ヒロシマというとき
8月6日・原爆忌:広島平和記念式典に関連して、栗原貞子さん(1913年~2005年:自らが被爆者でもある広島市生まれの詩人)の素晴らしい詩を紹介します。
(引用開始)
【ヒロシマというとき(沈黙の時に)】
<ヒロシマ>というとき
<ああ ヒロシマ>と
やさしく答えてくれるだろうか
<ヒロシマ>といえば<パールハーバー>
<ヒロシマ>といえば<南京虐殺>
<ヒロシマ>といえば 女や子どもを
壕のなかにとじこめ
ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑
<ヒロシマ>といえば
血と炎のこだまが 返って来るのだ
<ヒロシマ>といえば
<ああ ヒロシマ>とやさしくは
返ってこない
アジアの国々の死者たちや無辜の民が
いっせいに犯されたものの怒りを
噴き出すのだ
<ヒロシマ>といえば
<ああ ヒロシマ>と
やさしくかえってくるためには
捨てた筈の武器を ほんとうに
捨てねばならない
異国の基地を撤去せねばならない
その日までヒロシマは
残酷と不信のにがい都市だ
私たちは潜在する放射能に
灼かれるバリアだ
ヒロシマといえば
ああ ヒロシマと
やさしい答えがかえって来るためには
わたしたちは
わたしたちの汚れた手を
きよめねばならない
(引用終わり)
作:栗原貞子 一九七四・三「ヒロシマ 未来風景」
合掌
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2014.08.05 | | コメント(39) | トラックバック(0) | 政治・社会