都をどりは~!舞妓はん
都をどり公式サイト→ここです
サイト内で昨年の都をどりの動画を見ることができます。
私が見た今年の都をどりの一部→ここです
鴨川をどり公式サイト→ここです
鴨川をどりについては私は以前にこちらで触れたことがあります→ここです
実は今年の4月23日に一泊だけですがわたくしは一人で京都に行ってまいりました。目的は都をどりを見ること、久し振りに春の大原三千院と大覚寺にお参りすることでした。「女ひとり」の歌詞にあるように、「京都~、大原三千院、恋に疲れた女がひとり~♪」そのままに。苔むした日本庭園に着物姿のわたくしが一人佇む姿はまさに風情のあるものでしたわ。ナンチャってね。実際はジーパンにブラウス姿で、風情なんてちっともネエよ(-^〇^-)。
日付がしっかり頭に入っているのは、この日にオバマ大統領が来日したからですわ。ホテルのテレビで見たよ。
早朝の大原三千院は人影も無く、静かで心休まるようでした。低い山並みと田畑は爽やかで、散り落ちた枝垂れ桜にシャクナゲの薄桃色が朝露にしっとりと濡れていました。平安時代、墨染の衣を纏った出家貴族や女院がひっそりと暮らし、朝な夕なにロウソクに火を灯し、ひたすらお経を唱えるには良い場所だったろうなあと、想像が膨らみます。
都をどりですが…昨年に見た鴨川をどりと比べ、舞妓はんの数(30人くらい登場したかな)が多く華やかです。そして、紅葉、雪、桜と、四季折々の舞台セットの中で、次々と舞が繰り広げられて飽きることがありませんでした。昨年は安い席で失敗したので、今回は正面の良い席を確保したのでより楽しめました。
舞台を前に左手は鐘や太鼓の「囃子方」(舞妓が演奏する)が、右手はベテランの唄方・三味線方が配置されています。最初に唄方の一人が「み~や~こ~を~どり~は~」と発声すると、続いて舞台裏から舞妓達が「よ~いや~さ~!」と応じ、客席の両側の花道からそれぞれ10人づつ舞妓が登場して井上流の京舞を舞います。こうして都をどりは始まります。
しかし、踊りの味わいという点では、鴨川をどりの方がベテランが舞う時間が多く、見応えがあります。最初に見るなら都をどり、次に見るなら鴨川をどり、の方が良いかもしれません。そして、外国人観光客にも都をどりの方が「オオッ!ジャパニーズゲイシャね!」と喜べるんだろうね(^O^)
素人なりに思ったことは…京舞の急所は腰(お尻)を落とすことにあるそうですが…この腰が据わっていて、安定し、腰を中心軸に前後に脚がそろりと動き、手や腕が優雅に動き、顔・頭が微妙に向きを変える。これらが調和してピタ~ッっと決まるのがベテランや名取りクラスの舞なのかなあと。腰が決まるという意味ではスポーツと共通する点もあるのかも。
舞妓が10人も並んで同じ動きをするのはコントロールが難しいと思うのですが、京都通によると、この10人の中に実は名取りクラスの名手が一人いて、その方がリーダーシップをとっているのだとか。
舞妓姿の典型。裾引きにだらりの帯。足下の高下駄はおこぼ。髪には花簪と銀のピラピラ。お座敷用の丈の長い着物を地面に引きずらぬよう、左手で褄取りをしている→ここです
この写真を見て、「あ、この場所は祇園の白川だ!」と分かる人はかなりの京都好きです。なお、この舞妓はんは本物ではなく、モデルさんか素人のコスプレと考えられます。真昼間に舞妓はんが正装で歩いている可能性は低いからです。彼女達が姿を現すのは夕方以降です。
本物の舞妓はんは高下駄のおこぼをポコポコ鳴らしながら早足で器用に歩いていますので、モタモタした歩き方をしているのは素人と分かります。私のように京都に20回も30回も行ったベテランになると、これくらいの知識はあるの<(`^´)>。
京都五花街の芸妓と舞妓の数。
祇園甲部が芸妓86人、舞妓28人。←都をどりはここの芸妓・舞妓が舞う。
宮川町が芸妓40人、舞妓27人。
先斗町が芸妓41人、舞妓10人。←鴨川をどりはここの芸妓・舞妓が舞う。
上七軒が芸妓18人、舞妓7人。
祇園東が芸妓11人、舞妓5人。
(出典:西尾 久美子 2007 『京都花街の経営学』,東洋経済新報社.)
1970年代には舞妓の数が底を打っていたそうです。しかし、メディアによって売れっ子になった舞妓がテレビに何度も登場する等の影響もあってか、再び数が増えだしたとか。中学校卒で舞妓になる決意をするのは大変なことでしょうね。いくら京の舞妓とは言っても、水商売は水商売。娘から「舞妓になりたい」と聞かされ、二つ返事でオッケーする親はまずおりますまい。職業に貴賎の区別は無いとは言え、芸者というのは色々と偏見の目で見られがちなのは事実であろう。
テレビで放映していたけど、京都五花街で最も多くの芸妓・舞妓を擁する祇園甲部には、一人前の芸妓に育てる教育システムが確立さていて、実に興味深い。京都の歴史、書道、舞踊、茶道、和歌、三味線等等、芸妓に必要な「たしなみ」を一通り習得出来る専門学校が祇園にあるそうです。でも、高校生くらいの女の子が親元から遠く離れ厳しい修業に耐えるのは大変でしょうね。中途で脱落する舞妓も少なくないとか。。。
ところで、「舞妓」は京だけの専売特許?ではないらしい。各地に舞妓はんはいるようです。
岐阜市にも舞妓はんが。二十歳になってから舞妓を始めるのはハンデがあって大変でしょうね→ここです
こちらは奈良市の舞妓はん。エッ?小学校5年生だと?→ここです
ウーム。とても小学5年には見えない。恐るべき化粧の威力。それにしても…これって、労働法上、問題は無いのかしら?まさか、お客様にお酌などしませんよね?(^◇^;)
京都市内の花街はなかなか元気ですが、東の東京はというと…新橋芸者や赤坂芸者は頑張っているようですし、都をどりに対抗して、東をどりも開催しているらしい。しかし、伝統ある深川芸者は居なくなってしまいました。他に柳橋芸者とか居ましたが今はどうなっているのかしら?
まあ、いずれにせよ、彼女達の贔屓客は政治家、企業経営者、高級官僚等で、一般庶民はお呼びではないですね。
都をどりの客席には横に舞妓を同伴させた男性が何組かいました。この舞妓は他の花街の女性でしょうね。まあ、いつの時代も金持ちの男性は煌びやかで艶やかな女性を侍らせて、人前で見せびらかしたいという欲望があるようです。金持ちが自分のお金で舞妓・芸妓を同伴させようとも本人の自由だわね。ん?私を横に侍らせる?高いわよ!(^O^)
少しだけスナックでお手伝いした経験からですが、、、祇園も風俗営業法の届け出をしているのかしら?と余計なことを考えてしまう。つまり、風俗営業の届け出をしないと、女性従業員を客の横に侍らせて接待させるのは違法なハズ。しかし、届け出をすると夜中の12時には店を閉めなければならない。舞妓や芸妓が12時で終わり、なんて聞いたことがないけどなあ。どういう規定になっているんだろう。ま、大きなお世話だろうけど。
とてもビックリしたのですが、今回京都に行ったら外国人観光客の多いこと、多いこと!都をどりのお客の4人に1人は外国人でした。夕方、先斗町を歩いていた時ですが、私の前を行く人達はほとんど外国人ばかり。後ろを振り向くとこれまた外国人ばかり。ン?ここはどこの国かしら?
彼らの話す言葉から推測するに、中国人を筆頭に、韓国人、英国圏、ドイツ人、オランダ人?そして東南アジア諸国系も多かったです。ホテルの人にこの辺の事情を尋ねてみたら、中国人の観光客が昨比+70%も増えているとか!エッ?日本が嫌いな中国人が日本に沢山来るとは!まあ、それとこれとは別ってことなようです(・∀・)。
4月下旬とは言え、気温が25度以上はある暑い日でした。外国人はこの湿気のある暑さが苦手なようです。私は長袖のブラウスだというのに、彼等や彼女等はタンクトップに短パン姿で水をガブガブ飲んでいたわ。嵐山の天龍寺では、日陰を求め、皆が軒下や縁側に集合していました。炎天下をものともせずに庭園をじっくりと眺めているのはほとんど日本人だ。
- 関連記事
2014.07.12 | | コメント(19) | トラックバック(2) | 戯けたライフ