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はてなキーワード: 津田とは

2026-05-03

anond:20260503093232

その記事の要約見ればわかるけど

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20260503074840

 

その部分の重要度は要約するときに真っ先に落とす枝葉なんだよね

 

インタビュイー言葉ですらない(ある研究引用したに過ぎない)

津田太郎の"このさまざまな論点を含むインタビュー記事が「リベラル他者の声に耳を傾けない偏狭独善的集団である」という要約へと回収されてしまい、それをもって「リベラル」を攻撃する側と、それに反発する側に分かれるというのが、分極化ということなのかなと思います。この記事に対するXの反応は、おおむねそんな感じですが。")

anond:20260503070802

commentatorHeader

津田太郎

慶応義塾大学教授メディアコム研究所

視点

このさまざまな論点を含むインタビュー記事が「リベラル他者の声に耳を傾けない偏狭独善的集団である」という要約へと回収されてしまい、それをもって「リベラル」を攻撃する側と、それに反発する側に分かれるというのが、分極化ということなのかなと思います。この記事に対するXの反応は、おおむねそんな感じですが。

 

それはさておき、10年ほど前に私は『ナショナリズムマスメディア』(勁草書房)という本を出しました。非常に高価で分厚くて抽象的な議論を延々と書き連ねた本なので、ぜひお読み下さいとはなかなか言いづらいのですが、この記事でのホックシールド氏の「誇り」に関する主張と少し似たことを(たいへん分かりづらい言い方で)言っているんじゃないかと思います

 

まり政治的分断を越えた国民連帯を実現するには、(一部のエリートだけでなく)膨大な数の人びとが日々、何らかの役割を果たすことで社会を支えている事実に改めて脚光を当てる必要があるのではないか、それによって異なる立場の人びとへの共感喚起し、それぞれの自尊心を支えることが必要なのではないかマスメディアはそうした連帯のための物語提示できるのではないか…といった議論です。

 

改めて文字にしてみると、なんだかありきたりな議論ですし、当時と比べてもマスメディアの影響力は大きく低下したと言わざるをえません。それでも、必要とされているのは、自尊心をもった生活可能する富の再分配仕事、そして自身社会にとって不可欠な仕事をしているという誇りを与えてくれる物語なのではないかとは今も思います

#トランプ第2次政権

2026年5月3日 03:35

2026-03-16

回文ネームかんがえた

実在されてたらゴメンなさい!🙏


小池恵子

小堺伊香迫

井田大

會田ダイ

川本友若

小川我男

田中湊太

中田鷹菜

虚田太郎

織野則夫

塚本智克

小塚加寿子

古見公子

丘隆夫

今戸

津田ツヤ

神谷美香

可児ソニカ

君田民子

山木摩耶

君津未希

2026-03-02

anond:20260302154033

例えばダイアン津田は売れて金が出来てからシミ取りとか美容に金を使い始めたけど

ダイアン津田清潔感がある中年って評価になるの?

2026-02-27

東浩紀ってあいちトリエンナーレから逃げて責任取らなかったと言われてるんだな

津田の依頼でアドバイザー就任して、あの炎上表現に対する改善案を出したのに津田に突っぱねられたから辞任したという誰がどう見ても津田が悪いってか責任津田にあるだろという流れだったのに。

2026-02-26

学生時代いじられキャラだったけど、得する事なんもなくて笑ってる

いじられキャラって言ったら何か無茶ぶりされてオイ!って言うとか、

容姿をいじられて面白く返すみたいな・・・

狩野英孝とかダイアン津田みたいな愛されキャライメージすると思う。

というか当時の俺はそのつもりだった。

まぁでも、普通にただコミュ障がイジめられてただけだよね。

プロレス技かけられて、抵抗してるけど結局やられるみたいな。

これはイジメじゃないんだ、いじられてオモシロに変えてるでしょ?って主張してるだけ。

男にとってこんな都合のいい人間いないでしょ。

暴言吐いても殴ってもいい、でもイジメじゃないからな!って本人が否定してくれるの。

そもそも芸人いじられキャラってお金貰ってるし、

いじる方もいじられる方もお笑いプロなんだよな。

楽屋裏で「あんないじってゴメンな」って言ってるかもしれない。だって社会人から

でも学生いじられキャラって悲惨よ。お金が貰える訳でもなければ、

いじってくる方も素人だしいじられてるのも素人

イジメじゃないよって気張ってるだけの哀れな存在

ただこれ良くない事に、いじられキャラって色んな人が集まってくるのよ。

一瞬人気者だと錯覚する訳。叩き放題のサンドバックだから男子大好物ね。

で、サンドバックだと気付かずに・・・というか、そう思わない為に「やーめーろーや」で返す訳ね。

これでイジメじゃなくて愛され気質いじられキャラだと思い込めるわけよ。

から見たら哀れなサンドバックなのにね。

でも、2人組作ってーの時にハブられないのは良い所かもしれない。

サンドバックとして触れ合った分、キショいから近寄りたくないという印象はなくなるからかな。

で、話が長くなっちゃったけど本題ね。

いじられキャラって、社会人になると全くいなくなるのよ。

いやいるだろ、って思うかもしれない。

でもそれって、いじられキャラじゃないの。

「愛されキャラ」なの。

さっき言った通り、いじられキャラってイジメられてるだけのサンドバックなの。

愛されキャラって、その人の雰囲気、話し方、性格全部が好印象で固まってる、

いじられキャラ真逆存在なの。

じゃあいじられキャラは何ていうかというと、ただの「できない人」。

だって当然だよね、学生時代は無茶ぶりされたり小突かれたり関節技キめられてただけで、

対等なコミュニケーションなんて取ってないんだもの

社会に出たら「はいじゃあボケて!」もないし、関節技キめられて笑う人間もいない。

いじられキャラとして生きてきたもんだから、それに戸惑う。

わざと自分卑下していじりを期待するんだけど、本当にスペックいからいじってくる人もいない。

本当の愛されキャラを見て、俺は愛されキャラじゃなかったのか・・・絶望する。

あと全くモテない。当たり前だけど。

女子にいじられる事もあるけど、絶対恋愛関係には発展しない。100%。

それと、新しい友達が全くできない。

いじられキャラって完全なテイカーだから自分から遊びに誘わないし

何かをプレゼントする事もない。

しろ自分をいじらせてあげてるからバーでしょ?って思ってる最悪の生き物。

そして、話す事も得意じゃないし距離感バグってるしイジってもらいたいからわざと生意気な事を言ってしまう。

それで嫌われて終わり。

こんな哀れな存在はやめて、身体を鍛えてスポーツをしよう。

身体デカいとナメられないから。いじられキャラはもう卒業しよう。

学生時代いじられキャラだったけど、得する事なんもなくて笑ってる

いじられキャラって言ったら何か無茶ぶりされてオイ!って言うとか、

容姿をいじられて面白く返すみたいな・・・

狩野英孝とかダイアン津田みたいな愛されキャライメージすると思う。

というか当時の俺はそのつもりだった。

まぁでも、普通にただコミュ障がイジめられてただけだよね。

プロレス技かけられて、抵抗してるけど結局やられるみたいな。

これはイジメじゃないんだ、いじられてオモシロに変えてるでしょ?って主張してるだけ。

男にとってこんな都合のいい人間いないでしょ。

暴言吐いても殴ってもいい、でもイジメじゃないからな!って本人が否定してくれるの。

そもそも芸人いじられキャラってお金貰ってるし、

いじる方もいじられる方もお笑いプロなんだよな。

楽屋裏で「あんないじってゴメンな」って言ってるかもしれない。だって社会人から

でも学生いじられキャラって悲惨よ。お金が貰える訳でもなければ、

いじってくる方も素人だしいじられてるのも素人

イジメじゃないよって気張ってるだけの哀れな存在

ただこれ良くない事に、いじられキャラって色んな人が集まってくるのよ。

一瞬人気者だと錯覚する訳。叩き放題のサンドバックだから男子大好物ね。

で、サンドバックだと気付かずに・・・というか、そう思わない為に「やーめーろーや」で返す訳ね。

これでイジメじゃなくて愛され気質いじられキャラだと思い込めるわけよ。

から見たら哀れなサンドバックなのにね。

でも、2人組作ってーの時にハブられないのは良い所かもしれない。

サンドバックとして触れ合った分、キショいから近寄りたくないという印象はなくなるからかな。

で、話が長くなっちゃったけど本題ね。

いじられキャラって、社会人になると全くいなくなるのよ。

いやいるだろ、って思うかもしれない。

でもそれって、いじられキャラじゃないの。

「愛されキャラ」なの。

さっき言った通り、いじられキャラってイジメられてるだけのサンドバックなの。

愛されキャラって、その人の雰囲気、話し方、性格全部が好印象で固まってる、

いじられキャラ真逆存在なの。

じゃあいじられキャラは何ていうかというと、ただの「できない人」。

だって当然だよね、学生時代は無茶ぶりされたり小突かれたり関節技キめられてただけで、

対等なコミュニケーションなんて取ってないんだもの

社会に出たら「はいじゃあボケて!」もないし、関節技キめられて笑う人間もいない。

いじられキャラとして生きてきたもんだから、それに戸惑う。

わざと自分卑下していじりを期待するんだけど、本当にスペックいからいじってくる人もいない。

本当の愛されキャラを見て、俺は愛されキャラじゃなかったのか・・・絶望する。

あと全くモテない。当たり前だけど。

女子にいじられる事もあるけど、絶対恋愛関係には発展しない。100%。

それと、新しい友達が全くできない。

いじられキャラって完全なテイカーだから自分から遊びに誘わないし

何かをプレゼントする事もない。

しろ自分をいじらせてあげてるからバーでしょ?って思ってる最悪の生き物。

そして、話す事も得意じゃないし距離感バグってるしイジってもらいたいからわざと生意気な事を言ってしまう。

それで嫌われて終わり。

こんな哀れな存在はやめて、身体を鍛えてスポーツをしよう。

身体デカいとナメられないから。いじられキャラはもう卒業しよう。

2026-02-01

伊藤詩織擁護派、津田大介提案拒否し停滞

前提(時系列確認

• 1/18:津田大介

議論を次のステップに移行してはどうか」

と停滞を前提にした前向きな提案を行った

1/18以降の現実

• 2週間以上が経過しても

• 新しい論点整理なし

事実確認更新なし

• 「次のステップ」の具体化なし

• 実際に増えたのは

批判派への反応

個人への問題化

既存主張の反復

批判派の封殺(1/18以降も継続

作品制作過程への批判には答えない

論点ではなく

人格

動機

過去発言

問題化

• 「不誠実」「二次加害」「資格がない」というラベル貼りで排除

封殺成功体験として更新された点

津田提案という

前進きっかけが示されたにもかかわらず

• それを受けて選ばれた行動は

• 整理

修正

• 移行

ではなく

封殺継続だった

• 「黙った=勝った」という学習が強化

封殺のための新しいネタ探し

本質無関係言い回しへの揚げ足取り

些細な表現ミスの誇張

関係の薄い過去発言の掘り起こし

批判内容を検討せず

叩ける点を作ること自体目的

なぜ1/18以降も同じことをしているのか

• 次のステップに進むには

• これまでの語りを整理する

• 一部を留保修正する

必要がある

• それは

界隈の空気を壊す行為であり、選ばれなかった

総括

• 1/18という転機があったにもかかわらず

議論は一切前進していない

• やったことは

批判派の封殺

封殺を続けるための新ネタ探し

だけ

津田大介提案

停滞を照らしたが

擁護派は停滞を選び続けた

2026-01-29

都市伝説解体センター」と「名探偵津田

一般人には結構ウケてる一方でミステリーガチ勢からは「全然ミステリーじゃない!」って批判されてるところが似てるなと思った

2026-01-20

anond:20260120121218

クソ描写西尾維新

なんか毎回同じ単語羅列すんのこんな感じ↓

佐藤がしんだ、山田がしんだ、鈴木がしんだ、山本がしんだ、田中がしんだ、小林がしんだ、渡邉が死んだ、吉田がしんだ、寺山がしんだ、斉藤がしんだ、須藤がしんだ、立川がしんだ、津田がしんだ、中村がしんだ、

2026-01-19

anond:20260118235551

https://x.com/masami_a_shiba/status/2012860635403452854?s=46&t=m0EXJSjLezh3AQX5_uZarQ

ポスト

片岡正美 Masami Kataoka🌿特…

@masami_a_shiba

実際、細やかに一次情報あたり続けて来た皆さんの存在は私もこの目で観てきました。

誤情報が先にカジュアルにばら撒かれるのに対し、反対言論を出すため皆さん、膨大な(個人の)リソース割いてます

Mihoko Oka

@mei_gang30266・19時間

ちなみに全体像が見えてきたのは、津田さんのおかげでも、ポリタスTVのおかげでもなく、SNS一般市民が、一次情報専門家と一緒に検討しながら、公平な視点で発信してきたからですよ。

私自身も、参加して1か月足らずですので、その恩恵を受けた一人に過ぎませんが。

x.com/mei_gang…


言葉を無理やり変えてるだけで村社会組織的対応してるのを発言してるからね、、

2026-01-16

anond:20260116113744

アニメで泣いた事無かったのに推しの子で泣いてからはどんなアニメでも泣くようになった

アニメじゃ無いけど名探偵津田でも感動してボロボロ泣いてしまった

2026-01-04

はてブバラエティなんかおもんないみたいなノリなのに名探偵津田なんていう低俗企画で盛り上がっててガッカリした

2026-01-03

名探偵津田見て感動してボロボロ泣いてしまったわ

しょーもなあぁ

2025-12-28

水ダウ

ぶっちゃけ津田とか電気椅子とかクロちゃんおもんなくて嫌い

通常回とか小ネタの短い企画のほうが好き

2025-12-26

名探偵津田

ミステリーあるある世界観の中で津田文句言いながら事件解決するところに自分面白さを感じてたみたいで、今回はあまり面白く思えなかった。要素が多すぎてとっ散らかってたし、手がかりゲットはデロリアンに頼り切りで謎解きパートはほぼなかったし、タイムスリップありなら事件解決とかどうでも良くなるじゃん。本筋と関係なく津田ヒートアップさせるようなシーンが多かったのは長袖をくださいで味を占めたんだろうし、実際Xではワンシーンが切り抜かれてバズってるけど、全体で見たら無駄に壮大かつ冗長シリーズの中でもワーストレベルの出来だったと思う。

医者シンプル誤診とかも笑って見てたし、ミステリーとして楽しんでたつもりはなかったけど、自分はやっぱりミステリー感を楽しみにしてたんだろうな。「ミステリードラマ」ではなく「ドラマ」の世界観に囚われた津田を楽しむタイプ人間なら今回も楽しめていたのかもしれない。

テレ東ホラーで高尚なメッセージ性を出すな

ufo山クソつまんなかったですね。

ufoやら不審火やら集団自殺やらシロクマやら話がとっ散らかってるし、それを

「それぞれ普通に考えたら合理的理由説明つく出来事なのに人はそれらを見えない線で繋いでしまう生き物なんだああああ!!」「でも、人間それでいいのかもしれませんね……」

みたいなこと描かれたところで「はいそうですね」としかしかもそれもうフェイドキュメンタリーQでやってるから二番煎じなんですよ。

そもそも不思議事象を見えない線で繋いでいくのがこのタイプ映像制作としての仕事だろうが。全部独立した関係ない事象なら取り上げる意味無いんよ。名探偵津田無駄シーンが真面目なドラマに散りばめられてるだけ。

魔法少女山田の時から思ってたけど、テレ東ホラー特番に求めてるのはメッセージ性じゃなくてオカルティックなストーリー性なんだよ。

見る側の姿勢に問い掛けたかったらまずは一本ちゃんと見れる物語を作ってからしろ

飯沼一家とか祓除とオクサマッソみたいにわかやすいやつで全然いいのよ。

このビデオ持ってないですかとかイシナガキクエみたいな、見た後に「なんかストーリーありそうだけど意味わからん……こわ……」でもいいのよ。

とにかく面白い映像を作ってから勝負しにきてくれ。

2025-12-25

脳みその無いはてなーは夢を見るか?

例えばはてなー党派性では不倶戴天の敵となってる例の暇の者の記事

定期的にあげては自演トラバで上げてる様なはてなー(通称アノン増田)とかさ


暇空が勝ったーとか、住民訴訟で黒塗りを開示させたー、みたいな時には

死んだ様にスン…となる癖に、本当に誰?と言いたくなる何か良く分からんしょうもない奴とのしょうもない裁判で負けたからと

怪文書を嬉々として撒き散らしては、同類キチガイとキャホキャホしてるとか、

そういうのにちょっとでも反応すると、狂ってるとしか言い様が無い異常なトラバがつくからマジで気色悪くて関わりたく無い、

一般的アンチ反応や批判すらもしたくなくなる(多分それが狙いなんだろうけど、5chやまとめサイトコメント欄等を乗っ取る手口)

こんな場末隔離場まで来て政治工作ごっこ、あるいは対立煽り荒らしやってるとか心底から気色悪く思える


そして多分このエントリにも異常者としか言い様が無い気色悪いトラバがつくだろうね

共通の敵」を「わかりやすく」叩いてないか

分かりやすくやらないと分からないし分かろうともしない、ちょっとでも自分達と違うと即敵とみなして

汚言症丸出しの狂った罵声を吐く、それがはてなーの平均になりつつある


これはもう、政治的思想とか、それ以前の問題だとおもう

純粋キモい

自分死ぬほど嫌いなヨッピー津田に対して同じ事やってても、賛同出来ないし気色悪いって思うよ

ブロック機能があれば真っ先にブロックしてる、絶対


どこかの誰かが考えたか最近AIで作った様な文章を垂れ流してはしゃぐその姿は、党派性という反射的行動で動いている様な虫みたいに思えてならない

かのColabo代理人弁護士アンチ集団を「脳みその無い家畜」と断言していたが、彼と極めて強いつながりがあるしばき隊、及びそのシンパ(元増田の様な)こそ、

党派性人間の群れである事を考えると、実は高度な自虐であったのでは無いかとも思える

脳みその無い家畜、というよりは脳みその極めて少ない虫だが



自分がこいつらを心底気持ち悪いなって思うのは、一体何をしたいのかがまるで分からない事も理由の一つ

少なくとも「味方や賛同者を増やす」方向には向いていないのは確か

少数の味方を増やしても、多数の虫を見る様な目で見るしか無い様な嫌悪者を増やしているだけなのだから


別にアンチ暇に限った話じゃない、寧ろバリエーションの一つに過ぎない

安倍高市、N党、斎藤県知事参政党、などなど

それぞれに思う所、アンチ感情忌避感、嫌悪感があっても、

党派性で狂ってる異常者がキチガイみたいに汚言を吐き散らかしている様子を見ると

率直に「(こいつらと)一緒にされたくないわ……黙っとこ」となってしま

例えばちだいとか菅野とかヨッピーみたいな奴を見て、「こいつと一緒、こいつの意見賛同している」と思われたいのか?って話


ともすれば、ひょっとしてこの虫みたいな気色悪い連中が発狂して叩いてるって事は、あまり間違った事は言ってないのでは?とか

自分判断評価が間違っているのでは無いか?と錯覚してしまう事すらある

参政党なんか、あんな反ワクネトウヨカルトなど全員落選しろとまで思っていたが、共産党系の虫が発狂してるのを見てると

少なくとも彼らが信仰する宗教(立憲共産党)よりはマシだから、こいつらに取って代わってくれねーかなー…とまで思ってしまった、本当に辛い



朝の通勤時に、明らかに知的精神問題のありそうな、坊主で小太りのオッサンが大声で独り言ぶつぶつ言ってる場面に出くわす事があるでしょ?

党派性はてなーに感じる忌避感ってまさにそれ

はてな、あるいは増田という電車の中で遭遇する「絶対にこっちに寄って来ないで欲しい」類の存在、まるで害虫

はてなという隔離場ですらそう思ってしまうのだから、本当に救い様が無い


ブクマカなんてのはまさにその集大成で、本当にこいつらまとめて、DiscordなりThreadsなり、クローズドSNSに閉じこもって欲しい

そして好きなだけ発狂しながら発酵して欲しいなって思う

人として生きるよりも、キムチにでもなった方がまだ人の世の役に立つ様な存在でしょ?

はてなーとかブクマカってヤツはさ

名探偵津田の不満点

とりあえず最高に面白かったことだけは事実なんだけどいくつか不満点があった

劇団ひとり変顔ボケ

初っぱなに劇団ひとり死体なのに変顔ボケしてたのはかなり不満だった

1の世界として守らなければならない最低ラインがあるはずなのにそれを守らないのはちょっと酷い

津田も「こういうことやるなら降りる」って言ってるのはかなり共感できた

劇団ひとりの芸風を考えるとやりそうなので、単にカットすれば良かったと思うし

そもそもFace IDを設定しなければ良かっただけだと思う

タイムマシーンの切り替え

タイムマシーンに乗り込んで時代が変わるとき視聴者説明なくアイマスクしてるのはかなり違和感、というか不満だった

ドッキリとしてやっているはずなので1の世界から抜け出せないっていう設定は守ってほしい

デロリアンに乗ったらどこからともなく2のスタッフがやってきて「はい、目隠ししてくだーい」とかやってたら興ざめでしょう

恐らくタイムマシーンの使い方として「アイマスクをしてしばらく待つ」みたいな指示があったんだろうけれど

そこをちゃんと流さないと視聴者としては不信感を持ってしま

特に後半の場所まで変わってる場合はどうにかして移動させたはずなので

その部分が省略されているのはかなりの違和感があった

時代逆行で本人に会うパターンがない

この手の時代逆行もの定番の「本人に出会う」というシーンがなかった

例えば卓球の再戦をするなら津田本人に出会うはずで

津田卓球で勝ったのを見届けてからもう一度勝負する、みたいなことがほしかった

津田だとそっくりさんを用意するしかないんだが、ザたっちを使えばこの手の演出もできたのではと思ってしま

ただ、これは「ザたっち、一人の仕事もあるにはある説」のアンサーだから難しいかもしれない

解決だった部分が弱い

ミスリードさせて推理させて解決させて実は後日になって真相判明、というのはよくあるけれど

一人だけ殺し方が違うからおかしい、というところから解決に持っていくのはちょっと雑すぎる

例えば犯人が使ったと言っていた毒物に実は毒性がなかったことを1週間後のニュースで知る、とか

そういう演出があっても良かった気はする

ただデロリアンが向こうから走ってきて息子が乗ってるのはなかなか衝撃的だからネタ的にはこっちの方が面白いか

次回以降の期待

津田事件に巻き込まれパターンがそろそろ限界な気がするし

水ダウに津田が出てきただけで伏線になりそうな気がしてしまうので

流石に次は別の芸人を探す方がいいんじゃないかと思ってる

とはいえ鈴木家の謎とかも中途半端から流石にあと一回は名探偵津田でやるだろうか?

次で終わらせるとなると、津田死ぬとかそういう感じになりそうではあるけど

2025-12-24

anond:20251224220004

「お正月に食べるなら、おせちか?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……正直に申し上げます。これまで、プロレス野球さらにはサンタクロースまで、あなたの突飛な比較に付き合ってきました。しかし、今回は看過できません。「おせちか、ダイアン津田か」? 食べるんですよ? 物理的に摂取する話をしているんですか? それとも比喩ですか? どちらにせよ、正月神聖食卓に対する冒涜です。

B: 落ち着いてください。もちろん、カニバリズムを推奨しているわけではありません(笑)。これは「正月の朝、何を心に取り込み、何を味わうか」という、精神栄養学の話です。おせちは確かに美しい。黒豆数の子栗きんとん……それぞれに意味がある。でも、それってどこか「保存食」の冷たさを感じませんか? 重箱に詰められた、動かない、冷えた伝統

A: その「冷たさ」が良いんじゃないですか。火を使わず神様をお迎えし、保存のきく料理家族で囲む。そこには先人の知恵と、一年平穏を祈る静かな時間があります。そこにダイアン津田が入り込む余地なんてありません。食卓で「ゴイゴイスー!」と叫ばれて、喉に餅が詰まったらどうするんですか。

B: むしろ、詰まった餅を吐き出させるくらいの衝撃が、今の日本のお正月には必要なんです。おせち料理は、確かに縁起物です。でも、今の時代黒豆を食べて「マメに働く」なんて、ちょっと社畜精神が過ぎると思いませんか? そんな呪いのような縁起物よりも、津田さんの「理不尽に耐え、泥臭く這い上がるエネルギー」を摂取する。彼の生き様五感で味わう。これこそが、激動の1年を生き抜くための最高の「心の栄養」ですよ。

A: 意味が分かりません。食卓五感で楽しむものです。おせちの彩り、お屠蘇香り家族の穏やかな会話。そこに津田さんという「雑音」を置くことが、どう栄養になるんですか。彼は「珍味」ですらありません。ただの「刺激物」です。正月胃腸には負担が大きすぎます

B: 刺激物、結構じゃないですか。おせちは甘すぎたり、しょっぱすぎたり、味のコントラストが固定されています。でも津田さんは、いつキレるか分からない、いつ泣き出すか分からない。その「味の予測不能さ」こそが、退屈な正月スパイスを与える。お重の隅にちょこんと座っている津田さんを想像してみてください。

A: 想像したくありません(笑)。重箱のテロですよ。数の子の隣で彼が顔を真っ赤にして叫んでいたら、せっかくの高級食材台無しです。おせちには「形式美」がある。津田さんには「形式」も「美」もありません。あるのは「露出」と「騒音」だけだ。

B: 形式美は、時に人を窒息させます正月の朝から、行儀よくおせちをつつく。その背筋を正すような感覚が、今の若者疲れた大人には重すぎるんです。でも、津田さんが食卓にいる(あるいは画面越しに食卓支配している)だけで、「ああ、こんなにグチャグチャでいいんだ」「叫んでもいいんだ」と、心が解放される。これは、どの縁起物にもできない「魂の除夜の鐘」なんです。

A: 除夜の鐘は、煩悩を払うために叩くものです。津田さんは煩悩のものでしょう。……しかし、確かに認めざるを得ないのは、最近おせちが「見栄え」や「映え」ばかりを追求し、本来の「家族で囲む喜び」から離れつつある、という点ですね。

B: そうでしょう? カタログから選んだ数万円の冷凍おせち解凍して食べるのと、生身の津田さんの叫びを浴びて「よっしゃ、今年もバカやって生きよう!」と笑うのと、どちらが「初日の出」に相応しいエネルギーに満ちているか

A: ……議論筋道が見えてきました。つまりおせちが「過去から引き継ぐ安定」なら、津田さんは「未来へ突き抜ける混乱」だと。第2ラウンドでは、もし「おせち具材」として津田さんを解釈するなら、彼はどのポジション位置し、私たちの1年をどう予祝(よしゅく)してくれるのか、そこを詰めましょう。

B: いいですね。田作りチョロギ、そして津田。新しい伝統誕生ですよ。

(続き)

A: さあ、あなた提唱する「おせち具材としての津田」という概念ですが、冷静に考えて無理がありますおせち具材は、すべてが「静止画」として完成されているんです。エビ長寿栗きんとんは金運。彼には一体、どんな意味付与できるというんですか?

B: 彼は「田作り」ならぬ「場作り」ですよ。五穀豊穣を願う田作りに対して、津田さんは、冷え切った親戚同士の集まりや、ぎこちない家族の会話という「場」を、その叫び一発で耕してくれる。彼がそこにいるだけで、正月の「沈黙という名の重圧」が霧散するんです。

A: 場を耕す……。それは単に「荒らしている」だけでは? 数の子の「子孫繁栄」に対して、津田さんはどうです? 彼は常に「独りよがり叫び」で周囲を困惑させている。一年の計を立てる元日の朝に、そんな無計画エネルギー摂取したら、12月まで行き当たりばったりの人生になってしまますよ。

B: それこそが最高のご利益ごりやく)じゃないですか! 私たちは、あまり計画を立てすぎ、正しさに縛られすぎている。おせちを食べて「こうあるべき」という伝統を胃に流し込むのもいいですが、津田さんの「予測不能生命力」を浴びて、「予定通りにいかない1年」を面白がる余裕を持つ。これこそが、現代における最強の「開運」ですよ。

A: ……なるほど。おせちが「規律」を食すものなら、津田さんは「解放」を食すものだと。確かにおせち料理はどれも味が濃くて、保存性を高めるために「固め」に作られています。それに対して津田さんの芸風は、常に「柔らかい」というか、どこからでも崩れるし、どこからでも突っ込める。

B: そうなんです。おせちは「過去」を詰め込んだ箱ですが、津田さんは「今」しか生きていない。あの、その場しのぎの「すぐ言う~!」や、冷や汗をかきながらの「ゴイゴイスー!」。あの刹那的な輝きを正月に取り込むことで、私たちのカチコチに固まった「日常」が、一気に生命力を帯びてくる。

A: 認めましょう。もし、家族全員がスマホをいじりながら無言でおせちを突いているような正月なら、いっそ津田さんという「猛毒」を投入して、全員を強制的に笑い(あるいは困惑)の渦に巻き込んだほうが、よっぽど「正月らしい」のかもしれない。

B: そうでしょう! 綺麗に並んだ伊達巻を食べるより、津田さんの乱れた髪と、必死な形相を眺めるほうが、よっぽど「人間っていいな」と温かい気持ちになれる。おせちという「形式」を食べるか、津田さんという「命」を食べるか。

A: 私はやっぱり、静かにおせちを食べていたいですが……でも、お重の端に、隠し味として「津田的な混沌」を少しだけ忍ばせておくのも、悪くない気がしてきました。

B: 来年正月は、重箱を開けたら津田さんが飛び出す……そんな「びっくりおせち」が日本スタンダードになるかもしれませんね!

anond:20251224215929

クリスマスプレゼントを持ってきてくれるなら、サンタクロースか?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……正直に言いましょう。私はあなたの「津田推し」には慣れてきたつもりでしたが、今回ばかりは一線を越えましたよ。サンタクロースですよ? 全世界の子供たちが1年間良い子にして、今か今かと待ち望んでいる、純粋希望象徴です。そこにダイアン津田を割り込ませるなんて、もはや「文化破壊」ですよ。

B: 破壊ではありません。「アップデート」と言ってください。サンタさんは確かに素晴らしいですよ。でも、彼はあまりに「記号的」だと思いませんか? 赤い服を着て、白い髭を蓄え、煙突から入ってきて無言で去っていく。そこに、プレゼントを届ける側と受け取る側の「心の交流」が、果たして存在するのでしょうか。

A: その「無言の奉仕」こそが美学なんじゃないですか。サンタの正体を知らないからこそ、子供たちは想像力を羽ばたかせるんです。一方で、津田さんがプレゼントを持ってくる姿を想像してください。煙突に詰まって「痛い痛い!」「無理や!」と叫び声を上げ、リビングに転がり込んでくる。そんな男に、誰が夢を託せますか?

B: その叫び声こそが、プレゼントの「付加価値」ですよ! サンタさんプレゼントは、朝起きたら枕元に置いてある。でも津田さんは、全力で「渡しに来る」んです。彼が汗だくで、「これ、お前にプレゼントや!……すぐ言う~!」と叫びながら手渡す。その時の、プレゼント以上に溢れ出ている「必死真心」。これを受け取った時の感動は、サンタさんには絶対に作れない熱量ですよ。

A: 暑苦しいだけですよ。クリスマスの朝に欲しいのは、静かな喜びと驚きです。津田さんのような「押し付けがましい好意」は、むしろ子供たちを怯えさせる。サンタさんは「空を飛ぶソリ」というファンタジーに乗っていますが、津田さんはせいぜい「タクシー」か「新幹線」でしょう? 夢がなさすぎる。

B: 夢が「非現実である必要なんてないんです。サンタさんは「良い子にしていたから」という、一種報酬としてプレゼントを配ります。でも、津田さんは違う。たとえその子が1年間ちょっとダメな子だったとしても、津田さんなら「俺もダメ人間から分かるで」と言って、一緒に泣きながらプレゼントをくれるかもしれない。この「弱者に寄り添うサンタ像」こそ、今の時代必要だと思いませんか?

A: それはただの「同情」です。サンタクロースというシステムは、社会規範道徳を、夢というオブラートに包んで教える教育的な側面もあるんです。津田さんのような「ルール無用存在」がサンタの代わりをしたら、子供たちは「叫べば何でも許されるんだ」と勘違いしてしまますよ。

B: ルールに縛られた優しさよりも、ルールをはみ出した愛の方が、時に人を救うことがある。それに、サンタさんは「何をもらえるか」を勝手に決めてしまますが、津田さんなら、こちらの顔色を伺いながら「これ、欲しかったやつかな? 大丈夫かな?」と、こちらの反応を全力で気にしながら渡してくれる。その「自分を見てくれている感」は、匿名性の高いサンタには真似できません。

A: その「気にしすぎ」が煩わしいと言っているんです。……しかし、確かに認めましょう。サンタクロースという存在が、どこか「企業マーケティングの道具」のように感じられる瞬間があるのも事実です。あまりに完成されすぎていて、もはや儀式化している。

B: そうでしょう? 一方で津田さんは、マーケティングとは最も遠いところにいる人間です(笑)。彼がトナカイコスプレをして、鼻を赤くして「ゴイゴイスー!」とやってくる。そのあまりバカバカしさと切なさに、大人私たちだって、忘れていた「クリスマス本質的な喜び」を思い出すかもしれない。

A: 本質的な喜び、ね……。では、第2ラウンドでは、もし津田サンタが「プレゼントを間違えた」場合、あるいは「トナカイ喧嘩をした」場合に、どうやってその危機を乗り越えるのか。サンタという伝説の「完璧さ」と、津田という人間の「リカバリー力」を比較しましょう。

(続き)

A: さて、もしサンタさんプレゼントを間違えたら、それは「伝説崩壊」です。しかし、そんなことは起きない。彼は完璧システムですから。対して津田さんはどうですか。頼んでもいない「自分ギャグ刻印された湯呑み」とかを持ってきて、子供を泣かせる姿が容易に想像できますよ。

B: (笑)。確かに津田さんならやりかねません。でも、そこからの「リカバリー」が彼の真骨頂です。間違いに気づいて、顔を真っ赤にして「ごめん! ほんまにごめん! 今から走って買ってくるから!」と、夜の街へ飛び出していく。その必死背中サンタさんの「完璧成功」よりも、津田さんの「死に物狂いのリカバー」の方が、子供の心には「一生忘れない思い出」として刻まれるんじゃないですか?

A: それはただのトラブルですよ。子供が求めているのは、スムーズ幸福であって、おじさんのドタバタ劇ではありません。それに、サンタには「トナカイ」という忠実な相棒がいます。空を駆ける幻想的な光景津田さんの横には誰がいますか? 相方ユースケ西澤)さんですか? あの二人が夜道で小競り合いをしながらプレゼントを運んでくるなんて、シュールすぎて悪夢ですよ。

B: いや、そのコンビ愛こそが、究極の「家族の肖像」ですよ。サンタトナカイ主従関係ですが、ダイアンの二人は対等な、もはや熟年夫婦のような絆です。二人が「お前が地図見ろ言うたんや!」「なんやその言い方!」と揉めながらも、最後には一緒にプレゼント差し出す。その姿に、子供は「喧嘩しても一緒にいられる仲間の素晴らしさ」を学ぶんです。これ以上の教育価値がありますか?

A: ……こじつけが過ぎますが、否定しきれない自分が悔しい(笑)。確かにサンタクロースという存在は、あまりに遠すぎて「実在感」がない。だからこそ、成長と共に「サンタはいない」と悟る寂しい瞬間が訪れる。でも、津田さんは「確実にそこにいる」。嘘がないんです。その圧倒的な実存は、子供大人になっても裏切られることがない。

B: そうなんです。サンタはいつか消えてしまうけれど、津田さんはずっとテレビの中で、あるいはマウンドやリング(の議論)の中で、叫び続けている。クリスマスが終わっても、「あの時、必死プレゼントを届けてくれたおじさん」は、自分人生のどこかで叫び続けてくれる。その継続的関係性こそが、真の「奇跡」だと思いませんか?

A: 認めましょう。サンタが「天からの授かりもの」なら、津田さんは「地からの這い上がり」だ。聖なる夜に、あえてその泥臭い生命力に触れることで、私たち自分たちの不完全さを許せるのかもしれない。……でも、私の家には、やっぱりサンタさんに来てほしいですけどね。静かに寝ていたいから。

B: (笑)。まあ、津田さんが来たら、その夜はもう宴会ですからね。「スーを差し上げます!」の一言で、七面鳥丸焼きも吹き飛ぶような賑やかな夜。それもまた、一つの聖夜の形ですよ。

anond:20251224215859

あなた野球キャッチャーです。バッテリーを組むなら、大谷翔平か?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……いい加減にしてください。今回はもう議論余地すらありませんよ。「大谷翔平か、ダイアン津田か」。キャッチャーとしてミットを構えるなら、答えは一つです。160キロの剛速球と魔球スイーパーを、自らのリード世界に知らしめる。これ以上の至福がどこにありますか?

B: 確かに大谷選手の球を受けるのは、キャッチャーとして人生最高の栄誉でしょう。でも、考えてみてください。彼の球を受けるということは、一球たりとも「サボれない」ということです。あの凄まじい球威、あの変化……捕るだけで精一杯ですよ。キャッチャーとしての「リード」や「演出」が入り込む余地なんて、大谷さんにはないんです。彼が一人で完結しているから。

A: それこそが理想じゃないですか! 圧倒的な実力がある投手を、さらに高い次元へ導くために神経を研ぎ澄ます大谷氏が投げる一球ごとに、指先の感覚や呼吸をシンクロさせる。それはもはや共同作業としての「芸術」ですよ。対して、津田さんの隣でキャッチャーマスクを被っている自分想像してください。ミットに収まるのは、100キロそこそこの「すぐ言う~」という叫び声が混じった、ヘロヘロカーブですよ? 絶望しませんか。

B: 絶望? とんでもない、そこからキャッチャーの腕の見せ所じゃないですか! 160キロを捕るのは技術ですが、津田さんのような「いつ心が折れるかわからない投手」をリードするのは、心理学であり、哲学なんです。彼がデッドボールを当てて顔を真っ赤にして謝っている時に、マウンドに駆け寄って「大丈夫や、次いこう」と声をかける。あの情けない男を、自分リードだけで完結させ、完封勝利に導いた時……それは大谷さんをリードするより、はるかに大きな「達成感」があるとは思いませんか?

A: それは単なる「自己満足」ですよ。キャッチャー仕事は、チームを勝利に導くことです。大谷氏をリードすれば、チームは確実に勝てる。一方、津田さんがマウンドに立ったら、1回の表で試合崩壊しますよ。バッターボックスにはメジャー級の強打者が並んでいるんですよ? 津田さんのあの「いじられキャラ」で、大谷さんの「100マイル」の代わりが務まると本気で思っているんですか。

B: 技術では勝てません。でも、野球には「惑わし」という要素がある。バッター大谷さんなら「凄い球が来る」と構える。でも津田さんがマウンドに立って、いきなり「ゴイゴイスー!」と叫びながら投げてきたら? バッター困惑し、リズムを崩す。その「一瞬の隙」を突いて、バックドアシュートを決めさせる。これこそが、キャッチャー真骨頂である「謀略」ですよ。

A: 謀略以前に、審判に怒られますよ。プロ舞台は、そんな小細工が通用するほど甘くない。猪木さんの時も言いましたが、大谷氏がマウンドに立つと、スタジアム全体の空気が変わるんです。あの圧倒的な「正しさ」と「強さ」。キャッチャーは、その巨大なエネルギーを受け止める「器」でなければならない。その責任感こそが、自分を成長させてくれる。津田さんの器になったところで、中身は空っぽか、あるいは「愚痴しか入っていません。

B: その「愚痴」を聞いてやるのが女房役でしょう! 大谷さんは完璧すぎて、キャッチャー必要としていないように見える。でも津田さんは、あなたがいなければ1分もマウンドに立っていられない。彼がピンチで「もう投げたくない、帰ってスー差し上げたい」と泣き言を言っている時に、厳しく、時に優しくリードする。この「誰かに必要とされている感」は、完璧超人の隣では絶対に味わえないものです。

A: ……なるほど。あなたキャッチャーを「コーチ」か「カウンセラー」だと思っているわけですね。でも私は、最高のピッチャーと最高の知恵比べをしたい。大谷氏の脳内にある配球プランと、私のプラン火花を散らす。その高度な知的遊戯こそが、バッテリーを組む醍醐味です。

B: 知的遊戯、ね。でも、津田さんとの配球は「ギャンブル」ですよ。次、何が来るか自分でも分かっていないピッチャーと一緒に、泥沼の中を這いずり回る。そのスリルは、計算し尽くされた大谷さんの野球とは別の意味で、心臓に悪いけれど、たまらなく刺激的なはずです。

A: ……ふむ。では、こうしましょう。第2ラウンドでは、もし「絶体絶命の満塁」という場面で、二人のどちらをマウンドに送り出し、自分はどうリードするか。その「究極の選択」のディテールを詰めましょうか。

B: 望むところです。大谷さんの「三振を奪うロジック」か、津田さんの「運命を味方につけるパッション」か。面白いことになりそうですね。

(続き)

A: さあ、舞台は9回裏、2アウト満塁、1点リードバッターは最強の強打者。この場面、大谷翔平なら迷いようがありません。私は渾身の力で内角低めにミットを構える。そこに165キロストレートが、空気を切り裂いて突き刺さる。審判の「ストライク!」の声と共に、スタジアム熱狂の渦です。これこそが、キャッチャーという職を全うした瞬間の景色ですよ。

B: 確かに、それは教科書通りのカタルシスです。でも、もしそこで津田さんがマウンドにいたら? 彼はもう、生まれたての小鹿のように膝をガクガクさせているでしょう。ミットを構えても、そこに来る保証なんてどこにもない。でも、だからこそ生まれ「奇跡」がある。彼がパニックのあまり、投げた瞬間に「ごっいごいすー!」と絶叫し、ボールバッターの頭の上を大きく外れる超スローボールになったら?

A: それはただの暴投です。サヨナラ負けですよ。

B: いえ、あまりの異常事態に、バッター呆然として見送ってしまうかもしれない。あるいは、津田さんの放つ「負のオーラ」に呑まれて、最強打者内野フライ打ち上げる。その時、マウンドで腰を抜かしている津田さんのもとへ駆け寄り、泥だらけになって抱き合う。この「予定調和破壊」こそ、スポーツが時として見せる、理屈を超えた感動だとは思いませんか?

A: 思えませんね(笑)。それは野球ではなく、コメディです。キャッチャー仕事は、ピッチャーポテンシャルを「最大化」すること。大谷氏の隣にいれば、自分技術も、戦術も、精神も、すべてが人類限界まで引き上げられる。一方で津田さんと組むのは、自分能力を「彼のレベルまで落とす」作業に近い。そんな退歩、私には耐えられません。

B: 退歩ではありません。それは「拡張」ですよ。大谷さんの野球は、既に完成された「正解」をなぞる行為に近い。でも津田さんとの野球は、正解のない暗闇に、二人で一歩を踏み出す冒険なんです。キャッチャーとして、ピッチャーの弱さを包み込み、その弱さすらも武器に変えて勝つ。これほど高度で、人間的なクリエティティが他にありますか?

A: ……ふむ。あなたが言いたいのは、大谷氏は「剣」であり、キャッチャーはその「鞘」である。一方、津田さんは「生き物」であり、キャッチャーはその「飼い主」であれ、ということですね。確かに制御不能もの制御する快感というのは、キャッチャーという人種根底にある欲望かもしれません。

B: そうです。大谷さんの160キロを捕る快感は、筋肉と神経の喜び。津田さんの「なんでやねん!」を勝利に繋げる快感は、魂の喜びなんです。あなたはどちらの喜びと共に、引退試合を迎えたいですか?

A: ……参りましたね。正直に言えば、大谷氏の球を一球受けて、指を骨折するくらいの経験はしてみたい。しかし、もし一シーズン、共に苦楽を共にするなら、津田さんのような「手のかかる相棒」を勝たせる喜びも、捨てがたいかもしれない……と、一瞬だけ思わされました。

B: ほら、あなたキャッチャーミットが、津田さんの「ヘロヘロの直球」を求めて震えているじゃないですか(笑)

A: 震えているのは、寒気か、あるいは覚悟の証か……。いずれにせよ、どちらとバッテリーを組んでも、終わった後のビールは最高に美味いか、最高に苦いかのどちらかでしょうね。

anond:20251224215805

プロレスでタッグを組むなら、アントニオ猪木か?それともダイアン津田か?」について議論して。

A:……あの、今回はさすがに怒りますよ。高市さんの時はまだ「言葉」という共通言語がありました。でも今回はプロレスです。アントニオ猪木ですよ? 死線を幾度も超えてきた「世界のプロレス」の象徴と、ダイアン津田を並べるなんて、猪木さんにビンタされるだけじゃ済みませんよ。

B: まあ、落ち着いてください。もちろん、純粋な戦力で言えば猪木さんでしょう。でも、考えてみてください。猪木さんとタッグを組むということは、対戦相手だけじゃなく、「隣にいるパートナー」とも戦わなきゃいけないということなんです。あなたリング上で、猪木さんのあの眼光に耐えられますか?

A: 耐えるに決まっているでしょう。それがレスラー矜持です。猪木さんと組むということは、彼の「風」を感じ、彼の「怒り」を共有するということ。たとえ試合中に猪木さんから鉄拳制裁を食らったとしても、それは「闘魂の注入」であり、レスラーとしての格を一段引き上げてくれる儀式ですよ。津田さんと組んで、何が得られますか?

B: 「生き延びる喜び」ですよ。猪木さんと組んだら、下手したら試合後に命を削られています。でも津田さんはどうですか。彼がリングに上がって、対戦相手の巨漢レスラーに詰め寄られた時のあの「怯え」。そして放たれる渾身の「ゴイゴイスー!」。その瞬間、殺伐としたリングに一筋の光が差す。観客は「津田、頑張れ!」と一つになる。この一体感は、猪木さんの殺気では作れません。

A: プロレスは「頑張れ」でやるもんじゃない、「殺す気で来い」でやるもんです。猪木さんのタッグは、常に緊張感の連続です。タッチ一つとっても、そこには哲学がある。津田さんのタッチなんて、ただの「助けてくれ」という悲鳴でしょう。そんな情けない背中を見て、誰が熱狂するんですか。

B: 現代プロレスファンは、強さだけを求めているわけじゃないんです。弱者強者に立ち向かう「不憫さ」にこそ、自分人生投影する。津田さんがジャーマンスープレックスで投げられそうになっている時、パートナーあなたが助けに入る。その時の「待ってました!」という大歓声。猪木さんが強すぎて一人で解決してしま試合より、よっぽどタッグマッチとしてのドラマが成立していると思いませんか?

A: それは「介護」であって「タッグ」じゃない。猪木さんと組めば、自分限界以上の力が引き出される。猪木さんの「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」という一喝。あれを隣で聞けるだけで、アドレナリンが沸騰する。津田さんの隣で聞こえるのは「もう無理や」「帰りたい」「岸大介呼んでくれ」……そんな言葉で、あなた闘争心燃えますか?

B: 逆に燃えますよ。「俺がこの男を守らなきゃいけない」という、一種父性本能が爆発する(笑)。それに、猪木さんと組むと、どうしても「猪木の引き立て役」で終わってしまう。でも津田さんと組めば、スポットライトは二人に均等に当たる。津田さんがボコボコにされている間に、自分が逆転のチャンスを伺う。戦略的にも、津田さんは「最高のデコイ(身代わり)」なんです。

A: 猪木さんを「引き立て役」にするくらいの気概がなければ、そもそもタッグを組む資格がないんです。猪木さんは常に、パートナーにも「いつ俺の首を獲りに来るんだ?」という視線を向けている。その緊張感の中で、お互いの魂をぶつけ合うのがプロレスの至高の形です。津田さんにあるのは、魂じゃなく「脂」でしょう。

B: 脂の何が悪いんですか! あの必死の形相、あのテカテカした肌、あれこそが「生」の証明です。猪木さんが「道」を説くなら、津田さんは「迷い」を体現している。今の時代、どっちが切実かと言えば、僕は津田さんの迷いの方だと思う。

A: 迷っている間に3カウント取られますよ。……ただ、少しだけ認めましょう。猪木さんと組むのは、精神的なコストが異常に高い。試合が終わった後、精神ボロボロになっているのは確実だ。

B: そうでしょう? 一方で津田さんは、試合が終われば「お疲れ様でしたー!」って、すぐにいつもの楽屋のノリに戻れる。この「切り替えの良さ」も、巡業を続けるプロレスラーには大事資質じゃないですか。

A: 巡業……。確かに毎日猪木さんと一緒に移動するのは、地獄以外の何物でもないかもしれない。……いいでしょう。では、第2ラウンドでは、リング上での「演出」と「リアリズム」について。猪木さんの「環八理論」と、津田さんの「バラエティの掟」が、リング上でどう衝突するかを突き詰めましょう。

(続き)

A: 先ほど「移動が地獄」なんて軟弱なことを言いましたが、やはり撤回します。プロレスリングは、日常を忘れるための場所なんです。そこに津田さんのような「日常象徴」を持ち込むのは、ファンへの裏切りですよ。猪木さんはリングに上がる時、自分人生思想、そして「怒り」の全てを乗せてくる。あの殺気こそが、チケット代に見合う価値なんです。

B: でも、今のプロレス界には「多幸感」も必要なんです。猪木さんのプロレスは、観る側に「覚悟」を強いる。それは時に苦しい。対して津田さんのリングはどうですか。彼がロープに振られて、戻ってくるときに盛大に転ぶ。それだけで会場は爆笑と歓声に包まれる。猪木さんが作った「環状八号線の外側まで届く殺気」も凄いですが、津田さんが作る「隣の家まで届く笑い声」だって、一つの立派な興行ですよ。

A: 笑い声でチャンピオンベルトが巻けますか? 猪木さんと組めば、世界中の強豪と渡り合える。「イノキ・アリ状態」のような、ヒリヒリするような真剣勝負の地平が見える。津田さんと組んで、一体誰と戦うんですか。彼にラリアットを一発食らわせたら、そのまま引退会見ですよ。

B: 誰と戦うか……。それは「人生不条理」ですよ。自分よりデカ相手理不尽な状況。それに翻弄される津田さんを、パートナーあなたが「これぞプロレスだ!」と鼓舞しながら、奇跡の逆転勝ちを収める。これはもう、ロッキー・バルボアを超える感動のドラマです。猪木さんのタッグは「勝って当たり前」の強者論理ですが、津田さんとのタッグは「負けから再生」という弱者論理なんです。

A: 再生、ね……。確かに猪木さんはあまりに巨大すぎて、パートナー存在が消えてしまう。猪木さんの隣にいると、観客は猪木しか見ていない。でも、津田さんと組めば、観客は「隣で困り果てている自分」に同情し、注目してくれる。……皮肉なことに、レスラーとして目立つのは、津田さんと組んだ時の方かもしれませんね。

B: そうなんです! 猪木さんの隣は「修行」ですが、津田さんの隣は「プロデュース」なんです。あなた津田さんをどう動かし、どう守り、どう輝かせるか。その手腕こそが、プロレスラーとしての知性を証明する。猪木さんのような太陽の隣で影になるか、津田さんという未完の素材をプロデュースして新しいジャンルを創るか。

A: ……認めましょう。もし私が、プロレスという枠組みを使って「社会への問い」を投げかけたいなら、津田さんを選ぶかもしれません。彼がリングで流す涙や、叫ぶ「ゴイゴイスー」が、プロレスリアリズム根底からさぶる「毒」になる。一方で、もし私が「男の美学」を貫き、死ぬ瞬間に後悔したくないなら、猪木さんの隣で鉄拳を食らいながら戦いたい。

B: 究極の選択ですね。「歴史に残る地獄」か、「記憶に残る混沌」か。猪木さんの隣で闘魂の炎に焼かれるのも本望、津田さんの隣で「なんで俺がこんな目に!」と叫びながら爆笑さらうのもまた、レスラー幸せ最期かもしれません。

A: 結局、タッグを組むというのは、相手人生を背負うことですからね。猪木さんの「重すぎる十字架」を背負う覚悟があるか、津田さんの「軽すぎる十字架」を重く見せる才能があるか。

B: どっちを選んでも、リングを降りた時には、見たこともない景色が見えているはずです。……さあ、ゴングを鳴らしましょうか。

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