はてなキーワード: セロハンとは
長期間自宅を開ける準備をして、何度も戸締りを確認し、家を出る。万が一のための連絡先、パスワードを机の上に残す。
指定された10時に病院に行き、使い方も慣れてきた自動受付機に診察券を入れると予約なしとカードが戻されてしまった。戸惑っていると、初めて来たときに案内してくれた初老の男性が入院はこちらですと案内してくれ順番カードをとってくれた。荷物を見れば入院患者であることは一目瞭然なのだ。
マイナンバーカードの登録、レンタル着のサイズ、各種書類の確認後、病棟に向かう。
病棟で身長体重測定後、部屋に案内される。他の患者もいる大部屋だが妙に広い。希望タイプが今日は満室なので今日はここで、明日空き次第移動するという。希望していないタイプの部屋であるため、差額ベッド代はかからないとのこと。良かったと安堵するが、明日手術だよね、どうやって移動するんだと不安になる。
入院患者識別用の氏名年齢血液タイプバーコード付き耐水コーティング紙が手首にまかれる。退院まで取らないようにと注意される。手術の開始時間は11時。2件目の手術となるため、前の手術終了時間により前後するとのこと。足首、ふくらはぎの太さを測り、手術着と弾性ストッキングを渡される。10時までに着替えるようにと指示。LINEで母に手術開始予定時間を伝える。
主治医がベッドまで挨拶に来てくれる。手の甲に「左」とマジックペンで書かれる。エコー、CT画像の左右について確認をする。気管と甲状腺腫瘍の位置関係についてきくと、「そうです! 足元から写すので左右逆になります」
画像を思い出すと、気管が円となっていた。体の正面から撮れば、気管は上下に伸びる直方体となるわけで、円になっている時点で喉を垂直にスライスした画像だと気づくべきだった。
午後には、薬剤師がやってきて手術後から毎食後に服用する痛み止めと胃薬を渡される。看護師から首の手術跡を保護するためのテープを売店で買ってくるように指示を受け、病棟から売店に向かう。外来患者もゆきかう売店のあるエリアから入院病棟に戻るエレベータが満員でなかなか乗れない。車いすの入院患者が先に待っていたので、空いていたエレベータに乗るように促すが、後でいいと首を振られた。後日実感したが、入院中はあまりにも暇なので、急いでいる人がいればお先にどうぞどうぞ、という気持ちになる。早く病室にもどったところでやることはないのだ。外にいるほうが気がまぎれる。
何も他にすることがなく、持参した文庫本を三分の一まで読み進む。早々に読み切ってしまうのではと心配したが、その後しばらく本を読むような余裕はなかったので問題なかった。
昼食の量が多いな、と思っていたのだが夕食はさらに量が多かった。白米が茶碗ではなくどんぶりサイズで出てくる。食事トレイは可能であれば自分で返却してください、と言われていたので、半分を残し、自分でトレイをワゴンに下げにいくと、トレイにセロハンテープで留められている小さなメニュー票(氏名付き)は取らないように、と看護師に注意される。
すぐにわかったのだが、どれだけ食べたかはすべてチェックされ、完食できていない場合栄養士がやってきてどのような味、形状、硬さなら食べられるかを確認するのだ。これにはうかつな回答ができない。白米の炊き具合が自分にとって硬すぎると回答した老人が、その後おかゆと麺類のみとなり、退院したらもうしばらく麺は食べたくない、と嘆いているのが耳に入った。
翌日からしばらくシャワー禁止となるので、シャワーを浴び、念入りに頭を洗う。シャワー室は2つ、予約制で時間は20分。要介護の患者にも対応しているためか、シャワールームがかなり広い。
21時から手術前の絶食が開始となった。ベッドの上に氏名、絶食開始時間、絶飲開始時間を記載された紙がでかでかと掲示されている。
4人部屋は満室で、耳栓をして健やかに寝た。入院するまでの間、何か忘れていないか、準備に手落ちはないかと、落ち着かない緊張状態が長く続いていた。もはや自分にできることは何もない、まな板の上のコイとなり、墜落するように寝た。
早めに寝たため、朝5時に目覚める。起床時間は6時。同室者を起こさないようにトイレに行き、給茶機で水を飲む。6時半から絶飲となるので、最後の水だ。
7時の朝食時間経過後、看護師が各ベッドを巡回し、体温・血圧・血中酸素飽和度を記録する。手術前に移動する、というので荷物をまとめる。
9時半、落ち着かないので早めに手術着に着替え、弾性ストッキングをはく。すぐに看護師がやってきて点滴用の針を腕に刺し、チューブを固定する。更に他の看護師もやってきて、もうすぐ部屋が空きますから!という。前の患者の退院を待っている状態。
10時40分、空きました!と声がかかり、荷物をキャスター付き机にのせ、点滴スタンドとともに、机ごと部屋を移動する。移動先の部屋で、荷物を開け、手術直後に必要となりそうなもの(コップ、水筒、ティッシュ、マスク、タオル等々)を取りやすそうな位置に置く。
10時50分、手術室へ案内するという若い人懐こそうな看護師がやってきて、自分で歩いて移動を開始する。通常のエレベータを使おうとすると、大混雑中だったので、関係者専用のベッドが3台ほど乗りそうな広いエレベータにぽつんと二人だけ乗って手術フロアに移動する。
11時前、手術室の前で待機。緊張状態の患者に何くれとなく同伴の看護師が話しかけてくれる。誰かといる、ということが必要なケアであることが感じられる。手術フロアは、廊下があり得ないほど広い。ベッドに乗せられた患者が廊下のあちらからこちらからと行き交っても全く問題ない広さである。他の手術室から、朝一の手術が終わったと思われる患者が移動式ベッドでガラガラと運ばれていった。
ほとんど時間通りに手術室に招き入れられる。想像していたより3倍は広い。患者は一人なのに不釣り合いに感じる。医療漫画でみるように、ガラス窓の向こうには見学室のようなものもある。ここでベッドに乗る。小柄な私でも幅が狭いと思うベッドなので、体格の良い男性であれば大きくはみ出るだろう。麻酔をする前に、仰向けに寝て少し膝を曲げた態勢で手足が固定される。
手術を担当してくれる看護師や主治医が横たわった私に挨拶をしてくれる。よろしくお願いします。としか言えない。名前は右から左でとても覚えられない。全身が白く覆われ、目の部分しか露出していない看護師たちはやたら目力が強く、いつか見た中東のマッチングアプリの女性がならんだ画像が頭に浮かんだ。
麻酔のマスクが口に当てられると、その次の瞬間には手術が終わっていた。
名前を呼ばれ、終わりましたよ!と声を掛けられ目を開ける。周りを取り囲んだ3、4名の看護師たちに、手を動して、足を動かして、と立て続けに指示される。何か聞きたいかと言われ、今何時かと聞く。13時XX分ですよ(もはや記憶にない)。輸血はしたか、と聞くとしていませんと回答。その後も足を動かしてみたりと確認が続く。とりわけ目力の強い看護師が笑顔で大丈夫ですか、何かききたいことはありますかと聞いてくれる。気管は切りましたか、と尋ねると、笑顔が固まってそれは先生に聞かないとわからないという。え?そうなの?
冷静に考えると、術後の意識レベルの確認をされている患者が聞くことではなかった。しかし、意識が飛ぶようなつまらない会議でも意見を求められたら瞬時に適切な意見を述べる反射神経が鍛えられているので、何かありますか、と聞かれたら、ついつい意味のある質問をしなくては!と反応してしまうのだ。
そこで記憶は途絶え、気が付くと病室にいた。
鼻から酸素チューブが伸び、点滴スタンドから手首に点滴が行われ、首からは透明の管(以下、ドレーン)が出ている。
おそらくは手術から30分経過。意識の確認、体温、血圧、血中酸素飽和度が測られる。
その後、1時間置きにバイタル、痛み、しびれ、麻痺を確認される。痛みは感じないが、口がカラカラだと訴えてもそれは仕方ないとスルーされる。起き上がってはいけない。絶対安静。断続的に睡眠と覚醒を繰り返す。自分で体を動かすことができない。
15時ごろ主治医がベッドサイドにやってきて、気管は切らなかったと教えてくれた。
16時半、看護師がやってきてベッドから起き上がるようにと指示をする。鼻から酸素チューブを抜く。水を口に含んで飲むと、大きくむせる。「むせてますね」すかさずパソコンに記録される。生理食塩水に加え、抗生物質が点滴される。首のドレーンの先はシャンプーを入れるような透明なプラスチック容器で、赤い液体が少したまっていた。点滴スタンドを押して、歩行可能であることを確認する。トイレは自力で行くということだなと理解する。母親と友人にLINEで手術終了、意識回復を連絡する。倒れるように横になるが、自分で体をずらして体位を動かせるようになった。
17時頃、主治医がやってくる。傷口、ドレーンをチェックして「順調ですね」と満足げに帰る。
手術後少しそれこそ10歩ほど歩いただけなのに力尽きて横になっていると、18時すぎに流動食が運ばれてきた。まったくお腹が空いていない。しかし、食べるべきだろうと体を起こす。体に力がない。全くない。エネルギーが完全に切れているのだ。トレイのメニュー票には、重湯、スープ、栄養ジュースの他、手書きで「牛乳」が追加されていた。これは「君なら飲めるよね?」という挑戦なのだろうか。おお、飲んでやろうじゃないか。と気合を入れる。しかし、少し重湯を数口入れるだけで胃が重い。少し食べては横になって休憩をし、時間をかけて食べ続ける。水分ばかりでお腹がちゃぽちゃぽ限界を感じたので、カロリーのありそうなものを優先し、無色透明のスープを半分残し、あとは完食した。食後の痛み止めの服薬を開始する。
19時ごろ、主治医が見慣れない若い女性を伴ってやってきた。研修医だという。退院まで回診などに来るという。いかにも生真面目で肩に力が入っている。よろしくお願いしますと挨拶をする。
しばらくのち、トイレに立ち、ふと病室の入り口にある洗面台の鏡を見て、愕然とする。首の左に手術の傷口があるのかと思えば、首のど真ん中に真っ赤な一文字がひかれていた。やや左が長い。切開痕から更に左へ三センチほどずれたところから透明な管、ドレーンが出ている。透明なボンドで留めてあるので傷口が丸見えなのだ。まるでフランケンシュタインだ。ただ、高さは想定よりかなり低く鎖骨の直上ぐらいであり、襟足の短いハイネックでも十分隠せるだろうというのが慰めだった。
初めて目にする赤い傷跡は、衝撃だった。
夜間、点滴、ドレーンの確認見回りにくる看護師の懐中電灯に何度か起こされるも、十分に眠れた感覚をもって起床時間前に目覚める。明らかに前日の夕方より体力が回復している。
起床時間後、看護師が巡回し入院患者のバイタルチェック、お通じ確認などが行われる。前日濃い紅だったドレーンの液体が、透明なオレンジ色になっている。質問をすると「おー、順調ですね!」と言われる。出血が止まってきたサインだという。プラスティック容器に、本日の日付の印がマジックペンで記載される。メモリがあり何mlたまっているかわかる仕組みになっている。
7時過ぎに朝食がくる。おかゆ、牛乳、バナナ。量が多くないですか? とにかく回復のために気合を入れて食べる。気持ちは完全にフードファイター。
トイレ、給水で廊下を歩くたびにすれ違う人を傷あとでビビらせている気がする。傷口をこれだけさらしている患者が他に見当たらない。しかしドレーンの管が皮膚に張り付けられており、隠すことも難しい状況だ。そもそも見た目を取り繕い、整えようとする気力がない。
9時すぎから、入院患者の診察が始まる。入院フロアにある診察用の部屋に順番に呼ばれる。呼びに来たのが昨日の手術室で会った目力つよつよ看護師だった。診察は初顔の中年男性の医師だった。手術をした三人のうちの一人だろうか、年齢的に主治医の上司だろうと推測する。傷口、ドレーンを念入りに確認し、鼻から内視鏡を入れる。声帯を動かしてチェックをする。「水でむせていたらしいですが、左の声帯が動いていないですね」という。手術で声帯のまわりをひっぱったので、一時的な麻痺で戻る可能性は高いという。
そうか、手術の影響がでているか、と少し落ち込む。声帯機能の低下により、声がかすれる、割れる、嚥下がしづらくなるという事前のリスク説明は確かにあった。
12時すぎに昼食。おかゆ、魚、カボチャ、サラダ、お吸い物とやはり完食するにはかなり気合が必要な量がやってくる。とにかくおかゆの量が多い。
食後、抗生物質の点滴が始まる。これが終われば、生理食塩水の点滴が残っていても点滴は終わりになるという。これだけ食べていれば点滴でエネルギーを補給する必要はないだろう。
大部屋の病室内でトラブルが発生する。80を軽く超えている老女の大切な持ち物が紛失したという。入院期間が長く、別のフロアからの移動もあった。不機嫌で怒りが爆発している老女を4、5人の看護師がなだめながらあらゆる引き出し、荷物を開けてゆく。更に老女の怒りの声が響き渡る。クレームの内容は持ち物から、病院、看護師、訪問看護師、息子、嫁と際限なく広がっていく。
通常であれば、トラブルの現場から遠ざかればよいのだが、ほとんど動く力がない。他の同室者はとっくに出ていった。あきらめの極致で聞くとはなしに聞いていたが、だんだんとこの老女は寂しいのだな、と理解した。一人暮らしで人工肛門で訪問看護を受けていて、普通の会話では相手にしてもらえない。クレームであれば、立場の弱いものが応対せざるを得ない。
15時すぎ、母が見舞いにくる。携帯を指定したのに、手術後病院から携帯ではない家電話に連絡があり、父親が対応したらしい。私が受けるつもりだったのにとぷりぷり怒っている。さらに、数日前家族がけがをして救急車で運ばれていたのだと、新事実を知る。何か色々話したいことが溜まりすぎているようで話が止まらない。座った姿勢で話を聞き、うん、うん、と相槌を打ちながらドレーンを見ると、赤い液体が出てきている。やばいのでは。
更に追い打ちをかけるように診察の案内がやってくる。母を待たせて診察室に行く。またもや初顔の中年女性の医師。手術対応の3人目だろうか。年齢的にこの人も主治医の上司に見える。傷口を確認し、腫れていないですね、と頷く。ドレーンの先のボトルを見て、明日抜くのは無理かな、ちょっと多いなとコメント。ええ、さっきからいけてない気がしていました。
この日手術結果のチェックに来たような中年医師2名と手術室の看護師は、その後会うことはなかった。
とにかく退院するには、ドレーンを抜く必要がある。起き上がると体液が出やすくなる、と理解する。可能な限り横になって過ごすこととする。ベッドに横たわったままドレーンと、声帯についてスマートフォンで調べ続けた。ドレーンがあるためシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。
今まで頭を占拠していた手術の結果が良好だったため、仕事の心配が始まる。
定例会議の日程、今月の予定、必要な連絡などが頭をぐるぐるする。早く退院しなくてはと焦りだす。
16時過ぎ、主治医が病室にやってくる。再度内視鏡を入れて声帯を見たいという。一時的に麻痺していても三か月ぐらいで大抵は戻るのだが、手術で神経には触らなかったので、状況を確認したいという。おそらく、手術については自信があったのだろう。手術の結果一時的にしろ麻痺が発生した、という判定は不服なのだと思われた。
頻繁に確認されるのだが、不思議なほどに首の手術のあとは痛まない。私は8時間以上寝ると頭の重みで頭痛になる。この24時間で21時間ぐらい横になっているのにまったく頭痛がしない。鎮痛剤ってすごいな、と感心する。
新たに同じ病室入ってきたアラサー女性は、救急車で病院に担ぎ込まれたらしく、平静を装っているが自分の重大な病気をまだ受容できていない。時折上ずる声が痛々しくアラフィフおばさんの胸が痛む。
病室内の空気が重すぎる。看護師がバイタルチェックや食事を運んできたときに、意識して明るく大きな声で「ありがとうございまーす」と返事をする。よどみすぎている空気を軽くしたい。
このエントリはThinkPad X250にインストールしたXubuntu上で書いている。
ボロボロのThinkPadを買ってしばらく使っているうちに、本体キーボードのいくつかのキーが反応しなくなってまともに使えなくなったので、AliExpressで日本語をキーボードを買った。
届いたときのことはここに書いたけれど、実際にキーボード交換はできずに放置していた。仕事が忙しくなってしまって、今は予備の機材となっているThinkPadを触る時間が取れなかったせいもあるが、キーボードの交換が思ったよりは大変そうなので、まとまった時間が必要そうだったからだ。
今日から連休に入ったので、思い切って交換をやってみることにした。
キーボード交換についての情報はネットでたくさん出回っている。まずはYouTubeでキーボード交換のチュートリアルを2回見て、大まかな流れを覚えた。それから同じチュートリアルをもう一度流し、途中で止めながら、見よう見まねで実際の作業をした。
ThinkPad X250のキーボードを外すには、周辺の内蔵スピーカー等を外し、マザーボードをずらして、キーボードを留めている樹脂製のホルダーを外し、キーボードの留めネジを外してから、キーボード本体を抜き取る。キーボードとマザーボードをつないでいるリボン様のコネクターが薄く華奢なので、ちぎれないように外すのに神経を使った。
途中で、YouTubeのチュートリアルに映っているThinkPadの内部と、自分のThinkPadの内部が違うことに気づいた。チュートリアル動画のほうが、キーボードを本体に留めているコネクターの本数が多く、キーボードウラ面に貼り付いているやつを剥がしていた。動画に映っているのは英語キーボードなので、自分の日本語キーボードとは構造が違うのかもしれない。日本語キーボードの方は、コネクタの線を剥がしたり抜き差しする必要がなく簡略化されていた。
キーボードの交換が終わり、本体電源を入れると、CMOSの電池がどうのこうのという表示が出て、BIOSを起動するよう支持が書かれていた。いちどCMOS電池のケーブルを引き抜いてマザーボードを外す必要があったため、システム時刻がリセットされていたためだった。BIOSで時刻設定を行うと、もともとインストールしてあったantiXが何事もなく起動した。キーボードはまるで何事もなかったように普通に使えるようになっていた。新品のキーボードで、ThinkPadの快適な打鍵感が戻ってきた。
と思ったら、キーボードの下端からまるでヒゲのようにセロハンテープがはみ出ている。これはコネクターや配線を固定するためのテープで、キーボード交換時に外しあと、隙間から表面に飛び出てしまったらしい。もう一度背面のネジを外してパネルを開け、どこからテープが出ているか確認すると、キーボードの真下であることがわかった。結局、キーボード交換時の手順をすべてやり直し、たくさんのネジを外し直して、テープを引っ張って本体裏面に戻すことになった。分解手順はもうわかっていたので、二度目は素早く対処できた。
ようやくすべての準備が整ったと思い、気分を変えるためにantiXを消してXubuntuをインストールした。ところがインストールが始まったときに、WiFi接続に必要なデバイスが認識されていないことに気づいた。嫌な予感がした。キーボード交換時に内蔵LANカードがずれたか、アンテナ線を引きちぎってしまったかもしれない。もう一度背面カバーを開け、LANカードを一度抜き、挿し直して再起動すると、WiFi接続ができるようになった。
ThinkPadの本体キーボード交換は、初めてやるときは、本体の分解手順をかなり覚える必要があるので大変に感じるが、一度やってしまうと、あとは簡単に同じ手順を再現できるようになった。分解の過程で、どのパーツがどこにあり、どのように固定されているかよくわかったので、他の部品が壊れたときは今回よりも簡単に修理ができそうだ。
買い与えてるものを全部把握してる訳ではないので明確には分かんないんだが、あんまり子に買い与えるタイプに思えない鋭利なハサミとか、年季の入った卓上手動鉛筆けずりとか、茶色の極太マッキー1本だけとか、息子が所持してて違和感あるものがちょくちょくあることがある。
鉛筆や消しゴムは持ってておかしくないが、筆箱に入らない不必要な使用済みの量や、1ケース(10本)で買ってるのに1本しかないデザインの鉛筆とか、違和感も感じる。
嫁は「買った記憶はないけど、それがどうしたの?」という感じ。嫁にも俺にも買い与えた記憶がなければこれはどこかから持ってきたものを私物化してるって話になるのだが、嫁はどうもピンと来ないらしい。自然増殖するものだとでも思ってるんだろうか。
息子に聞いたら「もらった」と言う。
もやもやする。
と思ったらこの間ケースなしのCDを持っていた。CDは全て新品で買い与えており、ケースなしのものはありえない。
息子はちょっとこだわりが強く、CDやDVDをプレイヤーに入れっぱなしなのを許さない。TVも扇風機も寝てると消されるし、言っておかないと風呂場の乾燥も勝手に止めてしまう。
なので必然的にディスクとケースの入れ間違いは発生しないし、常にディスクには収納場所があり、歌詞カードがある。ケースと歌詞カードだけ紛失するなんてことはない。
なのにディスクが剥き出しで置いてある。
(余談だが、これまで息子のこれを「きちんと管理する」ルールなのだと思っていたが、「自分が定義した状態に戻す」ルールらしいと認識を改めた)
息子はこれも「もらった」と言ったが、すまん父はさすがにそれを信じられない。誰かのものを勝手に盗ってきたとしか思えない。
そもそも小学生のメンタルで、盗ったものを正直に「盗みました」と言えることはないと思う。本当にもらったと思ってるのか、それ以外に許されそう(怒られなさそう)な言い方を知らないからそう言ってるか、どっちかなんじゃないだろうか。
嫁もその場にいた訳だが終始無言だった。二人の時にちょっと話したが、息子が盗ったとしての話はしたくないようだ。
とはいえ本人の証言の裏取り(くれた子の保護者に聞いてみる)などはしたくないようで、俺から聞こうかと提案したが止められた。
でもなぁ、これを見過ごすのは親として良くないと思う。
正直ハサミや鉛筆削りやマッキーは職員室か事務室か、その辺の備品なんじゃないかと思ってる。名前書いてセロハンテープで留めてた跡があるし。先生方に嫁含めてどう思われてるかも気になってくる。
知人のお子さんは隣の席の子がすぐ人のものを持ってく子で困ってるとのことで、聞いてドキっとしてしまった。しかも友人が言うにはその子自体に「そうしなきゃいけない事情」みたいなのが感じられない普通の子だったとのことで、更にダメージを受けた。
という訳で子に盗難癖がありそうとなったらどうすればいい?
なお実際には嫁も息子もいないので幻覚です。
これはわかりやすい、普通に買えば3.6万〜のものが6千円で出てる
けどセロハンも剥がしてない1枚目の写真の後ろには同じ箱が大量に映り込んでる
説明の言葉は少なく、商品名だけ 入手経路や入手時期などはない、もちろん並行輸入なので違うけど、みたいな言い訳じみた説明もない
明確な説明、香水オタクで廃盤の時にストック買いしたが生活や好みが変わって使わなくなった等でもない限りは避けた方が無難
本物の中古品と同じような価格で、同じように中古で、出品内容もごく普通の人、と 見分けがつかない
クラッチバッグはなんだかチープだ
コフレセットとあるけど、GGGB EXTREME のコフレとか聞いたことがない
たしかにモデルチェンジ以前は黒いボトルだったらしいけど、黒のクラッチに蛇1匹のデザインは初めて見た(これはかつてクラッチ単品で売っていたよう、キリアン本家サイト確認)
瓶の底面の写真をきちんとあげている、ラベルにもキリアンとあり一見正しそうにも思えるが…
出品者の過去の出品を見ると、グッドガールゴーンバッドを以前も出品しており、そちらは白デザイン、同様に国内正規品ではなく
貰い物、アウトレット品のようで文字盤がズレてる、との説明をしている
本物じゃないのすぐ分かるじゃん、なんで騙されるかね なんて思ってた
数万の高級品が5〜6千円で、未使用未開封で同じものがいくつも並ぶ
並行輸入のため国内販売品とはパッケージや香りに違いがある場合がある、などとある
こういう出品者を見ると速攻でブロックしてた
メルカリショップでもこの手の出品者がおり、ブロックできないのが煩わしい
それでも見れば分かると思ってた
が、今日見た出品者は、なんというかうまかった
販売しているものもバラつきがある、安いウィッグもあればマニアックな趣味の高級品も同列に並ぶ
同じものが2点以上並ぶこともない
2年ほど前の箱のデザインとは異なっている、フリマ市場でほとんど見かけない
これらのことから、本物っぽいな…なんて思ってた
が、よく見ると1枚目の写真の奥に山と積み上がった同じ香水のパッケージ
1枚目は最新のパッケージなのに2枚目は旧パッケージを後ろにおいた香水の写真
アトマイザーが付いてくるセット品なのだがアトマイザーのデザインも最新のものではなく
ここまで来て、あ、これダメなやつかも、とようやく気づいた
主語デカ罵倒。面倒臭いから主語デカにしてるだけであなたのことではないですよ???
麦茶をひと口残すのが炎上し、今度はビール6本缶の空の紙ケースが放置されてるのが炎上した。
正直、麦茶ひと口残しは「そういうこともある」で自分あんまり気になんないんだけど、でもこれらの意味するところは『誰かなんとかしといて』のお察しウゼェエエエ感なんだよな。
これ、日々女さんのお察しがウゼェって言ってる男さんがよくやる察してちゃん行為なんだよね。
で、この手の奴はこういう細かい手間系の仕事は全部「誰かなんとかしてくれる」と思ってて、例えば
・シュレッダーする書類をシュレッダーにかけずにシュレッダー機の上に置く
・シュレッダーの満杯マークついてるのに無理にシュレッダーかけて1/3くらいで止まったまま放置、ピーピー鳴るので電源は自己判断で切る
・コピー機の紙がないとテキトーに新しい束破いて数枚突っ込んで終わりにする、紙は捌かない
・コピーできない、印刷できない、シュレッダー使えないから誰かやってと言い出す
・満杯のゴミ箱でも無理に詰め込む、蓋に乗せる
・清掃の人の作業中のゴミ袋の口勝手にほどいて勝手に入れる、もしくは横に置く
・新しいゴミ袋がかかってないと袋をかけずにそのまま捨てる
・中身入ったまま捨てる
・というのを公共の自販機横のカンビンペットボトル用ゴミ箱でもやる
・ドリンクサーバーの下の水受けに飲み残し捨てる(排水機能ない)
・大体の消耗品において「ないんだけど!」とキレる
・あればパクる(カッター台・印鑑マット・朱肉・ホチキス・台付セロハンテープ・製本テープ・ガムテープは共用の備品)
・他の人の机の箱ティッシュやウェットティッシュ(私物)を勝手に使い切る。補充されないと「補充しないの?」とか言う
・荷物3つと差出人名無記名の伝票3枚をバラで集荷場所に放置、無論集荷されない
・特別対応の報告だけして「ではこちらの申請を出しておいてください」と言われた申請はやらない
とかする。
一人暮らしを経験してたらそういう「誰かなんとかしてくれる」みたいな甘えとかは消えるのかと思ってたけど、どうも身近に女性がいるとママ扱いを始めちゃうみたいで、とりあえず職場のオーバー40婚活中の独身男性がその辺見え透いてるのでキモいなぁ(笑)ってなってる。
とりあえずゴミ放置、ゴミ冷蔵によるイライラは、マッマに甘えて上げ膳据え膳されてた甘やかされ慣れというか、自分が偉いと勘違いして察してちゃん発動してるというか、察してちゃん発動しておいて「誰かやっといて」って他人を見下してる内面の汚さは察されないと思い込んでるというか(内面汚い自覚がない可能性大)、まぁそういう辺りに苛立ちを感じるんだな〜と思った。
ほしかった香水だけど正規購入の価格の半額に近くかなり躊躇した
が、まあ古い在庫なのかなと前向きに考えて購入を決めた
今届いて中身を確認
何か香りが軽い気がする?
普段は小さなアトマイザーからワンプッシュしかしないが、ボトルからツープッシュしてもなんかこう…さっぱりしてる
割とどの香りも濃厚なブランドのため、ギャップにモヤモヤしてくる
…でも、拡がって香ってくる感じは同じ香りのよう
…海外からかなり安く購入したことで疑り深くなってるだけなのかな、とぐるぐる悩む
30分ほど経ち、香りたちは輸入したものも量り売りも同じ感じになった、ほっとする
実際古くなっていた、というのはあるかもしれない
色もサイトに表示されてるイメージよりは濃く、茶色くなっているように思った
古くなることで、トップのなにかの香りが飛んでしまっているのかも、とも思った
だとしてもミドルの香調は変わらないし、悪くはない
新聞に載るような不正なんて本当に氷山の一角で載らないような不正が山ほど出てくる
例えば飲酒運転で捕まった社員なんてザラで1年に2回捕まったとかもいる
普通は免職なんだけど不正が多いからなのか不正に対する罰則も甘い
顧客情報を山の中に投棄とかコロナワクチンの自分の接種券番号を不正入手とかヤバイ奴がマジで多い
新聞に載るほどガチでヤバイのもあるし載らないガチでヤバイのもある
西日本のことは大阪に任されてるんだけどこっちがいくら指導とか指示しても全然ガバナンスが効かない
この前、西日本の地方支店にいる同期に会って久々に話を聞いたんだが
とか言われて心底ビビった
まずは担当者が揉み消そうとして、それで無理なら課長単位で揉み消せないか画策する
それでも無理なら部長、支店長と上がっていくけれど基本的にはどうやって揉み消すかを考える
決算報告等でどうしても揉み消せないと判断した場合だけ、大阪や本社に報告が入るとのことだった
東日本の地方もそれなりに行ったことがあるが、少なくともそういう文化は無い
あっても課長単位で揉み消そうとして後でしこたま怒られた、とかいう話を聞くぐらいだ
彼曰く、そもそも普段からコンプラ違反が多すぎてどうしようもない、とのこと
消耗品費が余ったら平気で私物を買って持って帰るし、それを管理職も「ほどほどにしとけよ」ぐらいで認めてる
固定資産はバーコードシールで管理してるんだけど、どう見てもDELLのPCなのにMacbookのシールが貼られてたりする
それを聞いてから気付いたが、ボールペンやノート、セロハンテープみたいな消耗品の購入が多く
ペーパーレス化してこういうのは全部無くしましょう、という話を進めてたのだが
支店に行くと「この処理は例外」とかいうのが多くて全然ペーパーレスが進まなかったのだ
もしかして、と思わなくもない
不正が明るみになる度にチェックシートが足されていくのでボールペン一本買うのにも5枚ほどのチェックシートを提出しないといけないのだが
支店ではこのチェックシートのチェック済みテンプレが公式に展開されているので誰もチェックしてないとのこと
まぁこれは「チェックシート作ればヨシ!」をやってる統括側に大きな問題があると思うし
いつまで経っても共有フォルダにExcelファイルを置いて管理してて本社が用意したシステムには後で一括で登録する、という運用になっている大阪側が悪い面もある
もう十数年昔のことだが、まだ社会に出て数年という若造が欠員補充でその部署に赴いた。そこで隣のデスクだったのが妖精さんだった。勤務初日「増田さんと仲良くなりたいから」と部内の若い人がランチに誘ってくれた。そこの人々はみんな親切で優しい人たちだったが、若い人に限らずどの人も「妖精さんの隣は気をつけて」と言う。
その部署にいたのは数ヶ月だが、妖精さんが妖精さんである理由はよくわかった。まずお世辞にも衛生面が整っていなかった。その後食事の仕方も非常に厳しいものであることがわかった。初日にランチに誘われたのは食事風景を見せないための配慮であった。
また妖精さんのデスクには仕事道具はあまり見られなかった。定時にやってきてコーヒーを飲みながら新聞を読み、最低限の業務をこなして昼飯を食い、午後はうとうとしながら最低限の業務をして定時に帰るという仕事ぶり。部内には他にもたくさんの仕事があったが「難しくて妖精さんには任せられない」と若手よりも圧倒的に少ない仕事量だった。
また妖精さんは非常に人見知りで数ヶ月という短い期間とこちらが年若かったせいで恥ずかしかったのか、話すことはおろか挨拶すらほぼなかった。ただ妖精さんの生態として「自分より見下せると判断したものはとことん攻撃してきたり余計な世話を焼いてくるから気をつけて」とアドバイスされていたので特に当たらず触らず、怪しい時は別の場所に非難などした。
妖精さんの思い出で一番心に残っているのは、業務の一環で大規模な会場設営をしたときだった。設営班とした優秀な先輩と資料を元に案内表示や当日の流れなどを確認していた。他の人が「ここはこうしたら」と作業や配置転換を率先して行う中で妖精さんはテープ係に任命された。テープで何かを貼るというより、セロハンテープの台を持ってついてくるだけだった。作業後に先輩は「妖精さんはそこにいてくれることが仕事だから」と言った。先輩は実質の妖精さん担当で、妖精さんのするべき仕事を大体事前にこなしていた。「妖精さんは、もう妖精さんという現象なので深く考えないでファンタジーを楽しむくらいの心構えが必要」というようなことも言っていた。
随分時間が経って、若造も優秀な先輩と同じくらいの年齢になってあの妖精さんがどうして妖精さんになったのかは何となくわかるようになった。民間だったらクビなんだろうが、残念ながら公的機関だった。妖精さんは健在であればそろそろ定年だろうか。その後妖精さん予備軍に何度か遭遇したが、職場全体で妖精さんの存在を受け入れていた(?)のはあそこだけだったと今なら思う。
眠るのが困難な時は脳が複雑な事を考えたりして活性化している事が多い。
だから考えないようにしなければならない。
しかし何も考えないことは難しい。
何かより脳の活性が少ない、別のつまらない事に脳の興味を向かせなければならない。
今までやっていたのは、何かつまらない事を考えることだ。
ハサミが開いては閉じてはを繰り返すとか、セロハンテープの台の底をイメージするとか。
あやふやになるし、脳内で勝手に移動したりするし、ずっと考えてられない。
そこで身体の一部を緊張させる事を思いついた。
緊張と言っても、指を上げているという情報さえあれば良い。
結果としてそこに脳が集中できる。
これならあやふやになるとかないし。
それに気づいてまた上げる。
そしてまた下がる。
いつの間にか眠っているという算段よ。
実際よく寝れる。
キャラクターの使う能力とかにピッタリなキャラクター名のやつ。
古今東西いろんな作品であるとおもうけど、最近の人気作だと僕のヒーローアカデミアとかかな。
まあこれはこういうものとして楽しめるから別にええんやけどね。読みながら余計なこと考えてしまう。
この子の親は生まれた時から能力が分かってそんな名前にしたの?みたいな。
というか苗字も揃ってるから宇宙の大いなる意志的ななにかで決定されてるの?
ヒーローネームというシステムがあるのに本名まで体を表しちゃうの?とか。
あと体を表しすぎて別の意味になってるみたいなのもあるよな。
瀬呂範太なんか個性「テープ」なのに名前はセロハンのほうに寄ってるからもうなんだかわかんねーなみたいな。
ゲームの主人公の名前とか、悩んで決めてもしっくりこなくてリセットしたりってあると思うけど、
自分は最低小一時間は悩みに悩んで悩みぬいた挙句の果てに「じろう」とかにしちゃう。
名付け観の違いだな。
(追記)
ブクマで海外SFの例があったけど、翻訳される場合でもキャラクター名ってたいてい「原作の言語感覚で」名で体を表した状態のままだよな。
日本語で響きがカッコいい名前が実は本場では「ダジャレやんこれ(笑)」みたいなのも、作中で説明されないと気付けないことが多そう。
ヒロアカは海外でとてつもなく人気だけど、Katsuki Bakugoとかのままよな。まあ名前が先になるからHanta Seroとかはそのままではないとも言えるが。
ともだちにコンビニファックスからセロハンテープでループ型にしたA4書類を
300ループ分くらい送ってもらえばたぶん紙がなくなって最初から受信しなおしふくめて
発覚したらたぶん首になるやつなのでホラーストーリーとして使ってください
あと受信じゃなくて発信ホラーだけど、
今どきファックスずっとつかってて、市外提携先にむけて市外局番なしでいいとおもいこんで
市内の見知らぬ個人宅に機密書類おくってくる不動産会社は実際あった
ソースはうち
コンプラを天ぷら程度におもってそうな会社だったけど今どうなってんのかねwww
うちを売ることになってもあそこだけは絶対につかわねえわ、みつもり原価そのへんの家にファックスでばらまかれるもんw
まあ今時、令和4年にまでなっても、ファクスを使ってる時点で元増田も家族経営がうっかり大きくなっちゃった系企業かな?と俺は思うのよ
わからなかったので調べてみました!
元は「手紙の封蝋」のことを指し、遡ると「小さな印」という意味で「sign」と同語源のようである。そこから封蝋に限らず手紙や包装などを封じる「封緘紙」のこともシールと呼ぶようになった。
「糊付きの紙片」全般をシールと呼ぶのは英語では稀な用法ということで、実際に辞書にも載っていない。ほとんど和製英語と言っていいようである。
日本では1960年代に子どもたちのあいだでお菓子のおまけシールが大流行したが、その草分けである1963年の「鉄腕アトムシール」は明治製菓の社員が「手紙の封印シールをヒントに考案した」というので、図柄が印刷された糊付きの紙片を広く「シール」と呼ぶようになったのはその頃か。
元は「stick」は「突き刺す」という意味で、そこから突き刺すための道具である「棒」という意味にもなった。
さらに「突き刺してその場に留める」ことから「固定する」という意味になり、また「付着する」「粘着する」という意味が派生した。
つまり「sticker」は「粘着するもの」という意味となり、粘着性のラベルやデカールのことを「ステッカー」と呼ぶようになった。
元は「細い帯状の布」という意味で、リボンやフリンジのようなものを指していた。
そこから17世紀ごろに「(そのものの内容を示すために付けられる)細い帯状の紙片」を指すようになったという。
ラベルは必ずしも貼るタイプだけではないが、紐で吊り下げるタイプのラベルは「タグ」と呼ばれることが多いので、ラベルといえば貼るものだという印象が強いのかもしれない。
元は「decalcomania」の略であり、さらに遡るとフランス語で「複写する」「描き写す」を意味する「décalquer」が語源となる。
デカルコマニアは「転写印刷」「転写技法」などと訳される。18世紀に発明されたもので、特殊な糊を塗った紙に図柄を描き、陶器やガラスなどの直に印刷ができないものの表面に転写する技法のことである。
成り立ちとしては他と毛色が違う感じがするが、「糊を使って図柄を貼り付けるもの」という広い括りで「シール」「ステッカー」の一種だとみなされているのだろう。
シール:「(図柄が印刷された)糊付きの紙片」のこと。和製英語。
ステッカー:シールとほぼ同じ意味。「粘着性」であることがアイデンティティ。
ラベル:内容を示すために貼るシール/ステッカーのこと。「内容を示す」ことがアイデンティティ。
デカール:転写式のシール/ステッカーのこと。「転写式」であることがアイデンティティ。
ぶっちゃけ英語圏でも「ステッカーとデカールの違いってなに?」みたいなブログがたくさん引っかかるので、たぶん実生活ではそんなに厳密に区別されてないんだと思うよ。
おまけ。
元は「細長い布」という意味。さらに遡ると「引き裂く」という語からの派生らしく、布を引き裂いて細長くするようなイメージか。語源としては「ラベル」と似ているが、あちらは「ちぎれる」「ぼろぼろ」みたいなところから来ているようなので、テープはもっとしっかり「長い」イメージなのだろう。
19世紀後半の粘着テープの発明以来、「テープ」といえば粘着テープを指すことも多いが、まだまだ「ビデオテープ」「ゴールテープ」など非粘着性のテープも残っているので、まるきり「貼る」だけでもない。
語義的には「セロハンテープやダクトテープのような普通の粘着テープ」もステッカーの一種と言えそうな気もするが、「tape sticker」で検索してみると、やはり柄付きのマステ的なアイテムしか出てこないので、そのあたりは日本でも粘着テープのことを「シール」とは呼ばないような感覚と同じなのだろう。