日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
(2004/03/10)
山本 七平
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(前回の続き)
しかしそれでも、この「人工の場」にいる間だけは、人間は、人間らしい感情をもっているのである。
そのことはまた、終戦のときの氏の記述にも表われている。
人間が、人間としての感情をとりもどす第一歩は、死体に対する態度かもしれぬ。
それは人間の文化の発生が死者への鄭重な埋葬にはじまることにも表われているのであろう。
氏は、終戦と同時に、死者への礼が復活し、それで、はじめて人間らしい感情を味わったと記しておられる。
◆サンカルロスヘ
渡辺参謀、河野少尉等と共に歩く速度は実に速かった。
船越等と歩くと余りゆっくりなのでかえって疲れたが。
死臭がした、道端に外被をかぶせ日の丸で顔を被った屍があった。
今日まで見た死人は皆服や靴ははぎ取られていたのにこんな屍は初めてだ。
久々に人間らしい感情が湧いた。
夕方明野盆地に着き渡辺参謀と別れた。
そして次に、氏がはじめて、「人情」を見るのが、敵兵の日本軍負傷兵への親切なのである。
◆捕虜収容所へ
九月一日未明、六航通関係全員が台上に整列、武器を持つ最後の宮城遥拝をし、中谷中佐の訓辞有り、「我々は朝命により投降するのだから堂々と下山せよ。病人には二人ずつの兵を付けよ」と、次いで銃の弾を抜き、コウカンを開き肩にかついでサンカルロスヘの道を急いだ。
遠々二千三百名の行列だ。
途中土民達が出てきて、これでもう安心したという様な面をしていた。
三時間程山を下った所に米軍の出迎えが来てい、各中隊に二人ずつの米兵がカラパーン銃一つを持って付きそった。
出迎えの米兵は親切丁寧だった。
そして将校にはKレイションー箱ずつくれた。
十二時昼食、レイションを初めて食べる。
久々に文化の味をあじわう。
川を腰までつかって渡渉すること二十回、やっと平地に出た。
我々の隊列の中に片眼、片足を失った兵がいたが米兵が彼の水筒に甘いコーヒーを入れてやり煙草に火を付けて与えていた。
山の生活で親切等言う事をすっかり忘れていた目には、この行為は実に珍しい光景だった。
久々に人情を見た様な気がした。
人という「生物」がいる。
それは絶対に強い生物ではない。
あらゆる生物が、環境の激変で死滅するように、人間という生物も、ちょっとした変化であるいは死に、あるいは狂い出し、飢えれば「ともぐい」をはじめる。
そして、「人間この弱き者」を常に自覚し、自らをその環境に落さないため不断の努力をしつづける者だけが、人間として存在しうるのである。
日本軍はそれを無視した。
そして、いまの多くの人と同じように、人間は、どんな環境においても同じように人間であって、「忠勇無双の兵士」でありうると考えていた。
そのことが結局「生物本能を無視したやり方」になり、氏は、そういう方法が永続しないことを知っていた。
「日本は余りに人命を粗末にするので、終いには上の命令を聞いたら命はないと兵隊が気付いてしまった……」
それは結局「面従腹背」となり、一切の組織はそのとき、実質的に崩壊していたのである。
社会機構といい体制といい、鉄の軍紀といい、それらはすべて基本的には、「生物としての人間」が生きるための機構であり、それはそれを無視した瞬間に、消え去ってしまうものなのである。
(終わり)
【引用元:日本はなぜ敗れるのか/第九章 生物としての人間/P244~】
人工に接したときに、生命の安全が保証されたときに、初めて「人間らしい感情」を抱くことができる。
しかしながら、「生物学的常識の欠如」は、そのことをあっさりと忘れさせてしまう。
日本軍は、この「現実」を無視したが故に、何十万もの(戦死者ではなく)飢餓死者を出すという悲劇を起こしてしまったわけですね。
現実から遊離することは、これほどまでに大惨事を引き起こすのだということを忘れてはなりません。
それがフィリピンの山河で眠る犠牲者に応える唯一の道ではないでしょうか。
【関連記事】
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