はてなキーワード: 内申点とは
私は塾で先生をしています。個別指導塾です。アルバイトなんですけど。
指導は小学校高学年から中学3年生まで、勉強が得意な子はマレで落ちこぼれが多い。
学力テストで一桁しか取れない子、というのが結構多く通ってきます。
学校のテストでは平均点くらいは取れるんだけど、都道府県、もしくは全国区の学力テストだと一桁の点数しか取れない子が結構います。
こういう生徒をどうすればいいのか、試験監督をしながらかわいそうに思っています。
一桁点、ということはほとんどわからない状態なので、50分のテスト時間をただ黙って過ごすことになります。
そんな生徒たちの背中を見ていると、いたたまれなく思ってしまうのです。
学力テストや入試ではテクニックや取捨選択が必要になってきます。
そのことを知らない子がかなり多い印象です。
だから、学力テストが終わって答え合わせをする際に、ちょっとだけそんな話をするのですが、
結局、学校では各教科で新しいことを次から次へと教えるので、そんなコトに時間も気力も使えない。
定期テストでそこそことりつつ、内申点をキープし、本番でも高得点を獲るような生徒は超人的です。
特に一桁点を取るような生徒ばかり担当していると、それがわかります。
私自身は自頭は悪いけど記憶力はあったので、そこまで勉強に苦労していなかったので、
学生時代にはそういうこと(勉強のできない子の視点)には気が付きませんでした。
さて、ここからが本番なんだけど、子供を個別指導塾に入れる際には
子どもに何をさせるかを明確にするべきです。
要するにとにかく塾に放り込めばいいと考えている。
1.定期テストで良い点を取らせたいのか
2.本番で良い点を取らせたいのか
この二つはつながっていそうで、実はつながっていません。
勉強ができる子にとってはつながっていますが、できない子にとってはつながっていません。
だから全くの別物と考えて、どういう方向にもっていきたいか、親がはっきりさせるべきです。
もちろん、答えは2です。
定期テスト対策は普段の学校の授業とかぶるので、復習の時間になってしまってあまり意味がない。
個別指導塾では入試で最低ラインを獲るテクニックを教わるべきです。
高校入試の数学を例にとると、大問1はたいてい基本の計算問題が出題されます。
ここをすべて解くことができれば、20点くらいもらえます。
加えて、各大問の最初の問題は、各単元の基本を覚えていれば答えを導き出せるので、
合計で40点くらいは取れるはずなんです。
特に点数が悲惨なことになる数学を個別指導塾で補うのが良いでしょう。
いくつかの個別指導塾を経験しましたが、教材は持ち込みOKなところがほとんどです。
だから、「高校入試・計算問題」と書かれた参考書を書店で購入し、
それをひたすら解く練習を塾で先生とすれば、一桁点という惨事は避けられます。
それにしても、このシステム、どうにかならんかといつも思っています。
塾や学校の先生たちは、どちらかというと学生時代に勉強ができる側の人たちだったから
学校や勉強が好きで、そのシステムのやばさに疑問を持っていない人が多い印象です。
経済学の目でそのコメントを眺めると、まず最初に起きるのは軽い知的アレルギーだ。
理由は単純で、そこには能力の話ではなく服従度の話しか出てこないからだ。
教育制度を見るときの基本姿勢は一貫している。制度が能力を測っているのか、それとも従順さを測っているのかだ。
市場の観点から言えば、評価制度は人的資本を測定する装置であるべきだが、国家教育システムはしばしば別のものを測り始める。つまりお上に従う能力だ。
推薦を取れる→ 教員の評価が高い→ 提出物を出す→ 生活指導に逆らわない
つまり何を言っているかというと、「お上の言うことに従う能力が高い人間が健常だ」という自己放尿になる。それは教育の話じゃない。官僚的従順性のテストだ。
国家教育はしばしばこうなる。教師は国家の下請け管理者になる。生徒は提出物と生活指導に適応する訓練を受ける。
この構造の中で推薦という制度が測っているものは、学力ではない。規律への適応度だ。
提出物を出さない?教師に噛みついた?それで内申が下がる?当たり前だ。国家学校は人的資本市場じゃない。服従市場だからだ。
その結果どうなるか。生徒は能力競争ではなく、どれだけ上位権力の前で自己放尿できるかを競う。
「先生の言うことは絶対です」「提出物は神です」「生活指導に逆らう奴は異常です」
単に自己放尿の訓練がよくできた人間だ。国家教育が好むのは思考力ではない。お上の前で自己放尿できる人材だ。
自由主義経済の視点では、教育は本来多様な能力を競争的に測る市場であるべきだ。
学力 → 行儀
創造性 → 提出物
左翼教育がやりがちな最大の勘違いはここにある。「規律に従う人間=健全」と思い込むことだ。
市場はそんな基準では人材を選ばない。企業家精神も科学的創造性も、たいてい教師の生活指導にマジギレする側から出てくる。
歴史を見れば明白だ。革命的な発明家や研究者は、しばしば学校制度の優等生ではない。
国家教育が推薦で選んでいるのは能力の上位層ではない。最も美しく自己放尿できる層だ。
内申点だとか、面接だとか圧倒的に主観が入る判断基準についてはどう思ってるんですかね
内申点とか面接の評価基準が公開されてないから、完ぺきな対策なんてできないわけだし、
対策としてどうにかできる点は多少はあるけど、顔面の作りとか生まれ持ったものである程度は評価点が左右されちゃう側面はあるじゃん
中高一貫校の出身で、内申点なんて一度も気にしたことないから知らねー。大学合格は完全に実力で掴み取ったよ。だから女子枠も遠慮なく批判するね。
って主張が多いと思うんだけど、
内申点だとか、面接だとか圧倒的に主観が入る判断基準についてはどう思ってるんですかね
内申点とか面接の評価基準が公開されてないから、完ぺきな対策なんてできないわけだし、
対策としてどうにかできる点は多少はあるけど、顔面の作りとか生まれ持ったものである程度は評価点が左右されちゃう側面はあるじゃん
いや、頑張ればどうにかできるんだから、文句言う前に頑張れ?それ女子枠でも同じじゃねえの
頑張って100点取れば合格じゃんね
面接に話を戻すと、話し方であったり、知識であったり、協調性であったりを複合的に判断して学校が必要だと思う人材に合格を出しているわけで、
女子枠って何なのっていうと、学校側が色々な意図で「女性」って属性が必要だって判断なんだから、そこに文句言うならその他にも文句言えばいいのにって思うんだよね
新しい中学受験シーズンが始まるところなので、過年度の入試の終了者の個人的雑感。
・もし中学受験をすることにするなら、模試(クイズ大会)の偏差値で子供がランク付けされ、無意識に煽られて志望校への進学を熱望し、多くの子供が不合格と言う形で、自分の努力を否定される経験をすることになる。その経験を12歳の子供にさせる意味があるかは考えた方がいい。一旦中学受験準備を始めると、子どもの時間を費やした後で中途撤退を判断するのは、相当に難しい。
・受験の伴走本や、塾選びのサイトがあるが、ああいう表面的な知識に惹かれる親なら、すでに不利な状況。子どもが自走できる場合を除き、中学受験は子どもに合わせた実効的な対策を立てられる受験スキルが親に求められる競争でもある。子供に合わせた対策を立てるのは、受験(クイズ大会)が得意な親でないと難しい。そういう親にはノウハウ本は不要(本の内容が自明か、的外れ)。
・本当に受験が得意な人が塾の先生になるとは限らないので、塾にお任せでうまくいくとは限らない。塾のアドバイスは結構表面的で実効性がないことも多々ある。また、宿題が多すぎることも多い。後者の場合、親(か、実力のある個別指導の先生)が、宿題を取捨選択する必要がでてくる。実力のある個別指導の先生を事前に見分けてお願いすることも結構難しい。
・(個人的印象に過ぎないが)東京都は財政に余裕があるので、公立中は荒れていなければ、そんなに悪くない印象。都立高は楽しそう。(一方、他の首都圏の自治体の事情は不明。東京都より財政力は大きく落ちる。その場合、(都内を含む)私立中高一貫校の方がいいということはあるかもしれない。)
・高校受験は都立入試が単願制なので、それはそれで大変厳しい。また、公立中の教員が付ける内申点がフェアである保証がないという問題もある。(普段の授業での観察から、内申点をきちんとつけるには、教師に高い能力が必要だが、皆が同じ能力を持つわけではない。)その意味では、中学受験の方が楽。
・勉強が得意な子で、小学校で話が合う友達が少ない、あるいは孤立気味なら、中学受験するといい。
・親が偏差値に囚われない自信があるなら、素晴らしい私立中高一貫校は多い。(生徒がその環境を活かせるかは別の話。学校そっちのけで友達と遊んでしまうのが普通。)ただ、偏差値の魔力は強い。
・中学受験をすることに決めたなら、演習問題、模試、過去問で間違えた問題の解き直しがとても重要。模試の結果が返ってきたら、正答率が一定数(50%とか)以上の問題で間違えた問題を、すべて正答したと仮定して、点数を足し合わせて子どものその模試での偏差値がどれだけ上がるか見ると、難しい問題ができなくても、基本問題を抑えれられば偏差値が結構大きく上がることが分かって、子供のやる気が出るのでおすすめ。
twitter(X)ではSAPIXから私立中学校に入ってその後が云々みたいなツイートがよくバズっていますが、その際に言及されるのは御三家といった一流私立中学です。
しかし日能研偏差値30-40くらいの誰も名前も知らないような私立中学について触れられることはあまりありません。
ではそのような所に進学するメリットとデメリットは何でしょうか?実体験を元に書いていこうと思います。
・メリット
私立中学はほとんどが中高一貫であり、エスカレーター式で高校へ進学できます。要は高校受験に向けて必死に勉強する必要はなく、内申点についても考えなくていいわけですから、教員の顔色を伺いながら生活する必要もないわけです。
これは私のような目立たない無気力人間からしたら非常にありがたかったですし、もしも公立中学校に進んで高校受験をしていたらその時点でドロップアウトしていた可能性が非常に高いです。
2.施設が充実している
私立は偏差値に関わらず施設が充実しているところがほとんどです。公立にはないような充実した施設で伸び伸びした学校生活を送れます。
中高一貫校のカリキュラムといえば公立より早く進み、大学受験に有利になるように組まれていると皆さん思っているでしょう。しかし偏差値の低い中学はそもそも中学受験でやった勉強の基礎が身についていない前提で
授業をするので結局公立と同じペースで学習することになります。
2.生徒の質が低いので授業によっては荒れる。
偏差値の低い私立中に通う最大のデメリットはこれですね。公立より高い質の授業を受けるために高い学費を払うわけですが、残念ながら民度は学費ではなく偏差値で決まります。
自分の学校には授業中頻繁に立ち歩いたり、授業妨害レベルでずっと騒ぐ人がいました。しかもそういう人たちはいわゆる発達系の自分をコントロールするのが難しいタイプではなく、バリバリ運動部の人間で、舐めた態度をとっても大丈夫な教員を
選んで授業妨害をしているわけです。最近は底辺層の無気力化が起こっているようで、もしかしたらこのようなことは徐々になくなっていくかもしれません。
ただ誤解しないでほしいのは先生の質や授業そのものの質はそこまで悪くないです。しかし生徒の妨害によりその恩恵を受けられないことが多々発生します。
3.高校受験が無いため怠ける
中高一貫で高校受験がないので、部活や余暇活動に勢力を出し、そちらで結果を残せるのではと考える人もいるでしょう。しかし実際はスマホに明け暮れて怠ける人がほとんどです。
あと学業面であまり競争が発生しないせいか、親に買ってもらったものでマウントを取り合っている集団もいました。
また定期テストでは点数が取れるものの模試の結果は悲惨なもので、偏差値40台がボリュームゾーンでした。
4. 進学先はかなり格差がある。
大学受験を見据えて、中高一貫校に通わせたいと考える人は多いと思います。実際の進学の傾向は以下の通りです。
まず、難関大学に合格できるのは、学年でも上位5%前後に限られます。そもそも推薦入試を希望する生徒が多く、一般受験で挑むのは学年の半数程度というケースも珍しくありません。
「中高一貫校に行ったのだから、最低でもMARCH」という期待を抱く人もいるかもしれませんが、現実には、一般受験では日東駒専レベルでも合否が不安定な生徒が少なからず存在します。
一方で、中堅大学の指定校推薦枠は比較的多く用意されています。そのため、指定校の中から無難な進学先を選ぶ生徒が多いのも事実です。具体的には、和光大学や玉川大学といった、学費がやや高めの中堅大学へ進学するケースが目立ちました。
さらに下位層になると、専門学校へ進学する生徒もいます。彼らを見ていると、極端に成績が悪かったわけではなく、入学当初からなんとなく6年間を過ごし、高校3年生になって「とりあえず行けるところ」を選んだ結果、そうした進路に落ち着いたという印象です。
要するに、中学受験と同じ轍を踏んでしまっている人が多いとも言えます。中学受験では努力したものの調子が振るわず不本意な入学となった人を除き、日常的に勉強する習慣が身についていない生徒が多く、
上位大学を目指すにはどこかの段階で本人が意識を大きく変える必要があります。しかし、その意識改革を実際に成し遂げられる人は少数です。
その他、学校の評判に関しては意外と保護者からはいい傾向にあります。それは保護者自身が実際通ったわけではないのと、仮に子どもが学校生活に対して不満を抱いていたとしても、それをそのまま認めてしまうと、これまで支払ってきた学費が「無駄だった」と認めることにもなりかねません。
そのため、無意識のうちに学校を肯定的に評価せざるを得ないのではないか、個人的には考えてます。
ざっとこんな感じですが、言いたいことを短くまとめると
モラトリアムとして、または高校受験をしたら間違いなくドロップアウトする人のセーフティネットとして、なら行く価値はあるでしょう。しかし生徒の質や進学先には期待できない。といった感じです。
子供の頃は本当にそうだった。
小学校卒業時の偏差値は同学年の100人の中で断トツだったと思う。
田舎だったから中受したのが3人しかいなかったというオチなんだけど、まあ、事実として俺が一番偏差値は良かった。
正直、あまり良くないと思う。
だから親は俺にせめて学歴を与えた上で内申点から遠ざけたんだと思うます。
それから30年経過、大学受験も就活もボロカスに失敗してなお俺の自認は「やれば出来るINTガン上げタイプ」だった。
勉強はできない。
運動はできない。
友達はできない。
恋人はできない。
仲間はできない。
貯金はできない。
泣きそうなほどの現実の中で「でも俺は地頭がいいからそのうち小説とかで賞を取って見返してやるから」みたいに思いながら生きてきた。
外見を除けば中身は「みいちゃん」が近いんだろうね。
でも俺は篠澤広と出会って変わった。
彼女と過ごすうちに俺は自分の自認が余りにもこういった存在とかけ離れていることを知った。
俺は中受で偏差値63あっただけで飛び級もしてないし大学の偏差値も低い。
そうか、俺は篠澤しゃない、黒沢なんだ。
そう気づいたとき、俺の中で30 年分の、いや、40年分の矛盾が解消された。
俺は薄幸の敗北を知りたいではなく、発酵した敗北者で死に体なんだ。
黒沢には数多くの彼を見下げ果てる敵がいるが、見上げる弟子や同じ目線の友がいる。
俺には誰がいる?
辞任篠澤の俺には40年の空白しかない。
誰もいない。
俺には誰もいない。
まるで花京院だ。
ブコメにあった「単願制見直し:公立高校入試のDAアルゴリズムを用いた併願制についての情報ページ」
https://www.mdc.e.u-tokyo.ac.jp/news/6531/
ありがとう🙏全部読みきれてないけど、まさにこれだ
議論が進むといいな
追記2
昔の総合選抜制度を詳しくは知らないけど(wikiも全部は読めてない)、
自分のイメージとしては、選択した志望校に入試の成績順に上から割り振られていくので、高校のレベル低下にはならないんじゃないかなと。高校の平均化を求めるものではない。
(いろんな要因が絡んでくると思うので過去の経験は参考にするとして)
家計を気にせずに誰もが公立高校でチャレンジできるといいなっていう素朴な発想です。
追記3
【デジタル併願制】公立高受験「単願制」見直し、複数校の志望可能に 石破首相が検討指示
https://x.com/livedoornews/status/1914816490500690347
進んでた!立ち消えないようがんばってほしい!
…
公立高校の受験、志望校を複数選択して成績※で割り振るとかできないんだろうか。
(※追記 ブコメを読んで。これは入試の成績のつもりでした。通知表の内申点ではなく)
私立の滑り止めがあったとしても、家計の状況で私立は避けたい場合、公立はかなり安全圏に落とすしかなくなる。
(2次募集ではそもそも枠が少なかったり、定員割れするような偏差値がかなり下の高校になる)
政府総支出に占める教育費の割合: 日本はOECD加盟国中で低い水準にあります。
日本:
7.1%(2022年)、OECD加盟国中3番目に低い (2022年)
OECD平均: 約
15%(2022年)
家計負担: 日本の高等教育費の家計負担率は高く、他の先進国よりも顕著です。
日本:
53.4%
米国:
36.1%
0%