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【前略・北関東の山の上から】(23) 今晩の焼き肉をかけて…野営の前に鹿の群れを追う

熊を獲る為、M沢へ行く途中で出合った鹿の群れ。なだらかな傾斜が広がる目の前の笹原に、パッと見6頭くらいいる。一番近い獲物に向かって銃を構える。スコープに載った鹿は動いていないが、群れの中には逃げ始めているものもいる。より良い射撃姿勢を取っている猶予はない。

引き金を引く。轟音の次の瞬間、鹿が一瞬跳ねた。そのリアクションを見て「当たった」と確信した。左を向いていた鹿は反転し、猛スピードで右手に逃げ始め、他の個体も続く。一旦ザックを下ろし、鹿の立っていたところに行くと、きな粉色に枯れた笹の葉の上に紅葉色の血痕が残っていた。やはり弾は入っている。

しかし、それから10分ほど周囲を歩いても、次の血痕が見つからない。鹿の逃げた方向は崖下だが、首を伸ばして下を見下ろそうにも、木々が邪魔して谷底までは見えない。「血の量が少ない為、軽傷かもしれず、そうなると追い付けないかもしれない。今、この鹿を追えば、今日はもうM沢には到着しないだろう。M沢周辺にも鹿はいる。鹿を撃てば、熊も待てる。この鹿を追って谷底を下りれば、熊を狙うことはできない…」。

色々考えた。しかし「半矢の動物を放っておくのは違う」と思い直し、ザックを背負い、進んだであろう崖を下りていく。100mほど歩いた辺りから血があった。「よしっ」と心の芯に火が灯るが、血痕を見失わないように丁寧に追う。時刻は14時を過ぎ、北東に開けたこの谷にはもう光が差さない。

谷底に下り立つ。耳を澄ますと、15mほど先から藪を漕ぐ音が聞こえた。音は不規則。鹿は傷ついた不自然な姿勢で走っていることが予想された。獲物との距離がここまで近くなると、最後は形振り構っていられない。小川にバシャバシャ入りながら全力疾走で追いかける。手負いだからとて、ナイフでトドメを刺そうとは思っていなかった。

ここまで走れるなら、バイタルに弾は入っていない。致命傷ではない。火事場の馬鹿力のようなもので、傷ついた動物は時として途轍もない力を発揮する。下手をすると逃げられる。「次に姿が見えたところに二の矢を入れよう」と、薬室に次弾が装填されていた。獣が止まった気配がした。緑の若葉をしだれさせる杉の幼木の下に、鹿は横たわっているようだ。

これ以上興奮させないように、と忍び足で近付く。姿が見えた。地面に身体を横たわらせ、首を起こしてこちらを見ている。距離5m。「頭を撃とう」と銃を構え、倍率4倍のスコープを覗く。目が合った。鹿の顔立ちは凜々しく、黒い目は真っ直ぐに私を見ていた。諦観、狼狽、憤怒、そのどれでもない表情。

目が口よりもモノを言った。逡巡している暇はない。引き金を引くと、轟音と共に鹿の頭が「ブオンッ!」と仰け反った。鹿の頭蓋はUの字形に吹き飛び、目玉が半分飛び出す。一瞬前の美しい顔は、銃弾の絶望的な力によって悍ましい姿に変えられ、脳天からは湯気が立ち始めた。

切れた息を整えながら立ち尽くす私は、「弾の通ったところってそんなに熱いんだ」と変な納得をする。数秒後、汗が私の頬をツツと伝い、顎からポッと落ちたのを感じて、「違う、鹿と俺が熱くて、空気が冷たいから湯気が出てるんだ」と、やっと血の沸騰が収まってきたのを感じた。


東出昌大(ひがしで・まさひろ) 俳優・ファッションモデル。1988年、埼玉県生まれ。大学中退後、宝飾デザイナーを目指し、ジュエリーの専門学校に進む。2006~2011年までパリコレクションで『ZUCCa』や『ヨウジヤマモト』等にモデル出演。2012年公開の映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。この作品をきっかけにファッションモデルとしての活動を辞め、俳優に転身。主な出演映画に『クローズEXPLODE』・『コンフィデンスマンJP』シリーズ・『スパイの妻』等、テレビドラマは『あまちゃん』『ごちそうさん』(NHK総合テレビ)・『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)・『あなたのことはそれほど』(TBSテレビ系)等。


キャプチャ  2024年12月24日号掲載

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