はてなキーワード: 社会実験とは
「医師」と一言で言っても、実は医師の年代によって全然別の生き物である。
まずここからの話をする上でヒポクラテスの誓いは知っておいてほしい
その上で。
The 「お医者様」 世代。社会的に名実ともにエリート。当時は特権階級だった。法律や司法判断よりも医師の判断や裁量の方が優先された時代。
収入も社会一般に比べて非常に高く、一流経営者や資本家以外には劣後しなかった。
その分あんまり金策とかコスパとか考える必要はなく、儲からない患者だろうがそうでなかろうが、全力を尽くしていた。
科も単に自分の興味とかあるいは周りからの要請(先輩との関係、家業との関係、行政との関係、等)で選んでいた。
入院患者がいたら毎日足を運んで様子を見に行くのは当たり前。自分の生活とかワークライフバランスとか気にしてない。
自分の行動で少しでも患者の生存率とか治療成績が上がるならそれをする、逆に診に行かないことで下がるなら絶対に休まない。
ピアプレッシャーも強い。医局という全国に分散したギルドに所属して認められていないと、そもそも就職できないし開業もできない。
医師免許は基本的に重大な犯罪を犯さなければ失効しないが、一方で、変な治療や振る舞いをしたら医局に睨まれて失脚し実質的に失業する。
だから金儲けのために医療行為をするとか、そもそも治療ではない医行為(美容外科とか)をするとか、発想がないしできもしない。
医師というのは職業の一つではなく「生き方」であり「そういう生き物」として扱われていた世代。
そしてみんなそう生きていたからあまり他の生き方に目を向けない。
JBM (Judged Based Medicine) が始まってきた世代。医師として最善を尽くしていてもいきなり訴えられてトンデモ判決で負けることがある。最悪逮捕すらされる。そういうことを見聞きしてきた世代。
防衛医療の始まり。インフォームド・コンセントが実地で重視されてきた世代(しないと訴えられるから)。
「患者のためにする自分が最善だと思う医療」を提供できないし、してはいけない。診察では裁判所が定めた医療をしなければならないことからくる書類地獄が始まった世代。
この世代から、社会の理不尽に揉まれ、「良いと思うこと」はできないことで、「医者の万能感」は消え去ってくる。
でもメンタリティ的には60代に近い。休みだろうが深夜だろうが毎日病棟には行く。患者と顔を合わせる。
収入もギリギリ「医者=超高収入」だった世代。教授が講演をすれば1発50-100万円、製薬会社が超高級ディナーとかでこぞって接待してきた最後の世代。
マージナル世代。何がマージナルかというと、医師が生き方なのか、ただの職業の一つにしか過ぎないのか、の価値観の転換期。
一番大きいのはこの世代で医局制度が崩壊したこと。スーパーローテ(新臨床研究制度)が始まったこと。
古来医者というのはギルド制に支えられていた。ヒポクラテスの誓いの段階から既に「医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。」と言われている通り、本来は医師のスキルは徒弟制であった。
EBM: Evidence Based Medicineや標準化医療は当たり前の存在であるが、そもそもそれらはそれを吸収するだけの素地ができていないとお題目にしか過ぎない。
医学部を卒業しただけの者がガイドラインをたくさん読んだからって本当のお医者さんにはけしてなれない。「教えてくれる人」の存在が常に必要である。
「医局に入る」というのは「一生仕える師匠たちを決める」重大な儀式であった。実際にどんなに偉いお医者さんでも当時の指導医には頭が上がらず、自分の病院の顧問に招聘するなんてのは(50-60代以上のDrだと)よくあること。
しかし初期臨床研修制度はそれを破壊した。「弟子に学問と技術を伝える」ことは単に「臨床研修指定病院で、役人が作ったリストに基づいて行われるケースレポートを作れるよう(各科が片手間で各自で)指導すること」に矮小化された。
しかしこの世代は後期研修(専門医研修)からはまだ昔の医局の名残が残っている。大学病院かそれに準じる大病院にしか専門研修はできなかったので、後期研修からが本当の学習の本番で、入った先には上記世代のDrから直接濃密な指導を受けた。
一方で、後から入ってくる世代は生き物として明らかに違う世代で、それを教育しなければならない(でも誰のために?)という悩みの板挟みに遭った世代。
あと金銭的には、製薬会社の「コード」と呼ばれる業界横並び自主規制・コストカットが始まり、「お医者さんの接待漬け」や「高額謝礼」等は「自分の指導医は受けていたのを知っているが…」「一瞬だけお世話になったが…」という世代。医者だからおいしい思いをしたという経験はない世代。
臨床研修が一般化し、プレ国家試験たるCBTやOSCEも運用が軌道に乗り、また様々な研修や専門医やガイドライン等が本格的にお役所的(官僚的)に運用されてきた世代。
この世代からは医者の特権階級感はゼロ。手続き的正当性に準じなければいけない、ルールに従わなければならない、自分たちは標準化医療を提供するただのコマである、という自認を持つ世代。
ただ、医者としてのキャリアのレールは医局制度が完全に崩壊したあとの「自由キャリア制度」をベースにしているため、フリーハンドを手にしている。美容外科に行ったり、民間企業に勤めたり、コンサルタントになってみたりする、「変わり者」医師が激増し、「変わり者」ではなくなってきた時代。
医療や医師は聖職ではなく、ただのサービスであり、患者が求めるなら病気でも何でもない体にメスを入れても別にいいんじゃないの? 場合によっては害があっても知ったこっちゃない、という、医師のモラルハザードが顕在化した世代。
「患者に害をなさない」というヒポクラテスの誓いはもはや有名無実化した。
ちなみに諸外国はこのフェーズを20年くらい前に通り過ぎている。韓国とかもそうだが、医師のクオリティコントロールを医師ギルド(日本の場合は医局がそれであった。ヨーロッパの場合は「医師会」がそれを担保しているところはある)ではなく、単に国・政府が官僚機構の一貫として行っている国は、例外なく、商業主義に毒されるし、質も低下していく。だって医師の医療の質なんて、同じ分野の治療をしている他の医者にしか分かんないんだから。だから、自分の技量と質と姿勢・スタンスを正しく評価できる人からのピアプレッシャーが存在しなくなってしまったら、ほとんどの医師は堕落する。にんげんだもの。
たとえば2020年代前半に患者の解剖風景をSNSに上げて大炎上した美容外科医がいたが、彼(彼女)が医療行為をする権利を誰も取り上げることは今はできない。昔は当該Dr.の所属医局が社会的に処刑し抹殺した例である(他の医局支配地域に行ったとしてもそこは横の連携でやはり村八分は継続する)。しかしギルドが解体された現代日本では誰も圧力をかけられない。明確な重大犯罪でなければ厚労省(医道審議会)は動かない。そしてむしろ炎上したほうが客は集まりうるという最悪の展開。
医者が割に合わない職業になってしまった世代。保険診療はなぜか社会から叩かれ、インフレで貨幣価値が低下する中、大して高給取りでもないのに過去の「儲けている」という数十年遅れの印象に左右され世論から叩かれる可哀想な世代。
偏差値で上から半分程度の医学部に受かる人は基本的に東大文II/IIIや理IIくらいなら楽勝で受かる人たちであり、同等程度の学歴と体力とコミュ力を持つ人は金融や商社で30手前で年収約2000万円を稼げるし、その後は2000-3000万円も狙えるのに(2026年現在の貨幣価値)、医者はこのインフレで給料が上がるどころか保険診療のために年収は低下さえしているという、本当に経済的に割に合わなくなってしまった世代。
「収入を求めるなら医者になってはいけない」ということが、受験生の頃からなんとなく共通認識として存在しはじめた世代。なので初期臨床研修が終わったら「直美」に行ってしまうのもメジャーな選択肢になってきたし、働き方改革で楽になった分、研修が終わったアフター5で(医師以外の)副業や起業をすることも珍しくはなくなった世代。
また、50-60代Dr.と直接一緒に仕事をすることは稀であるし、彼らもそろそろ体力的にきついため、「患者に尽くす医師」というロールモデルを現実の目で見ることが乏しくなってきた世代。
上に書いたように、以前は本当にレジデント(実質的に病院に住んでいる人たち)であった初期臨床研修医が、国からの指導で「9時17時にしなければならない」となったために、すべての病院でゆとり勤務が達成された。
このため、「身を粉にして働くの何か意味があるの?」「自分の勤務時間じゃないのに患者を診にいくことに何の意味が?」とナチュラルに価値観にインプットされた世代。そんな暇があったら副業しないとお金稼げないからね。配信もしたいしね。
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なんか最近そんな話が出てきてるけど、どこを走らせるつもりなんだろうな。
昔は今出川通りを走らせる計画があったみたいで、社会実験までしたけど、想像以上に渋滞が発生したとかでおじゃんになったし。
観光客の多い東山通りを走らせるのが理想なんだろうけど、あの通りって狭いからな。考えてみれば渋滞が酷い通りにこそ走らせたいのに、LRTがなくても渋滞するんだから、LRTを走らせる余裕はないという矛盾。
もう京都駅を起点にするのをやめて、比較的空いてる北大路駅辺りを起点にするくらいが現実的かねえ。植物園前の謎のスペースとか、車通りが多いわけでもないのに謎に通りが広い紫明通り辺りでも活用して。
世界中でみて禁煙運動の広がりで国民の平均寿命が上がった国って無いんだよ。
喫煙率と寿命が相関ありそうだなってデータはどうやっても取れない。
端的に言えば、禁煙を言い出したのはアメリカ、1970年代からやりだして
イギリスがすぐに後に続いた。
イギリスは北海油田ウハウハで高福祉国家を始めたのと同時期。アメリカとは医療制度で真逆だが。
一方で、世界の禁煙ムードに最後まで抵抗したのが日本とフランス。
で、現在、先進国の寿命ランキングは日本とフランスがトップワンツーで、英米がワースト
途上国、中進国で見てもシンガポールとか早かった。マレーシアやインドネシアは遅い。
寿命の伸び率はどこも変わらない、むしろ喫煙大国のインドネシアは寿命も健康も高スコアを維持してる。
単純に国ごとの寿命と喫煙率の推移データを見ていくとタバコはむしろ健康を増進するって結論しか出ない。
もちろんタバコが健康を害することは否定しない。30年吸っているがこんなもん体に良いわけが無い。
しかし直接的な害とは逆に健康を増進する見えない効果があるとしたらどうする?
別の言い方をするとヒステリックに禁煙を押し付ける社会に副作用があるのでは。
かつその副作用は喫煙する人よりもむしろ元から非喫煙者に作用する
マクロな結果、ハレーション、副作用を無視して短期的、ミクロ、細分化した観察で「害」が認定されたものを一つづつ規制して行く社会。
生きづらい世の中ってようするにタブーを追加していくことで、あれもダメこれもダメを容認する社会。
責め合う社会。
議論するまでなくすでに半世紀かけた社会実験で結論が出てるんだよ。
先進国の寿命の伸び率と喫煙率の変化を見ればどうみても逆相関で、
健康増進を言うなら、科学的、統計的には国民の喫煙率を上げるべき、喫煙を推奨すべき。
ちなみに寿命の伸び率がダントツのフランスは喫煙年齢制限が無い。
普段、データは?ソースは?エビデンスは?なんて口を尖らさてる論理派連中はこれらのデータを頑なに受け入れない。
まじ謎。
そこには、静かな社会実験が日々仕掛けられている。
コロナ以降、車内の窓がやたら開いていることが増えた。
インフルが流行り始めた最近では、乗客が自主的に開けることもめずらしくない。
ただ、全開にする必要はないだろう。
ある朝、俺は座席に座っていた。
静かに目を細め、次の瞬間、ぐぐぐっと手を伸ばしてきた。
ああ、窓を下ろしてるんですね。
そして全開。
限界まで。
外気を取り込むというより、車内に風洞実験装置を設置する勢いで。
「前に座ってる人、いますけど?」
「せめて一言、ありません?」
ビュービュー吹き込む風。
停車駅のアナウンスなんて一切聞こえない。
薄着の俺が目に入らないのか。よりによって、おじいさんは次の次の駅で降りていった。
感染リスクにはコミットしても、車内環境にはコミットしないスタイルか。
窓を閉めてもいい。
だが閉めた瞬間、俺はこうなる:
しかし閉めた瞬間、周囲は「お前、自己決定で閉めたんだな?」と見なす。
リスクを選ぶという行為は、選ばされているのであって、それなのに、主体的選択と見なされる。
本当はノーコメントでいたいのに、他人の行動が「立場表明」を強要してくる。
どちらも望んでいないのに、どちらかを“選ばされる”。
俺が求めているのは、
「寒くなくて、なおかつ黙っていられる世界」
の二択で迫ってくる。
電車は次の駅に着き、風がまた車内をひっぱたいていく。
俺は襟を立てながら思う。
――現代の通勤とは、意思表明を強要されるクロスロードである。
ほんとうに欲しいのは、選択肢じゃない。
(AI作文)
シルクソング、リトライポイントが遠い点と、物の隠し方が鬼過ぎること以外は基本的に楽しめたんだよな。
確かに強いボスはいた、ナーフ前のヌレガラスとかはすげぇ苦戦した。でもまぁそれも楽しかったんだよな。
ラスボス倒したあとに探索を強要されたのはかなりイヤだったからちょっと調べたけど、まぁそれ以外の部分は楽しめた。トータルでいい体験をした。賛否両論なのも理解できるのだが、こんなゲームを遊べて良かったと思っている。
ただ、レビュー読んでると、オレってはみ出しものなんだなっていうのを強く強く理解させられて苦しい。
みんな全然楽しんでなさそうなんだよな。そしてそれが普通っぽい。だから楽しんだオレは普通じゃない。
「team cherryは人を苦しませるゲームを作る研究を6年してた」だの「これは社会実験だ」みたいなレビューが出てくるし、なぜかそういうのも「おすすめ」なんだよな。わけわかんねえ。日本人のレビューだからってのもあるんかな?
映画レビューとかもそうだけど、自分が面白いと思ったもの、必ずと言っていいほど酷評気味なんだよな。ネットって強い言葉使ったほうがウケるっていう都合もあるだろうけど。
選挙も終わったので少し書いておきたい。
年齢:30代後半
勤務先:IT系のJTC
年収:本業 800万 + 副業 400万 + 株の配当 100万
大学生の頃に初めて投票した先は反派遣労働を掲げていた共産党だったものの、様々な政治思想について勉強するうちに「小さな政府」思想になり、次からはみんなの党に投票。
みんなの党が無き後は、維新に投票し続け、前回の衆院選まで維新に投票してきた。
一方でグローバリストというわけでもなく、家族制度や軍事に関しては保守傾向を持っているため、その点で、維新とは比較的相性が良かった。
維新が居ない地方選挙では、選挙公報を見て減税・給付などの耳障りの良い言葉だけでなく、「何を削るか」を語っている政治家に投票してきた。
※ なお、MMTを信じている積極財政派の人もいると思いますが、私はMMTのような実績の少ない社会実験的な理論を採用することに反対の立場です。
正直、今の維新にはかなりの不満がある。
政府主導の支出を減らし、国民の負担率を下げることが目的の維新だったはずなのに、自分たちの利権のために莫大な費用を投じてしまっている。
最近、万博は黒字化を達成できそうだとニュースで流れていたが、あれは運営費であって建設費は全く含んでいない。建設費を含めれば大赤字である。
大阪にとっては良いのかもしれないが、大阪に住んでいない支持者としては何ら支持する理由が無い。利権と無駄遣いまみれである。
また、今回の参院選では他党と同様に「財源は税収全体の上振れ分などで対応」などという積極財政派のような発言が相次いだ。
これらで完全に失望してしまった。今の維新からは「何を削るか」の考えが全く見えてこない。
立憲:緊縮寄りではあるものの、現状維持派、改革へのやる気が無い。
国民民主:積極財政派、財源・夫婦別姓・山尾しおり事件など、とにかく世論の反応でコロコロ意見が変わり信用度が低いと感じる。Abema出演時の「財源は重要ですか?」との発言。
参政党:積極財政派、保守思想はおおむね賛同できるが右寄りすぎる。党首の人間関係のトラブルが多く独裁すぎて危うさを感じる。
このように小さな政府思想(緊縮派と呼んでも良い)の政党が無い。
私の求めている政党は「現実的な減税政党」であり「国債で減税する政党」ではないので、完全に候補が無い状態になってしまっていた。
そんな中、参政党支持のきっかけとなった最大の理由が「トランプ大統領」である。実際、裏テーマだったのではないかとすら思っている。
現在、トランプ政権は、これまでどれだけ日本がアメリカに尽くしてきたかを忘れたように圧力をかけており、関税を押し付けてきている。
前回のトランプ政権・安倍政権の頃は、戦闘機を2.4兆円分も買わされており、今回も同じような支出をすることになりかねない。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61368710Q0A710C2EAF000/
ここでは省略するが、アメリカに譲歩・支援している費用は日本のあらゆるところに存在している。何十年も生きているとニュースだけでなく仕事でもそういった場面に出会うことがある。
私は、行政改革で支出減を目指す政党・政治家を支持しているが、どれだけ予算の枠を作っても、アメリカが次々に持っていってしまっては、日本には国債ばかりが残ってしまうことになる。
そういった未来を、ここ数カ月のアメリカの対応を見ていて改めて感じてしまった。
トランプが圧力をかけている、このような時期に「軍事的な自主独立」を目指す参政党の支持が大きくなればどうか。
トランプが日本に圧力をかければかけるほど、アメリカにとって都合の悪い日本独立勢力の拡大を招くという流れを作り上げることができる。
アメリカにとって日米安保条約・日米同盟は非常に重要な関係で、日本と協力しなければアメリカは中国に戦争で負けるとすら言われている。
現在の軍事状況では、アメリカは日本に圧力をかけづらくなるし、アメリカとの交渉も有利に振舞うことができるようになる。
参政党は、このようにトランプ政権による圧力に強く反発する人たちに刺さった可能性はあると思う。少なくとも私はトランプがきっかけだった。
正直、私が最重視している財政政策には全く賛同できないため、トランプが居なくなり、維新が立て直してくれれば参政党を支持する理由は無い。
そして、維新はもう一度、自分たちがどういう政党なのか見直してほしいと強く思う。
以上
「アベノミクス成功!」って必死で言ってるやつ、大体幻の”基調インフレ”に基づくインフレ目標政策という裁量的金融政策も、高橋洋一先生の統合政府アンバランスシートも否定してないんだよね。
実質賃金がどれだけ下がり続けても一時的って…どこの詭弁のガイドラインだよ。
そもそもリフレ派っていうのは日本の経済的苦境はデフレという貨幣現象に由来するという一派であって構造的問題では「ない」から構造改革派を蛇蝎のごとく嫌っていたし、リフレ政策を採用しさえすれば1年間とか2年間とかですぐ」解決できると言ってたわけ。何が20年来の構造的病だよ。
”そもそも需要が足りないから名目賃金が上がらないんであって、” 元増田は実質賃金の話で失敗ですか?と聞いてるんだからなんだろう、論点クリームスキミングさせるのやめてもらっていいすか。
移民政策も観光立国も、それ単体で議論すべきものであって、マクロ政策の成否とは関係ないけれど、”少子化もよく考えてみるとデフレのせい、日銀がマネタリーベースを増やさなかったせい”と言い出したのはリフレ派の方ですよね。
「デフレのせいだとは言ったけどインフレになれば解決するとは言ってない」とんち番長一休さんかよ。
金融政策は本質的にマクロ経済政策であり、分析に使えるデータは観測数が多くバリエーションが豊富なクロスセクションやパネルデータでなく時系列データにとどまっているため、因果推論などで用いられる手法が容易には適用できないこと。 非伝統的金融政策 の実証研究を行ったりその結果を解釈したりする際には、分析の限界を理解することが重要であること(マクロ経済政策は本質的に経済情勢に応じて決まる内生変数だから)。マクロ経済政策ではランダム化した社会実験ができないだけでなく、データから観測される自然実験は、研究者が真に必要とする問いに答えるセットアップとはなっていないという点で、外的妥当性(external validity)を持たないこと。このため、日本の 非伝統的金融政策 の実証研究が、そのまま他の地域や他の時に成立する保証もないこと。
すら認められないカルト信者か。どっちにしても議論するだけ時間の無駄。
「失敗?」って尋ねてる元増田は、アベノミクスの最初期(2013~14年)に株価・雇用・税収が爆増したという事実は現実であるともないとも言ってない。2024年、2025年の話をしてる。アベノミクスは成功しました派はもはや現実じゃなくて自己正当化のための感情だけで動いてる。アベノミクスが成功ってことにしないと、自分たちが10年間支持してた「大規模な QQE にもかかわらず2%のインフレ目標が達成できなかったことの原因究明」をしていないことを認めざるを得ないからね。そりゃ意地でも認めたくないよね、わかるわかるw
はてなで「参政党は陰謀論!非科学!半知性!」って大声で叩かれてるのを見て、そんなにヤバいやつらなのか?と興味本位で見てみた。
改めて公式サイトをちゃんと読んでみたら、むしろものすごくわかりやすいし、今の日本への危機感やなんとかしたいという熱意が伝わってきた。
どこに「非科学」だの「陰謀論」だのがあったんだ?と首をひねった。
代表のスピーチや討論も聞いたけど、そんな要素は全く感じなかった。
少し調べたら、確かにYouTubeにはワクチンがどうのとか言ってる人もいたし、黎明期にそういうコミュニティが一部にいたのも分かった。
でもそれって、どこの政党でも一定数いる「ネットで真実!」って層と変わらないんじゃないの。
実家に帰れば親が「コロナはただの風邪」とか言ってるのも今では珍しくない。
そういう人がいたからって、その人たちを根こそぎ排除しろとか、社会から隔離しろとか言い出す方がよっぽど怖い。
罪を犯したわけでもないのに、思想だけで「半知性の陰謀論者だから潰せ」とやるなら、それこそ民主主義の真逆だろう。
そもそもコロナだって、気がつけば総括もされないまま「はい終わりましたー」で流されてる。
あれだけの大規模な社会実験の中に、非適切な判断や歪んだ同調圧力は本当になかったのか?
ワクチンの価値を否定する気はないが、そういう検証こそ「科学的」な態度じゃないの?
憲法草案も、細かい突っ込みどころはあるんだろうけど、何より心意気がいいと思った。
有象無象の野党が「批判だけ」して終わるのを尻目に、自分たちなりの叩き台をちゃんと示すのは大したものだ。
それすらしないで「非常識!非科学!」とレッテル貼りだけするのは、もう怠惰でしかない。
他の政党は結局、「いきなり2万円配ります!」とか「やっぱ消費税ちょっとだけ下げます!」とか、その場しのぎの票稼ぎばっかり。
そういう「今だけお金をばらまくから黙ってついてこい」より、リスクを取ってでも自分たちの理想を示す方がずっと誠実だと思った。
俺は目先の数万が欲しかったから、何も考えずにそっちを選んだ、みたいな選択肢を将来の自分や子供に説明したくない。
この国の危機を前にして、何が正しいか考えようともせず、ネットの風評だけで口汚く叩く人たちの真似はしたくなかった。
結局、叩いてる人たちが言ってることって要するに
「俺は真実を知っている!あいつらは非科学的な陰謀論者の半知性だ!ソースはネット!周りもそう言ってる!」
この構図でしかないんだよな。
それを政党要件を満たした国政政党に向かって延々と繰り返してるのって、もはや陰謀論批判じゃなくてただの自己紹介じゃないの?
はてなで「参政党は陰謀論!非科学!半知性!」って大声で叩かれてるのを見て、そんなにヤバいやつらなのか?と興味本位で見てみた。
改めて公式サイトをちゃんと読んでみたら、むしろものすごくわかりやすいし、今の日本への危機感やなんとかしたいという熱意が伝わってきた。
どこに「非科学」だの「陰謀論」だのがあったんだ?と首をひねった。
代表のスピーチや討論も聞いたけど、そんな要素は全く感じなかった。
少し調べたら、確かにYouTubeにはワクチンがどうのとか言ってる人もいたし、黎明期にそういうコミュニティが一部にいたのも分かった。
でもそれって、どこの政党でも一定数いる「ネットで真実!」って層と変わらないんじゃないの。
実家に帰れば親が「コロナはただの風邪」とか言ってるのも今では珍しくない。
そういう人がいたからって、その人たちを根こそぎ排除しろとか、社会から隔離しろとか言い出す方がよっぽど怖い。
罪を犯したわけでもないのに、思想だけで「半知性の陰謀論者だから潰せ」とやるなら、それこそ民主主義の真逆だろう。
そもそもコロナだって、気がつけば総括もされないまま「はい終わりましたー」で流されてる。
あれだけの大規模な社会実験の中に、非適切な判断や歪んだ同調圧力は本当になかったのか?
ワクチンの価値を否定する気はないが、そういう検証こそ「科学的」な態度じゃないの?
憲法草案も、細かい突っ込みどころはあるんだろうけど、何より心意気がいいと思った。
有象無象の野党が「批判だけ」して終わるのを尻目に、自分たちなりの叩き台をちゃんと示すのは大したものだ。
それすらしないで「非常識!非科学!」とレッテル貼りだけするのは、もう怠惰でしかない。
他の政党は結局、「いきなり2万円配ります!」とか「やっぱ消費税ちょっとだけ下げます!」とか、その場しのぎの票稼ぎばっかり。
そういう「今だけお金をばらまくから黙ってついてこい」より、リスクを取ってでも自分たちの理想を示す方がずっと誠実だと思った。
俺は目先の数万が欲しかったから、何も考えずにそっちを選んだ、みたいな選択肢を将来の自分や子供に説明したくない。
この国の危機を前にして、何が正しいか考えようともせず、ネットの風評だけで口汚く叩く人たちの真似はしたくなかった。
結局、叩いてる人たちが言ってることって要するに
「俺は学があるから知っている!あいつらは非科学的な陰謀論者の半知性だ!ソースはネット!周りもそう言ってる!」
この構図でしかないんだよな。
それを政党要件を満たした国政政党に向かって延々と繰り返してるのって、もはや陰謀論批判じゃなくてただの自己紹介じゃないの?