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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座の「錦秋十月大歌舞伎」。
歌舞伎座の「錦秋十月大歌舞伎」。簡単に観劇の備忘を。

昼の部最初は、近松門左衛門歿後三百年と銘打った、「平家女護島(へいけにょごのしま) 俊寛」

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菊之助が初役で演じる俊寛は、亡き岳父吉右衛門の当たり役。「岳父の境地を目指して」と筋書きで語る。菊五郎も勤めていない役を、歌六、又五郎と播磨屋の重鎮を脇に得て演じる。

ニンには無いかと思ったが、岳父の芸を残す気迫を感じる熱演。演目自体も良く出来ている事もある。部屋子出身の吉太朗が千鳥を演じるが、どこか心細い孤島の身寄りの無い海女を演じて印象的。この「俊寛」も、菊之助が自分の演目として、播磨屋の縁として残していければよいが。

次の演目、「音菊曽我彩(おとにきくそがのいろどり)稚児姿出世始話」は、曽我物に題材を取った新作。御大菊五郎の誕生月を寿いで、孫の眞秀が尾上右近と、曽我兄弟の幼少期を演じる。曽我物独特、歌舞伎の様式美に満ちた華やかな舞台。

巳之助は、筋書きで自分でも語った通り、随分と曽我物で朝比奈を演じているのだが、これがまた似合う。芝翫、魁春も出て、最後の場面のみ菊五郎が工藤左衛門祐経で登場。誕生日月で目出度いね。

昼の部最後は、江戸の口碑に残る大岡政談「権三と助十(ごんざとすけじゅう)」。            

大岡政談に題材を採った岡本綺堂の新歌舞伎。江戸長屋を舞台にした生世話物だが、最初はドタバタの喜劇調、そして推理激風になって、最後はめでたしめでたし。

権三を獅童、助十を松緑。家主六郎兵衛に歌六。気楽に見れてなかなか面白かった。

夜の部は、仁左衛門、玉三郎が出演だが、全体に歌舞伎色が薄い舞台。

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最初は、泉 鏡花 作「婦系図(おんなけいず)」。新派を代表する名作で、仁左衛門も何度か若き頃に客演しているが、玉三郎との共演は初めて。今までもお蔦役は殆どが新派の女優で演じられている。

今回の歌舞伎座公演でも、新派の俳優が多数出演。全般に台詞回しも歌舞伎調ではなく、彌十郎の酒井俊蔵のセリフはあまり調子良くないように思えたが。

仁左衛門は、将来を案じた師匠に別れろと説教されて従う、頼りない早瀬主税を演じるのだが、役柄上、堂々たる場面はあまり無いものの、若々しく見えるのには感心。掏摸から預けられた財布を後で投げ返してやり、舞台切りの偶然の再開で、自分も師匠に見いだされるまではろくでもない巾着切りであったと述懐するところは心を打つ見せ場。

玉三郎のお蔦は、柳橋の芸者だった身分を咎められ、好きな男とせっかく持った世帯を追われる哀しい女を切実に演じて心に残る。明治の元勲は田舎から来たからか、次々と芸者上がりを奥方にしたのだが、まだ社会全体では、男の立身出世には芸者を奥方にしては邪魔になるという雰囲気が残っていたのだろうか。

次の演目は、坂東玉三郎が監修した「源氏物語(げんじものがたり) 六条御息所の巻」。

「源氏物語」に描かれた六条御息所は光源氏初期の恋人。先の東宮の后で、高貴な身分で美しく、知性、教養も極めて優れた女性であったが、プライドが高く、光源氏よりもかなり年上である事を気にして源氏を熱愛する自分を押し殺す。しかし次々と新しい恋を重ねる源氏の相手に嫉妬し、源氏の他の恋人の下人から賀茂の祭礼で非礼な扱いを受けた事を契機に、更に鬱々と心を病んで、ついには生霊となって、源氏の恋人たちに次々災厄をもたらすようになる。

大変有名な登場人物で、様々な物語や芸能に引用されている。玉三郎が演じる六条御息所の相手役である光源氏は染五郎。
生霊に悩まされる葵の上が時蔵。彌十郎、萬壽。

舞台美術は、数々の御簾だけを背景に配して周り舞台が展開する、現代的かつ幻想的なもの。一種の絵物語のような雰囲気を現出している。玉三郎演じる六条御息所のオーラは素晴らしく、闇と光に満ちた美しい舞台。ただ、歌舞伎味は少ないかな。

余談ながら、私の高校時代の古文教師は、六条御息所を「ろくじょうのみやすんどころ」と読んでいた。この舞台では「みやすどころ」と読む。人間の記憶というのは、実に細かい事を覚えているものだなあ(笑)