船戸与一「満州国演技」&ハードボイルドに酔い痴れる
■船戸与一の小説は素晴らしい。
●「満州国演技」:船戸与一の言葉
「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の玩具ではない。これが本稿執筆の筆者の基本姿勢であり、小説のダイナミズムを求めるために歴史的事実を無視したり歪めたりしたことは避けて来たつもりである」
素晴らしい言葉だ。NHKの大河ドラマの無様な有り様を見るにつけ、制作スタッフには船戸与一の言葉をよろしく味わうべし、と言いたくなる。
船戸与一の畢生の大作「満州国演技・全9巻」はこうして書かれた。
この小説には英雄は存在しない。主人公は作者の創造による敷島4兄弟だ。長男は日和見的な外交官。次男は馬賊の頭目。三男は職務に忠実たらんとする関東軍将校。四男は無政府主義の影響を受けた線の細い男。4兄弟とも決して傑出した人間ではない。ただし、次男は船戸与一らしいハードボイルド的で魅力ある人物でもある。
そして、大正末期~終戦の満州国の歴史を、4兄弟の視点による複眼で描いて行く。それゆえ、小説に重層的な味わいが醸し出される。船戸与一は誰彼が良いとか悪いとかの価値判断は最小限に抑えて描いている。
歴史上の実在の人物は全て、彼等の会話の中で登場するだけである。これも良い。歴史上の人物…例えば、東條英機、蒋介石、張作霖、溥儀、毛沢東…彼等を直接描けば、どうしても作者の価値判断が全面に出ざるを得なくなる。そのとたんに、小説は矮小化されてしまう。
全9巻で各一冊がそれぞれ600ページを超える大長編。幸か不幸か、私が病気で自宅療養していたことでこの大作をじっくりと読むことが出来た。
読み終わり、静かな感動があった。カタルシスはあまり得られないが、歴史と人間と戦争のからみあいというものを深く考えさせる小説は、「満州国演技」とトルストイの「戦争と平和」と、あと何があったかしら?以前に読んだ、「蝦夷地別件」よりも面白かった。「蝦夷地別件」は船戸与一にしては、「大人し過ぎる」印象だった。
●船戸与一「新・雨月・戊辰戦争朧夜話(全3巻)」
こちらも、「満州国演技」とほぼ同じポリシーで書かれている。主人公はやはり、作者の手による3人の架空の人物だ。一人は会津藩の青年武士、もう一人は長州藩の潜入工作者、三人目は長岡藩の河井継之助に付き従う元博徒。主として彼等3人の視点から戊辰戦争が描かれている。
ここでは歴史上の人物が直接登場するが、やはり、英雄としては描かれていない。それよりも、3人の主人公の目を通し、戦争に翻弄される長岡藩の町人や下層の人々、会津藩の百姓達の姿がリアルに描かれている。作者は武士以外の階層の人々へ暖かい眼差しを向けている。
幕末ものと言えば、司馬遼太郎、池波正太郎、海音寺潮五郎など、大物作家による作品が目白押しである。船戸与一のはそれらとはかなり趣が異なる。しかし、魅力的だ。私にとっては新たな発見。今度は、船戸与一の「本業?」であるハードボイルド&冒険ものを読んでみよう。
船戸与一と来て、私は彼に連なるハードボイルドものを読んでみたくなった。私が過去に読んだのは、大沢有昌の「新宿鮫」や逢坂剛の「禿鷹」や、森村誠一の「星の陣」等の作品くらい。私はこれらも割と面白く読んだ。
■ハードボイルド、ピカレスク、悪漢小説、ノワール。。。正直、私にはこれらの違いが良く分からない。それぞれ微妙に、いや、かなり違いもあるらしいが。
小説の結構としては、
①正義が悪を叩く…読者はかなりのカタルシスを得られる。たいていの刑事もの、警察官ものはこれだ。
②小悪が大悪を叩く…これもカタルシスを得られる。映画であれば、高倉健が演じた、義理と人情に厚い良いヤクザ?が、冷酷無比な悪いヤクザを叩くことで観客は満足する
③悪と悪との叩き合い…上の2つがいずれも、最後には「大団円」を迎えるのに対し、こちらは悲惨に終わるか結論が無く開いた状態で終わる。よって、読者にはカタルシスは得られない。が、凄まじいインパクトがある。
たぶん、ノワールは③に該当するのであろう。
②と③では、暴力、抗争、セックス、麻薬等が定番と言えようか。
殿方は女性はこの手の小説は読まないだろうと思うのかもしれないが、それは認識が甘い。ことさら言挙げしないだけであって、意外と女性も読んでいるのだ!
男性よりも暴力や戦争を憎む女性が読めるのは、あくまで、エンターテイメントとして読むからだ。それと、不思議なことに、映像では目を覆いたくなる事柄も、文字だと大丈夫なんだな。
女性でも戦国時代ものを好む人は多い。ハードボイルドを読むのも同じ。
●ノワールの旗手、馳星周。
私のお勧めは「ブルー・ローズ」(中公文庫)と「美ら海、血の海 (集英社文庫)」
さらに、ヒット作の「不夜城」では、歌舞伎町における中国系(上海、香港、台湾)マフィア同士の抗争の凄まじさが描かれている。同じ歌舞伎町でも大沢有昌が「新宿鮫」で描いたものとはかなり趣が異なる。
馳星周の方は、甘さが全く無い。
ノワールの魅力は、主人公の不条理な情念の爆発にある。この点では「ブルー・ローズ」では主人公がその典型。後半でいささか暴走気味に行き着くとこまで行ってしまう。凄い。片や、小説の題名がお洒落。ここでは三十代の主婦達が秘密のSMクラブを運営するという面白さもある。
実は、「美ら海、血の海」はノワールではない。終戦直前の沖縄地上戦において、鉄血勤皇隊として強制的に徴用された少年の悲惨な有り様を、「ひめゆり」よりも凄惨な有り様をストレートに描いている。
私は久しぶりに小説で涙が流れた。それは、怒りのような同情のような、いや、とても言葉に出来ない涙だ。この本を読むだけでも、安倍政権によるノー天気な「主権回復記念式典」に対し、沖縄の人達が「屈辱の日」として怒りを表明した心が多少は分かるように思う。歴史認識について、本土の人間と沖縄の人間の「段差」は大きい。そして、馳星周が、反権力、マイノリティーの世界の人間に対し、どんな立ち位置にいるのか明瞭だ。
●大藪春彦「蘇える金狼・野望篇&完結編」(角川文庫)。
ハードボイルドの古典とでも言うべき大藪春彦にも挨拶が必要と思い、この作品を古本屋で見つけて読んだ。また、松田優作主演の映画もDVDで見た。
もちろん面白いのだが、さすがに、古いなあと思った。しかも、大藪春彦は筋金入りの銃マニア&カーマニアで、これらを微に入り細を穿つが如く描くので、少々うんざりした。
古いといえば、小説の中に出て来る、「ネギぼうず」って何のことか分かります?
映画の方は…松田優作の異様な熱演で辛うじて見れる程度(^_^;)
●続いては、花村萬月だ。女性っぽいネームだが男性だ。
花村萬月も私のお気に入りの小説家に登録されました!
「眠り猫」「聖殺人者イグナシオ」も面白いが、何と言っても、「ブルース」が傑作だ!
北方謙三のセリフの通り、「たまらんぜ、萬月」。
私はブルースのことはほぼ無知だ。ロバート・ジョンソンとかチャーリー・バットンの「スプーンフル」とかマディ・ウォータースの「ローリングストーン」とかが出て来ても、歌手も曲も知らないわ。
それでもこの小説はめちゃ面白いのだ!
ブルースをこんなに熱く、激しく描ける花村萬月の才能に圧倒される。
ブルースの魂を示す言葉に、「ビート・ザ・システム」があるそうだ。
直訳すれば、「体制を撃て」、となるようだ。なるほど!
萬月のもう一つの特長は、恋愛を、それも女性を描くのが上手い!ということ。
男性小説家は女性を描くのが下手、というのは夏目漱石から今日まで言われ続けて来たことだが、何事にも例外というのは存在するんだなあ。。。
綾という名の女性ブルースシンガーが主役の一人なのだが、この女性が実に魅力的に描かれていて、惚れたなあ、私は。「新宿鮫」では 晶という女性ロックシンガーがいたけど、大沢有昌には申し訳ないが、雲泥の差だ。
☆小説を読んで、主人公に感情移入してしまう…惹き込まれたという意味…ことがよくある。
ここには二通りの意味がある。
一つは、主人公と読み手の共通点を発見し、共感する場合。これが一般的だろう。
もう一つは、読み手が、「嗚呼、私も主人公のような魅力的な人間になりたい」と思うこと。これはあまり多くはないだろう。で、花村萬月の小説にはそのような人物が出て来るのだ!
☆「スプーンフル(spoonful)の意味が分からない。
手持ちの英和辞典で調べても、スプーン一杯の、という意味しか書かれていない。アホか!そんなん、中学生でも知っているわい!あたしが知りたいのは、スラングとしての意味だ。
エッチな意味があるらしいが、残念ながら分からない。誰かご存知?
ハードボイルド系はまだあるのだが、記事が長くなったので、次回にしよう。
2018.12.01 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 文学