はてなキーワード: うる星やつらとは
既存曲にもいろいろあるけれど、既にリリースされている曲をそのまま流しているケース
タイアップでアニメと一緒に作られた曲、カバーソング、アニメを機に編曲された曲を除いて、
最近ということで、ここ10年間くらいの分かる範囲で書いてみる。
| アニメ | 曲名 | 流れるタイミング |
|---|---|---|
| 天使の3P! | LAZY - 感じてKnight | 第10話 挿入歌 |
| アニメ | 曲名 | 流れるタイミング |
|---|---|---|
| 荒ぶる季節の乙女どもよ。 | THE BLUE HEARTS - TRAIN-TRAIN | 第1話 挿入歌 |
| ザ・タイマーズ - お前の股ぐら | 第4話 挿入歌 | |
| THE BLUE HEARTS - チェインギャング | 第10話 挿入歌 |
| アニメ | 曲名 | 流れるタイミング |
|---|---|---|
| かくしごと | 大滝詠一 - 君は天然色 | ED |
| アニメ | 曲名 | 流れるタイミング |
|---|---|---|
| うる星やつら | 忌野清志郎+坂本龍一 - い・け・な・いルージュマジック | 第18話 挿入歌 |
| 君のことが大大大大大好きな100人の彼女 | あんしんパパ - はじめてのチュウ | 第2話 挿入歌 |
| アニメ | 曲名 | 流れるタイミング |
|---|---|---|
| 光が死んだ夏 | AKB48 - 会いたかった | 第1話 挿入歌など |
| 銀河特急 ミルキー☆サブウェイ | キャンディーズ - 銀河系まで飛んで行け! | 主題歌(OP/ED) |
| サラリーマンが異世界に行ったら四天王になった話 | 工藤静香 - MUGO・ん…色っぽい | 第1話 ED |
| 川村かおり - ZOO | 第2話 ED | |
| 小坂恭子 - 想い出まくら | 第3話 ED | |
| エレファントカシマシ - 今宵の月のように | 第4話 ED | |
| 松原みき - 真夜中のドア〜Stay With Me | 第5話 ED | |
| 山崎ハコ - ヘルプミー | 第6話 ED | |
| あべ静江 - みずいろの手紙 | 第7話 ED | |
| 研ナオコ - あばよ | 第8話 ED | |
| 永井龍雲 - 道標ない旅 | 第9話 ED | |
| 崎谷健次郎 - もう一度夜を止めて | 第10話 ED | |
| 木之内みどり - 横浜いれぶん | 第11話 ED | |
| 城南海 - アイツムギ | 第12話 ED |
| アニメ | 曲名 | 流れるタイミング |
|---|---|---|
| 鎧真伝サムライトルーパー | 森口博子 - サムライハート | 第5話 挿入歌 |
| ガンバレ!中村くん!! | 村下孝蔵 - 初恋 | 第1話 ED |
| バブルガム・ブラザーズ - WON'T BE LONG | 第2話 ED | |
| スチャダラパー featuring 小沢健二 - 今夜はブギー・バック smooth rap | 第3話 ED | |
| バービーボーイズ - 負けるもんか | 第4話 ED | |
| 泰葉 - フライディ・チャイナタウン | 第5話 ED | |
| PRINCESS PRINCESS - 世界でいちばん熱い夏(平成レコーディング) | 第6話 ED |
映画まで広げたら「One more time, One more chance」や「ひこうき雲」とかもっともっとあるでしょうな
・ドラゴンボール(改)
まず主題歌がダメ(ドッカンとやぶれかぶれは好き)。変なBGMだった、そして盗作流用で途中から菊池俊輔の旧BGMになってた。人造人間編でのセル役の若本規夫の著しい劣化と魔人ブウ編のビーデルの声優交代がガッカリ要素。
作画が酷過ぎる。昭和の古典ノリが令和では受け付けなかった。主題歌微妙。声優目的でなら見れた。
表現規制が凄かった。特に乳首券なしセクハラシーンが一部カットなど。声優の多くを旧のまま強行したため一部聴き苦しいのがあった。作画はマシだったがド派手な色彩配色がクソ。主題歌ゴミ。
第1期は実績のある山本秀世監督だったお陰でエロとか殺陣が良くて御庭番衆や雷十太辺りは概ね評価が高いが第2期で素人さんに監督交代した途端作画が陳腐化、演出が酷くなった。特に方治周りが改悪された。肝心の殺陣も最悪。声優も悪くはなかったものの旧作の方が演技してたと思う。
旧作を超える原作話を擁した第2期こそ持ち直した感じだが第1期から表現規制がきつくて原作の良さを全く活かせなかった。作画も手抜きが目立った。あと主題歌がどれもこれも印象に残らない。バリバリ最強NO1が偉大過ぎた。
深夜帯に放送。おそ松さんという最強のリメイクに対して一度たりともオリジナルティの点で勝てなかった。完全に空気。内容も火曜版サザエさんを見てたようなガッカリアニメだった。
・封神演義
旧作がバランの所までだった事もあり最期までフルリメイクし朝アニメながら常にハイクオリティーを維持した。主題歌はOPED共に秀逸。また関係者をしてゲーム版が大失敗だったもののアニメはグッズ売り上げ込みで成功したといわれてる。
こちらもフルリメイク。もはや知らない人はいない位素晴らしいリメイクだった。アニメ円盤売り上げが非常に好調だった事からも作品の成功を物語っている。
第1期が社会現象になるほど。現在は殆ど見る影もないが第1期の成功でいつまでも続編が作られ続けている。
ufotable版。主題歌から脚本声優作画演出劇伴まで全てにおいて最高品質。DEEN版も決してダメだった訳じゃない(特にアーチャー絡み)がモノが違う。公式でDEEN版が黒歴史扱いされたのは記憶に新しい。
旧作で大炎上したロゼ絡みがリメイクでは原作に忠実再現された事で評価が高い。ただ旧作もアニオリ展開が超大作なので甲乙つけがたい。但し主題歌は旧作の圧勝。
原作の井上雄彦氏の意向を押し切ってアニオリエンドにしてしまった旧作に対して原作に忠実にした。声優交代問題こそあったが公開後は概ね評価された。ただ主題歌は残念ながら旧作に軍配が上がる。テレビアニメでのフルリメイクが待たれる。
原作ラストまでやりきり舞台化や新作アニメ化も果たしたリメイクは成功といえるものの、主題歌は旧作に負ける。
声優の交代を断行したのが功を奏した。旧作はアニオリ多めではっきり原型を留めてない分リメイクの評価は高め。主題歌は勿論ry。ポスター関係で盗用が見られ物議を醸した。
キメラアント編までをアニメ化(旧はGI編まで)。声優交代の問題も特になし。ただ主題歌は旧作が強すぎた(特にヨークンシティ編)。
せっかくラストまでフルリメイクしたのに終始空気だった。主題歌は旧作に劣るものの作画はここぞという場面で神作画を連発したので評価は概ね高い。東京スカイツリーの使用許可が下りず東京タワーを再利用した事で話題になった。余談だが藤原ざくろ役の声優がマカ棒で酷過ぎた。
天下のWITだったお陰で作画演出は極めて高品質。声優もヤイバ以外総とっかえだったものの実力派揃い。主題歌は良いけどそれでも旧作のイメージが強い。
注目コメント試し読み
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【視点】中国の古いお話に「胡蝶の夢」というものがある。荘子が夢のなかで蝶になった。目覚めた時、「蝶になった夢」か「自分がいま夢を見て蝶になった」か分からなくなったという故事だ。荘子のこの教えは自由意志の希求のようであり、何かポストモダンの先駆のようにも思える。押井守はこの故事を映画版「うる星やつら2」で活用し、無限に反復する喧騒の学園祭前夜の夢のような世界と並行し、荒廃していく現実世界の歓喜と恐怖を描き出していった。
記者はこう書いている「日本のトップとは思えぬ振る舞いに、私も思わず「フェイク画像か」と、わが目を疑った」。だが夢か現実かの区別がつかない感覚に襲われたのは記者だけでなく、対イラン戦争をめぐる狂騒のなかで日々われわれが襲われている感覚である。ホワイトハウス公式アカウントが垂れ流す不可解な映像、支離滅裂な命令、そして映画版『うる星やつら2』では、現実に向き合おうとする登場人物たちが次々と消されていったが、これもトランプ政権の軍幹部たちの粛清と重なる。
高市総理もまた「蝶になった夢」をみているのかもしれない。記事は「首相のアクロバティックな動きは、むしろ選択肢の乏しさの裏返しでもある」と批判で締めくくられているが、夢の世界の選択肢は無限なのである。
もっとも世界の指導者の大半は現実の世界にいる。世界の大半の人々は、明日の生活に怯え、真面目に現実と向き合おうとしている。だからどうも、トランプと高市の二人だけが夢を見ているようだ。高市総理は夢から覚まそうとする側近たちを、トランプがそうしているように次々に消していくのだろうか。
夢とも現実ともつかない世界で夢見る二人の指導者のもとで、荒廃していく世界のなかでわれわれはSNSを通じて流れて来る夢とも現実ともつかない映像をこれからも日々みせつけられることになるのだろう。押井守の「うる星やつら2」は、愛を選択した主人公が現実に回帰することで夢の世界は一斉に崩壊し、作品は締めくくられ、蝶は飛び去っていく。その時がいつくるかは、まだわからない。
俺が作ったのも見て。101選だけど
16,DEATH NOTE,大場つぐみ×小畑健
29,カードキャプターさくら,CLAMP
30,チーズスイートホーム,こなみかなた
34,ドラゴンクエスト4コママンガ劇場 偽勇者シリーズ,柴田亜美
38,ゲームセンターあらし,すがやみつる
76,ろくでなしBLUES,森田まさのり
82,ジョジョの奇妙な冒険,荒木飛呂彦
84,ちいかわ,ながの
ブルマー増田としての活動は停止したと言ったが、実はその後何度か投稿している。気に入った洋楽のMVのまとめ、レオタードについての追補(追補・レオタードについて)と、中南米のスカートをめくりあげて赤い下着を見せる動画についての疑問についての検証(スカートめくって赤いパンツを見せるペルーのお祭り)だ。最後の記事では正直、人工知能を使って調査することに戸惑いもあったし、活動停止宣言をした手前、名乗り出るのもどうかと思ったので他人のふりをしたのだが、この自作自演も意外とだれからも気づかれず、増田での匿名性の面白さを感じた。
活動停止宣言は2024年6月で、MVやレオタードについての追補が2024年12月、南米の祭りが2025年6月。Youtubeでスカートが捲れる動画ばかり見ていたせいでペルーの動画がオススメにのぼってきて、調査をしたという次第である。人工知能に質問することを調査と言っていいのか正直疑わしいのだが、これが堕落なのか進歩なのかはよくわからない。
さて、そんな中で次にオススメにのぼって来たのが次の動画である。
実は一番最初のブルマーの投稿(日本人のブルマーとイギリス人のブルマー)のツリーにぶら下げたのだが(anond:20251223195732)、ひっそりとやったので誰からも気づかれていない。
スパルタキアードの訓練
②Nerobte hlúposti a pomáhajte si
愚かなことをせず、助け合いましょう。
③Nácvik na spartakiádu: Lenka a Barbora sa pohádali
④Nácvik na spartakiádu: Zuzana supluje za Michala
⑤Nácvik na spartakiádu: Posledný tréning
⑥Kopačky od žiačky som ešte nedostal
⑦Nové dievčenské basketbalové družstvo
⑧Barbora sa zranila pri basketbale
⑨Betka sa chce pridať na športový krúžok s chlapcami
ベトカは男の子たちと一緒にスポーツクラブに参加したいと思っています。
前半はスパルタキアーダ(共産主義の体育大会)の練習シーン、⑦以降はバスケのシーンである。以前調査したチェコと同じように、女子は青いブルマー、男子は赤い短パンである。
尚、増田の仕様上、9つを超えると動画が投稿できないので、それ以降の動画はこの後ろに投稿する。[調査]カテゴリをクリックしていただければ出てくる。
これはスロバキアのドラマで『Sľub(誓い)』という作品からの公式の切り抜きだ。
テレビ・マルキーザという、スロバキア最大の民放が作成している。
1984年のスロバキア。学校を舞台に教師や生徒、その家族の生活が描かれている。スパルタキアーダの練習や物資不足など社会主義下の不自由な日常を背景に、秘密や愛、思春期の葛藤を描いている。国家への忠誠を強いる厳格な教育体制と、自由を求める思春期の純粋な感情や友情が、ノスタルジックかつ残酷なリアリズムで綴られているらしい。
当時の共産圏では、数万人規模の集団演武「スパルタキアーダ」が国家の威信をかけた重要行事であった(チェコの民族意識と社会主義とブルマーチェコのサマーキャンプ、ドイツのブルマ再び、バルト三国のブルマで以前調査したね)。あの極端に短いブルマーは、個性を排して統制美を追求した当時の公式な体操着であったと、人工知能は回答したが、少なくも現時点では、この内容は自分の調査結果とは矛盾しない。ブルマーの素材がペラペラだったのも再現されているようだ。
自分が調査したのはチェコのブルマーだが、チェコとスロバキアは1993年まで一つの国であったので、事情は同じだろう。
長いブロンドの髪と繊細な顔立ちが特徴の少女。物語では、国家の理想と自分の感受性との間で揺れ動く「内面の葛藤」を象徴する役割を担う。静かな眼差しで、自由を奪われた環境の不条理を観客に伝える。
活発で意志の強そうな顔立ちをした、レンカの親友。規律に縛られた集団生活の中でも、ユーモアと反抗心を失わない「精神的自由」の象徴。繊細なレンカを支え、停滞した空気を打ち破るエネルギーを物語に与える。
同級生より少し背が高く、落ち着いた大人びた雰囲気を持つ少女。一歩引いた視点で社会の矛盾を見つめる「冷ややかな観察者」の役割。背伸びしたい年頃の少女が、強権的な教育に抱く嫌悪感を鋭く表現している。
短髪で中性的な容姿を持ち、活発に動く姿が印象的なキャラクター。集団の和を乱すことを恐れない姿勢が、物語に緊張感をもたらす。
丸みを帯びた顔立ちの、幼さが残る真面目な少女。体制の教えを純粋に信じて従おうとする「従順な犠牲者」の役割。彼女の無垢な一生懸命さが、逆に国家による管理の残酷さを際立たせる、悲劇的な存在。
①などで使われている音楽はスロバキア(旧チェコスロバキア)の伝説的な歌手 Marika Gombitová(マリカ・ゴンビトヴァー) による 「Poupata(ポウパタ)」 で、スパルタキアーダの公式曲であった。すなわち、1985年に開催された大規模な国家行事「スパルタキアーダ」において、年少女子(8年生〜高校生)のテーマソングとして制作されたらしい(なお、ドラマの演者は14歳から15歳くらいとのこと。日本のドラマみたいに18歳以上が学生を演じているのかと思ったら違った。欧州の人びとの年齢を推測するのは難しい。実際海外の美術館で課外学習中の生徒を見ると全く分からない。わずかに、表情の幼さから学生と知れるばかりである)。
少女たちの成長と、社会主義国家の明るい未来を重ね合わせたプロパガンダ的があり、明るい曲とは裏腹に、全体主義的でもあるらしい。
ところで、テレビで放送されるブルマーと言えば、以前日本の朝ドラで、ブルマー姿が放送されたことが適切かどうか議論になったことがある。「ちむどんどん」だったっけ? 賛成する立場としては歴史的正確さを重んじるし、反対する立場としては露出度を抑えることを重んじる。元々ドラマを見ないので、どうするのが適切かどうかはわからない。ただ、エンターテインメントでは歴史的正確性はそこまで重んじられていない。時代劇ではだれもお歯黒にしないし、若い俳優は月代にしていない。今後は昭和から平成を舞台にした作品では、少なくとも実写ではブルマーだったはずの場面でも短パンをはくのがスタンダードになっていくことだろう。
一方で、昭和のアニメのリメイク、たとえば「うる星やつら」や「らんま1/2」などでは、もうしばらくブルマーが延命されることだろう。
あと、若い俳優のブルマー姿を公式アカウントで流すことで、炎上している様子は特にない。日本で例えば同い年のアイドルがブルマーで大運動会とかやったら大変な抗議が起きるだろう。
東欧ではその感覚はかなり違うのかもしれない。かなり肌を見せているロシアの若年のダンスの大会の動画がyoutubeのアルゴリズムで上がってくる。
なお、拙宅ではテレビを買い替えたのだが、最近のテレビはYouTubeともつなげられるらしい。早速大写しにしてみたが、画面の解像度の良さに驚いた。また、音響も良く、クラシック音楽を流すとなかなか良い。広告なしにするために有料プランにしてもいいと思ったくらいだ。動画も保存できるらしいし。
ヴェルディの「レクイエム」や「椿姫」を流しながら皿を洗うのが最近の自分のトレンドだ。だってブルマーの動画を流しながらだと怪我をするしね。
それではまた明日(多分)。
フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分のPC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。
なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのである。プログラムを組んで実行できる最初のマシンは、高校のときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくまで電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。
パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代に突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。
これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲームの感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?
小さい頃から、電気・電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗、コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックにトランジスタや抵抗などが入っており、ブロックをボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;
因みに、私がアマチュア無線の免許を取得したのは、小学生のときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。
当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオの製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。
まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路の動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。
そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオのプログラム電卓「FX-502P」である。
これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。
プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプションが必要だが(買った)、普通のラジカセなどを使ってカセットテープにプログラムを記録するのである。
あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである。
学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。
で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MA2である。
当時は、既に16ビットパソコンのPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?
それは、パソコンでゲームがしたかったからである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルでコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである。
とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。
何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのである。しかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在である「ソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである。
世間では、「クソゲー」との評価が一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界が存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのである。ストーリーは、最初は与えられず、発見したものだけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコンの時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである。
「ドラクエ」シリーズで有名なエニックスのアドベンチャーゲーム(AVG)。
不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。
今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家、松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的なダンジョンとはひと味違うのである。
ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。
1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームがハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。
今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。
かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである。
このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスターが女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである。
このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである。何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム、特に、グラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。
そんな中で、この「カオス・エンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。
また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンスな雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。
しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きがゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。
当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターもののゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラ系ゲームを続々と発売していた。
このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画「うる星やつら」をゲーム化したものである。
ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。
マルチエンディングや時間の概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。
フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。
フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後のどんでん返しが強烈でした。
そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…
これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである。
ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。
これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストップキーでゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。
そして、NECの8801,9801シリーズのパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタに印刷することができる。
なんか、「流行だから適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。
…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコンの時代へと、大幅に突入したのだった。
そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;
パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)
今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクトに収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。
それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。
これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。
でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。
あと、このマシンから、パソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから。
当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像をダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。
このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。
このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。
上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスクに書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっと寂しかったが。
なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。
「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点を排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。
「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。
これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しかも大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビアな時間の概念。所持金の存在も内容に深みを与えています。
さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲームが破綻しないものだ。
そして、何より高校生最後の夏休みという、絶妙のセッティング。
とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的なゲームでした。
後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。
そのうち、世の中はウィンドウズ時代に突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲームの世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。
上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやかな構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応のソフトもほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。
実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまり、Macへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(2) | 12:53
アニメの脚本家が原作マンガの表現を「ノイズ」って言って改変したことで炎上した事件があったじゃないですか。
増田はその作品について原作もアニメも見てないので内容そのものには口出しできないけど、あの発言が燃えた理由についてはちょっと思うところがあるのでいっちょ噛みします。
(なお、増田は作品を未視聴です。したがって改変そのものの是非については論じませんのであしからず。)
つまり「アニメのクオリティアップを目指して原作改変するのはアリ?」って話。
アニメ化のときって監督や脚本家の判断で設定やストーリーが原作から変更されるのはよくあることじゃん。でも、この改変が少なければ少ないほど良いと考える人が一定数いるじゃん。これをここでは「原作準拠主義」と呼ぶことにする。今回の炎上の発端も、原作準拠主義的な、「原作の表現を脚本家がノイズ呼ばわりするのはどうなの?」という意見よね。悪意を込めて言い換えると「脚本家ごときが原作者様に口出しすんな」みたいな。(これはわかりやすさ重視の悪い誇張です。)
他の作品でも原作から大きく改変すると「原作レイプ」なんて言葉で叩かれることがあるし、やっぱり原作ファンは改変を嫌う傾向が強い。でもその気持ちは分かる。増田も『ビブリオ古書堂の事件手帖』で主人公の髪型が黒髪ロング(原作小説)からショートカット(ドラマ版)に変わったのが納得いかなくて、ドラマは見なかったくらいなので。
一方で、大きな改変があっても名作扱いされる作品もある。『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』や『攻殻機動隊(GHOST IN THE SHELLやSAC)』とか。もちろんアンチもいるけど、全体的には名作扱いされてるよね。まぁ、ビューティフル・ドリーマーは高橋留美子原作マンガの映画化というよりは、押井監督作品と認識されがちなので、またちょっと話が違うのかもしれないが。
いずれにしても、あのインタビューで怒ってた人のうちいくらかは、原作準拠主義だったんじゃないかなと思う。
次に、炎上ポイント2つ目。改変対象が性的描写だったこと。これによって、表現規制論争に巻き込まれた感がある。いや、巻き込まれたというか、まさに未成年の裸体を描くことへの抵抗として水着への変更をしているので、性的描写の表現規制論争そのものかもしれない。ここについては作品未視聴なので特に意見はなし。一般的には入浴シーンだと「湯気」「すりガラス」「水面で隠す」みたいな処理が多いので、水着を着せるという処理はちょっと珍しいなと思ったくらい。
余談だけど、怒ってる人を揶揄するコメントで「そんなにぼっちちゃんの裸が見たかったの?」というコメントがあったので、原作マンガでも別にぼっちちゃんのおっぱいや局部が描かれたわけじゃないんじゃないの?と思ってググったら、わりとおっぱいは描かれていた。えっちじゃん。
さらに余談。インタビューで「現実の女の子は胸の大きさの話なんてしない」って発言があって、まぁそれはそうかもしれないけど、現実でしないからアニメの会話でも採用しないっていうのは違うんじゃない? 演出効果があるなら現実には言わないセリフでも入れるべきだし、逆にセクハラ的なら現実にありふれててもカットするべきじゃん。あるいは「普通は言わないけどこのキャラは言う」っていう個性の演出もありだし。
ていうか現実っぽさで言えば、「一人で家で水風呂に入るのにわざわざ水着を着る」人も現実にはいないと思うんですよね。
炎上ポイントの最後は単純に「脚本家本人が嫌いだから叩く/逆に擁護する」っていう感情論。ようするに脚本かくあるべしみたいな主題から外れた「ノイズ」だけど、実はこれが炎上の本質だったんじゃないのって思う。
これについても増田は特に意見はない。まぁ嫌いなやつを否定するために雑な理屈を捏ねるのは見ていて気持ちいいものではないけど。
みたいのが書かれてたが消されてる
うる星やつらはそもそも原作からして、序盤と終盤でまるっきり作品が違う
めぞん一刻とからんま1/2とかと比較にならん黎明期の手探り作品なんだ
うる星やつらの序盤はスラップスティックを目指してて滅茶苦茶、設定も繋がってないものがある
うる星やつらの終盤はテンプレラブコメになってて、劇場版完結編やOVAはそちらに寄せてある
劇場版完結編やOVAは原作ファンからは評判がよく、TVファンからは評判が悪い
話がずれた
宇宙船やら戦闘機やら、うる星やつらなら好きに描けるってなもんで
後半に繋がらないキャラとしても破綻してる序盤は捨ててしまう必要があるんだが
なんでか、序盤を原作通りにやろうとするんだよ
糞真面目に破綻してる序盤をその通りに作りやがる
中盤以降のエピソードなら大体固まったるーみっくワールドになってる
そういう話をせずに
雑に語られ過ぎなんだよ
まあいいけど人気は出ないよね。
うる星やつら、とかも期待だけはとてつもなく大きかったけどいざ始まれば1話以外は誰も見ない。
らんまとかもそうだし。
その理由は色々とあるんだろうけど、あえてヒットした要素を外してしまうからなんだと思う。
でもさ、実際にヒットしたアニメは押井のうる星なわけじゃない?
それを完全に無視するのはどうかと思う。
偉大なアニメをリメイクするに当たり、アレンジをどうするのかは鬼のようにもっと考えないといけないと思う。
なんちゅーか、もう一度大ブレイクを起こさせてやる!!という気概は欲しいよね。
ちょっと面白いアレンジ思いついたから見て見て、私を見てえええええ!!
みたいなノリなのは嫌。