はてなキーワード: 離婚とは
女は決して手順を改善したり効率化したりといったPDCAを回したり内省したりすることはないが、どんなにストレスがたまったとしても仲間内で愚痴を言い合ってスッキリして元通りになる。
そしてまた決して出来がいいわけではないが家事や育児を60点くらいで淡々とこなしてくれる。
この退屈な日々を女はきちんとこなしてくれる。
この家事育児に男が共同作業者として加わってしまったらどうなるだろうか。
男は「解決」を好む生き物だ。手順が複雑なものはスムーズにことが進むように再構築し、時間がかかるものは短縮あるいは削減しようと頭を使って考えるだろう。
一方女はそもそも変化を好まない。9割うまくいきそうな方法でも1割失敗する確率があるなら、その1割を理由に変化を拒む。
こうして男と女は衝突する。。
そこでも女はこのストレスを愚痴というかたちで解消できるが、男はストレス源を取り除くため、「離婚」という選択肢を考え始める。
一番の「負われてみた」を、ずっと「追われてみた」と思っていた。だから私の中では、赤トンボの群の中で、子どもが赤トンボと追いつ追われつのかけっこをしている風景を浮かべていたのである。次に三番の「十五で姐やは嫁に行き」の部分である。その子どもの「お姉さんが15歳でお嫁に行った」と考えていたのである。昔は15歳でも結婚したのだなと勝手に解釈していた。
本当の意味はどうなのか。まず「負われてみた」は「背負われてみた」なのだ。「負う」は「背負う」という意味なのである。そして「姐や」は「姉」ではなく、「子守娘」のことなのだというのである。三木自身が『赤とんぼの思ひ出(日本童謡全集S12)』に「・・・姐やとあるのは子守娘のことである。私の子守娘が、私を背に負ふて広場で遊んでいた。その時、私が背の上で見たのが赤とんぼである・・・」と書いている。実際、三木に姉はいない。さらに、子守娘は15歳で嫁に行ったのではなく、三木が15歳になった時に嫁に行ったということなのである。自分の誤解のすごさに素直に驚いてしまう。
三木の両親は、三木が7歳の時に離婚をしている。母親がだらしない生活を送っていた父親を嫌って家を出ていったのだ。三木は祖父の家に引き取られるが、そこで出会ったのが、お手伝いとして雇われていた三木の子守娘となった「姐や」なのである。この「姐や」は母親のいない三木をかわいがってくれたということだ。
「赤蜻蛉」は、三木が自身のさびしい幼少時代の思い出を歌ったものなのである。
それにしても・・・私の誤解は、事実を知れば知るほど滑稽に思えてくる。きっと他にも誤解している歌があるに違いない。そっと調べてみようと思う。
優しさ真面目だけで勝負してるんだから、ちょっとでもサボったら終わりじゃんって思っちゃう
年収とか学歴とか顔で選んでもらえば、そうそう条件変わらないけど、優しさや真面目なんて定量的じゃないから相手の求めるものから外れたら段々終わりに近づくよな
独身、子無しでコスパ良く生きようみたいな話はよくあるが、実際独身、子無しで生きて既婚者、子有りと同じくらいの強度を持った人生を生きることはできるのだろうか
ここで言う強度とは、社会的な価値を感じられることや感動することや安心感や人生の目的などいろいろ
※リスクの話をすると取っ散らかるから、障害児が生まれたらとか、離婚したらとか、趣味に飽きたら、趣味の人間関係が悪化したらとかは無いものとする
まずアニメ鑑賞、映画鑑賞とか受け身形の趣味はたとえそのコミュニティに所属したとしても全然敵わないと思う
スポーツは人の輪はできそうだけど、それだけだと弱い気がする
大会とかに出たら目的は生まれそうだから人生に強度を持たせることはできるかな
ずっと漫画書いてる友達楽しそうだし何だかんだ人の繋がりができるし
自分の叔父で生涯独身だけど、趣味の囲碁をボランティアで子供たちに教えていて充実してそう
ワイが仕事を金を稼ぐ手段としか思ってないからこの人生で強度を持たせられるビジョンが一切浮かばないけど
もちろん独身、子無しは金がかからないが、子や家族のかわりになる概念がないと結局生きにくくなりそうで、あまりそれが思い浮かばない
高校を中退して10年が経った。不登校というやつだ。どういうわけか俺が中退してからも何かと面倒を見てくれるやつがいて、今度そいつが結婚する。そいつはそいつで俺と同様に異常な家庭で育てられていたのだが、そいつはそこから抜け出すために「普通の人生」(実際には全く普通でなく社会の上流にいないと不可能とされる)を自身の執念と努力によって獲得しつづけてきたという点で俺とは圧倒的に違っていた。だからストレートで修士まで行って典型的なJTCに入ったし、お相手とは院生時代から数年の交際・同棲のすえ別れることもなく結婚した。この調子だと数年以内に男女の子どもができてマイホームを建てて子どもたちは私立の進学校から旧帝大か悪くても早慶以上に行って最期は愛妻や子や孫に見守られながら安らかに息を引き取ることだろう。少なくともそれを目指すはずだ。これまで意識的にそうしてきたように。
さて俺はというとその間ずーっとヒキニートである。20年前に両親が離婚してからはずっと母親に養われてきたが、この人はなんというか、雲母坂まりなちゃん家のタッセルとコンブチャ母みたいな感じであり、そんなだから常に金は無く、祖父の遺産をつぶすことでどうにか暮らしている。その祖父が死んだときに青山で買った喪服が唯一持っている礼装で、たしか店員が「結婚式にも使える」ということをしつこくアピールしていた。しかしさすがに黒ネクタイというわけにはいかないだろうから買わねばならん。
買わねばならんというのは式に出席するならの話だ。そいつが「普通の人生」にどれほどこだわってきたかは俺がまだ学校に通っていた頃からずっと聞いてきた。その点においてこの度の結婚はとても喜ばしい。祝福できる。ただ、だからこそ出席するからにはこちらも「普通の人生を歩んでいる人の学生時代からの普通の親友」でいる必要がある。今の俺にそれができるか?無理だろう?しかし、かといって欠席するとどうだろう、「この人は前々から予定空けといてねと念押ししつづけてきた学生時代の親友にすら結婚式に来てもらえないような人なんだ」と思われやしないか?
ここで「そんな普通の人生を歩んできたやつなら学生時代の友人なんてほかにいくらでもいるだろう、お前1人いなくなったところで気にしねえよ」という考えが浮かぶかもしれない。しかしよく考えてほしい。そんな中わざわざ俺とつるみつづけていたのだ。何故だと思う?しかも聞くところによると高校時代のイツメンはほとんど海外に留学していて日本にいるのは俺ともう1人くらいしかおらず、そのもう1人というのも親の介護でそれどころでなく出席できないというのだ。大学の友人は知らんが、とにかくかなり強めにお願いされている。これは祝儀で少しでも回収しないといけないという事情もあるのだろうが、ほんとうに呼べる友人が少ないのではないか?
実際そいつは在学中から数えるともう15年以上本当に良くしてくれている。異常家庭話で盛り上がれる稀有な存在であり、それはもしかすると向こうにとってもそうなのかもしれない。「タッセルとコンブチャ母みたいな感じ」というのはそいつの親にもいえる形容であって、離婚していない分むしろより近いとすらいえる。だから祝福したいという気持ちはある。ここで欠席することで関係を悪化させたくないというのもある。しかし、俺は「普通」をできない。結婚式なんて参加したこともない。いとこの結婚式にも呼ばれなかった。これは呼ばれなくてよかったと思っている。一応母親にも聞いてみたら、母親も結婚式に出席したことがないという。本人もデキ婚で式なんか挙げていない。その結果生まれたのが俺なので迷惑な話である。
それはさておき、YouTubeで結婚式の流れを調べようとすると式を主催する新郎新婦側向けの動画ばかり出てきて招待されるゲスト側の流れが全然分からない。検索するとたいていトップにゼクシィが出てきて「答え」を教えてくれるが、それ以前のもっと根本的なところが分からないのだ。俺が「普通」をやりたくないのは演技に耐えられないからだ。一般論として、繁殖行為はクソ喰らえだと思っているし異性とクネって結婚とか気色悪くて吐き気がする。社会性をエミュレートするにあたって誰かが結婚したり出産したりしたら形式的に祝意を表するというのは分かる。「おめでとう」5文字を唱えて終わりというだけならまだ2,3日寝込む程度で済む。普通の結婚式なんてのはその卑しい社会性とやらを結集させたようなものであり、とても耐えられる気がしないのだ。どうすればいい?ゼクシィにはそこらへんも書いてほしいよな。
https://x.com/IterIntellectus/status/2012220254504530043
投資家ビル・アックマン氏が呈した疑問をXにてvittorio氏が可視化、分析しています。以下は要約です。
離婚法の影響:女性が経済的に有利な形で離婚が可能に。資産分配や子どもの親権が女性寄りで、独立を促進し、政府依存を強める
福祉・政府プログラム: 女性向け支援が「国家との結婚」を奨励し、より大きな政府を支持する投票行動を生む。結果、保守化しにくくなる
出産・母性の遅れ: 低出生率や遅い出産が母性による保守価値観の形成に影響。子供を持つと保守化しやすいが、現代トレンドがこれを逆行
エンゲージメント駆動:アルゴリズムが感情刺激コンテンツを優先し、エコーchamberを形成。女性は社会正義・被害ナラティブに引き込まれリベラル化、男性は攻撃性・撤退型コンテンツで保守化。
ジェンダー差の増幅:女性の社会的プレッシャー活用 vs. 男性のドーパミン供給(ポルノ、ゲーム)。スマートフォン普及(2008年頃)以降、グローバルに分極加速
証拠と議論:研究でSNSの分極効果確認、世界的なジェンダーギャップと一致。X上では両性とも「捕らわれの身」との指摘多し
ー今後の影響
これら要因が相互作用し、国家肥大化や持続不可能な分断を生む可能性。構造的・アルゴリズム的両面からジェンダー分断を助長
はるかぜちゃんのお母さんは一般の美女が25歳ぐらいで抱える悩みを克服できないまま50歳超えちゃったんだな
娘を芸能人にして娘とべったり癒着していた頃は自分の年齢忘れられたのかな
いくりちゃん老けたな🥲
かわいいだけで生きてきたのでなかなか老いを受け入れられない、もっと勉強しておけばよかった笑
人はいつか老ける かわいいだけじゃダメになる日が来るんだぜ!!
50歳の誕生日前はこんなんだった
最近ありがたいことにこんな歳のいくりをすきになってくれるひとがいたり、大切に女の子扱いしてもらったり
気はずかしいけどかわいいって言われるのいくつになっても嬉しいね
49歳が「女の子」自認だった恐怖
少子化の主因は
第1子を産まない
産んでも1人で止まる
であり、婚姻数の不足は一要因にすぎません。
結婚しても
住宅費
教育費
保育の不足
が解決しなければ、出生数は伸びにくい。
③ 大きな副作用・歪み
若年・未婚を優先採用
すでに既婚者を敬遠
同じ財源を使うなら、少子化対策としては
第1子・第2子の直接給付
のほうが、出生数への弾性は高いと考えられます。
出生数増加 ×(間接的・弱い)
副作用 大
制度の歪み 大
補足:もし制度を改良するなら
この案を活かすなら、単独ではなく、
出生数連動型(第1子誕生で控除)
男女とも育休取得を条件に加算
などと組み合わせて、
「結婚 → 出産 → 育児」の連続的インセンティブにしないと、
要するにこの制度は、
その割に離婚率高いのはなんで?
海外のパパさんたちが「俺たちは育児する権利がある、育児することは俺たちの利益だ」と主張し続け、実際にパパ育休を勝ち取って育児に参加してたからなんだよな
全て母親任せで育児しろと言っても嫌々のバカジャップランドのバカジャップオスが言うのはちゃんちゃらおかしい
離婚前に育児しなかったバカジャップオスが、離婚して急に育児できるようになりますか?しかもソロで?
無理
バカジャップオスは親権を欲しがるが、その親権を得た展望に「育児は外注できるんだ!」と自分が育児しないことを入れてるようじゃいつまで経っても親権は渡せないね
元々不仲な夫婦なので離婚するまで待てる(あるいは破局の流れに棹差す)ケースもあるやろと横
(そんな都合のいい条件を後出しするなとか言われるかもだが、どうせ元増田も実際に体験していない空事について語ってるだけだろうから、何言ってもいいやろ)
男は「自分が思っていた家庭像と違いました⋯」って逃げたくなるよな
あるケースで子供2人目までは健常だったけど、3人目の子供がうまれつき重度の障害があって
医ケア児だった
両親は2人目までの子育てが楽しかったから、3人目の子供を作ったんだろうけど
父親は3人目が生まれた直後は「3人も子供を産んでくれてありがとう」と母親に優しい言葉をかけて、母親は「障害児を産んだのにこんなに優しい言葉をかけてくれるなんて!」と夫に感動してた
でも、そんな優しい父親も3人目の子供の影響で鬱病になってしまい、
家をでた
妻、3人の子供と同居してたら父親は心が追い詰められてつらすぎたんだと思う
だから、父親は離婚して、別居して、子どもたちの顔も、障害児の育児で苦しむ妻の顔も見ないようにして
母親は父親以上に我が子を愛していたから、父親のような人生を選ぶことはできなかった
結婚しても、子ども作っても、男が「あぁ、外れを引いてしまったな」と思うようなリスクがある
その気になって頑張ってローン組んでマイホーム買って住み始めてからひと月も経たない内に妻が子供と出ていった。
何度連絡しても電話出ないしラインも既読スルーされて呆然としていたが、
妻からやっときたラインは 「実は〇〇(子)はあなたの子供では無かったの」というものだった。
結婚直後からずっと元彼と関係が続いていて、関係あった時期とタイミングも重なっていたので
妻自身が「もしや…」と思ってこっそりDNA検査してて確定なんだって。証拠も見せられたよ。
「いつそれを知ったんだ?」って聞くと、マイホームを購入する話をしていた時。
実際に家を買ったのはそれから数年後。
「何でその時言わなかったの?」って聞くと、 「生活は安定してたし、元彼は鬱で色々大変だったから黙ってたの。
家も買ったらあなたの事も子供と一緒に家族として愛せると思っていた」だと。
で、実際に頑張って家を買って暮らしてはみたものの「やっぱりしっくりこない」から、元彼と我が子と三人でやり直すという。
あんなに可愛かった子供が実の子では無かったのもショックだし、愛していた妻の裏切りもショックだった。
すっかり呪縛の様になった家にも住む気がしないから、家を出て狭く古いアパートで暮らし、誰も住んでいないマイホームのローンを支払っている。
「孫の顔を見られるまで生きてて良かった、○○さん(妻)には感謝している、○○(子)の成長を祈っています」
と、亡くなる直前に書いたというメモを、最期までお世話をしていた看護師さんに見せてもらった。
しんどくて辛くて文字も震えてて、それでも懸命に伝えようとしてくれたんだよな。
コロナで見舞いにもロクに行けず、最後の顔もロクに見れず、どんな気持ちで旅立ったのか想像もしたくない。
孫は俺の子供じゃ無かったよ。こんな事知らないで旅立ったのは唯一の救いだったのかもな。
もう30後半だし、お金の事で離婚もまだ出来てないぐらい揉めてるし、再婚は難しいだろう。
「私が優柔不断だったのも悪いから、慰謝料と養育費は減額してあげます」だって。
ふざけるなって拒否したら「私達には幸せになる権利は無いの!?
このひとでなし!男らしくない!」と罵倒された。
こんな仕打ちされても我慢して見送るのが男なら、俺は人間じゃなくたって良いよ。
でもどうしてせめて子供出来て家を買おうかって話してた時に言わなかったの?
人の人生を何だと思っているのか。
もうこの先に絶望しか無いし、死にたいけど今死んだら戸籍上まだ妻だから
アイツに俺や両親の財産が全て行くのかと思うと死ぬ権利すら無い。
離婚が成立するまでの我慢だけど死ぬ権利すら妻に奪われている。
一体俺が何をしたって言うんだろう。あんな奴と結婚してしまった。
ただただ苦しく後悔しか無い。
決して豊かとまではいかないが、親子3人で生活するには十分なくらいの稼ぎがあったのに(年収は800万ちょっと、貯金は1000万以上あった)
電気やストーブ、換気扇がついたままだとギャーギャー騒ぎ、ヒステリックに消して回っていた妻。
1時間以上つけっぱなしとかならまだ分かるけど、ちょっとトイレ行くだけの間とかでも絶対に許さず「電気代が勿体無い!」と怒鳴り付けていた。
冬、仕事から帰宅すると、部屋が異様に寒く、娘がエアコンもつけずに部屋で遊んでて「寒くないの?」と聞いたら「エアコンつけるとママが怒るからやだ」と。
「寒かったら気にせずエアコンつけていいんだよ」と言ったけど、それからしばらくしたある日、娘は部屋の中で凍死した。
斎場で妻、正確に言えば元妻は「なんで」と泣き崩れてた。
「お前のせいだよ」と言いたかったけど、言えなかった。
離婚して3年経ったけど、あちらは「(俺の)安月給のせいでエアコンもロクにつけられなかった」から死んだと言って回っているそうだ。
凍え死んだ娘に触った時の感触が忘れられない。