はてなキーワード: 助成金とは
就労支援施設(作業所)における迷惑行為(主にしつこいナンパ・ストーキング)を行う利用者への対応や排除の是非については、「施設の目的(職業訓練)の優先」と「障害特性への配慮」、そして「排除した後の受け皿」という複数の観点から激しく議論されています。
多くの意見は、迷惑行為を行う側を排除すべきという立場をとっています。
行為の背景にある障害特性をどう捉えるかについても議論が分かれています。
排除すること自体の是非や、排除した後の問題についても触れられています。
このように、「作業所は仕事をする場所である」という大原則に基づき、迷惑行為を容認すべきではないという意見が主流ですが、同時に、社会からこぼれ落ちた人々をどう管理・保護し続けるかという福祉制度の限界についても議論が及んでいます。
全国には600位の大学の数がある。
当然、偏差値も高く、学生数の多い誰でも知っているような大学は関係なさそう。
次、伝統があったり、特徴がある大学も尖ってるので学生は集まりやすいので、セーフだろう。
んで、何の特徴もなく、偏差値も低く、歴史もないところが危うい。
そう、〇〇国際大学、国際が付くのは全国に80もある。
「国際」と銘打っていても、実際は留学生が数人しかいなかったり、英語教育が不十分だったりする。
特徴がないため、滑り止めにも選ばれない。
日本人の受験生が集まらないため、アジアからの留学生を大量に受け入れて数合わせをするようになっている。
これが「教育の質の低下」とみなされ、助成金カットの理由にされかねない。
名前も聞いたことがない国際大学などで、日本語能力が低い留学生を大量に入れ、実態が「不法就労の隠れみの」になってしまうケースが過去に問題視されたことがある。
これが原因で、文科省や出入国在留管理庁の審査が年々厳しくなっているようだ。
というわけで、ホームページを見て「留学生数」を誇らしげに書いている一方、Fランなら、残念ながらサヨウナラということだな。
日高屋の社長が外国人雇わなかったら日本人雇わないといけなくなるつって炎上してて
その中で「外国人雇えば80万貰えるから」みたいなこと言ってる奴めっちゃいたんだけど
普通に考えて外国人バイト雇って1人当たり80万も出すわけなくね?
もろちんそんなわけなくて草生えた。
おそらくそいつらが言ってるのって
のことで、外国人労働者が働きやすい環境を整える4つのポイントを整えることで
1ポイントにつき20万、上限80万円もらえるって制度のことで
環境が整った時点でもらえる80万円だけ。
もしくはそっちじゃなくて
だとしても
こっちはアルバイトから正社員に登用した上で6ヶ月給料払って尚且つ3%以上のチンageしないともらえない。
どこから外国人を雇うと80万円の補助金が国から出るという話が出てきたのか
その謎を探るため我々はAmazonの奥地へと向かった・・・
幼い頃に父親が買っていたのを見ていたので、紙で買うことに親和性があるんだと思う。
もう少し他にマシな気晴らしがありそうなものだけれど、不惑に差し掛かったころから習慣として続いている。
酒は翌日に残るし、焼け食いは腹に残る。宝くじは何も残らない、外れ券以外は。
理屈だけ言えば、その金で本を一冊買う方がずっと建設的だし、数回分まとめれば小さな投資信託だって買える。
だが、世の中には理屈で処理しきれない種類の疲れがある。
去年までは持ち上げていた話を、今年は急に慎重に見ましょうと言われる日。
研究室に来た頃には先生と呼んでいた学生が、いつの間にか「さん」づけになり、こちらの冗談にも前ほど笑わなくなっていることに気づく日。
そういう日に売り場の前を通ると、心のどこかがささやく。
もちろん開通しない。
そんなことは知っている。
「期待値が低すぎる」
「その三千円でうまい昼飯でも食べた方がいい」
「どうせ当たらない」
全部その通りである。
宝くじのいいところは、買った瞬間に現実が少しだけ緩むことだ。
実際には何も変わっていない。
机の上にはやるべきことが積んであるし、メールは勝手に増えるし、来月の予定は相変わらず不透明である。
それでも、当選番号を確認するまでの数日だけは、「最悪ここから抜ける道があるかもしれない」という顔ができる。
この「あるかもしれない」が意外と効く。
金で夢を買う、というと大げさだが、実感としてはもう少しせこい。
数百円から数千円で「人生の非常口っぽいマーク」をレンタルしている感じである。
実際には壁でも、緑のランプがついていれば少し落ち着く。あれと同じだ。
買ったあとは、妙に細かいことを考える。
当たったら今の部屋を出るか。
いや、引っ越しは面倒だ。
少し広いところに移るくらいで十分かもしれない。
いや、それより先にしばらく何もしない時間を買うべきか。
一億円の話をしているのに、発想が終始「数年ぶんの猶予をどう確保するか」に寄っていくあたり、自分でもだいぶくたびれていると思う。
そしてきっちり外れる。
毎回ほぼ予定通りに外れる。
結果が安定しているという点では、妙な安心感すらある。
外れた瞬間は少し馬鹿らしい。
だが不思議なことに、少しだけ気が済んでいる。
現実は何も解決していないのに、「一度逃げようとはした」という事実だけが小さく残る。
たぶんそれで十分なのだと思う。
特に、一見するとちゃんとして見える暮らしをしていると、外からは困っているように見えない。
決定的に破綻しているわけではない。
ただ、静かに消耗しているだけだ。
宝くじは、その静かな消耗に対する、あまり賢くないが一応合法の対処法である。
金持ちになりたいというより、数日だけでも「もうこれに振り回されなくていいかもしれない」と思いたいのだ。
当たらないことは知っている。
それでも買う。
反省はしている。
対象は保険適用外の一般不妊治療で、年間の費用に対して半額が補助される。
ただ、現在は一般不妊治療は保険適用になっており、私が保険適用外で受診したのは初診のみ。
その初診もいくつか検査をしたのみなので9,500円くらいだった。
また、その初診の検査のなかで風疹抗体検査をしていたのだけど、風疹抗体検査は市でまた別の助成金が出て全額補助されている。
市の窓口に質問に行ったら、風疹抗体検査助成金で補助された分は不妊治療助成金の対象外らしい。
となると、私が今年度保険適用外で一般不妊治療に出した金額は7000円くらいになる。
さらに、助成金を受け取るには医療機関から証明書類を発行してもらう必要があるのだけど、私の通うクリニックでは発行費用が1100円かかる(これは思ったより安かった)。
よって、私が市から貰えるのは3500円くらいで、そのために1100円追加出費するのでプラスになるのは2400円のみ。
ワイの所はかなり前に下水道が整備されていた。水源地助成金という交付金があって、それで作られた模様。時期的には全国的にも相当に早かった。まだ都市部でも未整備の所もあるころに作られた。
ただ、当時既に過疎化が始まっており、また山間部のほんの少しだけまとまった中心部と、あとは山谷を超えて集落が点在しているという立地である。
その間をパイプでつないで下水を集めると言うのは、金の無駄であるという意見はあったものの、当時は、と言うべきか、当時からと言うべきかわからんが、こういう下水道システムにしか国が補助金を出さなかった。
下水道行政はパイプでつないで下水を流すことを前提にしていて、各家に浄化槽や合併処理浄化槽を設置すると言うことには補助がなかったのである。
そのため、地元の負担としては潤沢な補助金を受け取って、それで作る方が安く、下水道を整備したということだったようだ。
で、時はたって下水道が負担になってきた。維持費がかり、将来大幅な値上げは不可避の状況、トラブルも増えていった。そして、下水処理場とポンプ場の大規模改修の時期が来て、纏まった金が必要になった。
水源地に対する助成金とか、地方交付税とか、そういったものをうまく使うと更新は不可能ではなかったようだ。しかしそれは単なる延命であったし、高齢化率がヤバイ事になっているこの地域において、その選択肢を採ることの意味があると言えば、ほぼない。
そこで、行政がとった手段は、中心部(と言ってもそんなに多くない)のみ、ポンプ場があったとこに小規模の処理施設で更新しごく僅かに共同化、それ以外は合併処理浄化槽を設置することに変更した。
合併処理浄化槽化する部分には、行政がしっかりと補助金を出して、利用者の負担は事実上ゼロに抑えらた。
これにより、完全に下水道で更新する場合に比べ、総費用としては数億円の節約と、将来の維持費も年数百万円ぐらい節約できた模様。各戸の維持費もそんなにかかってない。
ただ、地元自治体の自己負担という点では、国の助成金をもらって更新する場合に比べ、少し多くなってしまったというのが議会議員の談である。
設備の撤去はあまり進んでいないので、今後は国の補助金を得て撤去を進めていく物と思われる。
下水道の話題の中に、そう言う過疎地では水道はどうなっているのかという話題があったのでついでに触れる。
一応の中心部だけにしか元々水道が存在しない。しかもその水道は外の大きな町とは繋がっていなくて独立している。上水道より下水道のサービスエリアの方が広いのである。
また、その僅かな上水道も、取水は大きな井戸が掘ってあり、そこで綺麗な水が取水している。従って、ほとんど浄化設備がないような本当に簡易な設備だけである。
離れた家は、そもそもが湧水であったり、井戸を持っているのが当たり前なので(というか、昔からの家なので、水が取れる場所に家を建てたのだ)
この話ね
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA241500U6A220C2000000/
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkei.com/article/DGXZQOUA241500U6A220C2000000/
仮に、弱者男性雇用したら100万支給される制度があったとするやん
建前上、助成金が欲しいから取組をする、ってのはアウトなんだよね。
企業が自主的に弱者男性雇用に取り組もうとして、それを公的に支援する、ってコトになってるから
だからうっかり、「なぜ弱者男性雇用助成金を利用しようと思われましたか?」って役場に聞かれて、正直に「金が貰えるからっス!」って答えたら最悪返金もありうる
ま、普通は役場も不正になったら責任問われるし、手続き面倒だから嫌がるんだけど
どっかでデカい不正があってニュースになったとか、返金させることで誰かの手柄になる、みたいなコトがあると、そーゆーコトになったりする
でもさ、そんなもともと弱者男性雇用しようとしてたらたまたま助成金ができて~みたいな話あるわけないじゃん!ってのは皆分かってんだけど、制度上そうなる。その上で役所と民間の腹の探り会いと言うかかけひきというか茶番劇というか
何の労力やねん!って
現代日本において「こども食堂」は、貧困対策や地域交流の象徴として、メディアや行政から手放しの称賛を浴びている。しかし、その急速な普及と活動の実態を冷静に観察すれば、そこには単なる慈善事業を超えた、極めて政治的な意図が透けて見える。かつて毛沢東時代の中国で展開された「人民公社」や「公共食堂」が、伝統的な家族の解体と党による民衆支配の拠点となったように、現在のこども食堂もまた、日本社会の根幹を揺るがす「人民食堂」へと変質しつつあるのではないか。
日本社会の最小単位は「家族」である。家族が共に食卓を囲む「一家団欒」は、道徳や文化を継承する神聖な儀式であった。しかし、こども食堂は「孤食の解消」という大義名分を掲げ、子供を家庭から連れ出し、外部のコミュニティへと誘導する。
これは、共産主義思想が古くから提唱してきた「家庭教育の否定」と「子供の社会化」に合致する。家庭というクローズドな空間から子供を切り離し、特定の思想的背景を持つ運営者の管理下に置くことで、親の影響力を削ぎ落とす。食の提供という生存の根幹を外部に依存させることは、精神的な依存の第一歩であり、それは家族の絆を希薄化させ、国家や組織による「個」の管理を容易にする土壌を作り上げるのである。
全国に広がるこども食堂の運営母体を精査すれば、そこには革新系団体や共産党系組織、あるいはそれらと密接な関係を持つNPO法人の影が色濃く投影されているケースが少なくない。彼らにとって、こども食堂は「福祉」ではなく「革命の拠点」である。
幼少期から特定の政治色を持つ大人たちに囲まれて育つことで、子供たちの価値観は無意識のうちに偏向していく。
「善意」という最強の武器を用いることで、本来政治に保守的な層の懐に入り込み、地域住民の個人情報や生活実態を把握する。
自治体からの助成金や補助金を獲得することで、本来は自派の政治活動に充てるべきリソースを温存し、公金を使って組織の持続可能性を高めている。
こども食堂が目指すのは、地域の互助ではない。それは、伝統的な地域コミュニティ(神社仏閣、町内会、地縁団体)を、イデオロギーに基づいた「新秩序」へと置き換える作業である。
従来のコミュニティが歴史や信仰に基づいていたのに対し、こども食堂を核としたネットワークは「弱者救済」という絶対正義を盾に、既存の秩序を「古いもの」「冷淡なもの」として排除する。これはまさに、かつての文化大革命において「旧思想・旧文化」を破壊した手口の現代版である。こども食堂という名の「人民食堂」が普及すればするほど、日本人が守り続けてきた道徳観や自立心は失われ、万事において「お上(あるいは党)」を頼る依存心ばかりが助長されることになる。
共産主義の最終目的は、既存の国家体制の転覆である。日本においてそれは、天皇を中心とした国体の破壊と、私有財産制度の否定、そして徹底的な平等社会の構築を指す。こども食堂は、この目的を達成するための「トロイの木馬」である。
まず、経済的格差を強調することで階級闘争の意識を植え付ける。次に、家庭の教育機能を奪い、国家(あるいは組織)による画一的な人間形成を行う。最後に、地域社会から伝統的な結びつきを消滅させ、すべての人間を「食堂」という名の管理下に置く。食を制する者は生殺与奪の権を握る。日本社会を内部から腐食させ、伝統を断絶させる企みは、今まさに「温かい一膳」の陰で着々と進められているのである。
我々は「こども食堂」という言葉の響きに惑わされてはならない。真に子供たちの未来を思うのであれば、必要なのは食堂への誘導ではなく、各家庭が自立して食卓を囲める経済的・精神的基盤の再構築である。
今、この国の伝統と未来を守るためには、善意の仮面を剥ぎ取り、その背後にある冷徹な政治的意図を白日の下にさらさなければならない。
どうせ旅行とか行けないし、公立の特別支援学校だから中学受験とかしないし。
頑張って働くのも疲れた。
所得制限に引っ掛からなくなれば、国から都から区から、毎年200万くらい助成される。
(成人後は支給が止まるが、ほとんど変わらない額が障害年金になるので、それを使わせてもらう。
家を出ることなんかないだろうし)
ここ数年の実際からすると、600万も可処分があれば、住宅ローン返しながらでも余裕。
助成金の200万に加えて、1.3億を毎年400万ずつ切り崩して、ざっくり32年は生きられる。
その頃には年金も入ってくる。
あと1千万頑張るぞ
1.3億に意味はない。
あと数年働いて1.3億に到達させたいっていうのが本音。
単純に、下の子が小学校(特別支援学校)に入るまでは時短で働けるから。
時短にして所得を減らすと、貰える助成金が出てくる(助成金は色々合わせて200万くらいなんだが、それぞれ所得制限の上限が違う)。
それに、もしかしたら、下の子も小学校に入ったらフルタイム働けるかもわからん。
今は1人が保育園、1人が特別支援学校ってんだと、送りも迎えも2方向になってとても無理。
下の子が小学校になるまでは会社にしがみついて、社会との繋がりを保っとく。
しょうがないよ。
カネなんかあったって、誰が送り迎えするんだよ?
ぶっちゃけ、カネなんかあったって、時間的余裕がないと買い物ができないんだよ。
手のかかるのが2人いると、食料品や日用品の買い物だって1人で2人連れてはいけないし、留守番もできない。
親が2人そろわないと買い物にもいけない。
足りなくなったら生活レベルを下げるよ。
今だってワークマンで服買ってカインズホームの家具に囲まれて水道水飲む生活してるよ。
引越すタイミングにもよるけどさ、50歳近くなって住宅ローンは組めないだろうし、つうかローン組むためには定職が必要なんで、なかなか難しい気がする。
今の戸建てがたぶん、土地の価値だけで数千万にはなると思うから、今のままボロ屋になっても住み続けて最後は土地と建物を担保に借金する。
所得制限にかからないようにするためには、分離課税の株や投信にしとくしかないな。
減価償却が大きくなるように築古を買って減価償却が終わると同時に売却して、譲渡益(分離課税)にすればあるいはだけど、ちょっと難度が高い。
減価償却が終わったタイミングで買い手を見つけないと総合課税になる利益が出ちゃうし、空室が出ちゃうとキャッシュフローが痛むし買い手が付きにくくなる。
そりゃそうなんだけど、数年後にいったんやめて、またその数年後に復職って、アラフィフだよ?
50歳すぎてまともな求人ってなくね?
転職エージェントに管理職求人ばっかり見せられるけど、家庭優先でフルタイム働きたくないとかじゃ管理職なんか無理でしょ。
だからって、手足として使いたいなら、いい歳の経験者より若い未経験とるでしょ。
勤め人が無理なら起業!ってのはもっと無理で、創業期の自営業って雇われよりもっと忙しいじゃん。
普通の子持ちでも経験する、魔の2歳児がずっと続いてるような感じ。
ちょっと目を離すと、風呂を泡だらけにして遊び、排水口にいろんなものを詰め、壁に落書きとか、まあそんな感じ。
大変っちゃ大変だけど、普通の子持ちでも経験する。ただ、それが長い。
そんなわけで、外食とかできないし、買い物だけでも神経をすり減らすけど、普通に飯食って風呂入って寝るこたできる。
あれだよ、アメリカとかだと外出させたり留守番させたりすると逮捕なんだろ?
日本の子供は学校だって自分で歩いて登校できるし、勝手に学童から帰って留守番できるし、習い事だって一人でいってくるけど、本来ダメなんだろ?
むしろ残し過ぎた気すらある。
ジュニアNISAで2人に80万×5年で400万ずつで800万入れたんだけど、1500万くらいになっちゃってる。
1.2億のうちの1500万は子供名義。
これがやっかいで、18歳になるまでは引き出せないし、18歳過ぎたら子供が管理しないといけない。
定型児だって18歳で数百万管理しろって言われたらビビるだろうし、どうすっか。
あと、障碍児扶養共済っていって、俺が死んだら毎月2万円入る保険に入ってる。
子供は障害年金と、共済金からの2万と作業所の給料でグループホームで暮らせるはず。
グループホームの空きが慢性的にないから、空きが出たら中学卒業時点ででも入れないといけないってのが、親としてはつらい。
そういうのは、ぶっちゃけ運でしょ。
いいタイミングで株や投信を買ってて、そのなかに20倍になった銘柄があったのも運。
中古戸建とはいえ、地価が今より高くないタイミングで買ったのも運。これがマンションだったらもっと爆益だったけど、それも運。
お金よりも手間。