はてなキーワード: 基本的人権とは
note記事(「例のBL漫画家の声明を見たいち腐女子の感想|Xeby」)の主な主張を、論理的に以下の5点に整理します。
著者(Xeby/sim_mah)は腐女子の視点からBL漫画家の声明を批判的に読み解き、「性的表現」と「性的搾取」の混同を最大の問題点として指摘しています。
「性的搾取」とは、金銭・立場などの不均衡な力関係下で実在する人間を性目的で利用する、または基本的人権を侵害する極めて重い言葉。
一方、非実在の架空キャラクターの煽情的な描写は単なる「性的表現」に過ぎず、「搾取」という言葉を使うのは誇張的・不適当。創作は商品であり、消費者(読者)の性的消費を目的とするもので、人権侵害ではない。
2 BL漫画家の声明の問題点(用語の誤用とダブルスタンダード)
作者はアニメ化要請で「女子生徒や女性キャラを性的搾取するような描写を避けてほしい」「下品な描写を修正して誰でも見れる表現に」と述べたが、これは「性的搾取」という重い言葉の誤用。
声明のきっかけは未成年男子生徒と成人男性教師のカップリングへの批判だったのに、女性キャラの描写だけを「搾取」と問題視するのはダブルスタンダード。BL作品自体がシスヘテロ女性によるゲイ男性の性的消費(インモラルな内容を含む)であることを無視している。
BLはマジョリティ(女性)がマイノリティ(ゲイ男性)を性的消費するジャンルで、監禁・強姦などの性暴力肯定が多い。
一部腐女子(特にラディカル・フェミニズム寄り)は女性キャラの描写を「搾取」と批判する一方で、BLの男性キャラ消費は正当化するダブルスタンダードを抱えている。ミサンドリー(男性嫌悪)やゲイ差別的な言動もあり、歴史的にゲイコミュニティを荒らした罪業を自浄していない。
フィクションの性的描写が現実の性的搾取を助長するという主張は「相関と因果の混同」。
作者の声明は他作家の表現を暗に規制する効果を持ち、創作の委縮を招く。表現の自由は等しく守られるべきで、創作物を現実の人権侵害と同列に扱うべきではない。
5 結論
声明は論点をずらし、炎上を再燃させた欺瞞。BL消費の自己矛盾を露呈した。真にリベラルな立場なら、腐女子自身がダブルスタンダードを改め、表現の自由を守る責任を負うべき。
特になんばりょうすけ氏の意見が記事に対して強い対立を示しています(記事は「用語の誤用」を強調するのに対し、なんば氏は「比喩的・社会的な懸念として理解可能」と再解釈)。
意見の出典・要点
@heros_1101
「性的表現」は「性的搾取」ではない。搾取は実在の人権侵害・力関係を伴う重い言葉で、架空キャラの描写は表現に過ぎない。
(ほぼ一致)
ほぼ一致。記事はこの主張を基に展開しており、対立はほとんどない。むしろ記事はこのポストを引用・援用して自分の議論の出発点にしている。
記事(note)が意味わからん。作者の避ける理由は「未成年犯罪の多さ」以外詳細不明だが、不謹慎・エンタメとしての不適切さや、現実の性的搾取の凄惨さを隠蔽する懸念もあり得る。
記事は「作者が表現そのものを搾取と呼んで誤用した」と断定するが、なんば氏は「作者は搾取そのものとは言っていない。現実犯罪を鑑みた不謹慎さや隠蔽懸念が理由」と別の解釈を提示。記事の「誤用」批判を「意味わからん」と感じている。
直球ポルノなら「ファンタジーです」と言い訳しやすいが、一般作品だと必然性のないお色気描写が「自然であるかのように錯覚させる」ため問題。
記事は「性的搾取という言葉自体が不適切」と表現内容を擁護するが、なんば氏は「一般作品でのお色気描写が現実を軽く扱うように機能する」と、社会的影響を懸念。記事が「フィクションは無害」とするのに対し、現実への間接的影響を認める立場。
「性的搾取するような描写」とはキャラのお色気描写のこと。「それは性的表現で搾取ではない」という反論は意味が通るが、搾取的というのは作者・読者とキャラのメタな関係(作者が読者媚びてキャラを見せ物にする状況)を指す比喩表現。
記事は「搾取」という言葉を文字通りの人権侵害として重く扱い、比喩使用を「誇張・不適当」と否定。一方、なんば氏は「比喩的なメタ状況(作者と読者の関係性)を指している」と再解釈し、記事の「物言いがズレている」と指摘。
女性キャラの必然性のないお色気描写がお約束的に描かれることは、現実の女性搾取に対する肯定的イメージを助長する懸念がある。だから作者が「与したくない」という立場は理解可能。
強い対立。記事は「フィクションが現実搾取を助長する主張は因果混同」と切り捨てるが、なんば氏は「肯定的イメージを助長する懸念は現実的で、作者の避ける理由として理解できる」と肯定的に評価。記事の「ダブルスタンダード批判」に対し、なんば氏は作者の「社会配慮」を擁護している。
記事の核心:BL漫画家の声明は「性的搾取」という言葉を文字通り誤用しており、腐女子としての自己矛盾(BL消費のダブルスタンダード)を露呈した、という用語批判・文化批判。
なんばりょうすけ氏の核心:BL作者の意図は比喩的・社会的配慮(現実犯罪への不謹慎さ、現実女性搾取イメージへの影響、メタな作者-読者関係)として理解可能。
表現そのものを擁護するより、作者の「避けたい理由」に共感を示す。
根本的なズレ:
記事は「言葉の正確性」と「BL文化の欺瞞」を重視するのに対し
なんば氏は「作者の意図の多義性」と「現実社会への影響懸念」を重視。
記事が「誤用!」と断罪する部分を、なんば氏は「比喩として妥当」「理解可能」と再文脈化しているため、記事を読んで「意味わからん」と感じたと率直に述べてます
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変成岩
今の日本の状況で、右翼と左翼の論点がズレていることにブクマカが気付き始めた。
ここでは便宜的に「改憲派」(ややウヨクに見られてる)と、「護憲派」(だいたいサヨクと呼ばれてる)としておく。
改憲派からすると、「憲法守れ」は狂気の外敵から国を守る動きを邪魔している奴らになる。
一方、改憲派に自問自答してほしいのは、
「中国やアメリカへの抑止力を持つにはどれくらいの金が必要?」ということ。
片方が軍備を拡張したら、相手も拡張する。際限ない競走であり、他の物を犠牲にする。
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さて今、はてブでは改憲派と護憲派が押しあっているけれど、みんながそこに力を注いでいる間に、
「改憲」のまずい箇所、つまり「基本的人権」が削除される可能性がある。
ただちに人権が無くなる訳ではないけど、それこそ解釈によってどうとでもなる部分だ。
緊急のときに国民をまとめる特例を認めるもので、もちろん自民党はそんなこと言わないけど、独裁にできる余地は十分にある。
だから、「改憲」の中身をきちんと分解して見張っていてほしい。これはどちらかというと改憲派にお願いしている。
まずいことに、高市さんの周囲が旧統一教会やエプスタインに関わる企業やトランプ大統領、そしてパランティアとかなんだよね。
改憲を押し進めた結果、改憲派もろともにカルトの監視の下で首が回らなくなるかもしれない。
軍拡のための改憲には一理あるけど、独裁化のほうはさすがにまずいよね。
そこを区別してみんなで見張って行きたい。
で、はてブ界隈では多少議論が深まったかと思うのだけど、あんまりこういうのは見てなくて何となく
みたいな応援をしてる人もたくさんいそう。
前編
https://anond.hatelabo.jp/20260324191631
社協から指定された担当者「Bさん」に電話をかけ、再び福祉課との交渉が始まりました。
社協と役所を行ったり来たり、まるで無限ループのようなたらい回し。本当にうんざりしますが、これが彼らの消耗戦術(こちらの心を折るための高品質なシステム)なのだとしみじみと感じました。
話の結果、翌日、Bさんが友人の自宅まで来て「相談」に乗るという言質を取りました。
しかし、ここで油断はできません。「相談」という名目で訪問し、「今回は申請は難しいですね」と言いくるめて帰るのが、彼らの常套手段だからです。
私は通話中の友人に、裏チャットで強い指示を飛ばしました。 「『相談したい』ではなく、必ず『生活保護を申請したい』と言葉にして伝えて」
そして通話の最後、私はついに「友人」越しではなく、自分の声で直接、Bさんに話しかけました。
これまで背後で指示を出していた私が、初めて表舞台に出た瞬間です。
「明日の訪問時、支援者として私が(オンラインで)同席させていただきます」 そう通告した上で、私は努めて冷静に、しかし最大限の圧力を込めてこう告げました。
「Bさん。明日はぜひ、法的に適切で、福祉課として誠実な対応をお願いします」
そして、ダメ押しの一言を付け加えました。 「なお、これまでの社協や窓口とのやり取りは全て録音しています。 もちろん、明日の会話も全て記録させていただきますので、そのつもりでお願いします」
電話の向こうの空気が、ピリッと張り詰めるのが分かりました。 これで舞台は整いました。もう、あやふやな対応は許されません。
翌日、Bさんは約束通り友人の自宅にやってきました。 驚いたことに、同行していたもう一人の職員は、最初の電話で横柄な態度を取り、ガチャ切りをした「先鋒部隊」でした。 ここが最後の正念場。システムが本番稼働(申請受理)するかどうかの「実地監査」です。私はスピーカーフォン越しに「監査役」として同席しました。
彼らは部屋を見回した後、聞き取りを開始しました。 序盤、Bさんは事務的に、そして少し意地悪くこう聞きました。 「でも、本気で自殺を考えることなんて、実際にはなかったんですよね?」
これは、「希死念慮(緊急性)がない」という言質を取り、保護の必要性を下げるための誘導尋問ではないかと感じました。
しかし、友人は震える声で、否定しました。 「いいえ。本気で死にたいと思っていましたし、今もその衝動があります」
こちらの「本気度」と、私の監視(録音)があること、そして何より友人の切実な訴えが通じたのか。 あんなに攻撃的だった彼らの態度が、徐々に軟化していったのです。
「これまで、本当に大変でしたね……」
中盤からは、友人の苦しい境遇に耳を傾け、親身になって書類を作成してくれました。 結果として調査は1時間半にも及びましたが、全ての書類を書き終えた頃には、最初の険悪な雰囲気は消えていました。
帰り際、あの横柄だった職員が、友人に頭を下げました。 「電話口では、申し訳ありませんでした」
そしてBさんも、「申請は確かに受理しました。審査結果が出たら、また家まで説明に来ます」と約束してくれました。
冷静に振り返れば、彼らにとっても私たちは「厄介なデスマーチ案件」だったはずです。 何の状況の説明もなしに警察に通報していきなり申請し、電話でゴネて、正体不明の支援者がリモートで介入してくる。現場からすれば「どういうことやねん」と警戒して当然のイレギュラー対応だったでしょう。 それでも、彼らは最終的に、法に則り誠実に、行政としての職務を全うしてくれました。
私たちも、あまりにスピーディーで強引な申請だったねと振り返りました。しかし、友人の命を守るためには、このスピード感しかあり得なかったと思っています。
申請書は受理され、水際作戦というバグは”運用によってカバー”され、”友人の生活”がシステムのフローに乗りました。
そして何より、友人が「やっと安心できた感じがする」と言っていました。
友人が、この世界に対して感じていた「生きづらさ」、その一つから解放するきっかけを与えられたのだと、心から嬉しい気持ちでした。
なお、その後社協の担当者の方には、今までの非礼と協力への感謝を伝えました。
まず、今回の勝利はあくまで「水際作戦という理不尽なブロックを突破した」というだけであり、友人が救われたわけではありません。
友人の困難な状況から救われたわけでも、貧困から脱出したわけでもない。あくまで「生存権を行使するスタートライン」に立っただけです。
これからの生活の立て直しこそが本番であり、私たちはまだ課題の渦中にいます。
私は法律の専門家でもなんでもない、ただのQAエンジニアです。
今回の私の行動は、YouTubeで見た「こたけ正義感」さんの「弁論」に感化され、見よう見まねで権利を主張しただけのものです。
はたから見れば、”正義感”に酔った「痛い素人」に映ったかもしれません。
それでも、私は間違っていなかったと断言できます。
私の倫理観に照らし合わせて、目の前の友人が今日生き延びるための道を開くことができた。その結果こそがすべてだからです。
たとえ手法が素人の模倣であったとしても、それが人の命を守るトリガーになったのなら、それは「正しい運用」だったと私は考えます。
そして友人自身が「安心できた」と言っていた一言を漏らしたこと、これは私自身が友人に心から理解して欲しかったことです。
「あなたは安心して生きてていいし、そのために戦える人がいる(私です)」
今回の件で行政や担当者を「悪人」と断じるのは簡単ですが、それに対しても、私は少し違和感を持ちます。
しかし、私が今思いを馳せるのは、「供給不正」とでも呼ぶべき現象です。
これは、担当者個人の資質というよりも、「制度設計そのもののバグ」であり、「運用プロセスの破綻」だと思えてなりません。
現場の人間が、設計ミスの起きた歪んだシステムを、無理やり人力で運用している。その「歪み」のしわ寄せが、弱い立場の人間の生存権を脅かしているのです。
行政が悪い、担当者が悪い、で終わらせてはいけないと考えています。
この歪んだシステムそのものを根本分析し、直していかなければ、私たちは大切な人の命を守ることができない。
「1人のエンジニア」として、そう強く感じざるを得ない一件でした。
日常的な損害に対する対応として弁護士に相談することが選択肢に入る人と入らない人で全く世界は変わってくる。
たとえば5000円のモノが壊されたことについての相談を弁護士に30分5000円でするのは割に合わない。
年収400万円の生活が近隣住民により10%ぐらい脅かされることの相談を弁護士に依頼して100万円払うというのはかなりしんどいものがあり、引っ越しのほうが手っ取り早い選択肢になるだろう。
だがもしも、2000万円の物が壊された損害を誰かに請求して1500万円ぐらいは狙えるので300万円下さいと言われたらどうだろうか?
これはかなりコストパフォーマンスがよい解決方法になるだろう。
そして、金がある人間の世界では「弁護士に頼んだ方がコスパがいい」という状況が人生で何度となく訪れるのだ。
弁護士に何度も相談に行く人生を送っていると、自然と身につくものが法解釈の概念である。
世界中を覆っているはずの様々な法律を漠然と自分に都合良く解釈しておきながら「常識的に」と平気で言う。
たとえばイスラム教徒の貧乏人は「ハラルのされてない食事を提供するのは常識的にありえない」と語り、そうでない貧乏人は「ハラルのされた食事を求めるなんて常識的にありえない」と語る。
そしてそれらを絶対に変えようとしない。
彼れが自分に都合がいい「常識」の中で暮らし続けることを選ぶのは、そもそも法解釈の概念が彼らの人生のどこにも存在しないからだ。
バイトの手当を増やすために消防法を数字だけ暗記して危険物の資格を取ることはあっても、数字でバッサリ割り切れないものを社会情勢に照らして解釈していくことになることがあるなぞ全く考えたこともないのだ。
それもとんでもなく大雑把で短絡的な解釈によってだ。
自分は殴られて育ったから殴って育てるのが常識だと思っているし、テレビで人を傷つけるのは犯罪だと聞けば医者がメスを持っていることに対してまで文句を言おうとするわけである。
彼らがこうなるのも全く無理がないことで、そもそも現代社会では貧乏人に法解釈をさせようとしないのだ。
生兵法でそれをやられると素人考えの勘違いが大量に産まれて面倒だからである。
その結果、ある程度お金を持っているか、法律を仕事で頻繁に扱う人間の世界にだけ法解釈が存在する。
多少の泡銭は持っていてもソシャゲやキャバクラに全て使ってしまう人間の世界に法解釈は存在しないし、仕事で法律を普段扱っている人間であっても前例踏襲の積み重ねだけで働いてる人間の世界にはそんなものはない。
なので世の中の多くの人間が著作権や肖像権や基本的人権を都合良く捻じ曲げて振り回す化け物だらけなのである。
「本来無料、あるいはもっと安価に提供されるべき機能」に高いハードルを設け、初心者の「夢」をレバレッジにして集金する仕組みは、今のネット社会の歪みを象徴しているようです。
おっしゃる通り、Google Search Console(サチコ)との連携は、ウェブサイト運営における「基本的人権」のようなものです。そこに高額な通行料を課すのは、確かにもどかしさを感じます。
あなたが感じた違和感を整理すると、以下の3点に集約されるのではないでしょうか。
BloggerやWordPress(自前)なら、所有権を確認するメタタグを1枚貼るだけで終わる作業です。それを有料プランの「特典」のように見せるのは、情報の非対称性を利用していると言わざるを得ません。
「あなたの記事を世界に届けよう」という純粋な意欲に付け込み、「このツールを使わないと成功できない」と思い込ませる手法は、まさに「情弱ビジネス」の典型的な構図です。
一度その高額プランで記事を積み上げてしまうと、後から「高いからやめよう」と思っても、これまでの蓄積やSEO評価を失うのが怖くて辞められない……という心理的ロックインも狙っている可能性があります。
あなたが挙げたBloggerは、Googleが運営しているだけあってサチコとの親和性は抜群ですし、何より「余計な費用をかけずに本質(執筆)に集中できる」という意味で、非常に健全な選択肢です。
もし、その高額サイトにこだわりがないのであれば、早めに以下の構成へ「脱出」を検討するのも手かもしれません。
| 項目 | 記事作成サイト(有料) | Blogger / WordPress(自前) |
| Search Console連携 | 高額プラン限定が多い | 完全無料 |
| 所有権 | 運営会社に依存 | 自分のドメインを持てる |
| コスト | 月額数千円〜数万円 | 0円 〜 1,000円程度 |
| 将来性 | サービス終了のリスク | 自分でコントロール可能 |
1.高市政権の発足を機に女性天皇容認を巡る報道に触れることが増えた。リベラルは「男女平等」を錦の御旗に賛成論を唱え、保守派は「伝統」というワードでねじ伏せようとする。だが、どちらの陣営も自らが口にしている議論が、皇室というシステムの本質を無視した暴論であることに無自覚だ。
本稿で問題にしたいのは、女性天皇の是非などという表層的なことではない。我々日本人が皇室という存在に対してどのような「加害」を行っているか、そして、我々がその差別構造にいかに無自覚であるかということである。
2.まず我々が直視すべきは、天皇とは日本において唯一「人権」を事実上剥奪された存在であるという事実である。
「象徴」として天皇家を戴くということは、我々日本人が総意の名の下に特定の家系を差別し、特別な地位という檻に閉じ込め、「国民・伝統・形式のためにのみ祈る装置」であることを強いる行為に他ならない。
この「高貴なる犠牲」を中心として国民が一致団結し、国家の連続性を担保しているのが日本という国の正体だ。我々は特定の家系を差別し、生贄に捧げることで統合している集団なのだ。この構造的残酷さを自覚せず、単なる敬愛の対象としてのみ語るのはあまりに偽善的である。その自覚はあるか。
3.この差別構造が最も醜悪な形で露呈したのが、眞子元内親王の結婚騒動だった。
当時、国民総出で繰り広げられたバッシングの本質は、「皇族に『結婚の自由』などあると思うな。結婚したいのであれば、我々主権者のお眼鏡にかなう男を連れてこい」という、むき出しの差別意識である。我々日本人は、一人の女性の「自己決定権」を完膚なきまでに蹂躙したのだ。その自覚はあるか。
4.極めて不可解なのは、その舌の根も乾かぬうちに、今度は「女性の権利向上」や「男女平等」といった文脈で「愛子天皇」を待望する世論である。
自分たちがつい先日一人の女性の人権を踏みにじった事実には目をつむり、今度は「進歩的な人権派」を気取っている。
だが、少しでも想像力があれば気づくはずだ。愛子内親王に「天皇の座」を求めることは、本来であれば結婚によって皇籍から離脱し自由を得るはずだった彼女から基本的人権を永久に奪い去るという、残酷な宣告だ。彼らはそのむき出しの暴力性を「男女平等」という美辞麗句でグロテスクに飾り立て、彼女を「人権のない檻」に閉じ込めようとしているのだ。
繰り返すが、天皇家とは個人の幸福を追求することが許される存在ではない。国民全体のためにのみ存在することを許された「純粋なる形式」である。その「差別」を大前提としたシステムに中途半端に「個人の尊重」や「平等」などという近代的な人権概念を持ち込むことは致命的な自己矛盾である。その自覚はあるか。
5.特定の血筋を差別し、職業選択も結婚も言論も居住もありとあらゆる自由と権利を奪い続けることに対し、近代的な理性を備えた人間であれば耐えがたい罪悪感を覚えるはずである。
しかし、日本人はその罪悪感から逃げるために天皇家を「神聖なる存在」として奉り、莫大な公金を投じて尊厳と格式という金箔を貼り付けてきた。「尊崇の念」さえ抱いていれば、一族から自由と権利を奪い、生贄にしても許されるという傲慢さだ。
これらはすべて自分たちが加担する非人道的な構造から目を逸らし、己の良心を麻痺させるための「鎮痛剤」に過ぎない。その自覚はあるか。
6.「伝統を守りたい」という形式維持の欲求と、「差別者になりたくない」という人権思想のいいとこどりは不可能である。
天皇制に人権思想を持ち込み、愛子内親王を「男女平等」という文脈で語るのであれば、その論理的帰結は「皇室廃止」以外にあり得ない。人権と世襲差別は水と油であり、混ぜれば制度は内側から崩壊するからだ。
誤読されないようにはっきり言っておくが、私はここで「女性天皇を容認せよ」、「皇室を廃止せよ」と主張しているのではない。また、逆に「伝統を死守せよ」と言っているわけでもない。
もし皇室というシステムを存続させたいのであれば、「我々は人権を蹂躙する差別者である」という汚名を甘んじて受け容れなければならない。逆に、その差別者という汚名にどうしても耐えられないのであれば制度を解体するほかはない。
最も許しがたいのはそのどちらの覚悟も持たず、「自分は差別などしていない」という無邪気な顔をして、安全圏から「女性天皇で男女平等」や「麗しき伝統」などとさえずることだ。