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2026-04-11

ポピュリズム戦争ニュータイプ 富野監督ガンダムにこめた思い 2025年11月11日 10時00分 聞き手武田啓亮

 「戦場リアリズムを描いた」――。富野由悠季監督(84)が手がけたアニメ機動戦士ガンダム」がテレビ放映されてから46年。これまで70以上のシリーズ作品が生み出され、その原典として今なお、愛され続けています戦争体験から遠ざかった世代が大多数となった戦後80年、アニメなどフィクションを通して描かれる戦争はどう変わったのか。視聴者意識は。〝最初ガンダム〟にこめた思いとともに、語りました。

 ――今年も、最新作「機動戦士ガンダム ジークアクス」が大きな話題を呼びました。富野さん以外が監督したものも含め、映像化されたものだけで70作品以上になります時代ごとの新しいガンダムシリーズから入ったファンが、1979年放送の初代ガンダムを見るという流れができています

 

 本当に嫌な言い方なのですが、僕以降のガンダム作品は一切見ていません。作り手が違えば、他人が口をはさむのはよくないからです。ガンダムという作品商品になってしまい、作家立場からは何も言えなくなったのです。

 

 ちょっと違うなと思う作品もあるし、逆に、ああ僕には作れないよねと思った作品もある。だからガンダム人気を支えてくれるための新作というのは認めるんだけれども、元の作品とは一緒にしてもらっちゃ困るというプライドもあります

 

 ガンダムは発表当時、人気がなくって、めちゃめちゃにへこんだ時期もあります。それが今、こうして親しまれているのはうれしいものです。

 

 昔は「子どものもの」「絵空事」でしかなかったアニメという媒体を、考える材料として見てくれているというのは、うれしいですよ。だけど、困ったこともある。40年、50年経って、ガンダムというタイトルは残っても、原作者名前というのは消えていくのも宿命なのです。そういう歴史的なところに足を踏み込んでしまった、というのはちょっと寂しいなとも思います

 

 ――ガンダムで描かれた戦争描写には、どんな思いを込めましたか

 

 ものすごく簡単です。子どもたちに、戦闘行為というのは乱暴行為からやってはいけませんよっていうことを分からせるということしかないですね。

 

 ただ、当時の観客がそれを理解しているかと言ったら、ほとんど理解していないんです。それはもう仕方ないことで、理解してもらうのに20年、30年、かかるんだという覚悟はしていました。


独裁者をどう止められるのか

 

 ――長年のガンダムファンの一人として、かつては「ジオンにもジオン正義がある」という捉え方が少なくなかったように思います。今、SNSなどを見ると、ジオン公国の独裁や大量殺戮(さつりく)に対して、批判的な見方が増えているように感じます

 

 僕の立場としては、良かったなと思っています視聴者の年齢が上がってきて、みんなが勉強してきたんですよ。だってガンダムなんて46年前の話ですよ。かつてのアニメファンが成長して、大人になっていく中での理解が広まっていったのだと思います

 

 むしろ、僕が今、困ったなと思っているのは、実際問題として想像したときギレン・ザビジオン公国総帥)のような独裁者をどうすれば止められるのか、ということ。

 

 作中ではザビ家内権力闘争の結果、妹(キシリア)の手によってギレンが殺され、独裁体制崩壊しましたが、現実はそう簡単はいっていないでしょう?

 

 暴力によらない、政治的手段独裁者を止めるにはどうすればいいか。その難しさを考えさせられているのが、ガンダム真骨頂なのです。

 

 

  ――作中で描かれるジオンの設定を見ると、ドイツなど第2次世界大戦枢軸国イメージが重なります。設定の意図は?

 

 明確に敵というのは分かりやすく作らなければいけないのですから、皆さんが知っている独裁体制を利用しただけです。

 

 増えすぎた人口を移したスペースコロニーの中で、独裁国家を作る。自分たちは「棄民である地球には帰れないらしいという境遇になれば、やはり「反地球」の行動を起こすだろうという設定は見事にできたと思っています

 

 そうしてフィクションを描いたつもりが、20、30年もしないうちに、次の独裁者誕生現実になってしまいました。

 

 ロシアアメリカの現状や、中南米アフリカ中東各国の事例を見ても、今の国際政治は、アニメ以下でしょう。このまま、行き着く先まで問題のある政治家たちを是認していったらどうなるのか。

 

 独裁者のような人間大国を動かしている21世紀って、すごく変な時代でしょう。まさにポピュリズムが生み出したものだろうと思っています

  

 

 

 ――今の世界情勢と、かつての大戦前夜を重ねてみる人もいるようです。

 

 80年前を振り返った時に、ナチスヒトラーという人も選挙で選ばれたんだという事はよく知るべきです。政治哲学者で思想家ハンナ・アーレントは著書「全体主義の起源」で、一般大衆のことを「群衆」「モッブ」と呼んでいます独裁というのは、独裁者が1人で起こすわけではないのです。まず、独裁者を生み出す群衆がいて、その上に立って旗振り役ができるやつがトップに立つ。

 

 日本場合真珠湾攻撃で開戦したとき著名人を含めて、かなりの人が「これで気が晴れた」みたいな言い方をしている。勢いにのって、国民までもが軍国主義化していた。僕は、これは新興宗教と同じだと思っています

 

 ――朝日新聞を始め当時の新聞も、婦人会在郷軍人会などの不買運動に屈して、筆を曲げてしまった。そして、戦争を賛美する論調になった新聞はよく売れ、新聞軍部と一体化してしまったという負の歴史があります

 

 軍だけでなく、コモンセンスとしてものをしゃべることができるメディアでなくなったのです。昭和16(1941)年の段階で、すでにそうではなくなっていましたよね。一番汚いと思ったのは全滅を「玉砕」と言い換えるような、負け戦だと思わせない言葉かいですね。戦艦大和を沈められても「世界最大の戦艦だった」と誇るような言葉かいは、戦後もずーっと残っているのです。

 

 

軍事技術者だった父

 ――富野さんは終戦時3歳。父親軍事技術者だったそうですね。

 

 化学技師でした。戦闘機の与圧服の開発などもしたみたいですが、一番は、ゴムを使った雨がっぱみたいなものを作らされていた。風船爆弾気球を作る仕事もやらされていたようです。

 

 父が戦後、何度か僕に言った言葉があります。国に裏切られた、と。あの戦争にもどこかで光明があるんじゃないかと思っていたらしい。きっと日本は勝つ、とすり込まれていたんですね。

 

 働いていた神奈川県小田原市工場の近くにも焼夷(しょうい)弾が落ちたことがあったのに、なんで日本が勝てると思ったんだろうか。不思議しょうがないんだけど、その時代日本を考えると、父が特別軽率だったとは思えないですね。

 

 戦争を「かっこいい」と思ってしまうのは

 

 ――戦争のものへの忌避感は持ちながらも、兵器アニメ戦闘描写をかっこいいと感じるという人は少なくないと思います私自身もそうです。この矛盾について考えていました。

 

 矛盾しているとは思いませんし、おかしいことでもないですね。

 

 民衆支援で軍は成立しているんです。軍装の兵士が正しく起立している姿を見るとかっこいいじゃないですか。「死に装束」なのにかっこいい。戦死という悲劇すら美しく見せるためには、戦死者に対しては、礼を尽くさなければならない。「兵隊さんたちありがとう」と思わせる、そしていざとなった時に民衆が戦力になっていく構造は、有史以前からあったんですよね。

 

 ガンダムでは、地球降下作戦を指揮したジオン軍のガルマ・ザビ戦死を、ギレンが国威発揚に利用するという描写を入れました。だから僕には痛切に分かることなんだけれども、平和時の一般国民にはなかなか通じません。どうしてか。「アニメの話でしょう?」。それでおしまいなんですが、この感覚もまた当然のことだと思っています平和なら、ね。

  

 

 ――戦後80年が経ち、「はだしのゲン」など、実際の戦争被害を題材にした作品描写が「残酷だ」と敬遠されることが増えていますガンダムシリーズなどのフィクション作品でも「人が死ぬ描写が重い」と感じる人も多いようです。

 

 ガンダムでは戦場リアリズムを描きましたから、当然の感想だと思います

 

 作り手である自身も、敵だろうが味方だろうが、人が死ぬカットを作るのはものすごくつらいのです。絵空事からって、笑っていられない。登場人物が命を落とす場面では、担当する声優の顔が見えるんです。

 

 今のバトル漫画なんかを見ていると、リアリズムでは戦闘していないですよね。死ぬ寸前までいっても絶対死なないような。そういうものを見慣れている世代にとっては、リアル戦争を描いた作品を見る気にはならないのでしょうね。

 

 ――戦争を知る世代がいなくなったとき映像作品で今までと同じような戦争の描き方はできると思いますか。

 

 架空戦争としての物語はあるでしょう。でも、リアリズムで作るというきめの細かさを持った作品は出てこないでしょう。戦っているらしくしているだけで、それは戦争ではありません。

 

 エンターテインメントでなければ客を呼べないと考えたときリアリズムを持って問いかけることは難しいだろうし、そういう視点を持った映画人がどれだけいるだろうかと。現に、飛んでくる弾丸ミサイルをかわすといった、シューティングゲームアクション映画のような作品になっているでしょ?

 

 

 

 

ニュータイプとは何か」今も

 ――ガンダムでは、優れた洞察力を持つ人類を指す「ニュータイプ」という概念提示し、人が分かり合えるかもしれないという希望も描かれました。ファンの間では今でも、「ニュータイプとは何なのか」という話題で盛り上がります

 

 僕自身、ずっと考え続けています

 

 ニュータイプは、ガンダム物語をきれいにまとめるための「方便」だったけれど、僕が一番困ったのは、ニュータイプになるための方法を、子どもたちにきちんと示すことができなかったこと。その意味では、敗北感がとても強い。それはまだ続いています

 

 新しいガンダムを作る気がまだあるかといえば、それは、ある。これだけ気にいらないガンダムがいっぱいあるんだから(笑)

 

 世界中の人間が一気にニュータイプになるかもしれないという楽しい作品が作れたらいいなと思っているけれど、それはアニメの中で考えるしかないことです。そう簡単に作れるとも思えない。やっぱり、アニメは難しいよ。

 

 

 

 https://digital.asahi.com/articles/ASTBR2C33TBRPITB00JM.html

2026-03-25

ジオン公国統治者デギン・ソド・ザビという男は、政治家というよりも、帳簿を愛する実務家のような人間であった。彼にとって国家とは、家業の延長にすぎず、血族の名を保つための器でしかなかった。

その息子ギレンは、しかし父とまったく異なっていた。理想を語り、歴史法則を信じ、民衆を一つの理念で動かせると信じ込む青年である。父はその息子を見て、ときおり一抹の恐怖を覚えていた。

いつであったかジオン宮殿の執務室で、二人が久しぶりに言葉を交わした。窓の外には宇宙の闇が広がっていたと記録にある。

デギンがふと、「お前はヒトラーという男をどう見るか」と尋ねた。

ギレンはわずかに笑った。

「彼は偉大な思想家でした。しかし、ひとつ誤りを犯した。人類進化の道を誤った。ゆえに敗れたのです。」

デギンはその答えに、暗い底をのぞいた思いがしたのだという。若者が悪を悪と思わぬことほど、老政治家にとって冷たい予感はない。

国家を維持するということは本来老成事業である。そこに理想が混じるとき、国は血を流す。

歴史とは、こうした親子の会話が形を変えて繰り返される営みなのだ

ジオンという国家は、もとより必然産物ではなかった。

それは宇宙移民という人類実験から派生した偶然の王朝であり、国家というより「孤独の集積」であった。地球を離れた人類は、重力とともに歴史の重みをも脱ぎ捨てた。だがその重みこそが、人間謙虚にし、暴走を抑える錘であったとすれば──重力喪失は、精神の軽さとして彼らを蝕んだのかもしれない。

デギン・ソド・ザビは、そのことをうすうす感じ取っていた数少ない政治家であった。彼は暴君ではない。権力を愛したのではなく、権力を恐れた男である。歳を重ねるほどに、その恐れは深くなっていった。

だが家の中に、一人、恐れを知らぬ者がいた。ギレンである

ギレンは父を、時代に取り残された老人と見ていた。そして彼にとって「国家」とは、血族の財産ではなく「種の進化」の道具であった。彼は軍人というより思想家であり、思想家であるがゆえに、もっと危険指導者だったのだ。

父子がともにヒトラーを語った場面は、後に多くの歴史家が注目した。あれは単なる政治談義ではない。そこには、人間という生きものの悲しい構造が見える。

権力とは、若者にとっては情熱であり、老人にとっては責任である若者がそれを理想で満たし、老人がそれを恐れで押さえ込もうとするとき国家は裂ける。

ギレンは、ヒトラーの失敗を人間の愚かさとは見なさなかった。むしろ技術的な誤算だと理解していた。ゆえに彼は、同じ理念をもって、より冷徹成功させようとしたのだ。

デギンは、その息子が「理想家」であると同時に、「神」になりたがる人間であることを見抜いていた。彼の眼には、公国未来が見えた。

――それは光ではなく、焼け焦げた灰であった。

ジオン崩壊予兆は、この父子の対話の中にすでにあったと、後世の史学者は評する。

歴史とは、思想暴走が血と鉄に変わってゆく過程の記録であるギレン・ザビ存在は、その縮図であった。彼はヒトラーの影を学び、超えようとしたが、結果として同じ深淵に落ちた。人間理想があまりに高く掲げられたとき、それは他者踏み台にせざるを得ないかである

デギンが息子に向けた最後の言葉は、政治的な父としての警告であったと伝えられる。だがその言葉が届くより早く、ジオンという国は、燃えつきようとしていた。

歴史家として筆を置くなら、こう言うほかない。――国家とは、ひとりの思想家の夢であってはならない。

それが、ザビ家の悲劇のすべてであった。

2025-12-29

ドズル中将がわりとザビ家一家の中では重要な人だったんだろうな。

ドズル中将ソロモンビグザム特攻ガンダムに殺られてなかったら、ギレン・ザビ総帥デギン・ソド・ザビ公王を殺ってなかったんじゃなかったのではないだろうか?

ドズル中将という人がいて、かろうじて「家族」という形態ギリギリ維持していたザビ家一家がドズルというバランサーを失ったことで、父と子、兄と妹、ではなくなってしまったのではないだろうか?

ドズル中将が生きていれば、ギレン・ザビも父デギンをソーラーレイで焼き殺すなんてことはしなかったのではないだろうか?

ドズル中将が、もしソーラーレイデギンが死んだなんてことを知ったときのことを想像したとき、ドズル中将政治的行動としてギレン・ザビ糾弾するのではなく、家族として行動としてギレン・ザビ非難したことだろう。

この感覚をわかってもらえるだろうか?

ギレンとキシリアは結局似た者同士で、彼らは政治家なのだし、野心家なのだ

しかしドズル中将政治家にはならなかったし、野心家でもなかった。

その素朴さが、ときにギレンのような冷酷無比な男でさえ、かろうじて「家族」という構造の枠内に押し留める効果を発揮していたのだ。

しかし、ソロモンでドズル中将が死んだ瞬間に最早、ザビ家とは家族ではなく、ジオン公国という国家内の政治家同士の関係となってしまったのだ。

であるからこその暗殺なのである

2025-08-30

ドレン大尉キャメルパトロール艦隊とかな。

ジオンが混乱しきってるのがよくわかるよな。

昇進とかそういう事務手続きとか全然出来ないほど人が足りてない。

多分、ジオン人手不足の原因は全部「専用」のせいだと思う。

何かというと「シャア専用」とかいってカスタムモデルを作りたがるだろ?

あいうことをするためにすべての工業製品製造効率が極端に低下→工員に労働力を持っていかれる。

というのが続いてた結果だと思う。

そうするとどうなるのか?

モビルスーツのような本来個人の専用品なんて作るべきでないものにまで専用品を作る。

これが意味することは、ありとあらゆるもので「専用品づくり」が普及しているということだ。

それもシャアのような少佐クラスですら専用品が作られるのだからジオン社会の上部層のためにありとあらゆるものが専用品として作られていたのは想像に難くない。

デギン・ザビ専用、杖。

ギレン・ザビ専用、バカかいカーテン

キシリア・ザビ専用、ハイネックな何か。

ドズル・ザビ専用、傷跡風タトゥーシール

ミネバ・ザビ専用、産衣。

などなどなどなど。

ありとあらゆる工業製品に専用品が作られるのだ。

これはもちろんザビ家だけではなくダルシア・バハロのような政治家も含まれる。

このような非効率的な工場稼働の仕方を、それも戦争中にやっていて、戦争に勝てるわけがない。

からあえていう。

ジオンが負けた理由は「専用品」にあると!!

2025-03-06

あえて言おう、カスであると!

ってコラじゃなかったんだな。あれコラだと思ってた。

Youtebeのショート動画みてたらギレン・ザビ演説動画がでてきて何気なく見てたんだけど、急にあえて言おう、カスであると!とか言い出して、えっ?……えっ…?っなった

ほんとどうした?100パーセント悪口じゃん。なんでこんな酷いこといったのギレンは

2024-11-01

ギレン・ザビ御料教室

『〆鯖のなめろう酒粕和え』

「…和えて言おう、カスであると!!」

天国よいとこ一度はおいで、酒は美味いしイモートは怖いが~~♪










地下鉄日本橋駅西側改札を出てすぐの奈良の酒蔵が出店してる呑み屋の看板メニューイメージしてや

2024-07-06

私が安彦良和を嫌いになった理由

これはまあハッキリとしていてガンダムジオリジンなんだよね。

あれを描くまではというか描き始めて途中までは全然好きだった。

なんだろ?

おそらくよく同人界隈の女の人がいうところの「解釈違い」ってやつなのかな?

私はね、ガンダムジオリジンってすごく失礼な言い方だけど同人誌の一種だと思ってるのね。

そういう部分で解釈が違うの。

そこがね、どうしても許容できなかった。

例えば、ギレン・ザビヒトラー尻尾と言われて怒り心頭になってしま描写とかね。

私は、その頃の連載はもう読まなくなっていて単行本も読んでなくて、たまたまwebでなんかの拍子にその場面の1ページだけを読んだだけだから前後文脈はわからない。

ああ、でも安彦良和さんならそういう解釈になるんだろうなあ、ってところはスッと落ちてくるくらいには安彦良和さんの作品は読んできている。

安彦さんの漫画は、初期のアリオンヴィナス戦記が大好きです。

ヴィナス戦記第一部は正直傑作だと思います(第二部は尻切れトンボですが)。

あの原作の良さを活かしきってアニメ映画を作っていれば、おそらくそれが安彦さんの代表作になっていたと思います

それが序盤からパンティパンティと擦り倒して、なぜかアニメオリジナルキャラTVレポーター狂言回しとして使うとかしてしまっていてどうにも残念な構成となって映画はつまらなくなってしまいました。

あの傑作である漫画原作ラストシーン「とっくに雨は止んでるぞ」が再現できなかったのは無念としか言えません。

この程度の幼稚な感想が抱ける程度には安彦良和さんのことは好きでした。

あと漫画家に軸足を移してから歴史ものだとジャンヌとか普通に面白いと思う。

あの初期の頃の作品群も面白いものが多い。

ただ、だんだんと何かよくわからない作家としての「味」のようなもの意味がわからない要素がキャリアを重ねる連れて増えていったようには思います

とかまあ何はともあれジ・オリジンです。

あれが始まったときの、うれしさといったら、いまでも覚えています

興奮しました。

でも、結局これは解釈違いに陥ってしまって不幸な結果となってしまいました。

お別れしたのはジャブロー侵攻の頃でした。

あのアニメでは一番盛り上がるジャブロー侵攻を、わっしょいわっしょい、とお祭りでみこしを担ぐような描写で終わらしてしまったときに心が折れました。

その後の噂ではオデッサ作戦アニメ版のジャブローに中たるような構成になっているとは聞いています

でも、もうそんなことはどうでもいいのです。

私は安彦良和が完全に嫌いになりましたから。

先日も兵庫県安彦良和展を見に行きましたが4時間ほどで途中で飽きて帰ってしまったほどです。

2023-01-16

宇宙世紀200年代大河ドラマ

一年戦争舞台大河ドラマが多く作られるのだろうか

ギレン・ザビが己の欲で独裁者になったのではなく、心優しい青年だったが政争に巻き込まれ、已む無く非常な決断をしていく解釈ドラマになったり

レビルが次々と降りかかる難問に頭を抱えながら解決していくコメディタッチドラマとか

また一年戦争後の混乱期に起業しながら奮闘する女性を描いた朝ドラが放映されたり

2021-03-04

そろそろ政治家(故人)を擬人化して政界というレースを駆け上がるゲーム作ろうぜ?

政治家をチームとして組んで政党を結成、専用スキル政敵を倒したり票を集め、最後には政治家の頂点である地球皇帝を目指すゲーム

あんリアルには作らず遊び心を多目に作っておけばヒトラーとか出しても怒られんだろうし、コラボギレン・ザビとかズール皇帝とか出しやすくなるしいいと思う。

あとは……実際にやる馬鹿が現れるかどうかだな。

俺は資本金とも暇とも無縁の人間から言い出しっぺの法則は無理だぜ

2020-03-18

デギン・ザビギレン・ザビ新型コロナウイルスを語る

「……しかしな、検査システムを構築できんという事は、これは政治無能を示す事だ」

「わたくしに面と向かってよく仰る」

「わしとて一度は首相を努めた男だぞ。貴公改憲の志を……」

「ご覧を!」

作戦などいい!」

「我が日本政府にとって、夏のオリンピックは最終防衛線です。それに対して新型ウイルスは、市中感染で生まれクラスタから拡散する事が考えられます。ここで検査が始まれ医療崩壊同然です。その前にイベントなどの全面強制で侵攻するウイルスを抑える。この政策実質的強制となるため、金も時間も掛からずに我が日本の……」

「そこまでして勝ってどうするのだ、総理

サインを頂ければ幸いです」

「やっておって今さら……」

組織委員長あってのオリンピックですから

「で、どうするつもりか?」

「せっかく減った老人です。これ以上増やさずに生産的な人種だけを残す。それ以外に世界で輝く日本は望めません。そしてその為には与党独裁による国家コントロールしかありません」

貴公、知っておるか。アドルフ・ヒットラーを」

ヒットラー前世期の人物ですな」

「ああ、独裁者でな。世界を読みきれなかった男だ。貴公はそのヒットラー尻尾だな」

「私が?」

「わしはジオン国民を、急ぎまとめる方便としてオリンピックを押した。高度成長期の復活を実現する為にな。しかし……」

ヒットラー尻尾の私が独裁制に持ち込んだ」

小池とな」

はい絶対民主制は、野党とき軟弱を生んだだけです。それでは国民は共食いになります。今度のパンデミックのように。ま、勝って見せますヒットラー尻尾の戦いぶり、ご覧ください」

「……わしも後期高齢者なのだぞ」

2020-02-14

論理クイズ機動戦士ガンダム

ジオン軍兵士達は、実は自分が乗っているザクの色を知らない。というのも、モビルスーツの色に関する会話は、ジオン軍では禁止されていたのだ。

赤とかいいよな•••皆そう思っていたが、周りに見えるザクはすべて量産型緑色兵士達は、周りの緑ザクを見ながら、自分ザクは何色だろうかと考えていた。

ある日、宇宙要塞ア・バオア・クーに集められた緑色ザク100体に対し、ギレン・ザビが言った。「敢えて言おう、カスであると」。

かに量産型モビルスーツの主流は既にザクからゲルググに移行していたし、ギレンは、古くなった緑のザク戦前から排除していくことに決めたのだった。兵士たちは、自分の乗るザク緑色だと分かったら、その日のうちにひっそりと要塞から出て行かねばならなくなった。

ギレンは宣言した。「この中に緑のザクが少なくとも1体はある。緑のザク不要だ!」

100体のザクが、要塞から全て姿を消すまでに何日かかるだろうか。なおジオン軍パイロット達はみな極めて論理的である

2018-07-06

ハリウッド機動戦士ガンダム勝手想像してみる

注)決してファーストガンダム実写化するとは発表されてないが、ファーストの前提で書いてます。尺は2時間想定。



アムロ・レイ

スクールに通う冴えないナード(オタク)。

金髪でひょろっとして眼鏡かけてる感じ。クラスジャイアンみたいな奴によく絡まれてる。

機械類には詳しい。

ひょんなことからガンダムが保管されている格納庫に迷い込んで乗ってみたら動かせてしまった。

親父は映画キャストの都合で登場しないし決して設計者でもない。ガンダムは軍が作った。


ガンダム乗った勢いでザク2体は倒す。ここは割と原作準拠。でも倒した後から天才扱いされるようになる。

このときザク隊の上役にシャアが居て、初接点はここ。


そのまま戦争に巻き込まれ、軍の一員になる。連邦軍?違うよ、アメリカ軍だよ。ノーマルスーツ着たアメリカ軍だよ。


ランバ・ラル時間の都合でカットされ、黒い三連星との戦闘。なぜかノリが山賊。でも一度踏んでから纏めて倒す。

この辺からメガネがなくなってイケメンヒーロー化する。セイラさんと仲良くなる。フラウ?マチルダさん?居ません。


セイラさんと盛り上がってきたところで寸止めジオン軍決戦の呼び出し。さあみんア・バオア・クーGo

生きて返ってくるとセイラさんと約束していざ戦場へ。ジオングに乗り込んだシャア対峙


いきなりのサイコミュ兵器に苦戦。エルメスは設定だけの存在実在しません。

しかいくら被弾しても左腕以外壊れないガンダムラストシューティングやるんだから当たり前。


終盤ガンダムは頭を破損、ジオングは頭のみ。さあ最後ラストシューティング

でもアムロは乗ったまま。むしろ操縦してる。

原作と違うだって?降りちゃったら盛り下がるだろ?これだから日本人は。


お互い大破した機体から降りて銃撃戦開始。激しい戦闘の末シャア銃殺。ええ銃殺です。

敵を生かしておいたら気持ち悪いでしょ?続編やる場合?作る時に考える。


生還したアムロセイラさんと熱い抱擁。実の兄でもなんでもない敵を倒して平和になったかハッピーエンド


ブライト・ノア

ホワイトベース艦長艦隊戦で色々指揮してたりする。全体的には影薄め。年季入った渋さがあってもきっと気のせい。

親父にもぶたれたことないのに、なんて言われません。ぶたないから。

主人公差し置いてミライさんと絡むこともないので、単なる脇役。


カイ・シデン

アムロが軍入りした時すでに軍人やってる何かノリの軽いムードメーカー。軽口叩けど憎めない奴。

ガンキャノンちゃんと操縦できる。

なんかエディー・マーフィーっぽい。


ハヤト・コバヤシ

アムロが軍入りした時すでに軍人やってる真面目なアジア人ガンタンク乗り。

格闘技経験者だが柔道ではなく、殴ったり蹴ったりが得意。

搭乗機体には手も足もないのでそれが操縦に生かされることはない。


セイラ・マス

本作ヒロイン担当本名セイラ・マス。通信オペレーター担当金髪白人美人アムロ恋愛パート担当

ツンとした女性らしさから、少し男っぽいキャリアウーマン的な性格に変えられる。

だってあんな演技できる女優が居ないから。それにこっちの方がウケるでしょ?

カイにはちょっかい出されるが相手にはしない。

家族構成は明らかではないが、生き別れた兄が居ることはないし、ましてや敵軍に居ることもない。

MS戦闘機に乗れるかもしれないが作中描写されることはない。


リュウ・ホセイ

MS隊長ガンタンク乗り。原作と異なり最終戦まで生き残る。死亡描写してる時間いから。

原作では居ないはずのところで生きているのでブライトに輪をかけて影が薄い。


ミライ・ヤシマ

ちょっと恰幅の良い黒人女性操舵士。操舵経験豊富ベテラン軍人名家の令嬢なのかは明らかでない。

ホワイトベース隊の中でも割と頼れて安心感ある感じになる。彼女の操舵に不安などない。

恋愛描写カット


スレッガー・ロウフラウ・ボゥマチルダ・アジャン

丸ごとカット



シャア・アズナブル

ジオン軍軍人アムロライバル役。衣装は赤いが乗機は赤くないジオングのみ。

だって1回しか戦闘しないんだもの。出力3倍もわかりづらいか無慈悲カット

家族構成不明だが、ダイクン家出身だったり生き別れた妹が居たりという話は特にない。

アズナブル家の御曹司に成りすましているわけでもない。普通に優秀な軍人

映画クライマックスを盛り上げるためにアムロに撃たれて死ぬ敵役の鑑。

続編のクワトロさんは別人物だったり、逆襲の頃には「実は生きていた」扱いをするかもしれないが

今は特に何も考えない。ウケれば良いのだ。


ランバ・ラルガルマ・ザビドズル・ザビミネバ・ザビマ・クベララァ・スン

丸ごとカット


ギレン・ザビ

ジオン軍総帥。見た目以外は割と原作っぽい。崇高な志はあんまりなく世界征服したい悪の帝国皇帝感がある。

シャアを部下に、キリシアを参謀に据えている。

最後旗艦の大破に巻き込まれて死亡。


キシリア・ザビ

ジオン軍参謀。人相は悪いが裏切りは考えてないし、ましてやギレンを謀殺したりしない。

シャアとは割と絡みがあるが、原作のような策謀は特になく、ストレート上司と部下の関係

ただの敵方女性枠。ギレンと一緒に旗艦大破に巻き込まれて死亡。





ニュータイプミノフスキー粒子

なにそれおいしいの?





この物語フィクションです。





2017-06-18

転生したらギレン・ザビだった件

状況はジオン地球連邦政府宣戦布告した直後。

ガンダム好きの内向的少年ギレン・ザビに転生しジオン総帥となってしまう。はたして彼はジオン敗北と死の運命から生き延びることができるか?

ジャブローを狙ったコロニー落としはなぜか当たらず、レビル将軍には絶対に逃げられ、V作戦は止められない。

ザビ家の不仲をなんとかしようとパーティーを開くが誰も来ず、ラルにドムを届けようとするがなぜか阻止され、オデッサも量には勝てず陥落。

って内容のガンダム漫画はどうですかガンダムエースさん。

2017-01-26

トランプ大統領就任演説 ギレン・ザビ風(超訳・一部カット

親愛なる我が同胞諸君、そして世界中の人々に、まずは感謝したい。

我々アメリカ国民は、いま、その誓いを守り通し、国家を挙げ、合衆国の再建を始める。

無論、我々の行く道には課題や困難が待ち構えているだろう。だが、我々は必ずやり遂げる!

(歓声)

我々は平和裏に政権移行することに成功した。前大統領には私も、感謝している。

だが違うのだ! これは単なる政権移行の式典ではない。

我々国民が、ワシントンに巣食う者どもから権力を取り戻した式典である

(歓声)

まりに、あまりに長いあいだ、我々はワシントンモグラどもに代償を支払わされてきた。

奴らは栄え、その富を独占してきた。

人々の職は失われ、働くべき工場は閉鎖されてしまった。

きゃつらが勝利を祝っても、我々はなにも祝うことができなかった。

何故か?

奴らが自らの保身だけを考え、国民を守ろうとしなかったからだ!

だがそれもここまでだ!

いまこの瞬間、この演説を聞く国民すべてが、この勝利を祝うことができる。

我が合衆国政府は、我ら国民によって統治されるようになったからだ!

そしてこの2017年1月20日は、忘れ去られし国民が再び歴史の中心に戻ってきた記念日として、永遠に記憶されることになるだろう!!

(歓声)

私はここに、すべてのアメリカ国民に対し、忠誠を誓う。

これまで数十年にわたり、我らが国は外国を富ませ、群を犠牲にし、国境を侵されてきた。

世界への再分配という美名のもと、我らは家も職も奪われ、富は地平線の彼方へと消えていった。

しかしここに、私は新たな命令を発する。

そして全世界に知らしめるのだ。

今この瞬間から貿易も、税も、移民外交も、すべてが合衆国国民のために行われるということを!

すべては、アメリカファーストなのだ!!

(歓声)

我々は守る!

我々の産業を奪い、雇用破壊し、国境を越え略奪を続けるすべての悪しき国家から、この偉大な国を!

私は諸君らのために、命を賭して戦い続ける!

そしてアメリカは再び、勝者として君臨するのだ!

取り戻せ、国境を!

取り戻せ、富を!

取り戻せ、我らが夢を!!

(歓声)

合衆国のもと、文明社会は再び結束し、野蛮なイスラムテロリスどもを地球から根絶する。

我らが政治の根幹は、国家に対する完全な忠誠心にある。

その忠誠心こそが、互いを結束させるのだ。

愛国心に心を委ねよ!

偏見余地など、もはやどこにもないのだ!

(歓声)

聖書を紐解いてみれば、神のもと結束した人民いかに素晴らしいかがわかるだろう。

心を開き、議論を行うことは悪ではない。

だが忘れるな、我々国民は結束せねばならないのだ!

そして、我らの行く手を阻むものを、すべて打ち倒さなければならない!

恐れるな、国民よ!

我らは強力な法に、強力な軍に守られている!

そして何より、我らは神に守られし民なのだ

(歓声)

不満だけを述べ、行動を起こさぬ政治家どもを排除せよ!

我々の闘争心があれば、その精神を打ち負かす敵はどこにもいない!

失敗は許されない! 我らが再び繁栄を取り戻すまでは!

(歓声)

我々はいま、新たなる千年紀の誕生に立ち会っているのである

国家の誇りは、諸君らの心を揺さぶり、傷をいやし、視野を広げるに違いない。

思い起こせ! 偉大なる軍に伝わるいにしえの言葉を!

肌の色など関係ない、国民すべてに流れるのは、愛国者の赤い血潮なのだ!!

(歓声)

アメリカの旗を称えよ! アメリカ自由享受せよ!

そして、全知全能の創造主によって与えられた命を、一つの夢のもとに結束させるのだ。

諸君らは二度と、国家に忘れさられることはない。

諸君らの声が、諸君らの希望が、諸君らの夢が、偉大なる合衆国の命運を決めるのだ。

諸君らの勇気と善、そして愛が、我々を永遠に導くのだ!

アメリカは強くなる!

アメリカは豊かになる!

アメリカは誇りを取り戻す!

アメリカ安全になり、そしてなにより、アメリカは再び偉大な国家となるのだ!

(歓声)

神よ、アメリカを護りたまえ。

(歓声)

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元ネタのギレンのスピーチを作った富野監督は、その勇猛な言葉の中に、全体主義権威主義の俗悪さを込めたわけで、表面的なカッコよさに心酔してはならんと思うわけです。

2007-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20071111072152

愛するギレン・ザビ様は

「私の弟!諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだ。

何故だ!?」

と演説されておりました!

2007-06-17

平成十九年六月十五日白田秀彰演説記録

前口上

ThinkCに参加した人たちからは評価が高い白田氏の演説だけど、ギレン・ザビの演説級だと僕は思う。たくさんの人が知った方がいいと思うし、もっと評価されていいはずだ。一部で議事録もあがっているようだけど、現場の勢いはあんなものではなかったから僕の記録を公開することにした。それに今回のフォーラムは公開されないと聞いたから。

もしかしたら実際の発言とは多少異なっているかもしれない。そこのところは僕も危ぶんでいる。とはいえ、面白さとか迫力とかだったらある程度までちゃんと再現できてると思う。以下の記録を読んでくれて、白田氏の熱さが伝われば幸い。

演説記録

【第一発目】

...「制度改正ができるものならやってみろ」ということでしたが...

そんなこと10年前からやってきたんですよ!

博士論文で、著作権制度が産業保護奨励政策としての独占にすぎないことを明らかにした(1)。

博士論文の内容をくだいて一般向けにした、わかりやすい解説も書いた(2)。

あちらこちらの講演で語った。

雑誌記事で一般に訴えた。

オンライン記事でみなに訴えた(3)。

審議会に出て言いたいことを言ってきた。

ロージナ茶会という組織も作った──茶会はすでに解散してしまいましたが──。

パブリック・コメントも出した(4)。

私一人でできることは、ずっとやってきたんだ!

それでも、誰もついてきてくれないから...

いまだに、こんな議論を続けなければならないんじゃないですか。

法律論では、なんにも先に進まないことは、もうわかってますよ。

...この会場の誰が、私を援けてくれるんですか?

誰が、私と一緒に著作権制度の議論に本気で取り組んでくれるんですか?

最近は、茶会のメンバーですら、私の書いた記事にコメントくれなくなった(苦笑。

そこら辺(運営側)の人たちも、最近さりげなーく私の発言を無視するようになった。

それでも、一人でも、一歩でも先に進まなければいけないから、

こうしてここで喋っているんですよ!

【第二発目】

会場から「白田の主張は偏ってるんじゃないか」というご指摘がありましたが...

そんなことは百も承知でやってんですよ!

日本の学界の主流である、ドイツフランス著作権理論がどんなものかは、よく知っています。

しかし私の博士論文では、イギリス著作権制度がそれらに先行し、強い影響を与えたことを明らかにしている。私の研究では、産業保護策としての独占の付与が先んじ、その後、著作者の財産権だの、著作者の人格権だのといった主張がくっついてきたことを明らかにしている。

私はその研究に5年かけたんだ。貴重な若い時間を費やしたんだ。

だから、著作権制度が所有権人格権を本質とするという主張については、賛成できない。さらに言えば、知的所有権のみならず所有権という概念それ自体があやふやであることもまた、岩波から出た論文集の中で指摘している(5)。

もちろん、こうした考えは学界では異端だろうし、支持者もいないだろうことは知っている。

しかし... 世間の大勢が、著作権は「天才を保護する権利だ」とか「創作者の心情を保護する権利だ」などと言ってるからといって、自分が5年かけて確認したことを、「著作権制度は、本質的に産業保護目的とした独占にすぎない」という自らの主張を、曲げることは学者としてできない。世間の大勢を慮って自説を曲げることを曲学阿世という。首をくくられても自説を叫ぶのが学者なんじゃないですか?

いいですか... 社会ほとんどの人が「著作権は天才の権利だ」と信じて、それを強化拡大しようとする側にいるとき、シーソーは、圧倒的に権利強化の側に重く傾く。そのとき、たとえ100mの空高くはじき飛ばされようと、誰かがシーソーの反対側に立たなければ均衡など維持できないではないですか。

ローレンス・レッシグは、憲法学者でありながら、なぜ著作権制度について問題意識をもち、闘っているのか!

彼の本、『コモンズ』には、こういう一節があった。

──連邦議員が、少数の利益既得権ではなく、一般的な福利を尊重すると考えることが頭がおかしいのなら、連邦最高裁が、形式的な法律の適用ではなく、われわれの自由や幸福について配慮すると考えることが頭がおかしいのなら、いますぐキチガイを増やさなければならない──

というものだ。したがって、私は百も承知で偏った議論を展開している。それは、それが全体としての均衡を維持するのに必要だと考えているからだ。

  • footnote

(1) 白田氏の唯一の学術論文である『コピーライトの史的展開』 知的財産研究叢書2, 信山社 のことらしい。

(2) ネットワークでは良く知られた『もう一つの著作権の話』青空文庫 のことのようだ。

(3) このあたり、氏のWebサイト『白田の情報法研究報告』でだいたい読める。

(4) 「知的財産推進計画2006」の見直しに関する意見募集にも提出している

(5) 知的所有について, 『[rakuten:book:11350650:title]』 第3巻 情報, pp. 85--105 のことらしい。

連邦最高裁が「自由や幸福について配慮すると考えることが頭がおかしい」という部分についてだけど、実際の記述は、『Free Culture』p. 313 にあった。引用すると以下のとおり。

でも、政府の役割が「バランスを追求する」ことであるべきだというのがバカげていると言うのであれば、わたしはバカの側に分類してほしい。というのも、そうなったらこれがかなり深刻な問題になってきたということだからだ。もし政府バランスを追求しようとせず、政府が単に最強のロビイストたちの道具でしかないということが誰の目にも明らかになっていて、政府に別の基準を要求するのがバカげていて、政府ウソではなく真実を語るよう求めるという発想がおめでたいのであれば、世界最強の民主主義だったはずのアメリカは、いったいどうなっちゃったというのだ。

政府高官が真実をしゃべると期待するのは頭がおかしいのかもしれない。政府の政策が、強力な利益団体のお手盛り以上の何かだと信じるのは頭がおかしいのかもしれない。歴史を通じてずっとアメリカ伝統であったもの――自由な文化――を守ろうと論じるのは頭がおかしいのかもしれない。

それが頭がおかしいのなら、キチガイをもっと増やさなきゃいけない。それもすぐに。

 
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