細かいツッコミを入れればきりがないでしょうが、ともあれ最後まで観て良かった。新天地にたどり着いたチキン・ジョージが、大勢の家族とともに丘に登り、クンタ・キンテよ、我々はついに自由を得た、と跪いて報告する場面は感動的でした。 #ルーツ
04-29 14:40
た時、闘鶏で財を成し土地を手に入れたジョージが彼らを迎えに戻り、その智恵で家族を救い、共に新天地へ向かう、というハッピーエンド。白人はこれまでで最も憎々しく描かれていて、KKKを思わせる覆面の迫害者が登場します。黒人と行動を共にする白人のオールド・ジョージ夫妻はちょっと非現実的。
04-29 14:32
「ルーツ」第4週目、これまでの駆け足進行に較べ、一つの主題を丁寧に描いていて面白かった。闘鶏師として自由を得たチキン・ジョージは、家族を残して新たな旅に出る。その間に南北戦争が勃発し奴隷は解放されたが、旧弊な南部では依然として黒人差別と迫害が続いていた。家族が最大の危機に瀕してい
04-29 14:32
@ebaranakanobu81 あと有名どころでは島津義虎(天文5年―天正13年)ですね。三沢為虎はちょっとマイナーですが。
04-29 12:57
景虎という諱の人物は、同時代に長尾景虎(上杉政虎→上杉輝虎→上杉謙信、享禄3年―天正6年)と上杉景虎(天文23年―天正7年)の2人います。まぎらわしいんですが。
04-29 12:47
@ebaranakanobu81 長尾景虎というのもありますね。
04-29 12:25
あとで五代目松鶴の「上方はなし」を調べると、母親が左右の指を口に入れて目を大きく引張りカモカの顔をして「カモカ」と云うと子供はそれを見てげらげらと笑う、と書かれていてなるほどと思ったものです。昭和49年頃の大阪だと、カモカと聞けば、みなすぐに意味が解ったのかも知れません。
04-28 01:36
六代目笑福亭松鶴の《子は鎹》(昭和49年)の枕で、お父っさんが母親に「お前カモカの顔をしてみ」と言うと客席からドッと大笑いが起こったのを最初に録音で聴いたとき、私はポカーンて感じでした。田辺聖子のカモカのおっちゃんは知ってましたが、なぜそんなに可笑しいのか判らなかったんですよね。
04-28 01:11
「十七世紀初頭の騎士ドン・キホーテと、ポスト・モダンという呼び方もなされる現代の車寅次郎に共通する特徴を考えてみた」
「ドン・キホーテはプレ・モダンの人であると同時に(中略)ポスト・モダンの人でもある」(牛島信明、前掲書196-197頁、200頁)
この2人をポストモダンに(ry
04-27 23:29
牛島信明が『ドン・キホーテの旅』でドン・キホーテと寅さんを比較していますが、あーなるほど言われてみればフフフ、と笑って読むべきでしょうね。
04-27 21:27
描写が豊かになっている点は認めてよいと思います。松本徹が全集の解説で指摘するように、ある程度翻案だから、かもしれませんが、そこまでひどい作品ではありません。
04-27 20:53
人物がまったく描けてなくて、後に継母となるお槙がやや奥行きがある程度だったのに較べ、『雪の暮』は、勝気でしっかり者で縹緻良しの少女お辰がなかなか魅力的ですし、母のお杉とその情夫の毛森、お辰を追い回す太古作も類型的ながら人物の肉付けが格段によく、
04-27 20:53
にえ切らず、(中略)おそまつとしかいいようのない作品」(佐々木冬流『徳田秋声』)である等々、散々にこき下ろされてきました。
しかし、前作の『薮かうじ』(明治29年8月)が淡々とストーリーを物語っているだけの瘦せ細った作品で、ただメソメソウジウジと黙り込むだけの主人公お礼をはじめ、
04-27 20:53
『雪の暮』は、「明治28年の元旦、長岡から東京へ出る折の体験に基づくと思はれ」る作品ですが、その扱いが「ずいぶん大雑把で、ナマな形にとどまつてゐる」(松本徹『徳田秋聲』)とか、「読者を計算したらしい節々も見られる上、人物の造形、背景のとらえ方、ストーリイの展開、全てが中途半端で
04-27 20:52
でも徳田秋聲記念館には猫のシャー営業部長がいますからね。
04-27 00:30
室生犀星記念館にはこのポーズの愛猫ジイノのぬいぐるみが居ます。
http://t.co/dMPVg0loPG
徳田秋聲にこんなペットがいたら、徳田秋聲記念館の女性学芸員さん大喜びでしょうけれど、秋聲は動物が嫌いだから。
http://t.co/MIGB0RRWhe
04-27 00:29
六代目松鶴が「上方はなし」所収の「つぎの御用日」の挿絵を描いたという話。
「『つぎの御用日』な。あれに後ろ向きの人間が出てるやろ。あれがわたいや。人の顔、よう描かんさかい、後ろ向きの方を描いてん。前向きの方は、姉が描いた。」
(松鶴・米朝・三田純市鼎談「『上方はなし』の時代」)
04-26 19:46
@zinofrancescatt 呂律が回らなくなってきた時期の録音では、演じていて自分で笑いが止まらなくなる場面が幾つかある《花色木綿》(昭和53年)が絶品だと思います。米朝によれば枝鶴~松鶴襲名頃が立て弁の勢いと迫力があって良かったらしいですが、その頃の録音は無いんですよね。
04-26 19:37
本よみうり堂「人生描いた秋声の作品に光」(2015年04月24日。文:鵜飼哲夫)
http://t.co/uPMiqXC1hL
川端康成、古井由吉、佐伯一麦の秋聲評と、徳田秋聲記念館文庫の紹介など。
04-26 01:29
昨夜寝しなに聴いた笑福亭松鶴の《次の御用日》(「てんこもり!六代目笑福亭松鶴全集」所収、昭和43年9月7日録音)が素晴らしくて、今日2回聴き直しました。訥々とした愛嬌のある語り口が魅力的で、上方落語では六代目松鶴がいちばん好きです。
04-25 23:35
するのか。この件は子供心に長くのこった。〉
芥川比呂志「門の外」(昭和54年3月)より。
私が先日「ひどい字」と書いたのは、上記引用の箱の背文字のことです。比呂志が不審に思っただけでなく、子供の字を書籍の題字に使うことについては当時から批判的な見方が多かったようです。
04-25 23:27
〈ある日書いた「全」の字が、ひどく滲んだ。失敗した、と思って紙を丸めようとすると、装幀をなさる小穴隆一さんが強く止められた。
「あ、そのまま。つづけて」
思いがけない、出来そこないの、滲んだ「全」の入った背文字は、採用された。本ではなく、箱のほうであったが。なぜこんな変なことを
04-25 23:26
der Moldau, daß ein oder der andere Bär keine Seltenheit ist, und wohl auch noch ein Luchs getroffen wird
現行本文では、heutzutage/daß ein Bärですね。
04-25 01:33
Adalbert Stifter
15. Waldwanderung.*)
Es sind noch heut zu Tage ausgebreitete Wälder und Forste um das Quellengebiet
http://t.co/NWvlyksuF1
04-25 01:26
こちら若き日のテレホワ姐さん。
http://t.co/m5UnShtIcs
カッコイイ!
04-25 01:00
コトバンクではマルガリータ・テレホワ(Маргарита Терехова)の誕生日が「1942.4.25」となっていますが
https://t.co/ntwg1p9Jhz
これは間違いで、正しくは「1942.8.25(25 августа 1942)」です。
04-25 00:57
わかった。英吉利結び(イギリス結い)の大きいやつだ。
04-24 16:23
前記引用の少し後に、
〈「でも好男子ねえ。」と大英吉利を傾ける。
「先(まづ)ね。」とドクトルは酸ぱさうに眉根を顰めた。〉
とあります。傾げるってことは髪型かしら。
「島田が」とか「黒七子が」みたいに、人物をその髪型や服装で呼ぶのはよくありますからね。
04-24 16:17
「静代子といふ大英吉利(おほいぎりす)が腹這になつて、指輪の弾切れさうに肉づいた、手を頬杖に、何か読んでゐた。」徳田秋聲『後の恋』(十)其六。
大英吉利(おおいぎりす)って?
04-24 15:33
越の霙は小栗風葉『深川女房』(「新小説」明治38年3月)にも「桐の張附の立派な箱に紅白の水引を懸けて、表に『越の霙』としてある。」と書かれている菓子。『日本都市大観 昭和十五年版』395頁に「〔名物名産〕煉羊羹越のみぞれ」の記述があります。
翁飴は現在でも売られているみたいです。
04-23 16:39
「太古作(たごさく)は気遣ひて、見舞の菓子とて躬(みづ)から、越の霙、翁飴なんどいふもの沢山買求めて、枕頭に侑めつゝ劬はりぬ。」
徳田秋聲『雪の暮』(「東京新聞」明治30年2~3月)
場所は越後柏崎の旅籠。太古作は宿の十六歳の看板娘を金尽くで娶ろうとする醜男の百姓。
04-23 16:35
ここで語られている彫刻は、ミヒェル・エルハルト/ラヴェンスブルクの庇護のマントのマリア(1480年頃、ベルリン国立美術館)。
Michel Erhart / Schutzmantel-Maria aus Ravensburg
http://t.co/dBqBByIiFK
04-22 23:20
だ。」
「われわれの慈母像もまた、苦悩の内からの、涙の谷の内からの慈母の姿である。(中略)私はこの庇護の外套のマドンナの顔のうちに、ピエタのなごりを見るのだ。その苦の光り烟り方が、微妙で不思議な表情をつくりだしているように思われる。」
古井由吉「衣の下にかくまわれて」
04-22 23:18
「崇高な容貌には違いない。しかし世俗の母の顔でもある。(中略)熟年にかかる主婦である。気立てが良くて働き者で、他人の世話をすることにも頭と心がよくまわる。(中略)そして慈母のまなざし、とそう言いたい、そう言ってもよいところなのだが、それが眺めるほどになかなか、微妙な表情であるの
04-22 23:17
――上司君に」(「読売新聞」大正6年11月9日)
幸四郎は七世松本幸四郎、「大森彦七」は作詞福地桜痴、作曲岸沢仲助による歌舞伎舞踊。
このあと文章は、〈庶民の娯楽たる劇〉だけでなく〈小説だつて智識の附加へはあつても基調は同じことです。〉と続きます。
04-22 15:41
ろ、大森彦七では、宝剣を譲る彦七の後難を憂へて、千早姫が受けかねる処にあるのです。つまり日本人持合せの単純な甘い人情に同感するのです。通俗文芸の常に狙ふ原始的なセンチメンタリズムです。この心理の少し込入つた皮肉なものになると、日本人にはもう解らないのです。〉
徳田秋聲「帝劇を観て
04-22 15:27
〈幸四郎はあの圧潰したやうな声が此頃めつきり立つて来たので、今度の弁慶などは此春よりもぐつと引立つて見えました。(中略)大森は散文的で、僕は余り好きませんが、此方もいかにも楽さうです。これ等の芝居も、一般の人にどこが一番受けてゐるかと思ふと、勧進帳では富樫が涙を呑んで引込むとこ
04-22 15:26
「稚児之草紙」作者未詳、元亨元年。
https://t.co/wWtxqhJIGX
04-22 15:22
ホルスト・シュタインのシューベルトを聴きながら眠ることにします。
http://t.co/g0mW61rs43
04-21 01:00
@with_Jun0126 確か、その芥川龍之介が本物だと言えますかと書いて送ったら返事が来なくなった、という結末でしたね。
04-20 21:20
〈通俗小説は文芸を解さない一般の人にもわかるやうに書くので、私は何時もさう云ふ積りで通俗小説を書いて居る。態度を改める必要はない。〉
「創作合評 第八回(凶災後の文芸時事六項)」(「新潮」大正12年11月)より、徳田秋聲の発言。
04-20 20:49
@with_Jun0126 小穴隆一の趣味でしょうね。『沙羅の花』以来の先例もありますし。
04-20 20:40
「中央線や山の手線の中でも、英語のペーパーバックを読んでいる人は見かけるが、くずし字文献を読んでいる人はこれまでに見たことがない。」
(福嶋健伸「くずし字を楽しく学ぶための教材の開発」)
http://t.co/3P4fpuaMCb
確かに私は中央線にも山手線にも乗らないからな。
04-20 19:56
小谷野敦さんの「猫を償うに猫をもってせよ」
毎度細かい指摘で恐縮ですが
2015-04-18 (誤)「名ならない」(正)「名のらない」
2015-04-02(誤)「日本国語大事典」(正)「日本国語大辞典」
04-20 00:53
この芥川比呂志の題字(昭和52年版)はヘタウマだと思っていましたが、最初の昭和2年刊のは確かにひどい字です。書かされたご本人も後年「私はいやで、いやで、いやで堪らなかった。」と言っていますね。
http://t.co/4lza3INMRG
04-19 23:30
@zinofrancescatt いいえ、岩波の「芥川龍之介全集」第10巻(昭和53年5月)の第三三九号書簡です。日付の「3月18日」は正しくは「10月18日」でした。お詫びして訂正いたします。
04-19 22:39
多少の省略を加へたのは頗る遺――序文以下省略。
(中略)
二 薄田泣菫氏の性行
薄田泣菫氏の「茶話」は如何に薄田氏の諧謔に富み、皮肉に長じてゐるかを語つてゐる。この天成の諷刺家に一篇の諷刺詩もなかつたのは殆ど奇蹟と言は――二以下省略。〉
こんな感じ。
04-18 23:45
薄田淳介について芥川が書いた「人及び芸術家としての薄田泣菫氏」(大正14年)は、ネットスラングの(ryを多用したような戯文でして、たとえば
〈序 文
人及び詩人としての薄田泣菫氏を論じたものは予の著述を以て嚆矢とするであらう。只不幸にも「サンデイ毎日」の紙面の制限を受ける為に
04-18 23:43
@zinofrancescatt 頸が長い人は肩当てがないと弾きにくいですよね。ヒッタヴァイネン(Hittavainen)が“Wooden Pints”で同じ弾き方をしています。私はエンドピンが肋骨に刺さって痛かったです。
04-18 13:01
記者が電話で馬琴を黴菌と聞き違えたんですね。短篇「黴菌」と云われているのは、曲亭馬琴を主人公として、芥川が大正6年10月20日から11月4日まで「大阪毎日新聞」夕刊に15回連載した『戯作三昧』のこと(10月22日休載)。立田川は年寄名跡で、芥川が間違えられたのは九代目でしょう。
04-18 01:22
〈今日時事の文藝消息を見ると私が大阪朝日の委嘱により短篇黴菌を書いてゐると出てゐます毎日と朝日の間違ひはまだしも馬琴と黴菌を間違ふに至つては失笑の外ありません嘗私は電話で立田川といふ相撲と間違へられたことがあります〉
芥川龍之介発、薄田淳介宛書簡。大正6年10月18日。
04-18 01:19
が毛はへ薬の広告をしてゐるやうなものぢやないか(中略) 近松の「女難」は恐れてよまない(中略) 徳田さんのはとりつき場がないので未だよまない〉
芥川龍之介発、松岡譲宛書簡。大正6年1月19日。
上記引用で、芥川が徳田秋聲をさん付けで呼んでるのが気になります(田山花袋は呼び捨て)。
04-18 00:07
〈太陽の「乾いた心」と云ふ白鳥の小説は可成うまい それつきりのものだけれど整然と書けてゐる あの位の腕があれば材料次第で恐しいものが書けるのにちがひない(中略) 田山のは皆駄目だね 中央公論の坊主と芸者の話なんか俗悪極る あいつの自然主義を標榜して自然主義の小説が書けないのは禿頭
04-18 00:06
〈比較的に云へば今の作家で感心する人はあんまりないね。「うまさ」で帽子をぬぐ人には徳田さんや正宗氏がゐるがかいてゐる事自身にはやつぱり感心出来ないね〉
芥川龍之介発、井川恭宛書簡。大正5年10月11日(年次推定)。
04-18 00:06
芥川龍之介が、青い色が大嫌いだと何処かに書いていたか言っていたと記憶しているのですが、出典を忘れてしまいました。ただ、昔からずっと青色の装釘ばっかりの岩波版芥川全集でそれを読んで、ありゃまとつぶやいたものです。
04-17 01:34
クンタ・キンテの教育係でヴァイオリン弾きのフィドラー(ルイス・ゴセット・ジュニア)が、第七肋骨の辺りでヴァイオリンを支えて弾くところが良かったので、自分でも試してみましたが無理でした。
http://t.co/nCWUi3wVez
#ルーツ
04-17 00:05
が一寸問題になる。(中略)
酸いも甘いも知り抜いた筈の小説家とは言ひ条、男と女だ、無理もないさ――忘れてゐたが、田村俊子は女である。尤も実地会つてみたといふ訳では無いが、俊子自身のいふのでは確に女である。〉
薄田泣菫「俊子の道連れ」(「茶話」大正5年4月28日)
04-16 01:22
〈小説家の田村俊子は自分でも書いてゐる通り、主人の松魚はそつちのけに、よく他の男と散歩に出掛る。同じ小説家仲間の徳田秋声、上司小剣、正宗白鳥などもちよいゝゝそのお相手になるが、こんな人達が皆揃つて一緒に出掛ける時になると、男三人に女一人だけに、(中略)俊子が誰と誰との間に挿まるか
04-16 01:21
シエリイ、キイツ、芭蕉、馬琴、巣林子……などいふ名家を引張り出して来た。
談話に聴きとれてゐる女学生は、(中略)
「紫式部、清少納言、ヂヨオヂ・エリオツト、クリスチナ・ロセツチ……成程ほんとやわ、みんな髯があらへん。」〉
薄田泣菫「髯の有無」(「茶話」大正5年9月10日)
04-16 01:06
〈高安月郊氏が同志社女学校で東西比較文学の講義をしてゐた頃、講話の序でから話題が「文学者と髯」といふことにまで及んで来た。
高安氏の持論によると、詩人芸術家すべて傑出してゐる人物には、定つたやうに髯がないといふのだ。氏はその例として、ダンテ、ゲエテ、シルレル、ミルトン、
04-16 01:05
払って一から堅固に造り直し始めます。怠け者の次郎は、今年も十分使えるだろうにと嘲笑って南山へ帰っていきますが、その夜暴風雨が来て次郎夫婦の巣は壊れてしまう。翌朝、北山の巣はどうなったろうと覗きに行くと、太郎夫婦は丈夫な新しい巣の中で何事もなかったかのように寛いでいた、という話。
04-13 16:37
収められています。
北山と南山とに、2つがいの鶯が棲んでいました。地勢が高く厳しい気候の北山に棲む鶯が北山太郎、温暖で花の咲乱れる南山にいるのが南山次郎です。
5月のある日、次郎が太郎夫婦を訪ねると、北山は嵐が激しいせいか巣の下の方が少し壊れかけていると言って、去年の巣を全部取っ
04-13 16:36
徳田秋聲に、鶯が主人公の短篇があります。福田滋次郎編『短篇奇談 勢揃ひ』(晴光館、明治34年12月)所収の『新しき巣』です。「徳田秋聲全集」第二巻解題(紅野敏郎)には同書の目次が掲載されていますが、『新しき巣』が含まれていません。正しくは、三島霜川『古井の底』の次(底本56頁)に
04-13 16:36
@niina_noriko 大正15年の校友会文集から適当に探して2例見付けました。これよりずっと古くからありそうです。
04-12 20:59
@IIMA_Hiroaki 探せば古いのがいくらでも出てきそうです。
『日本大学中学校校友会誌』大正15年
http://t.co/xmu9IG5MZW
〈修学旅行記事〉
「床に就こうと室に来て見ると一行好機逸すべからずで盛んに枕ぶつけの戦闘を続けて仲々に止みそうもなかつたが」
04-12 20:55
@IIMA_Hiroaki ご参考まで。
福島県立川俣染織学校校友会「しらきぬ」第4号、大正15年3月。
http://t.co/aL9rCtd00w
〈宿屋の夜〉
「我等の室には床がしかれた。皆我さきにもぐりこむ。まくらをぶつゝけたり電気をけしたりするものも有る。」
04-12 20:09
@zinofrancescatt そうでしたか。宮崎法子氏の論文はたいへん立派なものですね(Web版は図版が消されているので、東方學報の実物にも当る積もりです)。
04-11 00:43
ニコライ・ゴーゴリ(Николай Васильевич Гоголь)が「祖国雑記」1830年2月号(Отечественныя записки, Февралъ, 1830. №118)と3月号に匿名で発表した短篇。
04-11 00:22
「ビザヴリューク、あるいはイワン・クパーラの前夜(Бисаврюкъ, или Вечеръ наканунѣ Ивана-Купала)
https://t.co/nVjkJPxlhL
04-11 00:18
@zinofrancescatt (東方學報 1986:58;209-274)に「靈芝を羅漢へ向かって掲げる横向の童子」と左手に握っているものが書かれていることを本日確認しました。「日本の国宝 016」は、ひょっとして稻本様がお持ちかも知れません。
04-10 15:59
@zinofrancescatt 有難うございます。週刊朝日百科「日本の国宝 016 京都/清凉寺 宝菩提院 大覚寺 長福寺 妙心寺 退蔵院」(朝日新聞社、平成9年)に十六羅漢像のカラー写真が掲載されていることと(私は未見)、宮崎法子「宋代佛畫史に於ける淸凉寺十六羅漢像の位置」
04-10 15:59
@zinofrancescatt ええ、私もこの白黒の図版でしか知らないのですが、拡大しても手のあたりがよく分からなくて。何か持っているようにも思えますが。
http://t.co/7B4RMTC9LU
04-10 01:01
国宝「十六羅漢像」(絹本着色、北宋時代、清凉寺蔵)より、第五尊者。
童子の右手の先が人の笑い顔に見えるので、うちでは心霊写真と呼んでいます。
(実際は印刷のインクむら?)
http://t.co/zwu6jJrsjk
04-09 23:05
また治兵衛にもなれない。〉
(「作家の年齢」明治41年4月)
と中年の恋の見本のように書いていますが、後年、老人になった自身がまさか娘くらいの女性二人と恋に落ちることになろうとは、夢にも思いません。
04-09 16:23
徳田秋聲は、お半長右衛門について、
〈世間には、随分種々な事が流行れば流行るもので、此の節はまた「中年の恋」といふやうな極めて物騒な流行病も出来て〉〈落は如何でも「蒲団」の主人公〉〈それこそ本当に、飛んだお半長右衛門の幕が始まる。「蒲団」の主人公などは、思ひ切つて此の長右衛門にも
04-09 16:22
桂米朝の追悼番組〈日本の話芸〉で演っていた「胴乱の幸助」(初回放送平成4年11月27日)を観て。こんな大きな字で書いてある、と枕で言っていた床本で「コりや親じやはやい」(左1行目)の部分。
http://t.co/TkughY7gI0
(『桂川連理柵帯屋段』高橋書店、明治16年)
04-09 15:19
「久米正雄全集」第二巻 平凡社、昭和5年1月
http://t.co/a9otR8XnR8
収録は「赤光」一作のみ。巻頭絵は竹久夢二。
04-09 14:29
@ChaoticAliceFox ご質問下さった方にはDMでお答え致しましたが、元ネタをリプライで指摘して何か困ることでもありますか。誰でもすぐ判る有名作ではないので、正しい作者と画題を指摘したまでです。嘘を嘘として面白がっている人はクソリプが来たと無視すればいいだけのことです。
04-09 10:54
@ChaoticAliceFox ここに書かれていることは本当かと私に問合せて来た方がいらっしゃったのですよ。ネタと仰いますが、間違いや勘違いならともかく、意図的に嘘を拡散するのは感心しませんね。
04-09 09:54
@zinofrancescatt 視聴率が凄かったそうですね。
あ、そういえば、割礼の時の男性生殖器のことを、日本語吹替えでホトと言ってたのが可笑しかったです。それ女性でしょうに。
04-09 01:00
@yamakurayamada 作者からして全くの出鱈目です。これはポール・ピール(Paul Peel, 1860 – 1892)の"Before The Bath"という、お風呂に入る前の子供を描いた絵です。向こうから手を差し伸べているのは使用人の類でしょう。
04-09 00:38
でも来週も観ますよ。
04-08 23:35
仕方ないですが、アフリカ篇での俳優達の演技が、身振り手振り表情会話等すべてアメリカのホームドラマの黒人みたいで現地人らしくない。米国に連れて来られないうちからアメリカ人みたいとツッコミんでしまった。良心の呵責に苦しめられる奴隷船船長は、そう設定せざるを得ないだろうと同情しました。
04-08 23:34
このジャケットの絵画は1620年代作の
Sébastien Stoskopff (1596-1657) “Nature morte avec un nautile, un coquillage et un boîte en bois”
http://t.co/lWcP5dvNEq
04-08 23:03
@ISOGAI_1 調べてませんが、レマルク原作、黒田礼二訳の『その後に来るもの』では。
04-07 08:12
明日(もう今日)の夜はBS-TBSでやる《ルーツ》(1977年 ワーナーブラザーズ)を観よう。今から楽しみ。
04-07 00:13
と好い心持になつたと思ふと、戞(がらり)と格子戸の啓く音が為る。」
徳田秋聲『はらから』二(明治33年5月)
ウトウトと鶯の鳴き声に耳を傾けていた光ちゃんは、このあと馬鹿息子に殺されます。享年15。
04-07 00:08
「今朝は又蕭々(しよぼゝゝ)と雨が降つて居るから、板戸が半分しか繰啓けて無い。雨垂の音が慵(たゆた)げに聞えて、何となく湿つぽい鶯の声が聞えるので、辛々(やつと)目の覚めた光ちやんは、ぽかりと大きい目を睜いて、臥しながら耳を引立てた。(中略)鶯の声が段々遠ざかつて、懵(うと)々
04-07 00:05
@sinprep 古井由吉の「鶯の夢」に、鶯の鳴き声は「明瞭な声であるのに、人は二度聞くまでは得心の顔をしない」とありますが、まったくその通りだと思います。
アイコンはヒルシュビーゲルですね。お好きなんですか。
04-06 20:38
時期は少しずれますが、雨後の朝靄に鶯の高音(たかね)が響き渡った今朝の風情に似ています。
04-06 16:37
煙ぶりて、青きもの紅きもの、鳶色なるものなど著しく木芽ふきて眼さむる心地す、
鶯の雨にめげざる高音かな
拳大の庭も木芽や今朝の雨
春雨の隣をきけば小唄かな
のそれも長閑し。〉
徳田秋聲「寸山尺水」(「文芸倶楽部」明治32年7月)
04-06 16:37
〈常は寝坊の如何にしたりけむ、珍しくも朝早くに目のさめたるに、春雨そぼふりて、車井戸の水汲む音遠く瓶に挟たる梅の煤気色になりたるが、二片三片机上に散りて、まだうとゝゝと覚めはてざる夢心地耳に、連りに聞ゆるは、藪蔭にうつろひそめし梅を求めてなく鶯なり。雨戸繰あくれば広からぬ庭の
04-06 16:36
今朝は家の近くで鶯が鳴いていました。珍しい。
04-06 06:18
こちらもGoogleブックスの検索結果ですが、
「此間米價は物價に伴ふて變動してゐるが十二月で下止り」
(全国取引所同盟聯合会米穀部幹事会『米穀法に関する参考資料』昭和3年11月)
もっとも、たしかに「普通の人は日常的に使わな」かった言葉かも知れません。
04-06 01:33
小谷野先生の4月2日のブログにある「下止る」の用例は、戦前にもないことはなさそうですね。
「(諸株は)好材料出現を機に投一巡旁々下止り」(『支那事変と本邦経済事情(第五輯)昭和十四年七月―十二月』陸軍経理学校研究部、昭和16年2月)
https://t.co/D8aUJIiBQc
04-06 01:32
関係ないですが、河盛好蔵がレコード鑑賞会で徳田秋聲と居合わせたことがあり、音楽が始まってるのに秋聲がペチャクチャ話をするので迷惑した、という話がありまして。
04-05 16:10
私は音楽が大好きだけど、読書や書き物してる時にながら聴きはしません。特にオペラとか歌曲など、歌詞や台詞が気になって絶対に無理。
04-05 15:37
暑っ。。。汗ばむわ。
04-04 21:54
昨夕は夜半に嵐の吹かぬものかはと諦めてましたが、思いのほか晴れて、花見に訪れる家族連れで賑わっています。うちの近所の桜も満開です。
04-04 14:23
「今年はこゝで二度目の花見だ。」岩辻がさう言つて、その頃照子とも往来(ゆきき)するやうになつた夫人の松子や師匠などを引張つて来て、好きな琴などを弾きながら一日遊んでゐた、上野の花の盛が夢のやうに過ぎて、」
徳田秋聲『奔流』十
04-04 14:19
「高嶺の桜は暁風に吹かれて紛々と空に時ならぬ雪を舞はし、何処かの遅き雪解水は平原の左手を流るゝ小川の水嵩を増して、見渡す限り新緑燃ゆるが如き、暁の色の美(うるはし)きに、」
徳田秋聲『三つ巴』(二)
04-04 14:19
@zinofrancescatt ザリガニの「ざり」は、「ゐざり」、または「しさり(あとずさり)」から来ているのでは。
04-04 02:02
鎌田慧『椎の若葉に光あれ 葛西善蔵の生涯』(岩波現代文庫)で「徳田秋声の『仮装人物』が『仮装行列』になって」いるとのご指摘がありました。
https://t.co/4GjWQ0kLMb
「このころ、五八歳になっていた秋声は、のちに『仮装行列』に葉子として登場する山田順子に」云々。
04-04 00:56
#私がTwitter辞めるって言った時のみんなの反応は最近保存した画像16番目
http://t.co/sY6eI7j3qT
04-03 23:52
@moji_ka ただし、仏語字幕が « va te faire foutre »、英語では "drop dead" なので、ふつうの欧米人はその仕掛けに気付かないでしょうね。
04-03 20:32
@moji_ka 恐縮です。この書き置きが、トリュフォーとゴダールの手がけた « à bout de souffle » の邦題と同じ言葉であることに映画好きの日本人であれば瞬時に気付いてニヤリとするわけですね。
04-03 20:27
『仮装行列』に手を敲いて笑いました。
04-03 19:27
RT @moji_ka: 北村ひろ子「内田百閒と徳田秋声 一人称小説と私小説」『文芸学序説』創文社、1993年、172頁。誤字かどうかも疑うくらい清々しい誤字を見た。
http://t.co/eng9XQ1wAD
04-03 19:23
フランソワ・トリュフォーの《家庭(Domicile conjugal)》 #エアリプ
04-03 14:40
これもモレルによる、同時期のゴーゴリの肖像(Н. В. Гоголь, Портрет работы Ф. Мюллера, 1840-е)。他にも同じ画家による肖像画がありますが、この2枚が実物にもっとも近いような気がします。
http://t.co/iZtpijfAEh
04-02 23:48
晩年の痩せ細ったゴーゴリと面会したトゥルゲーネフは、その10年前(1841年)にアヴドーチャ・エラーギナ(1789-1877)の邸で会ったときのゴーゴリは、まだ小柄で小太りの小ロシア人だった、と回想しています(『文学と人生の回想』)。この肖像は丸々と太っていた頃のゴーゴリ。
04-02 23:18
本日はニコライ・ゴーゴリ(Николай Васильевич Гоголь, 1809年4月1日(ユリウス暦3月20日)-1852年3月4日)の生誕日です。肖像はモレル(Фёдор Антонович Моллер)筆、1840年代
http://t.co/DXk5gfRouW
04-01 21:22
ほのぼのと月はのぼりて、
しばらくもとどまらず、
おもむろに空を行くなり、
かたはらの星一つ二つも。
『コウルリヂ詩選』斎藤勇、大和資雄 訳 岩波文庫
04-01 00:29
座敷牢しつらひて引留め給ふ程に、花ちりて小簾に若楓の影そよぎそむる頃、常の状にかへり給ふ、恋にやありけむ、花時の熱にや冒され給ひけむ、
行春や錠取はづす座敷牢」
徳田秋聲「寸山尺水」(「文芸倶楽部」明治32年7月)
03-31 22:42
「やんごとなき姫の、下萌の頃すぎて春の花綻びそむる頃より、物に驚きたまひて、ふと心の狂ひ出でけるより、花の木陰にもうたひ給はず、おぼろ月夜のおもしろき夜にも琴奏づる事もあらで、をりゝゝは素足のまゝにて、春の月の巷に狂ひ、春風に白歯を剥出して物凄く笑ひまた罵ること幾度にもなりぬ。
03-31 22:36
今日はほんとにいいお天気で、お花見日和でしたね。夜も暖かいし花見客で賑わっています。
03-31 22:22
〈『よくまあ、桜が咲いたことね。お庭で可なりのお花見が出来さうだわね。』
『然やうでございますよ。皆さん今日は、お花見なんで御座いますよ。』
『おや然うかい、それで御隠居様は入らつしやらなかつたの。』
『いゝえ、花よりか団子だと仰いまして。』〉
徳田秋聲『見え坊』より。
03-31 22:19
「少しも気持に落着きがなく、さうして多かれ少かれ惨めな我々は、絶えず次の一時間を待ち、次の一日を待ち、次の一年を待つ。果ては次の一生が欲しくなるのだ。…生活らしい生活をせずに暮した、だから何時か生活らしい生活をするだらうといふ。」
セナンクール『オーベルマン』第44信、市原豊太訳
03-31 02:53
@zinofrancescatt 牛乳が飲まれるようになったのは、東京市内では明治10年ごろからですが、そのころはまだ牛乳と書いて「ウシノチチ」とルビが振ってあったり、「牛の乳」と書くことが多かったようですね(ずっとあとの森鷗外なども)。語感が変わったのはいつごろでしょうね。
03-31 01:16
Author:亀井麻美
kamei asami
德田秋聲,徳田秋声,德田秋声
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
---|---|---|---|---|---|---|
- | - | - | 1 | 2 | 3 | 4 |
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 | 29 | 30 | - | - |