映画「チャイナ・シンドローム」と「Fukushima 50」
先日、テレビ放映された映画「Fukushima 50」を見た。福島第一原発事故発生後の、所長と所員達の「命がけの戦い」、そして、政府首脳や電力会社重役達の対応の愚劣さを描いたものだ。
で、この映画に対する評価は…駄作と思った。何故そうなるのか?
いや、俗な意味での「映画作り」「面白さ」という点では「良く出来ている」と思う。
「しょせん、映画は娯楽だ」、と割り切って見れば、それなりに「楽しめる」作品ではある。
しかし、「Fukushima 50」を見ていて、私はある種の既視感(デジャブ)を覚えた。そう、これまで多く作られた「神風特攻」をテーマとした映画だ。「永遠の0」とか、「俺は、君のためにこそ死ににいく」とかの。
「純真な心で国の為に死にに行く特攻隊の隊長と若者達」がいて、それとは対照的に、「身勝手で愚かな軍上層部達」がいるという図式だ。これが「Fukushima 50」では、「放射線まみれのベント作業に行く決死隊と所長の英雄的行為」と、「間抜けな総理大臣と電力会社の愚かな重役達」という図式が、特攻映画にピタリ当てはまるのだ。
もう一つは、「現場を知らない本部の指示に苦労させられる現場の人間」という図式だ。つまり、テレビドラマでも良くある、「現場=善」「本部=悪」という勧善懲悪のパターンである。
実際、映画を見終わってから印象に残るのは、「自らの命を顧みずに戦った英雄」「上からの理不尽な要求や指示に翻弄された現場の良心的な職員達」という、感情的で情緒的でジメジメとした光景だ。
●しかし、原発事故に如何に対処するか、よりもっと重要なのは、原発事故を如何に起こさないか、である。
例えば、山で遭難したらどう対処するかを学ぶことは重要だろう。しかし、それより重要なのは、そもそも山で遭難しないことである。遭難しない術を学ぶことだと思う。悪天候では山に登らない、自分の実力以上の難しい山には登らない、過不足の無い装備をそろえる、引き返す勇気など。
もちろん、これではドラマになりにくい。地道な事柄だから。派手に遭難した方がドラマになるのは事実であろう。実際、山の映画ではたいてい遭難がテーマになっている。原発も同様かもしれない。
が、原発の場合は山の遭難より遥かに複雑な問題を提起している。
●原発問題を扱った名作映画、「チャイナ・シンドローム」がそれだ。
この映画では事故発生前の問題を扱っている。
すなわち、「企業組織の論理」と「資本の論理」によって、原発の安全性を最初から損ねているのではないか?という疑問を強く打ち出しているのだ。そもそも、原発そのものが危険極まりないシステムなのだ。
「組織と資本の論理」は、「人の命よりも企業の利益が優先」に行き着く。※1
良心的な原発職員が事故の危険性を察知し、調べ、上司に訴えても「組織と資本の論理」によって潰されてしまう。そういう恐ろしさを、「チャイナ・シンドローム」は描いていた。
事実、「「チャイナ・シンドローム」の直後に、あのスリーマイル島の原発事故が起きた。
原発事故を予見した「チャイナ・シンドローム」と、事故を起こしてしまってからの「Fukushima 50」。
単なる娯楽の範囲内に納めず、原発の問題を強く提起する映画こそ価値が高いと思う。
●「Fukushima 50」で二人の登場人物に違和感を覚えた。
一人目は、総理大臣。明らかに戯画化されている。作者の悪意すら感じた。そこでこの映画の原作者を調べたら…はは~ん、この作者であれば、さもありなん、と思った。
次は、吉田所長。現場のトップがやたら喚き声をあげ、怒鳴る。冷静さとは遠い。現場のトップがこんなにパニックになったら配下の職員もパニックになるのは明らか。
もちろん、パニックにもなりたくなる凄い現場だ。事実がそうだったのであれば仕方ないが。
●添田孝史著「東電原発事故・10年で明らかになったこと」(平凡社新書)
これはお勧めの本だ。
2020年9月30日、仙台高等裁判所は、福島第一原発の事後を国と東京電力は防ぐことが出来たとして、その責任を求めた最初の判決を下した。画期的な判決だ。
事故の10年も前から津波等の対策を国も東電も先送りして来た事実も明らかになった。
十分に予測出来た事故について、事故発生時、東電トップが「想定外」※2と言い、メディアもそれを垂れ流していたことは私も良く覚えている。
先送りと隠蔽、東電側を擁護する「御用学者」など。。。
著者はジャーナリストなので淡々と事実を述べているが、それだけに国や東電に対し、強い怒りを覚えた。そして、恐ろしくなった。やはり、原発は廃止しなければダメだと強く感じた。
※1
もっと身近な所で言えば、マスクが品薄の時、普段の相場の5倍も10倍も高い値段でマスクを売る商人や、インチキな除菌・ウィルス除去をうたった商品を売る企業の悪辣さに貴方は怒りを覚えないか?
※2
これ以降、災害や大事故やパンデミックに際し、企業トップや政治家から、「想定外」と語るのが「流行」になった。もちろん、これは責任逃れの為の文言である。しかし、「想定外」という文言をそのまま無批判に垂れ流すメディアの方が罪は重いと思う。
久し振りに更新しました。過去の投稿へのレスは省略させて頂きますm(__)m
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2021.03.22 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 政治・社会