はてなキーワード: 村上春樹とは
最近、本が読めない。
正確には読めなくはないんだけど、手が伸びない。積んでる本の背表紙を見て、「これ今じゃないな」ってなる。カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』、3年前に買って100ページで止まってる。面白くないわけじゃない、むしろ面白いのはわかる、でも今じゃない。なんか今じゃない感がずっとある。
いつからこうなったんだろうって考えると、たぶん28か29のあたりからで、その頃から「重い話を受け取るための皿」みたいなのが小さくなってきた気がする。昔は重厚で暗い話が好きで、ドストエフスキーとか「すごいな」ってちゃんと読んでたし、村上春樹の暗い短編とかも全然いけた。今は無理。カフカとか表紙見ただけで疲れる。
代わりに何読んでるかというと、料理本とか、あと動物の生態に関するやつとか。「タコの知性」みたいな本、めちゃくちゃ読める。タコが瓶の蓋を開ける話、すごいな、タコすごいな、で終わる。それがいい。終わり方が明るい、というか終わりがちゃんとある。複雑な余韻を持ち帰らなくていい。
映画もそうで、NetflixでA24の作品とか見ようとして再生ボタン押せない夜がある。いや好きなんですよ、ちゃんと好き。でも22時に疲れて帰ってきて「さあ人間の業と向き合うか」にならない。結局イカゲームのシーズン3が出たら見ると思うけどあれも十分しんどいな。
なんか「物語に体力がいる」って感覚、若い頃なかったんですよ。体力が有り余ってたから暗い話を読んで消費できた、みたいな?わからないけど。
でもこれ、劣化なのかなってちょっと思う。豊かさを受け取る器が小さくなってきた、みたいな言い方もできて、それはちょっとさびしい。タコ本ばっかり読んでていいのか私は。
男性は「社会そのもの」として育てられるため、社会に対する批判は自己批判に直結する危険を孕んでいる
そのため、感情を抽象化し、外部化することで「自己の痛み」を間接的に語る傾向が強くなる
⇒自己の痛みをごまかしているため、一見理性や論理にみえても、論点すりかえや矛盾が隠れている
(根本から目を逸らしていることで、結局のところ問題解決できておらず短期視野の自己満足に陥りがち)
・恋愛や性欲を女性に仮託するのも、自己の内面を直接語ることへの抵抗の表れ
⇒古代から「女は性的、誘惑者」と男の性欲を女のせいする心理がこれ
男性が自己の感情を認識・表現するために「他者」を必要とする構造であり、女性が「鏡」として機能させられているといえる
文学やエンタメにもこの構造が働いており、男性が社会から離れた内面を表現する際には女性がツールとして使われることがある
ChatGPTに概算させてみたんだけど、紀元前3000年から20世紀までに、世界で生まれて30歳まで生き延びた人間は約240億人らしい。
いわゆる「古典作品」は、この膨大な母集団の中から生まれてきたわけだ。
村上春樹の『ノルウェイの森』には「出版から半世紀生き残った作品しか読まない」というセリフが出てくる。
人と時間のフィルターをくぐり抜けた作品だけが残る。効率はいい。
でも、よく考えるとこの考え方は「前提が違う」。
これらをすべてクリアしたごく一部だけが「作品」として世に出る。
240億人の中で、その条件を満たして作品を残せた人間は、せいぜい数百万、下手すれば数十万だろう。
つまり古典とは、「最初から選ばれた母集団」+「時間フィルター」を通過したものだ。
一方で現代はどうか。
誰でも書ける、公開できる、残る。
その代わり、フィルターは「事前」ではなく「事後」にかかる。
しかも速度が異常に速い。
音楽も同じだ。
当時、プロの音楽家になれる人間は環境的に極端に限られていた。
今はどうか。
数万円で楽器が手に入る。
その代わり、生き残れるのはほんの一握り。
フィルターは桁違いに厳しい。
ここまで考えると疑問が出てくる。
なら、「ある程度フィルターがかかって、まだ古びていない現代作品」の方が合理的じゃないか?
で、個人的な話。俺語りのターン
「人間の本質はすべてシェイクスピアに書かれている」なんて聞けばシェイクスピアを読む
人間関係も、権力も、愛も、裏切りも、全部わかる、だってさ。ふむ。
筒井康隆が山下洋輔と遊んでいると知れば、赤塚不二夫まで繋がり新宿カルチャー文学も一通りおさえた。
でも21歳くらいで、ぱたりと小説を読まなくなった。
「もう大体わかったから」。
清く正しく生きろ。
それでも生きろ。
もちろん表現は無数にある。
でも骨子はほぼ同じ。論語とて同じ。
それを一度見切ると、残るのは「娯楽」だけになる。
いわゆる転生アニメで脳を休ませてる。いいんだよああいう馬鹿っぽいので
俺はピアノが弾ける(た)しクラシックにも知見がある、が、YOASOBIと上白石萌音しか聞かん
それでいいと思ってる。
https://anond.hatelabo.jp/20260303160045
バーに入るとカウンターには3人客が1組と3席空いてひとり客1人。空いてる3席の真ん中に通された。
ひとり客の方は前にもここで見たことがあって愛嬌のある顔をしている。3人客は近い方から女男男。3人とも20代後半くらいのようだ。
客が多いときにマスターの手を煩わせたくなかったのでウイスキーにしようと思いアードナッホーのボルサを頼んだ。
テイスティンググラスにウイスキーが注がれコースターに乗せられた。
アードナッホーはアイラ島にある2017年設立の新興蒸溜所だが有力ボトラーのハンターレイン社が所有している蒸溜所だけあって最初からレベルの高いボトルをリリースしている。ボルサは通常商品の第3弾で今までと違って主にシェリー樽で熟成された原酒が使われている。設立年等を考えると熟成年数は5年程度と思われるが飲んでみるとそれを上回る熟成感がありシェリー樽由来の甘さとスモーキーさが調和していて良いボトルだ。
数分後、3人客の声が大きくなりマスターが声を下げるようにやんわりと注意した。
これは今日は一杯で帰った方がいいかなと思っていたが幸いなことに一杯を飲み終わる直前に3人客が帰った。
「騒がしくてどうもすみませんでした。よろしければどうぞ」
と言ってマスターが我々にチョコレートを2粒ずつ出してくれた。
「マスターも2回も注意することになって大変でしたね」
"愛嬌のある顔"の客が言った。あの前にも注意していたのか。
「カウンターに3人以上だと端の方がもう片方の端の方に話しかけるときにどうしても声が大きくなってしまうんです。今のように端の男性が端の女性に話しかけるときには特に」
マスターが申し訳なさそうに言う。自分にもそういう経験があるから理解できる。
「ギムレットを頼んでる人がいましたね。"ギムレットには早すぎる"って言いたくなりました」
マスターと目が合った。目が合ったあとマスターが軽くうなずいたのでこの話は自分にまかされたと判断した。
「失礼、今のお話ですが"ギムレットには早すぎる"は坊やにはまだ早いみたいな意味ではないのですよ」
「え、違うんですか?どういう意味なんですか?」
「ロング・グッドバイという古いハードボイルド小説に出てくるセリフです。主人公はフィリップ・マーロウという探偵です」
「フィリップ・マーロウという名前は聞いたことがあります」
「マーロウの友人のテリーという男が殺人の容疑をかけられたまま国外で自殺して使いの男がやってきますが、その男は実は整形したテリーなんです。話をしている中でマーロウは男が本当はテリーなんだろうということをやや遠回しに突きつけます。それに対してその男もまた遠回しに、でも読者にもわかる言い方で自分がテリーだと自白します。その遠回しな自白が"ギムレットには早すぎる"なんです。このセリフをきっかけに真相が語られて物語が終焉に向かいます」
「以前テリーはマーロウに手紙で"ギムレットを飲んで自分のことを忘れてほしい"ということを書いていました。それを踏まえて男は今はもう少し友人として話をしたい、さよならを言うにはまだ早いという意味も込めて"ギムレットには早すぎる"と言ったんです。マーロウとテリーしか知らないはずのその手紙を踏まえたセリフですから自白になるんです」
「しゃれたセリフなんですね。それで二人はギムレットを飲んで別れるんですか?」
「いえ、テリーはマーロウに飲みに行こうと誘うんですがマーロウは断ります。テリーに対するさよならという言葉も拒否します。マーロウの価値観・正義感に合わない行動をテリーがしていたからです。ハードボイルド小説たるゆえんです」
「なんかめんどくさい二人ですね」
(補足)ちなみにロング・グッドバイの中でテリーは「本当のギムレットというのはジンを半分とローズ社のライム・ジュースを半分混ぜるんだ」と言っている(村上春樹訳版)。これは現代の一般的なレシピ例の「ジン45ml、フレッシュライムジュース15ml、シュガーシロップ1ティースプーン」等と比べてかなり甘くなるらしい。なおギムレットはこれらの材料をシェイクして作るが、氷を入れたグラスにこれらの材料を直接注いで作る(ビルド)とジン・ライムになる。
自分が好きになる相手と自分が付き合ってもらえる相手が重なった(ベン図の”∩”の部分)エリアが元恋人たちなんだなと思う
同時に好きになった人を観察して多分これは付き合えないだろうなとも思う(AかつBではない)
また相手から好きだ愛してる付き合ってくれと言われて無理だなとも思う(AでもなくBでもない、AとBの補集合)
元恋人たちを友人らに見せると見分けがつかないと驚かれる、こいつらで神経衰弱してもどれがどれか分かんないから終わらないと
長い友人は笑ってお前は男の趣味が一貫してるねという、あまり実感はないが友人が言うなら所謂これが私の”タイプ”なのだろうと思う
そんな彼らの見た目は全員メガネである、インテリでもある、おしゃれだ、そして陰気なオタク野郎でドライブと音楽が好きだ、漫画もアニメも嗜み美術館や博物館へいそいそと行き、村上春樹を読んで是枝監督を眺める、楽器も弾ける、あと喫煙者
ドランクドラゴンの鈴木を想像してほしい、良いように言えばアジカンのゴッチ、あと色々と陽に振ったら川崎鷹也
ちなみにこの話をするとオズワルド伊藤も?と聞かれるが悲しきかな、彼は補集合の方で全然違うと思ってしまう(謝罪)
あとドランクドラゴンのネタが好きかといわれるとそうでもない、お笑いはさや香と金属バットと真空ジェシカとヤーレンズとZAZZYが好きです
私は芸能人で誰が好き?と聞かれると高橋一生!と叫ぶくらいには顔の好みはこちらである
前述のとおりだが高橋一生は私とは付き合わない、好きになってもらえない、ドランクドラゴン鈴木ならお互いいいねとなって付き合う話になる
だがしかしここ近年好きな相手は高橋藍に似ていて負け戦である、もう三十路も超えているのでさすがに穏便かつ円満に撤退しつつ周りにドランクドラゴンの鈴木を紹介してくれと泣きついている、皆さんの周りにもいませんか野生のドランクドラゴンの鈴木は
ちなみに私はよくファーストサマーウイカに似ていると言われ実母でさえテレビと見比べ似てるわ…と真顔になるレベル
まず前提なんですけど、「認定司書の論文が通る=文章が馬鹿にされる筋合いがない」ってロジック、そこ飛躍してません?
仮に通ったとしても、それは「審査基準を満たした」ってだけであって、「すべての文章が批判不能になる免罪符」ではないですよね。
大学入試に受かった人のツイートが全部名文になるわけじゃないのと同じです。
あと、アンチが叩くかどうかって、論文が通るかどうかとあんまり相関ないんですよ。
例えば村上春樹さんだってノーベル賞候補と言われ続けても「文章が軽い」とか言われるわけで。
つまり、
なんですよ。
そもそも「通ったら見返してやる」って発想自体が、評価軸を他人に預けてません?
本当に自信あるなら、通ろうが通るまいが関係ないはずなんですよ。
あと、「アンチは意地汚く叩き続けるんだろう。哀れなり。」って言ってる時点で、結構効いてません?
結論としては、
・叩かれるかどうかは他人次第
でも「叩かれない証明」に論文を使おうとしてる時点で、議論の立て付けがちょっと弱い
って話です。
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
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・01 [隠し絵][ある漫画のタイトル]『NARUTO-ナルト-』
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・02 捲土重来 けんどちょうらい
・03 生見愛瑠 ぬくみめる
・04 トリケラトプス
・05 八丁 味噌
・08 [近似値]486(メートル
・17 鼻緒
・18 ダイアン
・21 [3択]正 六 角形
・25 [3択]およそ1 300か所
・26 三四郎(池
・27 カローラ
・28e [3択]5(キロカロリー未満
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・yy 50(万人以上
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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかけるロングブレスで激変物語【腰痛&肩こり&ダイエットお悩み解消】」
16:00-17:36 歌聖へのラブレター ~私しか知らない美空ひばり~【総集編】[字]
17:36-18:04 DANCE TRAIN #1←次回放送前の再放送
(22日日曜日)
リアルでこんなことを言えば嫌味にしかならないのでここに吐き出す。
別にわたしは自分のことを「美人」だなんて思っていない。ただ周囲が勝手にそういう枠に入れてくるだけだ。
朝、会社に行く前にディオール アディクト リップ マキシマイザーを塗って、クレ・ド・ポー ボーテ タンクレームエクラを薄くのばして、CHANEL レ ベージュで仕上げる。
それだけで給湯室で必ず言われる。「今日、気合い入ってるね」とか、「誰かと会うの?」と。
いや、会わない。会うのはExcelだ。
一度、ユニクロUのワンピースにマルジェラの足袋を合わせて出社したときは、上司が会議室で言った。
同僚のA子が無印のスキンケアで済ませているのを見て、「自然体でいいよね」と言われていた。
わたしがSK-II フェイシャル トリートメント エッセンスを机に置いていただけで「やっぱ違うよね」と笑われる。
何が違うのか。
ランチに行けば「この店似合うよ」と言われる。
マッチングアプリに登録したとき、Pairsの通知は爆発した。
でも届くメッセージはだいたいこうだ。
「綺麗ですね」。それ以上はない。
わたしが好きな村上春樹の話も、昨日観た花筐/HANAGATAMIの感想も、そこに入る余地はない。
大学時代、スターバックスのホワイトモカを飲んでいただけで「意識高そう」と言われた。
正解はどこだ。
「顔がいいと人生楽でしょ?」
楽なわけがない。
鏡を見るたびに思う。
そのくせ、少し疲れた顔をしているとすぐ言う。
美人は常に晴れていなければならないらしい。
曇天は許されない。
Amazonのセールで日用品をまとめ買いして一喜一憂するし、『ドライブ・マイ・カー』を観て寝落ちするし、安価なタコハイでむせる夜もある。
でも誰もそこを見ない。
見たいのはパッケージだけ。
だから、こうしてここに書く。
ここなら、顔は見えない。
そのことにホッとする。
ここではただの文字だ。
それだけで、本当に少し楽。
会社の昼休みに何書いてんだとも思うが長文書くタイミングが今しかないんだよ。ブラックバンザイ。
そもそも何年拒否されたと思ってんの?誘えば「しつこい」「そういうのもう無理」「今そんな関係じゃない」って毎回シャットアウトしてたやん。
そのたびに、こっちは「求めるのが悪いのか?」って自分を押し殺してきた。
我慢して一人で処理して来た。
何で俺がローンで買った家のトイレで隠れてオナニーしなきゃアカンねんとも思いながら。
で、もう完全に諦めたわけ。セックス拒否られた側なら理解してくれると思うが、拒否されるの結構傷つくんだよね。
だからもう嫁に期待もしない、触れもしない、ただの同居人モードに気持ちを切り替えたんだよ。
こっちは黙って引いてたの。
そしたら昨日何事もなかった顔して「久しぶりにしよ?」だってさ。
……は?アホなの?今さら?
当然断った。そりゃそんな都合よく誘われてもねって感じで。
そしたら泣き出して「なんでそんな冷たいの?」って。
は?
最初に冷たくしたの、そっちやんけ。
何年もかけて人の気持ち凍らせといて自分がしたくなった瞬間だけ“夫婦だから当然”って都合良すぎないか?
ピルやめて性欲復活したのか知らんが都合良すぎ。
世の中女子専用車の様には都合よく出来ていません。
散々断っておいて自分が拒否される側に回った瞬間は被害者ポジションってそんな都合のいい話ある?
こっちはずっと「NO」を受け入れてきたんだよ。
工夫してオナニーしてたの。
何でこっちの「NO」は許されないの?
人間関係ってさ一方が壊しても、もう一方はずっと同じ場所で待っててくれると思ってるなら大間違い。
壊れるのは一瞬じゃない。静かに何年もかけて終わるんだよ。
これのせいで今家庭の雰囲気最悪だわ。