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はてなキーワード: リベラリズムとは

2026-05-03

anond:20260503070655

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杉田俊介

批評家

視点

ホックシールド氏の言葉は重い課題を投げかけていると思います。「皮肉矛盾です。左派自分たちコスモポリタン多様性に開かれていると誇る。また複雑な世界から他の言語を学びたいという傾向が強いのに、実際には自分と違う考えの人々に耐えられない。すぐに警戒心を抱き、心を閉ざしてしまう。リベラル派こそ、頭の中の警戒システムの電源を切って他者の声を聞く訓練が必要です」。

 

 私の印象では、近年の日本リベラルは負けました。決定的に敗北した。しかし、その敗北の事実を認めることができていません。敗北を認めなければ、リベラル価値観を再構築し、戦後民主主義継承していくことはできません。

 

 正直にいえば、現在日本国内のリベラルたちの他責思考衆愚論、批判検証の不在には、かなり不安を覚えます。現政権政策価値観をしっかりと状況的に批判しながら、リベラリズム普遍的正義を堅持し、かつ、現状のリベラル陣営のあり方の欠点戦略戦術、語り口、物語の構築、情報技術の変化への対応階級問題認識など)を反省的かつ対話的に改善していく、という路線がそれほど難しいものだとは思われません。

 

 少なくとも(普遍主義リベラリズムではなく)戦後民主主義的な革新リベラルは「負けた」。保守右派陣営政治的に負けたし、しか有権者大衆リアリティから解離して負けたのであり、敗北を認め、敗北を抱きしめないと、戦後民主主義理想批判的に継承することもできないのではないでしょうか。

 

 このような反省姿勢は極めて穏当で常識的ものだと思うのですが、リベラル陣営の人々が、自分たちは負けていない、変わる必要はない、ちょっと情報戦略を怠っただけだ、大衆は愚かで知的劣化した、自分たちが嫌われるのは正しいからだ、多数派大衆に阿るのはポピュリズムだ、等々といまだに主張するのを見ていると、やはり不安を感じるのです。このままでよいのでしょうか?

#トランプ第2次政権

2026年5月2日 19:01

2026-04-28

日本保守政党は本当に日本文脈で「保守」なのか?

という疑問を持った。そもそも日本保守主義は寛容かつ非干渉主義であるはずだ。

なのに、保守政党は...さらに言えば「真の保守」を自称している日本保守党でさえ、これはどう考えても日本古来の考え方ではなく「西欧的・キリスト教価値観」と言わざるを得ない。

なぜ寛容かつ非干渉主義保守政党存在しないのか。寛容は別に革新主義用語なのではない。

日本古来の考え方を更に研ぎ澄まして研ぎ澄まして研ぎ澄まして行けば必ず寛容主義にたどり着くはずだ。

とはいえ、それを全く指摘しない革新政党も哀れだ。

そう指摘すれば仲間になってくれるかもしれないのに、敵は敵だと割り切ってそんなことすら言わない。

日本古来の保守主義というものは、自ずとリベラリズム帰結するものであるべきだ。

2026-04-23

anond:20260421111823

19世紀欧州に勃興した「リベラリズム」というのは、反保守革新、を意味するのだが 

19世紀の当時に、保守ではない、というのがどういう態度を指したかと言うと、

伝統歴史的には存在しないし、なんなら今もぜんぜん無理な気がするけど、理屈の上では理想と思われる状態の実現を目指すこと』だった。

19世紀当時、これは非常に強力で正しい態度だった。「科学的根拠合理性にもとづいた行動」が、そのままリベラリズムに結び付いていたからだ。世論キリスト教拒否反応を押し切って天然痘ワクチンの接種を進める、とかがリベラルだった。

 

お前がタイトルで挙げた項目、「理屈の上では理想と思われる状態の実現」って点で共通しているんだよね。なんならアイドルすらもそうかもな。

問題は、この21世紀では、科学合理性保守に属するってこと。

科学合理性に反することも平気でいうのがリベラルってことになった。なので過去ほどの強さが無い。

2026-04-13

anond:20260413164538

同性愛がある、病気ではないと社会に認めさせる」という運動をしていたころはよかったが

 

それを社会アイデンティティとして確立させる

確立したアイデンティティ国家制度に認めさせる

なんなら通常の男女よりも多くの支援を配分する

とかやりだしたのでダメ

 

リベラリズムの悪いところ。

運動を辞めることができないので、要求無限に拡大する。 

自民党ビジョンに「個人自由人格尊厳社会秩序基本的条件となすことが、わが党が標榜する「自由リベラリズム)」であり、…本来自由は、あくま社会的な秩序やわが国が独自に紡いできた歴史伝統や慣習に対する敬意の上に成り立つ。その上で、個人人格経済活動その他あらゆる活動自由を最大限追求する」とある

まり自民党は掲げるビジョンにおいてリベラル

このことをよく覚えておいて、言動不一致になっていないかチェックする必要がある。

2026-04-08

anond:20260408171409

それは21世紀現在リベラリズム反差別運動が、最終的に行きついた隘路ってやつだね。 

 

制度的な差別にだけ反対しているうちはよかったよ。

選挙権だとか、就職選考の初期で弾かれるとかだけ止めるのは妥当だし可能だし。

 

でも、制度的に弾かれてないけど嫌われてはい状態を、「差別されてない」と思える被差別者とかおるか?

から反差別運動は、現代ではもう、嫌いでいる感情自体を禁じたり消しさろうとしてるんだけど

まあそんなの、思想統制だよね。

から逆に、「差別はしていい」という声にすら、一定合理性が生まれちゃってるんだわ。それが現代

思想的な解決策は、まだ見出されてないと言っていいんではないかな。

2026-04-01

anond:20260331231651

移民男性ベビーシッターや家政夫として雇えないだろうか。

リベラリズム理論からしても、日本人男性白人男性と異なって犯罪を犯すリスクが低いし、女性家事労働というジェンダー図式からの脱却も図れる。

2026-03-31

anond:20260331162747

人権運動だの、労働環境改善だの、女性社会進出選挙権とか雇用とか大学進学率とかのレベルのやつ)だのは、一応リベラリズムの成果というか、欧米リベラリズムの成果の輸入成功ではあるんじゃない。

 

とはいえ、お前の思いははすごくわかって

まず、戦後平和教育だの大学闘争世代と途中で一体化しちゃってるのは日本独自事情で、明確に変だし

あと、現代って目線から見ると初期リベラリズム理想ってあたりまえの常識なので、出てる成果は過去の経緯によく注意しないとわかんない。

2026-03-27

anond:20260327134952

反米が何よりも最優先になっていて、リベラリズム弱者属性より結局そっちの方が重いんだから

あんお題目を真に受ける方がアホってだけなんじゃないっすかね

2026-03-10

anond:20260310174737

たぶんそれらは、「リベラリズム」ではなくなるんだろうな。 

 

基本的人権を守れ、とか、むしろ保守思想なのよ。

私が子供のころ教わった倫理はそんなのじゃありませんでした、の文脈でやっていく。

anond:20260310172652

そうだろうね。役割は終えつつあるんだろう。

 

19世紀から20年代初頭頃の社会問題解決するべきという思想として、リベラリズムは期待されていた。

差別や不公正の温床だった、当時の伝統保守派と戦って、そして勝ち取ってきた。 

でも勝ったあとにどうするか、という概念リベラリズムは持っていなかったんだ。

から無限修正すべき問題発見して、権利範囲拡張して、敵を作り出して戦い続けることしかできなかった。

安定の要素を含んでない。革新主題から。 

 

問題解決すればするほど、思想の意義が減るのに、それから離れられない。

そういう欠陥を、もともとの思想が持っていたと思うで。

ネット自称リベラリストや、世界状況の変化に問題があるのではなくてね。

2026-03-02

anond:20260302121609

女性の権利バッティングするのだから、線引は必要でしょう。

無限自由を持ってる存在はいませんよ。

リベラリズム他者危害原則

男性器を持ったままで平気な本物のGIDはいないのだから、そこが線引で十分でしょう。

なぜ女性の権利侵害したがるのか不明

2026-02-24

anond:20260223214107

共感能力感情理解を当たり前のものとしては持ってないやつの中には、ルールに書いてあることを守るのを「思いやり」と呼んでる一派がいる。

 

そしてこの現代は、リベラリズムというルールに書いてある内容が通用しなくなってる時代

2026-02-22

anond:20260222090734

申し訳ないが俺は「本来リベラリズム」もLawful Goodだと思ってる

その上で、いわゆる「リベラル」と「本来リベラル」の違いは

そもそも自由」とは何かについての考えが根本的に違ってるからだと思う。

自由を目指すという点では同じだが方法が異なるというレベルのものではなく

そもそも目指すもの(「自由」の意味)が違うということだ

両者が同じ「自由」という言葉を使っているので混乱するが

からといって、そっちが「自由」という言葉を取り下げて、

別の言葉を使えと言っても承知するとは思えない

から同じ「自由」という言葉を使っていても、その意味するところが違うということを

世間に周知させるのが重要だと思う。

anond:20260220223610

現代政治における最大の不幸はLawful Goodの人たちによるリベラリズム簒奪だよなぁと思う。

本来リベラリズム、すなわち自由主義とはChaoticな人々に最も向いた主義主張だ。私は典型的なChaotic Neutralだが、自由主義出会ったときに「これほど自分にしっくり来る思想があるとは!」と電撃に打たれたかのような衝撃を受け、それ以来自由主義者=リベラリストと名乗っている。J.S.ミルとかすごいよな。今読んでもめっちゃ頷けるもん。

でも、いつの間にか「リベラル」の旗印がLGに乗っ取られてしまった。Lな人たちは自由主義者と水と油関係だ。というかぶっちゃけると、私のようなCな人にとっての主敵はLな人たちだ(Evilは人数が少ないかあんまり会わないけど、LGはそこらじゅうにいるかしょっちゅう衝突するので)。

それなのにLGの人たちが自称リベラルとして大手を振って歩いている。私から見ると彼らはたまさか一部の論点同性婚選択夫婦別姓)についてリベラル意見が一致するだけでちっともリベラルには見えないのだが(複婚や近親婚には反対する連中のどこがリベラルなのか)(カジノに反対する際に、賭博けしからん、というような言い方をされたらリベラルな私としては支持できるわけないじゃん。安倍政権カジノ法は不合理かつ非リベラルから改正or廃止すべきと言うべきなのに)、世間的にはリベラルといえば彼らのような主張をする人たちという認識になってしまった。本当に勘弁してほしい。

敵対者リベラリズムという思想を誤解するし、Cの人たちは自分にピッタリ来るラベルを奪われてしまっているし、LGの人たちは本来自分たちに向いてない教義必死解釈してLGを正当化しなければいけなくなっている。誰も幸せになってないやつ。

人は誰しも、生来的にしっくり来る思想と来ない思想がある、と個人的には思う。だって自分がそうだったから。保守主義左翼も向いてなかった。自由主義出会って「これだよ! 俺に向いている思想は!」と思った。だから世の中には保守主義左翼思想が向いている人たちもいるんだろう。そういう人たちは「反体制リベラル」という浅い思い込みを捨ててちゃん左翼とか社会主義者とか自分にピッタリの主義主張を名乗ってほしい。内心では自由がぜんぜん好きじゃないのにリベラルを名乗られても困る。

からここで主張しているけど、自民党中道左派だと認めるべき

特に経済政策世界的にもかなり左派的で、自民党以上に左派的な経済政策アピールするのは現実的じゃないと思う

ついでに、日本維新の会ヨーロッパでいうリベラル政党だと認めるべき

日本で使われるリベラル定義がかなり曖昧ほぼほぼ反自民みたいにしか思えないから、その定義だと維新リベラルなわけねーだろって言うんだろうけど、ヨーロッパリベラル日本維新の会はかなり近い

近いというか強く意識していると思う

ヨーロッパリベラル日本リベラル像とかなり違うのもあって認めにくいと思うけど

じゃあアメリカリベラル日本リベラル像が近いかっていうと、これも遠い

自民党経済政策アメリカ基準なら民主党よりずっとリベラルだし

ニューヨーク東京予算を比べたのがバズってたけど、東京ニューヨークの半分の予算でよりリベラルを実現できている現実を認めるべきでしょう)

で、自民党にも維新にもないリベラル余地社会制度くらいしか残されていない

リベラルとしてアピールするなら夫婦別姓同性婚くらいで、9条とか安保法制とか世界ではリベラルかどうかは無関係な議題

日本リベラル自認が主張する安全保障世界リベラルとは正反対である

(国が個人自由後ろ盾にならなきゃいけないのに自衛権制限する方向はリベラリズムとは逆)

日本語が最大の非関税障壁と言われていたけれど、情報の分野ではその障壁を超えることが容易になっている

そして恐らく若い世代ほどその障壁を感じていない

そんな現代で、日本独自リベラルを主張しても「リベラルなのそれ?」って疑われる自覚を持った方がいいんじゃねえのってこと

2026-02-21

anond:20260220223610

1つは安楽死尊厳死だと思う

ヨーロッパリベラリズム安楽死個人選択肢の一つとして肯定的に捉えられる傾向がある

傾向があるってだけで当然反対も強い

日本風リベラリズム観点個人国家関係を考えるうえで、生と死という極端なテーマも避けるべきではないと思う

もう1つはリスキリン

産業雇用が劇的に変化していく時代に国が労働者をどうサポートするのか、リスキリングは雇用されるためのセーフティーネットの一つでヨーロッパでは社会民主主義左派が支持する政策だけど、岸田政権でなぜか評判悪かった

高校授業料無償化とか給食無償化みたいなもので、国によるリスキリングも左派リベラル積極的に進める政策であるべきだと思う

リベラルは終わるが仏教も終わりそう

最近リベラルの死、左翼終焉話題になっているが、仏教に対する批判構造が同じであることにふと気がついた。

リベラルとか言っておいて、リベラリズムと逆のことばっかりやってる

ポリコレフェミニズム解釈ご都合主義

批判されたら話題を逸らすし国民が納得できない反論ばかり

話が長く中身がない

言うことがお花畑机上の空論

傲慢大衆を導く存在という自認

国民負託要望に応えるつもりがなく言い訳ばかり

共産主義なのに幹部外車と豪邸

現実に困っている国民に対する処方箋は「お前の考えを変えろ」

そもそも国民問題意識世界観が違いすぎて話が通じない、お前の問題些末な問題で、我々の問題に目を向けろ言われる

宗教法人課税仏教から反論見てて「あ、ほぼ一緒だ」って気づいちゃった

なんかリベラルと同じ末路になりそうだな

anond:20260220223610

フルHDと4K、8K

リベラル(古典的自由主義)とリベラル(社会自由主義) と リベラル特にアメリカ(および日本)での共産主義者社会主義者方便

古典的自由主義最初にあってそのアンチテーゼとして、社会主義共産主義がうまれ、また別の流れで古典的自由主義アンチテーゼとして社会自由主義がうまれた。(いずれも、程度の差はあるが、)社会主義共産主義社会自由主義も共に不平等是正を掲げる。その共通点をもって、社会主義者共産主義者リベラル名称使用する。

リベラリズムは良い」というプロパガンダ

そのプロパガンダで語られるのは「個人自由であり権利があり、”社会”に強制されない」という文言

実質的社会主義/共産主義者たちすらも自身をよく見せるために自身リベラルだと名乗り”自由であり、強制されないのが素晴らしい”と説く。

その思想洗脳を受けた人にとって「リベラルであるとは”自由であり、社会強制されない”。

世の中の若者リベラルであるというのはこの洗脳を受けた結果、古典的自由の残り香の個人自由権利を良いものとし、かつ、既に現実社会が行っている社会自由主義的な部分に古典的自由と衝突する部分にも特に批判を持たない。みたいな感じ。

フルHDと4K、8K比喩は、スペック的に4K、8KフルHD上位互換で、たしかお金を払ってわざわざ買い換えないかもしれないが、無償で交換できるのなら特段拒否しない。

いっぽうで、「自由であり、「社会」に強制されない」のが素晴らしいと感じている人にとって「平等のために個人自由制限される」は上位互換ではない

2026-02-18

戦後80年に寄せて

はじめに

 先の大戦終結から、80年が経ちました。

 この80年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界平和繁栄に力を尽くしてまいりました。今日我が国平和繁栄は、戦没者を始めとする皆様の尊い命と苦難の歴史の上に築かれたものです。

 私は、3月硫黄島訪問4月フィリピンカリラヤの比島戦没者の碑訪問6月沖縄戦没者追悼式出席及びひめゆり平和祈念資料館訪問8月広島長崎における原爆死没者・犠牲者慰霊式出席、終戦記念日全国戦没者追悼式出席を通じて、先の大戦反省と教訓を、改めて深く胸に刻むことを誓いました。

 これまで戦後50年、60年、70年の節目に内閣総理大臣談話が発出されており、歴史認識に関する歴代内閣立場については、私もこれを引き継いでいます

 過去三度の談話においては、なぜあの戦争を避けることができなかったのかという点にはあまり触れられておりません。戦後70年談話においても、日本は「外交的経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内政治システムは、その歯止めたりえなかった」という一節がありますが、それ以上の詳細は論じられておりません。

 国内政治システムは、なぜ歯止めたりえなかったのか。

 第一次世界大戦を経て、世界総力戦時代に入っていた中にあって、開戦前内閣が設置した「総力戦研究所」や陸軍省が設置したいわゆる「秋丸機関」等の予測によれば、敗戦必然でした。多くの識者も戦争遂行の困難さを感じていました。
 政府及び軍部の首脳陣もそれを認識しながら、どうして戦争回避するという決断ができないまま、無謀な戦争に突き進み、国内外の多くの無辜の命を犠牲とする結果となってしまったのか。米内光政元総理の「ジリ貧を避けようとしてドカ貧にならぬよう注意願いたい」との指摘もあった中、なぜ、大きな路線見直しができなかったのか。

 戦後80年の節目に、国民の皆様とともに考えたいと思います

大日本帝国憲法問題点

 まず、当時の制度上の問題が挙げられます戦前日本には、政治軍事を適切に統合する仕組みがありませんでした。

 大日本帝国憲法の下では、軍隊を指揮する権限である統帥権独立したものとされ、政治軍事関係において、常に政治すなわち文民が優位でなくてはならないという「文民統制」の原則が、制度存在しなかったのです。
 内閣総理大臣の権限も限られたものでした。帝国憲法下では、内閣総理大臣を含む各国務大臣は対等な関係とされ、内閣総理大臣は首班とされつつも、内閣を統率するための指揮命令権限制度上与えられていませんでした。

 それでも、日露戦争の頃までは、元老が、外交軍事財政統合する役割果たしていました。武士として軍事従事した経歴を持つ元老たちは、軍事をよく理解した上で、これをコントロールすることができました。丸山眞男言葉を借りれば、「元老重臣など超憲法存在媒介」が、国家意思の一元化において重要役割果たしていました。

 元老が次第に世を去り、そうした非公式の仕組みが衰えたのちには、大正デモクラシーの下、政党政治軍事統合を試みました。
 第一次世界大戦によって世界に大きな変動が起こるなか、日本は国際協調の主要な担い手の一つとなり、国際連盟では常任理事国となりました。1920年代政府政策は、幣原外交に表れたように、帝国主義的膨張は抑制されていました。
 1920年代には、世論は軍に対して厳しく、政党は大規模な軍縮を主張していました。軍人は肩身の狭い思いをし、これに対する反発が、昭和期の軍部の台頭の背景の一つであったとされています

 従来、統帥権作戦指揮に関わる軍令に限られ、予算体制整備に関わる軍政については、内閣の一員たる国務大臣の輔弼事項として解釈運用されていました。文民統制の不在という制度上の問題を、元老、次に政党が、いわば運用によってカバーしていたものと考えます

政府問題

 しかし、次第に統帥権意味拡大解釈され、統帥権独立が、軍の政策全般予算に対する政府及び議会の関与・統制を排除するための手段として、軍部によって利用されるようになっていきました。

 政党内閣時代政党の間で、政権獲得のためにスキャンダル暴露合戦が行われ、政党国民の信頼を失っていきました。1930年には、野党立憲政友会立憲民政党内閣を揺さぶるため、海軍の一部と手を組み、ロンドン海軍軍縮条約批准を巡って、統帥権干犯であると主張し、政府を激しく攻撃しました。政府は、ロンドン海軍軍縮条約をかろうじて批准するに至りました。

 しかし、1935年憲法学者貴族院議員美濃部達吉天皇機関説について、立憲政友会政府攻撃材料としてこれを非難し、軍部も巻き込む政治問題に発展しました。とき岡田啓介内閣は、学説上の問題は、「学者に委ねるより外仕方がない」として本問題から政治的に距離を置こうとしましたが、最終的には軍部要求に屈して、従来通説的な立場とされていた天皇機関説否定する国体明徴声明を二度にわたって発出し、美濃部著作発禁処分となりました。

 このようにして、政府軍部に対する統制を失っていきます

議会問題

 本来は軍に対する統制を果たすべき議会も、その機能を失っていきます

 その最たる例が、斎藤隆夫衆議院議員の除名問題でした。斎藤議員1940年2月2日衆議院本会議において、戦争の泥沼化を批判し、戦争目的について政府を厳しく追及しました。いわゆる反軍演説です。陸軍は、演説陸軍侮辱するものだとこれに激しく反発し、斎藤議員の辞職を要求、これに多くの議員同調し、賛成296票、反対7票の圧倒的多数斎藤議員は除名されました。これは議会の中で議員としての役割を果たそうとした稀有な例でしたが、当時の議事録は今もその3分の2が削除されたままとなっています

 議会による軍への統制機能として極めて重要予算審議においても、当時の議会は軍に対するチェック機能果たしていたとは全く言い難い状況でした。1937年以降、臨時軍事特別会計が設置され、1942年から45年にかけては、軍事費のほぼ全てが特別会計に計上されました。その特別会計の審議に当たって予算書に内訳は示されず、衆議院貴族院とも基本的秘密会で審議が行われ、審議時間も極めて短く、およそ審議という名に値するものではありませんでした。
 戦況が悪化し、財政がひっ迫する中にあっても、陸軍海軍組織利益面子をかけ、予算獲得をめぐり激しく争いました。

 加えて、大正後期から昭和初期にかけて、15年間に現役首相3人を含む多くの政治家が国粋主義者青年将校らによって暗殺されていることを忘れてはなりません。暗殺されたのはいずれも国際協調を重視し、政治によって軍を統制しようとした政治家たちでした。
 五・一五事件二・二六事件を含むこれらの事件が、その後、議会政府関係者を含む文民が軍の政策予算について自由議論し行動する環境を大きく阻害したことは言うまでもありません。

メディア問題

 もう一つ、軽視してはならないのはメディア問題です。

 1920年代メディア日本の対外膨張に批判的であり、ジャーナリスト時代石橋湛山は、植民地放棄すべきとの論陣を張りました。しかし、満州事変が起こった頃からメディア論調は、積極的戦争支持に変わりました。戦争報道が「売れた」からであり、新聞各紙は大きく発行部数を伸ばしました。

 1929年米国大恐慌を契機として、欧米経済は大きく傷つき、国内経済保護理由に高関税政策をとったため、日本の輸出は大きな打撃を受けました。
 深刻な不況を背景の一つとして、ナショナリズムが昂揚し、ドイツではナチスが、イタリアではファシスト党が台頭しました。主要国の中でソ連のみが発展しているように見え、思想界においても、自由主義、民主主義資本主義時代は終わった、米英の時代は終わったとする論調が広がり、全体主義国家社会主義を受け入れる土壌が形成されていきました。
 こうした状況において、関東軍の一部が満州事変を起こし、わずか1年半ほどで日本本土の数倍の土地占領しました。新聞はこれを大々的に報道し、多くの国民はこれに幻惑され、ナショナリズムは更に高まりました。

 日本外交について、吉野作造満州事変における軍部の動きを批判し、清沢洌松岡洋右による国際連盟からの脱退を厳しく批判するなど、一部鋭い批判もありましたが、その後、1937年秋頃から言論統制の強化により政策への批判は封じられ、戦争積極的に支持する論調のみが国民に伝えられるようになりました。

情報収集分析問題

 当時、政府を始めとする我が国が、国際情勢を正しく認識できていたかも問い直す必要があります。例えば、ドイツとの間でソ連対象とする軍事同盟を交渉している中にあって、1939年8月独ソ不可侵条約が締結され、とき平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」として総辞職します。国際情勢、軍事情勢について、十分な情報収集できていたのか、得られた情報を正しく分析できていたのか、適切に共有できていたのかという問題がありました。

今日への教訓

 戦後日本において、文民統制は、制度としては整備されています日本憲法上、内閣総理大臣その他の国務大臣文民でなければならないと定められています。また、自衛隊は、自衛隊法上、内閣総理大臣の指揮の下に置かれています
 内閣総理大臣が内閣首長であること、内閣国会に対して連帯して責任を負うことが日本憲法に明記され、内閣統一性制度上確保されました。
 さらに、国家安全保障会議が設置され、外交安全保障総合調整が強化されています情報収集分析に係る政府体制改善されています。これらは時代に応じて、更なる進展が求められます

 政治軍事を適切に統合する仕組みがなく、統帥権独立の名の下に軍部が独走したという過去の苦い経験を踏まえて、制度的な手当ては行われました。他方、これらはあくま制度であり、適切に運用することがなければ、その意味を成しません。

 政治の側は自衛隊を使いこなす能力と見識を十分に有する必要があります現在文民統制の制度を正しく理解し、適切に運用していく不断努力必要です。無責任ポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持責任感を持たなければなりません。
 自衛隊には、我が国を取り巻く国際軍事情勢や装備、部隊運用について、専門家集団としての立場から政治に対し、積極的説明し、意見を述べることが求められます

 政治には、組織の縦割りを乗り越え、統合する責務があります組織が割拠、対立し、日本国益を見失うようなことがあってはなりません。陸軍海軍とが互いの組織論理を最優先として対立し、それぞれの内部においてすら、軍令軍政とが連携を欠き、国家としての意思を一元化できないままに、国全体が戦争に導かれていった歴史を教訓としなければなりません。

 政治は常に国民全体の利益福祉を考え、長期的な視点に立った合理的判断を心がけねばなりません。責任所在が明確ではなく、状況が行き詰まる場合には、成功可能性が低く、高リスクであっても、勇ましい声、大胆な解決策が受け入れられがちです。海軍永野修身軍令部総長は、開戦を手術にたとえ、「相当の心配はありますが、この大病を癒すには、大決心をもって、国難排除に決意するほかありません」、「戦わざれば亡国と政府判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である」と述べ、東條英機陸軍大臣も、近衛文麿首相に対し、「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と迫ったとされています。このように、冷静で合理的判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはなりません。

 政府が誤った判断をせぬよう、歯止めの役割を果たすのが議会メディアです。

 国会には、憲法によって与えられた権能を行使することを通じて、政府活動を適切にチェックする役割を果たすことが求められます政治一時的世論迎合し、人気取り政策に動いて国益を損なうような党利党略と己の保身に走っては決してなりません。

 使命感を持ったジャーナリズムを含む健全言論空間必要です。先の大戦でも、メディア世論煽り国民を無謀な戦争誘導する結果となりました。過度な商業主義に陥ってはならず、偏狭なナショナリズム差別排外主義を許してはなりません。

 安倍元総理尊い命を落とされた事件を含め、暴力による政治蹂躙自由言論を脅かす差別言辞は決して容認できません。

 これら全ての基盤となるのは、歴史に学ぶ姿勢です。過去直視する勇気と誠実さ、他者の主張にも謙虚に耳を傾ける寛容さを持った本来リベラリズム健全強靭民主主義が何よりも大切です。
 ウィンストン・チャーチル喝破したとおり、民主主義は決して完璧政治形態ではありません。民主主義コスト時間必要とし、ときに過ちを犯すものです。
 だからこそ、我々は常に歴史の前に謙虚であるべきであり、教訓を深く胸に刻まなければなりません。

anond:20260218162600 に続く

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