はてなキーワード: 同棲とは
月に1回程度行くようになってしまった。
しかも回数を重ねるごとに罪悪感がなくなっていってしまっている。
本番のない店にいっていて、口でのサービスやキスはなし。おっぱいもんで手でぬいてもらう感じだ。
つまり病気のリスクはなるべくは減らす努力はしているし、最後の砦(本番やキス)は崩していない。
また、月一回というのは本当に直近で、去年は3回行き、今年は1回行ってるくらいのペース。お気に入りの嬢もいない。
自分としてはライトな利用なのだが、これは妻からすれば微々たる差だろう。
ペースアップするかもしれないし、お気に入りの嬢ができて本番やキスしはじめるのも時間の問題だ。
風俗に行っておっぱいもみながらぬいてもらうと、自分がきちんとオトコであることを再認識できる。
妻とは長らくセックスレスである。同棲して結婚するとほとんど性交渉はなくなってしまった。
現在、おたがい30代で子どももいないのに、妻はもうセックス卒業したみたいな顔をしている。
そうすると自分の人生、もう性は誰とも楽しめないのか、もうおっぱいすら揉めないのかと絶望してしまう。
家でシコシコしていてると10代20代童貞だったときと何も風景がかわらないことに気づく。
自分が哀しき独りシコシコマシーンであることに何度も絶望し、そこから逃れるために風俗に行ってしまうのだ。
先日、若者が遊びに来るような感じではない生活感のある駅前で、手を繋ぎ、スーパーの袋を持ったカップルか若夫婦が「駅前に何でもあっていいね」「向こうにサイゼもあるみたい」「便利〜!」と嬉しそうに話していた
同棲し始めたばかりか新居に越してきたばかりなんだろう
同棲してるカップルが「すき家買って帰ろっか」みたいな、そういう日常使いの存在なのだ
しかし初デートからそこまで生活感出してくるのはお前、お母さんとデートでもしてるつもりか?となるだろう
いや、普段会わない母親が上京してきてご飯でもとなったとしても「デニーズで」「サイゼで」「かつやで」とはならんだろう
一緒に住んでる親と近所で外食するならともかく、自立した大人としてもてなしたい、お互いに気持の良い時間を過ごしたいと思ったら、東京カレンダーに載ってるようなグルメレストランとはいかずとも、はなまるうどんよりはつるとんたんとか、大戸屋よりは和食えんとか、かつやよりはまい泉いこうかとなるだろう
そうして食事の時間に美味しさや普段行かない物珍しさというバリューを乗っけようとするものだろう
まして初デートなんて会話だけじゃ「楽しく過ごす」のハードルが大分高いんだから、食事や店の雰囲気で少しでも盛り上がる要素がないとあまりにきつい
「普段からどんな話してるかを見るんだ!」などと相手を試すつもりでいるのかもしれんが、同時にお前も試されることになるんだぞ
サイゼでも二人なら楽しいね♡なんていうのは、冒頭のように信頼関係が出来上がったラブラブカップルだけなのである
そんなの嘘だい!俺っちは初対面から俺の事を大好きで安飯に文句も言わないデカ乳で童顔で童貞を殺す服みたいなのを着て来る従順な彼女が欲しいんだい!と思ってるのなら、砂漠でダウジングをして石油を掘り当てようとする方がまだ効率がいいと思うぞ
オンボロアパートに住んでるので、洗濯機がベランダにあります。
そうならないように、ホースの水を出して、洗濯機内の水も出しておく必要があります。
また蛇口を開けっぱなしだと、破裂して水が漏れることがあります。
ベランダに水が溜まり、そして窓の隙間から室内に水が入っていました。
住人はいません。
このままでは完全に室内が浸水してしまうので、頑張って手を伸ばして、ベランダの蛇口を閉めました。
その部屋の住人は、今はもういません。
カップルでした。
同棲をするのでしょう。
悔しいです。
だから
「冬になったら洗濯機が凍るので注意してね」
とは、口が裂けてもいいませんでした。
その代わりに
「フヒヒヒ」
と変な声で笑いました。
変なおじさんがいるから引っ越そうと思ってもらえたら嬉しいです。
けれど夜な夜な、声が聞こえてきます。
悲しいです。
洗濯機、壊れたらいいのに。
お前、ほんと救いようがないな。
水漏れ止めた過去を英雄みたいに語ってるけど、それで得たのが「変なおじさん」の称号だけって悲惨すぎるだろ。
新カップルに嫉妬して「フヒヒヒ」しか出せないとか、完全に社会不適合者の最終形態じゃん。
「凍るから気をつけて」って普通の人間なら言える一言すら喉に詰まらせて、夜な夜な洗濯機に呪いかけてるお前が一番凍ってるわ。
悔しいならせめて鏡見て自分を変えろよ。
高校を中退して10年が経った。不登校というやつだ。どういうわけか俺が中退してからも何かと面倒を見てくれるやつがいて、今度そいつが結婚する。そいつはそいつで俺と同様に異常な家庭で育てられていたのだが、そいつはそこから抜け出すために「普通の人生」(実際には全く普通でなく社会の上流にいないと不可能とされる)を自身の執念と努力によって獲得しつづけてきたという点で俺とは圧倒的に違っていた。だからストレートで修士まで行って典型的なJTCに入ったし、お相手とは院生時代から数年の交際・同棲のすえ別れることもなく結婚した。この調子だと数年以内に男女の子どもができてマイホームを建てて子どもたちは私立の進学校から旧帝大か悪くても早慶以上に行って最期は愛妻や子や孫に見守られながら安らかに息を引き取ることだろう。少なくともそれを目指すはずだ。これまで意識的にそうしてきたように。
さて俺はというとその間ずーっとヒキニートである。20年前に両親が離婚してからはずっと母親に養われてきたが、この人はなんというか、雲母坂まりなちゃん家のタッセルとコンブチャ母みたいな感じであり、そんなだから常に金は無く、祖父の遺産をつぶすことでどうにか暮らしている。その祖父が死んだときに青山で買った喪服が唯一持っている礼装で、たしか店員が「結婚式にも使える」ということをしつこくアピールしていた。しかしさすがに黒ネクタイというわけにはいかないだろうから買わねばならん。
買わねばならんというのは式に出席するならの話だ。そいつが「普通の人生」にどれほどこだわってきたかは俺がまだ学校に通っていた頃からずっと聞いてきた。その点においてこの度の結婚はとても喜ばしい。祝福できる。ただ、だからこそ出席するからにはこちらも「普通の人生を歩んでいる人の学生時代からの普通の親友」でいる必要がある。今の俺にそれができるか?無理だろう?しかし、かといって欠席するとどうだろう、「この人は前々から予定空けといてねと念押ししつづけてきた学生時代の親友にすら結婚式に来てもらえないような人なんだ」と思われやしないか?
ここで「そんな普通の人生を歩んできたやつなら学生時代の友人なんてほかにいくらでもいるだろう、お前1人いなくなったところで気にしねえよ」という考えが浮かぶかもしれない。しかしよく考えてほしい。そんな中わざわざ俺とつるみつづけていたのだ。何故だと思う?しかも聞くところによると高校時代のイツメンはほとんど海外に留学していて日本にいるのは俺ともう1人くらいしかおらず、そのもう1人というのも親の介護でそれどころでなく出席できないというのだ。大学の友人は知らんが、とにかくかなり強めにお願いされている。これは祝儀で少しでも回収しないといけないという事情もあるのだろうが、ほんとうに呼べる友人が少ないのではないか?
実際そいつは在学中から数えるともう15年以上本当に良くしてくれている。異常家庭話で盛り上がれる稀有な存在であり、それはもしかすると向こうにとってもそうなのかもしれない。「タッセルとコンブチャ母みたいな感じ」というのはそいつの親にもいえる形容であって、離婚していない分むしろより近いとすらいえる。だから祝福したいという気持ちはある。ここで欠席することで関係を悪化させたくないというのもある。しかし、俺は「普通」をできない。結婚式なんて参加したこともない。いとこの結婚式にも呼ばれなかった。これは呼ばれなくてよかったと思っている。一応母親にも聞いてみたら、母親も結婚式に出席したことがないという。本人もデキ婚で式なんか挙げていない。その結果生まれたのが俺なので迷惑な話である。
それはさておき、YouTubeで結婚式の流れを調べようとすると式を主催する新郎新婦側向けの動画ばかり出てきて招待されるゲスト側の流れが全然分からない。検索するとたいていトップにゼクシィが出てきて「答え」を教えてくれるが、それ以前のもっと根本的なところが分からないのだ。俺が「普通」をやりたくないのは演技に耐えられないからだ。一般論として、繁殖行為はクソ喰らえだと思っているし異性とクネって結婚とか気色悪くて吐き気がする。社会性をエミュレートするにあたって誰かが結婚したり出産したりしたら形式的に祝意を表するというのは分かる。「おめでとう」5文字を唱えて終わりというだけならまだ2,3日寝込む程度で済む。普通の結婚式なんてのはその卑しい社会性とやらを結集させたようなものであり、とても耐えられる気がしないのだ。どうすればいい?ゼクシィにはそこらへんも書いてほしいよな。
たぶん、あの話はどこにも書かないまま一生終えると思っていた。
わざわざオブラートに包む意味もないぐらい、その言葉どおりのことをした。
「いじめてた」とか「いたずらの延長で」とか、そういう言い換えは、逆に猫にも自分にも失礼な気がするからやめておく。
もちろん当時は、そこまで言語化して考えていたわけじゃない。
ただ、今になって振り返ると、あれはどう見ても「殺した」だったとしか言いようがない。
***
暴力を振るうタイプではなかったけれど、いつも口が悪くて、教師に盾突いて、家では親に向かってドアを思い切り閉めて歩く子どもだった。
問題は、そのイライラの行き先を、自分より弱いものに向けることを覚えたことだった。
最初は、ただ、何かを拾った、というだけのことだった。
雨上がりで地面はぬかるんでいて、猫は泥と埃でべたべただった。
片目が少しにごっていて、ああ、たぶん誰も拾わないやつだ、と思った。
家に連れて帰ったわけでもない。
ちゃんと世話をしようと思ったわけでもない。
あの頃の自分に、そんな「責任ある行為」をする能力は、残念ながら備わっていなかった。
尻尾を引っぱって逃げる様子を見て笑ったり、棒を振りまわして脅したり、石を投げたりした。
最初は当たらないように投げていたのに、だんだん「どこまで近くに投げられるか」を試すゲームになっていった。
ある日、石はちゃんと当たった。
足を引きずるようになって、鳴き声が変わって、それでも自分はやめなかった。
なんとなく、止まるタイミングを完全に見失っていた。
それがどんな結末を迎えたのか、細かい描写はここには書かない。
ただひとつ言えるのは、気づいたとき、猫は動かなくなっていて、けっきょく自分は誰にも言わず、そのまま公園を出て家に帰った、ということだけだ。
その後しばらく、夜になるとあの公園のベンチの映像が頭に浮かんだ。
猫の姿そのものより、濡れた木のベンチと、薄暗い街灯の光のほうが、なぜか記憶にこびりついている。
そこから先の道を、あのまま真っ暗なほうへ踏み外していってもおかしくなかったんだろうと思う。
幸運か、不運かはわからないが、自分はその道から外れることができた。
中学に上がってから、担任が怖い人で、殴る代わりにしつこく話を聞いてくるタイプだった。
大学は、たいして目的もなく入って、バイト先で怒られながら仕事を覚えた。
ただ、日々の小さな「やらかし」と「怒られ」と「反省」と、どうでもいい雑談の積み重ねが、自分を少しずつ「普通」に近い場所まで連れ戻してくれたんだと思う。
それでも、猫のことは消えなかった。
何かの拍子に、あの公園の色だけが急にフルHD画質で蘇る感じがある。
時間でぼやけるどころか、「忘れられなかった事実」というタグが付いて、むしろ保存性が上がっていく。
***
30代半ばになって、同棲の話が出た。
相手は、職場で知り合った人で、明るくて、よく笑って、感情の出し方が自分とは正反対だった。
「一緒に住むなら、猫連れて行ってもいい?」と言われたとき、胸の中で何かが硬くなる音がした。
「猫?」
猫が嫌いなわけじゃなかった。
むしろ最近は、道端で見かけると写真を撮るくらいには好きだった。
ただ、そこで連想するのが公園ではなく、マンションの一室になることを、頭がうまく処理できなかった。
白い猫だった。
ふわふわしていて、目が青くて、画面越しでも「この家で一番かわいい生き物です」みたいな顔つきをしていた。
「めちゃくちゃ可愛いじゃん」と口では言った。
それは本心だった。
ぎこちなさが出ていたのかどうか、自分ではまったくわからなかった。
帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、「猫を殺したことがある人間が、猫と一緒に暮らしていいんだろうか」と考えた。
別に、また殺したくなる気がするわけじゃない。
今の自分がそんなことをするとは思えないし、イライラをぶつける対象として猫を選ぶメンタリティでは、少なくとももうない。
それは「飲酒運転を一度でもしたことがある人」とか、「昔、人を殴ったことがる」とか、そういう類の話とは、少し違う気がする。
もちろん猫は何も悪くない。
そして今、自分がこれから「守る側」のポジションに立とうとしている。
そのギャップが、うまく飲み込めない。
***
数日後、正直に話すかどうかで迷った末、かなり薄めた形で打ち明けた。
「子どもの頃、動物をいじめてたことがあってさ」と前置きしてから、
殺した、という単語だけはどうしても口に出せなくて、
相手はしばらく黙っていた。
その沈黙の長さに耐えられなくなって、「いや、今はもう絶対そんなことしないけど」と、いちいち余計な一言を足してしまう。
「……じゃあさ」
「いま、うちの猫を見て、何かしたくなる?」
その質問の仕方が、妙に真っ直ぐで、逃げ場がなかった。
ソファの上で伸びているやつ、キャットタワーから顔だけ出してるやつ、窓辺で丸くなっているやつ。
「ならないよ」
答えは即答だった。
それだけは、自信をもって言えた。
「私もさ、昔、虫とか平気で殺してたし。
今はさすがに猫とか犬に当たる気にはならないけど、
でも“昔の自分”が完全に消えたかって言われたら、そんなことないし」
ただ、「昔の自分が完全に消えたなんてことはない」という言葉だけは、妙に胸に刺さった。
そして今、その大人が、「猫と一緒に暮らすかどうか」を決めようとしている。
***
それからしばらくして、本当に一緒に住むことになった。
引っ越し当日、キャリーケースの中で騒いでいる白い猫を初めて見たとき、
自分の心臓の鼓動が一段階ギアを上げたのがはっきりとわかった。
爪を立てて暴れるその小さな生き物は、自分が昔、公園で追い回した猫とはまるで別の存在だ。
でも、「猫」という種としては完全に連続している。
同じカテゴリの命だ。
ケースの扉が開いて、猫が部屋の中をうろうろし始める。
ソファの下に潜りかけて、途中でやめて、コンセントの匂いを嗅いで、カーテンによじ登ろうとして叱られる。
自分は玄関のところで、靴を片づけるふりをしながら、それをこっそり見ている。
「ほら、なでてあげなよ」と言われて、
ぎこちなく手を伸ばす。
柔らかい毛に指先が触れる。
猫は一瞬こちらを見上げて、「動物的な評価」を下すような目をしたあと、特に何もなかったかのように、また部屋の探索を続けた。
その瞬間、自分の中で何かが、静かに「現在」を上書きした感じがあった。
「ああ、この猫は、俺が昔殺したあの猫じゃない」
「でも、同じ種の、別の一匹として、今ここにいる」
それは許しではないし、償いが済んだという話でもない。
ただ、「過去に猫を殺したことがある人間」が、「今、猫と暮らしている」という事実が、世界のどこかに一つ増えた、というだけだ。
***
こんなことを考えている自分に、果たして猫を飼う資格があるのかはわからない。
それでも毎朝、白い猫が腹の上に乗ってきて、
猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。
たぶんずっと、少しだけ怖いままだ。
女
奢られるのが嫌だから割り勘
公共の場でいちゃつくの無理だから、清いカップルみたいな距離感
1回割り勘でホテル行った
虚無だった。何?この時間要る?
アメニティ充実してて気分アガるとこなら
前向きに検討する気にもなるけど、
1回目がふっつうのホテルだったから、次も特に期待できない(提案はしたけど最終的にはそこになったから、向こうはそういう場所がいいっぽい)
もっというと、わざわざ生活リズム崩してまで泊まりでセックスしたくない
そんなことにお金使うの嫌でしょ
セックスの何がいいんだろうな
書類選考 → 2次選考 → 3次選考 → 最終選考 ってあるけど
書類選考に通らないとそれ以降が学習できないみたいなのが恋愛でも起きている
仲良くなる → 付き合う → 3ヶ月の壁 → セックスの壁 → 1年の壁 → 家族ぐるみの壁 → 結婚後の壁 → ・・・
付き合うまでうまくいったな〜と思ったら、どこかで失敗したりして最初からに成ったりしてさ
で思うんだけど
______
実は恋愛プロセスというのは各国で差があり、上記は日本やアジア特有である
・排他的、直列型
・入口が重い
改良するなら、独占宣言(今で言えば恋人同士)の前の期間があるとマシになる
ドイツ🇩🇪 知り合い期間 → お試しに近い
フランス🇫🇷 告白のない関係 → 「言葉の契約」ではなく「行動と時間の共有」で関係を築く
ブラジル🇧🇷 フィカール → 恋人より前の期間(複数OK、セックスOK)
こういうを誰かインフルエンサーが煽動してくれたら良いんだけどね
日本はどうしても価値観を決めてるのがドラマや漫画だから厳しいか
______
「好き合ってる二人が自然と一緒になるのが理想」はもちろんいいんだけど
「そうあるべきだ」が結構厄介で、さらに「昔からそうあったに違いない」「世界でそうに違いない」がもっと厄介なんだよね、宗教的
「昔はお見合い結婚だった」も実は勘違いで、お見合いは一時的なブームでありもっと遡ると許嫁だったし、結婚は一族同士の契約の話だった(海外でもまだあるよね)
「じゃあ色んな国や歴史を振り返って、色んな考え方があるし自分は自分の考えでやるわ」と思って行動すると、当然世間からは「非常識なやつ」と見られるのでできない
社会における常識という名のOSからは簡単に逃れられないし、しかしそれに従うと「恋愛が難しい」「相手と上手くやる経験が詰みづらい」が発生し、結果的に「みんな下手」になる
5年ほど前、高校生だった頃
毎日毎日最寄り近くの駐輪場の同じ場所に自転車を停めて通学してたんだけど、
・サドルを少しずつ切り裂かれる
・バレンタインの日、家族のカゴ付き自転車を使ったら高いお菓子をカゴに入れられる(普段はカゴなし)
卒業と同時に自転車に乗らなくなったので被害は無くなったけど、昨年頭に教習所に通うために同じところに新しい自転車を停めたら、また電池を抜かれたりするようになり、怖くなって自転車を使うのをやめた。
やめた途端、マンションの自転車置き場で私の自転車の下にだけ何回かペットボトルが落ちてるようになった。
怖かったけど、家族は多分気のせいだって言い張るしずっと気にしないようにしてた。
そんで先月引っ越した。
一つ目。
家を何日か空ける度に、お風呂場の床がびしゃびしゃに濡れてるようになった。
家を空ける前は換気扇を回して乾いたのを確認してから出発してたのに、帰ってきたら濡れてるみたいなことが何回か起こる。
12月はめちゃくちゃ家空けてて、家で過ごしてる日数の方が少なかったからほんとうに不思議だった。
1月入って家を空けなくなってから、床が濡れてることはほとんど無くなった。
二つ目。
タオル、下着だけを洗濯に出した日、ポケット入ってる服なんて当たり前にないのにティッシュが混入してた。間違って洗濯カゴにゴミ捨てちゃったのかな〜って彼には言ったけど、場所的に普通に洗濯カゴにティッシュなんか入るわけないんだよな。
彼はティッシュほとんど使わないし、かなり使う私は絶対ゴミ箱に捨てる派。
うちは室外洗濯機でベランダに置かれてるけど、常に蓋も閉めてるから外から投げられたりしない。しかも1階とかじゃない。
三つ目。
コインランドリーに私がパンツ1枚を忘れてきてしまった日、30分もしないくらいで戻ったのにもう無くなってた。誰かに持ち帰られていた。
正直これは忘れた私が悪いから、あんまり該当しないかなと思いつつも念の為。
家に誰かいるのかと思って押し入れめっちゃ調べたけど誰もいないし(当たり前か)
契約時に鍵交換料取られたから鍵は交換されてるはず。鍵自体ピカピカだし。
自転車はまた買い換えたんだけど、それは被害無し。自転車置き場行くためには高級車の真横通らないと行けなくて、カメラとかに写っちゃうリスクあるからそりゃそうかと思いつつ。
気のせいで済ませていいラインなのかわからないし、知恵袋とかに書いて残ったらバレそうでここに書いた。まあここも残るかもしれないけど、知恵袋よりマシだろう。
そういう嫌がらせしてくる相手に心当たりはなくもないんだけど、確信が持てない。
小学生の時弟の友達で浮いてた子がいて、心配でよく話しかけてた子。吃音持ちで上手く話せないみたいだったけど、気にせず話しかけてた。
その子が私の事好きってのは色んな人から聞いたけど、私はそういう目で見てなかったし興味もなかったから無視してた。
小学校卒業してから全く合わなくなったんだけど、何故か私のTwitterのリア垢を誰かから聞いてフォロー飛ばしたりはしてきてた。
高一の時花火大会の日、彼氏&友達と地元から1時間近く離れた街のショッピングセンターで時間潰してたらたまたま遭遇して、3時間くらい付きまとわれたことはあった。
でもそれ以来会ってないし、実家の場所も1回引っ越してるから知らないはず。
その人くらいしか心当たりないけど、その人のSNS見てる感じ、鉄道とかオタ活で忙しそうでそんなことする時間ないように見えるから、ないかなあって思ってる。
考えれば考えるほどわからなくなる。
でも大袈裟だとか思われそうで怖い。
彼は「怖いけどたまたまじゃないの?」って言ってるし、たまたまなのかなと思う自分もいる。
でもティッシュ洗濯に入ってたり、風呂場乾いてないのほんとに困るんだよな。
どうすりゃいいかなぁ。
去年の初日の出は一人で見に行き、周りにはカップルや夫婦ばかりで俺のように一人で見に来た者はほぼ居なくて、ああ寒ぃなぁ……といったことばかり憶えていてそもそも初日の出の何が良いんだ?と後悔したことをよく覚えている。
今年の初日の出は二人だった。去年の11月頃、入籍した。出会いは5月なのでスピード婚といえるだろう。単に気が合ったから。同棲してみてストレスがなかった。それだけの理由で十分だった。
異性との初めての初日の出は相変わらず寒かったが、その寒さを笑うことができた。妻はよく笑う人だ。彼女の笑顔を見ると、心がポカポカする。初日の出のときの寒さと、好きな相手と一緒にいることで得られる温もり。その存在を俺は40年生きてきて今年初めて知った。その体験のことを昨日のことのようによく覚えている。
妻は毛布のような人だ。彼女といると何処に行っても暖かく感じられる。
桜壱は売れない漫画家をやっている弱者男性で、40代の時に掲載誌でセフレ募集とネタで書いた
すると20代女子が本当に応募してきて同棲するようになり、彼女に漫画の手伝いをしてもらうようになった
暇つぶしに書いた彼女の絵が面白いので漫画を描いてみるよう進めたところ、彼女は頭角を表し2度ドラマ化される売れっ子漫画家の沖田×華となった
発達障害で家事を全く出来ない沖田に代わり桜壱が家事を担い、しかし養われる身であることに男のプライドが痛む
双方がそれぞれ描いているエッセイによれば、桜壱は沖田と出会った当時はまだ妻帯者だったが後に離婚したこと、今中学生ぐらいの子供がいること、
沖田との結婚後も実録エッセイの企画で後期高齢者風俗店に行ったりハッテンバに行ったことや
母は保育士だったが常に深夜まで働き年収600万は稼いでいたので当時ド田舎の中ではバリバリ働いている女性にカテゴライズされる側だった。加えて家事も全てこなす、自慢の母だった。
父親も公務員だったため、世帯年収1000万は超えており、3000人程度の人口の村では裕福な部類に入っていた。
そんな両親は私が高校1年生の時に離婚している。そもそも小学校低学年の時から冷戦状態の家庭だった。夜ご飯も無言で食べ、私を介さない夫婦の会話は基本事務的であり、笑いあっている場面を見たことがない。父親は母親のことを常に見下していたし、私が1ヶ月不登校になっていた時期に「お前の育て方が悪い」と昭和さながらのセリフで怒鳴っているのを目撃したことがある。
なぜ父親を結婚相手として選んだのか聞いたことがある。「3Kを全て満たしており、親に紹介しやすかったから。今思えば自慢できそうな人を選んでいたと思う。」と話していた。
離婚理由は、「甘えられる奥さんになれなかった。自立しすぎてしまった。家事も100%やっているし高校生の娘1人十分に育てられる額を稼いでしまい、存在理由がなくなった。」と話してくれた。
私はずっとお母さんの肩についていたので、土日休みで定時上がりにも関わらず1つも家事をやらない、なのに全てが上から目線で体裁を気にする父親が大嫌いだった。
私は父親に馬鹿にされないような人生を送りたいと思う一方で、可哀想なお母さんのようになりたくないとも思っていた。この感情が矛盾していたと今は思う。
身長は私よりも2cmほど低く、学歴も私と変わらないレベルの大学。
高スペックの男性を好きになれなくなっていた。お父さんみたいにモラ予備軍だというイメージが埋め込まれてしまっていた。お金よりも性格を重視しようと常に考えて付き合う男を見ていた。(自信が無さそうな男を選んでいたと思う)
男に見下されたくないという反骨精神を持ってしまい、都内の大学に進学し、誰でも名前を知っているような大手企業に就職した。全てを完璧にしたかった。
彼氏は年上だが、既に彼の収入を越えており、家賃の7割を私が支払っている。納得しているが、これでいいのか?とふと思う自分がいる。
父親に馬鹿にされない人生を送ってきたつもりである。(5年ぶりに再会した時、父親は上昇ぶりに驚いていた)
だが、私が彼に頼らず生活してしまうと、子供ができた時、彼の存在理由がなくなってしまうなあとともうっすら思っている。
それって結局私は彼に甘える隙(劣っている部分)を作らないと、幸せな家族を作れないんじゃないかと思えてきた。
専業主婦の母を持つ友達は、稼いでいる夫に頼って幸せそうだと言っていた。(また父も家庭を守る母に頼っているとも言える)
私は、母親のプライドが高い部分を受け継ぎ、父親のモラハラ部分も受け継いだと思う。最悪な人間になってしまったせいで、子供を持つ未来が見えない。
子供はめちゃくちゃ可愛いし大好き。親戚の赤ちゃんと遊んでふと、あぁ可愛いな、欲しいなという気持ちは出てくる。でも、私のような家庭不和の子供を作りたくない。
どうすればいいのか分からない。
アラサー独身男性。この歳になると周りは結婚、同棲、出産がマジョリティになってくる。
ただ、自分は子どもはいらない、むしろ欲しくないって思ってるのでそれについて語ろうと思う。
「子どもは欲しくない」って言うとしばしば理由が単純化される。
子ども嫌いなの?変わってるね笑とか。
でも、自分の場合は少しだけ違う。どちらかと言うと子ども側に対して引っかかってる。
まず、前提だけど、生きるのってそれなりにしんどいなって思う。
人間関係、仕事、お金、健康、将来、考え始めるとみんな大小あれど何かしらは思ってるはず。
もちろん日常に楽しみはあるし、別に人生に悲観してるってわけではない。
「その不安やリスクを背負ってまで生きるのは幸せなのか?」って思っちゃうところになる。
幸せな人生を歩めるように、親として守る、愛情を注ぐ、そういう姿勢は理解しているし
ただ、子どもを産むってのはそのしんどい(かもしれない)人生に参加させる行為だと思ってしまう。
言ってしまうと「子どもが欲しい」ってほぼ親側の動機だと思う。
家族が欲しい、愛する対象が欲しい、老後が不安、人生が充実する、そもそもそれが当たり前など
理由は人それぞれで、どれも人間として当然だと思うし、社会構造的に子どもが必要だという理屈も理解できる。
ただ、構造としてはどれも親の意思であり、エゴでしかないって自分は思ってしまう。
誤解してほしくないのは、「子どもが欲しい人」「育てている人」を責めたいわけではない。
これを読んでいる子育て中の方を尊敬するし、欲しいと考えてる人も尊敬する。もちろん自分の両親も。
自分がこの世界にいる以上、生きるしかない。楽しめることを楽しみ、なるべくマシな人生にする努力もする。
ただ、自分自身ではどうしようもない不確実性やしんどさがある人生を“おすすめ”するくらいなら
そんな人生はない方が幸せなのでは?という結論になってしまう。
最後に
ただ、この世界に、誰かを呼び込むことは本当に“いいこと”なんだろうか。
付き合って1年半くらいの彼氏と話していて、モヤモヤするけれどなにが引っかかっているのかわからないので聞いてほしい。
→会う機会もそれほどないし、良い人たちなのは伝わるし、無難な会話をしておけばいい
彼は結婚式に招待されるレベルで親しくても、招待されるまでその人に彼女がいることを知らなかったし、式の後も彼らがどう知り合ったか、いつから付き合っているのか、奥さんはどんな人なのか等々なにも知らず、聞く気も興味もあまりないらしい。その友人宅を私も一緒に訪問したところ、彼と私がどう知り合ったか、というのも彼らにとっては個人的過ぎて聞くべきではない質問らしかった。
→なれなくても別にいいっちゃいい
「じゃあなんの話をするの?」と聞いたところ、共通の趣味の話(親しくなってからもずっと共通の趣味の話で、個人的なことは相手から話さない限り聞かないし、自分も話さない)らしい。「共通項(同じ趣味、同じ職場、とか)がない人とは友達にならなくない?」とのことで、彼の趣味の集まりと私の興味はかぶらないので、彼の友達とは友達になれなさそうだけど、まぁいいっちゃいい。私は趣味とかから距離を縮めていって、友達になる頃にはもっと個人的な共通項(結婚して子供を産むことへのプレッシャーをどう感じているか、とか)があるものという感覚だったのだけど、彼の友達に私のやり方を押し付けるのはよくないし、友達は別のところでつくればいい。
→感じてしまうけれど、実際には興味の持ち方が違うだけだとも思う
彼らの「個人的過ぎるので質問しない」の線引きは、私からすると礼儀正しいというより興味を持たれていない、親しくなる気がない、というふうに感じられてしまう。
彼氏は私に対しても個人的なこと(ちょっと複雑な家族関係とか、子供がほしくない理由とか、いつ頃結婚したいかとか)をほとんど聞かないので、彼は私にあまり興味がないとも感じるときがある。
でも彼は日々の小さなこと(よく眠れた?とか、編んでいるセーターの進捗はどう?とか)は聞いてくれるし、私が暗い顔をしていたら気付いてくれるし、できることがあれば行動してくれる。それが全てじゃん、充分じゃん、と思うし、私も彼の趣味については浅い質問しかできないわけで、興味の対象や持ち方が違うだけ、私や私の感情をどうでもいいと思っているわけではないと思う。
→「いま起きていることには興味がある」とも言われた
過去起きたことについて興味がないというのは実際にそうらしい。
でも(過去に起きたことを踏まえて)いま何が起きているか、どんな気持ちかについては興味があるとのことで、まぁ確かに大事なのは今とこれからかなぁ、とも思う。「背景を知ったら同じものも違って見えたりしない?」と言ったけれど、それも今現在のなにかを理解する材料として過去が関係しているだけで、今現在の話。
→日常や人生の共有?たしかに共有しているし、私が求めているのもそれだ
ある程度個人的なことを話さないと誰かを知ったことにならないとなんとなく思っていたのだけど、多分そんなことはない?
彼と彼の友人は近所に住んでいることもあって合鍵を預け合う仲だし、その友人が良い人なのは私にも伝わった。彼は私が幸せそうにしていたら嬉しそうにしてくれるし、私も彼を幸せにしたいし、日々幸せで全体的にうまくいっている。私は、彼が家族に伝えた初めての相手らしい。真剣に付き合ってくれていると思う。
→彼は感情面でも頭が良いし、家族や友達ともうまくやっているし、どうにかなる?
彼がとても穏やかな人なのもあって、私たちは喧嘩をしたことがない。なにか不満があったときも、相手に伝えて、伝えられた方が行動を変えて、で、揉めずに解決してきた。
でももしお互いに感情が乱されるような状態になったり、簡単に変えられないことで対立したりしたらどうなるんだろう。なぜその感情になったか、彼が説明してくれたり質問してくれたり… するところもしないところもうまく想像できない。過去の恋愛は1年足らずで終わっていて、彼が終わらせたらしい。
でも「喧嘩なんてする必要なくない?」とも昔言っていて、彼ならどこまでいっても感情的にならず、問題そのものを扱える気もする。冷静に対処してどうしても解決できない問題があるなら別れた方が良い、というのは、誰とでもそうではある。「別れに繋がるかもしれない問題を相手に伝えてから実際に別れるまで3カ月はほしい」と言ったら「努力する」とのことだった。
→でも具体的になにを理解してほしいということもないし、理解の対象がないので当然理解していないという根拠もない
このモヤモヤを私は感じていて、でも具体的な問題も彼にしてほしいことも特にないから、どう話せばいいのか、話すべきなのか、わからない。そもそもここに書いたことは昨日話したことの整理で、もう既に話した。話せば聞いてくれる(今日は朝から用事があったのに遅くまで付き合ってくれた)し、質問すれば答えてくれる。