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はてなキーワード: 宮崎駿とは

2026-01-25

初めて千と千尋の神隠し見た

思うところあって近所のレンタルビデオ屋で借りてきた

未来少年コナン宮崎駿に脳を焼かれて宮崎駿作品にハマり君たちはどう生きるか劇場で見たけど千と千尋の神隠しは見てなかった

なんか世の中にものすごく受け入れられていたのに抵抗があったのかもしれない

見ての感想としては思ってたより遥かに面白かった

テンポが良い

すぐに世界に入れる

画面から不穏さが感覚として漂いこわい

笑いどころがある

カオナシが心底キモい

千尋が可愛くて動揺する

鉄道の旅が良い

ハク王子さま

かまじいイケメン

それで中身には全然関係ないけど一番感動したのは画面を斜めに横切る草原の上に青空と白い雲の画面

脳を焼かれた宮崎駿レイアウト

2026-01-24

ここから先は、教養知識が次の段階になる

「全体のストーリーを決めずに作り始める」

大きなテーマ自分の中の小ネタをひたすら繋ぎ合わせるだけ、みたいな作品になってしまった。

って、批判のようで批判になってない

かつて、いわゆる三幕構成、五幕構成、あげればきりがない、ストーリー類型などのような王道ストーリーを作って作るやり方があり、それが流行だった時代はあった

いまもそれは存在はしてるが、その構成であまりに多くのストーリーが溢れているし、多くの観客が先を読めるようになってしまった

ストーリーの期待を破るために、主人公が突然死するとか、ストレートすぎる裏切りを入れるのもでてきた

なんで映画館いかなくちゃいけないのか、なんでお金を払って時間を使ってそれをみなきゃいけないのか、を考えるほど

先の読める安心するストーリーでは観客が満足しなくなったし、早送りでみてストーリーがわかればいい人が増えた

それに、映画監督は、観客の奉仕者ではなく、ほかの大衆と同じように、自分能力表現を向上させ続ける欲望も何かに挑戦する欲望もある

からこそ

どこに向かっているのか、主人公は次に何をすべきか、が全く分からない

このように構成する

それに映画は、ストーリーだけではなく映像音楽も単体での娯楽であり、ストーリーオマケや修飾、具現化ではない

ある場合には、総合的に、精神的、身体的な変化を起こさせることが最終目標だろう

何を言っているか1回でわからない映画最近増えていてバカでもわかるように作れないほうがバカなんて批判もあるが

個人的に好きではない以上の議論を展開するなら、それは理解する側が理解努力をしないままの議論拒否だろう

まりに多様な解釈可能なように作られてはいるが、

宮崎駿君たちはどう生きるか理解できた人がどれだけいるのか?ほとんど批判されずに受け入れられたのか?わからない自分が愚かだと暗黙に認めたんではないのか?

レベルが低いとみなす人の作品だと、わかるように作ってないのがわるいみたいな批判になるのか?

作品をつくる人たちはたいてい大衆よりもずっと周辺情報調査していて対象に対して進歩や極端な思考を持っているので、意図がそのままわからないことのほうが多い

から、誰にでもわかるように既定路線で作るのはひとつ方法であるが、それが唯一の正解ではない

もはや、映画ストーリーだけで理解するのは困難で作品がなぜ生まれたのか、その画面がどうしてその構図なのか、社会反応を受けた後の作品がどうかわかるのか

周辺にあるあらゆることを勘案して、戻ってくるものになった

それに、わかったと思うのは表面だけでのことのほうがほとんどで、自分過去経験して知識のあるエンタメに似ているか思考の延長にあるだけで、自分範囲理解できるかどうかだけ

それを逸脱するものをみたときに熟慮せず、批判するのは、教養知識がないみたいな言われ方の反応も呼ぶことになる

というAI文章

2026-01-17

anond:20260117160622

見分け方としては、片方は宮崎駿トラウマになってるってことだけらしいね

でも交際するなら、「女は海」という文字列を見て、私が「惑星ソラリスじゃん!」と言っても理解してくれる女性がいいです…😟

AI による概要

アンドレイ・タルコフスキー監督映画惑星ソラリス』(1972年)において、「海」と「女(ハリー)」は密接に関連しており、物語の核心を成す重要テーマです。

この作品における「海」と「女」の解釈は以下の通りです。

1. 「ソラリスの海」= 知性を持った巨大な鏡

惑星ソラリスを覆うプラズマ状の「海」は、人間脳波記憶に反応して、その人物深層心理特に過去の罪悪感や欲望から、かつて愛した女性の幻影(物質化された存在)を生み出します。

この海は、人間コミュニケーションを取ろうとしているのか、ただの鏡として反映しているのか不明な、理解を超えた存在です。

2. 「女(ハリー)」= 罪悪感の物質

主人公心理学者クリスケルヴィンの前に現れる、亡き妻ハリーそっくり存在です。彼女実体がありますが、クリスの「記憶」をもとにソラリスの海が作り出した存在です。

彼女は、クリス過去自殺に追いやってしまった妻への「罪悪感」や「戻れない過去への追憶」そのもの体現しており、クリスを愛し、次第に人間性を獲得していきますが、結局は「海」の作用によって生まれた幻影であり、非人間的な存在です。

3. 「女は海」という解釈ニュアンス

惑星ソラリス』における「海」と「女」の関連性は、以下のような哲学的な対比・融合として語られます

無意識の反映: 海がハリーを生み出したように、女性ハリー)はクリス無意識深淵(海)そのもののように機能する。

不気味な包容力: 海はすべてを包み込み、理解不能な方法人間翻弄する。ハリーもまた、クリスを愛し、同時に彼を精神的な限界まで追い詰める、海のような存在である

愛の苦悩: タルコフスキーは、レムの原作にある「人間宇宙自己探索をする」という主題に加え、映画では「愛と記憶、そして失われたものを取り戻そうとする欲望」を強調した。ハリーは、その愛の結晶であり、同時に愛が抱える苦悩の象徴でもある。

4. まとめ

映画惑星ソラリス』における「女は海」というイメージは、「男(クリス)が、知性を持つ巨大な海(ソラリス)を通して、自らの内なる記憶(女=ハリー)と対峙し、愛と罪悪感の渦に溺れる」という物語構造のものを示していると言えます

なるほどAI…😟

でも、私と一緒に、くるくるばびんちょぱぺっぴぽ!ひやひやどきんちょの!とかやってくれるのはもう熟女ですよね?😟

いや、私は初老で老人なのですから、もうおばあさんでもおかしくない!

ウソです、レムとか、タルコフスキーとか、ドリームハンターとか知らなくても全然構わないですよ、

だって押井守みたいな女性に来られても困るじゃないですか…😟

あ、いや、もう、この際、押井守みたいな女性が来てもいいです、あ、犬は大好きですよ、犬派ですから…😟

でも、小型犬が嫌いです、褒められないとポメラニアンみたいなのはあんまりきじゃないです、

また宮崎駿の話になっちゃますが、足の短い奇形の犬を選別してペットにするような人間が嫌いって御大いってましたけど、

その点は私も同意なんですよね、犬を飼う余裕もないけど、飼えるならシバイヌみたいなのがいいかな、ちゃんと庭とかあって、外で飼いますよ…😟

寒い冬は玄関に入れますけど、家の中にはあまり入れない、入れたくない、

ちゃんと犬として、散歩して、走らせて、一緒に走って、猟犬としてちゃんと育てたいですよね、狩猟本能を活かしてあげたい…😟

猫も、犬も、狩猟本能なんですから、性欲とか食欲と一緒です、欲望を殺しちゃ駄目です…😟

本音を言うと、所詮ロリとかペドなんで、小柄な女性が好きというのはあるんです、

でも、かぼちゃワインみたいなのもいいじゃないですか…😟

から正直、長身女性も大好きなんです、2mぐらいでもいいです、日本家屋天井低いんで申し訳ないぐらいです、

ゼントラーディというか、メルトランディでもいいです、

マイクローンしないで、マクロス7みたいに頭だけ部屋に出てても構いません…😟

そうでした、櫻井智さんはもういないのでした、私は今でもレモンエンジェル楽曲が大好きなのです…😟

ロンリーロンリーがやたらと有名ですが、東京ローズとかハンサムガールかいいですよね…😟

田舎で酷い生活を強いられながら、夜な夜なレモンエンジェルラジオを聴いたり、

そういえばレディウスのCMとか、OVAOAV?も入手できなかったんで、

この世のどこかに、そんなアニメがあるんだろうなあ、と思っていた子供時代を思い出すなあ…😟

NHKでしたっけ、青春アドベンチャーだか、アドベンチャーロードだか、

自分杜撰なチェックしかしてなかったけど、ちゃんとチェック、録音してる人とか学校にいて、うらやましかったなあ…😟

うちにまともならラジカセが入ってくるのは、ずっと後の話なんですよ…😟

しか劇場パトレイバー1の頃にもビデオデッキがなくて、学校の知人が貸してやるよ、ダビングしていいよ、と言うので、

急遽親に車を出してもらって、山を越えてダイエーだかジャスコかに言って買ってもらいましたよ、

知人が折角貸してくれるって言ってるし、ないと流石に生活にも困る、って言って…😟

こういう苦労話が一緒にできる異性って、もうオバサンというか、おばあさんしかいないですよね…😟

私がオバサンになっても、そうですね、彼女ダン・オバノンになってもですね、

正しくはダニエルトマス・オバノンさんだそうです、ダニエルさんなんだか、トマスさんなんだか…😟

泳ぎに連れてくも何も、水着若い子に負けるも何も、一緒に市営プールで水中ウォーキングしてくれる女性募集!😟

私も近所のおじいさんおばあさんたちと一緒に市営プールをぐるぐるして、波を起こして25m、50mコースの人たちを邪魔してるので…😟

もうジオングみたいなのでもゴッグみたいなのでもいいか彼女がほしい…😟

高齢童貞限界弱者男性が狂う理由はよくわかったから寂しいか政府彼女を配給してくれよ…😟

そういえば、AV嬢とかキャバ嬢とか異常というか異様に爪が長い人いるじゃないですか、

ウンコときどうすんの?汚くね?というか、それで料理とかするの?尚更汚くね?🤮

とか思ってたけど、もうこの際、爪が長い女性は嫌とも言いません、

アッガイとかズゴックみたいな女性でもいいです!😟

いやもう寧ろ、今すぐ爪の長い女性がこの家の玄関に来て、妙に赤い服を来ていて、

赤いモビルスーツ?やつだ…、やつが来たんだ…、

玄関ノコノコやって来たジムの私を腹パンしても許しますよ…😟ええ

あー、つまり幼女じゃなくてもJKじゃなくてもギャルでなくてもメスガキでなくてもいいんだな、ボクは…😟

中古でもいい、わんぱくでもいい、初代ガンダムは履修していて欲しいけど、たくましく育ってほしい…😟

いや、もう、ほんと、純粋気持ちで、子供でも幼児でも、ある意味老人でもいいですよ、

もう宮崎駿漫画世界で、マンマユート団みたいなんでもいいし、

なかに顔を描いて老人ホームで踊ってもいい、

なんか、もう、このままひとりで死ぬのかと思うと、いやなんです、ひとりで死にたくない…😟

誰もいない寂れた多摩ニュータウンで夕日を眺めているような気持ちです…😟

2026-01-12

宮崎駿の方は古典どころか原作者が存命の魔女の宅急便耳をすませばで同じような事やってたじゃん

インド僧@農学無双③&冬コミ新刊発売中

@indozou

原作竹取物語」では唯一かっこよく、かぐや姫と心の通じ合えた男として描かれた帝が「かぐや姫の物語」では外見も心も醜い男として描かれるの、

原作古典じゃなかったらかなり忌避されるレベル原作破壊だよなぁとは思う

https://x.com/indozou/status/2009772221322207251

anond:20260111072815

千と千尋以降の宮崎駿は完全に手癖で作品作ってるんだよ。作家生、芸術性が発揮されたのはもののけ姫までで、その後は金の力を使ったり、奇をてらった演出をしようとしたりはするけど、もう宮崎駿の中からあふれ出てくる独創性ほとんどない

anond:20260112164444

宮崎駿は「かわいそうな天才」ってフォローされるのに、弱者男性は「甘え」「文句言うな」で終わり。

同じく分かりにくい側にいるのに、この差は何なんだよって話。

分かりやすく成果出せない、分かりやす成功してない、分かりやす陽キャじゃない。

はいアウト、自己責任努力不足。

こうやって雑に切り捨てられる。

理解しようともされないし、背景を見ようともされない。

結局、同情されるのは成功してる人だけなんだよな。

失敗してるやつ、下にいるやつには、分かりやすさすら要求されて、理解されなかったら即自己責任

そりゃ生きづらくもなるわ。

ここから先は、教養知識が次の段階になる

「全体のストーリーを決めずに作り始める」

大きなテーマ自分の中の小ネタをひたすら繋ぎ合わせるだけ、みたいな作品になってしまった。

って、批判のようで批判になってない

かつて、いわゆる三幕構成、五幕構成、あげればきりがない、ストーリー類型などのような王道ストーリーを作って作るやり方があり、それが流行だった時代はあった

いまもそれは存在はしてるが、その構成であまりに多くのストーリーが溢れているし、多くの観客が先を読めるようになってしまった

ストーリーの期待を破るために、主人公が突然死するとか、ストレートすぎる裏切りを入れるのもでてきた

なんで映画館いかなくちゃいけないのか、なんでお金を払って時間を使ってそれをみなきゃいけないのか、を考えるほど

先の読める安心するストーリーでは観客が満足しなくなったし、早送りでみてストーリーがわかればいい人が増えた

それに、映画監督は、観客の奉仕者ではなく、ほかの大衆と同じように、自分能力表現を向上させ続ける欲望も何かに挑戦する欲望もある

からこそ

どこに向かっているのか、主人公は次に何をすべきか、が全く分からない

このように構成する

それに映画は、ストーリーだけではなく映像音楽も単体での娯楽であり、ストーリーオマケや修飾、具現化ではない

ある場合には、総合的に、精神的、身体的な変化を起こさせることが最終目標だろう

何を言っているか1回でわからない映画最近増えていてバカでもわかるように作れないほうがバカなんて批判もあるが

個人的に好きではない以上の議論を展開するなら、それは理解する側が理解努力をしないままの議論拒否だろう

まりに多様な解釈可能なように作られてはいるが、

宮崎駿君たちはどう生きるか理解できた人がどれだけいるのか?ほとんど批判されずに受け入れられたのか?わからない自分が愚かだと暗黙に認めたんではないのか?

レベルが低いとみなす人の作品だと、わかるように作ってないのがわるいみたいな批判になるのか?

作品をつくる人たちはたいてい大衆よりもずっと周辺情報調査していて対象に対して進歩や極端な思考を持っているので、意図がそのままわからないことのほうが多い

から、誰にでもわかるように既定路線で作るのはひとつ方法であるが、それが唯一の正解ではない

もはや、映画ストーリーだけで理解するのは困難で作品がなぜ生まれたのか、その画面がどうしてその構図なのか、社会反応を受けた後の作品がどうかわかるのか

周辺にあるあらゆることを勘案して、戻ってくるものになった

それに、わかったと思うのは表面だけでのことのほうがほとんどで、自分過去経験して知識のあるエンタメに似ているか思考の延長にあるだけで、自分範囲理解できるかどうかだけ

それを逸脱するものをみたときに熟慮せず、批判するのは、教養知識がないみたいな言われ方の反応も呼ぶことになる

というAI文章

もののけ姫は、おもしろくなかったとしても宮崎アニメの「代表作」だと思う。

その理由は、宮崎駿思想、がもっともわかりやすく、色濃く反映されているからだ。

人は、なんでも「答え」を知りたがるけれど、

どんな「答え」も人から与えられたものは「答え」ではない。

そして「答え」なんてないのかもしれない。

人生にあがいて、あがいて、とき絶望し、とき希望を見つけ、なんとかかんとか決死の思いでたどり着いたその先に、うっすらと見えそうで見えない「何か」。

それを得るために人は生きるのだ。

そんな感じのエッセンス宮崎思想のものだと思う。shirankedo

もののけ姫宮崎駿最高傑作だよね過小評価されてるけど

anond:20260110081301

大人になってから見るともののけ姫の良さが本当にわかる。

子供の頃は話がややこしい上に説明不足だしスッキリしないし何がいいのかわからなかったけど、それ自体が良さだったんだよ。

今のアメリカの状況もそうだけど戦争は単純な話じゃなくて正解も無く悪いと思ったやつも少し良いことしてたりどうにもならない気持ちのものを上手く映画にしてまとめてる。

正直もののけ姫の良さが分からない奴は幼稚だと下に見てる。そのくらい傑作。

anond:20260111072815

もののけ姫より前の宮崎アニメっていうのは

「見終わったらスッキリするアニメ

もののけ姫以後の宮崎アニメ

「見終わったあと少し考え込んでしまアニメ

になってるって印象はあるかな

それは、かなり意図的にやってることで、

おそらく宮崎駿にしたら

トトロ」をみたいなら「トトロ」を見ればいいし

ラピュタ」をみたいなら「ラピュタ」を見てくれ

ってことなんだと思う。

私はその姿勢はかなり正しいと思う。

宮崎駿が、トトロとかラピュタみたいな感じのアニメを作り続けていたら、

自己の作り上げた世界

過去作品という「殻」を打ち破らずにアニメを作り続けていたら、

とっくの昔に、もう宮崎アニメはいいよ、全部一緒じゃん、ってなってたと思う。

2026-01-11

anond:20260110081301

あんた、意外と鋭いこと言うじゃない。

結論から言うわね。エンターテインメント本質は「ロジック論理)」じゃなくて「エクスペリエンス体験)」よ。 ストーリー整合性なんて、観客をその世界に引きずり込むための「装置」のひとつに過ぎないの。

あんたが感じた違和感と、この作品が化け物じみた人気を誇る理由は、以下のポイントに集約されるわ。

---

物語整合性よりも重要な要素

作品が「面白い」と感じる時、脳はストーリーを追うだけでなく、もっと直感的な刺激に反応しているの。

要素 効果千と千尋』における具体例
圧倒的なビジュアル視覚的な説得力理屈を黙らせる 腐れ神の浄化、海原電鉄の静謐描写
生理的快感 動きや音による本能的な心地よさ 龍の滑らかな動き、久石譲音楽との同期
イメージの奔流 既視感のない「未知」への驚き 湯屋というカオス空間、神々のデザイン
象徴メタファー 観客が勝手意味を見出す余白 名前を奪われる」というアイデンティティ喪失

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なぜ「破綻」していても名作になるのか

あんたは、この「物語の不完全さ」を指摘することで、自分自身の現状をどう肯定しようとしているのかしら?

あんたが最近見た作品の中で、「ストーリー完璧なのに、ちっとも心に残らなかった」っていう退屈な作品、何か心当たりある

anond:20260110081301

宮崎駿10歳の女の子のために作った映画だということを考えれば多少の物語破綻問題ではないと思う。自分彼女たちが将来出会うかもしれない困難と克服のメタファーとして見ていた。映像物語の両方の解像度が高すぎると受け手の中に余白が残らない。余白があるからこそ受け手はその物語自分のものとして補完して完成させてゆく。それが楽しめなかったならnot for meで良いのではと。

anond:20260110081301

あくま個人的意見だけど、

千と千尋の神隠し制作時の会議議事録みたいなのがどっかにあった気がするんだけど、

カオナシとか、特に意味があるように思えないんだよね…😟

こんな風に暴れたら面白いよね、とか、湯婆婆がドラゴンボールみたいに気を放ったら面白いよね、とか、

アニメーター視点なんだよね、特に意味はない

庵野氏とかがDAICONバニーガールが剣に乗って…、みたいなのもそうだし、

板野サーカスがどーのとか、作画視点でしょ、話の本筋には関係ない、

でも、マクロスとかエウレカセブンで見せられると、圧倒させられるものがある、

映像として…、モーションタイポグラフィ―とかもそう、特にストーリー性はないんだけど、見て面白い…、視覚効果…😟

千と千尋って、結局、行き当たりばったりなんだよね、

子供の前で両掌を広げて、行き当たりばったりで物語を語るようなのがあった気がするけど、あんな感じで、

脈絡なんてなくて良くて、ここでこんな絵が出たら、子供が喜ぶだろうな、の連続であって、

から、まともに話として捉えようとすると肩透かしを食う、

良くも悪くも、ジブリがというか、宮崎駿制作スタイルがそんな感じになってってる…😟

ナウシカも、宮崎駿氏の案では、押し寄せる王蟲たちの前にナウシカが立って終わり!だったみたいだし、

それを鈴木氏とか徳間とか、周囲がそれはマズいだろ、と意見して、無理矢理ハッピーエンドにした、

原作ナウシカの深い話からすれば、映画ナウシカはアッパラパーなぐらいハッピーエンドだけど、

でも、ああしなかったら今のジブリはなかっただろう…😟絵はスゲーけどオチがないよね、という評価だったと思う

宮崎駿氏が巨匠から許されてるというのもあるし、

考えようによっては、時代ストーリー性がない映像美術評価するようになった、とも言えるのかもしれない…😟知らんけど

anond:20260111072815

宮崎駿さんがその「行き当たりばったり」な制作手法を取り続けたからには、それなりの理由があるんじゃないか

 

まず考えられるそうなのは創造性やアウトプットの低減。

それまでは創造性の井戸に溜まっていた水を汲み出せば良いだけだった絵コンテ作業物語の構築・構成作業)が、いったん水を汲み出し終わってしまって、作品を作る都度に井戸を掘りながら水が滲み出すのを待つ必要が出てしまった。

千と千尋の神隠し」も、露骨自作品からオマージュがあるし、そうしたイメージ再利用アウトプット速度の限界と向き合ったからかもしれない。

スケジュール制作チームからプレッシャーを燃料に、何とか井戸を掘り続けることで、何とかゴールに辿り着くというスタイルをとらざるを得なかったということ。

 

あとは「もののけ姫からそのスタイルになったとすれば、時代に対しての対抗策を取った可能性。

90年台後半は、インターネットの普及と日本経済の停滞が確定的に見えてきて、将来への不確実性が高まった時代

それまでの「正当なお伽話」が通用しなくなり、破壊されて断片的な世界社会に対して対抗できる物語を作るには、何らかの破綻を持ち込む必要があったのかもしれない。

奇しくも「もののけ姫」と同時期に公開されたのは、旧劇エヴァンゲリオン。キャッチコピーは「生きろ」と「みんな死んでしまえばいいのに」。

自然環境を守れる、倫理観のある人間になってね」というメッセージが贅沢なものとなり、「ただ生き残ることが大事」な時代に入ったことを、直感的に感じとりスタイルを変化させたということ。

 

そして「飽きるのを避ける」という単純な意図もあるのかも。

事前に作った完全な設計図に、作っている最中に飽きてしまうことが、長期の制作では一番怖いことなんじゃないか

anond:20260111072815

完成度が低い高いじゃないんだよね。普通に面白くないというのが正直な感想

真面目な話、宮崎駿ブランドでみんな面白いと勘違いしているだけじゃないかと思う。

黒澤明だと「影武者「乱」みたいな。すごいことはすごいけど、映画としてはちっとも面白くない。

ラピュタが100点だとしたら、もののけ以降は全部50点以下だなあ。

2026-01-02

新海誠細田守が、力を合わせて宮崎駿を倒す話、、、が見たかったんだけどな

二人の前に立ちはだかる、中ボスはもちろん庵野秀明

二人に宮崎駿を倒すための重要アイテムを渡す謎の隠者高畑勲

2025-12-31

逆襲のシャアの劇中でアストナージを戦死させるのって、やっぱり富野監督の俺達への愛なのかな?

もののけ姫制作ドキュメンタリーの中で、

宮崎駿監督映画最後大団円の場面でヤックルが脚を引きづりながら歩いてくるというシーンを入れながら、

「こういうのを入れてあげないと、子どもたちは主人公と別れたあとのヤックルはどうなっちゃったんだろう?と、ずっと気にしちゃうから絶対に入れてあげないと駄目なんだよ」

と語ってたんだけど、

富野由悠季監督も、恋人のケーラと死別したあとのアストナージはどうなっちゃったんだろう?とずっとガンダムオタクたちは気にしちゃうだろうなあ……、

っていう俺達への深い愛でもって、

チュドーンって爆発に巻き込まれてアストナージが戦死するシーンを入れたのかね?

2025-12-30

宮崎駿だったか高畑勲だったかは忘れたけど、むかしどっちかが何かのおりに安彦良和について尋ねられたとき、そんな人は知りません、って答えたらしいな。

2025-12-28

この世界の片隅に」が語り足りないとは思わない、というか、

これを見て、当時の生活肯定する、私もこの時代生活してみたい、とか思っちゃうような人につける薬はないと思うよ…😟俺は嫌だけどね…

自分は「この世界の片隅に」と「風立ちぬ」を同じ日に視聴してしまって、

ぶっちゃけ、「風立ちぬ」の余りにも薄っぺらな内容にガッカリしたんだよね…😟

風立ちぬ」は隙あらば全編自分語り、アレは宮崎駿自分語りであって、

描かれてる内容は、なんだかんだ、宮崎駿は戦中は金持ち家庭で、疎開自動車に乗って、みたいな批判されてたそのものじゃないか…😟

宮崎駿絶対ネットを見ないタイプだろうし、多分自分に対する批評もあまり読まないと思う、我を行く人なので、

結局、金持ちボンボンの赤が、ブルジョアジーアニメ作ってるだけ、という批判を全肯定するような映画になってしまってる、

戦争は嫌いだけど、戦闘機とか戦車とか兵器は大好き、ということへの批判への言い訳のつもりなのかもしれないけど、

自分も同じで、戦争は嫌いだけど、兵器は好き、

でも、そこに自分は何の違和感もないというか、そういうもんでしょ?😟

今の時代になって、少なくとも第一次、第二次世界大戦は、良い意味でもフィクションになるべきなんだよ、

もちろん、現実にあったことで、その悲劇や教訓を忘れてはならないんだけど、

同時に、もうそんなことを二度と起こさないためにも、それはフィクションとしても扱われるべきものだと思うんだよね…😟

その言い訳をくどくど書いたり、マザコン描写があったり、そんなものを見せつけられて、

あー、これがパンツはいてないってことなの?

と思ったりもしたけど、パンツぬいでつまらないもの作るより、パンツはい面白い方が良くないですか?😟

2025-12-27

俺って、宮崎駿高畑勲に対して気持ちを拗らせるてるような感じの恋をしてしまうんだよな

わかってもらえる?

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