最近読んだ海外小説を続々と:東山彰良「流」&西村京太郎
ここ最近読んで来た小説について、ひと口コメントと私の独断と好みによる9段階評価。ネタばれ少々あり。
評価は「上」「中」「下」の3柱にそれぞれ「上・中・下」を設けた9段階評価。「上の下」「下の中」など。
●海外のミステリー&SF
ロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」…上の中
SFもの。タイプスリップの変形とでも言おうか。貧しい青年画家の前に現れた少女。二人の時を超えた淡い恋愛。一度若い頃に読み、何とも言えないしみじとした味わいがありました。今回も同じく。生き残る小説にはそれなりの理由があると。
デイヴィッド・トーマス「彼が彼女になったわけ」…上の下
SFもの。映画「同級生」やテレビドラマにもなった「パパとムスメの7日間」など、男女が入れ替わる、親子が入れ替わる物語はいくらでもありますが、この小説では、何と!、患者の取り違えで性転換手術をされてしまった青年の悲喜劇。青年のガールフレンドとのドタバタ等、痛快です。イギリス人作家ならではのユーモアもあり、なかなか面白かった。
フレッド・カサック「殺人交叉点」…トリックが早々に分かると下の上・分からずに騙された場合は上の下か。
犯人探しの普通のミステリー。ミステリーと言うと、質量ともにイギリスやアメリカかと思うけど、フランスもなかなか健闘?していますよね。密室ものならガストン・ルルー「黄色い部屋」が最高傑作でしょ。糸だの紐だのバネだのと、小細工を弄した密室はリアリティが無くてダメ。「殺人交叉点」について、どんなジャンルのミステリーかは伏せますね。一読の価値あり。
●ロシア文学
ツルゲーネフ「片恋」「父と子」…上の中。
ツルゲーネフは高校時代に「初恋」を読んだだけでした。で、この2作は共に名作と思います。同時代のドストエフスキーやトルストイの陰になって割りを食っているツルゲーネフですが、やはり、文豪の名にふさわしいと思います。保守的な考え方を持つ父と新しい思想に惹きつけられる子との間で繰り広げられる精神的戦い…普遍的なテーマですよね。私も父とはずっと不和でした。父は男尊女卑的な考え方が強く、私は猛烈に反発しました。
チェーホフ「短編集」(集英社)・「可愛い女」」「犬を連れた奥さん」のような有名な短編も入っている…中の上
チェーホフの戯曲はつまらないが短編は面白い。深みは無いけど、オチに味わいがある。そもそも、戯曲で表現し得る可能なことは、古代ギリシアの悲喜劇、シェイクスピア、そしてモリエールによって書き尽されてしまったと私は思っていますので。
で、「短編集」ですが、一作毎に訳者の沼野充義氏による詳しい解説があり、これがまた実に面白い。一例を挙げると、ヒロインの名前「ナジェージュダ」の愛称形は、ナージャ。もっと親密なのは、ナージェンカだと。で、和訳ではナージェンカを「ナッちゃん」としてみました、という説明があります。なるほど、とは思うけど、「ナッちゃん」は、ちょっとやり過ぎじゃない?
ゴーリキー「母」…上の下
ロシア革命期を生きたゴーリキーならではの物語。下層階級に生きる慎ましくも信心深い母と革命家として生きる息子と。やがて、母は革命に目覚めて行く…このように書くと、如何にも紋切り型のクサイ小説と思われるかもしれません。そのような一面が無いわけではありませんが、この小説の魅力はこの時代のロシアの底辺をリアルに描いた点と、理想に燃える青年達の人間像にあります。私にはチェーホフよりゴーリキーの方が読み応えがありました。
ゴーリキーはフランスの文豪、ロマン・ロランと親しかった。お互い、良くも悪くも理想主義者な一面があり、「革命により平和を!」との意見で一致し、意気投合したようです。私達が生きる21世紀日本では、「現実が理性」と言わんばかりの人間が多いようです。「ハハハ!甘いな。君、現実はネ…」と、したり顔で語る者。理想を語る人間を「お花畑」と冷笑する者。こうした人間が優勢な時代のようです。彼等が全く間違いでは無いにしても、何か、そのような人間には…時として…大事なものをどこかに置き忘れたか、捨て去った人間の空虚さというか、ザラザラとした心象風景を嗅ぎ取ってしまいます。
●フランス文学
エドゥアール・マネ作「ナナ」
ゾラ「居酒屋」「ナナ」…下の上。
今まで、ゾラの小説は読んでいませんでした。マネ(私の一番好きな西洋画家!)が新しくも大胆な絵を描き世間から袋叩きにあっていた時、彼を擁護し援護したのがゾラでした。こちらの論文は読んだことがあります。
で、2つの小説は名作との評判ですが、正直、退屈しました。最後まで読み通すのが苦痛でした。意地で読んだようなものだ。
それぞれ文庫本で700ページを超える長編なのですが、全般に渡って細かい筆致による描写が延々と続くのです。例えば、金物工場の建物から機械用具まで、ことさら詳しく描く。要するに、19世紀のルイ・ナポレオン帝政下のパリの労働者階級(居酒屋)の実態や、社交界とそこに出入りする高級娼婦(ナナ)の実態をリアルに、写実的に描いているのです。小説にリアリティは大切ですが、行き過ぎると砂を噛むような味気無さにも陥りかねない。
絵画の世界でも写実主義というのは退屈だ。もちろん、その精緻な技法には恐れ入りますし、写真も映像も無かった時代には一定の意義や役割があったとは分かる。ゾラはジャーナリストでしたので、ドキュメンタリータッチというかノンフィクション的に書きたかったのでしょう。それこそがリアリティであると。確かに、当時のパリの姿を知る、という点では面白いが。
ひょっとすると、私の読み方が悪いのかもしれません。あるいは、もう私には若い頃のような瑞々しい感受性が失われつつあるのかもしれません。そういう不安を覚えます。若い頃に読んでおけば良かったかも。しかし、ゾラの先輩のフローベールの「ボヴァリー夫人」「感情教育」などは私が中年女になってから読んで、面白かったけどなあ(^_^;)
モーパッサン「脂肪の塊」…上の中。
フローベールの弟子であり、ゾラの後輩になるモーパッサン。短編の名手との評判も。で、「脂肪の塊」は文庫本で100ページ程度の中編ですが、なかなか面白いです。読者に己の生き方を振り返らせる力もあります。また、人物設定の巧みさ、筆運びの上手さには舌を巻きます。傑作です。
モーパッサン「女の一生」…中の下。
こちらは400ページに及ぶ長編。期待して読んだら、少々期待外れでした。さほど裕福とは言えない貴族に生まれたお嬢様が、不幸な結婚をして…このようなストーリーは掃いて捨てる程ありますので新鮮味が無い。それでも何か深い思索が見られるのであればともかく、それも無いのですから面白くない。いくら筋書きが巧みで筆上手でも、必ずしも読み手に何かを訴え、深い感動を呼び起こすとは限らない…その典型的な例かもしれません。
●直木賞受賞作:東山彰良「流」…中の上。
はぴらき様から推奨があったので中古本を買って読みました。
実は、私は「流」がミステリーとは知らずに、歴史ものくらいのイメージで読みました。何故かと言いますと、私の買った中古本には帯が無かった。後で知ったのですが、その帯に「青春ミステリー」と書かれていたんです。ミステリーと知って読むのと、歴史ものと思い込んで読むのとでは、違った鑑賞になるかもしれませんね。
第二次世界大戦~国民党と中国共産党の戦い~中国と台湾という歴史の流れに翻弄され、引き裂かれた中国人達の姿が丁寧に描かれています。その影響は孫の代にも及ぶ。前半は描写や説明が多く、重厚である半面、ストーリー展開がスローでちょっと焦れる。ところが、「あ、これはミステリーなんだ!」と気がつく頃になり、後半を過ぎるとまるで何かに急かされたようにテンポアップし、結末に至るのです。そのアンバランスが不自然で中途半端です。何もミステリー仕立てにする必然性は無かったのにと残念に思った。
しかしながら、戦後の戦争を知らない台湾の若者たちがどんなことを考えていたのか、祖父母や父母はどのように戦争の重荷を背負い、悩み、苦しんでいたのか等、教えられる点が多々ありました。このように日本のミステリーでは珍しいテーマも高い評価になったのかなあと思います。
ゴキブリ退治に悩んでいた台湾の人達が、日本で発明された「ゴキブリホイホイ」の威力に驚く個所があり笑えました。
一読の価値がある作品ですね。
●西村京太郎を侮るなかれ!
「D機関情報」「天使の傷痕」…上の中。
もちろん、侮っていたのは私です(^^ゞ。500点以上に及ぶ多作。つまりは、粗製乱造のミステリー作家なんだろうと、勝手に決め付けていました。それに、鉄道ものミステリーにはあまり興味もありませんでした。
ところが、人から勧められて講談社文庫の「D機関情報」を読み…言葉の矛盾をあえて辞さずに表現すると…軽い衝撃を受けました。アジア・太平洋戦争で日本の敗色が濃くなる中、ひとりの海軍将校が特命を受けて内密にスイスへと向かいます。スリルとサスペンスの面白さもありますが、人間描写といいますか、人間が良く描かれている。人物造形が確かなので読んでいて強い感銘を受けます。読後にも充実感があるのです。松本清張に勝るとも劣らぬ社会派ミステリーですよ。いやあ、食わず嫌いはダメですね。
さっそく、次に「天使の傷痕」を読みました。これは殺人事件を扱ったオーソドックスなミステリーでした。密室ものであれ、アリバイ崩しであれ、一人二役&入れ替わりものであれ、いくらトリックが巧妙であっても、犯人の殺人動機に必然性やリアリティが無ければドッチラケです。横溝 正史のミステリーはそんな感じです。小中学生には良いかも。で、「天使の傷痕」ではそれが実にリアルに、深く描かれています。社会批判もある。見事なものだ。
西村京太郎はストーリー運び、筆運びが上手い。描写も過不足無く簡潔でテンポが良く、ダレる所がありません。しかも、人間がしっかりと描けているので安っぽさを感じさせません。もちろん、私が読んだのは初期の頃の作品です。作家により、徐々に作品の質が落ちて行く場合もあれば、その逆もありますから、最近の作品がどうなのかは分かりません。
で、今は「終着駅殺人事件」を読んでいます。上野のターミナルが主要な舞台のようですが、快調だ。この先が楽しみ。
2015.12.23 | | コメント(11) | トラックバック(0) | 文学