はてなキーワード: 人口密度とは
日本の生産性が低いと言われる際、その多くは「GDP ÷ 総人口」で計算されている。
しかし、「GDP ÷ 生産年齢人口」で算出すると、日本の数字は決して悪くない。
日本は世界一の高齢化社会であり、分母(総人口)に占める働かない(経済的には消費メインの)層が他国より圧倒的に多い。
その巨大な高齢者層を、減り続ける現役世代が支えている構図。一人あたりの稼ぐ力自体は、世界トップレベルで維持されている。
人口が多いから賃金が低いという説を、労働力のコモディティ化として捉えると非常に論理的。
どんなに優秀な労働力であっても、同じような能力を持つ人が1億人の市場に溢れていれば、市場原理(収穫逓減)によって一人あたりの単価(賃金)は抑制される。
人口数百万人〜一千万人の国々(スイスや北欧)は、人口が少ないがゆえに高度に専門化せざるを得ず、結果として一人あたりの単価が跳ね上がる。
日本はなんでも自前でできる人口規模があるせいで、逆に一人ひとりの希少価値が上がりにくいというジレンマがある。
アメリカを比較対象から外すのは、統計学的には正しいアプローチかもしれない。
アメリカは基軸通貨ドルを持ち、世界中から富と天才、そして安い労働力を同時に吸い上げるブラックホールのような構造。1億人以上の人口を抱えながら、収穫逓減を無視して成長し続けるアメリカは、もはや別の物理法則で動いている経済体と言える。
「これだけの老人の山を抱え、これだけの人口密度(希少性の低さ)の中で、一人あたりの生産性を世界トップレベルで維持している日本の現役世代は、実は世界で最も有能」という結論が導き出される。
しかし、その有能さの結果が、収穫逓減の法則によって低い賃金という形で還元されているのだとしたら、現役世代にとっては非常に皮肉な状況である。
久々に関東を経由する出張があったから帰りしなに途中下車で寄ってきたのよ。
平日の15時ごろだったためか案外空いていてさ。奈良の国宝展とか芋の煮っころがしみたいになるけど全然そんなこともなく適度な人口密度で快適だった。
印象派の絵って、遠くから眺めて目の中で色を混合したり雰囲気をざっくり掴んだりしてから近づいて筆致や色の置かれ方を確認して、また離れてアレがこんなふうに見えるのか……!どう想像して描いているんだろう?と不思議がりながらまた近づいて……みたいなことをして観るものだと思っていたんだけど、あんまそうやって観ている人いないのかしらん?
誰かに教えられてそういうふうに観るようになったわけじゃなくて、まず入ったらどーんとなんかすごい絵があって、でも近づいてくとあれあれ?ってなって、んで離れるとまたすごい絵になる……というのを自分なりに発見してからそんな見方をするようになった気がする。
連れ(部下)に、最初から最後まで近づいてみるより、こうやって観たほうが楽しいよ?って誘ったら、こういう見方は初めてだったらしくえらく気に入ってくれたので共有してみます。楽しいからやってみて!今回は屋内の絵なので、絵の具の塊で叱ったものが離れていくと急に質感が出たりして楽しいよ。2時間ぐらい余裕で見続けられると思います。
反論:外国人労働者を受け入れなくても“管理された縮小”は成立しうる
縮小が均衡しない主因は「広い空間に人が薄く分散」していること。
外国人で総量維持ではなく、地域と産業の再配置で人口密度を再構築する。
具体策:
効果:固定費の単位当たり負担を下げ、ネットワーク崩壊を回避。
具体策:
自動化・ロボティクス・生成AIの導入(製造・物流・介護・農業)
社会的コスト(医療・教育・社会保障の追加負担、文化・治安調整コスト)。
低賃金構造の固定化 → 生産性向上のインセンティブを損なう。
量ではなく質で最小実行規模を確保。
方向性:
| 分野 | 外国人労働者なしの対応策 |
| 医療・介護 | AI診断・介護ロボット導入/健康寿命延伸で需要抑制 |
| インフラ | 自治体・生活圏の統合/更新凍結・スマートメンテナンス |
| 産業 | 設計・制御・素材分野へ集中投資/量より知財輸出 |
| 労働 | 定年延長・柔軟勤務・AI支援で生産性倍増 |
| 地方財政 | 合併+行政DX+クラウド化で人件費削減 |
| 防衛 | 無人化・AI指揮統制・共同開発で人員依存を低減 |
「縮小均衡は崩れる」という見立ては、空間と制度を現状維持のまま縮める前提による。
人口密度で心の狭さがにじみ出てるぞ?
アメリカでは商品の選択肢が無い:アメリカを例に見る資本主義による寡占化の弊害に関する経済社会学的考察|inpostarrr
https://note.com/impostor4545/n/n07f8454c34b5
20年前に食品関係の会社時代に勉強かねて旅行したことあるんだけど
このブログは商品の選択肢という点で描かれているけど、自分は食文化で似たような感想を思った
3億人もいるのに
多民族国家なのに
アメリカの食文化が貧弱な理由なんだけど自分なりに理由をリストにしたことある
これだよね
よく言われることではあるんだけど、日本人の食に対するこだわりが異常だよな
アメリカというかアングロサクソンは食べ物にたいしてそこまで気を配ってない
しらべるサイトによって違うけど、まぁ人口がいろいろ変動あるからね
とにかくアメリカは北海道よりも人口密度が低いってのは間違いない
お店なんて気軽にできない
これもよく言われる
ウォルマートみたいなでかいスーパーがドンとあって、ピンポイントに買い物するだけで終わる
夜中に街歩きなんて無理
とある国家資格の勉強をしてる社会人なんだが、自宅以外で勉強できる場所がなさすぎて困ってる。
最初は資格学校の自習室を使おうと思ってたけど、人が多すぎて座れないことがよくある&人口密度が高すぎて不快だったので断念した。
次に公立の図書館を試してみたが、座席数が少ないうえに人が多いし、運良く座れても「席の利用は1時間まで」みたいな縛りがあったり、そもそも図書館によっては勉強禁止のところもあったりで微妙だった。
ならもう金の力で解決してやろうと思ってコワーキングスペースを契約しようかと思ったが、最寄駅の付近にコワーキングスペースがなくこれも断念。
あー、気兼ねなく長時間勉強できる場所がもっと増えたらいいのになー。
よくスタバで勉強したり作業してる人が批判されてるけど、実際勉強を始めてみると落ち着いて作業できる場所って意外とないんだなって思ったよ。
飲食店側にメリットがあるのは分かっているが、こんな田舎で配達する奴がいるのか、と思っていた。
それも県内のもっと大きい人口圏を差し置いて先にエリアになった。
さらには、その圏内エリアも歪で、何故か人が少ない自宅周辺が、もっと人口密度が高いエリアを差し置いて配達エリアのなっており、何事かと思っていた。
今日頼んでみてわかった。
そこの拠点にあわせてあるので配送エリアが歪になっているぽい。うちの近くも新聞店あるんでその影響でエリア内ぽい。
新聞店は他にもチラシのポスティングとか、冷凍弁当の配食サービスとかやってるのは知ってた。なるほど確かに新聞店は町のことよく知ってるベテランの配達員を抱えてるし、斜陽産業だから新規開拓が必要だし、合理的なんだな。
その新聞店、縮小していく新聞配達から逃げ遅れて、廃業する他の店のエリアを引き継いだりしてるぽく、そこが配達をになうことでウーバーイーツ対応が実現したらしかった。
まぁどこまで需要があるかはアレだけど。
どこが間違ってるって、朝鮮戦争後に人口を増やしまくった時点で間違えた。
今は調整期に過ぎないよ。どこまで人口を増やせば「正解」なんだ??ちゃんと定義してくれ。
韓国はそもそも1人あたりの耕作地面積がおよそ250平方メートル程度(日本で330平方メートルくらいか?)しかない。
この人口密度では、必然的に閉塞感と過剰競争が発生し、自然と結婚や出産は抑制される。
人口が1/4ぐらいまで減少、すなわち1人あたりの耕作地面積が1000平方メートルぐらいまで回復すれば、相当閉塞感はなくなるので、抑制するインセンティブがなくなる。
あと、50年後くらいに石油燃料が枯渇したら、農業の機械化が困難になり、農薬や窒素肥料が作れなくなり、食料輸入も困難になる。
劉仲敬(リウ・ジョンジン)の著書《中國窪地:一部內亞主導東亞的簡史》は、漢族中心の「中国史観」を根底から問い直し、「中国」とは本来「窪地(デプレッション、Basin)」であり、その上に覇権を打ち立てたのは内陸アジア(內亞)の諸遊牧帝国だった――という挑戦的な視座から書かれた歴史解釈書です。
この書は、彼の「文明圏多元論」「諸夏主義」「脱中華」思想の根幹をなす理論的著作のひとつです。
書名の意味:
「中國窪地」とは、地政学的に見た「中国の盆地=中原」のことであり、東は山東半島と海、北は長城・蒙古高原、西は黄土高原、南は山岳地帯に囲まれた“低地”です。この地理的な「くぼみ(窪地)」が、周辺からやってくる外来の征服者(モンゴル、女真、満洲、契丹など)にとって統治しやすい空間だったという発想です。
基本構図:
従来の中国史は「漢族が外敵から文明を守った」という中華中心史観だが、実際には:
構成(簡略):
地理と文明の相互作用:なぜ中原は「文明の中心」ではなかったのか。
黄河流域は人口密度が高く農耕は発展していたが、防衛的には極めて脆弱で、常に外部勢力の侵入を受けやすかった。
「文明の重心」は周辺(北西のオルドス草原、モンゴル高原、満洲、チベット高原)にあったとする。
特に乾燥気候の遊牧民は、動員・軍事組織力に優れ、常に中原の静態的農耕社会を凌駕していた。
契丹(遼)
女真(金)
蒙古(元)
満洲(清)
これらの王朝は、内亞の軍事・遊牧構造を基盤に「中國窪地」を包摂し、自らの征服構造を正当化するために「中華文明」の装飾を用いただけ。
「中華」は本質的に「支配の飾り」や「便利なツール」に過ぎず、征服王朝の文化的正統性を演出するための道具だった。
清朝は史上最大の版図を築いたが、それは「大中華」ではなく、「大内亞帝国」として理解されるべき。
辛亥革命以後、漢民族ナショナリズムが清朝の多民族的帝国遺産を奪い、「中華民国」という名前で引き継いだが、実態としては「満洲帝国の皮をかぶったナショナルステート」だった。
民国も中共も「満清の版図」を正統と見なし、それを守ることが国家の使命であると信じたが、これは歴史的には極めて不自然。
中原(=窪地)は一貫して政治・軍事的に無力で、常に外来勢力の軍事力に従属していた。
その歴史を「一体的な文明発展史」として語るのは、近代以降に発明された「ナショナル・ヒストリー(国家史)」であり、虚構である。
項目 内容
主張の強さ 「中国」という国家概念が内亞の帝国的秩序によって形作られたという、極めて挑発的な歴史観
思想的貢献 「諸夏主義」「脱中華」「多文明的再編」論の土台を提供
国際的含意 チベット・ウイグル・内モンゴル・満洲・雲南などの「非漢族地域」の分離独立を文明的に正当化できるという論理的土台
まとめ:なぜこの書が重要か?
劉仲敬は《中國窪地》を通じて、「中国の国家的正統性は幻想である」「中華文明の中心は常に“外”にあった」と論じ、現代中国のナショナリズムの基盤を根底から覆しています。