そこで、今回ご紹介しようと思うのが、これについて書かれた山本七平のコラム。
昭和60年前後に書かれたものらしく、核燃料サイクルなどについては当時の知識で書かれており、山本七平自身も科学技術は専門分野ではないことから、そうした前提を頭に入れて幾分割り引いて読む必要があるとは思います。
私がネットで調べた範囲では、今現在に至っても、核燃料サイクルの要となる高速増殖炉やプルサーマル発電は稼動していないようですし。
ただ、それでも彼の意見には、参考にすべき点があると思います。では、引用開始。
「常識」の非常識 (文春文庫)
(1994/01)
山本 七平
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◆原子力の日
十月二十六日は「原子力の日」だと言っても、その日をはっきり意識した人は少ないであろう。
さらにこの日は、日本ではじめて原子力発電が行われた日であることを知る人も少ないであろう。
だが私は、後代は人類の歴史を原子力以前・以降と分けるのではないかと考えているので、この日は日本史にとっても最も重要な記憶されるべき日となるかも知れないと思っている。
人類史を大きく変えたような発明も、その当初においてはきわめて冷たい目で見られ、過小に評価されるのが普通であった。
蒸気船がはじめて大西洋を横断したとき、当時のロンドンっ子は次のように嘲笑したという。
「風が船を運んで来るのだが、この船は風を運んできた」と。
この船は燃料とボイラー水を積み込んで大西洋を横断するのが精一杯であったため、イギリスに着いたときは船倉は空であった。
これを「風を運んできた」と嘲笑したわけで、いずれにしろ「役立たず」、しかも平均一〇ノットといわれた当時の最新鋭の帆船より速度が遅かった。
従って、原子カヘの同じような批判があったとしても不思議ではない。
だが蒸気船は地球の地図を塗りかえてしまい、「黒船」として日本にも来航して日本を開国させ、日本文化史に新たな一章を加えただけでなく、世界史にも新局面を開いたわけである。
もちろんそのすべてが蒸気船によって行われたわけではないが、この技術革新が与えた影響力を無視して近代史はない。
そして、新しい技術がこのように世界史および一国の歴史に大きな影響力を与えることは少しも珍しくはなく、前記の蒸気船はその一例にすぎない。
こういう観点から原子力を見ると、この開発・利用が人類の文化に与える影響は、画期的といわねばならない。
というのはこれは「火でない新しい別の火」であり、人類の今世紀初頭までのエネルギー利用とは全く別のものだからである。
もちろんはじめは「蒸気船」のように他の燃料より劣り、ついで競合関係となったが、これが原子燃料サイクルとして確立され、かつ十分に利用されるようになれば、今までのエネルギーにはない新しい特色を発揮するであろう。
すでにご存知の方は居られると思うが、このサイクルを要約すると次のようになる。
①探鉱、
②精錬、
③転換(六フッ化ウランにする)、
④濃縮(ウラン235の割合を三~四%にする)
⑤再転換(濃縮した六フッ化ウランを粉末状二酸化ウランにする)、
⑥成型加工(燃料棒に成型し十数本まとめて燃料集合体とする)、
⑦原子力発電(燃料として三~四年燃えつづける)、
⑧再処理(一%ほど残るウラン235と新たに生成されたプルトニウムを分離する)、
⑨再利用(分離・回収したウランとプルトニウムを再利用するために、それぞれ転換施設や成型加工施設に運ばれる)、
⑩そこで再び燃料として用いられる。
言葉にしてしまうと簡単だが、こういう新しいエネルギーと、それによって生産される電力が社会で用いられるエネルギーの主体となると、人間の社会はどう変化するであろうか。
過去における戦争は、しばしば食糧とエネルギーをめぐって起こった。
戦前の日本では「石油の一滴は血の一滴」などといわれ、これと食糧とが、世界恐慌の後遺症に苦しむ日本が満州に進出しようとした主要な動機であったといえる。
当時の記録を見ると、開拓民として満州に渡ったのは農村の土地なき二男、三男であり、その多くは寒冷・積雪地である。
今その順位を記すと、①長野、②山形、③宮城、④新潟、⑤福島、⑥群馬、⑦熊本、⑧石川、⑨秋田といった順になっている。
歴史に「もし」はないが、当時日本が豊富なエネルギーをもち、これらの地に工業を興して就業の機会を得られるようにしていたら、満州事変から太平洋戦争へという悲劇を防ぎ得たであろう。
もちろん現在でも問題はすべて解決したわけではなく一方で過密を生じ、その一方で過疎を生ずるという問題は残しているとはいえ、昭和初頭のような苦しい状態ではない。
日本の農地は限られているが、就業人口は減少して多くが第二次、第三次産業に移っている。
それを可能にしたのが豊富なエネルギーであることはいうまでもない。
従ってエネルギーの確保は日本の死命を制する問題であるとともに、その創出は日本の将来に大きな可能性を与える。
と同時に、原子力はある国または地域がエネルギーを独占して国際政治に猛威を振るうことも抑止しているわけであり、原子力はこの点でも「エネルギーなき国」といわれた日本の将来と国際政治に大きな力をもっている。
このような点から見れば、「原子力の日」は日本にとって、新しい方向へと踏み出した重要な日だと言わざるを得ない。
毎年この日には必ず、エネルギーと日本の将来という問題を、各人の問題として考えたいものである。
【引用元:原子力の日/「常識」の非常識/P88~】
原子力発電に関しては、どうも極端な意見に分かれることが多いように感じます。
もちろん、この問題のメリット・デメリットを論ずること自体はよいのです。
ただ、山本七平が指摘するように、エネルギー問題が、日本では重大かつ決定的な要因であること、そして、過去を振り返ってみれば、そのことを巡って日本の命運が左右されたことを肝に銘ずるべきではないでしょうか。
反原発の主張もよいですが、この問題を考える際には、必ず「エネルギー安保」という視点から考えることをお願いしたいものです。
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テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済