前回は、収容所に入れられたイギリス人がどのように秩序を確立していった過程について説明がありました。
今回ご紹介する記述部分は、日本人が作りあげる秩序にはなにが必要とされたのか、日本軍の実態を引用しながら説明している箇所です。
一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)
(1987/08)
山本 七平
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(前回の続き)
ではなぜ何もできなかったのか?
なぜ暴力支配になるのか。
これはわれわれだけの問題ではない。
同様の事件はシベリアの収容所にもあった。
では敗戦が理由か、否、帝国陸軍には悪名高い私的制裁があり、それは天皇の命令に等しいはずの直属上官の直接の厳命でも、やまなかった。
従って、暴力支配は、勝利敗北には関係なく、一貫してつづいているのである。
なぜ、なぜなのか?
考えてみれば、収容所とは、サント・トマスであれカランバンであれ、少々残酷な言い方だが「民族秩序発生学」を研究する実験場のような所である。
帝国陸軍とはいえ、徹底的に潰滅させられた残り二割が、降伏・収容・輸送の途中で残存のかすかな指揮系統さえ払拭されてごちゃまぜにされ、さらに将官・将校・下上兵と分断され、兵科も各部も階級も無視して機械的に五百人ずつの一組にされ、それが数組ずつ各収容所に入れられ、そこで勝手に秩序をつくらされる。
これは互いに顔も知らない、米英蘭等のさまざまな人間を、サント・トマス大学に入れ、そこへ囲い込んで勝手に秩序をつくらすのと、同じような実験であろう。
ただ彼らとわれわれとの違う点は、日本軍が秩序をつくろうとせず放置していたのに対して、米軍はその”民主主義教育癖”を発揮して、しきりと民主的秩序を造らすべく指導したことである。
従って外形的には何やら”員数組織”があった。
だがその内実は、帝国陸軍の内務班同様、自然発生的な別秩序に支配されていた。
帝国陸軍の「兵隊社会」は、絶対に階級秩序でなく、年次秩序であり、これは「星の数よりメンコ(食器)の数」と言われ、それを維持しているのは、最終的には人脈的結合と暴力であった。
兵の階級は上から兵長・上等兵・一等兵・二等兵である。
私的制裁というと「兵長が一等兵をブン撲る」ようにきこえるが、実際はそうでなく、二年兵の兵長は三年兵の一等兵に絶対に頭があがらない。
従って日本軍の組織は、外面的には階級だが、内実的な自然発生的秩序はあくまでも年次であって、三年兵・二年兵・初年兵という秩序であり、これが階級とまざりあい、両者が結合した独特の秩序になっていた。
そしてこの秩序の基礎は前述の「人脈的結合」すなわち”同年兵同士の和と団結”という人脈による一枚岩的結束と、次にそれを維持する暴力である。
二年兵の兵長が三年兵の一等兵にちょっとでも失礼なことをすれば、三年兵は、三年兵の兵長のもとに結束し、三年兵の兵長が二年兵の兵長を文字通りに叩きつぶしてしまう。
従って二年兵の兵長は三年兵の一等兵に、はれものにさわるような態度で接する。
表面的にはともかく、内実は、兵長という階級に基づく指揮などは到底できない。
それが帝国陸軍の状態であった。
このことは「古兵殿」という言葉の存在が的確に示している。
一等兵は通常、階級名をつけずに呼びすてにする。
しかし二年兵の上等兵は、三年兵の一等兵を呼びすてにできず、そこで「○○古兵殿」という呼びかけの尊称が発生してしまうのである。
考えてみればこれは、収容所に入ったあの夜「牢名主」の幕舎長から言われたことであった。
そして、虚構の階級組織が消失し、収容所で自然発生的な秩序がでてきたときは、その実情がむき出しになり、人脈・金脈・暴力の秩序になった。
サント・トマスの「秩序維持の法廷と陪審制度」などは、連い夢のおとぎ話に等しい。
小松さんは『虜人日記』で、この暴力支配の発生・経過・状態を、短く的確に記している。
「暴力団といっても初めから勢力があったわけではない」のだが、自ら秩序をつくるという意識の全くない「PW各人も無自覚で」「勝手な事を言い、勝手な事をしている」うちに、暴力的人間は、食糧の横流しなどで金脈・人脈を構成し、いつしか全収容所を抑えた。
「各幕舎には一人位ずつ暴力団の関係者がいるのでうっかりした事はしゃべれず、全くの暗黒暴力政治時代を現出した……彼らの行うリンチは一人の男を夜連れ出し、これを十人以上の暴力団員が取り巻き、バットでなぐる蹴る、実にむごたらしい事をする、痛さに耐え兼ね悲鳴をあげるのだが、毎晩の様にこの悲鳴とも唸りとも分らん声が聞こえて、気を失えば水を頭から浴せて蘇生させてからまた撲る、このため骨折したり喀血したりして入院する者も出て来た。
彼らに抵抗したり口答えをすれば、このリンチは更にむごいものとなった。
ある者はこれが原因で内出血で死んだ。
彼らの行動を止めに入ればその者もやられるので、同じ幕舎の者でもどうすることもできなかった。
暴力団は完全にこの収容所を支配してしまった。
一般人は皆恐怖にかられ、発狂する者さえでてきた」。
そして米軍が介入して暴力団が一掃される。
するととたんに秩序がくずれる。
「何んと日本人とは情けない民族だ。暴力でなければ御しがたいのか」。
これが、この現実を見たときの小松さんの嘆きである。
(次回に続く)
【引用元:一下級将校の見た帝国陸軍/言葉と秩序と暴力/P298~】
上記の記述を読めば、日本人の組織においては、戦前の帝国陸軍での私的制裁、戦後の収容所での暴力支配と戦前戦後一貫して、暴力的性向が存在したことがわかるのではないでしょうか。
同じような指摘は、著書「日本はなぜ敗れるのか」においても見ることができます。
以下、引用しておきます。
日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
(2004/03/10)
山本 七平
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(前回の続き)
以上の引用は、だれにとっても「いやな」記述であろう。
人間にとって、「苦しかったこと」の思い出は、必ずしも苦痛ではない。
否、むしろ楽しい場合さえある。
老人が昔の苦労を語りたがり、軍人が戦場の苦労を楽しげに語るのは、ともにこの例証である。
従って、人にとって「思い出すのもいやなこと」は、必ずしも直接的な苦しみではない。
結果的には、自分にとって何ら具体的な痛みではなかったことでも、それがその人間にとって最も深い「精神の創(きず)」、永遠に癒えず、ちょっと触れられただけで、時には精神の平衡を失うほどの痛みを感じさせられる創になっている場合も少なくない。
以上のことは、人が、そのことを全く語らないということではない。
語っても、その本当の創には、本能的に触れずに語る。
収容所のリンチについては時としては語られることはあってもそれを語る人は、なぜそれがあり、自分かなぜ黙ってそれを見ていたのかは、語らない。
そして、だれかがその点にふれると、次の瞬間に出てくるのはヒステリカルな弁明であっても、なぜその事態が生じたかの、冷静な言葉ではない。
時には一見冷静な分析のように見えるものもある。
だがそれを仔細に検討すれば、結局は一種の責任転嫁――戦争が悪い、収容所が悪い、米軍が悪い、ソヴェト軍が悪い、等々である。
しかし、同じ状態に陥った他民族が、同じ状態を現出したわけではない、また同じ日本人の収容所生活でも常に同一の状態だったわけではない、という事実を無視して――。
だが人が夢中でその転嫁を行なっているとき、それは、その人の最も深い創に、だれかが触れた証拠にほかならない。
収容所におけるリンチ問題をとりあげ、日本人は一種の「暴力性向」があると、歯に衣を着せずはっきり指摘したのは、おそらく小松氏だけであろう。
一番いいにくいこと、それに触れられれば殆どの人が「かえりみて他を言う」という態度をとって逃げる問題を、はっきりと「余程考えねばならない」問題として氏が提起したこと、これは本書のもつ一つの大きな価値である。
では一体なぜ、的確に、小松氏が記しているような事態を招来して行くのか。
そこには”一握りの暴力団”と”臆病な多数者”がいたのであろうか。
そうはいえない。
例外者を除けば、そこにいるのはジャングル戦の生き残り、みな銃弾の洗礼をうけ、餓死体の山を通り抜けて生きてきた、強靭な人びとであった。
では一体なぜこの人びとが、かくも唯々諾々と暴力の支配をうけ入れていったのであろうか。
小松氏のいた労働キャンプでは、確かに、「作業」が、暴力団発生の一つの契機となっている。
では作業もなく、給与も余瑕も十分で、何の苦労もなければ、暴力団は発生しなかったのであろうか。
実をいうと、そうではなかったのである。
(後略~)
【引用元:日本はなぜ敗れるのか/第四章 暴力と秩序/P107~】
これらの記述を読んで最近つくづく思うのですが、日本人の組織というものを解明して、客体化して再把握しない限り、戦前の愚行を避けることは出来ないのではないのではなかろうか、ということです。
それはさておき、ようやく次回より、なぜ日本人がやすやすと暴力支配を受け入れてしまうのか、その原因について山本七平が分析している記述部分を紹介していきます。
ではまた。
【関連記事】
◆言葉と秩序と暴力【その1】~アンチ・アントニーの存在を認めない「日本軍」~
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