私の好きなピアノ曲:シューマン「ピアノ幻想曲ハ長調」と島崎藤村
●ショパン対シューマン
ちょうど歌曲におけるシューベルト対シューマンと同じ現象です。
もう、ショパンの圧勝でしょう。その人気度において。
ショパンのピアノ曲なら、フィギュアスケートでよく使用される「バラード」「ノクターン」「別れの曲」「幻想即興曲」をはじめとして、「革命エチュード」「雨だれ」「英雄ポロネーズ」等、知っている曲はたちまち一ダースくらいになるでしょう。
(メロディーメイカーのショパンに何故か歌曲の名作が無く、メロディメイカーでは無いシューマンに歌曲の名作が多いというのは不思議な現象です)
ところが、シューマンのピアノ曲でよく知られた曲がどれくらいあるでしょう?
せいぜい、「トロイメライ」くらいではないでしょうか。
その名は日本人でも知らない人はいないくらい有名なのに、曲となるとこれほど不遇な作曲家も珍しいのでは?
私もシューマンのピアノ曲を素晴らしいと思うようになったのはごく最近です。それまでは歌曲や交響曲ばかり聴いていました。シューマンのピアノ曲は、聴くのを躊躇いたくなるような何かがありました。
シューベルトもショパンも一度聴いただけで忘れられない美しい旋律をたくさん作りました。しかし、シューマンは一度聴いただけではなかなか曲の「輪郭」がつかみ難いんですね。
これもシューマンが敬遠される原因の一つかもしれません。
ショパンのピアノ曲には華がありますが、シューマンはやや地味です。
ショパンの音楽は色彩鮮やかですが、シューマンの音楽には色彩がありません。くすんだ墨かセピア色。
書道に例えれば、ショパンは楷書で、シューマンは崩し字の草書でしょうか。
ショパンは器用でシューマンは不器用。
●シューマンは不器用だからこそ、ひたむきに誠実で、音楽に深い味わいがあるのかもしれない。
①島崎藤村の詩集「梅花集」とシューマン
「梅花集」の詩の中に、こういうのがあります。
…………
吾胸の底のここには
言ひがたき秘密(ひめごと)住めり
身をあげて活ける牲(にへ)とは
君ならで誰かしらまし
…………
「吾胸の底のここには言ひがたき秘密住めり」…これを言葉で表現するのは不可能に近いですが、音楽には可能です。シューマンはそれを成した音楽家の一人だったのではないでしょうか。
②夏目漱石の小説
「三四郎」「それから」「こころ」「行人」「明暗」…漱石は不器用な小説家だったと思います。
ストーリーに無理や不自然さがある上に、女性を描くのが上手く無かった。とくに、「こころ」はそれが酷くて、一人の老人が知り合ったばかりの若い人に長い遺言書を残して自殺などするでしょうか?「こころ」に登場する母娘のノー天気ぶりは救いがたいものがあります。それにもかかわらず読む人に感銘を与えるのはどうしてでしょう?
そこには夏目漱石の人生に対する絶対的な誠実さ・真面目さがあるからではないでしょうか。
逆に言うと、ショパンはすぐに好きになれますが、「もっと楽想が豊かに広がらないものか?」「もっと楽想が深まらないか?」と、少々物足りなく思うことがあります。音楽が一定の枠の中にとどまり、そこから踏み越えようとはしない「行儀の良さ」みたいなものを感じることがあります。
メロディが無類に美しくても、「吾胸の底」には触れて来ないのです。
●私が強く推す名曲です。シューマン作曲:ピアノ幻想曲ハ長調
→こちらです
せめて、第一楽章だけでも10回聴けば、きっと、「吾胸の底」が聴こえて来ます。
特に、この動画の1分32秒~の情念豊かな音楽、2分15秒~の瞑想的な音楽、3分30秒~の激しい音楽。
さらには、5分5秒~6分30秒のドラマティックな盛り上がり。
これらからは、シューマンの「言ひがたき秘密」の声が聴こえて来るようです。
●参考
奥泉光著「シューマンの指」(講談社文庫)
いわゆるどんでん返しの妙を味わうミステリーですが、全編これ作者のシューマン愛(特にピアノ曲)に満ち溢れています。私がシューマンのピアノ曲を聴くきっかけになった小説です。
シューマン好きでなくとも楽しめる一冊です。
2019.09.06 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 音楽