はてなキーワード: 少年ジャンプとは
追記:なんかまあまあブクマされてるけど、現状の開き直りだけであんま芯を食った反論はないな。
違国日記は俺も好きだけど、アニメは原作の絵の良さを何も活かせてない残念なアニメ化だったね。朝の演技は鬼滅のキャラみたいだったし。
追記終わり
アカデミー賞にノミネートされてるアニメ映画ってみんなちゃんと見てる?
「スパイダーマン:スパイダーバース」は人種・アイデンティティ・孤独をテーマに描いて長編アニメーション賞を受賞したし、「ウォーリー」は消費社会と環境破壊への警告を子ども向けの皮を被って描いた。「Flow」は動物の鳴き声のみで90分アニメを描き切った名作だし、「アーネストとセレスティーヌ」はフランス映画らしく社会的マイノリティと偏見を真正面から扱ってる。大人が観て「うーん」と唸るようなテーマをちゃんとアニメで表現してる。
じゃあ日本は?
呪術廻戦、かぐや様は告らせたい、チェンソーマン、名探偵コナン……まあ面白くないとは言わないよ。面白いよな。でもこれ、どう見ても子ども向けコンテンツじゃん。バトルもの、ラブコメ、スプラッターアクション、謎解き。エンタメとしての完成度は高いかもしれないけど、「大人向け」かと言われると絶対に違う。
で、なんでアラサーがこれをこぞって楽しんでんの?いや、いいよ?実写映画好きでもB級アクション映画だけ好きって言う人もいるしな。
でも、電車の中でスマホ片手にジャンプの最新話追いかけて、会社のSlackで「コナンの映画良かった」って話してるアラサーの人間、普通に幼稚じゃないか?って思ってしまう。好きなのは勝手だし趣味に口出しするつもりはないんだけど、それが「アニメ文化」の主流になってる現状はちょっとどうなんだと。
ワンバトルアフターアナザーとかアノーラみたいなアニメ、日本からは全く産まれそうにないよな。
アニメって本来すごいポテンシャルがある表現媒体だと思うんだよね。実写では描けないものを描けるし、海外がそれを証明してる。でも日本では結局、少年ジャンプ系の文脈を大人が消費し続けるだけで止まってしまった。それが主流になってしまった。深いテーマを扱ったものは日本のアニメファンの大多数が見向きもしない、幼稚な市場のまま成熟してしまった。
掲示板で行われた「界隈における自浄作用」に関する議論の要旨を、以下の4つの主要な観点から総括します。
多くの参加者が、特定の趣味を持つ人々の集まり(界隈)において自浄作用を働かせることは、事実上不可能であるという見解を示しています。
不祥事が起きた際の責任の問われ方が、界隈の社会的地位によって異なるという指摘があります。
議論では、なぜ特に腐女子(BL)界隈が槍玉に挙げられやすいのかについても深く掘り下げられています。
結論として、この議論では「界隈」という不確かな集団に自浄作用を求めること自体が論理的な誤謬であり、個人の問題として切り離して見るべきだという意見が根底にあります。
命題「バトル漫画も恋愛漫画も「目の前のシチュエーション」をパートナーと攻略するという同じ構造をしている」
これが今回のテーマです。
バトル漫画においては「逃げ切る」「殺す」「交渉できる状態に持っていく」といった様々な勝利条件が提示されますが、それらの最終目的は「暴力によって成し遂げられる行為の完結にたどり着く」こととなります。
同時に恋愛漫画も「成就する」以外にも「いい思い出として終わる」だとか「片方が命を落とす」だとか「寝取られて終わる」とか色々なものがありますが、よほどの打ち切り作品以外は「恋愛という状態に対する結末が描かれる」ことになるわけです。
物語構造において「暴力」と「恋」という全く違うものを使ってはいますが、基本構造自体は変わらないのです。
両者の大きな違いとなるのが「敵キャラクター」と「恋愛対象」という部分ですが、実はこれも分解してみると似通ったものになります。
実は両者の違いは「決着に至るまでの固有の障壁」が「戦い」という角度から見たものか、「恋愛」という角度からみたものかの違いしかないのです。
たとえばバトル漫画では「物凄く防御力が高くどんな攻撃も通用しない」という能力が出てきますが、これは恋愛漫画において「物凄く鈍感でどんなアピールも通用しない」という恋の障壁と極めて似通ったものと捉えることが出来るのです。
バトル漫画における固有能力は、恋愛漫画における恋の障壁に似ているという漫画構造は、時に人間の脳に大きなバグを引き起こします。
それは恋愛漫画に深く染まった人間がバトル漫画を読むと、敵キャラクターを倒すためのやり取りに、恋愛工学的な意味合いを見出してしまうことがあるということです。
主人公が固有能力を持って相手の固有能力を倒す様は時として、「超奥手なオタク君の心の壁を、物怖じせずグイグイ来るギャルだけがこじ開けることが出来る」といった関係に似たようなものさえも感じさせるのでしょう。
中でもバトルジャンキー系のキャラクターとの戦いにおいて相手キャラクターが主人公の存在に感謝や愛を伝えてしまうと「やっぱりそうなんだ。この解釈でいいんだ」とお墨付きをもらったように一線を越えてしまう腐女子も少なくありません。
バトル漫画と恋愛漫画には一見すると絶対的な壁があるのですが、実際に構造を分解していくと「相手キャラクターの存在を通して決着までの間にある障壁を解決して結末にたどり着く」という形では酷く似通っているわけで、その類似性について整理をつけていない状態で中途半端に理解を進めると脳がバグって聖闘士星矢がBL漫画に見えてしまう腐女子が誕生するわけですよ。
これは恐ろしいことです。
皆もっとちゃんと両方の漫画を読んで「似ているとも言えるし、全然違うとも言える」ということを実感するべきです。
「全く似ていない絶対に違う」という前提を強く持ちすぎると、意外と似ていることを発見したあとに凄い勢いで間違った結末にたどり着くリスクが跳ね上がります。
乙骨の「1回だけですよ」が優しさと熱の両輪で生み出される演技はベテラン声優の流石の風格でありんした。
はてさて、ああいうシーンを見ると世の中の腐女子は「ヤバイ!キテる!BLだ!う”わ”き”だ”よ”」となってしまうのもよく分かるというものですね。
では何故そうなるのか?
個人的な突っ走りに基づきすぎているのでこんなの最初に出したら一瞬で読者のHPがゼロになる防御力0記事ですわ。
防御力理論の提唱者である松井優征先生に殴り殺されますよこんなの。
そもそも呪術廻戦のアニメを最新話まで追ってる人が日本に何人いるのかですわ。
いやー話にならないね。
そしてこれを全部削除できずに残す女々しさよ。
もう春です。焦っています。
嵐からあの発表から約10ヶ月あって、何もできていません。オタクとしては生きているのだけど。自分の嵐のオタク(仮)としての記録が何か残せたらいいなと思って、何かしよう、しようと思って、約300日です。本当にあっという間です。嵐の皆さんは毎日忙しそうなのにね。私はこんな普通の社会人の癖してね。
私は、2年前に嵐を、というか櫻井翔さんを好きになり、その年の5月にFCに入りました。あのお知らせが去年5月に来た時、少し運命的なものを感じながら更新しました。
活動が終わることはなんとなく薄ぼんやり頭の片隅にあったけれど、FC自体がなくなることは、全く予想できていませんでした。お金出して見たい欲しい過去のコンテンツ、本当に本当にまだまだたっくさんあります。ドリアラとかOneとかどうなるの・・・・・・?
つまりド新規です。しかも活動休止後にFCに入っているので、もしかしたらあんまりいないタイプ?かもしれません。あと、ド新規の癖して何語ってんだと言われたら本当にそうです。でも、どうしても語りたくなったので、語ります。
初めて国立に嵐が立ったとき、私は中学生でした。同級生の友人には、ハワイの海上でデビュー会見をしている嵐の記憶があるらしいので羨ましいです。私自身にはこの記憶は全くありません。私の中の一番古い嵐の記憶は、思い起こすと、プチシリーズのCMの様な気がします(2001年くらい)。シングルの一番古い記憶は多分「君のために僕がいる」で、「時代」に若干衝撃を受けた気がします。
小学生の頃、母親が松平健さんのことが好きだったおかげで、私の家では土曜の昼は、ほぼ毎週松平健さんが司会をつとめていた「バニラ気分」という番組を見るために、フジテレビがかかっていました。そうなると、その番組内企画の‘’まご‘’の嵐を自動的に見ることになります。私はこの「まごまご嵐」という最高の番組で、嵐のメンバーの名前をしっかり覚えました。番組を知らない方に説明すると、まごまご嵐とは、視聴者から依頼され、なかなか会いに行くことが難しい本当の孫の代わりに、嵐が1日孫になって、依頼された方のおじいちゃん・おばあちゃんのお家へ行き、お手伝い(農作業とか)をするというハートフル番組です。当時の嵐はみんな20代前半で、大野くんが25歳くらいでした。
テレビを見ながら、「良い番組よね」と母親が言っていたのを覚えています。少しお堅めの母親なので、当時金髪茶髪だらけ(一部坊主)の嵐の面々を見て最初は怪訝な顔をしていたと思うのですが、番組内容をきちんと見た上での発言だったと思います。この頃、幼すぎて恐らく理解していませんでしたが、既に私はおじいちゃん・おばあちゃんに優しい嵐に対して好感を持っていたのだと思います。後ほどこれが「VS嵐」になると思うと感慨深いし、「GRA(ゴールデンラッシュ嵐)」も「中華街留学」も良い思い出です。お城行ったり、子どもの晩ごはん作ったりもしてましたね。あと、大人になって、多分うっすら、「嵐の技ありッ!」も見ていたのだと思い出したりしました。お昼の番組って意外と見ますよね、小学生は特に。
中学生くらいになると、少し遅い時間の番組も見ることができるようになりました。というか、親の就寝後に起きて、音量最小限で深夜にテレビを見ることに興奮していました。私は、夜更かしをすることが異常に好きで、深夜帯の影響を現在に至るまで、受け続けています。ちなみに今も夜更かしすることだけは得意です。
社会不適合の片鱗がここから現れるなと書いていて思いましたが、嵐のことを書きます。
「嵐の宿題くん」で見る嵐は、面白爽やかお兄さん集団でした。あのゆるい空気、今ならわかります、大好きでした。
本当なら、「真夜中の嵐」からずーっと深夜帯の嵐を追いかけたかったです。
女子校だった高校生の頃、隣の席の子がやたら鮮やかな赤色の財布を持っていました。それを見た私が、
その子が
「だって翔くんの色だもん」と言ったのを今でもはっきり覚えています。
その時初めて、ジャニーズにメンカラがあることを知ったのです。
当時その子は嵐のFCに入っていて、ライブの当落で一日中そわそわするのを横で眺めていました。嵐のライブは、多名義で応募しても札幌ドーム第一希望でも外れるくらいのやばい代物ということはその子経由で知りました。正直、当時は北海道や福岡までライブに行く発想があることにびっくりしていましたが、這ってでも行く気持ちが今なら痛いほどわかります。
嵐が売れなかった頃の記憶がうっすらとあり、嵐が国民的アイドルになるまでの過程もなんとなくですが、テレビで見る範囲では、わかります。国民的アイドルになってからは、毎日誰かがテレビに出ていて、嵐の番組も毎週何かしらはずっと見ていました。だから、誰が何が得意で何が不得意かは知っていたし、なぜかどういう服のコーディネートを組むかまでも知っていました。
ダブルパーカーばっかり言われているけれど、私は「ひみつの嵐ちゃん!」がなかったら、漁サン(漁業用サンダル)にあんなにカラバリがあることを知らずに生きていたと思います。
出ていた紅白も勿論全部の年を欠かさずに見ているし、ラスト紅白の時に母親とテレビを見ながら、「もったいないねえ、こんなにいいグループなのにねえ…」としみじみ会話した記憶があります。
このことが、どんなに震える事実なのかを、きちんと好きになってから、把握しました。
(というか意識をしていなくても当たり前に嵐に触れていることが本当にすごい)
今、きちんと好きになれて、本当によかったな。という気持ちがあるけれど、もう少しだけでいいから、もっともっと早くちゃんと好きになりたかった、できることなら、オタクとして心底一生涯をかけて応援したかったというのが、昨年5月のお知らせを聞いてから最初に思ったことでした。というか、一生涯かけて応援している方々は、間違いなく見る目がありすぎます。私は大後悔しています。あの報告の後、本当にいろんな気持ちがまざり、号泣し、一週間ほど食欲がなくて、ここは現実なのか?幻なのか?と、雲の上を歩くように地に足がつかない状況で職場に行くことだけをしていたら、人生で初めてコロナになりました。ウィダー(inゼリー)さん、お世話になりました。ありがとうございます。
嵐のことをもっと早くに応援していたら、きっと今の私とは全く違う人間になっていたのだろうな、とも思います。もしそうだったら、今の今まで、同じ情熱で応援し続けられるかは正直わかりません。
でも、今、ずっとこれを書いているときだって思うのです。毎日、嵐のこと好きだなあ、大好きだなあって。
嵐との一方的な付き合いは、今だけでなくずっとずっとあったのに、なぜ今になってFCに入ったのか。それは、まあ単純に、好きなことに今気づいたから、というか、やっと認めたから、なんだと思います。
かっこよく?言うと初恋にやっと気づいたから、ラブソーのイントロがずっとかかっていたのに、聞こえてきたのが今、という感覚です。
きっかけは、ぐんぴぃのドッキリ動画に櫻井くんが出ていたことなんだけど、そこからFC入会まで、この気持ちが本当なのかどうかを確かめるのに3ヶ月かかりました。
私がこの気持ちになんとなく20年間くらい(改めて年数を数えると長)、蓋をしていたのは、異性のアイドルを本気で応援することに、照れや恥じらい、葛藤があったからなのかな…となんとなく思います。そんなことで?と思うかもしれないけれど、ジャニーズを、男性アイドルを好きって言うことはそれなりに勇気がいる、というか、お前なんかが応援すんの?と誰かの目に映ることが本当に怖いのです。特に思春期の頃は。
あとは、社会人になって、アイドルの凄さをよりクリアに捉えるようになった(仲間と何年間も続ける仕事、プロ根性など)と言うのもあります。
スクールカーストというものがありますが、ジャニオタは私の世代ではかなり上位の存在で、ディズニーオタと同じくらいの権威があったように思います(これを書いていて思いましたが、令和の世と時代が違います)。私の世代の学校は、音楽で言うとジャニとLDHに支配されつつ邦ロック、AKBももクロ坂道、K-POP、V系のオタクがいて、まあ二次元オタ(ボカロ、アニソンとか聞く層)もなんとなくいたみたいな感じでした。二次元のオタクは母数かなり多かったのですが、多くは語りませんが、まあなんというか、‘’そういう位置‘’にありました。でもオタクに優しい学校だったと今振り返ると思います。
当時、ヘ○リア、ボカロ、少年ジャンプ、ニコニコ動画…と二次元に染まりきっていた私は、素直にジャニーズが好き(というか嵐が好き)と言えなかったように思います。気持ちに蓋をしていたこと自体も封印していたような感じがします。今で言う逆張りの極致にいたので、ジャニーズ(笑)というレッテルをスクールカースト下位の下位(もしかしたらカーストからあぶれていたかもしれません)から貼っていました。嵐がFNSで色々と迷宮入りしたとき、ネットで草を生やされているのを野次馬根性で見ていたような、そんな哀れな存在だったのです。
素直になるまで時間かかりすぎだろと自分で思いますが、人生本当に何が起こるかわからないことを実感しました。アイドルってすごい。と堕とされた今、純粋に思います。
そして、四谷大塚の有名広告「なんで私が東大に?」と同じテンションで、「なんで私がジャニオタに?」となっているこの状況に毎度驚かされます。ファミクラストアの箱がたくさん家にあるの、自分で買ったものなのに結構びっくりします。
正直言うと未だにオタクと呼べるほどの存在ではない、まさにオタク(仮)です。Tの嵐!(仮)
今、嵐を好きになって本当に良かったと心の底から思います。そして、自分がどこの立場で物を言っているか、わからないけれど、私の世代の男性アイドルの代表格、ど真ん中が嵐というグループで本当に本当に良かった。この穏やかで優しくて、若い頃はかったるそうで、でも尖るとき尖ってて、ファンや見ている人々に寄り添ってくれて、面白くて、それがわざとらしい感じじゃなくて、どこかの商店街にいそうな空気感なのに、どこにもいない。そして、ちゃんと見ると(ちゃんと見なくても!)、実は全員イケメンなおじさ…お兄さん達大好きです。そして確信しています。こんなアイドルグループもう二度と出てこない。こんな好きな人たちに出逢う季節二度とない。
もう、春です。明日というか今日、札幌のライブ初日です。てか今日になってる。
昨年の夏、嵐がいる最後の夏だと思って勝手に切なくなっていました。
6月1日、どうなっているでしょうか。未来のことは何もわからないし、誰にもわからないです。どうか、嵐という最高のグループが、最高の景色で終えることができますように。
Five最高だったよ!
確実にどこかのタイミングで女向けに舵を切り、ハイキューやテニプリみたいな女向けスポーツ漫画を連載させまくるよ。
で、ロボコみたいなのは残しといて「これは少年ジャンプですからね~少年向けですからね」って体裁は保っておく。
そう、体裁を保つためだけにロボコを連載させとく。気の毒だけど。
だけどお色気漫画は絶対に連載しない。パンチラも風呂覗きも許さない。いかなる漫画でも。
フリーレンは女主人公だし、シュタルクはヘタレいじられ役の性欲ゼロ男。
呪術なんか「作者は女だと思った。あまりに女心を理解しすぎてる」とか言われてたし、
ブルーロックは完全にBLだし、ヒロアカの人気投票では爆豪が1位になった(正直これが爆豪というキャラを残念な方向に歪めたんじゃないかと思っている)。
あの少年漫画ムンムンのトリコでも、超わざとらしいBLシーンがある。
そう、BLは金になる。女に尻尾を振れば、人気を獲得できるのだ。
今のジャンプは、正直落ち目だ。落ち目すぎてジャンプ+に逃げてるフシがある。
そうなるとなりふり構わなくなり、女が好きそうな、女々しい男キャラを主人公にしたスポーツ漫画が始まるだろう。
バトル漫画にしても、五条悟やカカシ先生のような女が初恋する先生キャラを前面に押し出し、
ラブコメは着せ恋のような、スーパーダーリン系を主人公にして不快感を極力消す。
もちろん、女作家に描かせる。女ならば女が不快になる要素を全て知っているから。
これで女による、女のための少年ジャンプが完成だ。恐らく売り上げは今の3倍になる。
アニメ化映画化もしまくってウッハウハだ。正直、女が描く漫画は面白いものが多いし。
マンガワンの件で島袋光年氏や和月伸宏氏の過去が蒸し返されてしまっている。
おおむね、彼らは罪を償った上で名前も変えず復帰したので良い、という論調だが、もし現在同じことをしていたらそうなっていただろうかと思う。
特に島袋氏は未成年買春と直接手を出した罪であり、現代なら非難の声は苛烈になっていたのではないか。
2002年 女子高校生への買春で逮捕、のちに余罪で再逮捕、連載中の『世紀末リーダー伝たけし!』は打ちきり、単行本絶版
2005年 『たけし』の連載再開
だがこれが令和の事件だったら、ここまでスムーズに復帰し世間がそれを受け入れるだろうか。少なくとも『たけし』の再開は難しかったのではないか。(『アクタージュ』が今後数年で再販されるか?となるとまず無理だろう)
20年前はまだ、未成年に手を出すことや性犯罪が軽くみられていたことは否めない。被害者感情に配慮するという発想も希薄だった。児童買春は下劣な行為との認識も弱く、それゆえ法的な罪さえ償えば良しとされた、といっても言い過ぎではないと思う。
現在なら復帰できても少年ジャンプには戻れなかったかもしれないし、別名義で他社に移っていたかもしれない。その場合のちの『トリコ』もこの世に存在しなかったことになるが……
コピペはろうと思ったけど翻訳ってコピペ出来ないのか。適当にリンク先の引用とか見て欲しい。
フリーレンの作者がやったわけではない安堵、ヒンメルならそうするという称賛、モブサイコ作者がNOを表明した喜び、高橋留美子格好いいなど。作品を引いた漫画家たちへの称賛が目立つ。
堕天作戦とマツキタツヤが無名なのもあって、小学館が意外と話題にならず、集英社に女性編集が存在しないことや、和月のペド犯罪や、尾田栄一郎がロリコン擁護した過去などで叩き再燃してたり、他の漫画家が話題になってる感じ。
尾田栄一郎と少年ジャンプが何かすごく性犯罪を軽く流す古い糞男的に嫌われてる。
ONEがNOと言ってる時に尾田栄一郎が師匠の和月活躍させろと集英社脅迫してるとか言われている。
あと冤罪的な事言ってる森川ジョージの言動も少し話題になってる。
性犯罪に立ち向かうのは普通のことでニュースになるのが情けない的な反応も。
翻訳がほぼされてなく、まだ事件の詳細に追いついてない感じもある。
大便を塗りたくったと知らせてるポストには強く憤ってる人も見えるので、親に虐待されてる子供をグルーミングし、大便を食べさせ顔に塗りたくり性交し重度のPTSDと解離性障害と自殺未遂に追い込み裁判で声上げて笑ったなど、事件の猟奇性を海外メディアが取り上げたら一気に燃えるかも。
イランとの戦争でそれどころではなくなったのが小学館の命拾いかもだけど、これからどうなるのかは未知数だと感じる。
それにしても尾田栄一郎嫌われすぎてて驚いた。和月の元アシスタントで島袋と友人で打ち切り時に文句言っただけなのに…。
https://x.com/i/status/2028025477294616688
https://x.com/i/status/2027949237632168021
マンガワン運営の主幹企業。マンガ関連で真っ先に不買に掲げるならここか。
週間ポスト、女性セブン、ちゃお等も不買対象に含むが仕方ないだろう。
週間少年ジャンプでお馴染みのマンガNo1企業。小学館とあわせて一橋グループの主要企業として名を馳せている
同じく一ツ橋グループ企業。集英社からの分派なのでどこまで対象にするか問題はあるが。
ここ自体はB2B企業なので一般利用者には馴染みがないが、マンガ関係の電子書籍の取次を担う企業。
ピッコマ、めちゃコミが主要取引先と公開しており、対象のマンガストアを使うなら不買も検討するべできである。
何ならめちゃコミは今回の戦犯の人物の移籍先として指摘されてる企業でもある。
この台詞をアニメで見たとき一瞬で「キモっ」て思ってしまって、いやでもアニメ死滅回游から見ただけの自分がこんなん思うのも申し訳ないわと思って、読んでみたかったし呪術廻戦全巻買って読んだ。
そしたら禪院真希って最初は長髪スカートだったんだって衝撃受けた。
この姿の方がいいんだけど、なんでイメチェンしたんだろうって思って、ああ伏黒甚爾と同じ見た目になったんだ、伏黒甚爾を継ぐものなんだって一応理解したつもりだったんだけど、その割に全然伏黒甚爾みたいな派手な活躍がなかったような気もする。一番の見せ場がお家騒動だし、その後なんかもっと闘いの見せ場あるのかと思ったら謎の相撲してた。まあ少年ジャンプだし少年が活躍するか〜と思ったけど、それにしても少年漫画のヒロイン的な枠にしては思い切ったイメチェンだったなって。女版甚爾すぎる。当時見てた人たちはどう思ったんだろう?
でも結局乙骨と結婚したぽくて、こんな感じだったけど真希も女だったんだっていうのはなんかよかった。
なんか乙骨との子どもは弱くて病んで失踪したらしいっていうのも、結局力のないものが損するっていう禪院家の呪い的なものを断ち切れてない感じがした。妹も守れなかったし、結局真希も禪院家なんだなって。そういう哀しさがあるのはよかったけど、もうちょっと心理描写が見たかったかもしれない。
いやでもやっぱ見た目は前の方がいいわ。せめて長髪のままであってほしかった。
【追記】
超かぐや姫は乳揺れやパンチラがなくて安心した、という書き込みを見て、
平成のアニメはそういうサービスシーンが多かったなぁ、と思い出した。
サービスというだけあって、モテない男オタクはそれを観るだけで嬉しかった。
アニメを観ている自分へのサービス。普段は気持ち悪がられ、馬鹿にされ、サービスなんかされる事もない自分に。
そんなアニメが今や、一般人も見るようになりオタクが喜ぶ描写はどんどん減っている。
セクハラ系主人公なんかもってのほか、スケベキャラなんかも消えかかっている。
ヒロアカの峰田くんがギリギリアウトなんて事を聞いて悲しかった。
人気アニメのフリーレンなんかは女が強く、シュタルクは性欲ゼロの去勢男キャラだ。
なーーにが呪術は男に都合のいい女が出てこなくて、現代向けにノイズを減らした素晴らしい漫画だボケカス。
なんで少年ジャンプなのにお色気枠が1つもねえんだ?ああ?
なんでトリコの絵柄で男同士のイチャイチャ見せつけられなきゃなんねぇんだ?ああ?
お前ら腐った女どもがジャンプを買い支えて、アンケートも出してくれてるからだろうが!!!!ざまーみろ!!!!
なんでパンチラのシーンなんか描くんですか?必要ありませんよね?
えー、男なら誰一人こんな事言う奴いません。
少年ジャンプくん、これからも腐女子の言う事をきいて、夢のない漫画を連載してください。
とにかく使えない。アスペの癖に低IQのコミュ障で、高校時代から個人開発をしつつココナラとかクラウドワークスでフリーランス活動に取り組んでたらしいのだが、それがどちらも7年も取り組んでおいて鳴かず飛ばずで法人すら立ってない事実を棚に上げてポートフォリオに書いてきやがった。
まずその時点で不安だったが、実際に使ってみれば一般的なサーバー管理、バックエンド、フロントエンド、ハードウェア、統計や計算機科学などどれもこれも一見できるように見えて理解が浅い。よく言えば広く浅い知識を持っていると言えるが、要は器用貧乏でまともに経験値がないということだ。AWSの資格すら取っちゃいない。
そんでもって学生時代にめぼしい経験がない。数学を幼少期から極めていたらしく(数IIIを小6でコンプしたというのは素直に驚いた)新しいアルゴリズムを論文に書いて某学会に通したことがあるらしいが、実績と呼べるのはそれくらいで数オリや競プロ、CTFの優勝歴などもない。本当に何の実績もない。大学生は大人なんだからIT目指すなら一つくらい社会に爪痕を残すようなとてつもない偉業をなして当然だろ、何のために大学行ったのか
自分の力と頭で修羅場を乗り越えて何かを為した経験もないのでとにかく子供じみていて扱いに困る。一見口調や語彙は大人びているように見えて忍耐力もコミュ力も何もないから始末に負えない。今どきZ世代は大人びてるんだからIT目指す新卒にもなれば普通少年ジャンプの主役くらいのスペックあって当然なのに。
そんでもって全能感にまみれていて、まるで相手が子供じみているかのように演出する能力だけは超一流。人様に物事を都合よく勘違いさせる能力は使い所を間違えなければ役に立つんだか立たないんだか。
マジで人様の前に立つカリスマ性も人様を率いる胆力も人様に率いられる根性も図太さもアイデア力も実績も実力も精神力も頭も心も体も顔も何もない無能中の無能中の無能なのでこんな奴を寄越した人事を末代まで呪うつもりだ。
結果の出ない努力は苦労や道楽ですらない。意味のある努力をした俺らがようやく意味のない辛酸も含めて舐めることができる権利を与えられているのに、無駄な努力しかせず時間を浪費した人間はエンジニアになる資格なんてない。それを解っちゃいない人事の奴らはバカしかいない。
TETSUYA01
ブコメみたけどなんで書く系の名前ばっかりなんだよ。読み手に向けた名前が正解だろ。
少年ジャンプだって、書き手に向けた「おっさんよ漫画家になろう」みたいな名前じゃないだろ。
2026/01/03
https://b.hatena.ne.jp/entry/4781221685311078081/comment/TETSUYA01
フフッとなってしまった。
いや疑問はある意味まっとうだけど、そこまで気が付いたなら
「あれ?でも実際に既存同種サイトは書き手向けの名前多いな?」
まで思い至らないのか?
どうせレゼ編でも観て都合のいいこと言ってるんだろうが、
お前らは童貞デンジくんにブヒブヒしてるから多少エロが入ってても許しちまうんだろ。
あほくさ。
ヒロアカの峰田は許さねーくせによ。あいつ事故でしか胸揉んだことねーぞ。結局顔じゃねーか。
あと、チェンソーマンのエロは下品なエロです。信じられねーくらいドスケベです。
というか妄想上のレゼとマキマとパワーとか、
とってもエッチだったじゃねーか。
ショタがおばさんとベッドインしてるシーンとか呪術でもあったけどお前らなんも言わねーのな。
デンジくんも未成年なのに押し倒されてたし。なんの批判もしねー。
めんどくせーんだよお前ら。自覚しろよ、ジャンプを汚してることに。
リメイクしたぬ~べ~もエロ抜きになっちまったしさ。たこ焼きのタコとソース抜きみたいなもんだったぞ。
少年ジャンプにお色気枠を返せ。おばさんのくせに少年誌に文句言うな。
どんどん自由じゃなくなってくよ、お前らのせいでよ。
私はまともで真面目なキャラクターが好きで、そうじゃないキャラクター全般に嫌悪感を抱く単純な性格をしている。チェンソーマンにはまともで真面目な人間が1人も出てこなかった。だから推しができなかった。
全員変だし何考えてるかわからないから共感も理解もできなくてずっとつまらない。2部入るまでは一応全部読んだけど辛くなってやめた。
ルックバックはフィクション的辻褄合わせが無かったのが嫌だった。
友情努力勝利があって、最後はみんなの夢が叶って悪役も救われて世界には希望が溢れているんだ!と言う終わり方をする漫画が好きだ。現実はそうじゃないのを分かった上で、物語は、少なくとも少年ジャンプの中だけではそうあって欲しい。私はフィクションにはフィクションらしくあって欲しい。リアリティーを評価しないわけではないけれど、藤本タツキは、なんか根暗で関わりたくない人間たちの本性をリアリティーだと思っているのだろう。
藤本タツキは物語の辻褄を合わせないのだと思った。人間味が溢れているみたいな言い方をすれば聞こえはいいけれど、その描かれている人間性も屈折していて根暗で気持ち悪い。雪国育ちと聞いてあーねと思う感じの捻じ曲がった根性を感じた。
短編集を読んでる。アマプラでも見た。すぐセックスの話する。性行為に対してコンプレックスでもあるの?
おおよそ全部の作品で、ルックバックで感じたのと同じ根暗隠キャのひん曲がった根性を感じた。そしてあまりにもセックスや裸の登場頻度が高いうえ、それらに対して登場人物がむけている感情も全体的にキモい。少なくとも思春期から青年期にかけてまともな恋愛ができていたらこうはならないと思う。まともに恋愛した自覚がある上でこれを書いているのであればなんかそれはもう私の手には負えない。
藤本タツキって漫画が上手いの?漫画が上手いから上記の気持ち悪さがあっても評価されてるの?それとも私が気持ち悪いって言ってる部分こそが世間で評価されている部分なの?はたまたそれ以外のどでかい魅力があるから評価されてるの?
友達にレゼ編誘われたけど、終わった後の感想会で相手を不快にさせるのが分かってるから行かなくて正解だったなと思った。みんなが評価してるから読切集までは読んでみてたけど、多分彼の作品をこの先読むことは無いと思う。