【性教育を変えていく】(01) 逃げずに正面から向き合う
学校や家庭で性教育を受けた記憶がある人はどれくらいいるだろうか。長く学校現場では性教育が忌避されてきたが、近年は関連書の出版が相次ぎ、SNS上でも話題になる等、性教育への関心が再び高まっている。性教育を変えようとする人達を追った。
愛用の青いスマートフォンには、心身に障害がある若者から頻繁にメールや電話が入る。何気ない日常会話だったり、生活の相談だったりする。特に多いのが性の悩みという。日暮かをるさん(73、左画像、撮影/国本愛)は、その一つひとつに応えている。「自分の体を触りたくなるけど、どうしたらいいの」。自慰行為を求める自分に悩んでいる20代の女性には、こんなメールを返信した。「一人の時に体を傷つけないで触るのは悪いことじゃないよ。否定的に考えないで大丈夫」。
東京都立の特別支援学校で約40年間、教諭を務め、とりわけ性教育に力を入れてきた。2009年に定年退職後も、コロナ禍の前は月に1~2回ほど、首都圏の障害者向け作業所や支援施設に講師として招かれ、若者達に性教育の授業をしてきた。
「大半の子が学校できちんと性教育を受けていないから、皆、興味津々で聴いています」。赤ちゃんがお年寄りになるまでを描いた絵巻物を見せて「こんな風に人は成長していくんだよ」と伝えたり、手作りの人形を使い、男女の体の違いについてのクイズを出したり。月経や精通の体験談を出し合ってもらうこともあれば、同性愛や障害等人間の多様性について教えることもある。
「七生の性教育の灯を消したくない」。ずっと、そんな思いが原動力になってきた。東京都日野市にある都立七生養護学校(※現在の都立七生特別支援学校)に赴任したのは、40代半ばだった。知的障害のある小学生から高校生まで、約160人が通っていた。半数ほどは親元で育てられなかったり、虐待を受けたりする等の事情から隣接する入所施設で暮らしていた。
赴任当時は、意味を理解しないまま生徒が性行為をしたり、性的な悪戯が広がったりしていることが校内で問題となっていた。思春期になると体や心に変化が訪れ、性衝動も生まれる。単に禁止するだけでは止められず、教員達は悩んでいた。辿り着いたのが、性をタブー視せずに教えることだった。
検討委員会を立ち上げ、授業の目標や内容について、勤務時間外まで話し合いを重ねた。そして、小学部から高等部にかけて一貫性を持って性教育をする独自のカリキュラム『こころとからだの学習』が完成した。
“自分が大切な存在だと気付かせること”を一番の目標に据えた。自身の障害やつらい過去から、自己肯定感が低い子供が多かった。この為に、体が触れ合う性行為で「優しくされた」と感じたり、逆に自分の体を大切にできなかったりして、安易な性行為に流れると教員達は考えたのだ。日暮さんは「自分を認められるようになることで、相手の大切さもわかると思った」と言う。
授業が始まったのは1990年代半ば。赤ちゃんの人形をだっこし、教員手作りの子宮体験袋でも学んでもらった。子供達が胎児になったつもりで子宮を模した大きな袋に入り、生まれるまでを疑似体験するものだ。そして「生まれてきてくれてありがとう」と語りかけた。
他人との関係づくりを学ぶ為、結婚式ごっこもした。障害がある子供が理解し易いよう、歌詞に性器の名も入れた『からだうた』を歌ってもらったり、手製の人形で男女の体の違いも知ってもらったりした。夢精をおねしょと勘違いしてパニックになる子もいた為、注射器等で作った射精キットで実演して仕組みを知ってもらった。
子供達に変化が表れる。男子生徒達が“セックス”等と連呼する悪ふざけをぴたりと止めたのだ。その他の問題行動も徐々に減っていった。「逃げないで正面から教えることが大切なんだ」と実感した。
新しい単元に入る前には、親達に趣旨を説明したプリントを配り、保護者会では授業風景を録画したビデオを見てもらった。「子供が優しくなった」との声も届いた。都内の養護学校の教員らが集まる研修や、性教育の専門誌にも取り上げられた。“画期的事例”と評価されるまでになった。
授業を始めてから5年余りが過ぎた頃、『こころとからだの学習』は一転して批判を浴びる。2003年7月、都議会定例会の一般質問で、民主党都議(※当時)が「最近の性教育は口に出すのが憚られるほど内容が先鋭化し、世間の常識とはかけ離れている」と七生の『からだうた』を例に挙げ、批判したのだ。答弁した石原慎太郎知事(※当時)も「呆れ果てる」「異常な信念をもって、異常な指導をする先生」等と応じ、教育長も「極めて不適切で、強く指導していく」と述べた。
日暮さんは保健室で都議会の録画を見て、他の教員達と「これって私達のこと?」と驚き合った。その時は「的外れな批判だ」と思い、気に掛けなかった。だが質疑の2日後、都教育委員会の職員や都議が学校を訪れて校長に性教育を止めるよう求め、教材や授業記録を持ち帰った。
この一件が報じられると、「過激な性教育をしている」として、全国から激しいバッシングを受ける。秋には都教委が「不適切な性教育をした」として、前校長に対し教員への降格と停職の懲戒処分、性教育に携わった他の教職員も厳重注意処分にした。一方、性教育を止めるよう校長が都教委に指導された数日後、経緯を説明する為の保護者会が開かれた。日暮さんは「批判の声が上がるかもしれない」と内心、出席するのが怖かった。だが、反応は思いもよらないものだった。
2022年8月1日付掲載
愛用の青いスマートフォンには、心身に障害がある若者から頻繁にメールや電話が入る。何気ない日常会話だったり、生活の相談だったりする。特に多いのが性の悩みという。日暮かをるさん(73、左画像、撮影/国本愛)は、その一つひとつに応えている。「自分の体を触りたくなるけど、どうしたらいいの」。自慰行為を求める自分に悩んでいる20代の女性には、こんなメールを返信した。「一人の時に体を傷つけないで触るのは悪いことじゃないよ。否定的に考えないで大丈夫」。
東京都立の特別支援学校で約40年間、教諭を務め、とりわけ性教育に力を入れてきた。2009年に定年退職後も、コロナ禍の前は月に1~2回ほど、首都圏の障害者向け作業所や支援施設に講師として招かれ、若者達に性教育の授業をしてきた。
「大半の子が学校できちんと性教育を受けていないから、皆、興味津々で聴いています」。赤ちゃんがお年寄りになるまでを描いた絵巻物を見せて「こんな風に人は成長していくんだよ」と伝えたり、手作りの人形を使い、男女の体の違いについてのクイズを出したり。月経や精通の体験談を出し合ってもらうこともあれば、同性愛や障害等人間の多様性について教えることもある。
「七生の性教育の灯を消したくない」。ずっと、そんな思いが原動力になってきた。東京都日野市にある都立七生養護学校(※現在の都立七生特別支援学校)に赴任したのは、40代半ばだった。知的障害のある小学生から高校生まで、約160人が通っていた。半数ほどは親元で育てられなかったり、虐待を受けたりする等の事情から隣接する入所施設で暮らしていた。
赴任当時は、意味を理解しないまま生徒が性行為をしたり、性的な悪戯が広がったりしていることが校内で問題となっていた。思春期になると体や心に変化が訪れ、性衝動も生まれる。単に禁止するだけでは止められず、教員達は悩んでいた。辿り着いたのが、性をタブー視せずに教えることだった。
検討委員会を立ち上げ、授業の目標や内容について、勤務時間外まで話し合いを重ねた。そして、小学部から高等部にかけて一貫性を持って性教育をする独自のカリキュラム『こころとからだの学習』が完成した。
“自分が大切な存在だと気付かせること”を一番の目標に据えた。自身の障害やつらい過去から、自己肯定感が低い子供が多かった。この為に、体が触れ合う性行為で「優しくされた」と感じたり、逆に自分の体を大切にできなかったりして、安易な性行為に流れると教員達は考えたのだ。日暮さんは「自分を認められるようになることで、相手の大切さもわかると思った」と言う。
授業が始まったのは1990年代半ば。赤ちゃんの人形をだっこし、教員手作りの子宮体験袋でも学んでもらった。子供達が胎児になったつもりで子宮を模した大きな袋に入り、生まれるまでを疑似体験するものだ。そして「生まれてきてくれてありがとう」と語りかけた。
他人との関係づくりを学ぶ為、結婚式ごっこもした。障害がある子供が理解し易いよう、歌詞に性器の名も入れた『からだうた』を歌ってもらったり、手製の人形で男女の体の違いも知ってもらったりした。夢精をおねしょと勘違いしてパニックになる子もいた為、注射器等で作った射精キットで実演して仕組みを知ってもらった。
子供達に変化が表れる。男子生徒達が“セックス”等と連呼する悪ふざけをぴたりと止めたのだ。その他の問題行動も徐々に減っていった。「逃げないで正面から教えることが大切なんだ」と実感した。
新しい単元に入る前には、親達に趣旨を説明したプリントを配り、保護者会では授業風景を録画したビデオを見てもらった。「子供が優しくなった」との声も届いた。都内の養護学校の教員らが集まる研修や、性教育の専門誌にも取り上げられた。“画期的事例”と評価されるまでになった。
授業を始めてから5年余りが過ぎた頃、『こころとからだの学習』は一転して批判を浴びる。2003年7月、都議会定例会の一般質問で、民主党都議(※当時)が「最近の性教育は口に出すのが憚られるほど内容が先鋭化し、世間の常識とはかけ離れている」と七生の『からだうた』を例に挙げ、批判したのだ。答弁した石原慎太郎知事(※当時)も「呆れ果てる」「異常な信念をもって、異常な指導をする先生」等と応じ、教育長も「極めて不適切で、強く指導していく」と述べた。
日暮さんは保健室で都議会の録画を見て、他の教員達と「これって私達のこと?」と驚き合った。その時は「的外れな批判だ」と思い、気に掛けなかった。だが質疑の2日後、都教育委員会の職員や都議が学校を訪れて校長に性教育を止めるよう求め、教材や授業記録を持ち帰った。
この一件が報じられると、「過激な性教育をしている」として、全国から激しいバッシングを受ける。秋には都教委が「不適切な性教育をした」として、前校長に対し教員への降格と停職の懲戒処分、性教育に携わった他の教職員も厳重注意処分にした。一方、性教育を止めるよう校長が都教委に指導された数日後、経緯を説明する為の保護者会が開かれた。日暮さんは「批判の声が上がるかもしれない」と内心、出席するのが怖かった。だが、反応は思いもよらないものだった。
2022年8月1日付掲載
テーマ : 教育問題について考える
ジャンル : 学校・教育