はてなキーワード: 反抗的とは
そういう大ハズレのメンクリが全くないとは言わない
私が人生で初めて受診した、都内一等地にあり院長がメディアにも出ているキレイなインテリアの広々としたメンクリがそれだった
最初に面談する心理士はとても親身に傾聴してくれたが、診察室に入るやいなや、老齢の医師が高圧的に
「でぇ?あんた何て言ってほしくて来たの?」
と聞いてきて、こちらがうまく答えられずにいると何も話していないうちに「じゃあ薬出すから。はい、終わり」と追い払うように診察を切り上げられた
なんでこんなにも敵意むき出しにされるのか謎だった
処方された薬はベンゾ系の抗不安薬だった
精神の医者なんてろくでもねえなと最悪の印象を持つには十分だった
しかし数年後、いよいよ動けなくなって受診した別のメンクリ(住宅街の雑居ビルにある小さな個人医院)では本当に、本当に助けられた
反抗的な医者不信の患者(私)を見捨てずに、薬を飲みたくないと言えば漢方を提案してくれたし、処方はまず依存性の低い薬からで、「効果が強い薬はその分依存性が強いから、使わずにすめばその方がいいんだよね」と院長はしばしば言う
きっとそれが信条でもあるんだろう
多剤処方もなく、頓服以外の薬を三種以上出されたことはないし、それぞれ自分に必要なものだと理解しているし、実際効果もあり、私は1ヶ月に一度しか風呂に入らない引きこもりから脱し、働けるようになった
重い鬱の時期に身内の死が重なって、あの時は抗うつ剤を飲まなければ多分希死念慮に押し潰されて死んでいたか、もっとどん底へ落ちていただろうと思う
抗うつ剤と、頓服と、回復を目指しながら並走してくれる医師によって、私は今、前のように無理は効かずとも、自分の体と相談しながら生きることができている
ちなみにその後、思うところあって発達障害を専門とするクリニックも受診した
一軒は元の主治医からの紹介(主治医は発達障害は専門ではないということで、専門医を勧められた)で、一軒は支援センターで紹介されたデイケアをやっている所だった
セカオピとかではなく、二軒目はデイケアを利用するために初診だけ受けた感じだ
前者は実直、温厚篤実、誠実を体現したような医師で、聞き取りを受けながら、こんなにも自分を人間として尊重してくれる人がいるのかと感極まって泣いてしまった
それだけに治療実績も高く、人気があり、初診の予約はめちゃくちゃ取りにくかった
月初めの予約開始と同時に予約枠が埋まり、電話も繋がりにくいという争奪戦状態だった
何度かかけているうちの幸いキャンセル枠が出た時に当たり、受診することができた
一方、後者はひどかった
診察室にいた不機嫌なおっさんは初診の最中PCのモニターしか見ておらず、全く目が合わなかった
聞く気のなさがだだ漏れだった
デイケアのスタッフは親切で誠実な人ばかりだったが、いまだに「あの医者がデイケアプログラムやってんのは補助金出るからとかなんじゃないか」「発達障害をうまいビジネスとしか思ってないんじゃないか」と穿った目で見てしまう
総合して何が言いたいのかというと、【良い医師もいればカス医師もいる】ということ
それとこれはよく言われることだけれども、メンタル疾患やパーソナリティの問題を抱えている人間は関わった相手に不信感を抱きがちだし、被害的な考えにも陥りやすく、たとえ医者がそれほど問題のない対応をしたとしても「傷ついた」「嘘をつかれた」となりやすい
薬も合う合わないがあり、副作用が強く出ることも効果が感じられないこともある
「絶対に効く薬」「誰にでも合う薬」なんていうのはそもそも存在しないのだ
自分に合わなかったり、不安なことがあるならそれを医者に伝え、コミュニケーションを取り、どの薬が合うのかをすり合わせて行くのでなければ、なかなか治療が進まないという側面はあると思う
外科の治療なら悪いところを目で見て切ってはいおしまいだが、目には見えない疾患だからこそ、患者もまた、治療プロセスに参加する必要があるのだ
「お前は医者でプロなんだから、俺の病気をひと目でピタリと当ててすぐ効く薬を出せ」
とゴロンと医者の前ので大の字になるのではなく、医者にもわからない「自分の内側で起こっていること」をなんとか伝える努力をしてみる、ということが、結構大事になってくる
だから逆に言えば、そういうプロセスなしに受診しただけで病名がつくとか、薬漬けにされるなんていうのは、まったくもってステレオタイプな偏見だ
地域医療の場を作ろうと身を粉にし、患者がお金がないと訴えると、自分の財布から三千円出して渡してしまうような医者(映画『精神0』より。アマプラで見れる)さえいる
当たりハズレはあるだろうが、相当なろくでなしでなければ、コミュニケーションを取ろうとする努力、信頼してみようとする努力は、医者と患者の関係性を必ずよいものにする
他の人と比べないことを約束させたことはないけれど、似たような母親だなって思った。
いつも誰かと比べ、子供に足りないことを延々と指摘する。
理想の子供像が頭の中にあるらしく、その理想像と比べできていないことをチクチクと言ってくる。
自分の非は認められなくて、子供からそれを指摘されると逆ギレする。
父も父で自分の理想像みたいなのを持っていて、それをやはり押しつけてきて、自分をちゃんと見て認めるというのはそう無かったな。
母に反抗的な態度を取ったときは「学費・仕送り止めるぞ」と脅され、琵琶湖の水を止められても困るので迎合を演じることにした。
両親に金銭面で依存している間は止められないように両親と会うときはひたすら機嫌を取るように心がけた。
そういう自分を見て、いい子だと思い続けていたんだろうけれど、こっちは金のために上司に頭を下げる中年サラリーマンとそう代わらない。
就職して、金銭面での異存が無くなったので自由にやらせてもらったら、理解できなかったらしくて、相当なじってきたので縁を切った。
帰省もしないし、連絡もしない。
そしたら、対抗措置としてか、兄弟の結婚すら結婚式直前になって本人から知らされることとなった。
子供ができたときに一応祖父母がおらんのもまずかろうと連絡はするし、帰省もするようになったが、向こうはそれでチャラと思ってても、こっちは思ってないからな。
どうやら、こちらの気持ちに最近気づいたらしく、「いやだったら帰ってこないでいいよ」と自分勝手なことを言い始めたので、「子供のためだよ。大人になれよ」と説教してしまった。
10歳の頃、塾に通っていた。
ある日講師と面談をした。「君のお母さんが、『反抗的で勉強をあまりしない』と言っていたけど、どうしてかな?」と聞かれた。「勉強が嫌だ」と答えたが、深堀していくと私は「誰かと比べるから。勉強しただけ比べられるから嫌だ」という答えになった。
その後、涙ながらに母はに伝えたのを覚えている。母はそれを聞いて「絶対に比べない!約束する!」と言ってくれて、心が楽になった。
比べられない日々は本当に心地よかった。誰かを妬むことも、兄にムカつくこともない。テストの点数がいつも比較されるので、バレないように工作しなくてもいいんだって思った。テスト返却時に頭が痛くならなくていい。点数が低いと怒られる、でも勉強しても点数は上がらない、でも怒られたくないから点数を書き換える。今思えば開き直ればいいのに。でも10歳にそんなことは出来ない。母を怒らせないのが全てだからだ。
しかし、数カ月たてば「○○ちゃん(友人)は偉いね」「お兄ちゃんは真面目に…」と言い始めた。私が「約束したのに!」と反論すると「約束を守っていたのに勉強しないから(だから守らなくなった)」と言われた。
私は勉強している。学校の宿題も、塾の宿題も終わらせている。しかし母からしたらテストの点数が全てなので、子の言う「勉強した」を信じていない。宿題はやって当然。ドリルを続けろと言う。
私は約束した時の「そんなくだらない事で…」という表情が本当の感情だったと勘づいていた。子供は親の感情を簡単に読み取れるんだと、今振り返って思う。真意はわからないが、子供の私は「私の涙ながらの訴えは、母としてはどうでもいいことでしかないんだ」と思うことになった。
そして私のせいで一緒に楽しく遊んでいた父は母から「子どもの前でゲームするな!」と怒鳴られたせいで屋根裏部屋でひっそりとゲームするようになり、兄は私と喧嘩する母が嫌なので、顔色伺いマシーンになった。私が母が嫌いで父に助けを求めると母は父に怒る。父も母が怒るのは嫌だし、どちらかと言えば夫婦として母の味方なので父が怒ってくることもある。
ある時、他の人を巻き込むほど大きな嘘をついた。当然怒られた。母が「嘘をついたら駄目よ」と言う。「じゃあ比べないって約束を守ってよ」と泣きながら言ったが「今その話は関係ない」と言われた。
そこからとてつもなく長い反抗期だった。恐らく就活が終わるまで母に素直になる事は無かった。週に1回は喧嘩をし、喧嘩が終わりそうな時に「こんな親に反抗的な子はありえない!」と母の中にある《理想の子》と毎度比較される。
母に本気で嫌なことが伝わっていないと思い、何度も怒鳴り、酷い暴言を吐いて、友人の家に泊まったり家に帰るのを遅くした。でも意味は無かった。
10歳の頃の約束を破ったからと言っても「そんな子供の頃の約束を未だに根に持っているおこちゃまな子」と言われて喧嘩。じゃあ私は一体いつ、おこちゃまな子でいられたんだ?
「まともな人は…」「普通は…」「私の頃に比べたら…」とキリがない。すべて母からしたら「比べていない」ことになるらしい。毎回「それは比べている」と言っても「しょうもないところに突っかかってくるな」と返される。こっちを見ろよ。お前はどこ見てるんだよ。
今は大人になったから育ててくれた感謝と、勉強以外で幸せなことはたくさんあった。受験だって今思えばさせてもらってよかった。(お父さんっ子にはなったが)
しかし毎度のこと「あなたは反抗期が長かった。どうしてそうなったのか、面倒だった」と笑いながら昔話をしてくる。その度に「約束を守らなかったから」と答えているが、「しょうもないことを根に持つね。私の方が辛いけど」と言われる。
ブチ切れそうになる。しかし私はもう大人である。「やっぱ持つべきは娘よねぇ~相談できるし」と高校の頃から言われ続けた。今も言う。クソが。無視をして実家を後にする。どうすることもできない過去を未だに根に持っている私はしょうもない。事実であるが、考えると夜道で泣いてしまう。「ねぇねぇ」と言ったら「なぁに?」と言ってくれる小さな思い出を未だに欲しがっているせいで、母を嫌いになれない。
兄と食事した時に「俺のせいでごめんな」と慰めてくれる時もある。兄も大変だったのを知っている。だから「兄貴のせいじゃない」と答える。兄は母の前で良い子のフリができる。でも母のことが嫌いだったのを私は知っている。兄妹だけでゲーセンに遊びに行き、母の愚痴を言いながらサイゼで豪遊していた。それを知らずに「兄はいい子ね~」と言う母を何も知らないくせにと内心見下している。母に唯一思えるざまぁみろ。「お前がいい子だと思っている兄は裏でお前が下品で口の悪いという私と一緒に母の悪口大会で終電までどんちゃん騒ぎで~す」。兄の方が私より口悪く、母に暴言を吐いているだよな。
こんなことになっていることを知らずに笑っていた母が憎くなる。知らせたところでキレてなかったことにされるから言えない。そんな自分も嫌になる。母が死ぬ間際になっていってやろうかなと思っても言えないだろうなと思う自分もいる。そして言ったところで何にもならないけど、でも、一回それで悲しんでほしい。悲しまなくてもいい。約束を守らなかったのも今更どうでもいい。笑いながらでもいい。一言素直に「ごめん」だけでいいのに。
しかし「ごめんだけでいいのに」と言っても「なんで今更そんなことを謝らないといけない?勉強できなかったあんたが悪い」と返された。皿でも投げつければよかったかな。
漢字ワークとカタカナプリントと算数プリントと計算カードと音読が毎日ある。
私からしたらこれができないのはヤバイだろっていうレベルのものなんだが、小1の息子にはそれなりの負荷らしく、やるのを嫌がる。
やればそんなに時間はかからないが、反抗的な態度をとるんだ。めんどくさいって消しゴム投げたり、大声出したりする。叱って宿題やらせてはいるが、それが毎日キツい。
やらないならやらないで良いっていう人もいると思うが、実際に学校でもやって来ない奴はやって来ないらしい。
今の時代、やらないと学校でしばかれるとかいうこともないんだよな。
だから、やらないならやらないで、定着しないまま進んでいくんだと思う。
こんな感じで毎日宿題しろよって言って何とかやらせて、つまずいてるところはフォローしてってってやらなきゃいけないものなのか?
反抗期って、やるべきことをやらせようとして、やりたくないから嫌がることが大きいんじゃないかな。
親が子供に何かをやらせようとしなければ別に子供も反抗しないだろ?
でも宿題私がやらせなかったらそのまま何もしないままYouTubeでも見てそうなんだよな。
どうしたら良いんだ。
で、それも踏まえてなぜ中国がこんなに激しい反応をしているかと言うと
日本の介入自体がそこまで嫌なのではなくてその発言が藪蛇的にアメリカの台湾に対する姿勢に影響するリスクを嫌がっているの(まあそれだけじゃなくて当然共産党内や人民向けのポーズの話とかもある)
YouTubeやテレビのニュース系番組、それらでの識者などの解説等では「存立危機事態」とは何であるかとか、台湾有事とは何かとか、その歴史解説とか、中国と台湾の関係であるとか、台湾の内政解説とか、いろーんな情報が一気に飛び出てきて、そもそも高市答弁がどうして大問題になって中国が大激怒しているかが理解されていないように思えます。
これ、発端はまず、中国の総領事・薛剣(せつけん)総領事がXで以下のようにポストしたことであることは皆さんもご承知でしょう。
「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」
と極めて過激な言葉を発したから、「何事?」と騒ぎになり始めたわけです。時系列は追ってないから、間違った認識になっているかもしれないが、それまでは別にそんな大きな揉め事にはなっていなかったと思います。
こうした大炎上問題の常ですが、後から後からいろんな情報や主張、あるいは元々こうだったみたいな記録の詳述などが出てくるため(これもそう)、頭の整理が追いつかず、あっちもそうかなー、いやいやこっちもそうかなー、それは違うんじゃないかなー、などの判断がいちいち求められて、一体何が問題だったのかからどんどん遠ざかっていくケースはよく見られます。
例えば、暇空を巡る炎上が、元々は仁藤氏が温泉むすめ(←炎上当時と今は全然違うので注意)という、自分が宿泊した旅館での広告のようなものその記述内容に怒った投稿をしたところに端を発していることを覚えている人はどれくらいいるでしょうか?
で、その薛剣総領事の問題発言となったキッカケの、高市答弁の部分は以下です。
〇高市内閣総理大臣 麻生副総裁の発言については内閣総理大臣としてはコメントいたしませんが、 ただ、あらゆる事態を想定しておく、最悪の事態を想定しておくということは非常に重要だと思います。
先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。
これ、高市さんが何を言ってるのか理解できますか?意味じゃなくて、どうしてこんなことを言っているのか?です。これ、高市さんの言っていることは当然なのです。て言うか合ってる。習近平は「武力行使も選択肢の一つだ」みたいなことを明言しています。で、戦艦(軍艦)が出てきて武力行使可能な状態であったら、存立危機事態になる「可能性がある」と判断して当然です、「台湾を完全に中国北京政府の支配下に置く」目的として。いろんな情報を総合判断して、だから軍艦が出てきたのだろうと、日本などは推定するんです。だから、別に何も間違ってない――間違ってないんですけど、これは言ってはダメなのです。
なぜか。その答えが薛剣総領事の問題発言なのです。「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやる」の表現が過激に見えるからそれが問題だと思っている人が多いけど(問題なのは問題ですよ)、具体的な表現に直すと、「内政問題なのに、日本が台湾に軍隊出すってどういうことだ?そうなったらこっちだって躊躇せずにやり返すぞ!」みたいな感じになると思います。さすがに直接的な具体的表現はできないので、薛剣総領事なりに表現をぼかして言っているんです。
高市首相はそんなこと言ってないんですよ、でも、中国からしたらそう聞こえるんです。これを喩えると、ある人によれば以下のようになるそうです。
「「もし一人の女性を巡って、俺とお前がどっちが彼女にするか?みたいになったとする。で、お前がその女性に指一本触れようものなら俺が許さん、と言ったらお前はどう思う?」と。どうして、お前にそんな指図されなきゃならないんだ?となるだろ?。そういうことや」
日本は別に台湾を欲しているわけではないですけれど、日本が自衛隊出すってことはまさに「その女性に指一本触れようものなら俺が許さん」と言ってるに等しい事態です。これ、つまり、高市答弁は中国に対する台湾への武力行使への牽制になってしまっているのです。だから中国は大激怒なのです。なぜ日本に牽制されなくちゃならないんだ?と。
高市さんは、多分一生懸命台湾問題を勉強してきて、有事法制も勉強してきなさったんでしょう。だから、私はしっかり色々ちゃーんと考えてますよ、と、アピールしたかったのかもしれません。初の女性首相になって気合い入りまくってたから「働いて〜」と言ってのけた。睡眠時間も2時間か4時間くらいしか取らず、官僚の用意した国会答弁に自分で赤ペン入れるために午前3時から出勤したりもした。――でも気合い入れすぎなんですよ。だから、頭回ってないんだと思います。
そういうことなんですよ、多分。だけど、中国も幼稚な反抗的態度を取らずに高市さんに睡眠導入剤……は不味いかw、安眠グッズでもドカンと送ってあげればいいのではないかと思います。中国だって、喧嘩したいわけじゃないだろうから。
お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶対服従をして、誠心誠意活動して来たのであろうが、既に天皇陛下の御命令によってお前達は皆原隊に復帰せよと仰せられたのである。
この上お前達が飽くまでも抵抗したならば、それは勅命に反抗することとなり逆賊とならなければならない。
正しいことをしたと信じていたのに、それが間違っていたと知ったならば、徒らに今までの行きがかりや、義理上からいつまでも反抗的態度を採って天皇陛下に背き奉り、逆賊としての汚名を永久に受ける様なことがあってはならない。
今からでも決して遅くはないから、直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復帰する様にせよ。
そうしたら今までの罪も許されるのである。
『全体主義者の公式集〜科学から空想への移行は如何にして行われるか?〜』
はじめに
本公式集は読者の皆さんのような虐げられている優秀な人々が既存の支配階級を打倒するために必要な理論武装を助け、また、その実践を導く為のものであります。下記の公式は実際に100年以上にわたって多くの全体主義者の手引として使われ、国家権力の奪取から官庁や大学での予算の掌握まで、実に多くの不朽の業績を残してきました。本公式集を使い今後さらに多くの全体主義者が大衆を正しく導いていくことでしょう!
公式①「xはyである。人間もまたyである。故に人間(とその社会)もxに過ぎない」
公式②「①の故に地球上の諸問題はxの適切な科学的使用によって解決できる、つまり、yの専門家に全てをまかせればzは必要ない」
公式③「②の結果すべての人々が最大の幸福を味わえる素晴らしき新世界が誕生します、このことは科学的必然なので理性有る人々なら容易に理解できます」
えっ!たったこれだけで?と思われる読者も多いでしょう、しかし偉大な公式ほど美しく洗練されシンプルなのです!一つずつ順を追って細かくご説明しましょう。
公式①「xはyである、人間もまたyである、故に人間(とその社会)もxに過ぎない」
以下は公式①をつかったマルクス主義者の主張の古典的一例です。注1
「x物質はy弁証法的に発展している、人間とその社会もまたy弁証法的に発展している、故に人間もx物質に過ぎない」
この文は「弁証法的って何?」などと考えずに公式➀の構造をしているという点に注目して下さい、わかりやすくするためにもっと簡単な言葉を代入すると次のようになります。
「xバナナはyアミノ酸を合成する生物である、人間もまたyアミノ酸を合成する生物である、故に人間もxバナナに過ぎない」
そんなバナナ!と思われる読者も多いでしょう、しかし次の文はどうでしょうか?
「xコンピューターはy情報を処理するシステムである、人間もまたy情報を処理システムである、故に人間もxコンピューターに過ぎない」
いかがでしょう?当世風に言葉を変えると急に信ぴょう性があるようにみえますね!※注2
単語ではなく文の構造に注目すると、これらは実は全く同じ型の主張なのです。
特に公式➀では『人間は〇〇に過ぎない』論を強調するのが肝心です、全体主義の先人達は全員この論法を駆使しました。例を挙げますと、全体主義の先人曰く、
人間は動物に過ぎない…人間はゼンマイ時計に過ぎない…人間は蒸気機関に…人間は物質に…、人間は酸化過程に…人間は経済的下部構造に規定される存在に過ぎない…人間は自己の利益のみを最大限にしようとする利己的存在に過ぎない…人間は〇〇システムに過ぎない…人間は〇〇に操られる存在に過ぎない…のです。
注1:マルクスが本当にこんなことを言ったかどうかは問題ではありません。実際にこの論法が大衆を正しく導くのに有効だった、ということこそが重要なのです。
注2:むしろバナナも人間もアミノ酸を合成していることは実証されており、人間はバナナとDNAを50%も共有しているといいますので人間=バナナ論のほうがより科学的といえます。
「人間は〇〇に過ぎない論」は内容がショッキングでセンセーショナルで有るなら有るほど大衆に人気が出ます。※注3なぜならばこれらの真理を発見した人は頭が良く、この論理を信じる人達もまた同じように進歩的かつ賢いのだ、ということになるからです。
また、この公式➀の応用としてこの公式の「人間は〇〇に過ぎない」の部分を以下のように、
〇〇人種は〇〇民族は〇〇国民は〇〇人は〇〇族は〇〇地域の人間は〇〇階級は〇〇主義者は、〇〇〇教徒は…〇〇にすぎないのだ、と代入することもできます。
さらにxとyにもどのような単語でも代入できますので、同じ公式を使い以下のように
「x猿はy血液型にB型が多い、〇〇人種はy血液型にB型が多い、ゆえに〇〇人種は猿に近い」ですとか
「x牛馬はy体が大きく労働に適している。〇〇人もまたy体が大きく労働に適している。故に〇〇人はx牛馬と同じで肉体労働用の人種である」
と簡単に証明でき、また同時にそれを客観的に証明することができる「『我々』は『彼ら』よりも優秀な人間なのだ」という事実も同時に科学的に証明できます。
さらにこのテクニックを応用すれば「芸術は経済的下部構造に規定されている人間活動の産物である。イデオロギーもまた経済的下部構造に規定されている人間活動の産物である。故に芸術はイデオロギーである」とか、
「疑似科学である西側の経済学はブルジョア階級によってつくられた、〇〇学もまたブルジョワ階級が作った、故に〇〇学は西側の経済学と同様のブルジョア疑似科学に過ぎない」
というように、例外無くありとあらゆる人間活動の党派性を暴露することもできます。
このテクニックは、後々読者のみなさんが権力を掌握した時に全体主義に反抗的な芸術家や学者を処理する時に素晴らしい口実となりますので是非覚えておいてください。
注3:実際にこれら主張を口にだすときはできるだけ「ああなんて私は頭が良いんだ!あなたたちの大半は理解できないでしょうけどね!」と 自信満々に半目で薄ら笑いをうかべましょう!
公式②「①の故に地球上の諸問題はxの適切な科学的使用によって解決できる、つまりyの専門家に全てをまかせればzは必要ない」
この公式で私達全体主義者に権力を集中することを正当化しましょう。公式②の緻密な論理的整合性は権力を握った後で考えればいいので、それまで大衆受けする言葉を考えることに集中しましょう!下記の例文は社会主義国で実際に使われた理論を簡略化したものです。※注4
「➀の故に現在の建設途中の我が国に見られる諸矛盾はx全ての生産設備を国家が所有することによって止揚される。y政府に全て任せればz一般人民による市場経済は不要である」
「➀の故に現在建設途中の我が国に見られる諸矛盾はx全ての権力をソヴィエト政府に集中することによって止揚される。yソヴィエト政府に全て任せればz一般人民による民主主義は不要である」
もしお好みならばこの例文の「全てを〇〇に任せれば〇〇は不要である」を少しいじって
「ちょうど良いさじ加減で産業を純血のアーリア人種or白人の政府が所有すれば市場経済は重要ではない!」
として、簡単にナチズムやアパルトヘイトのテーゼに変更することもできます。
もちろん私達が権力を掌握した後も頭の悪い保守反動分子どもは難癖をつけてきますが「今はまだxが足りないだけだ!来たるべき〇〇革命の地平において全てはyに任せられる!」と根気よく啓蒙しましょう。※注5
今日ではこの公式①をつかった理論としては次のようなものが大変人気です。
「人間はコンピューターなので地球上の諸問題は人工知能の適切な使用によって解決できる。つまりy人工知能に全てをまかせれば、z民主主義も、市場も、責任ある人間の決定も必要ない」
ただ万能のソヴィエト政府を万能の人工知能に変えただけですが、実に現代風になっていますね!
大切なのは流行りの言葉を使うことです、例えば世がバナナダイエットブームならば
「人間はバナナであるが故に地球上の諸問題はxバナナテクノロジーの適切な科学的使用によって解決できる。故にyバナナ専門家に全てまかせればzバナナ以外の炭水化物は必要ない」
と言うような理論を作りましょう。
以上の例はこの公式集が不変かつ、永久に有用であることを示す好例といえます。
注4:マルクスが本当にそう言ったかどうかは大した問題ではありません。実際にこの論法が大衆を正しく導くのに有効だった、ということこそが重要なのです。
注5:この理論の公表に際しては大衆が読み切れないくらいの厚さの論文や本を用意し、その中で公式➁は公式➀に基づく科学的必然性による真理なのだと証明しましょう。啓蒙書は最低でも厚さ10cm程度は必要です、それより薄いと枕にしにくいですし、本で反抗的大衆の頭をブン殴って修正することも困難です。
さて、最後に公式③をご説明します、あと一息ですのでがんばってください!
公式③「②の結果すべての人々が最大の幸福を味わえる素晴らしき新世界が誕生します、このことは科学的必然なので理性有る人々なら容易に理解できます」
公式③のみ少々使い方が異なり、この公式は大衆に提示したときにちゃんと心酔するか否かの反応を観察することで大衆を以下の2つに分類でき、革命の行動部隊となる同志を見つけるのに使えます。
・第Ⅰ層「革命家」
つまり第Ⅰ層の「革命家」は私達の理論を本心から本気で信じてくれる、優秀かつ大変従順で純粋な革命の前衛であり、幸福な新世界を夢見る若き同志達です(もちろんみんなバナナ大好きですよ!)
初期の同志は主に傍流の青年官僚やノンキャリ組の地方公務員、貧乏将校、大学を出たのに仕事がない人達(特に職のない弁護士)つまりはルサンチマンを溜め込んだぱっとしない2流インテリの中に多くいます、そこから経済的不満を抱えた労働者階級へと浸透して行きましょう。
彼らは公式③を理解でき、科学的理性の何たるかを知っています。
第Ⅱ層の「保守反動分子」たちはこの公式③を受け入れられない頭が悪い人たち及び既得権を持つ保守反動階級であり、つまり、彼らは人間はバナナであるという科学的かつ客観的な事実さえ理解できない党派的ドグマに凝り固まった人たちです。
まったく彼らの権力への異常な執着はどこから来るのでしょうか?
ソヴィエト共産党や巨大テクノロジー企業やバナナの専門家が権力を握ることの何が悪いのでしょうか?
しかし、どのような理由であれ我々進歩的全体主義者には人類全体の幸福のために彼らの横暴を止める責任があります。
以上で公式③の説明はおわりです、今皆さんは新世界を作るための革命理論を手にしました!
ですが「理論」の次に皆さんは「実践」も学ばなければいけません。
今日の超高度情報化社会において我々の革命理論を広める為にはメディア戦略が重要です。
まず、メディア産業へと浸透します。メディア露出を初めた当初は我々もイロモノ扱いされて半分小馬鹿にしたような扱いを受けるでしょうが、メディア上でセンセーショナルな言動を繰り返す内に大衆は
「人間バナナ論か、この新人芸人さんのいうことは本当かもしれない…なにせマスコミがいってるんだ」
と思い(理由はまだ未解明ですがなぜか大半は男性です)熱狂しはじめ、それを再びマスコミが勝手に取り上げてくれるようになります。
メディアへの浸透段階では保守反動知識分子は次の2つの反応を示します。
・1 無視
・2 日和見的支持
1の知識人たちは「バナナエンジニアに全て任せろと?バカバカしい!」と、自身の愚かさ故に無視するかメディアとの関係を悪くしたくないので黙りこみます。
2の知識人たちは自身もマスコミに出ている芸人ですが「バナナテクノロジーで全人類が幸福になれる?おもしろいことをいう!それでこそ次世代を担う人間だ!俺様ほどではないが面白い考えだ!」と、自分の若さと柔軟さをアピールするために我々を支持してくれます、こうして段々と全体主義者の主張がメディアに取り上げられていき、我々とメディアとの共闘関係が強固なものへとなってゆきます。
そして次に革命家同志たちを前衛党員へと教育しなくてはなりません。
現代の若者は承認欲求が大変強いので、まず彼らにクールなグループ名をつけてあげます「国家社会主義労働者党」とか「インターナショナル第一バナーヌ戦線」とか「ハイパーメディアクリエイターズ」「民族と伝統の守護騎士団」とか、14才程度の若者が好きそうな創作語や外国語をたくさん並べたものが良いでしょう、また、あとで「看板に偽りあり!」とか言い出す反動分子が必ず現れるので、出来るだけ「NS」や「インターナショナル」などクールでヒップな略称で呼ぶようにしてください。そうすれば大衆は本来の名前の意義をすぐに忘れてくれますし、同志内での専門用語は連帯感を高め「我々」と「奴ら」を強く区別して対立を煽るのに役立ちます。
そして「君たちは優秀で、賢い、特別な存在だ!バナナ革命の闘士なのだ!」と煽り、階級名やバッジ、旗、独特なポーズやコスプレ衣装、ノートパソコンに貼るシールなどをあてがい行動に駆り立てます。
最初はあまりノリ気ではない人も行動をしている内に失ったものの大きさ(仕事や友人や社会的地位)ゆえに引き返せなくなるものですし、そもそもいつの時代も幼稚な若者は自分たちは文明の大転換を起こせるとーっても優秀で特別な天才なのだと思いたがるものなのです。
さて、理論と世論の支持そして行動部隊がそろったならば好機を待ちましょう、戦争や恐慌は絶好のチャンスですし、行動部隊をつかい非常事態を演出するのも良いですね!
そして!その日!!その時!!大通りに!立法府に!裁判所に!家庭に!工場に!老人ホームに!そしてバナナ畑に!!革命の旗が翻り全体主義の歌がこだますのです!
しかし、時ここにいたってもなお、反動分子の犬共はこう言うことでしょう。
「そもそも君たちの理論とやらは三段論法を誤用した誤謬の上に誤謬を積み重ねた無内容な詭弁であり、過去百年以上にわたって悪魔的所業をしてきたイデオロギーの哀れなパロディだ!君たちはただ権力に飢えてルサンチマンに凝り固まった愚か者だ!このバナナ野郎め!」などと…
ああ!!革命の度に毎回毎回どこからか湧き出てくるなんて救いようが無い人種!
こうなった場合はもはや「最終的解決」しかありません!!最終的解決とはつまり例を挙げると……
…ヘーゲルはどこかで、全ての偉大なる世界史的な事件と人物はいわば二度現れると述べている、しかし彼はこう付け加えるのを忘れてしまった、一度目は偉大なる悲劇として、二度目は哀れなる喜劇として。
妻に
「お皿を洗うのいつも忘れてる!」
と言われて怒られた。
自分としては、忘れずにしているつもりだったが、忘れたことは気付けないから困ってしまう。
忘れていない時の記憶はあるので、そこから推測すると5回に1回くらいかなと思うが検証のしようがない。
妻に確認しようにも
「ごめんね。いつもってどれくらいかな?」
→反抗的と捉えられて不機嫌になる。
「ごめんね。純粋に分からないから聞きたいんだけど、どのくらいの頻度で忘れてるかな?」
→嫌味と思われて不機嫌になる。
「ごめんね。いつもっていうのは具体的に何回に一回くらいかな?別に嫌味とかで言っているのではなくては、本当に自分では気付けないから聞きたいんだけど、どのくらいかな?」
→面倒臭いと思われて不機嫌になる。
妻よ、そこに解はあるんかい。
ピンクの林檎はフェミニズム的な立場に立って発作的に文句を言うのが日常のアカウントであって
そのスタンスを知っている星付けている側からしたら仲間なわけだよ
で、明らかに増田に対しての反論であろう否定的な発言だが増田も含め誰も人種差別と性差別など話題に出していないのはそう
ただ増田は
排外を訴え外国人最近ならクルド人の排斥を訴えるネトウヨであり
同時にフェミニズムには迎合せず性差別をして女に敵愾心を持っているアンフェ(アンチフェミニスト)であると
増田を最低の人間の屑であるアンフェネトウヨインセルであると看破したからピンク林檎は敵に対して石を投げたわけ
そしてその文脈を共有している人間は星をつけてその攻撃に支持を表明したんだ
あの集団の中では言わずとも自明な文脈で全てが通じる行動でハイコンテクストという奴だよ
味方を仲間内でグルーミング(性的加害の意味ではなく毛づくろい)してやり結束を強めるのは義務なんだよ
もちろん増田はそんなことは言ってないけど石を投げて星を付けた人たちからは素性が見えちゃったので仕方ない
自分達に反抗的な増田は人種差別と性差別を好み知能が低く流言に騙され愛を知らずに
14歳の娘は反抗期の真最中。数年前から父親とは会話なし。母親にも反抗的。父母はいずれもフルタイムで仕事があり、わりと出張もあって忙しい。家庭崩壊気味だったと思う。
で、いろいろあって去年の夏前に猫を飼い始めた。保護猫で猫エイズ陽性。長生きしてもらうためにはストレスを与えないように。それで猫のために協力が不可欠。出張の日程は事前にしっかり調整。猫の世話担当もきっちり確認。水替え忘れてない?カリカリ注文した?歯磨きは?そろそろ爪研ぎ交換しないと。
相変わらず娘は父親と話さない。でも、猫のおかげで家族は協力するようになった。あと、猫がかわいいので、お互いに多少やさしくなったと思う。だから猫はかすがい。猫に守られる家族。
能力が低いというわけではないのだけど、何をやらせてもとにかくヨシヨシしないと動かない。
ちょっとでも悪いところ指摘しようものなら不貞腐れて反抗的になる。
最初は特定の個人の問題かと思ってたんだが、どうも全体としてその傾向が強い。
自分の教え方が悪いのかと思いきや、他の人に訊いても同じような印象を抱いているような答えが返ってくる。
女にその傾向が強いのは、優遇されてチヤホヤされて育ってきた結果なんだろうなと思う。
親父にもぶたれたことないのにじゃないけど、さすがに打たれるはないとしても、ヨシヨシされすぎてて叱られた経験なんかないんだろうなと思う。
正直関わりたくもないんだが、仕事なので放り出すわけにもいかない。
どうしたらいいんだろうね。
正確に聞き取れないのに、なんとか反応しようと、相手が言っていると思った単語を返す。
それがあまりに見当違いでアホに見えるから、もっと文脈も考えて頭の中で温めて確証を持ってみて、言えと言われる。
でもその人は説教的なことを始めるとこちらが何か言いかけても、口答えだと決めつけてもっと強気な口調で言いたいことを被せてくる。
そんな説教中でもなんて言っているのかよくわからないことがあるけど、普通に言ったんじゃまた流されるから、相手に負けないような声の調子でねじ込むようにして「○○って?」と言う。
それでも相手がこちらが聞き返しているだけなのが分からなかった場合はただ反抗的な態度をしているだけだと勘違いされるリスクがあるのは諸刃の剣。
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