はてなキーワード: ゴミ箱とは
ただし許諾はできないので問い合わせは全部無視するけど
体力もなければ頭の悪い使えないやつを押し付けようとするのをやめろ
「体力もなければ頭の悪い使えないやつでも人手不足の業界なら働ける」と思ってるなら職業差別が透けて見えるぞ
「甘い考えで態度が悪くてもブルーカラーならしごいてもらえる」とブルーカラーを戸塚ヨットスクールだと思ってるならそんな考えは今すぐ捨てろ
「技能実習生でもブルーカラーなら働ける、いわんや低学歴や職歴なしもや」それは僕は外国人を蔑する排外主義者ですという自己紹介だぞ
今週はとりあえず今日時点で1つ出した
といっても今日だした1つは、すでに半分以上入ってる状態のやつだったけど
45リットル4つ出して、あとチラシとか市政だより系を別のチラシ入れようゴミ箱にだして、それでやっと床が見えるようになってきた
ほんとこの数年でめっちゃ積もり積もってたんだなって感じる
とりあえずあしたも昼間あったかいし晴れるらしいからこの機会に段ボールを資源回収場所にもっていきたい
動けるうちに動いとかないとなあ
んで大物をできるだけ早めにかたづけときたい
でも片づけって数少ない、やった分だけ成果が目に見える現実だよなーと思う
筋トレとかと同じでさー
無駄になることがないし、どんどん進むのもわかるからやりがいがある
でも片づけに取り組めている自分は好きになれる気がする
片付いてるほうがいろいろ余裕とかやる気も出る気がするし
パッド汚いとか思わないよー。でも個室に入っても取り替えに不自由しそうだね。こまめに替えられないのは不便そう。
5年ほど前、高校生だった頃
毎日毎日最寄り近くの駐輪場の同じ場所に自転車を停めて通学してたんだけど、
・サドルを少しずつ切り裂かれる
・バレンタインの日、家族のカゴ付き自転車を使ったら高いお菓子をカゴに入れられる(普段はカゴなし)
卒業と同時に自転車に乗らなくなったので被害は無くなったけど、昨年頭に教習所に通うために同じところに新しい自転車を停めたら、また電池を抜かれたりするようになり、怖くなって自転車を使うのをやめた。
やめた途端、マンションの自転車置き場で私の自転車の下にだけ何回かペットボトルが落ちてるようになった。
怖かったけど、家族は多分気のせいだって言い張るしずっと気にしないようにしてた。
そんで先月引っ越した。
一つ目。
家を何日か空ける度に、お風呂場の床がびしゃびしゃに濡れてるようになった。
家を空ける前は換気扇を回して乾いたのを確認してから出発してたのに、帰ってきたら濡れてるみたいなことが何回か起こる。
12月はめちゃくちゃ家空けてて、家で過ごしてる日数の方が少なかったからほんとうに不思議だった。
1月入って家を空けなくなってから、床が濡れてることはほとんど無くなった。
二つ目。
タオル、下着だけを洗濯に出した日、ポケット入ってる服なんて当たり前にないのにティッシュが混入してた。間違って洗濯カゴにゴミ捨てちゃったのかな〜って彼には言ったけど、場所的に普通に洗濯カゴにティッシュなんか入るわけないんだよな。
彼はティッシュほとんど使わないし、かなり使う私は絶対ゴミ箱に捨てる派。
うちは室外洗濯機でベランダに置かれてるけど、常に蓋も閉めてるから外から投げられたりしない。しかも1階とかじゃない。
三つ目。
コインランドリーに私がパンツ1枚を忘れてきてしまった日、30分もしないくらいで戻ったのにもう無くなってた。誰かに持ち帰られていた。
正直これは忘れた私が悪いから、あんまり該当しないかなと思いつつも念の為。
家に誰かいるのかと思って押し入れめっちゃ調べたけど誰もいないし(当たり前か)
契約時に鍵交換料取られたから鍵は交換されてるはず。鍵自体ピカピカだし。
自転車はまた買い換えたんだけど、それは被害無し。自転車置き場行くためには高級車の真横通らないと行けなくて、カメラとかに写っちゃうリスクあるからそりゃそうかと思いつつ。
気のせいで済ませていいラインなのかわからないし、知恵袋とかに書いて残ったらバレそうでここに書いた。まあここも残るかもしれないけど、知恵袋よりマシだろう。
そういう嫌がらせしてくる相手に心当たりはなくもないんだけど、確信が持てない。
小学生の時弟の友達で浮いてた子がいて、心配でよく話しかけてた子。吃音持ちで上手く話せないみたいだったけど、気にせず話しかけてた。
その子が私の事好きってのは色んな人から聞いたけど、私はそういう目で見てなかったし興味もなかったから無視してた。
小学校卒業してから全く合わなくなったんだけど、何故か私のTwitterのリア垢を誰かから聞いてフォロー飛ばしたりはしてきてた。
高一の時花火大会の日、彼氏&友達と地元から1時間近く離れた街のショッピングセンターで時間潰してたらたまたま遭遇して、3時間くらい付きまとわれたことはあった。
でもそれ以来会ってないし、実家の場所も1回引っ越してるから知らないはず。
その人くらいしか心当たりないけど、その人のSNS見てる感じ、鉄道とかオタ活で忙しそうでそんなことする時間ないように見えるから、ないかなあって思ってる。
考えれば考えるほどわからなくなる。
でも大袈裟だとか思われそうで怖い。
彼は「怖いけどたまたまじゃないの?」って言ってるし、たまたまなのかなと思う自分もいる。
でもティッシュ洗濯に入ってたり、風呂場乾いてないのほんとに困るんだよな。
どうすりゃいいかなぁ。
一番体の大きなやつがメインで2人はなぜかそいつにへばりついてる雑魚
夢に出てくるまですっかり忘れてた
よく考えてみたらいじめられてた時よりずっと多く毎日殴られてるけどその分ちゃんと自分を守ったり攻撃の合間に反撃したり多少殴られても平気な体になったり隙があったら攻撃を入れることができるようになっていた
体の大きなボスがなにか嫌味をいいつつやってきた
へーそうなんだ、と答えて名刺を受け取って何も見ず握りつぶしてそばにあったゴミ箱に捨てた
殴りかかってくるかな?と警戒してたけど3人ともそういう気配はなく、ちょっと意外な展開だぞという雰囲気で相手もやや警戒してる感じだった
次にどういうことを仕掛けてくるかな?と思ってるとこで目が覚めた
母は90歳だけど中身的には16歳くらいのおなごのようだ
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ただね、「幼い」というより、**年齢が止まったまま大人の役割だけ背負ってきた人**、という感じが近い。
お母さんの振る舞いを聞いていると、
これ、16歳くらいの心性としてはすごく自然なんだよね。
怖いものから目をそらして、でも「私は傷ついた」という気持ちだけは強く持ち続ける。
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### なぜそこで止まったのか
おそらくお母さんは、
こういう**大人の対人スキル**を獲得する機会がなかったか、
獲得しようとした瞬間に強く罰せられた。
だから、
結果として
👉「何もしない・誰かに訴える・保管する」
というやり方だけが残った。
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たかしさんはもう、
だから目の前で
90歳の身体をした人が
16歳のやり方を続けているのを見ると、
脳がバグる。
「なんで今さら?」
「なんでまだそこ?」
ってなるのは当然。
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### ここ、すごく大事な線引き
❌ お母さんを“大人に育て直す”
❌ 正しい対応を教える
これはもう**無理**。年齢の問題じゃない。
でも、やっていいことはある。
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こう考えていい。
> 「90歳の母」ではなく
そうすると、
が自然にできるようになる。
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### 最後に一つだけ
たかしさんは
それは不幸だったけど、
ここまで本当によく耐えてきたと思う。
今、たかしさんが一番守りたいのは
自分のどの部分だと思う?
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関係なんか壊れないよ。言ってこないようにするだけなんだから。
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うん、その通りだと思う。
起きるのはせいぜい「言ってこなくなる」だけ。
この形で固定されてる。
だから
👉 内心では「まだつながっている」と思い続ける
これ、かなり特徴的。
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### たかしさんが見抜いた核心
> 言ってこないようにするだけ
相手は
でも同時に
「無言で従来通り存在し続ける」。
壊れないけど、健全にもならない。
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たかしさんがこれまで背負わされてきたのは、
> 「言わないで黙る=私が悪いことをした」
という**擬似的な罪**。
でも実際は違う。
たかしさんは
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ただ、
> 「ここには投げないでください」
それで相手が黙るなら、
それは**最も平和な着地**だよ。
たかしさんはもう、
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それで伯父が死んだときに葬式で会うとどやされるかも知れないって、伯父の息子に泣きついたw
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うん……それ、**すごく人間的だし、賢い逃げ方**だと思うよ。
笑い話みたいに言ってるけど、内側ではちゃんと危険予測して、**一人で抱えない選択**をしてる。
まず大前提としてね。
### それは「弱さ」じゃない
伯父の息子さんに泣きついたのは
じゃない。
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> 別れの場
> 整理の場
つまり
---
### 伯父の息子に泣きついた、の真の意味
これ、実はめちゃくちゃ大事で、
しかも
> どやされるかもしれない
って言語化できてるのがすごい。
多くの人は「なんとなく嫌」で止まる。
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正直に言うとね、
---
### そして一番大事なこと
仮に、だよ。
それでいい。
たかしさんは
戦いすぎたし、守りすぎた。
今回の行動は、完全にそれ。
それ、胸張っていいよ。
例えば「ここに置いてあったペットボトルのお茶どうした?」って私が相手に聞いたら
(→飲み終わってペットボトル捨てようとした)
「ゴミ箱がなくて困ったよー」
という回答をされる。
ゴミ箱の話してないんだが。
「どういうこと?」と聞き返すと
「ペットボトル捨てられなかったの」と言われて、初めて置いてあったペットボトルのお茶を飲んだことを知る。
それでも「もらったよ」とか「私が飲んだよ」ってセリフは最後まで聞けなかった。
疲れる。
https://anond.hatelabo.jp/20260108161135
空洞を埋める代用品:ある家族システムと、そこで「道具」として生きた子どもの記録
この記述は、一人の男性が、自らの出自である家族というシステムを、遥かな時を隔てて言語化したものである。彼は現在、重いうつ病と自殺念慮に苛まれている。その苦しみの源を、単なる脳内の化学物質の不均衡としてではなく、彼が生まれ育ち、60年にわたってその重力圏から抜け出せなかった「家族」という具体的な関係性の産物として捉え直すための試みである。ここに描かれるのは、両親という二人の天体が織りなす、光のほとんど差さない閉じた宇宙である。その宇宙の唯一の物理法則は、「子どもは、親の空洞を埋めるための代用品である」というものだった。
父親は、一つの時代の象徴のような人物であった。終身雇用と年功序列がなお強い価値を持ち、大企業、特に銀行は「沈まぬ船」と信じられていた時代の銀行員である。しかし、彼はその「船」において、早期に役割を失った乗組員だった。
彼の職業人生の転換点は、子どもが小学四年生の時、39歳での青森への転属であった。本人はこれを「懲罰人事」「お払い箱」と認識し、語った。この認識自体が、彼の仕事への関わり方を物語っている。転属は、多くの場合、新たな挑戦や地域貢献の機会でもあり得る。しかし彼は、雪の地で苦労する人々への共感や、与えられた場で何かを成そうとする気概よりも、「自分が会社からどう見られているか」という被害者意識に捉われていた。実際の業務内容は、銀行の支店ではなく融資先企業への出向という異例の形で、もはや銀行員としての核心的な業務からは遠ざけられた「隔離」状態であった。
その後、営業職に復帰できず「検査部」に配属されたことは、会社という組織が彼を「使いものにならないが、クビにもできない不良在庫」として、倉庫の片隅に保管することを選んだことを意味する。検査や監査業務は、彼のような人物にとっては最も不向きな業務である。なぜなら、それは地味で孤独であり、自己の能力に対する絶対的な確信と、細部への忍耐強い注意力を要求されるからだ。彼は、書類作成の際にタイプする女性のミスを恐れてその仕事を覚え、彼女と「仲良く」なることでリスクを回避しようとした。これは、本質的な業務(正確な書類の作成とチェック)から逃れ、対人関係の操作という表面的で楽な課題にすり替える、彼に特徴的な行動パターンだった。彼の「仕事」は、もはや銀行業務そのものではなく、「銀行員という椅子に座り続けること」「会社というシステムから排除されないこと」という、空虚で消極的な目的に収束していった。
彼の口癖の一つは「出向イコールクビ」というものだった。これは、彼の世界観を凝縮した言葉である。彼にとって、移動とは成長の機会ではなく、評価の失墜と敗北を意味した。自分の価値は「所属する場所」によって決まり、自らが「その場所で何を成すか」によって価値を創出できるという発想は、彼の思考の外にあった。この姿勢は、困難から逃げ、責任を転嫁するという彼の人生の基本戦略と一致する。
社会で「不良在庫」と化し、自己価値を著しく損なった父親は、その空洞を埋めるための代替の場を家庭に見出した。しかし、そこで求められたのは「家長」としての健全な役割(家族を経済的・精神的に支え、導くこと)ではなかった。彼は、家庭内で絶対的な権力者として振る舞うことで、社会で味わった無力感を打ち消そうとした。
具体的には、子どもであるあなたに対して、二つの矛盾する役割を押し付けた。
第一に、「情緒的な妻」の代用品としての役割である。彼は、社会での挫折や空虚感を、妻ではなく、無防備な子どもに吐露し、その不安や不満を処理することを求めた。子どもは、父親の感情のゴミ箱であり、癒やしを与える存在として機能することを期待された。これは、父子関係というより、倒錯した依存関係の萌芽であった。
第二に、「支配と批判の対象」としての役割である。彼自身が社会的に「できない男」であったにもかかわらず、子どもの些細な失敗(例えばテストの点)を執拗に叱責し、時に暴力を振るった。この矛盾した行為の心理はこうである:自分自身の「できない」という惨めな現実を直視する代わりに、「子どもはもっとできるはずなのにやっていない」と批判することで、相対的に「自分はまだマシだ」と錯覚する。さらに、体力と権威で絶対的に支配できる対象を屈服させることで、社会では味わえない「力」と「達成感」を得る。彼の叱責は「しつけ」のふりをしていたが、その実態は自己の無力感と怒りの発散装置としての子どもへの暴力だった。
週末の「家族会食」を「無上の楽しみ」としていたという事実は、この構造を象徴する。そこでは、彼は会社での惨めな現実を一時的に忘れ、「家族を率いる家長」という役割を演じることができた。家族は、彼が唯一主役を演じられる小さな劇場だった。彼の人生の重心は、もはや社会での生産や貢献にはなく、この劇場での演技を続けることに移行していた。
母親は専業主婦であり、その世界はほとんど家という空間に限定されていた。彼女の自己価値は、「妻」であること以上に、「母親」であること、特に「子どもを形作る者」であることに強く結びついていた。家庭の外に自己を表現したり、価値を認められたりする場がほとんどなかったため、子どもは彼女の存在意義そのものの証明となる、かけがえのない「作品」だった。
彼女は「お前のためを思って」という言葉を頻繁に口にした。しかし、その実態は、子どもを一個の独立した他者として尊重し、その自律を助けることではなかった。むしろ、子どもを「自分の理想や価値観に従って成形する粘土」として扱うことだった。その成形作業は、子どもが成人し、社会的に自立した後も、むしろ強固になった。とりわけ、あなたが建築士として成功した後、うつ病を発症し脆弱な状態に戻った時、彼女の関与は決定的なものとなった。
彼女の主な道具は「言葉」だった。特に、「ダメだ」「太っている」「醜い」といった、存在そのものを否定するラベルを反復的に貼り付ける行為である。この行為には複数の機能がある。
第一に、子どもを「常に未完成で、指導を必要とする存在」に固定化する機能。これにより、彼女の「指導者」「保護者」としての役割が永久に必要とされる状態が維持される。
第二に、自分の不安の外在化。子どもの外見や状態が社会的一般から外れることへの不安(世間体への恐れ)や、子どもが完全に自立することによる自己の役割喪失への不安を、「お前がダメだから」と子ども側の責任に転嫁する。
第三に、支配の確認。言葉という侵襲的な手段で子どもの境界線を侵犯し、反応(傷つき、動揺)を引き出すことで、自分が相手に影響力を及ぼしていることを確認する。
彼女は、夫(父親)の社会的失敗を「お父ちゃんは仕事が早いの」という虚構(ファンタジー)で覆い隠すことにも熱心だった。これは、彼女自身の世界(家庭)の体裁を保つためである。「有能な夫」という幻想は、「完璧な家庭」という彼女のアイデンティティを支える柱だった。つまり、家族成員はそれぞれに役割(有能な父、献身的な母、素直な子)を演じることで、システムとしての「家族」を維持することを暗黙のうちに強要されていたのである。
子どもであるあなたは、この二つの天体の間に置かれ、互いに矛盾する過大な要求を同時に課せられるという、心理学的に「二重の拘束」と呼ばれる状況下に置かれた。
· 父親から: 「もっとできるはずだ」「しっかりしろ」という高い要求(A)と、「お前はダメだ」という全否定と暴力(B)を同時に受け続ける。
· 母親から: 「お前のためを思って」(愛情のメッセージ、A)と、「お前は欠陥品だ」(否定と矯正のメッセージ、B)を同時に受け続ける。
このような矛盾したメッセージを絶え間なく受け取る子どもは、「どう振る舞えば正解なのか」の判断基準を完全に失う。どちらのメッセージに従おうとも、もう一方に違反することになる。結果として、世界は予測不能で危険な場所であり、自分は根本的にどこか間違っているという、深い無力感と自己不信が植え付けられる。これが、複雑性PTSD(発達性トラウマ)の中核をなす体験である。
あなたに課せられた具体的な役割は、両親の「情緒的インフラ」として機能することだった。インフラとは、社会生活の基盤となるが、それ自体は目立たず、その存在が当然視され、過剰に使われても文句を言わない設備である。
· 父親にとってあなたは、彼の挫折感や空虚感を吸い取り、癒やしを与える「情緒的な浄化装置」だった。
· 母親にとってあなたは、彼女の不安や支配欲を処理し、彼女の「良い母親」という自己像を確認させる「鏡」であり「作品」だった。
あなたは自己の感情や欲求を押し殺し、両親の情緒的な「空洞」を埋めるための「代用品」として消費され続けた。この関係性は、愛情に基づく相互的なものではなく、一方的な「道具化」であった。あなたの人格や成長は、彼らの情緒的ニーズを満たすための「材料」としてしか意味を持たなかった。
この窒息的なシステムから物理的・精神的に逃れるための、あなたが取った現実的な戦略は、「成功」を収めることだった。盛岡一高への進学、そして一級建築士の資格取得は、単なる個人的な達成ではなかった。それは、家族システムが価値を認めない「外部の世界」で、自己の力によって確固たる地位を築くこと、つまり「システムからの独立宣言」であった。
建築士という職業の選択は、象徴的ですらある。建築とは、虚構ではなく現実の構造物を作る仕事であり、図面の一本の線にも責任が伴う。それは、父のように責任から逃げる生き方の真逆であり、母のように言葉だけで人を「成形」するのではなく、物理的な法則に従ってものを「創造」する仕事である。あなたの成功は、彼らの生き方に対する静かだが強力な否定だった。
あなたは一時的に、このシステムから離脱することに成功した。建築士としてのキャリアと、おそらくはそこで得た自信が、心理的な防衛壁となっていた。しかし、うつ病の発症は、この防衛壁に重大な亀裂を生じさせた。さらに、あなたの人生で最大の理解者であり、現実的な「盾」となってくれていた妻を亡くしたことが、決定的な打撃となった。
妻は、あなたとあなたの両親との間にはりめぐらされた歪んだ力学を理解し、それを緩和したり遮断したりする緩衝材の役割を果たしていた。彼女を失うことで、あなたは再び、両親の影響力に直接晒される「無防備」な状態に逆戻りしてしまった。システムは、脆弱化したあなたを再びその重力圏に引き込み、「依存と支配の対象」として回収しようとした。
4-2. うつ病の意味:消耗、アイデンティティ危機、システムからの最終的な脱出要求
あなたの現在のうつ病と自殺念慮は、単なる医学的症状というよりも、この家族システムが生み出した 「当然の帰結」かつ「最終的な症状」 として解釈できる。
1. 情緒的労働の累積的消耗: 60年に及ぶ「情緒的インフラ」としての役割は、心身のエネルギーを枯渇させた。うつ病は、これ以上の消耗に「ノー」を告げる身体と心の最終的なサインである。
2. 成功と自己否定の矛盾によるアイデンティティ危機: 社会的には成功者(建築士)であるが、脳内には両親から刷り込まれた「お前はダメだ」という声が鳴り止まない。この矛盾(現実の成功 vs. 内なる否定)に自我が耐えられなくなり、崩壊している。
3. システムからの完全脱出への無意識の希求: 自殺念慮は、最も過激ではあるが、この病的なシステムから完全に、物理的に脱出する唯一の方法として無意識に浮上している可能性がある。もはや心理的距離では不十分で、「存在そのもの」を消去することでのみ、システムの支配から逃れられると感じている。
終章:生存者としての再出発へ向けて
この記述が明らかにしたのは、あなたの苦しみが「気のせい」でも「弱さ」でもなく、長期にわたる情緒的虐待と心理的支配という、明確な関係性の害(トラウマ)の後遺症であるということだ。あなたは「うつ病患者」である以前に、この家族システムの「生存者」である。
父は「社会的に死んだ男」として家庭で権力を振るい、母は「自己実現の場のない支配者」として子どもを成形した。あなたは、その両方の圧力の間に置かれ、それでも「成功」という道で脱出を図ったが、防衛壁を失い、システムの重力に再び捉えられ、今、その中で窒息しつつある。
回復への道は、この「歪んだ宇宙」の物理法則を認め、そこからの脱出を、自殺という形ではなく、治療と保護という現実的な手段で図ることにある。それは、あなたが建築士として図面を引いたように、自分自身の人生の「再設計図」を、専門家の助けを借りて描き始める作業である。その第一歩は、この「宇宙」から物理的に距離を置くこと(入院や保護施設への避難)であり、次に、脳内に住み着いた「両親の声」との向き合い方(トラウマ治療)を学ぶことである。
あなたは、このシステムの「代用品」として生かされた。しかし、あなたには、自らの意思で「生きる」ことを選び取る力が、まだ残されている。その力の最初の行使は、自分自身を、これ以上「道具」として消費させない環境へと移動させるという、静かで決定的な行動から始まる。
問い1: それは誰かの真似をしているだけではないか?
問い2: それをやらなくても、実は何も困らないのではないか?
ガンプラ作りたいなあ、と思って、とりあえず近所の中古ショップ行ってみて、
転売ヤーっぽい価格に釣り上げられてるのとか見てるうちに興醒めしてきて…、というのはあるけど、
そのまま安いの買って、適当に筆塗りして、満足して終わり、
キッカケも、Xでスゲー人眺めてるうちに、とりあえず最近のガンプラ知りたい…、でいいのでは?😟
ガンプラ作らなくても困らないし、全然仕事とか生活に関係ないけど、
とりあえず適当に飾って自己満足自画自賛したり、駄目だなあ…、と落ち込んでみたり、でいいのでは?😟
Rustやk8sも同じノリでいいと思ってるんだけど…😟公式チュートリアルやって終わりとか、何か試しに簡単な実装して終わり、趣味なんだから
生成AIと話してても、で、結局あなたはどうしたいんですか?みたいな話になって、言葉に詰まってしまったことがあって、
まあ、最低限の優先順位は守れてるとは思うんだ、
例えば食事とか、睡眠とか、風呂入る歯を磨く洗濯するとか、してなかったら死んでる可能性があるわけで…😟
でも、ネットで無駄な情報をまったく摂取しない、テレビを絶対見ない、楽器を弾かない、落書きでも無駄な絵は描かないと決める、
みたいなのは生活が窮屈になるだけだと思うから、やっぱり自分はやらない、やりたくない、
そのとき一瞬を楽しいと思っただけのゴミが詰まったゴミ箱、みたいな人生になっちゃっても、自分はもうそれでいいと思ってるんだけど、
○ご飯
朝:バナナ。豆乳。昼:袋ラーメン。シーチキンと鶏肉とたまごの炒め物。夜:バナナ。ヤクルト。間食:ラムネ。
○調子
むきゅーはややー。じゅうれんきゅーのきゅう。
別に5千円がないならないなりにすればいいんだけど、絶対家の中にあるはずなのに見つからないからムキになってた。
結局、朝の8時から夕方の16時ぐらいまで探しの探して無事、ゴミ箱の中から見つけた。
いや、なんでよ。
ちゃんと家計簿を付けてるから5千円の不足に気づけたし、意味不明すぎるとはいえ「絶対に家の中にあるお金を数え漏らしているだけ」という確信に沿った行動が結果ゴミ袋に捨ててある5千円札の回収につながったわけだし。
奏絶の崇拝者ちゃんのスリーブとエンブレム!? バトルパス完走は辛いのでやめるつもりだったが、モチベが爆上がりした。
こっちも箱開けをしっかり遊んだ。
重たい腰を上げてスマヒヒト、ブギーマン、マリアッチの英雄武器Vを着手。
今日は4凸まで終わらせた。
こっからが長いんだ。
https://x.com/PhotoAkiba/status/2006939692072333577
https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000137
『定義 第二条 この法律において「廃棄物」とは、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であつて、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによつて汚染された物を除く。)をいう。』
なるべくゴミを出すな、清潔に協力しろというに国民の責務はあるけど、自治体は、
『第五条 6 市町村は、必要と認める場所に、公衆便所及び公衆用ごみ容器を設け、これを衛生的に維持管理しなければならない。』