はてなキーワード: 不要論とは
日本では最近ジュニア不要論というのがあるらしい。ジュニアというのは要は「ごく初期レベルの人々」というふうに言えばよく、ニュージーランドでは新卒がそれに当たるとも限らない。
ニュージーランドではレベルに応じて大体以下のように分けられる。
1. グラッド、まさに新卒
2. ジュニア、例えばその仕事についたばかりでほとんど実務経験がない(ここにはキャリアチェンジ組も含まれる)
3. インターメディエート、それなりに経験が積まれておりだいたい任せて大丈夫な人、ジュニアを指導することも期待される
4. シニア、経験豊富であり全面的に任せて耐丈夫な人、インターメディエイトを補佐することも期待されるが多くの会社では既得権化されており、めったにポジションが開かない
この他にはワーホリという区分けもあり、彼らは生きていくためならどんな過酷な労働も給料が違法であろうが気にしないで働く便利な捨て駒として扱われる。
ニュージーランドではジュニアレベルの雇用がほとんどなく、若者のキャリアパスは大体以下のようになる。
学校で一生懸命勉強する->インターンシップでタダ同然に必死で働きレジュメの1つ目のキャリアを獲得する->仕事がなくなり絶望する
ここで絶望した若者はイギリスやオーストラリアに行くこともあるが実際に現地で仕事が見つかるかはわからない。ニュージーランドよりもマシというだけである。
なぜニュージーランドではジュニアレベルの仕事がないのかというとこれは移民制度に深く関係している。
移民制度のない日本のような国では外国人労働者はそもそも珍しい存在であるし、頼ることもできないため、国内の若者を根気強く育てていく必要がある。
しかし一方で移民制度のある国においてはわざわざ自分たちで育てなくともよりよい生活を夢見たインターメディエイト以上の経験を持った人々が限りなく押し寄せてくる。
一方で移民国家は移民に来てほしいと思われる国家運営をする責任もあるため、一度でも移民から見放されたらその打撃は計り知れないが、ニュージーランドは移民を搾取しつつ観光や留学で更にお金を削り取ることで国内経済を回している。
特にインドや中国からくる移民はすでに国内に強力なコミュニティが存在しているため、同朋を優先的に採用している。
これをおおっぴらにやってしまうと差別で違法になるのだが、そこで縁故採用という仕組みを利用している。
インド人が会社を作る、作ったときは身内のインド人を頼ることになる。その後ビジネスが成長して新規採用を考えた時に(これはニュージーランドでは一般的だが)社員に誰かいい人がいたら紹介してほしい、という。
これは人材サービスに申し込んだときのコストを減らすという目的もあるのだが、これによって、社員のインド人は当然身近なインド人を探し始める。結果会社はインド人だけになってしまう。
私はおすすめしないがもしもニュージーランドに来ることがあったら店の中を見てみると良い。どの店も大体の場合は特定の民族で店員が占められているはずだからだ。
当然それでも人が見つからなくて公に募集をかけることもあるが、このときもジュニアレベルの現地人は負けることになる。
会社としては即戦力のインターメディエーとを優先して採用したいからだ。
ここで多くの日本にいる人々が疑問に思うかもしれない。インド人のインターメディエートと現地のインターメディエートならば半々になるのではないか?と。
まず、ある会社が募集をかける。この時にどのような応募になるかだが
5. 残った1/16にそれ以外の人々
大体こんな感じになる。
彼らは平気で嘘をつく、日本人から見たら嘘なのだが、彼らからしたら「とにかく仕事さえ手に入れればそれで良い、実力は採用されてから見せるから(大体の場合は見せられていない)」というふうにしか思っていない上に、口の旨さ、声の大きさや表情の豊かさ、面接官もインド人や中国人であることから非常に強い。
現地の人々や、ジュニアレベルの人々はすでに9割方負けた状態で仕事を探すことになる。
こうやってニュージーランドではみるみるうちにインド人や中国人に就職環境が選挙されていき、現地の人々は仕事を得ることができずにニュージーランドファースト政党などのポピュリズム政党やブライアンタマキのカルト集団に取り込まれていくことになる。
日本がこれを踏襲するかはわからないが、移民制度をもしも推し進めれば同じような状態になっていく可能性は高い。
そんなニュージーランドで最近起きているのは「政府が助成金を払うのでジュニアレベルを雇う」というものだ。もう政府が金を払わなくてはニュージーランドの若者には人生が開くことがなくなっている、もしこれを見て感じることがあるのであれば日本政府の動向には注意しておいて損はないだろう。
サービス業だろうが、医療だろうが、インフラだろうが「休めない時期がある」仕事はある。
だからよく言われるのが「わかってて入った職場なんだから仕方ないでしょ」ってやつ。
独身でも既婚でも、子どもがいてもいなくても、同じ募集要項を見て同じ条件を飲んでその職場に入っている。
「年末年始は忙しい」なんて誰かだけが後出しで知らされているわけじゃない。
それなのに、「家庭があるから」「子どもがいるから」という理由で休みが優先され、「独身だから、子なしだから、融通きくよね?」という理由でいつも皺寄せを食らう人がいる。
この時点で「わかってて入った職場」という理屈は、片側にしか使われていない。
「子供がいると休みといっても休みじゃないのでw」って言い訳、なんなの?(いや、もちろん大変なのは分かるよ。こちらが「わかってて作った子供だろ」と言わないことに気付いてくれよ)
休みたい気持ちは誰にでもあるし、それは当然の権利だ。というか子供気の毒だしな。
でも属性で休みやすさが決まってることへの理解ぐらいはしておいて欲しいんだよ。
せめて「当たり前」「自己責任」で片づけられたくはない。
欲しいのは特別扱いじゃなくて、少しの配慮とちゃんとした敬意だ。
誰かの家庭を大事にすることと、誰かの我慢を見ないことにするのは別の話だ。
はてなの人たちは高学歴で高級とりでいろいろ整備されてる会社でまともな人に囲まれて働いてる人が多いんだろうなあ。
お盆とかいつもずらしてて、たまに秋の連休とつなげたら同僚に「増田はちまちま代休ためる派だもんねw」とか言われてもこっちは我慢してたんだよ。
そういう人の年末年始の弱音に返す言葉があれかよ…と思ったなおれは。
https://anond.hatelabo.jp/20260103102110
(今はもう転職したけど、自分は自分の穴埋めをしてくれる誰かに敬意を持てる自分でありたい。別に正月に限らず、人はフォローされていて当たり前だし。せめて可視化されやすいものぐらいは敬意も可視化しておいたほうがいいでしょ。三が日も働いている皆さんお疲れ様ですしか言えねえわ。)
「わかってて入った職場」という言葉が誰かを黙らせるための便利な決まり文句じゃなくて、本当に全員にフェアに使われる言葉であってほしいと思う。
だけどテレビって「スイッチつければすぐ見られる」のがいいんだよ
リアタイでしかみれないのは、逆に時間を教えてくれるとも言えるから、出勤前のルーティンにちょうどいい
パウパトはサブスクで契約しているけど、いちいちもっさりしてるアマプラで探すのはやや面倒ではあるし
天気情報も積極的にみたいというより、いつもの時間にやってるから見る程度だが、それで充分だと思う
あんまり比較したことないけど、たぶん地上波の方がCMの質は良いような気もする
ネットの広告は無駄に最適化されてるか不快な密度で情報流すイメージだけどテレビCMは良くも悪くも万人向けで嫌いではない
個人差大きい部分だが
あと個人的に簡単な動画編集してるんだが、テレビのテロップや画角とかは参考になってる
まあ俺はニコニコのケレン味たっぷりのボイロ解説の方が好みだが
相対的に便利とは言わないが、世の中で言われてるようはテレビ不要論はあまり共感できないんだよね
良い点なんて割といっぱいあるし、偏向報道の是非なんてyoutubeやはてぶに言う権利はないしさ
よくさ「嫌いなところより好きなことを語れ」という変な人いるでしょ?でもテレビ関連はマジで偏見と言いがかりばかりで、比較対象がYoutubeやアマプラくらいだから、なんだよそれって思うよ
自民党の小林鷹之元経済安全保障担当相は30日、戦後80年談話の必要性について問われ「出す必要は全くないと思っている。そのための70年談話だ」と述べた。
🔶「出す必要全くない」戦後80年談話で自民・小林鷹之氏 「そのための70年談話だ」 - 産経ニュース
https://www.sankei.com/article/20250130-GQOVYDJZQ5P5ZPHTAKLOUNHL6E/
🔶選択的夫婦別姓や戦後80年談話「必要ない」 支持離れ阻止へ自民保守系の大同団結なるか 政界徒然草 - 産経ニュース
自民党の保守系グループ「日本の尊厳と国益を護る会」代表の青山繁晴参院議員らは7日、林芳正官房長官と国会内で面会し、戦後80年の節目に石破茂首相が調整している先の大戦の検証について、中止するよう申し入れた。安倍晋三元首相による戦後70年談話で「謝罪外交を明確に終えることになった」と強調し、検証を踏まえた首相の発信も控えるよう求めた。
バイブコーディング、最近この言葉を聞くだけでキレそうになる。AIが勝手にコードを吐き出し、人間はそれを後ろから眺めているだけでいい――そんな耳障りの良い宣伝が界隈を駆け回っている。だが現場の空気はどうだ。タコツボでデバッグとデプロイに追われるエンジニアの悲鳴、無邪気にPRを投げては放置する自称エンジニアの残骸、そして毎日更新される「最強のプロンプト集」。そのすべてがクソだ。数週間前まで「これが最適解」と祭り上げられていたエージェントが、翌朝のタイムラインでは「時代遅れ」のタグ付きでゴミ箱に投げ込まれている。そのペースに合わせてプロンプト設定を書き換え、ルール設定を勉強し直し……。ようやく環境が安定した頃には次のトレンドがやって来る。インフルエンサーはAIのイノベーションを讃えるが、単に技術的負債の積み増しが高速化しているだけだ。クラウド料金とGPU時間を溶かしながら最新の呪文を追いかける――それを楽しいと感じられるのは、現場の泥を一度もなめたことのない奴だけだろう。TwitterでAIにサンプルアプリを吐かせただけの動画が10万いいねを稼ぎ、Qiitaには「たった5分でSaaSを作った」記事が湯水のように溢れる。彼らのKPIはバズであって品質ではない。コードの読解よりもサムネイルの作り込みに時間を費やし、脆弱なサンプルをSNSに放流してはドヤ顔をキメる。出てくる言葉は「やばい」「すごい」ばかり。設計思想もアーキテクチャも語られず、残るのは小ネタだけ。驚きの連打で脳を麻痺させ、その隙に粗悪品を売り逃げる手口にはもはや悪意すら感じる。問題はエモいだけのバズが終わったあとだ。生成されたJSには脆弱性が口を開け、SQLはべったりと文字列連結。テストはもちろん存在しない。GitHubにアップされたそれらが検索結果のトップに並ぶ頃、若いエンジニアはそれを正解と思い込む。やがてプロダクションにコピー&ペーストされたとき、火の手が上がるのは自明だが、初動でウケを狙った当人はすでに別の流行語を追っている。残された現場は「AIが書いたから仕方ない」で済むほど甘くない。バイブコーディングがもたらすのは「誰でも作れる楽園」ではなく、「誰でもバグを量産できる魔境」だ。トレンドのスピードは人間の学習曲線を嘲笑い、浅い称賛がノイズを増幅し、素人コードがセキュリティホールをばら撒く。この三重苦が渦を巻き、エンジニアの精神とプロジェクトの予算を同時に削り取る。結局、泥臭いリファクタリングと継続的テスト、そして責任をもってコードを読む眼が最後にものを言う。その当たり前を忘れたまま「日本語が最強のプログラミング言語」とか「プログラマー不要論」とか唱えている限り、彼らは永遠にクソの上にクソを塗り重ねるだけだ。俺たちはAIに仕事を奪われるんじゃない。AIを信じ切った素人と、それを煽る驚き屋によって殺されるのだ。
ワイはコロナが未来にどんな立ち位置になるか分からないから、仮説を立てて最大限の予防策しとくのがいいんでないって立場だった
けど、はてな民は当時個人の専門家の言うことを真に受けて、マスクは必要じゃないみたいな意見を支持してた記憶あるんよな
おそらく、自民政権へのカウンターになるんじゃないかってことで、たった1人の専門家の言い分を受け入れてたように思う
振り返ってみると、やっぱりはてな民って馬鹿の集まりだったんよな?
それは認めようよ?
お前らは現政権の言い分は自分が嫌いだから間違ってるんだって結論づけちゃうアホの集まりなんだよ
けど、それでいいじゃん
https://anond.hatelabo.jp/20250502191629
を書いた増田です。
コメントで「図書館、別に本いらんくね? スマホやパソコンをいじれるフリースペースであればいいだろ」って書かれてあったので「いやいや、図書館には本が必要なんだよ!!!!」と思う理由を、図書館に5年間近く毎日通い、本が割と読めるようになった自分が勝手に語っていきたい。
このエントリーは誰かに何かを伝えたい記事半分、ただの一人語りである。
自分は5年前まで全くと言って良いほど本が読めなかった。仕事が終わったらパソコンの前に座って朝から晩までインターネットをしていた。大体はエロ動画でオナニー。まぁそれは今も変わらないが。
その頃は読書初心者で、最初は100ページ無い本とか、写真集とかしか読めなかった。5年経って、今は哲学、社会学、宗教学や、もろもろの新書くらいなら読めるようになった。なお、岩波新書は今でも嫌いである。理由は文字が細かいので。
そういう意味で、当時「ネットサーフィン」「ギャンブル」「女」という、日本中どこにでもいそうな「クズ男」だった自分に、「教養」という世界の扉を開けてくれた図書館、ならびにリアル書店の方々にはマジで感謝しかない(このまえ一人にはお礼した)。
ちゃんとした図書館、書店には選書スキルのあるスタッフ(図書館なら図書館司書、書店なら書店員)が選んだ本が並んでいるはずだ。書店は売りたい本が並ぶことも大いにあるが。
これは世の中にある有象無象の本達から、客先に出せるものだけを彼ら(彼女たち?)が我々のためにピックアップしてくれている。言い方を変えれば「ハズレ本、インチキ本」を除外してくれている訳である。
試しに今度、大型書店の「政治」や「宗教」の棚にでも行って見て欲しい。装丁がピカピカで、いかにも怪しそうな主張の本がそれなりに置いてあると思う。ああいう本は、特定の層にしか刺さらない、いわゆる「ハズレ本(その人達にとってはアタリ本)」だ。要するに良書ではない。なぜなら体系立った次の勉強に繋がらないからだ。
書店員や図書館スタッフさんはそれらに対する選球眼があるため、そのような「ハズレ本」を事前にフィルタリングしてくれた上で、店頭、もしくは図書館に出してくれているのである。
このスキルはなかなか表面化することはない。この選書スキルはファッションに似ていると思う。だが、本の選書スキルはファッションよりも目に見えない。でも俺は正直選書スキルの方が凄いと思っている。
しかも本には昔から読み継がれている「古典」なんかもある。なんとなく読む順序が決まっている本(分野)なんかもある。初級者向け、中級者向け、上級者向け。巻末についている読書案内なんかかそれにあたるが。
そしてこの技術は素人がそう簡単に身に付けられるものではない。素人はそもそも「いい本」と「悪い本、ハズレ本」の良さを選別できない。これはファッションに似ている。ファッションセンスがないやつが、上下あべこべの服を着るように、本にも選ぶセンスというものがある。少なくとも俺はそう考えている。そして、本はファッション以上に表に見えにくい。そして一朝一夕に身に着くものではない。だから、自分は図書館司書さんと、書店員さんをめちゃくちゃ尊敬している。
例えば料理の本を探したい。疲労回復の本を探したい。糖尿病の本を探したい。そんな時にj自分にとっての良書、悪い本。見極められるだろうか。amazonや読書メーターの評価と実際の良しあしは真逆だったりすることは往々にしてある。最新の本が必ずしもいい本とは限らない。1980年代の本が良い本だってこともある。そしてそれが自分に合うかどうかは、さらにわからない。
図書館不要論者はこのご時世どの程度いるのかは知らないが、リアル書店不要論者はこの視点が圧倒的に欠けている。彼ら(不要論者)は「良い本は選べて当たり前」 「悪い本、インチキ本は自らの選球眼でしっかり見極められてアタリマエ」と思っているが、そうじゃないんだよ。自分は5年間図書館、リアル書店に通い続けてなんとなく本の選び方がわかるようにはなったが、5年前は「メンタリストDaigoが選ぶおススメBooks」を何の疑いもせずに買ってたぞ。
結局本を選ぶ能力がつくまでは、誰かに選んでもらうことが必要なんだ。そして、それが図書館であり、リアル書店だと思う。その能力はamazonやメルカリ、楽天では絶対に身につかない。だってあそこは本棚じゃないから。レコメンド機能では選書能力は身につかないと思っている。
選書能力が身に付いて初めてamazonなり楽天なりでお買い物が出来るようになると思っている。服を通販で買える女子と構図は似ている気がする。
ということで、今後も本よむぞ。
https://anond.hatelabo.jp/20250411021559
ネットで男女論やジェンダー論などの議論に耽る女性は、女性の中でも少数派でノイジーマイノリティだと思うので、彼女たちの言う「男らしさは不要論」を真に受けないほうがいいよ。
ネットで主張が強い女性は、多数派女性から見ても変な人だったり女性代表ぶっててうざかったりもするよ。
男性たち、気をつけてね。
彼女たちが男性に無礼なことを平気で書いてる様は、女性である自分から見ても不快なので、男性嫌悪も真に受けないほうがいいと思う。
追い込み不要論
高重量不要論
結果出した有名トレーニーがこういう動画出したり
note書いたりするんだけどさ
でもこいつらは不要って言いながらこれやって身体作ってんのよね
で、突っ込まれると「やってみたから不要って言える」とか言うんだけどさ
ベンチプレスよりもいいトレーニングがあるからやる必要はない!
いや、お前のその大胸筋、ベンチで作ってるじゃん
最初からベンチやってなかったらその身体よりよくなってたって本当に断言できる??
「みんなは〇〇やるのが当然だと思ってるけどやらなくても大きくなれますよ」
を実践してる奴って。
デカい奴ってみんなベンチやってるしオーバートレーニングやってるしクスワットやってるしデッドリフトやってんのよ
ガンガンにやりこんで超高重量できっちり追い込んでんのよね
口では「いらない」って言いながらも身体はヤった結果しかないんだよね。
「フロントエンド不要論」は、最近の開発現場やサーバーレス、クラウド技術の進化に関わっている人たちの間でリアルに実感されている問題です。
• React, Vue, Angular などのフレームワークがどんどん複雑化
• フロントエンドとバックエンドの分離が、**「本当に効率的か?」**という疑問が生じている
• 「最終的にHTMLを描画するだけなら、サーバーでやればよくない?」
• フロントエンドから直接APIを叩く構成では、「APIを守る」ことが難しい
• XSS, CSRF, CORSといった脆弱性に対処し続けるコストが無駄
🚩 3. サーバーレス・クラウド技術が進化し、APIの負担を減らす方向に
• AWS Lambda, API Gateway, Cognitoなどのサーバーレス技術が進化
• フロントエンドがAPIを叩くより、サーバー側で直接処理する方が効率的
• 以前はReactを使用 → ReactをやめてHTMLベースに戻した
• React, Vue, Angularを全廃
• JavaScriptなしで動的なページを実現
3. Laravel(Livewire)
4. Shopify(GraphQLでデータを直接取得)
• フロントエンドを完全分離する構成から、「バックエンドがHTMLを返せばいい」 というシンプルな構成へ移行
• APIの負担を減らすことで、開発効率とセキュリティを向上
✅ サーバーレス時代の最適解:「フロントエンド不要アーキテクチャ」
「フロントエンドを捨てて、サーバーがすべての処理を担う」方向に移行するのが最適解になりつつある。
📌 最適なアーキテクチャ
ブラウザ → サーバー(PHP, Node.js, Go) → API Gateway(Cognito認証)
📌 具体的な実装例(PHP + Cognito + API Gateway)
require 'vendor/autoload.php';
use Aws\CognitoIdentityProvider\CognitoIdentityProviderClient;
use Aws\Exception\AwsException;
$client = new CognitoIdentityProviderClient([
'credentials' => [
'key' => getenv('AWS_ACCESS_KEY_ID'),
'secret' => getenv('AWS_SECRET_ACCESS_KEY'),
],
]);
$email = $_POST['email'];
$password = $_POST['password'];
try {
$result = $client->initiateAuth([
'AuthFlow' => 'USER_PASSWORD_AUTH',
'ClientId' => 'XXXXXXXXXX',
'USERNAME' => $email,
],
]);
setcookie("accessToken", $result['AuthenticationResult']['AccessToken'], [
'samesite' => 'Strict'
]);
header("Location: dashboard.php");
}
?>
🚀 **「フロントエンドはもう不要」**という流れは、最新のクラウド/サーバーレス開発に携わる人たちが実感していること。
☑ セキュリティが大幅に向上する
厚労省の年金部会の情報発信をして炎上しているたかまつななさんが、Xで説明noteを出していたので読んでみた。
(ちなみに増田は年金は専門外なので悪しからず。もちろんアクチュアリー会の公式見解ではない。)
・読んだ限り、炎上するほど変なことを言ってない。年金に対して批判および誤解される論点がいくつかあり、標準報酬月額上限拡大という今回の論点以外の批判が多く、批判者の方が感情的である。
・年金不要論を唱えている人の多くは、自分で貯金が出来ている社会的強者であろう。もし自分で貯金もできてないのに不要だと言い張る人がいるならば、その人のために年金が必要になる。社会には自分の想定しない弱者が存在し、その人も安心して暮らせる社会を作るというのは一理ある。
・一点労使折半がお得という表現は誤っていると思う。なぜなら、雇用主は自身の負担分を一定割合労働者に押し付けるからである。
年金がお得か否かは「自身が真に負担している額の割引現在価値」と、「自身が受け取る額の期待割引現在価値+リスクプレミアム」を比較するべきだと思った。
長寿というのは経済的には大きなリスクとなるため、死ぬまでもらえる年金はかなりのアドである。少なくとも民間で厚生年金と同じものを作るのは難しい。
・年金の世代間格差は問題だが、それを是正しても自分の親を自分で養うことになる。少子化の時点で負担増加は不可避なので諦めろ。
・賦課方式だからダメ、積立方式にすればという意見は本質的ではない。積立方式には、資産運用で利益を出す難しさがあるし、そもそも負担増は少子化の(以下略)
・厚生年金を国民年金に振替ることに批判が集まっているが、これは数字のマジックである。大多数の人は得なので心配しなくていい。