はてなキーワード: ザクとは
を読んで、チャゲは本当に木根尚登とならぶ過小評価なソングライターだと長年思ってるので、個人的に感じる名曲でちょっと彼を見る目が変わりそうなのをいくつか紹介したい。
あくまで自分が好きな曲なのと、自分がちゃんとチャゲアスを聞いてたのは80年代終わりから90年代前半くらいまでのごく短い時間(つまりは流行ってた時代のミーハーファン)なので、コアなファンは「そんなカスみたいなのばかりあげんなよ」みたいな感想がでるかもしれないですが、まあ大目に見てほしいです。解散以降のソロ曲は一切知らないし。
これを読んで、チャゲにたいする「なんかアスカの隣でハモってるちょっと面白い人」くらいのイメージがちょっと変わったらうれしいです。
基本的にチャゲは凝った曲(メロディラインやアレンジが変な曲)や大きい曲(壮大なサウンドスケープを感じさせる曲)を作ったときに異様に力を発揮するタイプのソングライターです。それはたぶん彼の背景にビートルズやUKロックがあるのが要因かなと思う。そういうと「アスカのほうが大きい曲強いじゃん、「太陽と誇りの中で」とか「BIG TREE」」」とか」とファンは言いそうですが、アスカはJ-POP的な大きい曲に対して、チャゲはスタジアムロック的な大きい曲を作るのが得意な人です。本人のパブリックなキャラとだいぶ違って、それは木根とも共通すると思います。
今回は「大きい曲」 「変な曲」 「ふつうに良い曲」を2曲づつ挙げていきます。どの曲も今やサブスクで聞けるようになりましたので、ぜひ聞いてほしいです。
大きい曲その1。チャゲ曲でのファンの間で代表曲といえばこれだと思います。とにかくでかい。タイトルからしてでかい。イントロのアタックといいドラムといいでかい。そこからぐっと入るUKロックのようなAメロ。チャゲアスっぽいBメロという展開を繰り返しながら、ぐっとためてためて爆発するサビ。歌いやすくグッとくるこのサビのスケール感は、U2のWhere The Streets Have No NameとかOasisのLive Foreverとかとためをはれるんじゃないかとすら思う。間奏での掛け声がものすごくダサいがそのダサさも含めてスタジアムロックな名曲。ライブで聞くとなんとなくいいものを聞いたなと誰もが思うんじゃないでしょうか。それくらいのパワーがある曲。
大きい曲その2。これはチャゲのサイドユニット Multi Maxのもの。まあチャゲアスのライブでもけっこうやってた記憶があるのでここで取り上げたい。ロマンシングヤードがアッパーな感じの大きな曲なのに対して、こっちはミドルな大きな曲。まあほぼロマンシングヤードの兄弟曲なのだが、スケール感はこっちのほうが上。なんとなく環境問題を意識したっぽい歌詞はあの時代ですな。サビがとにかく気持ちいいのでカラオケで歌ってても楽しい曲。
変な曲その1。SAY YESが入っていてむちゃくちゃ大ヒットしたTREEに入っていたのでたぶん聞いたことある人もいそうな曲。JPOPによくあるファンクっぽい曲なのだが、エフェクトのつけ方とかすごく気持ち悪くてかっこいい。当時釣りに凝っていたチャゲが当時はまだあまり市民権のなかったCATCH & RELEASEというワードをもとに恋愛の歌詞にしたもの。Aメロのすっ飛ばしぐあいがすごくて、ちょっときれいな感じのBメロになったと思ったらドキャッチーなサビになる。全編でアスカとのボーカルコンビネーションが堪能できる。
変な曲その2。これもPRIDEに入ってるので知ってる人はそれなりにいそう。ちょっとエスニックな感じのイントロにやたらとエコーをかけたアスカの声が入ってくる。ところがサビで転調した瞬間に爽快なメロディになる。AメロBメロとサビの印象が全然違うので、サビの爽快さがさらに際立つ。歌詞とぴったりとあってるようにも思うしなんならアルバムジャケとぴったり合ってる。中学生のころに初めて聞いてなんだこれ!と聞き直したくらいインパクトのある曲。
ふつうに良い曲その1。普通に良い曲ももちろんある。これは元増田も言及していた曲でriverのカップリングなのでそこそこ知られてるかもしれない。こういうアーティストが自分の過去を振り返る曲はいい曲になりやすいよね。ちょっとサビの感じが長渕剛っぽいのが好き嫌い分かれそうだが僕は割と好み。というかチャゲも歌い方を長渕に寄せてる気がするし、何度か聞いてるとだんだん長渕っぽいなと思えてきて、長渕の声で脳内再生できてくる。歌の題材が福岡なせいだろうか。
ふつうに良い曲その2。チャゲ曲なのにほとんどをアスカが歌ってる不思議な曲。チャゲアスが得意なミディアムバラードだけどとにかく全部よい。メロディ、歌い方、歌詞、アレンジ、全部完璧。しいて言えば、間奏のアスカのモノローグがいらないくらい。渋谷のスクランブル交差点をテーマにしてるらしいがイメージがありありと想起できる。AメロがほぼサビなのだがこのAメロがものすごくよくできてる。歌詞と曲の一体感に、全然違うがTM NETWORKのStill Love Herと近さを感じるのはなぜだろうか。僕はいまだに渋谷のスクランブルで信号待ちをしているときにこの曲のサビが脳内で流れ出す。
全部記憶だけを頼りに書く。
格安機の中ではバズーカやグレネードが障害物戦において戦いやすい。ザクやグフとは違うのだよ。
水中機の中ではコスパ・生産性(ゾックも1ターンだっけ?)に優れる。2機あればカプールにも勝てる。たぶん。
そうはいっても移動力4のズゴックは使いにくいので、カネさえあればカプールを使いたい。
ビームなぎなたで、移動しながら・逃げながら相手の体力を削りやすいのがよい。ただし、与えられるダメージは小さかったはず。
コストの割に移動力8で宇宙戦での速攻に使える。占領地を伸ばしやすい。ビームサーベルがないので接近戦はつらい。
戦闘時の機動力は鈍いが、火力が強い。安心のバリアを生かして初手でメガ粒子砲を当てたい。
戦艦としてはこれしか生産できないマップも多いので…。移動力が削られやすいマップでは特に有効に使いたい。
っぱハイメガ粒子砲よ。物陰に隠れながらぶっぱなしたい。ビームサーベルがあるので接近戦ならアルバ・アジールにも勝てるよね?確か。
レウルーラでも良いとは思うんだけど、どうせこれを生産するころにはカネ余ってんでしょ?これに νQα の3機を載せて運ぶんだ。
ハイメガ粒子砲のゲージの溜まりが猛烈に速い。首都での戦闘は下向きの重力がかかっていた気がするが、もっと暴れ回れる地形で戦わせてみたかった。
あー楽しかった。
銀灰の幻影のザクとジムが叩かれてるけど、今からでもなんとか間に合いそうな範囲で設定考えた
改定案その1
税金の関係で車体番号が使い回されているが、中身はムーバブル・フレームにて新造されている。
同時にジェネレーターも型番が同じではあるがもはや別物といって良いレベルの改造品が搭載されているが、車検場で怪しまれないために外装のみそのまま流用しており、車検証の記載も全天周囲モニターやリニアシート等の近代改修のみに留められている。
そのため第2世代モビルスーツとしての性能を発揮できる機体となっている。
改定案その2
全天周囲モニターやリニアシート等の近代改修に加え、ビーム兵器をドライブできるよう最新型のジェネレーターを備えたバックパックに交換されている。
それに伴い推進系も見直され、宇宙世紀0096年時での量産機に匹敵する推力を得ている。
統合整備計画の副産物としてホバー移動も可能な機体ではあるが、基本設計の古さ故に限界値は相応といえる。
以下追加募集
一.
ワイフもらって 嬉しかったが
何時も出てくる 副食物(おかず)はコロッケ
これじゃ年がら年中コロッケ
こりゃ可笑し(おかし)
二.
開けて見たらば金貨が
株を買おうか 地所を買おうか
思案最中に 眼が覚めた
こりゃ可笑し
三.
芸者が嫌なら 身受けしてやろ
帶も買ってやろ
ダイヤもやろう やろう
いふて呉れるやうな客がない
こりゃ可笑し
四.
亭主もらって 嬉れしかったが
何時も出て行っちや滅多に
帰らない 帰らない
これじゃ年がら年中 留守居番
こりゃ可笑し
NHKドラマ「おしん」のなかで、大正12年9月1日、田倉商会の新しい工場の開業祝いの準備中に子守を任された源じいが歌っていたのが、このコロッケの唄(大正6年版)。wikipediaによるとコロッケの唄は、その後、昭和37年に浜口庫之助(五月みどり)版、平成版、令和へとなんどかリメイクされて歌い継がれてきたようだ。
大正時代のコロッケは、現代と違って、手ごろなお惣菜ではなく、東京などの洋食店でしか食べられない高級食品。この夫婦が富裕層であることがわかる。二番以降もあわせてみると、大戦後の好景気を反映し、一般投資家が増大した世相を色濃く映した、興味深い唄だ。
それはおしんの番外編。1983年放送当時の8月、おしんを演じていた田中裕子が過労静養のため撮影を中断せざるを得なくなった事態になって、急遽制作され、放送時間帯に15分ずつ6日にわたって放送された番外編「もうひとりのおしん」だ。これは、おしんと同時代を生きた山形や東京の女性に当時の話を聞くという番組。関東大震災前、おしんはラシャ問屋がつぶれたあと、子供服の店を田倉と始める。同番組では当時、日本橋横山町で子供服を始めたというおばあちゃん(放送当時90歳)の話を聞く場面がある。まさにこういう話を聞きたくて、わざわざDVDまで購入したのだが、見てよかった。
それまで和服に日本髪というのが当たり前だった日本人の服装が、洋服に変わっていったのは、関東大震災の後だといわれる。
このおばあちゃんはインタビューで「大震災があったでしょ、それからみんな裸になっちゃいましたから。それからだいぶん、服が変わっちゃいました」と答えている。この簡潔な一言に歴史のダイナミズムが凝縮されている。
おしんの物語では、田倉商会が時代を先取りする形で安価な既製服商品としての子供服のポテンシャルを見抜き、田倉の再起を賭けた。そのドラマの展開にリアリティを与えるインタビューだった。
もっとも、おしんは当初、夫である田倉竜三の羅紗問屋の事業失敗に懲りていて、大して商才もないのに夢ばかり大きい夫の行動が不安で仕方がなく、本当は手堅く地固めをしたい。子供服作業場の拡張には反対していた。だがやがて夫を信じようと思いなおし、夫の夢に賭けるようになる。
おしんのドラマは、10年に一度くらい再放送で目に留まって数話くらいずつ散発的にみていたのだが、今回、腰を据えて全297話をみていると、ドラマの演出がなかなか面白いことにも気が付いた。例えば、夫に商売の才能がない部分を自分の働きで夫婦の稼ぎをカバーしようと自分なりの仕事を始めて成功してしまう場面。プライドを傷つけられた旦那は「髪結いの亭主」さながら飲み歩くだけの怠け者になってしまう。夫を堕落させたのは自分だと気が付いたおしんは、あえて自ら稼ぐことをやめ、夫を立て夫がいつかまじめに稼いでくれるのを信じることにした。その結果、やがて今日明日の米に困るほど夫婦は追い詰められてしまう。田倉はようやく目が覚めて商人の道を諦め、勤め人として働きだすようになった。その様子をみて安心したおしんは、田倉商会の将来的な再興を目指して、子供服の商売のための子供服のデザインなどこつこつと準備を始める。おしんのデザインをみた田倉はおしんの才能を知り、いったんは勤め人として手堅く暮らそうとしていたのに、勤め人をやめて子供服の商売にまた再起を賭けようと夢を語り始めた。おしんに相談もせず勝手にミシンを購入したり、ひとを雇ったりとおしんを戸惑わせた。あげくは事業拡大のために借金をして工場建設をすると鼻息荒くしていう。
そんななか、ドラマの背景で、東京の街中で流れてくるのは「船頭小唄」。おしんの不安を象徴させる、にくい演出だと思った。
そして、大震災当日の朝、順風満帆で工場開業の祝賀を催す準備のさなか、田倉竜三の子供のころからのお目付け役である源じいが歌っていたのが冒頭の「コロッケの唄」だ。源じいは昼に発生した地震で亡くなってしまうので、源じいが幸せだった最後の瞬間だったといえる。その浮かれた雰囲気を、その時代の空気とともに、この歌はとてもよく演出している。
その後のドラマの展開は、田倉の本家である佐賀へ舞台をうつし、橋田壽賀子お得意の嫁姑地獄が待っている。
15年以上付き合いある友から誘われて初参加したんだがFOする。10回くらいキレそうになったが頑張って耐えた。短くまとめたかったのにクッソ長くなった。
予め断っておくと気になった時点で指摘しない私も悪いと思うだろうが、友は指摘すると言い訳+機嫌悪くなるタイプに見受けられたので心健やかに2日間過ごすため我慢を選んだ。
・宿泊先のホテルで出発前のトイレに行かず会場着いてから混んでるトイレに行き出す。
・ほぼ同じタイミングで入ったトイレでは日焼け止めと化粧直しで10分以上待った。
・私の観たい演目が迫る中、友は長蛇のご飯列に並ぶ。ちなみに私は移動や演目中に全食事を済ませた。
・物販は整理券的な取り組みがあったのにやらない。
※ 観たい演目の時間被りがなく当初は一緒に回る予定にしたがこれが全ての失敗。
※しかも私の風呂上がりに始めた風呂準備が私の風呂と同時間かかる始末。
友からしたら勝手にテキパキしてるお節介な人って認識なのだろうか...
※撮影してる人がモニターに映ったり演者が撮影okと言い出したりと撮影禁止のルールがザルではあったものの、著作権侵害だし注意して回るスタッフさんを目の前にして撮影できる神経の同行者はキツイ。
一緒にいる間は大好きなアーティストでさえ全然盛り上がれず、別行動した途端元気に飛び跳ねてたから本当に友の行いが嫌だったんだと思う。1人で行けば良かったし向こうも私の異常に悪いノリに誘ったの後悔してると思うwww
ちなみに友はティーンの可愛いお馬鹿さんじゃないんだよ。30代も半ばの独身ドルオタだよ。ここまでされると友に嫌われてる?って思うレベルだが独身中年ドルオタって地雷率高そうだし嫌われてても気にしないことにした。