はてなキーワード: 唐辛子とは
新しい奴は唐辛子からコチュジャンになってるけどこれも美味かった
今日昼ご飯は特うまプルコギのマイボックスだった。Pサイズで1人前4枚切りだったけどこれで十分お腹が膨れる
最近物価高でじゃがいもの価格がめちゃくちゃ高くなってる中でワンコインでSサイズだけどあれだけ多くポテトフライが入ってると助かるな
ところでピザハットに不満がある、主にハットの日に関してだ
毎月8、9、10日に810円でMサイズが食べれてお得なんだけどプルコギがメニューにないのよね・・・
どうしてか普通のピザメニューかマイボックスワンコインランチ限定なのがね、あとベスト4で入ってる程度で単品かつハットの日で食べたいんだよな
やっぱアレかな、ピザハットの中でも一番人気メニューだろうからハットの日じゃなくても皆買うんだろうなって
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
[#改頁]
瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
私はそんなに表には大っぴらには大きく大々と看板は掲げていないんだけど、
日々の探検の追求である日替わり定食探検家を一人で名乗っているの。
椎名誠さんの冒険譚で鶏はリュックに生きたまま吊して持っていくといつでも新鮮な肉で食べられるという言葉に感銘を受けたかどうかは分からないけれど、
そこに本当に仕事の依頼が来たのよ。
新しいお店ができたから、
報酬つまりランチ代を出すから食べに行って偵察してきて欲しい美味しいかどうかって内容の依頼が来たの。
私は日替わり定食探検家として初めてのリアルな割とその一件の依頼に一見疑いそうになったけれど、
しかと1000円札を受け取って新しいお店のランチに向かったの。
これは初めての仕事とあって、
私の乗っているオートバイのベスパを片手で運転しながらもう片手にはコーヒーカップになみなみと注がれて熱々のホットコーヒーが
こぼれないようにそーっとそーっと松田優作さんばりに慎重に運転しながらコーヒーを飲みながら、
新しくできたランチのお店に行ったの。
そこはいわゆるいわゆわれなくても、
飛び込み前転で入店してしまうと私が日替わり定食探検家だとバレてしまうので、
ここは一応覆面とまでは行かないけれど、
社交界で恥ずかしいから目元だけ隠すようなマスクのベネチアンマスクを装着して入店したの。
お一人様ですね!って
辺りを見渡すの。
そこそこのお客さんの入りね。
ランチメニュー以外の冊子になっている黒革の手帖みたいなそれなんて松本清張さんばりの豪華な体裁の黒い表紙の色々なメニューが掲載されたものをパラパラとめくって眺めていったの。
このランチ以外にも他の夜でも頼めるたくさんのメニューが掲載されたこのメニューの名称が分からないまま、
私はその思いでもまだ無いはずなので、
涙そうそうばりに古いアルバムめくりありがとうとまではまだ呟けないほどの初見だったの。
へー!いっぱい美味しそうなメニューが並んでいるわね。
目移りしちゃうわ。
でも私はいろいろなこの豪華な黒革の手帖の松本清張さんばりの体裁の豪華なランチ以外にも夜のメニューも掲載されている冊子よりも、
手軽にラミネーターでラミネートされた、
A4サイズの両面印刷のラミネートされたランチのラインナップを見るの。
うーん、
どれにしようかしら?
定番を注文して頼むのは面白くないから私は「鶏のピリ辛揚げ」という、
その代替案になるであろう、
安直に「鶏」という漢字と「揚」という漢字にただたんにから揚げみを感じたかっただけだったかもしれない、
その時はまだ気づいていない本気の四川の四川感を知る由もなかったの。
しばらく待って、
やって来たお盆に乗ってきたその「鶏のピリ辛揚げ」の景色に絶句したわ。
いきなり一発目でロシアンルーレット弾丸当たっちゃうようなその軽く素揚げされた乾燥唐辛子の山に恥ずかしいぐらいちょっと隠れて見えない控え目な鶏のから揚げ片があったの。
唐辛子7に対して鶏が2で残りの1がなんか四川の辛い香りという。
大袈裟に言うと、
四川10の割合で攻めてくる感じのその唐辛子の勢いに驚いたの。
まあランチが来たので頂きましょう!って
本格的な中国ちっくな箸先も箸の持つところも太さがずーっと同じの、
なんかこれだよこれが中国のお店で食べる醍醐味を感じる一つでもあるあの箸!ってそこからの雰囲気作りいやイキフンは最高に高まっているの。
メインのお皿の横には、
定番の杏仁豆腐、刻みキャベツのサラダ、春巻き、ザーサイかなにかの刻んだお漬物的なやつに、
あと白湯ではない中華屋さんに行くと大抵ランチで付いてくるような卵を溶き入れられ混ぜられたスープが並んでいるの。
とりあえず、
全景はそんな感じね。
私はこれ本当に食べられるの?って思って囓ってみる恐る恐る箸で持ち上げる唐辛子は、
四川の風を感じるには充分立ったけれどあまりにもこの唐辛子の量が多くって、
その唐辛子はどうしても辛すぎて全部は完食できなかったの。
日替わり定食探検家として看板を掲げている以上残すわけにはいかないと強く思っていた時代とか季節とかシーズンとか今この瞬間まで思っていたの!
うーん、
やっぱりこれは辛いすぎるし量多過ぎるし、
完食を諦めたの。
私の初のお店の日替わり定食を食べて調査するという依頼は美事に失敗。
自分が情けなく思ってしまった唯一の令和入ってからイチのテヘペロ案件をも凌駕する勢いの失態だったの。
また出直さなくちゃって。
あまりに初回初球を変化球すぎる日本には食べ馴染みで舌にも馴染みの無い味のものを頼んじゃったので、
美味しいとか不味いとか、
その判定の前にただただ目の前にある四川系のガチ中華の大きな壁がそびえているだけだったの。
うーんなんか四川の味ってこんな感じなのかしら?って。
次はなんか比較のできる八宝菜的な定番メニューにしましょう!って。
な!なんと、
その唐辛子は食べる前提じゃ無くって残してオーケー系の食材だそうで、
日替わり定食探検家の名に恥じぬよう格好を付けて無理矢理唐辛子を完食して、
あ!あいつこれ初めて食べるヤツで食べ方よく分かってないやつだな!って厨房の大将にそう思われていたかもしれないところだったけれど、
あまりの辛さにセーフティーネットが発動してこれ以上やめておけという、
その唐辛子全部食べる前提じゃないんかーい!って世界の広さをいやまだ見ぬ日替わり定食の奥深さに実感したの。
本当に無理して格好を付けて唐辛子全部完食しなくて良かったわって。
ピリピリと口の中に残る痺れ感がお水をいくら飲んでも拭いきれなかったので、
思わず私は、
その100円でミルクアイスクリームバーを買って食べてしまったわ。
私の日替わり定食探検家としてのお仕事はもうけなしで終わってしまって、
赤い唐辛子に悶絶しただけで大赤字だわ!ってやかましーわーい!って言われそうなほど、
優しく口の中に溶ける甘いミルクアイスクリームバーが改めてこんなにも美味しいものだとは思わなかったわ。
最後までミルクアイスクリームバーの欠片が無くなるまで木のバーが見えるまで食べ切ったその先にあったものは、
おおお!捨てる神あれば拾う神ありね!ってさすが四川!
良いのがツイてるのかも!って。
日替わり定食探検家稼業としては赤字だったけどミルクアイスクリームバーのアタリ出たから、
ま!いっかー!って、
レジでこれ当たりました!ってもう1本美味しくミルクアイスクリームバーを食べたことは食いしん坊と思われるから内緒にしておくわ。
うふふ。
以前は一切品切れで買うことができなかっただけに、
しっかり食べてパワーをつけるわ!
またストックなくなってきていることに気付いた時には遅くなるので
次早めに発注しなきゃ!って思って飲む
1ケース注文よ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
tiktokで美女を見ていたらサラダめっちゃ食ってるなーって思ってさ
まあ服とかメイクとか参考にしたいだけだからあんま気にしてなかったんだけど、毎日見てるとなんか美味しそうな気がしてくるわけよ
で、最近見てる美女がサラダにラー油(その人は夫お手製の唐辛子オイルだったけど代替品としてね)入れると美味いって言っててさ
なんかそれってジャンキーでいいじゃん!と思ったんだわ
でもラー油だけだとジャンク感が足りないかと思って、こないだ買い出しの時に食べるラー油を買った
ついでに水菜も買ったから、水菜とピーラーで薄くしたニンジン(ニンジンリボンサラダとか言ってた)に塩とオリーブオイル和えて浜乙女の味ごまと食べるラー油を入れて混ぜてみた
めっちゃうめ〜
ほぼ食べるラー油の功績による美味しさだと思うけど、うめ〜
夜中に小腹空いた時とかに食べてる
今日の昼は中国産にんにくと安い輪切り唐辛子を使ったペペロンチーノ(サラダ油ベース)に
舞茸のソテーと冷凍むき枝豆をトッピングして白だしとシークヮーサージュースで味を整えオリーブオイルを垂らしたもの
この後はアリアの好感度イベントと更新された危局をサクッと終わらせたらエンフィの続きをするかね
昨日はエンフィの1.1更新日だったが、その日のうちにメインシナリオは終わらせた
原神の伝説任務くらいのボリュームかな…思ったより短かったしボスも1体だけ
なんとゆーか映像表現だけは顔以外はフォトリアル系のレンダリングしてるだけあって精細で映えてこだわってるのは分かるけど
肝心のシナリオは終始タンタンを管理人エンドフィールド側に引き込むための「味方ですよ」を貫いてるだけ感が拭えんかった
最終的にデート描写に繋げるためにふんわりした掘り下げでよく分からんが復讐に拘泥する兄と止めようとする妹という構図をやってただけなんで
兄妹管理人あとミフと砦の過激派と穏健派、だれの立場にもそこまで感情移入できるほどの下地がなくてせっかくの凝った映像が常時浮いてる感じがした
ハーレム趣味なゲームはやっぱり俺(管理人)とプレイアブルをいい雰囲気にする流れが中心で、キャラ同士の関係性を描く部分が浅くなりがちだから感動しづらい問題がある
今んとこMMORPGとかで何度も見たようなテンプレ展開を雰囲気でなぞってるだけって感じだ
頭を殴られるような印象的な展開もないし、感心するような伏線やプロットツイストもないんで考察しようともならない、映像の迫力ゴリ押し以外でもうちょっと物語に引き込んでほしいな
探索は8割がた終わってるんでコンパス数個使えば終わり、あとは追加サブクエ2つのうち片方は終わったんでもう片方と、しょくぞう探索をやったら6週虚無だな
赤い装備素材もとりあえず1ライン最高効率で動かしてるから新バッテリーとかも追々構築していくか
タンタンは50連目あたりで星6天井が来て運よく勝てて確保できたけどイヴォンヌ餅がまだ引けてないんで
というかあと10連でイヴォ餅天井なんだけど武庫尽きたからロッシを30連くらい回して間に合わせるしかない
1.1後半はイヴォ餅を育成して今イヴォンヌがもってる楔90をタンタンに譲りつつバトルパス武器をタンタンの妥協用銃とっておくかどうかって所か
今のタンタンはウルフガードからパクってきた同類共食80を持たせてキャラLv80で使ってるけど、んーよく分からんけどペリカよりは強い感じはするね
複数戦ならギルべ戦技始動、単体ならタンタン戦技始動で寒冷蓄積の取り回しを改善してくれるサブアタッカーって感じ、無凸無餅だと瞬間火力はペリカに負けるだろうけどね
てか最近ファルカ餅を取るためにフリンズ餅もついでに引けてしまい(10連だったからむしろ嬉しいが)さらに聖祭者の輝杖とかいう優秀っぽい星4槍も1本取れてしまったので
5年間原神を全キャラ確保微課金でやっててなんとかギリギリ保てていた武器経験値素材ストックがあっさり逝ったわ
輝杖はイネファが風信の矛とかいうイベ槍を持っているんで育ったら付け替えようかと思うが輝杖無凸だからDPS的には大差ないのかもな実際かかし殴ってみんと分からんが
風信の矛の性能をフルに活かせるのがイネファくらいしかないし見た目も合ってるんで死闘と変わらんくらいなら風信の矛を積極的に持たせておきたいまである
護摩や死闘を持ってることの多いエスコに輝杖プレゼントする手もあるか、これチャージ補助ついてるのが特徴なんだよね
輝杖適正のあるイネファ、エスコ、エミリエの中で一番毎ローテ爆発撃ちたいのはフリーナと組むエスコだし
うちのエスコは無凸無餅なんで無凸スカーク磐岩、1凸フリ腐植、3凸申鶴餅もしくは完凸モナという半端なパーティでしか使わんし護摩つけとくのは贅沢かもな
月編成全部組める手持ちな現状このスカークパを使うことあんまないんだよね、今回の幽境の秘源装置でひっさびさに引っ張り出したくらい
まあそんなわけで採掘ルーティンも追加せざるを得なくなってるわけだけどフォンテ水中ルートの癒やし力が高い
水中スタミナ減のフレミネ、泳ぎ速度のヌヴィ、鉱石レーダーの凝光、あと1枠は回復スポットレーダーのリネットかアベラントスキル連射のフリーナか特産レーダーのリネ・クロリンデか
一番プレイ履歴が短かったフレミネを使う機会がこんなところにあるとはってことでフレミネで泳いでるけど一張羅を新調したヌヴィで泳ぎたさもある
氷が出るタイミングで避けて水が出るときだけ入れても、そもそもそんなことみんながやったらあっという間に給水機の下が氷でいっぱいになるだろう。
そもそも必要ない人に対して氷を排出するのはただの電気代の無駄だろう?
そういうのやめて代わりに唐辛子を無料にしたら?ラー油だけ卓上調味料なの冷静に考えれば歪んでるのは明らかだろ?
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260227174459# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaaFZjQAKCRBwMdsubs4+ SM4oAPwJxgxdvpXJfEBXUqBkmnGJM+fhDHKym7qTqlISn46I8gEAm10ljPnrWK19 hm6JGA7u09B/h2M1F6+S6UwsUI2zpQM= =J8eb -----END PGP SIGNATURE-----
・麺類は控えるようにする。特に「カップ焼きそば」の塩分量はクソバカの領域なので一生食わないことにする。
・どうしても麺類が食べたい時は外食にしてスープは残す。その方がちまちまカップ麺食うよりは年単位で見た時に減塩になる。
・ソースやタレは残すことを意識する。皿に残ったソースはパンで拭き取らずに下水へと流れてもらう。
・「亜鉛」を取って味覚の鈍化を防ぐ。勢力増強のためにやってると思われるのではと怯えてないでガンガン取れ。
・自炊するときは「しょうが」「カレー粉」「唐辛子」「鰹節」などの塩分が少ない調味料を中心にする。
・「サラダチキン」や「蒲鉾」などの塩味の満足度に対して塩分量が多すぎるカス共は食生活から完全に追放する。
・「ハム」や「ベーコン」と言った塩味がバッチリ効いて美味しい奴らともそれなりに距離を置く。
うん簡単だわ。
他人の内蔵を破壊する食い物を平然と売れる奴らの神経が理解できねえ。
薬の売人と根っこの所変わらねえんだよマジでよ。
猫舌の私、怒っている。
猫舌は食べるのが下手。
空気と一緒に吸え。
ハァ??
目の中に唐辛子入れて平気?「慣れればいけるんじゃない?」「甘えじゃない?」
無理なもんは無理。
耐えられない。
同じことが、わたしの口の中で起きてる。だからこれはもう猫舌じゃない。
猫くち。
猫舌じゃない人。昔はそうだったけど治った人。練習して食べられるようになった人。
努力もあったと思う。
でもだいたい運が良かっただけ。
練習したら耐えられるようになるだけの粘膜の強さをもって生まれてきたラッキーボーイ、ラッキーガール。おめでとう。それだけ。
その努力にすら耐えられない生まれつき弱い人もいるんですわ。その感覚を知らないまま、「ああすればいい」「かわいそう」「冷めてから食べるとかありえない」「慣れればいけるのに」
分かってる。できたてを温かいうちに食べるのが普通。マナーとか雰囲気とか。
それなのに「せっかく出来立てなのに」「温かいうちが一番美味しい」
知らんがな。誰も文句言ってない。冷めてから出せとも言ってない。ただ、今じゃないだけ。
猫が熱々を食べないのと同じで、この人はこういう仕様なんだな、って思っといてくれたらそれでいい。熱さを正義にしてふりかざさないで。
ちなみに。熱々ラーメンに水入れるのは、さすがに目立つ。そこはもうちょい静かにやろう。あと猫舌なんだから配慮しろ、も違う。そこを弁えてる猫舌さんは多いはず。
猫舌は猫舌なりの人生を淡々と生きてるだけ。いちいちあげつらわず、そのまま生きさせといてほしい。
以上。ほんとよろしく
1930年代、延安。荒涼とした黄土高原の夕空は、まるで熟した柿のような色をしていた。 毛沢東は、使い古された中華鍋を煽っていた。パチパチと薪が爆ぜ、唐辛子の刺激的な香りが狭い土窯(ヤオトン)に充満する。
「林彪(リン・ビャオ)よ、お前はいつも冷徹すぎる。少しは血を熱くせんと、この大陸は動かせんぞ」
毛が皿に盛ったのは、真っ赤な脂が滴る「紅焼肉(ホンシャオロウ)」だ。
対面に座る若き天才将軍、林彪は、無表情にその一皿を見つめていた。彼は病弱で、極度の偏食家として知られている。普段は炒めた豆ばかりを口にする男だ。
「主席、戦争は熱狂ではなく、計算です。……ですが、この香りは計算外だ」
林彪は、おずおずと箸を伸ばした。口に含んだ瞬間、とろけるような豚の脂と、脳を突き抜ける唐辛子の辛味が弾ける。
「……熱い。しかし、悪くない」
林彪の白い頬が、わずかに紅潮した。それを見た毛は、豪快に笑いながら自身の茶碗に白酒を注いだ。
時代は流れ、1960年代。二人は今や、巨大な国家の頂点にいた。 ある深夜、中南海の書斎。二人は向かい合っていた。かつての戦友は、今や「偉大なる領袖」と「親密なる戦友」という、より強固で、より危うい絆で結ばれていた。
今夜のメニューは、毛の故郷・湖南の激辛料理ではない。林彪の健康を慮った、滋味深い「白菜の湯(タン)」だ。
「林彪、お前が私の後継者だと、世界に宣言した。このスープのように、澄み渡った忠誠を期待しているぞ」
毛の声は低いが、その眼光は鋭い。 林彪は銀のスプーンで、透明なスープを啜る。具材は白菜の芯のみ。雑味を一切排除したその味は、極限まで研ぎ澄まされた林彪の軍事戦略そのものだった。
「主席、私の胃はもう、強い刺激には耐えられません。ですが、この淡白な味の中にこそ、真実の毒……いや、薬があるのでしょう」
林彪は、スープに映る自分の顔を見つめた。二人の間に流れる空気は、かつての延安の熱気とは違い、凍てつくような緊張感に満ちていた。
1971年、秋。 林彪の食卓には、手つかずの炒り豆が転がっていた。 彼はもう、毛と同じ鍋を囲むことはない。友情という名のスパイスは、いつの間にか権力という名の劇薬に変貌していた。