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増田三莉音ちゃんのブログに棲息するグラスりょう(大手生保勤務の三留26歳)同じ日に2個怪文書送ってるときもあるのヤバすぎ
https://x.com/xlll_death_rev/status/2048312382263644212
https://www.nogizaka46.com/s/n46/diary/detail/104518?ima=4512
例のコメント
NO.4
2026.04.26 13:42
みりねちゃんへ。
グラスりょうやで。
みりねちゃんとライブで会えるかもしれないことや、モデルとしての新しい姿を見られることを考えると、みりねちゃんにも明るい気持ちで読んでもらえる気がしてる。
だから今日は、少し先の楽しみをたくさん詰め込んだコメントにしたいなって思った。
まず一番伝えたいのは、やっぱりライブでみりねちゃんに会いたいってこと。
アリーナ席指定も普通の指定席も両方申し込んだから、今はほんまに当たってほしい気持ちでいっぱい。
福井公演が当たったら、みりねちゃんをライブで直接見る初めての機会になると思う。
ミーグリで話すみりねちゃんももちろん大好きやけど、ライブで踊っているみりねちゃん、曲に合わせて表情を変えているみりねちゃん、ステージの上で遠くまで気持ちを届けているみりねちゃんを、ちゃんと自分の目で見たい。
グラスりょうは最後に乃木坂のライブに行ったのが2024年の神宮で、9月2日から9月4日まで全部行ったのが最後やねん。
そこからずっとオンラインのイベントやミーグリが中心やったから、久しぶりに乃木坂のライブの空気を感じられるかもしれないと思うだけでもすごく楽しみ。
しかもその久しぶりのライブで、みりねちゃんを見つけられるかもしれないって考えると、今からかなりわくわくする。
会場に入った時の空気とか、開演前の高まりとか、ペンライトが広がる景色とか、曲が始まった瞬間の一体感とか、そういう全部の中にみりねちゃんがいると思うと、それだけで特別な時間になりそう。
福井って、海の幸とかソースカツ丼とか越前そばとか、いろいろおいしそうなものがあるイメージやし、恐竜博物館とか東尋坊みたいに有名な場所もあるから、ライブ以外にも少し楽しめそうな場所やと思ってる。
もちろんライブが一番の目的やけど、せっかく福井に行けるなら、その土地の空気も少し感じたいなって思う。
みりねちゃんがもし福井に行ったことがあるなら、思い出とか印象とか聞いてみたいし、初めてなら、何を食べたいかとか、どんな場所が気になるかとか、そういう話もミーグリでできたら楽しそうやなって思う。
まだ生で見たことはないけど、配信や映像を見ていても、みりねちゃんはステージでかなりかっこいいタイプなんじゃないかなって思ってる。
普段のやわらかくて優しい雰囲気もすごく好きやけど、曲に入った時には目線が変わって、表情が強くなって、見る人を引き込む空気が出るタイプやと思う。
ミーグリでは近くで言葉を届けてくれる魅力があるけど、ライブでは言葉を使わなくても伝わる魅力があると思う。
ダンスの角度とか、手先の動きとか、表情の切り替えとか、立ち位置での存在感とか、そういう細かいところまで見てみたい。
自分がまだ足りないと思うところから逃げずに、少しでも良くなりたいって向き合える人やと思う。
ダンスもきっとたくさん練習してるやろうし、ライブに向けて覚えることも多い中で、どうしたらもっと良く見えるかとか、どうしたら曲の雰囲気に近づけるかとか、いっぱい考えてるんじゃないかなって思う。
完璧に見せようとすることだけじゃなくて、そこに向き合ってきた時間が見えるからこそ、人は惹かれるんやと思う。
みりねちゃんにはその力があると思ってる。
あと、優しいところも本当に好き。
乃木坂のメンバーはみんな優しいし、気配りができる人ばかりやと思うけど、その中でもみりねちゃんの優しさは、すごく丁寧でまっすぐな優しさやと思ってる。
自分だけが前に出るんじゃなくて、その場にいる人や、見てくれている人にちゃんと気持ちを向ける感じ。
そういう優しさがあるから、ミーグリで話していても安心するし、ブログを読んでいても言葉がやわらかく届く。
みりねちゃんの優しさは、ただ雰囲気がやわらかいというだけじゃなくて、相手を大切にしたいという気持ちが行動や言葉に出ている優しさやと思う。
特に印象に残ってるのは、SEVENTEENの専属モデルとして初めての撮影現場に密着した乃木坂配信中の企画。
あれを見た時、みりねちゃんの礼儀正しさとか、周りの方への感謝とか、緊張しながらもちゃんと一つ一つ向き合おうとする姿勢がすごく伝わってきた。
まだ高校1年生なのに、挨拶も受け答えも丁寧で、スタッフさんや関係者の方に対してもすごく礼儀正しくて、見ていて本当にすごいなって思った。
初めての現場で緊張もあったと思うけど、その中でも周りへの感謝や敬意を忘れずにいる感じがして、そこにみりねちゃんの人柄が出ていたと思う。
ああいう姿を見ると、応援していて本当に誇らしい気持ちになる。
SEVENTEENという場所はすごく大きなブランドやし、そこで専属モデルとして活動していくことは、本当に大きな挑戦やと思う。
でも、みりねちゃんはその中でどんどん変わっていける人やと思ってる。
普段のかわいさとはまた違う、モデルとしての表情や立ち方や服の見せ方があって、写真や映像を見るたびに、こんな雰囲気も出せるんやって驚くことがある。
いつものみりねちゃんはもちろんかわいいけど、モデルの時は美しさとか透明感とか、少し大人っぽい空気が強く出ていて、本当に別の一面を見ている感じがする。
服の着こなしも、メイクの雰囲気も、表情の作り方も、これからどんどん上達していくと思う。
最初の頃の緊張感もかわいいし、慣れてきた時の自然な表情もきっと素敵やと思う。
ファッションやメイクって、その人の魅力を新しい形で見せてくれるものやと思うから、みりねちゃんがこれからいろんな系統に挑戦していくのがすごく楽しみ。
かわいい系も似合うし、清楚な雰囲気も似合うし、少し大人っぽい服も似合いそうやし、アニメ好きな一面と合わせた個性的な雰囲気も絶対に魅力的やと思う。
これからモデルとしてどんな表情を見せてくれるのか、ゆっくり見守っていきたい。
言葉選びを大切にしているところも、みりねちゃんの大きな魅力やと思ってる。
この前のミーグリでも、みりねちゃんが言葉選びを大事にしているっていう話をしてくれたけど、それを聞いて本当にすごいなって思った。
言葉って、相手を大切に思えば思うほど簡単には選べなくなると思う。
適当に言えば早いけど、ちゃんと届けたいと思うと、どういう言い方がいいか、どんな順番で伝えるか、相手がどう受け取るか、いろいろ考えることになる。
みりねちゃんがブログを書くのに時間をかけているのも、きっとそういう理由があるんやろうなって思う。
でも誰かを不安にさせたり、傷つけたりしないようにしたい。
その両方を大事にしているからこそ、言葉に時間をかけられるんやと思う。
グラスりょうも言葉選びはかなり大事にする方やから、みりねちゃんのその感覚にはすごく共感する。
相手のことを大切に思うほど、言葉は慎重になるし、何回も考え直すことがある。
コメントを書く時も、どうしたら重くなりすぎずに気持ちが届くか、どうしたらみりねちゃんが読んで少しでもうれしくなるか、かなり考える。
だから、みりねちゃんがブログに時間をかけているということは、ファンのことを本当に大切に思ってくれている証拠やと思う。
文章に時間をかけることは、ただ遅いということじゃなくて、気持ちを丁寧に整えて届けようとしているということやと思う。
そこが本当に素敵やし、みりねちゃんの文章が心に残る理由やと思う。
笑顔もたくさん褒めたい。
みりねちゃんの笑顔は、本当に周りの空気を明るくする力があると思う。
いつも自然に笑っているように見えるけど、笑顔でいることって実は簡単なことじゃないと思う。
しんどい日もあるやろうし、思うようにいかない日もあるやろうし、緊張する場面もたくさんあると思う。
それでも、番組や配信やミーグリで笑顔を見せてくれると、見ている側はすごく安心する。
その笑顔に救われている人はたくさんいると思うし、グラスりょうもその一人やで。
みりねちゃんの笑顔は、作った感じじゃなくて、ちゃんとあたたかさがあるところが好き。
笑顔って、その場にいる人だけじゃなくて、画面の向こう側にいる人にも届くと思う。
配信中や番組を見ていても、みりねちゃんが笑っていると、画面越しでも空気がやわらかくなる感じがする。
それってすごい才能やと思う。
だから、みりねちゃんには自分の笑顔にもっと自信を持ってほしい。
いつも笑顔でいてくれることに感謝しているし、その笑顔は本当に大きな魅力やと思う。
明るくする笑顔。
また会いたいなって思わせてくれる笑顔。
そういう力があると思う。
次にしてほしいものとしては、やっぱりヘアピンが見たいなって思ってる。
ミーグリだと画面越しでも分かりやすいし、ちょっとした変化でもすごく印象に残ると思う。
最近はおしゃれなヘアピンも多いし、シンプルでかわいいものも、少し個性的なものも、みりねちゃんには似合いそう。
特にアニメが好きっていう話もあるから、アニメに関係する小物とか、さりげないキャラクターっぽい雰囲気のヘアピンとかも絶対かわいいと思う。
リゼロが好きって言ってたし、そういう好きなものを少しだけ身につけてくれたら、話題にもなるし、ミーグリでもめちゃくちゃ盛り上がりそう。
推しに推しがいるっていう感じもすごく尊いし、みりねちゃんが好きなものを楽しそうに話してくれる時間は絶対に楽しいと思う。
5月10日のミーグリで、もしできそうならヘアピンとか、アニメに関係する小物とか、そういう少し分かりやすいものを見せてくれたらうれしい。
もちろん無理に用意してほしいということじゃなくて、もし持っていて、気分が合ったらで大丈夫。
でも、みりねちゃんが自分の好きなものを身につけてくれたり、好きな世界観を少し出してくれたりしたら、それだけでめちゃくちゃうれしい。
そこからアニメの話もできるし、リゼロの話もできるし、好きなキャラの話もできるし、みりねちゃんの推し活の話も聞いてみたい。
みりねちゃん自身が乃木坂で応援される立場でありながら、アニメの中に好きな存在がいるっていうのが本当にいい。
推しを応援する気持ちを知っているからこそ、ファンの気持ちにも寄り添えるのかなって思うこともある。
ミーグリで話すなら、ライブの話も、モデルの話も、言葉選びの話も、笑顔の話も、ヘアピンの話も全部盛り上がると思う。
福井が当たったら、その報告もしたいし、福井で何を食べたいかとか、どんな景色を見たいかとか、ライブでどの曲の表情を見たいかとか、いろいろ話したい。
モデルの話では、撮影で一番緊張したこととか、服を着た時に気分が変わる瞬間とか、メイクで新しい自分を見つけた感覚とか、そういう話を聞いてみたい。
言葉選びの話では、ブログを書く時に一番時間がかかる部分とか、書き出しから悩むのか、最後の締め方で悩むのか、そういう細かい話も聞いてみたい。
笑顔の話では、最近一番自然に笑えた瞬間とか、逆に笑顔で救われた出来事とか、そういう話も絶対に素敵やと思う。
ヘアピンの話では、どんな系統が好きかとか、アニメっぽい小物を普段使うことがあるかとか、聞いてみたいことがたくさんある。
ライブの話をしていたら努力の話になるし、努力の話をしていたら言葉選びやブログの話にもつながるし、モデルの話をしていたら表情や服やメイクの話にもつながる。
そういう広がり方があるから、ミーグリで話す時間がすごく楽しいんやと思う。
それはみりねちゃんが、相手の言葉をちゃんと聞いてくれているからやと思う。
だからこそ、また話したいなって毎回思える。
今回のコメントでは、昨日のことはほどほどにして、これからの楽しみを中心に書いたけど、結局どの話題も、みりねちゃんの魅力につながってると思う。
ライブで会いたいのは、みりねちゃんのパフォーマンスを見たいから。
福井の話をしたいのは、みりねちゃんと新しい場所の話で盛り上がりたいから。
努力家なところを褒めたいのは、みりねちゃんが見えないところで積み重ねている姿勢を本当に尊敬しているから。
優しいところを褒めたいのは、ミーグリでもブログでもその優しさがちゃんと伝わってくるから。
モデルの話をしたいのは、みりねちゃんの新しい魅力がどんどん見えてきているから。
ヘアピンの話をしたいのは、みりねちゃんの好きなものとかわいさが合わさったら絶対に楽しいと思うから。
全部、みりねちゃんと話したら楽しいと思えることばかりやねん。
これからも、みりねちゃんにはたくさんの場所で活躍してほしい。
乃木坂のライブで輝く姿も見たいし、モデルとして誌面や撮影で新しい表情を見せる姿も見たいし、ミーグリでやわらかく話してくれる姿も見たいし、ブログで丁寧に言葉を届けてくれる姿も見たい。
どれか一つだけじゃなくて、全部がみりねちゃんの魅力やと思う。
やさしいところ。
努力家なところ。
笑顔が素敵なところ。
好きなものを楽しそうに話すところ。
周りへの感謝を忘れないところ。
モデルとして美しくなっていくところ。
ステージでかっこよくなっていくところ。
そういう全部をこれからも見守っていきたい。
ここからさらに、みりねちゃんのブログについても少し触れたい。
みりねちゃんのブログって、毎回ただ出来事を書くだけじゃなくて、今自分がどう感じているのか、どこに迷いがあって、どこに嬉しさがあって、どこに感謝があるのかがちゃんと見えるところが好きやねん。
特に、自分の弱さや不器用さも隠しすぎずに書いてくれるところがすごくいいと思ってる。
全部を完璧に見せようとするんじゃなくて、今の自分の歩幅をちゃんと見せてくれる感じがあるから、読んでいる側も応援したくなる。
自分の気持ちを書いているのに、読んでくれる人がどう受け取るかまで考えている感じがして、その優しさが本当にみりねちゃんらしいと思う。
ブログを書くのに時間がかかるっていうのも、りょうはすごく良いことやと思ってる。
早く書けることだけがすごいわけじゃなくて、時間をかけて考えた言葉だからこそ届くものがあると思う。
たとえば、何かをありがとうって書く時でも、ただありがとうって書くだけならすぐにできるけど、誰に向けたありがとうなのか、どんな気持ちのありがとうなのか、今どういう温度で伝えたいのかまで考えると、やっぱり時間がかかると思う。
だから、読む側もただ流し読みするんじゃなくて、ちゃんと受け取りたくなる。
そこが本当にすごいし、みりねちゃんのブログが好きな理由の一つやねん。
あと、モデルの話に戻るけど、みりねちゃんがSEVENTEENの現場で見せていた緊張と一生懸命さは、これから先のすごく大事な原点になると思う。
初めての現場って、何をすればいいのか分からないことも多いし、周りの人たちはみんなプロで、緊張して当然やと思う。
その中で、みりねちゃんが丁寧に挨拶して、説明をちゃんと聞いて、撮影に向き合っている姿は、本当に立派やった。
大事なのは、分からないことをそのままにせずに、ちゃんと吸収しようとすることやと思う。
みりねちゃんにはその姿勢があるから、これからモデルとしてどんどん伸びていくと思ってる。
服の雰囲気に合わせて表情を変えたり、メイクに合わせて空気を変えたり、誌面の中でどう見えるかを考えたり、全部が表現の仕事やと思う。
ライブでは曲に合わせて表情や動きが変わる。
だから、みりねちゃんがライブでもモデルでも成長していく姿を見られるのは、本当に楽しみやねん。
見た目の雰囲気はふんわりしていて、話し方も優しくて、笑顔もかわいい。
でも、その内側には、もっと良くなりたいとか、ちゃんと届けたいとか、周りの人に感謝したいとか、そういうまっすぐな気持ちがある。
そのバランスが本当に魅力的やと思う。
ただかわいいだけじゃない。
ただ優しいだけでもない。
かわいさの中に努力があって、優しさの中に強さがあって、落ち着いた雰囲気の中に熱がある。
そこがみりねちゃんのすごく好きなところ。
ライブで見たいのも、まさにその部分やねん。
かわいい曲で笑顔を見せてくれるみりねちゃんも見たいし、かっこいい曲で目線を決めるみりねちゃんも見たいし、少し切ない曲で表情を変えるみりねちゃんも見たい。
曲ごとに違うみりねちゃんを見つけられたら、本当に楽しいと思う。
ミーグリでは言葉や表情で近くに感じるけど、ライブではステージ全体の中で存在感を感じることになると思う。
その違いをちゃんと感じたい。
アリーナ指定で当たったらもちろんうれしいし、普通の席でも会場に入れたらそれだけでうれしい。
でもやっぱり、できれば少しでも近くでみりねちゃんの表情を見たいなって思ってる。
ライブで行く場所って、その日の思い出と一緒に残るから、福井がみりね Permalink | 記事への反応(0) | 16:45
ゼロなんよな
私より賢い人が考えても思いつかない何か
なんだろな。
それビットコインでいいじゃん
に適切な答えが返せない
ナカモトサトシの予想とは違うんだよな
ビットコインはおっそいのな。送金が10分かかるもん。1秒ですませる仮想通貨でてきたらみんなそっちかうやろ?ビットコインの価値は下がるそれでいい。いってたの
上がってるんだよなあ。
持ってれば上がるだらう
多少使い勝手が悪くても
持ちたい!
他の仮想通貨だと
できたてがちょっと上がってあと下がってるのな
たくさんつくられてるから何年値上がりするのが下がってるし。
何が足りないんだろうね。
保有をし続けて
買われ続けるなら
いずれ上昇していくわけだが。
人間は待てないしもてないの。
ロボットが延々と買いつつづけるていうのはどうだろう。
1万円でも百万円でもいいが。ずっと買われるなら
発行枚数制限かけておくだけで絶対に値上がりし続けるんだよな。
ビットコインでいいじゃんに対する答えとしては伸び率かなあ。1円でだして18000万円になるなら10円でも大金持ちになれるのな。ビットコインで今から18000万倍はむりなのな。でかすぎて。
でもそんなのわかってても上がってねーけどな。
買いが入らないんだよなぁ。勝ってもいいけど売れないとなると誰もが買わない。
福音派は特にアメリカの保守的なキリスト教徒の間で強く信じられており、現代の政治や国際情勢(特にイスラエルへの支持)にも強い影響を与えています。
1. 携挙(けいきょ / Rapture)
ある日突然、キリストを信じる人々だけが生きたまま空中に引き上げられ、天に召されるという出来事です。
残された世界では、車が無人になったり、飛行機のパイロットがいなくなったりして大混乱に陥ると考えられています。これが「ハルマゲドン」に至るカウントダウンの開始です。
2. 患難時代(かんなんじだい)
携挙のあと、地上に残された人々を襲う7年間の地獄のような苦しみの期間です。
この時期に「反キリスト(偽の救世主)」が現れ、世界を独裁的に支配します。
3. 千年王国(せんねんおうこく)
ハルマゲドンの決戦でキリストが勝利した後、地上に建設される1000年間の平和な王国です。
多くの福音派は「前千年王国説」を支持しており、キリストが再臨した後に、この文字通り1000年続く地上天国が始まると信じています。
福音派にとって、1948年のイスラエル建国は「終末が近い最大のサイン」でした。
聖書の預言通りにユダヤ人が約束の地に帰還したと考え、イスラエルを全面的に支援することが神の意志に叶うと信じています。
エルサレムに「第三神殿」が再建されることが、ハルマゲドンへの最終的な引き金になると考えている人も少なくありません。
まず前提として、女性は誰かの目を楽しませるために存在するのではない。
性的な目で見る、という言い方が曖昧なので分かりにくいんだけど、「誰かのことを見て性的な満足感を得ること」とする。
「おっぱいの大きな女がいたらどうしても目で追ってしまう。それは本能だ。どうしようもない。そういう生き物だから。それを禁止されたら、恋愛だって始まらないし、子どもも作れない、人間は滅びてしまうじゃないか」
と言う人がいるかもしれないが、それは違う。
・女性の体を見て楽しむことは”禁じられていない”。
この2つは矛盾しない。
男も女も、ホームレスも総理大臣も、誰にでも与えられている権利がある。
これを人権という。
人権は、人に、その人の身体を、その人のためだけのものとすることを認める。
だから不当に拘束されたり、傷つけられたりすることは、人権を損なうことであり、認められない。
その人権の中には、
や、
や、
などが含まれる。
「女性を性的な目で見る」行為は、女性のこのへんの権利を侵害している。
女性を、尊重されるべきひとりの人間として扱っていないことになる。
というわけで、
「おっぱいの大きい女をどうしても目で追ってしまう」→してはいけない。してしまったら、してはいけなかったな、これ以上見るのをやめよう、と思うべき。
「恋愛も始まらない」→女性を触ったりじろじろ見たりしてはいけないのは『許可なく』そうしたとき。女性は、そうされて構わないと思えばそれを許す。あなたがそれをしても人権侵害にならない。嫌だと思ったら断る。あなたがそれをすると人権侵害になる。
大切なのは『それを女性が良しとしているかどうか』。それを決める権利はすべて女性本人にあり、女性は誰にもおもねることなくそれを決められる。
「実在の女性を性的に見て楽しむこと」と「性的なイメージを見て楽しむこと」は違う。
「①日本赤十字が」「②公共の場、誰の目にも入りうる場所で」「③女性を性的に描いてきた歴史のあるアニメ漫画的イメージを使って」「④公共性の高い事業のプロモーションをした」から、問題になっている。
①誰が言うか
メッセージというのは、誰が言うかでその意味が変わってくる。隣の家のおばちゃんが言うのと、小泉進次郎氏が言うのとでは、その重みや社会への影響力が異なる。だから、何かが発言されるとき、それが誰のものかということは重要である。
②どこで言うか
同じ小泉進次郎氏の発言でも、どこで言うかで、意味や影響が異なる。小泉進次郎氏は、たとえば「石油でトイレ流したいな〜」とテレビの前で言うとヤバイが、クリステルだけにそっと打ち明けるぶんには問題ない。誰に届けようとしているか。発言された場所を見ればそれが分かる。
③何を使って言うか
メッセージを伝える手段はいろいろある。いろいろあるので、伝えたい内容を効果的に伝えるのはとても難しい。ときには、意図しないメッセージが伝わってしまうことがある。見る人が多く、発言者に社会的な責任が多くあるほど、その内容は慎重にならなくてはいけない。たくさんの人が見るほど、その解釈も多様になってくるからだ。
④何を言うか
一見、これがもっとも大切であり、①②③はそこまで重要ではないように思われるが、それは誤りだ。何かを伝えようとするとき、これらの事項は絶対にセット商品として扱われるべきだ。たとえば、何を言っているかだけを見て、その行為を判断することはできない。誰が言っているか、どこで言われているか、どのように言われているか、それらをひっくるめて考える必要がある。
「萌え絵」とは、エロゲーをルーツに持ち、人間の身体的な特徴をディフォルメし、大げさに描くことで、独特の雰囲気を持つイラスト、とここでは定義する。
そして、そのディフォルメの目的は明らかに、身体を魅力的に描くことであり、さらには、それを見る人の目を楽しませ、性的な興奮を呼び起こさせることである。
「萌え絵」は禁じられていない。
「萌え絵」を見て楽しむことも、禁じられていない。
「萌え絵」を買ったり所持することも、禁じられていない。
理由はいろいろあるが、ひとつは確実に、児童ポルノなどと異なり、「そうすることで、誰の人権も侵害されていないから」だ。
しかし、その、③「身体をディフォルメして魅力的に描いて」、「人の目を性的に楽しませる」という趣旨のイラストを使って、
①日本赤十字が
したら、どうだろうか?
その行為そのものは、禁じられてはいない。現に日赤はポスターを撤去してもないし、謝罪もない。そして、する”義務”もない。
しかし、この4つの要素があわさったとき、そこから発せられるメッセージは本当に、
ということだけだろうか?
もちろん発信者はそのつもりだったに違いない。
ここまで読んでくださったみなさんには、きっと分かってくださることと思うが、メッセージはときに、発信者の意図しない隠れたメッセージを伝えてしまう。
そして、そのメッセージによって、傷ついたり、安全を脅かされたりする人がいることを、発信者は常に意識する必要がある。
つまり、ここで伝わってしまう恐れのある、発信者の意図しない、隠れたメッセージとは、
「女性の体は、目で見て楽しむためのものである」というメッセージである。
そのメッセージが、誰の目にも触れる可能性のある、公共の場で、日本赤十字によって、発信されている。
これがアニメイトなら、アニメ好きだけが見るので、まだ良かった。
Twitterだけのキャンペーンなら、アニメクラスタの間だけで拡散されるので、まだ良かった。
やってるのが、雅子さまが名誉総裁を務めておられる日本赤十字ではなく、一般企業や個人なら、また意味が違ってきた。
揃うと、どうなるか。
そのメッセージがある空間、そしてそのメッセージが許される社会で、「すべての人には人権があり、その人の体は、その人だけのものである」という意識を、みんなに持ってもらうのが難しくなる。
自分の体を、許可なく性的な目で見られたくない人は、その社会では安心して生活できなくなる。
ポスターによって、直接傷つけられたり、悲しい思いをしたり、個人として尊重されないような事態は、発生しない。
しかし、そういう社会づくり、人権の守られない、安心して暮らせない社会づくりに、確実に貢献してしまっているのである。
目に見えて血を流す人がいないから、その表現には問題がないと考えるのは、あまりに短絡的だ。
数字として出ない、影響がわかりやすく見えないことだからこそ、慎重になる必要がある。
「宇崎ちゃんがセクシャルな意味合いを含む萌え絵で、献血ポスターにふさわしくないことは、甘んじて認めよう。では、同じまどかマギカでも、マミさんはダメで杏子なら良いのか?」
これは本当に難しい。胸がこのくらいくっきり描かれていたらアウト、とか、このくらい頬が染まって困り眉をしていたらアウト、などと線引きをすることはできない。
では、どうしたらいいんだろう?
議論をしたらいい。公共の場は、どうしたらみんなが安心して過ごせる場所になるか。萌え絵が好きなオタクは、どこに行けば誰の尊厳も傷つけず、自由に萌えを叫べるのか。ボランティアによってなされる献血の尊さや、明日にはあなたが献血に救われるかもしれないことを、まっすぐに伝える広告とはどのようなものか。
声をあげよう。間違っていてもいい。いっしょに考えよう。自分と違う意見の人を、クソなんとかとか、バカなんとかと貶めるのをやめて、同じ社会に暮らす自分と違った考え方のひとりの人間と認めよう。相手の顔が見えないインターネットでは難しいかもしれない。それでもインターネットだからこそ時と空間を超えたフラットな対話が可能なはずだ。
話し合おう。萌え絵が好きな人にも、ロリコンにもショタコンにも腐女子にも進次郎にも、あなたにも人権がある。人権の概念は、まだこの社会に浸透しているとは言えない。あなたにもきっとあるはずだ。こんなことをされたくないとか、自分を大切にしたいとか、悔しく思ったことが。そんな思いをしなくてもいい社会を、次の世代にプレゼントしよう。
高市アンチで自民アンチだけど、この局面を無傷(か軽傷)で乗り切ったら流石にある程度は認めざるを得ない
それだけ日本国民にとって重要な局面だし、トランプの滅茶苦茶さを考えれば難しい課題でもある
それに自分は高市・自民アンチだが、党派性だけで動いてるわけではない
いいものはいい、悪いものは悪いと言うべきだと思ってる、だから高市だろうと自民だろうといい事をやったら褒める、それが基本だと思う
こういうのって先に言っておくことが重要だと思うんよ、だから書いておく
タイトルに猫って入れたらみんな読んでくれるかなと思ったからそういうタイトルにした。話の流れとして猫は一応出てくるけど、猫好き(= 人類)にとって嬉しい話としては出てこない。それに関しては先に謝っておきたい。
私は地図が苦手だ。幼い頃から今に至るまで、地図を読んだり実風景と紐付けたりという行為が、どうも不得手だ。英検の二次試験もこれが理由で落ちたことがある。会場に辿り着けなかったのだ。一応、Googleマップなら使える。Googleマップを開けば現在地と向きが自動的にわかるから、どこまで歩いてどう曲がれば目的地に着くかということが、迷いなく判断できる。よしんば多少入り組んでいても、Googleマップと睨めっこしながら歩けば確実だ。(歩きスマホは危険だが。)では、どういう意味で地図が苦手なのか?地図が苦手だと、どのようなことが起きるのか?
例えば、道の方角がわからない。大学通学で4年通った道であっても、それが東西南北どの方向に走っているのかわからない。「朝通う時も夕方帰る時も太陽が眩しかったから、大学が東に, 駅が西にあるのだろう」という手間のかかるアナクロ推理を毎回行う必要がある。
他には、3点以上の位置関係がわからない。つまり、「家から駅」には行けるし、「家から病院」も行けるが、「駅から病院」には行けない。必ず、駅から家に行く道を歩き、家を経由して病院に行かないと、道に迷ってしまう。普通の人なら、家と駅と病院の3点を脳内の地図に描き出し、駅から病院に行くなら別の道を使えば直線的に行けて近道だということを必要に応じて判断することができるのだろう。しかしそれを私が真似ようとすると、駅から明後日の方向を右往左往し、駅の裏手に戻り、さらに迷走しながら結局家の近くを通過し、...... ということになる。これでは遠回りどころの話ではない。
考えてみると、これは「地図が苦手だ」というより、「地図づくりができない」という表現の方が近い気がする。或いは単に「方向音痴」としても良い。こう言うと、周囲の者は決まって「努力が足りない」とか「慣れの問題だ」などと言うのだが、果たして本当にそうだろうか、と思う時がある。方向感覚というのは、そんな表面的なテクニックなのだろうか?そういう疑問は基本的に聞き入れられることはなく、次に聞こえてくるセリフも大体決まっている。「車を運転するようになれば、自然とそういう能力は見につく」と。
車に乗るのは好きだ。といっても専ら助手席である。運転免許は持っているが、やる気も機会も車もないので、”乗るとき”は決まって”乗せられるとき”である。適当なことを喋りながら、ただ車窓を眺める。知ってるような知らないような風景が後ろに流れ、着実に目的地に近づいていく。そして、今見ている風景が地図上のどこなのか、ぼんやりとカーナビで把握しつつも、しかし全体の道のりのうちどこまで進んでいるのかということまで考えることはない。こどもの頃の家族旅行の道中、当たり前すぎて意識にも上ることのなかったある種の安心感を、未だに享受している。電車に乗るときも、飛行機に乗るときも、基本的には同じ感覚である。
ゴンドラの猫、という話がある。アメリカでかつて行われた心理実験だ。ケージの中に二匹の猫を入れ、一匹を自由に歩かせつつ、もう一匹をゴンドラに乗せる。そのゴンドラは、自由に歩いている猫の動きに応じて動くため、ゴンドラに乗っている猫は絶えず動きつつも、自分の意志で動くことはできない。このような環境下で2週間の観察を行ったところ、空恐ろしい結果となった。なんと、ゴンドラの猫は目が見えなくなったのだ。いや、おそらく視力そのものが消えたのではなかろうが、外界の視覚刺激に反応しなくなった。意味を成さなくなったのだ。猫はゴンドラから降ろされた後も、自ら歩きはじめることはついぞなかった。
私はこの話を、大学入学直後の最初の講義で聞いた。先生は、「もちろんゴンドラに乗せられて初めて見える景色もあるから、そういう経験も大事だけど、最終的には自分で歩いて景色を観に行くことが大切だ」ということを言っていて、なるほどと思った。特に大学というのはそういう教育機関だ。専門的知識を紐解いて教えつつ、それを材料として自ら探求するという大学という場において、先生は「ゴンドラから降りろ」ということを言いたかったのだろう。
翻って私は、と考える。吾輩はゴンドラの猫である、などといっている場合ではない。いつまでも助手席に座り運転席に座らなかったから実空間が地図として脳内で意味を成さなくなったのではないか?...... こう考えるとき、言いようのない焦燥感と後悔が渦を巻く。
これが地図だけの話なら、Googleマップが全てを解決する。そもそも、別に駅から病院に行くにあたって家を経由しようがしまいが、人生とか幸福に大きな影響はない。それでももし本気で解決したいなら、車を運転すればよいのだろう。その意志さえあれば、世界と地図に能動的に関わっていくなかで、猫であっても失われた視力を取り戻すことはできるはずだ。
こういった話にも、まだ現実感が感じられない。先ほど、「これが地図だけの話なら、Googleマップが全てを解決する」と書いた。”これが地図だけの話なら”。この仮定が成り立たない場合は?さらに根深い問題があるなら?
TwitterやYouTubeショートの流行は衰えを知らない。指先数センチの動きで、世界中のありとあらゆる情報が画面内に現れては消えていく。あの中毒性は異常だ。平気で数時間が溶けていき、後悔するとわかっていても気付くと開いている。ほとんど手癖だ。そして哀しいかな、費やされる時間のほとんどにおいて、感情は”無”である。
ネットの海、とは言い得て妙だと思う。茫漠たる海。穏やかになぎ、時には荒れ、しかしそれを操るすべは存在しない。四方を見渡せども広がるのは水平線。陸地も灯台も見えない中で、方向感覚というものは意味を成さない。ただたゆたう中で様々な漂流物に辿り着くことができるし、それ以上の体験を海がもたらすことは無いからだ。
考えるほどに、そんな漂流が面白いはずがないという確信ばかり深まる。しかし一方で、快適な浮力で何者をも穏やかに受け止め、ささやかながら恵みをもたらし飽きさせない海から出たくはない。楽しい陸地など簡単には見つからないし、上陸後は歩きまわらない限りは何者も訪れてくれることはない。生物の進化の歴史もその原点は海である。畢竟、海の方が楽なのだ。とある生成AIはこの考えについて「ドーパミン中毒」との評を下した。よくわからないがそうなのかもしれない。
漂流はそれなりに面白く、楽で、苦痛がない。それゆえに、そこを脱する理由がない。地図が苦手でも生きていける世の中で、なぜ苦労して方向感覚を身につける必要があるのだろう?
こうして、無気力, 無軌道, 無関心なゴンドラの猫が一匹できあがった。猫であれば人が世話をするが、人の世話をするのは何だろうか。私が「人生はなるようになる」と言っているとき、それは肯定的な楽観主義とは異なる意味合いを持つ。外界の動きのことを人生と定義していて、そこには意思の介在もなければ後悔もないからだ。究極的に堕落した解脱である。
私はまだ、ゴンドラの中にいる。
はてぶの人たちって頭良いふりしたいのに勉強しない人ばかりなのが良くないと思います。
本物の専門家の私が解説するよ。と言うか今は国際船籍の船は通行量がほぼリアルタイムで見れるサイトがいくつもあるから専門家とかわざわざ言わなくてもホラムズ海峡のようすは誰でも見れるよ。
私は専門家だ!とか言われるとIQ低い人たちはフムフムとか思っちゃうけどそれ詐欺で使われるやり口だから。ちゃんと自分で調べて考えようね。
ちなみに私がイラン開戦から調べるかギリだとホラムズ海峡はほぼ封鎖状態で1日数籍の船が航行してるだけだよ。そして特にそれは中国に限った話ではないよ。
【世界的な影響】
これは下手に煽ってみんなを混乱に陥れてはいけないからあえて言わないよ。でも石油の使用量や備蓄。石油の影響範囲。なんかを調べたらみんなにもわかるはずだよ。
ほんじゃーねー
周りの野郎共がやってるモンスターをパズルしたり飛ばすアプリゲー「◯◯◯◯」とか「◯◯◯◯」、確かにロングヒットしてるすげえゲームかもしれねえけど、やってる人に感想きいたらみんな同じこと言ってんの。
「いや、別に。」
「じゃあなんでやってんの?」
しかもこいつらと来たら、自己紹介で「ゲームが好きです」っていう割にこのテンションでやってんの。
お前は好きでそのゲームやってないだろ。『面白いとは思ってないけどもったいない精神が残存してるからやってるだけの時間』のことを”好き”って言ってんのか?
「休日はダラダラとゲームをしていますが、これは中学校から続けていて捨てたくないからやってるだけで、面白いとは思ってないのでこれは好きに相当しません。」って正直に言えよ。
んで、「じゃあこれ以外に好きなことがあるか」って聞いたら特に無いって言ってんの。仕事終わってからのおうち時間、好きでもないことに全ブッパ。
ガチで意識的に気をつけないとあっという間に人生クソゲーで潰されるぞ。
ドーパミンを得るなって話じゃねえ、ある程度の困難を越えたあとに達成感とともに得ろよって言ってんの。
世の中には達成感を味わえて感動もできるゲームもあるんだぜ。某ドラゴン系RPGとかさ。
物語を楽しみつつ、戦略性も求められるから、常に注意を払いながらゲームをするんだよ。駆け引きがあるからゲームじゃねえか。
なんだよ、広告に出てくる中華ゲーとかやってさ。あれのどこに注意力を必要とするんだよ。
本質的にやってることTikTokと一緒じゃねえか。指数本で次々と新しい情報とドーパミンを得ててさ。「楽しいとは思ってないけど続けちゃうゲーム」なんて、やめるべきだって思う一瞬は無かったのかよ。
子どもに適当にゲームさせんなよ。もっと真剣にゲームをさせろよ
Robl◯xとか本当にやばいって。
クソ翻訳されて崩れた日本語がたくさん出てくるステージで、対して面白いルールで構成されたミニゲームを永遠とさせられるわけ。
でも子どもなんてドーパミン中毒とか単語知らないから、すぐ沼にハマるわけ。達成感もクソもねえって。
クソゲーばっかしてんじゃねえよ。何かしら受賞したことのある大作ゲームをやれよ。
お家にちゃんと帰って、お風呂を先に済ませて、大きめのスクリーンにSwitchかPS5かXboxを繋いで、交際相手がいるなら誘って、
子どもが一緒にやりたいって言うならパーティーゲームを選んで、
机にポテトとコーラ(体重を気にしているなら野菜ジュースでも良い)をちゃんと用意して、
「よし!やるぞ!!」って言ってから没頭できるようなゲームをしろよ。
終わり際には「うわ~明日仕事なのにまだやりたい!」って思えるゲームをしろよ。