はてなキーワード: 図星とは
そんなこと望んでるとどこにも書いてないねえ。図星をごまかすのに必死だねえ
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260117193333# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaWtlggAKCRBwMdsubs4+ SIY2AQC/lSP9W6C1PvntnYwjtoN1OcwgRthu+PD8ZgkTYQfTpgEAxn2F3VsEw4Bm /YS6CrkBezFaRKDFzr++tCcuE3bcOQ0= =AUQK -----END PGP SIGNATURE-----
頭がどんどんおかしくなって自己放尿を繰り返してしまったようだな。
勝利宣言をしたつもりになっているが、論理構造としては驚くほど脆弱だ。
まず致命的なのは、「方法と結果が一切伴っていないので殴られている」という主張が、何をもって方法とし、何をもって結果と査定したのかを一切示していない点だ。
査定基準が提示されない「殴られている」は、単なる主観的感想であって、評価ではない。これは方法と結果を重視しているふりをしながら、実際にはその両方を放棄している自己放尿である。
「それを権威主義にすり替えるな」という非難は、こちらの議論を読まずに反応している証拠だ。
こちらは一貫して、方法と結果による査定そのものを否定していない。むしろ逆で、それを明示せず、共有もせず、「殴られている」という事後的レッテルで済ませる態度こそが問題だと言っている。
方法と結果があるなら出せばよい。出せない、あるいは出す気がないから、貴様は人格攻撃と敗北宣言の押し付けに逃げている。
それを権威主義と呼ばれて逆上するのは、図星を突かれているからだ。
「数学以外にも査定方法は数多存在する」という点も、こちらの主張と何一つ衝突していない。
統計、実験、事例比較、歴史的検証、質的分析、いずれも立派な方法だ。
問題はそれらを実際に提示せず、「殴られている」という結果だけを既成事実として扱っていることにある。
方法が多様であることと、方法を説明しなくてよいことは同義ではない。この区別ができていない時点で、方法論を語る資格はない。
「論文を書け」「査読では数学モデルは使われない」という煽りも的外れだ。
査読とは、まさに方法と結果が妥当かどうかを第三者が検証する制度であり、「誰が書いたか」ではなく「どうやって何を示したか」が問われる。
ここで行われているのは査読ではない。基準不明の私刑だ。私刑を「殴られている」と表現し、それを正当な評価だと思い込む精神状態こそが、こちらの言う権威主義的振る舞いである。
さらに致命的なのは、「お前が納得できないこと」と「方法と結果の伴わない素人理論を殴ることは両立する」という一文だ。
その両立を示すには、当該理論が「方法と結果を伴っていない」ことを示さなければならない。
その作業を一切せず、前提として断定している以上、論証は成立していない。これは議論ではなく、感情の排泄だ。
「全てにおいて敗北している」という自己満足的な締めは、議論の外部に逃げたことの自白に等しい。
勝敗は宣言するものではなく、第三者が方法と結果を比較して判断するものだ。
その手続きを拒否しながら勝利を叫ぶ姿は、理屈で勝てない者が音量で補う典型例である。
冷徹に言えば、ここで露呈しているのは方法と結果を語る能力がないまま、方法と結果を語っているつもりになっている自己認識の崩壊だ。
その反応はただの症状報告だ。
「自己放尿池沼うるせえな」という一文は、内容への異議でも、論点の修正でも、前提の否定でもない。
意味論的には「不快だ」という情動の自己放尿であり、認知的にはゼロ次反応、要するに条件反射だ。
こちらが指摘した構造、つまり思考を回避し、即時的快楽や情動表出に逃げる態度を、見事に実演している点だけは評価できる。反論としては失格だが、実例としては満点だ。
中身に触れられないから、論点を潰せないから、人格や語感に噛みつく。典型的だ。
また、この反応自体が、推し活的精神構造と完全に一致している点も重要だ。自分の価値観が批判されたとき、連中は理由を述べない。
ただ「うるせえ」と言う。なぜなら、そこには言語化可能な評価関数が存在しないからだ。
あるのは「好き」「不快」「刺さった」という感覚だけで、それ以上の抽象化ができない。抽象化できないものは議論できない。
だから罵声になる。これは能力の問題であって、意見の違いではない。
もし本当に的外れなら、具体的にどこが誤っているかを一文で示せば済む。
「タイパは長期効用を最大化する戦略だ」とか、「推し活は社会的ネットワーク形成に寄与する」とか、反論の切り口はいくらでもある。
それを一切提示できず、ただ不快感だけを垂れ流すというのは、論点を理解した上で否定できなかった自己放尿だ。
思考を求められた瞬間に、言語を捨てて叫ぶ。合理性を批判された瞬間に、合理性を完全に放棄する。
これ以上わかりやすい実演はない。
貴様がやるべきことは、黙ることでも、罵ることでもない。自分が何を価値だと思っているのかを、せめて一度は言葉にしてみることだ。
「俺の中で嫁は美人だ。」と本当に確信しているなら他者からの評価は気にならない。
灘から現役で東大理IIIに受かった人間が他者から「バーカバーカ落ちこぼれ」と言われて動揺するか?
東京都中央区銀座で生まれ育った人が「田舎っぺ、おのぼりさん、山猿」呼ばわりされて怒るか?
鼻で嗤うか、「ん? なに言ってんだこいつ」と怪訝に思うだけだ。
8歳の少女が「ばばあ」呼ばわりされてもその発言は無意味なノイズにしかならないが、
50歳の女性が「ばばあ」呼ばわりされたら当人が気にしている部分に命中して怒りはじめる可能性が高い。
どちらの「ばばあ」呼ばわりも無礼ではあるが、前者はそもそも無礼という以前に意味不明だ。
一方、黒人に向かって「クロンボ、ニガー」と言えば大変な騒ぎになる。
同様に、ガリガリに痩せている人の心に「デブ」呼ばわりは刺さらない。
いわゆる「問題発言」は多かれ少なかれ図星を指していることが多い。
ものまねや似顔絵もそうだ。大抵の場合、相手の欠点を巧みに表現していればいるほど、当人を怒らせる。
https://anond.hatelabo.jp/20251009175240#
https://anond.hatelabo.jp/20250903152611#
の受け売りを書いているようだが、
なぜビーコンを発するとアンチを引き付けてしまうのかすら想像できないまま自明のものとして受け入れており、これがdorawiiの限界なのだなあと思いました
https://anond.hatelabo.jp/20251009180325#
https://anond.hatelabo.jp/20251009175252#
「わかりっこない」
丸わかりだが
頭壊れてるな
https://anond.hatelabo.jp/20251009180401#
https://anond.hatelabo.jp/20251009181000#
https://anond.hatelabo.jp/20251009181312#
図星だったんじゃんwwwwww
図星を指されると主客逆転
図星刺されるとすかさず主客逆転
図星刺されるとすかさず主客逆転
図星にぼし
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260106053006# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaVzd6AAKCRBwMdsubs4+ SDJCAQC1vWGpZONGGKzs0vwbLyfAjNkSZiYkwXQRplSSnKcIggEA3c66zZCaM/tu LS7PknyGJT8z1xvtXQD6l9YV/R1HmgE= =rplx -----END PGP SIGNATURE-----
「あ!メモしないメモしない!今連絡するの!あとでやろうとすると忘れるんだから!」
新人のころ上司から〇〇さんに〜〜を連絡しといてと言われてそれをメモしたときに言われた。
今できることは今やる。メモして今忘れることも大事だが、「あとでやる」を増やさないために今やることは大事
「結局人と人だから」
新人のころの上司の口癖だった。(いい意味でも悪い意味でも)という含みがある。
人は、合理的な判断だけではなく、気持ち・感情で動く。また、その気持ち・感情は少しの何か、で変わることがあるという意味
「増田くん、そろそろ愛嬌だけでやっていけると思ったら大間違いだよ」
20代後半のころ、転職先での先輩に言われた。とても図星でした。
30代後半となった今、誠実に仕事しているつもりですが、未だに愛嬌の力に頼っている部分も否めません…ごめんなさい
ド新人で初めて営業担当(得意先)を持って帰社したときに元ヤンの仕事出来る先輩に言われた。
その時は「なんてこわいことを言うんだ。そんなつもりないのに」と思ったが、今ならわかる
ド新人で何もできてないくせに、一人前になったつもりで調子に乗っていたのが顔に出ていたため、
「お前はまだ何もできないんだばかやろう」と、それを先にぶっ叩いてくれたんだと思う。
「店長の名前『は』わかりませんってなんだよ、副店長は知ってんのか?他に何知ってんだよ?日本語は正しく使えこの野郎」
元ヤン先輩に、◯◯店(俺の担当先)の店長名前何ていうの?と聞かれたときに「すみませんそれはわかりません」と言ったときに言われた。
店長の名前を知っておくべきかもしれないのに知って無くてやばい、でも何も知らないと思われたくない、とごまかしたい気持ちが「は」に出ていたのだ。
そこを見逃さないんですこの先輩は。
でも先輩が正しい。時代的にここまで鋭く突っ込めないが、言い訳じみた言葉使いを後輩がしているときはやんわり注意するようにしている。
言葉尻で言い訳っぽい言い方がくせになってしまうと、取引先からも、こいつ言い訳っぽいなとか、こいつ謝らないなみたいなのがバレて信頼を失うので
わからない、できない、しらない、ことは正直に言えばそれで良い
まだある気がするけどおわり
真似女が話題になってた。
私の母も真似女だったと思う。
30以上離れている私の持ち物をやたらと真似したがった。
新しく始めた仕事が軌道にのって、年収が上がって比較的自由に買い物できるようになり、それまで適当だった身なりを整えるようになった。
最初、私が白いスニーカーを買うと、母も白いスニーカーを必死こいてネットで探して買った。なぜか2足も3足も白い靴が増えていった。
「お母さんも欲しくなっちゃった」と言われて、その時は気に入ったならいいんじゃないと思ってた。
ところがそれで終わらなかった。
私が気に入って黒いコーデばかりしていれば、突然黒い服を買い始めた。
家族一緒の集まりに出かけるため私がお気に入りの黒いワンピースを着てリビングに行くと、母も黒ワンピースを着て立っていた。
私が黒のワンピを気に入って頻繁に着ているのを知りながら。
私が白いコートを着れば、それまでカーキやネイビーばかりだったのに、突然白いコートを買ってきた。なお実際着ているところは一度も見なかった。
Tシャツを好んで着ていればそれまで真逆のふんわりブラウス系ばかりだったのがTシャツを着始めた。それに合わせたのだろう、だぼついたジーンズを引きずって歩きにくそうにしている後ろ姿になんとも言えない気持ちになった。
ジュエリーを買えば、母も必死にジュエリーを買い始めた。「どう?10回払い!」と見せてきた。イオンで買った、10万円くらいのネックレスだった。
10回払いにおののいた
私が仕事のことで父に褒められていると、「お母さんもね、」と自分の昔話で張り合ってきた。
私が珍しい病気になったとき、ちょっと似たような症状があるだけで「はっ!お母さんもそうかも!」と言い出した。
私の話は一切聞かない、会話泥棒でもある。
昔はサンリオやキャラものを子供に持たせることすら嫌うほど鼻で笑っていたが、私がサンリオの持ち物をもっているのを知るとサンリオを見るだけで「きゃー!わー!かわいいー!」とオーバーなほど騒ぐようになった。
昔ブラジャーを買ってもらえなかったから、大人になって少し良い補正下着をつけていたのだが、母も真似して同じブランドを着け始め、私と父の前でおっぱいをゆさゆさと自分で手で揺らして見せた。
この人やばいと思った。
いつの間にか、話し方、座り方、瞬き、そういった癖まで真似するようになっていた。
何かとすべて、「いいなぁ、お母さんも…」と言っていた。
私がテレビに録画していたとあるバンドの特集に気付いたのか、ある日から急にそのバンドいい!フェスに行く!と言い出した。
母はスタンディングのライブというものに一度も言ったことがない。行きたいと言ったのは真夏のロックフェスで、開催地は飛行機乗り継ぎの距離だった。
そうなんだ、どの曲が好きなの?と聞いてみたら、「一番有名な一曲しか知らないw」と言っていた。
なんでも挑戦させてやりたいつもりだったが、あまりに無謀だった。
地方に昔の歌手が来てくれる機会が増えていたので、そういうものに行きたいと言ったときはどんどん行けと送り出した。
ファッションは別にどれもベーシックなアイテムだ。人が持ってるものを欲しくなることもある。
年老いて、自由な時間が増えて、自由にお金使いたくもなるだろう。育ててきてもらって、そのうえその時は実家で世話になっていたからそのくらい、と思ったこともあった。
でもその頻度と、食いつき方がどうしても狂った人にしか見えなかった。
不満や寂しさがあるのだろうと思って、母の助けになるものだとか、美容グッズだとか、ときどき温泉旅行もプレゼントしていた。
でもそんなのは無意味で、ますます境界線がなくなるだけだった。
弟の面倒も、家族の食事作りも、家に金を入れるのも欠かさなかった、母の緑内障の手術代も払った。父の浮気発覚の時の母の奇行も愚痴も私が受け止めた。
けれど弟はすべての家事を免除されていて、結局私は母の若返り願望をかなえるためだけの存在だった。
なんでも母の話を聞いてやって、これ以上さみしさを埋めてやる必要がないことに気付いた。
父もおかしいと思っていたのか、娘に嫉妬してるんじゃないのか?と言われたと、怒った母に聞かされた。
買い物に冷静になった方がいい、ちょっとおかしいと窘めたことがある。テレビショッピングで注文したものが毎日のように届き、毎晩ネットの通販サイトにかじりついていたからだ。
「え?え?えー?」とすっとぼけた声を出すだけだった。
3年会ってない。
真似する相手がいなくなって、母は今どうしているんだろう。
なんで女親と娘ってこうなってしまうんだろうな。
「売れている」、「活躍している」、「若い」、「美しい」、「才能がある」。
アンチはそのような対象にまるで磁石に引き寄せられるように、、、である。
当たり前だろ?って。
売れてなければ、その存在を知られることがないんだから、アンチは形成されない、と?
果たしてそうだろうか?
私はそうは考えない。
アンチというのは、その対象に対して「引きずり下ろしたい」という醜い感情を抱いていて、それが行動のモチベーションとしか考えられないからだ。
彼の、何がいけないのか?
トレースをすることか?
否。
否、否、否、否、そうではない。
アンチが納得しないのは、江口寿史がイラストレーターとして地位を確立していることに対する「嫉妬」だ。
もしも、江口寿史氏が名もしれぬ、どっかの高校生で、たまたま何かの拍子に炎上しただけだったのなら「再炎上」なんてしない。
偶然で、たまたま炎上したんだけど、その炎上に対して、今回江口寿史氏がしたような釈明をしたとしたのなら、一部批判を受けても「再炎上」なんてしなくて、「無視」されただろう。
炎上直後の釈明なら再炎上しただろうが、しばらく期間をおいて冷ましてからの釈明だったなら、名も知れない誰かのことなんてもう「無視」である。
なぜなら、その高校生は「嫉妬」の対象ではなく「リンチ」の対象であっただけだからだ。
たまたま、そこにいたストレス発散のための殴れる対象であったに過ぎないからだ。
彼は、この危機を乗り越えれば、クリエイターとして再び軌道に乗ることだろう。
そんなことはさせない。
絶対にそんな事はあってはならない。
と、「嫉妬」に駆られたアンチたちが群がるようにして集まり炎上させるのだ。
それはなぜか?
それは何者にもなれなかった彼らの中に燻り続ける怨念のようなものだ。
何者にもなれなかった誰か、たち。
そのことを理解すれば、すべてを読み解くことが出来る。
ただこのような真実を書くと、アンチたちはその「図星」に対して必死に否定をしてくる。
それが、もっとも真相をついていて、もっともそのアンチの痛いところだけに、否定してくる。
でも、もうやめなよ。
醜いだけだよ。
それよりも、何者にもなれなかった、才能も努力も、運を掴み取る必死さもなかった自分のことを責めるのをもうやめなさい。
「年老いて」「醜く」「輝きを失った」自分に落胆するのはやめなさい。
それを続けている限り、あなたは他人に嫉妬するだけの醜い何かでしか無い。
そういう人こそ、よく自分のなかの心の内を覗きなさい。
正直、自分自身貴金属には疎いし、普段つけないから婚約指輪の購入について少し迷っていた。
でも、友人も貰ってるし、昨今のSNSを見ていてもらっている人が大多数な気がした。
自分なりに考えた結果「貰わなくて後悔した時に、後から買うような物ではないこと」「絶対欲しいって感じじゃないし、欲しいデザインもないけど、なんとなく欲しいかも…?」くらいの気持ちで購入するということで双方合意。
ちなみに今まで見た中で気にいるデザインはなかった。
そんな中、帰省のタイミングで母親にその経緯を話したところ「婚約指輪なんで絶対いらない」「私ももらわなかった」「売ったって二束三文だし、そもそもあんなデザイン絶対つけないし箪笥の肥やし」とのこと。
いやいや、そんな事は分かった上で悩んで購入することを決めたんだけど?
個人的には「へ〜どんなブランド見たの?」くらいの話の拾い方をして欲しかったのに、まさか盛大に水を刺されるとは思っておらず、本当にキレてしまった。
私もそこの懸念点は通ってきたわけだし。でもそんな言い方ある?って。
多少図星をつかれたっていうのもあるのかも。
なんか悲しくて涙が止まらん。