はてなキーワード: オードリーとは
録画できる再放送がなくなったのが惜しい
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
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・01 [隠し絵][ある人物の名前]松村沙友理 まつむらさゆり
・04 はつか(大根
・06 P
・08 [かけひきクイズ]琵琶湖 霞ヶ浦 サロマ湖 猪苗代湖
・09 北条政子 ほうじょうまさこ
・11 [ポチャッコクイズ:4ヒント:ある食べ物を]らっきょう
・13 ムエタイ
・14 [3択]サメ
・16 [どちら]前 足
・18 ビタミン)D
・19 三重(県
・21 江國香織 えくにかおり
・22 ファイナルファンタジー
・26 宮沢りえ みやざわりえ
・27 ルーク
・29 [国]チリ
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・30 [英語]メンション
・32 蛇の道は蛇
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(日曜本放送)
このあと14:15からは「[映]LiLiCoのLovin'Movies 『レッド・ブロンクス』」字幕スーパー原語音声のみ?
16:15 Go!Go!ゴルフ女子▼桜りん前澤杯の勇姿を公開!
16:45 ロングブレスで激変物語【2日間で驚きの腰痛改善】
(中略)
18:00 THE仕事人~おとなの社会科見学~【あの世界的企業!人気のヒミツに迫る】
オードリー若林アンパラレルドのBMI回見た。凄まじい技術だな
https://tver.jp/episodes/epdcxrrlhz
Brain Machine Interface(脳波とリンクする外付けデバイス。「念」を見える化する技術)
「リハビリ」させるというのが意外だ。以前からあるものは「脳波をキャッチして体を動かすサポート」というイメージだった
このBMIを使用して、脳卒中で麻痺した前腕をリハビリ6週間で「ほぼ健常」状態までもってくという驚異的な成果が示されていた
脳の損傷した部位を迂回して体を動かす。「違うルートの開拓」そして「開拓したルート」を脳に学習させる
なんかこういうの見ると「念じる」っていう能力を鍛えておく必要があるなと思う
念じるというか想像するかな
でも、考えてみれば元々「体を動かす(特に『スポーツ』)」っていうのは「イメージ」が大事だもんな
畳の上の水錬じゃないけれども、常日頃からちゃんとイメージして体を動かすようにした方がいいのかもしれない
番組後半で言ってたけど、このBMIを使ってアスリートの能力向上も見込めるとのことで
そんな高度なことも大事かもしれないけど、自分の様な「逆上がり出来ない」層にも希望の光を与えて欲しいものだ
小学校の体育でも導入すべき!!
それはともかく、自分は普段、PTが一生懸命リハビリさせてるのを見ているけれども、こういう技術が当たり前になってくれたら助かる患者も増えるだろうと思う
先進技術隆盛の現代ではこういったものが出てくるのは当然の流れよな
これからは「脳を損傷させない・損傷を治す」ということを目指すとともに「損傷してしまっても以前と同じ様に回復させる・動かせる」ことを目指すのも必須だ
若様の社会派番組、もっと増えたら良い。春日と偶にやってるAudrey!も良い
でも働きすぎるとまた体壊すので程々にしてほしい
俺さ、毎週この番組を電車の中でイヤフォンつけて聴いてるんだけどさ、全然ダイジョブなの。
よく電車の中で突然大爆笑しちゃって、変な人に思われちゃった、、、とかさ、ああいうの全然ないの。
面白くて笑っちゃいそうなトークでも、なんか全然平気で耐えれるタイプなの。
あのウンナンの番組で芸人が出てきて会場の誰か笑わせるとかあるじゃない?
おれ何年も前にあれの会場に行ってさ、実際に選ばれたのワイプに映る観覧客の一人に。
そのときもさ、ほんとクスリともしないどころか目尻が下がることすら無くて、なんかむしろ怒ってるのかな?
みたいな表情してて、我ながらコイツなにが目的でお笑い番組見に行ってんだ?って疑問に思うほど笑わないことには自信があるの。
でもさ、いや今回はやられたね。
完全に油断してた。
いや、あれはズルいわ。
とか、もう鬼のように期待値が下がっていた場面で突然あのトーク炸裂されたら笑っちゃうよ。
もうさ、「潜入」のところでマジで「ブハッ」って吹き出しちゃってさ、「あ、ヤベ」って思ったけど、もう止まらなくなっちゃってゲラゲラ笑っちゃったよ。
homarara
homarara 今の子は、若気の至りがネットに残っちまって大変だな。そんなの「あの頃は若くて馬鹿だった」で済ませられるべき思い出なのだが。
bowbow99
bowbow99 読んでて「ワカルー」感と「ワカンネ」感を両方とも強く感じた。
mmhry
mmhry 『結局、自分なんてのはいなくて他人の寄せ集めで出来ているのです。でもそういう他人の寄せ集めのことを「自分」と呼ぶことになっているのです』ってのを読んだ事があって、それで結構楽になった記憶がある。
chintaro3
chintaro3 そういう失敗は誰しもあるもんだと思うよ。自分も1つ間違えば狂気や犯罪のすぐ隣に居る、と気づいて自制することで大人になって行くのさ。
Gonzoo
Gonzoo いろんな人のいいところを抽出して、ちょっと自分のエッセンスを加えて自分ってものを作るんじゃないのかなあ。全部ゼロイチから作ってたら非効率でしょ
stressersyo-gunn
tanority ノートとペン持ってタリーズに行ってくるね。コレすら誰かのロールだと思ってしまう。 いや、悪いことではないと思うけど、なんか不思議。自己啓発などは真似しろよだけど…。
KariumNitrate
KariumNitrate 服装とか所持物とかでそういうのを気味悪がられる漫画は見たことがある。そういう人の気持ちが分からないのであれば無難に徹するべきなのでは。俺も人の気持ちが分からんのでなるべく慎重にしてる(つもり)。
jou2
jou2 “ただ、わたしが彼女を好きすぎて”書いた人が女性だとわかる前はウゲーって思った。書いた人が女性だとわかったら、まぁ、こんな事もあるかなと納得。なるほどなー。HAGEXがこういう人の被害者たまにまとめてたよね
lbtmplz
lbtmplz 相手がやめるまでってのは一体どんな異常性なんだ…
duckt
duckt そもそもそういうのを「ロールモデル」って言うんか?
2019/07/29 リンク yellowyellowyellow
kozilek
kozilek 相手から「影響」を受けない付き合いに、何の意味があるのか。全く同じ個人はいないんだし、影響を受けた上で自分で消化すればいいだけ。それを隠していたのだけ、ちょっと失敗だったかもね。
HiroPiano
HiroPiano 全部真似されても嫌だけどなりすましアカウントはそりゃ恐怖だ。何が好きかわからないならこれから自分と向き合えば好きなものが沢山見つかる可能性があるのだから色々やってみて、増田の好きを楽しめるといいね。
amsfish
amsfish その人を真似したいというより、その人を真似して周りにちやほやされたかったんじゃないの?なりすましみたいなことは良くない。ロールモデルがあるのは別におかしくないと思う。
fourddoor
fourddoor 名言集だって、あたかも自分が考えたかのようにベラベラ披露してたら元ネタ知ってる人はドン引きするよ…増田がやったのはそういうことでしょ
puruuuun
puruuuun そういうのを解決するためのサービスになってほしいと、密かに応援してるサービスがある。https://camp-fire.jp/projects/view/158148
HanaGe
HanaGe 真似は誰もが通る道。でも成りすましはね、ちょっとね。ノートに「自分の取説」書いてみると、客観的になれるかもね。
onionskin
onionskin 学びがある
tripleflat
tripleflat 10代後半から10年くらいは自分も思い当たる節があるな。いろいろ恥ずかしい思い、反省を踏まえて今は自分で好きだと言えることを楽しんでいる。
bengal00
bengal00 増田が何がしたい人なのか明確じゃん。人のマネがしたいんだよ
ysync
ysync ストーカーチックなのがキモい原因じゃ?師匠扱いなら別にお互いさほど気まずくならんくね?
ymtk0815
Alice1017
Alice1017 “「映え」を意識して行動できなくなったら、見栄を誰に張っていいか、どう張っていいかわからなくなった。”映えを意識して見えを張ることでアイデンティティを保っていたのか
fatpapa
fatpapa 憧れてる人と同じ事をし同じ物を好きになりたいって同化欲求は多かれ少なかれあろうがSNSで晒し承認欲求をも満たそうとするのは自分に自信がないゆえか。いつまでも真似ばかりでは成長できず歯止めがきかなくなるから
nakab
nakab コピーなんてしようと思ったことないから、一種の才能なんだと思う。
namisk
namisk あゆとかあむろちゃんとかに熱狂して外見まで真似る周囲の女子たちが不可解だった。今は対象がSNSの有名人になるのね。距離が近い人を真似すると問題あるかもね。 増田 人生
ht_s
ht_s これ、会ったり手紙のやりとりしてなかったら特に問題ないのでは? 何から何まで真似してしまうほど憧れてる相手とリアルにつながったのがミスなだけで。真似された側は当然不気味でしょう。
droparound
droparound 絵とかもまずは模倣から入って自分の絵柄を探すものだし、ロールモデル自体は悪くないのでは。悪いのは自作発言だよね
2019/07/29 リンク yellowyellowyellowyellow
satovivi
satovivi なりすましをした理由を掘り下げていけばいいかも。したいことより、したくないこともいっしょに掘り下げるといいよ。徹底的にイヤイヤ言っていたら、絞り込み検索になるから。
abeeei
abeeei リアルでそれをやられた側になったことがあるのでトラウマを思い出した。/ お金や時間を使って試行錯誤した労力をかすめ取られたような気持ちになる。ぜひご自分で努力を重ねて欲しい、あともっと適当で良いと思う。
peketamin
peketamin 真似を通じてでも獲得した感性は自分のものだし、いいと思う。感受性が高くて器用だから理想が高いのかな。追い求めるのが苦しくても楽しければ辞めなくてもいいと思う。あとはこれは増田本人の話なのかどうか _FAV_
behuckleberry02
behuckleberry02 書物にロールモデルを求めてリアルで真似してた頃はなんの問題もなかった訳で。ネットとリアルを切断出来なくなった若い世代特有の問題っぽいな。とりあえず昔の人からロールモデルを探せば解決。
tsu_nyan
tsu_nyan みんな、誰かが作った服を着て、誰かが作ったものを食べて、誰かが作った家に住んで、誰かが作ったサービスを享受している。個性なんてものはその組合せに過ぎないから気にしなくて良いのでは
anepan
anepan 最初は戦慄してたけど最後まで読んだらなんか救われた気持ちになった
e_pyonpyon21
e_pyonpyon21 30年くらい前は、月刊誌に女優さんやモデルさんの長いインタビュー記事がきれいなグラビアと一緒に載っていた。いまはそれがSNSで各人ごとにカスタマイズされている。二十歳過ぎ?わかいわかい。
sand_land
sand_land 程度問題。
pixmap
2019/07/29 リンク yellowyellowyellowyellowyellowyellowyellow
itotto
itotto 真似してただけじゃなくてなりすましに近いことをしてたってこと?やり直せるかどうかは人によりけりだけど自分はこういう人は無理じゃないかなと思う。 増田生活雑記
2019/07/29 リンク yellow 9 clicks
toaruR
toaruR うんうん。ジュブナイル
heaco65
heaco65 なりすましがまずかっただけで、大なり小なりみんな誰かの真似で生きてると思うけどね
kkobayashi
rue325
rue325 私は、真似られるの大歓迎よ。全然気持ち悪くないし怖くないわ。人の真似をするって罪悪感を持たなくてはいけないことなのかしら…。
yubi1guitarbook
yubi1guitarbook 失敗の度合いによるでしょ?
Ayrtonism
Ayrtonism 「誰にも頼らずじぶんの言葉でなりたい姿を考えるべき」とは思わないな。むしろ、なりたい姿になって、でもSNSで発信する必要がないくらい自分のものにすればいいんじゃないかな。
hoihoitea
hoihoitea 運動と瞑想をしない者の末路はいつも悲惨だ。なぜやらなかったのか。もう駄目かもわからんね。 増田
viperbjpn
kimmugi
kimmugi タリーズで読んでたから最後の文書ちょっと怖かった
minoton
minoton こんだけロールモデルがいるなら、混ぜてアウトプットできれば、誰にも迷惑はかからないんでは
false_alarm
false_alarm 相棒でもこういう話あったな、あれは麻薬売買とかに絡んでいったけど
roja123
roja123 自分以外は他人ということがわかってなかっただけ。他人へのリスペクトがあればこんなことは起こらなかっただろ。人はみんな他人のマネでできている生き物だからマネするのはしょうがないだろ( ・ω・)
akanama
akanama “一人だったら何がしたいとも思わない” … それはそれで才能だと思うから突き詰めてほしい。… 私は自分が好きなものを忘れてしまって、今もがいているので少し親近感がある。 応援はしてる自分語り
junglejungle
junglejungle 漫画の主人公に憧れて邪気眼のほうがマシだったか。
vaginally
vaginally 増田なんかやらない方がいい
iasna
iasna “だって自分だったら、自分みたいになりたくて自分の真似をして生きてる人がいるとしたら気持ち悪いっていうか、怖くない?”←だいぶあたまおかしいなこの人
natukusa
natukusa 自分なんかは寄せようとしても寄せ切れない「へたくそな模倣」しかできないので、影響元がわかるくらい「うまい模倣」ができるのは一種の適正に思う。当事者を怖がらせない範囲で、適度に使えば才能だよ。
ustam
ustam お、『世にも奇妙な物語』の新作かな?
q-Anomaly
q-Anomaly おおーすごい、レディコミの怪談話に出てきそうな。最後は外見まで入れ替わるやつ。実在するの?
deep_one
deep_one 割とよくあるやつ…
jinjin442
jinjin442 クソくだらねぇ。もっと大きな悩みを抱えてなくてよかったなとしか思えないが(というか早く最初の街を出て冒険に旅立てと)、いつか大きくなって見返してもらえたら悔し嬉しい。
pollyanna
pollyanna 人真似の寄せ集めで自己形成しようとする人はネットでもリアルでもよく見かけるけど、増田のこの文章はとってもおもしろいし、もうひとりだちしても全然大丈夫なのでは。「食戟のソーマ 美作昴」で検索だ。
cunlingusmaster
cunlingusmaster 憧れの先輩や同輩の真似するのって健全で、2年も経てばそんな時期もあったなくらいにしかならんのよね
timetrain
timetrain 自分も最初は隣のクラスのとんでもなくすごい同級生の真似というか劣化コピーだったので、それに気づいてからが人生の本番じゃないのかなと思う 増田人生SNS
kura-2
kura-2 見栄をはる必要のなさ。自分のために生きていないのは虚しい
pandachoco
pandachoco やり直せる。 パクるのは1人だけだからよくない。10人からパクって混ぜたらもうオリジナリティになる。みんなやってること。ただ、みんな誰から影響されたかあまり考えてないだけです。
white_cake
white_cake 全然やり直せるし、真似しているつもりでも続けていけばそのうちどうしても真似したくない、あるいは真似じゃないけどやりたいことが出てくる気はする。そんなに真似できることがすごいとも思うし。
2019/07/29 リンク yellow 87 clicks
ayumun
ayumun “自分みたいになりたくて自分の真似をして生きてる人がいるとしたら気持ち悪いっていうか、怖くない?” それが割と平気な人がなるのが芸能人ですやん。
gimonfu_usr
gimonfu_usr ( はてな匿名ダイアリは21世紀の純文学テーマの倉庫 ) web作法
north_god
north_god 自分の人生において主役になれない人は無理しても辛いので、誰かのファンとして尽くす人生もそれはそれでいいと思うんですよ。こんな数行で済む事を馬鹿にされないよう長々と書く人が我が道を行く何て無理でしょ
towerman
towerman 丸パクするからうまくいかないし、逆に、オリジナルを生み出そうとすると無理がある。少しずつバラして、寄せ集めて、ちょっとだけ変えれば、それはもう自分のものになる。
srng
srng こういうの、女性社会ではSNS外でも普通によくある話と聞いたことがあるが
aienstein
aienstein 全然大丈夫だと思うけど…3ヶ月でやるべき事を全部書いてみる、次にその中に「ちょっとやってみたい事」、気になる映画を見るとか、名前だけ知ってる温泉に行くとかを織り交ぜていくのは。色々やってみるのが大事。
nowandzen
dora_m
dora_m ブコメが自分を空っぽだって認めるところがスタート、と言ってる人が多くて意外だった。能力が無いし辛いとかはよく思うけれど、自分を空っぽだと思ったことは(短時間とかはあるけど)なかったから
dbfireball
dbfireball 「ロールモデルとして参考にしてた」っていうより「熱狂的なファン」だった感。相手が芸能人だったら何も問題はなかったんだろうけどね。 社会
nuu_n
nuu_n 簡単に自分の好みや思いを足せって言う人いるけどその好みや思いが他人と丸被りなんだろう。その結果自分がなくなったように錯覚する。それが嫌なら自分の好みを曲げてでもあえて人が選ばなさそうな選択を心がけては
kagecage
kagecage 心の声を聞くんだ、ってトイストーリーでもいってたなあ
Ereni
Ereni 好きだと思うものって、自分とどこかしら似てるんだと思う。そういうのは後から気づく事がある。ネットだと意識が肥大化するのでやり過ぎになりがちで、その自分を客観的に見れるのならまあ大丈夫ではないのかな。 増田
yoiIT
yoiIT 何かにならなくて良いよ。モブの人生を受け入れよう。
pandaman47
pandaman47 無駄な労力は費やしたくないからインプットは大切だけど意思決定までコピペはまずいよね。持ち家派/賃貸派とかのライフスタイル選択とか政治の右派/左派とか根深いレベルでもあり得る話なんで気をつけたい。
chikayours
chikayours 何者にもなれないのが自分であるということの受け入れどきでは?その後にどうするかで決まると思うよ。誰もが何者かになれるわけじゃないからね…そしてそれは悪いことじゃなくて、ほぼ全ての人が当てはまる。
2019/07/29 リンク yellowyellowyellow
hungchang
hungchang こんなヤバい奴がこんなにも自分を客観視できるものなのか。 増田
2019/07/29 リンク yellow 6 clicks
Ni-nja
Ni-nja 参考元が近過ぎただけで、雑誌の読モとかインスタインフルエンサーはむしろウェルカムだと思う。彼女の作った成果をパクるんじゃなくて彼女の元ネタを聞ければよかったのかな 増田人生考え方
2019/07/29 リンク yellow 5 clicks
alt-native
alt-native そこまでわかってるなら とくに言えることはない。時間が解決するし、黒歴史になるだけ。誰だって 黒歴史の2つや3つ 抱えてる。清いまま生きてる奴なんかいない。
perl-o-pal 何言ってるの?自分は空っぽだ、って気づく所が大抵の人の出発点じゃない?//まあ、SNSの人からは嫌われたかもだけど、周囲の人からは支持されてるんだからいいんじゃない?
Recheru
Recheru 憧れる人がいて羨ましい。わたしは美人にしか憧れることが出来なくて、それ以外の女性のどこが優れていても憧れは持てないから、目指すことができない。こういう考え方を忌み嫌ってるのに、自分がまさにそれ。
houyhnhm
houyhnhm 邯鄲の歩み、というやつだなあ。別に何も真似せんでええんやで。
2019/07/29 リンク yellow 5 clicks
shikiarai
shikiarai お前はお前だ。自分で分からなければ人に聞け
chihiro-ikw
ikarino-ikaring
あちこちオードリーおじさん勢揃い回にて「最近のアイドルがわからない」という古来から言われ続けた文言が飛び交っていた
自分は年齢を重ねたからわからないのではなく、昔から全然わからない
「自然と耳に・目に入ってくるだろう」って言うけど、ずっとネットしか眺めない生活なのに自分の嗜好以外のものが入り込むわけないだろう
(ましてや田舎だと繁華街も無いので、垂れ流している音楽で流行りの曲が聴けるとかも無い)
視聴するメディアが選択性になった時点で、世間の流行りから大きく引き離されることになる
というか今ほどネット全盛でなくとも、芸能人ってのは意図して情報を収集しないと知識が欠落する対象だと思う
歌手なんて最たるもので、歌番組や(タレント活動をしている歌手の場合は)バラエティを見ない限り知り得ない。好みのジャンル以外は完全に除外される
サブスクで流行っているもののランキングが表示されているが、それを聴きに行く努力もしない
世の中のディスコミュニケーションって、これも一因なのかもしれんな(そんなこと言われ尽くしてるんだろうけどな)
「誰でも知ってる芸能人・ドラマ・映画・曲・スポーツ」みたいなのが無いもん。共通の話題が
別にそれで良いと思う
これ思い出したhttps://note.com/ao8l22/n/n382fcb80113b
「できる人」をバカにするのはもうやめよう
インターネットの悪いところの1つとして、「できない人」の声が大きくなるところがある。「要領よくできる人」「コミュニケーションがうまい人」「なんだか楽しそうにしている人」のことを、そうじゃない人が「自分はできないけど」と自虐含みでバカにする。羨ましさが反転して攻撃になる。
たとえば発達障害なら、発達障害ではない人のことを「定型発達」「健常者」などと言い、「定型発達」の生きやすさと発達障害の生きづらさを言い連ね、「定型発達」の人々が非常に無神経であるかのようにまとめる。しかしかなり言いがかり的なものもあるというか、「定型発達、そんなスーパーマンじゃねえから…」と言いたくなるようなこともある。人間、だいたいグラデーションだ。
https://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/workshain/status/959066779929604096
で、クワーッとなったのを抑えるために、オードリー若林正恭の「完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込」(角川文庫)を読んだ。とてもよかった。
すごいよかったのは、若林の言っていることがだんだん変化すること。連載の最初では「スタバで『トール』っていうのが恥ずかしい」と言ってたりするのだが、途中から「別に恥ずかしくないぞ!」と言い出す。過去の自分のネタ帳を読んでこう振り返る。
「テレビに出たい!」「お客さんに笑ってもらいたい!」となぜ素直に書けなかったのだろう。他人事のように考えを巡らせた。それを書いたら最後、いよいよ本格的に自分の力不足を直視しなくてはならなくなるからだろうな。それを書く強さなんて勿論持ち合わせていなかった。だからこそ、それを手にする気がないことを殊更に強調することが、当時の精一杯の自己防衛だったのだろう。
この辺りの文章が超絶に刺さった。素直にうらやんだり、素直に悔しがったり、素直に憧れるのは体力がいる。それよりもちょっとスカしたふうにふるまったり、すごい人をかえって下げてみたりしたほうが全然傷つかない。でもそんなひねくれやこじらせた自意識や他人に対するレッテル貼りは、人間を不自由にする。
全然関係ない話なのだが、私は非常に感謝していることがある。むかし「部屋が汚い」ということを記事にしていたら、「発達障害(ADHD)なのではないか」というコメントをもらった。それに対して私は「そうなのかな?」と思っていたのだが、自身がADHDであり、それについての文章をよく書いていたYさんが、そのことについて怒ってくれた。その怒ってくれたものの中身はあんまり覚えていないのだが、「青ちゃんは部屋が汚いことを気にしているのに、そういうレッテル貼りはいかがなものか」のようなものだったような気がする(違ったかもしれない)。
ADHDがらみの話は私の中で非常に混迷している。ADHDの特徴を、当事者やその周りの人が知っておくことは、生きやすさ、過ごしやすさにつながると思う。「どうして自分はこんなにできないんだろう」と悩んでいる人が、ADHDの情報を知ることは、とても救いになるし、大事なことだと考えている。
ただそれは当事者と、その周りの人が楽しくコミュニケーションするために知っておくべき情報であり、赤の他人がその相手を理解しやすくするためにレッテルを貼り付けるものであってほしくないという気がする。たいていそういうのは雑になるものだから。それは「発達障害」という言葉でもあるし、「定型発達」という言葉でも同様に発生している。
ttps://x.com/ao8l22/status/960065753872416772?s=20
ttps://x.com/ao8l22/status/960066055988129792?s=20
ttps://x.com/ao8l22/status/960093910063235072?s=20
②パク増
③パク増再投稿(元のパク増本人?)
自分よりプラスに見える人間をまずバカにするやり口、本当に好かない。リ..
https://archive.vn/2021.03.19-214155/https://anond.hatelabo.jp/20210319191550
なぜ、と思われるだろうが自分の実感としてふとそう思ってしまったのだ。
一つずつ自己分析も含めて書いてみる。
つまり番組が長い。4分ネタを13本で計52分。その漫才を観るために3時間弱も観ていなければならない。4分間の笑いを競っている競技で皆そこに命を懸けている状況なので、それ以外の場面で出場者を超えるような笑いを狙いはしない。今田や審査員が場を暖めるような笑いは上手く作り出しているがその程度。2時間番組で十分だと思うのだが、制作サイドの意向がある。できる限り視聴時間を稼ごうと思って審査員紹介などにたっぷり時間をかける。結果M-1やその審査が一層神聖化され次の要素にも繋がる。
出場前後も番組化していることを考えると本当にTV局側の欲張り加減がどんどん笑いの密度を薄くしているように思う。ネタ部分だけ観ればいいというのは一つの対策ではあるが逆に番組としては面白くないということを証明してしまっている。
司会や審査員も番組を盛り上げるために笑いどころは作ろうとするが、万が一にも演者に迷惑をかけないように皆ピリピリしている。当たり前だ。変にウケすぎたり滑ったりしてそれが演者のネタやウケ具合におかしな影響を与えてしまったら彼らの人生に関わる。結果恐る恐る打つ腰の入らないパンチで番組は進行する。
自分としては審査中に上沼恵美子が突然自分のCDを紹介したような、ああいう適当さがもっとないと番組としてはつまらなくなると思っている。「それで順位が変わったら」みたいな議論や、とろサーモン久保田事件も気持ちはわかるが、決勝に出て面白かったらちゃんと売れるから神経質にならないほうがいいのではないかとも思えてしまう。オードリーもメイプル超合金も優勝はしていないのだから。しかもメイプルはかなり下位だった。
そういう意味で山田邦子の審査もいい。今年はいなかったのが残念だった。ちなみにダウプラで知ることになるのだが、山田邦子を審査員に推薦したのは松本人志のようで、自分と完全に同じ考えではないかもしれないが、ある意味審査に崩しを入れたほうがよくなると考えたようだ。
こういう番組や企画がどんどん大きなものになり徐々に面白くなくなっていく現象は過去にもいくつかみた。大喜利、すべらない話、笑ってはいけない、そしてM-1など。TV局が目玉コンテンツにしようとすればするほどこういう現象が起きる。
話はそれるがこれらの現象の始まりにほぼ松本人志(とそのチーム)が絡んでいることが驚異的である。大喜利や漫才は昔からあるが、それが一般に普及するフォーマットになり競技化され社会現象になるのを長年観てきた。松本人志にはTV局都合に巻き込まれずダウプラで面白いものをのんびり育ててもらいたいと思っている。あと5年早く始めてほしかった。
ここからネタにも言及する。いや、面白んだけどさ。実際に「笑わ」ないのよ。つまりプッと吹き出して笑ってしまうような場面が自分としては少ない。どちらかというとすごいな〜、これよく思いついたな〜という感心、感動に近い感覚で見てしまっている。だから結果面白いんだけど想像の範囲内という感じ。ずっと無表情で観ている。これはM-1の宿命だが、こちらは日本一面白いものを観たくて「さあ笑わせてもらおう」という姿勢なので、日本一ハードルが上がった状態で観ているわけだ。そりゃそうなるだろうと思う。
ただ、もちろん皆さん素晴らしいネタを作ってくるのでたまにその期待を完全に裏切るネタに出会えるしその時のみ心から笑える。
今年ではたくろうは笑ったと思う。ああいう、突然無茶振りをされ、困りながらギャグを打っていく大喜利でツッコミ無しのスタイルが新鮮過ぎた。そして本当に突然無茶振りされたかのような上手すぎる演技に完全にやられた。何度も観た。こういう漫才はずっと記憶に残るが、M-1の決勝ですらそれほど出会う機会はない。たくろうにしても「もう知ってしまった」から次はそこまで笑えない可能性もある。
過去に同じようなインパクトを感じたものでいうと笑い飯のWボケ、ミルクボーイの行ったり来たり漫才など、新しいシステムを知ったときにガツンとツボに入ったことが多い。昔はM-1ももっと緩かったので気楽に笑えていたという環境要因で古いネタが多めに記憶に残っているかもしれない。
M-1は4分で最大の笑いを生み出し、予選から決勝まで勝ち残るという途方もない道のりを乗り越えなければならない。結果漫才の内容は先鋭化し、期待を裏切らない似たような構成のものが増える。見る側も先鋭化しその文脈で漫才を観てしまう。例えば最初の1分近くを前フリに使ってこれから笑いを起こそうとするようなネタを観ていると「初速」など本来視聴者が意識する必要のないキーワードが頭にちらついて心配になってくる。
先鋭化を上手く裏切ってくれた例としては、スタート時にマイクの前に来ない、スタート前にツカミを作った真空ジェシカのあれは発明だと感じたが、それもいい「ツカミ」として観てしまう自分がいる。「ボケ数」という概念を裏切って長い沈黙時間を作ったスリムクラブなど。どれも面白いんだけど、観る側が余計なこと考えすぎているからこその裏切りであり、本来そんなものいらないはずなのだ。
自分からすると2年連続優勝した令和ロマンのネタはそういう先鋭化の果てにあるように思えている。詳しくはないが本人の発言からもよくM-1の笑いの法則を研究したというイメージで、枠組みをぶち壊して笑いを起こすようなネタではないと思う。令和ロマンはM-1で計4つのネタを披露したが、皆憶えているのだろうか?自分は正直断片的にしか憶えておらず吹き出したような記憶もない。
最近、ラパルフェが予選でやっているネタを知っているだろうか?去年はニューヨーク、今年は男性ブランコの完コピをするというものだ。正直今年は予測がついたからそこまでだったが、ニューヨークの完コピを観たときは思わず笑ってしまった。会場も最初から最後まで悲鳴に近いようなとんでもない笑いが起こっていた。当然だがそんなネタが決勝に出ることはない。彼らは賞レースの勝ちを捨てて笑いを取りにいっていた。自分としてはこういう笑いでいいのだ。
さて、タイトルは煽っているがダウプラを推したいという目的ではない。ダウプラがそこまで面白いのかというと、もちろん面白いものあればそうでないものもある。ただ、M-1への比較として自分が欲しい笑いがそこにあった、ということなのだ。
たまたまM-1前日に公開されたライブ配信番組「お笑い帝国大学 OIU」を観たのだ。一般人が大喜利ネタを投稿し、それがピックアップされ講評されるというよくあるスタイルだが、自分も大喜利ネタを投稿したのでもしかして取り上げられたら、という期待もあり観た。
90分の番組で5~6回、素人ネタで吹き出して笑った。何の準備もない、無防備な状態でやられたから移動中で少し人目があったにも関わらず思わず笑ってしまった。ネタが面白いということもあるのだが、それをピックアップする経緯、松本や笑い飯西田、ロングコートダディ堂前のトークの流れやフリがあって、面白くないネタで笑っている。そして自分も笑う。なんかバラエティの基本というか、こういうのでいいんだよ感が強く印象に残った。
とあるネタに対して松本が「こんなん評価したらあかんで、絶対に間違ってる。でも笑ってもうてん」みたいに言っていたネタが一番評価されていた。確かにM-1で笑いを取れるような角度のものではなく本当に適当に考えたんじゃないかと思えるような雑なネタだった。でも実は3人ともそのネタを選定していたという事実が判明し、じゃあやはり面白いんだ、ということになる。その日、その場ではその「間違った笑い」こそが正解の笑いになった。
自分の求めるような笑いはM-1を観るからそこにないのであって、普通に地上波の別の番組とかYoutube観てたらいいんじゃないの?とは思う。いや地上波全然観てないからわからないんだけど。ただたまたまM-1と同日に観て比較対象になったので書かせてもらった。