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徳田秋聲 (徳田秋声) の文学を中心につぶやきます。
― 亀井麻美 (@kameiasami) · Xより転載 ―

亀井麻美 : 2019/03/19のツイートまとめ

kameiasami

今日、所用で京都府庁に行った帰りにバス停で(例の建設中の要塞はその左向かいにあります)大学時代の友達とばったり会いました。
彼女は私がリュックにぶら下げてるマタニティ・マークにすぐ気付いて、お腹に赤ちゃんいるのー?という話になり、そこから近くの喫茶店に行って(中略)楽しかった😆
03-19 23:44

要するに志賀は「無礼者ッ」なんて大時代な台詞も吐いてないですし、撲り合いもしてません。
依怙地な園丁と通行人との間で常々トラブルが絶えず、志賀への注意の仕方も傍若無人だったという文脈も蓮實氏は無視しています。もちろん禁止違反は悪いですが、この程度の逆ギレは別に珍しくもないですね。
03-19 22:49

新たなる要塞が建設されつつあります🏗
https://t.co/dZEJJYoH8B
03-19 19:47

そうたしなめながら、白い小さな手で、組んでいるふたりの手首をすぐに解きほぐした。
私はその後東京で、志賀さんの作品を読むとき、いつもこのときの情景が、胸を締めつけるように思い出されてきた。これは志賀さんが「暗夜行路」の後篇を完成される十一年ほど前の、四十五歳の夏のことである。〉
03-19 17:04

二度目のその声を聞くと、突然、「なにッ!」と云われ、すっと立ちあがって園丁と向い合い、あっという間に両手を四つに組んでなぐり合いになりそうになった。そのとき若山さん達も驚いて立ちあがっていたが、志賀さんの奥さんが駆けよる方が早かった。「いけません、いけません」志賀さんの奥さんは
03-19 17:03

この野球のとき、志賀さんは下駄でグラウンドの芝生にはいり、べンチに腰かけておられたのだが、ちょうど通りかかった例の園丁に、「芝生に下駄ではいってはいかん」と、傍若無人、乱暴な語気で注意された。志賀さんは観戦に気をとられて、最初のその声は聞こえないようにみえたが、近寄ってきた園丁の
03-19 12:46

いたので、博物館事務所への芝生の通路などで、園丁と大声でよく喧嘩することがあった。ある日の夕刻、そのときは鉄道か何かの強いチームとの対戦で、飛鳥園の社員も全員応援に出かけて三塁側に陣取っていた。若山〔為三〕さんをはじめ芸術家のグループも何人か詰めかけていた。
03-19 12:45

が、下駄の多かった時代だけに、特にそのような禁札が立てられたのかも知れなかった。
春日山から三笠山まではいる奈良公園はひろく、中年過ぎの依怙地な園丁と観光客との間に、下駄立入りのことでいつもトラブルが絶えなかった。飛鳥園の小川〔晴暘〕さんは学生のように、常に朴歯の高下駄を愛用して
03-19 12:29

以下が出典の島村利正「奈良の思い出」からの抜粋です。蓮實重彦の記憶が不正確で潤色をも加えていることが判ると思います。
〈そのころの奈良公園は芝生を保護するためか、いたるところに「芝生に下駄で立入るベからず」と記した白い木札が立てられていた。靴や草履は咎めないというのも奇妙であった
03-19 12:28

ここで蓮實重彦が語っている、志賀直哉が下駄で芝生に入って野球を観戦していると「守衛」に注意され「無礼者ッ!」といって取っ組み合いの喧嘩をしたという話の出典は、島村利正「奈良の思い出」(菊版「志賀直哉全集」第4巻月報。のち「島村利正全集」第2巻収録)ですが、だいぶ尾鰭をつけてますね。
03-19 07:09

  1. 2019/03/20(水) 04:18:47|
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