【劇場漫才師の流儀】(334) バッテリィズ
「全部、聞き取れたのに!」――おもろかったなぁ。今、思い出してもニヤッとしてしまいます。昨年の話になりますが、『M-1グランプリ』で2位になった『バッテリィズ』の1本目の〈偉人の名言〉というネタに、そんなフレーズが出てくるんです。
ツッコミ役の寺家君が名言について丁寧に説明するんやけど、ボケ役のエース君の頭の中に言葉は入っても文章の意味がわからず、思わず「全部、聞き取れたのに!」と叫んでしまう。エース君の存在は数年前に大阪のテレビで見て知っていました。「人が良さそうでええなぁ」って。つくられていない感じがいいですよね。
それにしても、バッテリィズが1本目で1位になった時は優勝すると思いましたね。だからこそ、2本目の〈世界遺産〉というネタはもったいなかったなぁ。これはあくまで僕の考えなんやけど、もっとエース君にボケ絡みをしてもらいたかった。“サグラダファミリア”って単語が出てきたら「桜田淳子の家族か?」とか、くだらない返しでいいので。
1本目の〈偉人の名言〉では、寺家君の言葉にエース君が一々噛みついてたんです。“ライト兄弟”という言葉が出たら「守備が下手そうな兄弟やな」とか、“ガリレオ・ガリレイ”の名前に対しては「細そう過ぎるやろ。名前に“ガリ”2つはきついぞ」とか。だから、2本目も寺家君にエース君が絡むのをお客さんが期待してしまったと思うんです。「世界遺産の名前に何てボケてくれるのかな?」って。“タージ・マハル”の時も「うちの近所の田島ハルさんのことか?」とか何でもいいから、もっと絡んでほしかった。
とはいえ、バッテリィズは今年以降もまだまだチャンスはあるのでね。この前、ある劇場でエース君が遅刻したかなんかで、その代役として『ネイビーズアフロ』のみながわ君が急遽、寺家君の相方を務めたことがあったんです。これがまた面白くてね。みながわ君は神戸大学出身で物知りですから、寺家君が偉人の名言について説明すると、みながわ君がそれを上回る説明を返すんです。
賢いキャラの寺家君がみながわ君にマウントを取られてオタオタしてしまうという、新しい形になっていました。あの漫才、また見たいなぁ。今後、エース君がどんどん賢くなっていく――というのもありかも。寺家君が何を振っても「もう知っとるわ」とかね。
最近は頭を使って、よう聞いていないとわからなくなってしまう漫才が増えたでしょ。詰め込み過ぎなところもあったりね。気持ちはわからなくもないんです。僕らも若い頃、どんどんテンポが速くなってしまってね、ある師匠に「そんなにポンポン進めたら、お客さんが笑われへんで。笑い待ちをしなさい」って注意されたことがありました。
そこへいくと、やっぱり気楽に聞けて、子供も年配の人もバカ笑いできてしまう漫才はええなぁ。漫才も“シンプル・イズ・ベスト”なのかも。今回、バッテリィズが脚光を浴びたことで、また少しM-1の流れも変わるかもしれませんね。 (聞き手・構成/ノンフィクションライター 中村計)
オール巨人(おーる・きょじん) 漫才コンビ『オール阪神・巨人』のボケ担当。1951年、大阪府生まれ。大阪商業高校卒業後、1974年7月に『吉本新喜劇』の岡八朗に弟子入り。翌1975年4月に素人演芸番組の常連だったオール阪神とコンビを結成。正統派漫才師として不動の地位を保つ。著書に『師弟 吉本新喜劇・岡八朗師匠と歩んだ31年』・『さいなら!C型肝炎 漫才師として舞台に立ちながら、治療に挑んだ500日の記録』(ワニブックス)。近著に『漫才論 僕が出会った素晴らしき芸人たち』(ヨシモトブックス)。
2025年3月10日号掲載
ツッコミ役の寺家君が名言について丁寧に説明するんやけど、ボケ役のエース君の頭の中に言葉は入っても文章の意味がわからず、思わず「全部、聞き取れたのに!」と叫んでしまう。エース君の存在は数年前に大阪のテレビで見て知っていました。「人が良さそうでええなぁ」って。つくられていない感じがいいですよね。
それにしても、バッテリィズが1本目で1位になった時は優勝すると思いましたね。だからこそ、2本目の〈世界遺産〉というネタはもったいなかったなぁ。これはあくまで僕の考えなんやけど、もっとエース君にボケ絡みをしてもらいたかった。“サグラダファミリア”って単語が出てきたら「桜田淳子の家族か?」とか、くだらない返しでいいので。
1本目の〈偉人の名言〉では、寺家君の言葉にエース君が一々噛みついてたんです。“ライト兄弟”という言葉が出たら「守備が下手そうな兄弟やな」とか、“ガリレオ・ガリレイ”の名前に対しては「細そう過ぎるやろ。名前に“ガリ”2つはきついぞ」とか。だから、2本目も寺家君にエース君が絡むのをお客さんが期待してしまったと思うんです。「世界遺産の名前に何てボケてくれるのかな?」って。“タージ・マハル”の時も「うちの近所の田島ハルさんのことか?」とか何でもいいから、もっと絡んでほしかった。
とはいえ、バッテリィズは今年以降もまだまだチャンスはあるのでね。この前、ある劇場でエース君が遅刻したかなんかで、その代役として『ネイビーズアフロ』のみながわ君が急遽、寺家君の相方を務めたことがあったんです。これがまた面白くてね。みながわ君は神戸大学出身で物知りですから、寺家君が偉人の名言について説明すると、みながわ君がそれを上回る説明を返すんです。
賢いキャラの寺家君がみながわ君にマウントを取られてオタオタしてしまうという、新しい形になっていました。あの漫才、また見たいなぁ。今後、エース君がどんどん賢くなっていく――というのもありかも。寺家君が何を振っても「もう知っとるわ」とかね。
最近は頭を使って、よう聞いていないとわからなくなってしまう漫才が増えたでしょ。詰め込み過ぎなところもあったりね。気持ちはわからなくもないんです。僕らも若い頃、どんどんテンポが速くなってしまってね、ある師匠に「そんなにポンポン進めたら、お客さんが笑われへんで。笑い待ちをしなさい」って注意されたことがありました。
そこへいくと、やっぱり気楽に聞けて、子供も年配の人もバカ笑いできてしまう漫才はええなぁ。漫才も“シンプル・イズ・ベスト”なのかも。今回、バッテリィズが脚光を浴びたことで、また少しM-1の流れも変わるかもしれませんね。 (聞き手・構成/ノンフィクションライター 中村計)
オール巨人(おーる・きょじん) 漫才コンビ『オール阪神・巨人』のボケ担当。1951年、大阪府生まれ。大阪商業高校卒業後、1974年7月に『吉本新喜劇』の岡八朗に弟子入り。翌1975年4月に素人演芸番組の常連だったオール阪神とコンビを結成。正統派漫才師として不動の地位を保つ。著書に『師弟 吉本新喜劇・岡八朗師匠と歩んだ31年』・『さいなら!C型肝炎 漫才師として舞台に立ちながら、治療に挑んだ500日の記録』(ワニブックス)。近著に『漫才論 僕が出会った素晴らしき芸人たち』(ヨシモトブックス)。
