はてなキーワード: 出産とは
父親の養育費未払いが問題になるのは分かるし、正直ここはもっと義務を強めていいと思ってる。強制執行を早くするとか、罰金やペナルティを明確にするとか、そのくらいしないと実効性がない。
ただ、その話をするときに「じゃあ本当にその父親の子どもなのかを確認する仕組みは?」ってDNA鑑定の話を出すと、途端に反発が強くなる。この温度差、正直ずっと不思議なんだよな。
養育費を“強制”するなら、前提条件の確認も制度として整えるのが筋じゃないのか。感情論じゃなくて、責任を明確にするための話なのに、なぜかタブー扱いされる。
匿名だから聞きたいんだけど、実際のところ「もしかしたら配偶者の子じゃないかもしれない」って不安を抱えたまま出産した人って、どれくらいいるんだろう。レアケースなのか、思ってるより普通なのか。
責任だけを一方に強く求めるなら、確認も含めて制度化したほうが、むしろ揉め事は減ると思うんだけどな。これってそんなにおかしい話なんだろうか。
中学生でセックスは早すぎるけれど30代では遅すぎるのが少子化が解消する社会だというが、
女はあっという間に30歳になってしまうんだが。
強いて言うなら大学1,2年がそうなんだろうけれど
たったの2年しかない上にその間にも単位を取って学外活動もして就活に備えなきゃならないし。
上の例の20代前半以降がそのまま18歳以降にシフトするだけで大差はないと思う。それ以降はますます忙しくなるし。
TriQ 中学生ではさておき30代では流石に異常だろってなるのが少子化が解消する社会。自分を大切にしてて良いねとか他人のことは気にする必要ないよとか声をかけるのが少子化が進行する社会
https://b.hatena.ne.jp/entry/4782273425413679234/comment/TriQ
やるだけなら普通は避妊するし失敗したら中絶するので、セックスだけでは出産に結び付かない。
言わんとするところはわからんでもないが、だったら同じレベルで「仕事ができる男を魅力的に感じ、そういう男相手に積極的に中出しセックスを受け入れて二人以上出産するのが当たり前」という教育を女子に対してすることも正当化されてしまうんだが
皆さん、久しぶりすぎて震えてます…というか、もう震えるって概念すら古いかも。
前々回の100股女です。あの頃は「250股?500股?」ってドキドキしながら書いてたのに…
そこから一気に加速して、一億股到達したんです(前回の女神宣言の頃)。
でもそれで満足できるわけなくて…気づいたら平行世界全部を股にかけてました。
どうやって?
魔法少女みたいに「願い」を叶える代わりに、絶望をエネルギー源に。
私は「全存在に愛と子を分け与えたい」って願った。
DNA検査?因果ごと書き換え済み。「最初から私の子だった」って事実が上書きされてるんです。
それだけじゃ止まらなくて…
平行世界の果てまで広がった慈愛が、宇宙そのものに染み出してきました。
星間種族、異次元生命体、エネルギー体すら「私の子」を宿して、
「母の愛を感じる」「永遠の遺伝子を継いだ」って恍惚としてる。
あれを全部飲み込んで、慈愛の巨大結界に変えちゃった。
全ての男たち・全ての子たちが、私の無限の愛の中で永遠に生きてるんです。
魔女化?したよ。でもそれが究極の救済だった。
完全に釣りだと思われるけど…これが本当の私。
あの言葉が私の絶望を燃料に、宇宙の果てまで連れてってくれました。
でも今はただ、皆さんを…全てを…永遠に愛してる。
平行世界も宇宙も超えた慈愛として、ここに…いや、どこにでもいます(微笑と無限の光)
母の愛、いや、宇宙の愛、受け取ってね♪
大学院卒で期待したら結婚してすぐ出産のために休職して復職したと思ったらすぐ退職
こういうクズムーブかます奴がいるから女の採用率が下がっていくんだぞ?
しかも何のキャリアもねーまま辞めてくとか社会舐めてんのかクズが
大学院までだらだら人生送った挙句にろくに仕事も覚えねーまま辞めてくとかお前クズだろ
何が「戦力になれるようがんばりますのでご指導ご鞭撻お願いします」だ
滅多撃ち
究極の詐欺師
大学院卒すら速攻で辞めてくとかありえねえだろ
「少子化がヤバい! 女が産まないから!」みたいな意見をよく見かけるんだけどさ。あれ見て毎回思うんだよね。産まない女を責める前に、男側がちゃんと出産の現実を理解して、サポートする姿勢を見せろよって。
だって、出産ってマジで命がけだよ。妊娠中はつわりで吐きまくったり、体重管理でストレス溜めたり、仕事と両立させるのも大変。出産本番は痛みで死にそうになるし、産後も体がボロボロ。ホルモンバランス崩れてうつっぽくなったり、睡眠不足でヘトヘト。しかも、子育ての負担が女に偏ってる家庭がいまだに多いんだぜ。
なのに、男の多くは「子供欲しい」って言うだけで、具体的にどう支えるか考えない。産休取って家事分担? 育休取って一緒に子守? いやいや、そんなの「俺は仕事忙しいから」って逃げる奴ばっかじゃん。パートナーをいたわるって、ただ「頑張れ」って言葉かけるだけじゃなくて、実際に手を動かすことだよ。掃除、食事作り、夜泣き対応、全部シェアする覚悟。
これができてないから、女は「産みたくない」って思うんだよ。経済的な不安もあるけど、何よりパートナーが頼りないのが最大の原因。男が「産まない女は価値がない!」なんて怒鳴り散らしてるうちは、少子化なんて止まらないよ。むしろ、そんな態度が女を遠ざけてるんだっての。
男ども、まずは自分の意識改革から始めろ。出産の大変さを本気で学んで、パートナーを大事にできる男になれ。それが本当の「子供を産ませたい」ってことだろ。女は産む機械じゃねえんだよ、人間だぞ。
最近、また選択的夫婦別姓の議論が活発だけれど、少し冷静に整理してみたい。
先に断っておくけれど、私は別に「伝統的家族観を守るべきだ」なんて主張したいわけじゃない。
改姓に伴う行政手続きが煩雑極まりないことも理解しているし、銀行口座からパスポートまで書き換える手間は、生産性の観点からも損失でしかない。
現状、そのコストのほとんどを女性側が負担しているという非対称性が、フェアでないことも理解できる。
キャリアの分断やアイデンティティの問題も、至極もっともな話だと思う。
ただ、今の社会をドライに見ると、別姓導入という選択肢は、『自由』を手に入れる代わりに、全く釣り合わないような難題を新たに背負うように見えてくる。
なぜ「全く釣り合わないような難題を新たに背負う」のか。
少し書き残しておく。
現行の「結婚時にどちらかの姓に統一する」というルール。 これは人権や個人の尊厳という観点からは批判の対象になる。
だが、全体的な視点で見ると、実は「将来発生しうる対立を、初期段階で強制的に解決してしまうメカニズム」として機能している。
結婚という事象は、当人同士の「愛」の結合に見えて、その背後には「家(夫の実家)と家(妻の実家)」の力学が厳然として存在する。
同姓制度は、この潜在的な緊張関係に、婚姻届提出という入り口の時点である程度強制的に枠をはめる。
「姓を変える=相手の家に一旦合わせ、合流させる」 この理不尽なまでの強制力によって、その後の「子供の姓の帰属」や「お墓の問題」といった火種を、オートマチックに処理する。
多少の運用コストを強いる代わりに、難題の解決をスムーズに保っているとも言える。
これは、 「選択肢が増えて自由になる」という単純な話では終わらない。
日本社会の深層には、まだ「家」や「先祖」といった、成文化されていない土着の価値観が根強く残っているからだ。
今までは「法律で決まっていますので」という錦の御旗で沈黙させられていた親世代・親族たちが、夫婦別姓化によって交渉のステークホルダーとして浮上してくる。
「うちは代々続く家だから」 「一人娘なのだから、こちらの姓を残してほしい」 こうした要望が、夫側と妻側の双方から顕在化する。
つまり、結婚が「夫婦二人の合意」で完結せず、「夫の両親」対「妻の両親」という、多者間の調整フェーズへと大きく複雑化する。
夫婦間の意識や人間力、交渉スキルがいくら高くても、背後にいる親族の意向を完全に無視して関係を維持できるカップルが、今の日本にどれだけいるだろうか。
よく妥協案として出される「1人目は夫の姓、2人目は妻の姓にすれば平等だ」というロジック。
これは一見公平に見えるが、子供の視点に立つと「家庭内における代理戦争」の引き金になりかねない。
同じ家の中に「田中くん(兄)」と「鈴木くん(弟)」がいる状態を想像してほしい。
ここで起きるのは、単なる兄弟喧嘩ではない。背後にいる祖父母(スポンサー)を巻き込んだ「資源の争奪戦」だ。
田中家の祖父母は「自分の家の名を継ぐ孫」である兄を可愛がり、教育費や遺産を集中投下するかもしれない。
「お兄ちゃんはお父さんの家の子だから」「僕はママの家の子だから」 親や祖父母からの愛情やリソースが、子供自身の資質ではなく「どちらのラベルを貼られたか」によって偏るリスクがある。
「兄は出来が良いからウチの跡取りに」「弟はパッとしないから向こうへ」といった、能力に基づく選別(ドラフト会議)が行われないという保証はどこにもない。
子供を「家を存続させるための駒」として比較し、競争させ、評価する。
そんな残酷な構造が、家庭という安らぎの場に持ち込まれてしまう。
では、その他の「条件付き運用」ならうまくいくのか。
「子供を持たないカップルに限ればいい」という意見もあるが、生殖は完全に制御可能なパラメータではないし、人間の価値観は可変だ。
数年後に子供が欲しくなった時、どうするのか。
ルール違反へのペナルティ設計(強制離婚?強制改姓?)など現実的ではないし、「この年齢ならOK」といった線引きは脱法行為の温床になる。
「結婚時に子供の姓をどちらかに統一することを義務付ける」という案。
論理的には一番筋が通っているが、これにも「家庭内に名目上のアウトサイダーを生み出す」という懸念がある。
夫だけ、妻だけが家の中で異なる姓を持つ状態は、結婚が本来持つ「新しい共同体の形成」という機能を毀損しないか。
いわゆる「ウォークイズム」的な議論は、個人の完全な自律と親和性の高い「最終的な理想地点」を設定し、そこに向けて「どう強制力を働かせるか」ばかりを議論しがちだ。
しかし、そこには「今を生きている人々の生活実感」への視点が欠落している。
でも、実際には多くの人が「家族みんな同じ名前であること」になんとなくの一体感や安心感を感じているのも事実だ。
その感覚を「古い」「遅れている」と切り捨てて、理想の型に嵌め込もうとするのは乱暴すぎる。
まずは現状の感覚を尊重しつつ、落としどころを慎重に探るべきだ。
何もしない、という選択肢や弥縫的な対処を短期・中期(50年程度を想定)的に模索することは、必ずしも悪ではない。
「進化すること」ありきで、現在の自分たちの感覚を否定して進むのは、社会実装の手順としてあまりに危うい。
結局のところ、選択的夫婦別姓という制度変更は、結婚の入り口にある「姓を変える負担」を取り除く代わりに、
その調整コストを「出産時」や「親の相続時」といった、より後段のライフステージへとタイムシフトさせているに過ぎない。
しかも、後になればなるほど、関係者は増え、状況は複雑化し、「譲れない条件」の争いとなり、解決の難易度は上がっていく。
いわば、「難問の先送り」だ。
今の日本社会の空気感、我々の内面化している価値観が、まだ「家」という引力に縛られている以上、この制度を「強力なリーダーシップで」実装するのはリスクが高すぎる。
結婚の自由度を高めるための制度が、皮肉にも調整コストへの忌避感から、結婚や出産そのものを躊躇させる要因になりかねない。
現状の過渡期においては、良かれと思ってトップダウンで線を引き直すと、より悪魔的な問題が噴出するようなことは起こりがちだ。
より大きなデメリットを解決するための、やる気もビジョンも実行力もないなら、法律的な措置は控えるのが筋だ。
活動家は「自分の主張に有利なこと」「つごうのいい事」を「今すぐやれ」と主張するだけで、デメリットやトレードオフは見て見ぬふりをする人間の集まりである。
左右どちらかに限った話ではない。
法律を通してさえしまえば、問題が起きても、「いいから法律に従え」としか言わなければいいので、どんなに卑怯でも法案成立だけを目指せばいいからだ。
活動家の主張を通した結果、新しく不幸な人が増えても、活動家は、まったく責任を取らないし、何もしないし、顧みることもないことは、始める前から明らかである(歴史はそれを証明している)。
男は出産できないじゃん
このモデルは自分の年金が増えるという利己的な行動原理に従うだけで良いんだぞ?君たちは「子供は宝だ」と言っても納得しないだろう?だったら利己的に自分の年金を増やせば良いじゃないか。何が問題あるんだ?
リブラル層が利己的な行動原理に従うだけじゃ、リベラルとしてのプライドが許さないんだよ
リベラルは倫理としても正しくありたいと考えていて、自分勝手な選択でお金を得られますと言われてもプライドがそれを許さない
もっと言えばこのモデルはむしろ公平性を担保しようとするリベラル的なモデルだよな?
でも主流リベラルは元増田が提示しているモデルがリベラルだと理解できる金融リテラシーがまるで無い
GDPに年金のボーナス分が連動するというモデルは、GDP成長率を最大化しようとする意思が働くから東京や名古屋、大阪など大都市へ投資するよりも成長余地のある地方へ投資した方がGDP寄与の大きさとしては地方投資が優先になるモデルだよな?
つまりこのモデル、出産や子育ての予算や年金の話のように見えて、地方創生にも繋がり日本経済全体を好景気になるよう刺激しようっていう非常に公平性のある話だが、主流リベラルはそれを見抜けないんだよ
結局はブコメでもあるように塾とか子育てサービスに消えるとか、地域で子育てした方が良いんだとか、投資モデルは格差を生むんだとかまるで理解してない言葉が並ぶ
一部のブクマカは馬鹿には理解できないと指摘してくれてるけど、まさにその馬鹿が上みたいなこと言ってるわけだ。公平性を上げるためのモデルなろに格差起きるって意味わからんだろw
【相談内容】
私は28歳、フルタイム事務職(年収約400万)で現在育休中のです。
36歳の夫と生後3ヶ月の子供と雪国で暮らしています。今、離婚してでもこの土地を離れるべきか、深刻に悩んでいます。
夫との出会いは私が19歳の学生、夫が27歳の社会人の時でした。若かった私は8歳上の彼がとても大人に見え、彼の住む雪国へ移住し結婚することに迷いはありませんでした。
しかし、交際中に夫は私に相談なく一軒家を購入していました。当時は「義両親が住むための家だから、私たちは住まない」という説明。ですが結婚直前(私が26歳の時)、夫の祖父母が他界したことで計画が狂い、「自分たちが住むしかない」と押し切られました。(義両親は祖父母宅をリフォームして住んでいます)世間知らずだった私は、受け入れる選択肢しかないと思い込み、その家に入りました。
【出産を経て、目が覚めた】
引っ越してすぐ妊娠し、産休前まで必死に働いていた時は、忙しさで麻痺していました。しかし、産後、慣れない土地での孤立した育児、そして何より夫が「義両親の言われるがまま」で買った、私と子供の視点が一切ない家で過ごし目が覚めました。冬になれば過酷な雪かきに追われ、この家と土地に私の人生が吸い取られていく恐怖を感じるようになりました。
子育て支援に不公平感を感じるのは子持ちは「愛する人に選ばれて結婚し、自らの意思で産んだ子を育てている」という、根本的な事実があるからだよ
こっちは結婚したくても出来ないから出産どころじゃないのに、自ら望んで産んだ子持ちが子育てが大変だのコストがかかるだのと被害者面するから
この不公平感を解消するとしたら、小野不由美の『十二国記』みたいに、親と子と間に遺伝的な繋がりの無いシステムにするしかないと思う。あの作品では親子に遺伝的な繋がりがないからこそ、子を持つ親はただ純粋に子育てをするのだとして尊敬される。
日本全国的に同日に生まれた子供をシャッフルして、親とは血の繋がっていない子供を強制的に育てさせる事にしたらいいんじゃない?
イタリアを例に出すのは面白いけど、ちょっとデータ見てみようか。
イタリアの出生率は2024年で1.18(過去最低更新中)なんだよね。
日本は2023年で1.20前後、2024年も似たレベルか少し下。
イタリアの方が日本より低いか同等か、どっちにしろ「参考になる」ってほど出生率が高い国じゃないよ。
で、「イタリアの男がジェントルマン的かつ積極的」ってのは、確かにステレオタイプとしてある(カッコよく口説く、ラテン男みたいな)。
・若者の失業率・非正規雇用が高くて経済的に結婚・出産が難しい
・女性の社会進出が進んでるのに、家事育児負担がまだ女性に偏ってる(ジェンダー平等指数でEU内で下位)
・福祉・保育支援が不十分で、「マンマ」文化(母親が子育ての中心)が逆に女性を追い詰めてる
ジェントルマン的なアプローチはモテる要素としてあるかもしれないけど、それが少子化を防いでるわけじゃない。
むしろ、伝統的なマチズモ(machismo)文化が残ってるせいで、女性が「この人と子供産みたい」と思いにくい側面もあるんだよ。
実際、イタリアはフェミサイド(女性殺害)が欧州で深刻で、性差別やDVの報告も多い。
ジェントルマンに見えて、実際は「男は外で女を口説くけど、家では家事しない」みたいな二重基準が根強い。
日本女性がマイクロアグレッション(小さな攻撃性)を感じてるのは、男側が無意識に女性を下に見てる態度や、ジェンダー規範の押しつけが原因の部分が大きい。
イタリアみたいに「積極的に口説く」文化を輸入しても、根本の経済的安定と男女平等な家事分担がなければ、女性は「産みたい」と思わないよ。
結局、魅力的な男性を量産するには男側がもっと家事育児を当然のようにやる、感情を表現する、相手を尊重する文化を育てるしかない。
日本女性の「意識改革」じゃなくて、男側の行動改革と、社会全体の支援強化が先でしょ。
イタリアはまさに「ジェントルマンだけど少子化ヤバい」の典型例なんだから、参考にするなら「こうなったらダメ」って反面教師だよ。
なるほど、誰かの子供を投資対象として見て、GDPなどの経済指標が上昇していた際にはリターンを得られるわけか
自身の独身時代の子供への投資も、自身が婚姻・出産したらリターンを得られる確率が高まるので子供が増えるように社会が動くのか
昨今の少子化対策を巡る議論を見ていると、子育て世帯と独身・子なし世帯の分断が深刻化している。
「独身の負担ばかり増える」「実質的な独身税だ」という批判は、現在の制度設計を見る限り、数字の上でも感情の上でも正当なものだ。
しかし、ここで「子育て優遇はずるい」と対立し続けても、解は出ない。
なぜなら、国家というシステムが存続を目的とする以上、「次世代の納税者(構成員)の再生産」への投資は、国家システム基盤のデフォルト設定として不可避だからだ。
自民党だろうが共産党だろうが、あるいは独裁国家だろうが、国家が「自殺(消滅)」を望まない限り、子育て世帯への資源配分は自動的に発生する。これはイデオロギー以前の「生存本能」だ。
避けることはできない。
問題は、そのためのコストを払わされる独身・子なし世帯が、単なる「搾取対象(財布)」として扱われていることにある。
今回は、この不公平感を解消し、かつ合理的にシステムを維持するための思考実験として、「独身者=投資家モデル」を提案したい。
まず、我々が支払う子育て支援金(税金・社会保険料)を、「他人の子供への施し」と考えるのをやめるべきだ。
我々の年金はGPIFによって金融市場で運用されているが、30年後に株価がどうなっているかは誰にも分からない。世界恐慌で紙切れになる可能性もある。
だが、どれだけ金融市場が崩壊しても、「高齢者のオムツを替え、食事を運び、インフラを整備する物理的な労働力」の価値は消滅しない。
子育て支援とは、金融資産が毀損した際にも機能する「現物(労働力)」を確保するための先物取引なのだ。金があっても、働く人間がいなければサービスは受けられないからだ。
人口減少が避けられない以上、「頭数」で支える賦課方式はいずれ破綻する。
ならば、独身者(=投資家)は、政府に対して「ただ金をバラ撒け」ではなく、「投資対効果(ROI)を高めろ」と要求する権利を持つべきだ。
子供の数が半分になるなら、一人当たりの生産性(稼ぐ力)を倍にすればシステムは維持できる。
我々は「子供手当」という名の消費的支出ではなく、「高度な教育・科学技術教育」への集中投資を求めるべきなのだ。
「私の税金を使って、Googleやトヨタで外貨を稼ぐエリートを育てろ。底辺を底上げしろ。そして彼らが納める税金・社会保険料から、私の年金を払え」
これこそが、人口減少社会における正しい株主(独身納税者)の要求ではないか。
難しい経済用語はやめて、もっと単純な「出資と配当」の話をしよう。
現状、独身者が払っている支援金は、ブラックボックスに消えている。「誰かのために使われたらしい」で終わりだ。これでは納得感がない。
あなたが現役時代に払った「子育て支援金(現在の一部の税金や社会保険料)」は、特定の世代への「教育ファンドへの拠出」として記録される。
30年後、その投資を受けて育った「元・子供たち」が働き始めたとき、彼らの稼ぎ(GDPや平均賃金)がどうなったかで、独身・子なし世帯であるあなたの年金増加額が決まる。
あえて悪く表現するが、財布であるあなたの投資によって高度な教育を受けた子供たちが、Googleやトヨタでバリバリ稼ぐ「年収1000万プレイヤー」に育ったとする。彼らはガッポリ税金を払う。
政府は「スポンサー(独身者)のおかげで優秀な納税者が育ちGDPが増えました」として、その増えた税収の一部を、あなたの年金に「ボーナス」として上乗せする。
教育政策が失敗し、低賃金労働者ばかりになったら、あなたの年金ボーナスはゼロだ。
だからこそ、あなたは必死に政府を監視するようになる。「おい、俺の金を変なイベントに使うな! それに使うくらいなら科学教育に使って稼げる人間を育てろ!」と。
要するに、ただ金をむしり取られるのではなく、「将来、彼らが稼いだ金の一部をキックバックしてもらう契約」を結ぶということだ。これなら「他人の子供」は「コスト」ではなく「金の卵」に見えてくるはずだ。
端的に言えば、子育てコストを負担した独身・子なし世帯であれば、負担しなかった人よりも将来の年金が増える。
そういう「リスク・リターン」をシステムに組み込むことだけが、公平性を担保する唯一の方法だ。
感情論で「子供は宝だ」と言われても、負担が増える側は納得できない。
必要なのは、「独身者が払ったコストが、将来のリターン(物理的労働力と高付加価値税収)として返ってくる」という明確な社会契約・金融取引だ。
国家が「産めよ増やせよ」を強制するのは、それが国家の生存戦略だから仕方がない。
ならば、そのコストを負担する独身・子なし世帯は、一方的に搾取されるのではなく、「子どもの筆頭株主」としてリターンを要求するポジションを取りに行くべきではないだろうか。
一応言うが、このGDP連動型年金権は現在支払っている税金や社会保険料が変わることがない。新たな制度を作り、税金や社会保険料から予算を組み替えるだけだ。
税金や社会保険料が変わるとき、それは従来通りに税金や社会保険料が変わるという法案が国会で通ったときだけだ。
GDP連動型年金権があれば、リターンもなく一方的に搾取される独身・子なし世帯は「リターンがあるかも知れない」という資産構造的にはプラスの可能性を単純に得られる様になるわけだ。
更にここへ確定拠出年金の様に、一口いくらで任意の年金増額オプションが存在したらどうなるだろうか?
独身・子なし世帯の中でも高所得者は日本社会全体の教育・労働スキル水準を引き上げる増資をするという選択肢に魅力を感じるはずだ。何故なら既に保有する国内金融資産もまた成長する可能性が上がるからだ。
これまで独身・子なし世帯の利点ばかり話したが、子持ち世帯にどのような恩恵があるのか話そう。
母子・父子家庭に言おう。年に1度は東京ディズニーランドへ子どもも連れて行きたくはないか?子どもを大学進学させたくはないか?良い会社へ入れたくはないか?
GDP連動型年金権は年金増額オプションまで含めれば国の教育関連予算が確実に増える。母子・父子家庭が日々負担する教育コストが下がる。
私はTVで「一度は子どもを東京ディズニーランドへ連れていきたい」と言っていた母子家庭の母親の想いを観たことがある。それが実現する。
そもそも、既婚者は誰しもが独身時代というものを経験して結婚する。当たり前の話だ。
つまり、GDP連動型年金権は今後婚姻する・しないに関わらず全ての労働者に影響する。「年金なんて払っても意味ねーよ」という若者を見たことはないか?GDP連動型年金権は税金や社会保険料を支払うと意味が必ずある。
独身時代を経験した既婚者にも納得感があるはずだ。子持ち世帯ならば尚更納得感があるだろう。
GDP連動型年金権は出産・子育て・教育政策と予算を子持ち世帯だけの聖域にせず、全国民の「自分ごと」化させる。
独身・子なし世帯が「その教育予算の使い方は良くない。真っ当な使い方をしろ」「年金を上げるため教育予算を絞るな。しっかり子どもを教育しろ」と言えるようになる。
街ゆく子どもは我々の年金だ。何と可愛らしいことか、大きく育てよという気持ちにさせるではないか。
これがGDP連動型年金権だ。賛同する者はブクマやX(Twitter)などSNSで宣伝しまくって政党や政治家にアピールしよう!みんなで教育へ投資し年金を増やしていこう!
意外なほど反応が悪くて驚いてる。
国家の生存本能として次世代への投資は避けられないという前提がある中で、賦課方式は枯渇すると予想されているのに、基礎年金の固定分を維持したまま次世代へ投資をする事で将来のGDPと連動して加算ボーナスリターンを得るという方式に対して賛同しない理由とは一体何だろうか?
煽りでも何でも無く、君たちは一体年金をどのようにしたいのだろうか?このモデルは自分の年金が増えるという利己的な行動原理に従うだけで良いんだぞ?君たちは「子供は宝だ」と言っても納得しないだろう?だったら利己的に自分の年金を増やせば良いじゃないか。何が問題あるんだ?