はてなキーワード: 選挙期間とは
アメリカのイラン空爆後「#ママ戦争を止めてくるわ」というハッシュタグについて、実際に戦争起こってんだから止めに行けやという発言をSNSで目にした
この発言に私はたいそう驚いた。なぜならこのハッシュタグの初出が選挙期間中であることからも平和憲法を廃止しようという動きに対する抵抗だと、一般的な日本語話者であれば理解していると信じていたからだ。
この驚きを咀嚼した後、より大きな驚きが私を襲った。
あのハッシュタグを「戦争が発生したら、それが日本を戦場としない外国間での戦争であっても自分自身が戦場に赴き止める」と彼彼女らは理解しているのなら、彼彼女らが書く「戦争になったら日本を守るために戦う」についても文字通りの意味で、戦争で原油高にさらされる日本を守るために戦場に赴くのではないか。いや既にそれを実行しているのではないか。
実行していないとすれば彼彼女らはダブルスタンダードで他人を冷笑する屑だということになってしまう。他人をそんなふうに思うものではない。
つまり、彼彼女らは既にイランに渡り、日本を守るためつまり日本への原油の流通を回復するために武器をその手に取り戦っていると考えるべきなのだ。
私は彼彼女らとは思想をともにしない、だが彼彼女らの大きな愛国心には心動かされずには居られない。
普段の彼彼女らの発言を尊重するのであれば、靖国に英霊として戻ることを望んでいるのかも知れないが、それでも傲慢でもせめて命だけは失わず、また日本の土を踏んでほしいといと願う。
金沢市民です。石川県知事選挙の結果を受けて、色々と考察されていますが、私には全体の情勢を分析する能力がないので.
Facebookを使っていますが、選挙期間中は山野氏の投稿が広告として出てくるのをたくさん目にしました。
そこでは、本人以外にも、長男や長女を動員して、近くのスーパーで演説会を行ったりしており、家族ぐるみで活動をしていることを知りました
本人以外も活動できるので、多くの場所で単純接触の効果が効いていた気がします
一方で馳元知事の投稿はSNSでは見ることは少なかったです。高市総理を呼んで講演会をするという投稿だけ目にしました。
SNSで見ないということは、どんな選挙活動をしているか、何を訴えているかよくわからないままでした。
私は金沢市民なので、大きな被害を受けることなく生活できていたので、あまり震災については投票理由に加えていないのですが
震災発生時に馳知事は東京の自宅に帰っており、遠隔地から指示を出したり、政府と連携をとっていました。
たまに東京に帰るくらい良いのでは、とも思いますが、知事としてその土地を治める人は地元に住んでいる人の方が良いと感じてしまいました
馳知事は富山生まれの石川県育ちで、出身が石川ではないとは言えませんが
山野氏の金沢生まれの一貫して石川県に在住して地元に貢献している人と比べると弱いと感じました。
地元の人間を知事に、というポイントは、山野氏が訴えてきたことでもありました。
馳知事は普段は石川県に住んでいるかと思いますが、震災の時にたまたま帰省していたのが仇となり
その中でも、再生回数と収益という視点で見ると政治動画が一番オイシイ。
話題の旬こそあるものの、選挙期間は入れ食い状態。出せば伸びる。どんどん稼げる。
基本的に「思想」と「主張」のバトルなので、知識がなくてもトレンドを見極める力があれば参入しやすいジャンルだと思う。
だからこそ、政治に関する動画は収益化させてはいけないと強く思う。
収益を指標にYouTube運営をする限り、「政治的中立性を保つ」というのは絶対に無理。
理由は大きく三つ。
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・視聴者母数の差
・作り手のメンタル
今回はこんなイメージで政治系動画を超ざっくり二つにわけて考える。例外もある。
保守動画:保守・右派視聴者を想定して作った動画。高市政権・外国人排除とかを肯定する感じ。
リベラル動画:リベラル・左派向けの動画。現政権批判とか石破擁護とか共産・社民賛美な内容。
出オチも甚だしいが、母数の差に尽きる。リベラルの人は政治YouTubeを見ない(断言)。
正確に比較することは難しいが、
例えば保守派向け動画の再生回数の平均が10万回再生だとすると、
リベラル向け動画の再生回数は2000回再生とか。本当にこのくらいの差がある。
2000回しか再生されてないのに低評価率が異様に高く、アンチコメントが付く。
「こんな動画出すなんて工作員か?」「このチャンネルもおかしくなってきた」みたいな。
※ちなみに他のジャンルだと再生されてない動画はそもそもコメント0であることが多い。
多分YouTubeとかでコメントをしたことがある人は少数派だと思う。
わざわざ攻撃的なコメントを入力する人なんか、動画を見ている人の氷山の一角でしかない。
それでもこれだけ「攻撃的なコメントをする」アクティブな右派が多いとすると、その海面の下にはどれだけの右派視聴者がいるのだろうと思う。
なぜYouTube上に右派が多いのかは、どっかで詳しい人が解説してくれてると思う。
作り手も人間だ。
あくまで仕事と割り切っているものの、アンチコメントがつくと、シンプルに怖いし悲しい。
うまく「炎上」してくれればむしろ美味しいのだが、リベラル動画は本当に伸びない。
そうなると、新聞社とかテレビ局とか社会的・ルール的に中立性が求められる大手メディアとか、
中立性に対する強い信念を持った奇特なチャンネル以外は、右に偏ったコンテンツを生み出しまくる。
そのおこぼれでキリトリチャンネルたちがショート動画を量産しまくる。
そうなると、特に政治的志向を持ってないノンポリ層も「世の中の王道の考え方はこっちなんだな」となんとなく思うだろう。
話が逸れるが、公明党上げ動画は安定して伸びたしコメント欄がすごい平和だった。
政治に疎くてもなんとなく顔が浮かぶくらいには保守系の有名人は多い。
動画の内容が微妙でも「こいつが出てれば最低10万回は固いな」みたいな演者がうじゃうじゃいる。
ラジオパーソナリティとか、アーティストとか、一般知名度の高いリベラル論者はいるものの、
YouTubeで100万回再生とかいくような圧倒的パワーを持った左派って本当にいない。
これは保守層とリベラル層の在り方の問題?...なんだろう。うまい言葉で説明できないけど、
保守・右派って「強い日本」「外国人排除」「伝統を守る」みたいな、
大体みんな同じ方向性で共感するスローガンがあるから、細かい思想の違いはあれども方向性は同じイメージ。
一方、リベラル・左派って〇〇だよねって一言でまとめられるイメージが出てこない。
多様性派閥、フェミニズム派閥、反家父長制派閥、共産主義者、弱者救済。
それぞれは良いこと言ってるんだけど、主張が細分化している。
「リベラル・左派」というふわっとした政治志向はあるけど、一括りにすることはナンセンス。
YouTube上でコンテンツを作ろうと思っても、視聴者が分散して動画が伸びない。
そもそも拝金主義に異を唱える派が多いから、本気でマーケティングしてYouTube上で稼ごうとするリベラル発信者もいない。
チームみらいみたいな、ある種割り切って戦略的に政治をハックするようなリベラル集団が出てこないかな〜と思うけど、多分無理。
リベラル界隈の人ってマジで非効率的な活動を好むから、このまま保守に圧倒されるしかない。
悲しい事実、いくらデモ行進をしても、ZINEを作っても、今のこの国は変えられない。
ド左派の安野早く出てきて。
あと共産党は早く党名を変えてくれ。
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政治的中立性を意識しても再生回数は伸びないし、叩かれるし、収益にならない。
チャンネル運営者の思想が偏ってるんじゃなくて、ただ伸びる政治動画を作ってたら、気がついたら保守動画チャンネルになっている。
「②」でも触れたけど、局とかによって多少の差はあれど、
いわゆる”オールドメディア”の方がよっぽど最低限の信頼性と中立性を保った内容を発信してると思う。
100%鵜呑みにするというのはダメだけど(どのメディアでも)。
多少なりとも、YouTubeの収益システムによって右傾化が加速しているというのは事実だと思う。
強大なパワーを持った闇の組織が民衆の思想を操ってるんじゃなくて、システムのせいで自動的に政治介入が起きている状態。
健全とは言えない状況だけど、現政権の追い風になっている状態なのですぐに規制が入ることはないと思う。
ちなみに筆者はリベラルだ。ZINE作ったりデモとか参加するタイプの。
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今回、自民党の広報動画がめちゃくちゃ再生されてて話題になってたね。
広告で再生回数を稼いだのは事実だと思うけど、ほとんどの人が誤解してる。
“再生回数の購入”はYouTube広告を使えばできなくはないが、コンテンツ本体に需要がないと、いくら金を注ぎ込んでも全然再生されない。
仕組みは複雑なんだけど、単純化すると「その動画のターゲット層にしか表示されない」システム。
・「歌ってみた動画」の再生数をYouTube広告で稼ぐなら、普段から歌ってみたを見てる層。
・ゴルフ動画を広告するなら、ゴルフに興味がありそうな40~60代男性。
そして、「〇〇円支払って、〇回分の再生回数を買いたい」と思っても広告を表示するターゲットがいないとそもそも再生されない。
「5000万円の予算を入れても、表示するターゲットがいなくて2万円分しか再生されなかった。」みたいなことも起きる。
需要のないクソ動画はいくら金を払っても伸びないシステムになっている。
「〇〇党は刺さりそうなターゲットが多いから、1億円使い切って1000万回再生」
2026年1月16日、立憲民主党と公明党が合流して新党「中道改革連合」を結成した。高市早苗首相による突然の衆院解散に対抗するため、野田佳彦立憲民主党代表と斉藤鉄夫公明党代表が共同代表に就任し、中道路線を掲げる政治勢力の結集を目指した。綱領では「生活者ファースト」を打ち出し、分断から協調へという理念を掲げた。
しかし現実は厳しかった。1月27日公示、2月8日投開票の衆院選で、公示前172議席から49議席へと壊滅的惨敗を喫し、両共同代表は辞任に追い込まれた。この結果は、母体となった立憲民主党が長年抱えてきた問題を白日のもとにさらすこととなった。
「与党批判にしか力を入れてこなかった」という批判は、中道改革連合の敗因分析においてしばしば言及される論点である。この批判の実態と背景を多角的に検証したい。
立憲民主党に対しては、結党以来「批判ばかりで対案がない」という批判が繰り返されてきた。まずこの認識の事実関係を確認する必要がある。
note記事による集計では、立憲民主党の政府提出法案への賛成率は2023年の第212回臨時国会で73.3パーセント、2024年の第213回通常国会で83.3パーセント、2025年の第217回通常国会では89.7パーセントに達したとされる。この数値が正確であれば、法案の大半には賛成しており、単純な反対勢力という評価は当たらないことになる。
また議員立法による政策提案も行われてきた。2022年の旧統一教会問題では野党が提出した被害者救済法案が議論の土台となり、与党案にも影響を与えたとされる。ガソリン税減税関連法案では、2025年に立憲民主党が主導して成立させた事例もある。
しかしこうした実績があるにもかかわらず、国民やメディアからは一貫して「批判ばかり」と認識されてきた。なぜこのギャップが生まれるのか。
野党の建設的な政策提案や賛成した法案は報道価値が低いとされ、与党との対決場面や激しい批判の場面が優先的に取り上げられる。国会でのヤジや追及場面は視覚的にインパクトがあり、特にSNS時代においては拡散されやすい。
2026年1月24日の高市首相所信表明演説では、立憲民主党系議員によるヤジで演説が一時中断する事態となった。NHK中継を見ていた視聴者の多くが不快感を表明し、これが選挙戦序盤のイメージ形成に影響したとみられる。与党側は「国民の聴取を妨害する不作法」と批判し、野党側は「議会政治の監視監督」と擁護したが、視聴者の印象は前者に傾いた。
立憲民主党は「存在感がない」「目立たない」という批判を長年受けてきた。野田代表自身が党の動画で「なかなかバズらないけれど」と自嘲したことは、この苦悩を象徴している。
地道な政策立案と国会審議を重視する姿勢は、専門家からは評価されても一般国民には伝わりにくい。他方で、目立つパフォーマンスに走れば「中身がない」「批判ばかり」と攻撃される。このジレンマをどう乗り越えるかが、野党第一党の課題であり続けた。
2009年に誕生した民主党政権は、鳩山・菅・野田と三代の首相を経て2012年に崩壊した。普天間基地移設問題、東日本大震災対応、消費増税などを巡る混乱の記憶は、有権者の間で根強く残っている。立憲民主党は民主党の流れを汲む政党であり、「批判はできても統治はできない」というイメージが払拭されていない。
この文脈では、「批判ばかり」という言葉は単なる行動様式の指摘ではなく、「政権担当能力がない」という評価の婉曲表現として機能している。
中道改革連合の惨敗により、立憲民主党への批判は新たな局面を迎えた。
新党結成に際し、立憲民主党は従来の政策を大幅に転換した。安全保障法制については「違憲部分の廃止」から合憲容認へ、原発政策も再稼働を条件付きで容認するなど、公明党との政策すり合わせのために基本路線を変更した。
野党各党からは「看板の付け替え」「野合」という批判が相次いだ。れいわ新選組の山本太郎代表は「日本をダメにしてきた者たちが看板を付け替えて、もう一回詐欺をやろうとしている」と痛烈に批判した。また立憲民主党内部からも原口一博議員が新党結成に反対し、離党した。
これは「批判ばかり」という批判とは別の次元の問題である。選挙協力のために理念を曲げれば、もともとの支持者からは「信念がない」と見なされる。公明党の組織票を得る代わりに、都市部の無党派層や理念を重視する支持者を失った可能性が高い。
選挙戦では、高市政権の右傾化や積極財政による円安・物価高を批判したが、有権者には「では中道改革連合は何をするのか」が明確に伝わらなかった。党名や理念すら浸透しない短期決戦の中で、政策の具体性を訴える時間が決定的に不足していた。
朝日新聞の報道によれば、立憲民主党側からは「バラバラだ」という不満の声が上がり、比例名簿の作成を巡っても内部対立が生じていた。公明党出身者を優遇した結果、公明出身28人全員が当選した一方で、立憲民主党の玄葉光一郎元外相、枝野幸男元官房長官、岡田克也元外相といった政権担当経験者が軒並み落選した。人材基盤の喪失は、今後の党運営に深刻な影響を及ぼす。
選挙期間中、X(旧Twitter)では「#立民いらない」「#嫌立民ムード」などのハッシュタグが急上昇し、検索窓に「立憲」と打つだけで「立憲民主党 いらない」が候補に表示される事態となった。議員が日常的な発言をしただけで誹謗中傷が集中し、党公式アカウントの年頭挨拶にも罵詈雑言が浴びせられた。
この現象は、立憲民主党への関心の高さの裏返しでもある。本当に「存在感がない」政党であれば、これほど粘着的な批判は集まらない。しかしネット上の批判の多くは感情的で、政策の是非よりも人格攻撃に終始する傾向があった。
ここで重要なのは、「野党は批判ばかり」という言説そのものが、政治的な意図を持って用いられている側面があることだ。
ジャーナリストの尾中香尚里氏は、この批判が対立軸の明確な二大政党制を阻害し、「万年与党と万年野党」という55年体制への回帰を正当化する言説として機能していると指摘する。自民党が野党を「批判ばかり」と攻撃することで、政権交代可能な政治という理念そのものを否定しようとしているというのである。
実際、野党が対案を出しても報道されず、与党が野党案を取り込んでも「与党の成果」として報じられる構造がある。この見方に立てば、立憲民主党の問題は「批判ばかり」ではなく、むしろ「批判も対案も国民に伝わらない」という情報発信力の欠如にある。
ただしこの分析にも限界がある。尾中氏は立憲民主党寄りの論者であり、野党の戦略的失敗や組織的問題を過小評価している可能性がある。メディアや与党の責任を強調しすぎれば、野党自身の改善努力を阻害する危険もある。
「与党批判にしか力を入れてこなかった」という批判を整理すると、以下の三層に分けられる。
法案賛成率や議員立法の実績を無視し、対決場面だけを見て「批判ばかり」と断じる認識。メディア報道の偏りとSNSでの情報拡散によって増幅される。
第二層:正当な批判
対案を出していても国民に伝わっていない、政権担当能力を実証できていない、理念と政策に一貫性がない、という指摘。これは立憲民主党が真摯に受け止めるべき課題である。
野党の存在意義そのものを否定し、政権交代可能な政治を阻害する目的で用いられる言説。与党や与党寄りの論者が戦略的に使用する場合がある。
中道改革連合の惨敗は、これら三層すべてが複合的に作用した結果と見ることができる。メディアとSNSの構造問題、野党自身の戦略的失敗、そして与党側の攻撃が重なり合い、壊滅的な結果を招いた。
中道改革連合は2月13日に小川淳也氏を新代表に選出し、再建を図る方針である。しかし49議席という規模では、野党第一党としての影響力は大きく低下した。
まず理念と政策の一貫性を回復することである。選挙協力のために政策を曲げれば、支持者の信頼を失う。中道という立ち位置を明確にしつつ、立憲民主党のルーツである立憲主義や生活者重視の理念を再構築しなければならない。
次に情報発信力の強化である。建設的な政策提案をしても伝わらないのであれば、伝え方を変える必要がある。SNS時代に適応した情報戦略、メディアとの関係構築、分かりやすい言葉での政策説明が求められる。
そして政権担当能力の実証である。最終的に有権者が求めるのは、与党に代わりうる現実的な選択肢である。地方自治体での実績積み上げ、政策集団としての専門性向上、危機管理能力の訓練など、地道な努力が不可欠である。
中道改革連合の惨敗は、単なる一選挙の結果ではなく、日本の野党政治が抱える構造的課題を浮き彫りにした。「批判ばかり」という言説の背後にある複雑な要因を理解せずに、表層的な批判を繰り返すだけでは何も変わらない。健全な民主主義のためには、批判する野党と同時に、その批判を適切に評価する有権者とメディアの成熟が求められている。
選挙期間に限らなければ自民議員の暴言なんかたくさんあるけどな。
まあ杉田切れば大分減るかもしれんし、高市自身は(生活保護受給者に対する)さもしい発言くらいで回答ごまかすことの方が多いが
野党は不正もない訳じゃないが自党の方が目立つ分下手に叩くとブーメラン喰らうからdisらないと言うよりはdisれなかっただけでは
チームみらいの支持層が全く分からない、と世間では囁かれている。
たしかに比例でしか議席を獲得できていない、SNSでも盛り上がっていたわけではないから不思議には思うでしょう。
でもちょっと考えれば、すぐに思い至るはずです。
①東京を中心として比例票が集まった
②全部で380万も集まった
これだけ材料が揃えばすぐ分かるはずです。
答えはズバリ!「官僚」です。永田町で働いている国家公務員です。
官僚の仕事なんて、議員へのレクのために何万枚もの紙を印刷して、部屋まで走り回って、AIに聞けば分かるような質問を必死に探して教える仕事です。
そこでチームみらいが打ち出したのがデジタル化でしょ?そりゃ候補者がいなくても東京全体に散らばった380万人は投票しますよね。
え?選挙も終わったし、もう言ってもいいよね?選挙中は控えてたけど、別に公務員の義務に違反しないよね?まああとから怒られてもしーらない。
選挙結果が出たから話すけど、今回選挙に立候補してた米山隆一が街頭演説で路肩に溜まった雪を道路に撒く除雪パフォーマンスをして「道路に雪を撒くのは道交法違反」と大炎上したのは、若干可哀想だと思っていて
というのも、現実問題新潟4区に住んでる人間は少なくとも自分の土地で対処できない雪は道路に撒いて消雪パイプ(車道から転々と地下水がジョウロのように出ていて雪を融かす仕組み)になんとかしてもらわないと生活が成り立たない、それを少なくとも消雪パイプ社会の長岡の街中の人間はそれなりに程度の際はあったり車を運転しながら「道路にモサモサ撒くなや」「撒くならもっと上手く撒けや」などと悪態をつきながらもなんとなく飲み込んで、お互い様だと目を瞑りながら生活してる、節がある
ただでさえインターネットレスバおじさんと化してしまった米山は立民系代議士の中でも非常に敵が多いのに、そんな形で選挙区外の人間の目に止まって炎上してしまった上に、その炎上に感化されたのか選挙期間中に新潟県警までもが「道路に雪を撒くのは違反です」などとSNSに投稿したのも拍車をかけた
特に長岡は消雪パイプありきの道路網が故に道路に流雪溝がない場合が多く、消雪パイプに融かしてもらわないとどうしようもないので各家庭はある程度雪を道路に撒くしかないし、この感覚は実際にその場で暮らしていないとわからない、撒くなと言われてはいわかりましたと言っていたら生活できないのだ、そしておそらくこれは今までいくら道交法的にはよろしくなくても市民生活的には暗黙の了解のような状態だったのだが、今回このタイミングで新潟県警がSNSでこの件に触れ、まさかの炎上の援護射撃を行なってしまった、フレンドリー・ファイアの気がしてならない(米山ではなくて市民生活への)
燃やしてるアンチ米山のSNSの皆様はほれみたことか!と鬼の首を取ったように喧伝してたけど、実は選挙権を持ってる地元の人間は「道路に雪出せなかったら生活できねえ」「じゃあ全ての道路に消パイじゃなくて24時間水が流れてる流雪溝を作れ」「市民生活の現状を見ろお前も雪国の人間だろ」「いや新潟県警のSNS担当なんてどうせ大して雪も降らない除雪も下手くそなぬるま湯新潟市民なんだから雪国の現状なんて知ったこっちゃなんだろクソが」みたいな気持ちだったりして、まあとにかく雪が多すぎて荒んでいる、今年は
結局クマを駆除した秋田県に「クマが可哀想!」ってよその全く関係ない人から苦情が入るのと同じで、実際にその場で暮らす人間の立場にならないと判断できないことってたくさんあるよね、という話
「SNSでのデマ」・「選挙期間が短かったから」等々言っていた。
それを見て私が感じた敗因↓
仮にSNSでもデマだったり盛ったりしてるのもあったと思う。それを加味しても嫌われすぎたと思う。
そうならないように立ち振る舞えばいい。細かいことはどうでもよくて、演説での圧倒的な政権批判割合とか、そういうのをやめたら拾えた層はもっとあったと思う。
この、野党にとっては大変な選挙の中、国民民主が持ち堪えたのはそういうことなんだと思う。「対決より解決」の方が流行っている。
対中強硬。
なめられたら終わり。
戦える国へ。
選挙期間中もなんかずっと景気のいい言葉ばっかりで少し怖かった。
当時のアメリカのGDPが当時の日本の約4倍。今の中国のGDPが今日本の同じくらい。で、今後は差が開き続ける予測。
資源もない。
燃料も輸入頼み。
止められたら詰む構造。
条件、ほぼ一緒。
冷静に計算すれば勝てる訳がない。
でも今回の選挙見て、たぶん違うなって思った。
みんな自分で選んでる。
強い言葉が気持ちよくて、スカッとする敵がいて、「やってやれ」って拍手してる。
戦争って暴走というより、こういう空気の延長線上で始まるのかもしれない。
止められなかったんじゃなくて、止める気がなかっただけ。
なんか既視感がすごい。
たぶんこれ、前にも一回やってる。