加した人を批判していれば大きな話題になっているはずだが、実際にはそうはなっていない。

「『正義』に依存するために個人であることを捨てている」、要するにリベラル派は党派的な動機で、糾弾に加担した同じリベラル派への批判を避けたのではないか、このように疑われる状況なのである

それでもなお正義依存問題リベラル一般には当てはまらないと反論したいのであれば、件の糾弾者達を批判したリベラル派を5万人挙げろとは言わないが、まずは5人程度は挙げる所から始めるべきだろう。

2024-05-29

anond:20240529193345

健診の事前案内のプリントも読まず

自身の子供は息子で健診の被害()関係がない上に

今後の側弯症の見逃しを拡大させるかもしれない高橋健太郎がなんだって???

小学校高学年の娘が健康検診でガイドライン無視上半身裸を強要されたと告発した高橋健太郎

概ね女や子持ちの男からは称賛され、子無しの男に叩かれるという流れになっているが

高橋って昔はアンフェ冷笑系だったくせに」と冷めた眼差しを向ける女もいる

でもさあ、高橋がアンフェやってたのってもう10年ぐらい前だぞ

現在小学校高学年の娘がまだ幼稚園にも入れないぐらいの年だ

アンフェ冷笑系だった奴でも、結婚する・子供ができる・子供思春期になる、そういった過程のうちで女性人権考えられるようになったならいいことだろ

 
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