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Category : 未分類
アレの「おなか痛いから政権投げ出すよ」に「ご苦労さま」だの言ってるアレのヨイショ連がいるけどね。
まあ、ソ連でも似たようなことあったらしい。スターリンが死んだときもロシア人のボンクラ連は「これから私達は誰に導いて貰えば」と人前で嘆き悲しむ言動をしたということだ。まともな人は「処刑人が死んだぞ」でバンザイなんだけどねえ。
馴致されて「体制擁護してりゃいい」の行動原理が染み付いて、それが内面まで組み込まれりゃそうなるんだろうね。
北の指導者が死んだときみたいにホントに涙流して嘆き悲しんでいるのもいるんじゃないの。アレを名宰相とか言っているうちに本当に自分でもそう思い込んでいるヨイショ連は多そうだし。
あとは潜水艦艦名の記事を書きました。『潜水艦に瑞祥動物は不向き』です。漢語艦名は向いていないといった内容です。
https://japan-indepth.jp/?p=53493
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200828-00010001-jindepth-pol
例によってヤフコメはヤフコメの反応をしている。まあ読み物で大した主張でもないのだがねえ。
オフィシャルの決めた命名規則に文句言うのが気に食わないんだろう。
これは尊敬する瀬川深さんのいう「ネットイナゴの頭がフットーするスコア表[中略]主張が・日本政府の施策と異なる +3」なのだろう。
まあ、ソ連でも似たようなことあったらしい。スターリンが死んだときもロシア人のボンクラ連は「これから私達は誰に導いて貰えば」と人前で嘆き悲しむ言動をしたということだ。まともな人は「処刑人が死んだぞ」でバンザイなんだけどねえ。
馴致されて「体制擁護してりゃいい」の行動原理が染み付いて、それが内面まで組み込まれりゃそうなるんだろうね。
北の指導者が死んだときみたいにホントに涙流して嘆き悲しんでいるのもいるんじゃないの。アレを名宰相とか言っているうちに本当に自分でもそう思い込んでいるヨイショ連は多そうだし。
あとは潜水艦艦名の記事を書きました。『潜水艦に瑞祥動物は不向き』です。漢語艦名は向いていないといった内容です。
https://japan-indepth.jp/?p=53493
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200828-00010001-jindepth-pol
例によってヤフコメはヤフコメの反応をしている。まあ読み物で大した主張でもないのだがねえ。
オフィシャルの決めた命名規則に文句言うのが気に食わないんだろう。
これは尊敬する瀬川深さんのいう「ネットイナゴの頭がフットーするスコア表[中略]主張が・日本政府の施策と異なる +3」なのだろう。
瀬川深 Segawa Shin@segawashin
ネットイナゴの頭がフットーするスコア表。5点以上で執拗なバッシングを始めます。
発言者が
・女性 +4
・若い +4
・日本人ではない(外見含む) +3
主張が
・日本政府の施策と異なる +3
・現状の問題点を指摘する +3
・前例がない +2
・難しい判断を含む +2
・少数派の意見を代弁している +2
https://twitter.com/segawashin/status/1299190075230568448
Category : 未分類
電力総連が新党を支持しないという。産経だが「電力総連、立民主導の合流新党不支持へ」を記事化している。
これは脅しにも何にもならないものではないか?
既存電力は衰退産業である。国内炭鉱や蚕糸のようなものでまず先はない。
その産業に支持されない。それを政党が苦にするだろうかということだ。
逆に電力セクターが影響力を失うだけの結果に終わる。
今までは労組を介することで野党にも影響力を果たしていた。何人かの議員が当選し何人かに献金することで野党の原発政策にも影響力を与えていた。
それがなくなるのである。それからすれば電力セクターにとっての損でしかないということだ。*
なにかに似ているといえば、アレ政権の北朝鮮との関係引き上げである。北朝鮮に圧力を加えると称して送金や人的往来を止めたアレだ。
結果、日本は北朝鮮への影響力を失った。制約しうるオプションをすべて失いさらには交渉チャンネルすら喪失した。その後、日朝の隔たりを埋めるフィラーとして政府がアントニオ猪木に期待し仲介依頼に至ったことは記憶に新しい。
* まー、原発廃止が進んでいいんじゃないかな。今までは民主党系では電力労連出身が獅子身中の虫となり明快な政策をだせないでいた。それがいなくなればノビノビとした原発廃止政策が取れるだろうし支持も集まりやすくなるわけだ。だいたい保守も含めて「いまさら原発はない」と考えている時節だからね。
これは脅しにも何にもならないものではないか?
既存電力は衰退産業である。国内炭鉱や蚕糸のようなものでまず先はない。
その産業に支持されない。それを政党が苦にするだろうかということだ。
逆に電力セクターが影響力を失うだけの結果に終わる。
今までは労組を介することで野党にも影響力を果たしていた。何人かの議員が当選し何人かに献金することで野党の原発政策にも影響力を与えていた。
それがなくなるのである。それからすれば電力セクターにとっての損でしかないということだ。*
なにかに似ているといえば、アレ政権の北朝鮮との関係引き上げである。北朝鮮に圧力を加えると称して送金や人的往来を止めたアレだ。
結果、日本は北朝鮮への影響力を失った。制約しうるオプションをすべて失いさらには交渉チャンネルすら喪失した。その後、日朝の隔たりを埋めるフィラーとして政府がアントニオ猪木に期待し仲介依頼に至ったことは記憶に新しい。
* まー、原発廃止が進んでいいんじゃないかな。今までは民主党系では電力労連出身が獅子身中の虫となり明快な政策をだせないでいた。それがいなくなればノビノビとした原発廃止政策が取れるだろうし支持も集まりやすくなるわけだ。だいたい保守も含めて「いまさら原発はない」と考えている時節だからね。
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「安全保障でアメリカの特定の大学に行って帰ってきてすぐにテニュアを得たやつの主張って『日米同盟は大事』だけで何の新しい発見もないので読む価値ないよね」(大意)といった文章を金曜日に国会図書館で読んだ。
白井聡『戦後政治を終わらせる -永続敗戦の、その先へ』(NHK出版、2016年)の一節である。買い落としていたので帰りしなに本屋を回って見つけて買った。
まあ顔が浮かぶよね。
故人なら岡崎久彦さん。まあこの人はそれっぽく扱われていたけど書いてあること読むと「日米同盟は永遠に続くべきである」(白井)しかない。なんでそうなるのか、その部分をよく読むとまずは宗教的確信でしかなかった。
生きている有象無象もいくらでも挙げられるね。国際政治とか安全保障とか自称している方々で、経歴にジョージタウン大学とかハドソン研究所が入っているあたり。だいたい就職先も似たようなものになっている。
その中身もまあ「日米同盟は永遠に続くべきである」(白井)の亜流しかない。最近だとファイブアイズだのインテリジェンスだのといったアレだし香港や台湾問題で「法の支配」の陣営がみたいなアレかね。日本にとってその選択は得なのかどうか境界線上で微妙な部分なんだけどなぜか連中はガン推ししているあれだ。
まあ身過ぎ世過ぎなんだろう。「日米同盟永遠論に与すれば得点が得られる」とみている。だから「「ファイブアイズは『日米同盟永遠論に寄与する』ように見えるからたぶん正解で賛成」なんだろうねえ。あるいは宗教的確信かね。
ちなみに、あの連中はどこぞで安全保障政策の実務やっている連中にはあんまし信用はされていない。生きている有象無象についても「この経歴ってテニュアのための職業訓練だからねえ」と一蹴されている。何故か安全保障分野だけはテニュア獲得の実績がある日本の大学・大学院を出ていて、その後がジョージタウンとハドソンだとね。*
ただ、現状では風見鶏的に利用はしている様子である。日本政治が永続敗戦論(この言葉も左っぽいから連中で使う人はいないけど)的構造にあって政権との方向性から影響力がある。だから政策にはその方向の力がかかっている。だからそれを利用するんだみたいな感じね。
* 「あの大学系統の安全保障の人って『コーネルとかフランス東洋学院でアジアの地域研究しました』みたいな人っていないよね、世間の大学で国際関係とかでテニュアとる本筋ってそっちなのに」みたいな話をしたことを覚えている
白井聡『戦後政治を終わらせる -永続敗戦の、その先へ』(NHK出版、2016年)の一節である。買い落としていたので帰りしなに本屋を回って見つけて買った。
アメリカにおける国際関係論とはどういう学問なのか。これは「アメリカの国益を最大化するためにはどうするべきかを考える学問」と明快に定義されています。[中略]日本人がアメリカに行って、この分野で学位を取り、当地の人脈を作り、そして帰国後に日本の大学や研究機関で職を得て、講義や教育、あるいは政府の政策に助言をしたりする。[中略]
なぜわれわれが、国際政治学者の本を見るとき、学歴経歴から見るのか、察しがつくでしょう。[中略]つまりある国際政治学者のアメリカ滞在歴が長く、帰国後にあっという間に良いポストに就職しているというような場合、その著書の主張は「日米同盟は永遠に続くべきである」というものであると、見当がつくのです。そのような結論ありきで書かれた書物に、当然知的緊張はありません。(白井,pp.104-105)
まあ顔が浮かぶよね。
故人なら岡崎久彦さん。まあこの人はそれっぽく扱われていたけど書いてあること読むと「日米同盟は永遠に続くべきである」(白井)しかない。なんでそうなるのか、その部分をよく読むとまずは宗教的確信でしかなかった。
生きている有象無象もいくらでも挙げられるね。国際政治とか安全保障とか自称している方々で、経歴にジョージタウン大学とかハドソン研究所が入っているあたり。だいたい就職先も似たようなものになっている。
その中身もまあ「日米同盟は永遠に続くべきである」(白井)の亜流しかない。最近だとファイブアイズだのインテリジェンスだのといったアレだし香港や台湾問題で「法の支配」の陣営がみたいなアレかね。日本にとってその選択は得なのかどうか境界線上で微妙な部分なんだけどなぜか連中はガン推ししているあれだ。
まあ身過ぎ世過ぎなんだろう。「日米同盟永遠論に与すれば得点が得られる」とみている。だから「「ファイブアイズは『日米同盟永遠論に寄与する』ように見えるからたぶん正解で賛成」なんだろうねえ。あるいは宗教的確信かね。
ちなみに、あの連中はどこぞで安全保障政策の実務やっている連中にはあんまし信用はされていない。生きている有象無象についても「この経歴ってテニュアのための職業訓練だからねえ」と一蹴されている。何故か安全保障分野だけはテニュア獲得の実績がある日本の大学・大学院を出ていて、その後がジョージタウンとハドソンだとね。*
ただ、現状では風見鶏的に利用はしている様子である。日本政治が永続敗戦論(この言葉も左っぽいから連中で使う人はいないけど)的構造にあって政権との方向性から影響力がある。だから政策にはその方向の力がかかっている。だからそれを利用するんだみたいな感じね。
* 「あの大学系統の安全保障の人って『コーネルとかフランス東洋学院でアジアの地域研究しました』みたいな人っていないよね、世間の大学で国際関係とかでテニュアとる本筋ってそっちなのに」みたいな話をしたことを覚えている
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今年も8月15日。終戦の日が来ます。土曜日にはTBSラジオで亡くなられた秋山ちえ子の『かわいそうなしゃち』の朗読が始まりました。
昭和の御聖代に小学校教育を受けた人はみんな知っています。毎年、あの暑い夏の一日の記念日に、秋山ちえ子は戦争を語り継ぐため、相模湾、江ノ島での悲劇を朗読をします。
戦争中に起きたぞうやライオンやヒョウのお話はご存知でしょう。ジョージもそのような動物の一匹です。
軍隊は戦争にシャチをつかおうとしました。アメリカの潜水艦に体当りして沈めよう。そう考えたのです。動物園のジョーイは秘匿名称オルカ金物とされました。生物爆雷として潜水艦に体当たりするように条件付けをされたのです。
ただ、ジョーイは戦争にいきませんでした。負け続けた日本にはシャチを南方まで連れて行く船がなくなったのです。役立たずになったジョーイは江ノ島にある生育った水族館に留め置かれました。そして毎日近くの海で遊んでは帰ってくるといったように、ノンビリ過ごしていました。
でも戦争は内地まで近づいてしまいました。すでに特攻隊は何遍も何遍も飛び立っていました。そして内地でも空襲が始まっていました。
食べ物も足りなくなっていました。みんなは毎日おなかをすかしていました。そして食べ物を食べられずに餓え死にしてしまう人もでてきました。
このままではジョーイを飼い続けることは出来ません。シャチは1日に10貫目20貫目の魚を食べてしまうのです。これは人間一人がが1日に食べる魚の100倍や200倍です。その魚がアレば100人も200人もの人が助かるのです。
ついに県知事から「ジョーイを殺しなさい」という命令が出てしまったのです。
水族館ではジョーイに毒薬を注射しようとします。
でも針は海獣の厚い皮を通さずポキリと折れてしまいます。
大好きな魚に毒の入れて与えようとしました。でも知能の高いジョーイはそれを見抜いてしまいます。
シャチ使いの長谷川さんは命令に逆らうことを承知でジョーイを逃しました。外房の沖まで送りました。でも水族館で育ったジョーイは餌を自分でとれません。自然の海では生きていけません。そしてとても賢い動物なので江ノ島まで帰ってきてしまうのです。
生まれ育ったプールに戻して欲しいジョーイは水族館の前で芸をします。飛び上がって回転したり、上半身を水上に突き出してみたり、逆立ちをして尻尾を立ててみたり。飼育員さんを鼻先に乗せようとしたりして、ほめてもらおうとするのです。
それを見ていたみんなは銃殺や干上げて殺すことはとてもできない。プールで餓死させるしかないだろうと決めました。
しかし、そんなことを知るジョーイではありません。よい芸を見せれば今まで育ててくれた人間が餌をくれるものと信じています。芸をすれば体力が奪われてしまうというのに。
そして、ジョーイはどんどん弱っていってしまいました。見事な流線型の体は脂肪が減ってあばら骨が出てしまいました。ほとんど衰弱して、ただ浮かぶだけになってしまいますが、長谷川さんを見つけるとあの綺麗で澄んだ眼で見つめて、餌を貰おうと芸をみせようとするのです。
長谷川さんはもう我慢はできません。ついに食料のサバやイワシをジョーイに分けてしまいました。貴重な燃料を使って、しかも漁船も逼迫したので汚穢船を転用した支援船で手に入れた貴重な食料です。「ジョーイ、腹が減ったろう、おいしいか、おいしいか」と食べさせてしまいました。
他の飼育員のおじさんたちは何もいえませんでした。所長も、大学の人も、ポンドを間借りしている海軍の人たちもみんな黙って見ないふりをしていました。
中には涙を流している人もいました。みんなが長谷川さんの実の子供と同じと知っていたからです。長谷川さんの幼い息子が亡くなったその日に、ジョーイのお母さんシャチがお産で死にました。それを自分の子供のように育てたのを知っているからです。
みんなその晩に話し合いをしました。「ジョーイを殺すことなんかできない」「心を鬼にしてプールからジョーイを追い出そう。銛でついてもいい、音でいじめてもいい、普通のシャチとは違う体になってしまったけれども、外に出れば、お腹が空けばいつかは魚を食べるだろう。」
でも、海軍の人は申し訳なさそうに口を開きました。「ジョーイが三浦半島に住み着いてしまったら、特攻隊の若い人を殺してしまうかもしれません」
戦争は過酷でした。特攻隊は東京のすぐそばまできていました。相模湾の近くにある三浦半島でまで用意されていたのです。そして、毎日、アメリカの軍艦に体当りする訓練をしていたのです。
特攻隊の人たちはとてもとても小さな潜水艇に乗っていました。条件づけされたジョーイがぶつかるだけでひっくり返ってしまううような金物です。そして一度倒れると二度と浮かび上がらなくなってしまうかもしれないのです。
飼育員のみんなも黙ってしまいました。実は戦争がどうなっているか、軍隊の方針がどうであるのかということは誰の頭にもありませんでした。でも、みんなは特攻隊の自分の子供のような年齢の兵隊さんの身の上を思うとなんともいえませんでした。兵隊さんたちは水族館の近くの横須賀や辻堂に住んでいます。そして上陸日には鎌倉や江ノ島に遊びにきていました。ジョーイの芸を楽しみに見に来ていたくらいですからなおさらです。
予備学生のなかには学生時代の研究で水族館に通っていた人もいました。分隊士になって帰ってきた学生さんは予科練繰り上げの、まだニキビが残る下士官を連れて遊びに来ました。そして彼らジョーイの鼻先に乗せてやれるように懇願しました。下士官も軍服を着ながらジョーイの鼻や背に乗って無邪気に喜んで、貴重品になった特別配給のお菓子をジョーイに食べさせようとしたりしているのも見ていました。
その兵隊さんが乗る潜水艇はあぶない乗り物でした。ちょっと事故を起こせば沈んだままになってしまうのです。そのまま殉職してしまうことも知っていました。みんなは、もう若い人が、訓練で死ぬのはやりきれないです。
長谷川さんが口を開きました。「もう、ジョーイには何の餌もやらない」みんなは、下をうつむいて何も離しませんでした。ただただ、長谷川さんを囲んで味のしない理研酒をまわし飲むだけでした。
それから10幾日たった暑い日の午前中にジョーイは死にました。ブールの隅に体をよりかけてバンザイの芸をしながら死にました。せめて綺麗な体で埋めてあげようと、一端引き上げて爆雷取付具や安全尖外しを取り除き、ガスが堪って膨れたお腹を開いたとき、本当は風呂桶のように大きなジョーイの胃袋は湯たんぽの大きさまでしぼんでいたそうです。
その日は8月15日でした。
いまでもジョーイの命日では鎌倉建長寺で慰霊祭が行われるそうです。
『かわいそうなしゃち』でした。
それではみなさん、ごきげんよう。
2009年夏『瀛報』(ようほう)29号のまえがきから、一部修正。
参考
谷甲州「ジョーイ・オルカ」『星の墓標』(東京,早川書房,1987)
秋山ちえ子 朗読 土家由岐雄「かわいそうなぞう」『大沢悠里のゆうゆうワイド土曜日版』2020年8月15日(TBSラジオ)15時09分ころから
昭和の御聖代に小学校教育を受けた人はみんな知っています。毎年、あの暑い夏の一日の記念日に、秋山ちえ子は戦争を語り継ぐため、相模湾、江ノ島での悲劇を朗読をします。
戦争中に起きたぞうやライオンやヒョウのお話はご存知でしょう。ジョージもそのような動物の一匹です。
軍隊は戦争にシャチをつかおうとしました。アメリカの潜水艦に体当りして沈めよう。そう考えたのです。動物園のジョーイは秘匿名称オルカ金物とされました。生物爆雷として潜水艦に体当たりするように条件付けをされたのです。
ただ、ジョーイは戦争にいきませんでした。負け続けた日本にはシャチを南方まで連れて行く船がなくなったのです。役立たずになったジョーイは江ノ島にある生育った水族館に留め置かれました。そして毎日近くの海で遊んでは帰ってくるといったように、ノンビリ過ごしていました。
でも戦争は内地まで近づいてしまいました。すでに特攻隊は何遍も何遍も飛び立っていました。そして内地でも空襲が始まっていました。
食べ物も足りなくなっていました。みんなは毎日おなかをすかしていました。そして食べ物を食べられずに餓え死にしてしまう人もでてきました。
このままではジョーイを飼い続けることは出来ません。シャチは1日に10貫目20貫目の魚を食べてしまうのです。これは人間一人がが1日に食べる魚の100倍や200倍です。その魚がアレば100人も200人もの人が助かるのです。
ついに県知事から「ジョーイを殺しなさい」という命令が出てしまったのです。
水族館ではジョーイに毒薬を注射しようとします。
でも針は海獣の厚い皮を通さずポキリと折れてしまいます。
大好きな魚に毒の入れて与えようとしました。でも知能の高いジョーイはそれを見抜いてしまいます。
シャチ使いの長谷川さんは命令に逆らうことを承知でジョーイを逃しました。外房の沖まで送りました。でも水族館で育ったジョーイは餌を自分でとれません。自然の海では生きていけません。そしてとても賢い動物なので江ノ島まで帰ってきてしまうのです。
生まれ育ったプールに戻して欲しいジョーイは水族館の前で芸をします。飛び上がって回転したり、上半身を水上に突き出してみたり、逆立ちをして尻尾を立ててみたり。飼育員さんを鼻先に乗せようとしたりして、ほめてもらおうとするのです。
それを見ていたみんなは銃殺や干上げて殺すことはとてもできない。プールで餓死させるしかないだろうと決めました。
しかし、そんなことを知るジョーイではありません。よい芸を見せれば今まで育ててくれた人間が餌をくれるものと信じています。芸をすれば体力が奪われてしまうというのに。
そして、ジョーイはどんどん弱っていってしまいました。見事な流線型の体は脂肪が減ってあばら骨が出てしまいました。ほとんど衰弱して、ただ浮かぶだけになってしまいますが、長谷川さんを見つけるとあの綺麗で澄んだ眼で見つめて、餌を貰おうと芸をみせようとするのです。
長谷川さんはもう我慢はできません。ついに食料のサバやイワシをジョーイに分けてしまいました。貴重な燃料を使って、しかも漁船も逼迫したので汚穢船を転用した支援船で手に入れた貴重な食料です。「ジョーイ、腹が減ったろう、おいしいか、おいしいか」と食べさせてしまいました。
他の飼育員のおじさんたちは何もいえませんでした。所長も、大学の人も、ポンドを間借りしている海軍の人たちもみんな黙って見ないふりをしていました。
中には涙を流している人もいました。みんなが長谷川さんの実の子供と同じと知っていたからです。長谷川さんの幼い息子が亡くなったその日に、ジョーイのお母さんシャチがお産で死にました。それを自分の子供のように育てたのを知っているからです。
みんなその晩に話し合いをしました。「ジョーイを殺すことなんかできない」「心を鬼にしてプールからジョーイを追い出そう。銛でついてもいい、音でいじめてもいい、普通のシャチとは違う体になってしまったけれども、外に出れば、お腹が空けばいつかは魚を食べるだろう。」
でも、海軍の人は申し訳なさそうに口を開きました。「ジョーイが三浦半島に住み着いてしまったら、特攻隊の若い人を殺してしまうかもしれません」
戦争は過酷でした。特攻隊は東京のすぐそばまできていました。相模湾の近くにある三浦半島でまで用意されていたのです。そして、毎日、アメリカの軍艦に体当りする訓練をしていたのです。
特攻隊の人たちはとてもとても小さな潜水艇に乗っていました。条件づけされたジョーイがぶつかるだけでひっくり返ってしまううような金物です。そして一度倒れると二度と浮かび上がらなくなってしまうかもしれないのです。
飼育員のみんなも黙ってしまいました。実は戦争がどうなっているか、軍隊の方針がどうであるのかということは誰の頭にもありませんでした。でも、みんなは特攻隊の自分の子供のような年齢の兵隊さんの身の上を思うとなんともいえませんでした。兵隊さんたちは水族館の近くの横須賀や辻堂に住んでいます。そして上陸日には鎌倉や江ノ島に遊びにきていました。ジョーイの芸を楽しみに見に来ていたくらいですからなおさらです。
予備学生のなかには学生時代の研究で水族館に通っていた人もいました。分隊士になって帰ってきた学生さんは予科練繰り上げの、まだニキビが残る下士官を連れて遊びに来ました。そして彼らジョーイの鼻先に乗せてやれるように懇願しました。下士官も軍服を着ながらジョーイの鼻や背に乗って無邪気に喜んで、貴重品になった特別配給のお菓子をジョーイに食べさせようとしたりしているのも見ていました。
その兵隊さんが乗る潜水艇はあぶない乗り物でした。ちょっと事故を起こせば沈んだままになってしまうのです。そのまま殉職してしまうことも知っていました。みんなは、もう若い人が、訓練で死ぬのはやりきれないです。
長谷川さんが口を開きました。「もう、ジョーイには何の餌もやらない」みんなは、下をうつむいて何も離しませんでした。ただただ、長谷川さんを囲んで味のしない理研酒をまわし飲むだけでした。
それから10幾日たった暑い日の午前中にジョーイは死にました。ブールの隅に体をよりかけてバンザイの芸をしながら死にました。せめて綺麗な体で埋めてあげようと、一端引き上げて爆雷取付具や安全尖外しを取り除き、ガスが堪って膨れたお腹を開いたとき、本当は風呂桶のように大きなジョーイの胃袋は湯たんぽの大きさまでしぼんでいたそうです。
その日は8月15日でした。
いまでもジョーイの命日では鎌倉建長寺で慰霊祭が行われるそうです。
『かわいそうなしゃち』でした。
それではみなさん、ごきげんよう。
2009年夏『瀛報』(ようほう)29号のまえがきから、一部修正。
参考
谷甲州「ジョーイ・オルカ」『星の墓標』(東京,早川書房,1987)
秋山ちえ子 朗読 土家由岐雄「かわいそうなぞう」『大沢悠里のゆうゆうワイド土曜日版』2020年8月15日(TBSラジオ)15時09分ころから
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明日のお昼過ぎの『ゆうゆうワイド土曜日版』で「かわいそうなぞう」をやる予定という。聞かなければいけないと思うので聞く。
大本は2009年の夏コミの原稿書いているときに「『星の墓標』とぞうさんがペコペコになる話は親和性がある」とフトね。
で、それで書いたら「これは本当に会った話ですか?」と不在の時に聞かれたのこととだ。誰もが知っている話だと思ったんだけどね。どっちの話も。
今、YOUTUBEで期間限定公開しているガンダムオリジンなんだけど、アレやはりジオンの学徒出陣があると据わりはいいなと。後でドイツ軍っぽくなったけど最初のジオンは旧日本軍だからねえ。
まあ別の人が作ったアイデアだけどね。ジオンは国力乏しい国だから小銃一つ満足に統一できず兵隊同士の小銃が6.5ミリと7.7ミリであるとかね。作中に「金属ないから鍋釜溶かしてモビルスーツ作ってる」とか「ヒモ巻いて引っ張れ」とかそっちのほうが似合うなあと。
あとは落研出身の山田隆夫っぽい学徒出身の予備士官とかねえ。娯楽がないから下士官兵の前で一席ブツとか、演劇上がりがガスコンの青年隊とか言いながらブツブツ言ってるとかそんなの。
大本は2009年の夏コミの原稿書いているときに「『星の墓標』とぞうさんがペコペコになる話は親和性がある」とフトね。
で、それで書いたら「これは本当に会った話ですか?」と不在の時に聞かれたのこととだ。誰もが知っている話だと思ったんだけどね。どっちの話も。
今、YOUTUBEで期間限定公開しているガンダムオリジンなんだけど、アレやはりジオンの学徒出陣があると据わりはいいなと。後でドイツ軍っぽくなったけど最初のジオンは旧日本軍だからねえ。
まあ別の人が作ったアイデアだけどね。ジオンは国力乏しい国だから小銃一つ満足に統一できず兵隊同士の小銃が6.5ミリと7.7ミリであるとかね。作中に「金属ないから鍋釜溶かしてモビルスーツ作ってる」とか「ヒモ巻いて引っ張れ」とかそっちのほうが似合うなあと。
あとは落研出身の山田隆夫っぽい学徒出身の予備士官とかねえ。娯楽がないから下士官兵の前で一席ブツとか、演劇上がりがガスコンの青年隊とか言いながらブツブツ言ってるとかそんなの。
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コミケがない夏なんて22年ぶり。89年に初めて行って93年からサークルずっと参加している。93年以降に行かないのは98年だけ。
で、ハゼ釣りでも行こうかと思ったけど酷暑でねえ。40度とか聞くと怖くていかない
あとは最近は昔の釣り場近くの駐車場がなくなった。一つは東京水泳競技場で隣が止め放題だけどアノにくいオリンピックで潰された。もう一つは貯木場のところ、そこは駐車場どころか各種の設備も使い放題だったが今はタダの倉庫群になっちゃったからねえ。
さらに東京湾だと護岸アクセスは完全封鎖された。だから釣りが難しくなった。
仕方ないから家の中で物干し竿の改修やってる。
今までは物干し1本だった。シャワーブースと洗濯機置場の隣に洗濯物を干す専用の6畳間を作ったのだけど、今までは1間半のの物干し1本だった。だからたまに干しきらないときがあったし、完全な干しっぱなし保管も難しかった。猿股やTシャツを干したままにして着るときに収穫はたまに破綻した。
だからそれを3本にする。特に1本は天井高いっぱいにして幅手150センチの夏用掛け布団を折らないで吊るし干しできるようにしようと画策している。現状は片付けと採寸が終わったところ。
あとは吊戸棚かね。今は台所の壁の片側だけが吊戸棚になっているけど背が低いもんでやや使いにくい。だから反対側に昇降式の吊戸棚つけようかとね。アレも部品として買うと安いし施工もそんな難しくないのでまあできるでしょう。
まあ「夏コミに行かない八月」も変な感じなもんだよ。夏コミ原稿を作らない8月だとさらに伸びて28年ぶり。
98年のときは夏は遠洋航海で己は参加できなかった。まあ申込みはしておいて「かしま」の中で同人作って版下の形にしてFEDEXで日本に送って頼んでコピー本にして売ったけどね。
以降は全部出ている。夏冬は自衛隊は休暇期間中でむしろ調整しやすい。
夏は8月13日が3日目だと15日に当直立つよ、15日なら16日と18日立つよというとコミケ前10日は休みにできる。
冬は正月1日・3日当直、31日と2日当直とかにすればやっぱその前は10連休だしね。
八戸の施設班長だったときには除雪班の線表自体をコミケにあわせて作っていた。で、3冬とも除雪1班長やってたけど、1月1日から10日間くらいを除雪1・3班にしといて臨時に3班長を代行してた。そもそも休暇期間中以外は123班長とも実質全部己で雪降ったら夜から翌朝の最初の飛行まで全部詰めていたので誰も何も言わないし。むしろ正月3が日が除雪直なしで幹部には感謝されてた。
99年?の冬は31日当直士官、1日除雪当直士官、2日当直士官兼ねて除雪当直士官、3日以降も除雪当直士官だったはず。相当の上司が「連チャンで大丈夫かね、紅白でも見てるかね」と31日の夜に食い物もってきてくれたけど、そのときは基地隊会議室のプロジェクタでドリームキャストのパンツァーフロントやっているのをみて呆れられた。
でもねえ、「お前は何やってんだよ」の後でもじっと見てる。そして「オレにもやらせろで」コントローラを持つと離さない、そして「どこで売ってる?」で正月1日に買ってきて特訓したらしく2日に来て「上手くなっただろう」だったよ。
あの頃の当直(5人くらいいた)は人も多いし緊急対応と日課関連やってりゃあとは何でもいいよで、みんな当直の中で交代でワッチしているとき以外は本読んだりDVD見ていたりしてた。多分、規則上はホントはいけないはずだけど仮眠室で即時対応の構え(制服上衣を外した状態で横になって寝てる)昼寝したりするのもいた。
すごいのはプラモ作ったやつと彫金で指輪つくってたやつと篆刻で印章つくってたやつね。全部別人だけど。
確かプラモを作ったその日の当直であいだを見て事務所にもどると今後は施設の保安当直(夜とか休日の職場待機直)が私有車にロールバーはめ込んでいた。ちなみに塩ビパイプでつくったなんちゃってロールバーで朝から頑張って作ったそうだった。
保安当直みていると鉄砲で撃ってきたウリ坊を処理して半割にして鍋作るとか、交代前に朝市で鮭とか烏賊買ってきて紐の作るとか、「お祭りが近いから」と1日中格納庫(昔のF-86F用)で横笛の練習をしていたこともあった。後者だと保安当直の海曹本人だけではなく、別部隊の当直とまったく関係ない技官の海曹の伯父さんも一緒で「今年は表祭りでしかもウチの組がメインでオレ肝煎だから」とかいってピーヒャラやってた。
あの頃は「仕事ができればいいよ」だったし、しかも彼らは腕がよくてごくたまの実働は階級以上の仕事もした。だからホントに違法なことやらない限りはほっといた。おすそわけも結構もらえた。
で、ハゼ釣りでも行こうかと思ったけど酷暑でねえ。40度とか聞くと怖くていかない
あとは最近は昔の釣り場近くの駐車場がなくなった。一つは東京水泳競技場で隣が止め放題だけどアノにくいオリンピックで潰された。もう一つは貯木場のところ、そこは駐車場どころか各種の設備も使い放題だったが今はタダの倉庫群になっちゃったからねえ。
さらに東京湾だと護岸アクセスは完全封鎖された。だから釣りが難しくなった。
仕方ないから家の中で物干し竿の改修やってる。
今までは物干し1本だった。シャワーブースと洗濯機置場の隣に洗濯物を干す専用の6畳間を作ったのだけど、今までは1間半のの物干し1本だった。だからたまに干しきらないときがあったし、完全な干しっぱなし保管も難しかった。猿股やTシャツを干したままにして着るときに収穫はたまに破綻した。
だからそれを3本にする。特に1本は天井高いっぱいにして幅手150センチの夏用掛け布団を折らないで吊るし干しできるようにしようと画策している。現状は片付けと採寸が終わったところ。
あとは吊戸棚かね。今は台所の壁の片側だけが吊戸棚になっているけど背が低いもんでやや使いにくい。だから反対側に昇降式の吊戸棚つけようかとね。アレも部品として買うと安いし施工もそんな難しくないのでまあできるでしょう。
まあ「夏コミに行かない八月」も変な感じなもんだよ。夏コミ原稿を作らない8月だとさらに伸びて28年ぶり。
98年のときは夏は遠洋航海で己は参加できなかった。まあ申込みはしておいて「かしま」の中で同人作って版下の形にしてFEDEXで日本に送って頼んでコピー本にして売ったけどね。
以降は全部出ている。夏冬は自衛隊は休暇期間中でむしろ調整しやすい。
夏は8月13日が3日目だと15日に当直立つよ、15日なら16日と18日立つよというとコミケ前10日は休みにできる。
冬は正月1日・3日当直、31日と2日当直とかにすればやっぱその前は10連休だしね。
八戸の施設班長だったときには除雪班の線表自体をコミケにあわせて作っていた。で、3冬とも除雪1班長やってたけど、1月1日から10日間くらいを除雪1・3班にしといて臨時に3班長を代行してた。そもそも休暇期間中以外は123班長とも実質全部己で雪降ったら夜から翌朝の最初の飛行まで全部詰めていたので誰も何も言わないし。むしろ正月3が日が除雪直なしで幹部には感謝されてた。
99年?の冬は31日当直士官、1日除雪当直士官、2日当直士官兼ねて除雪当直士官、3日以降も除雪当直士官だったはず。相当の上司が「連チャンで大丈夫かね、紅白でも見てるかね」と31日の夜に食い物もってきてくれたけど、そのときは基地隊会議室のプロジェクタでドリームキャストのパンツァーフロントやっているのをみて呆れられた。
でもねえ、「お前は何やってんだよ」の後でもじっと見てる。そして「オレにもやらせろで」コントローラを持つと離さない、そして「どこで売ってる?」で正月1日に買ってきて特訓したらしく2日に来て「上手くなっただろう」だったよ。
あの頃の当直(5人くらいいた)は人も多いし緊急対応と日課関連やってりゃあとは何でもいいよで、みんな当直の中で交代でワッチしているとき以外は本読んだりDVD見ていたりしてた。多分、規則上はホントはいけないはずだけど仮眠室で即時対応の構え(制服上衣を外した状態で横になって寝てる)昼寝したりするのもいた。
すごいのはプラモ作ったやつと彫金で指輪つくってたやつと篆刻で印章つくってたやつね。全部別人だけど。
確かプラモを作ったその日の当直であいだを見て事務所にもどると今後は施設の保安当直(夜とか休日の職場待機直)が私有車にロールバーはめ込んでいた。ちなみに塩ビパイプでつくったなんちゃってロールバーで朝から頑張って作ったそうだった。
保安当直みていると鉄砲で撃ってきたウリ坊を処理して半割にして鍋作るとか、交代前に朝市で鮭とか烏賊買ってきて紐の作るとか、「お祭りが近いから」と1日中格納庫(昔のF-86F用)で横笛の練習をしていたこともあった。後者だと保安当直の海曹本人だけではなく、別部隊の当直とまったく関係ない技官の海曹の伯父さんも一緒で「今年は表祭りでしかもウチの組がメインでオレ肝煎だから」とかいってピーヒャラやってた。
あの頃は「仕事ができればいいよ」だったし、しかも彼らは腕がよくてごくたまの実働は階級以上の仕事もした。だからホントに違法なことやらない限りはほっといた。おすそわけも結構もらえた。
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「中国潜水艦、海自の水中電場センサーで発見?」を書きました、さっき見たら公開されていたのでここでも
・ https://japan-indepth.jp/?p=53150
・ https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200804-00010000-jindepth-int
要は潜水艦探知に合わせて電場、磁気、熱尾流と既存の聴音機の振動・水圧探知を書いたわけなんですけどね。周知技術何だけど誰も触れてないからチョイと調べて書きました。
ただ、やはり抜けがあとで見つかるもの。一番最後の註の部分だけど
「(*1) 電場センサーは米英独とスウェーデン、スペインの企業で製造されている。その■ 精 度 ■はUEP感度で最高0.1ナノボルト/m、ELFEの探知範囲は0.001Hzから3000Hzである。」
ここ「感度」の誤り。
最初は感度と分解能と精度と信頼性、センシビティとレゾリューションとアキュラシーとリライアビリティみたいなこと書こうとしんだけどWEB記事だから註に落としてさらに簡単にした。そんときに感度と書くところを精度にしてしまった間違い。
まあ致命的でもないからそのままで。
ちなみにヤフコメ見たら「日本の秘密を」とか言ってるけど参考資料は中文の公開資料なんだよねえ。中国の『海軍工程大学学報』とかそのあたり。
・ https://japan-indepth.jp/?p=53150
・ https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200804-00010000-jindepth-int
要は潜水艦探知に合わせて電場、磁気、熱尾流と既存の聴音機の振動・水圧探知を書いたわけなんですけどね。周知技術何だけど誰も触れてないからチョイと調べて書きました。
ただ、やはり抜けがあとで見つかるもの。一番最後の註の部分だけど
「(*1) 電場センサーは米英独とスウェーデン、スペインの企業で製造されている。その■ 精 度 ■はUEP感度で最高0.1ナノボルト/m、ELFEの探知範囲は0.001Hzから3000Hzである。」
ここ「感度」の誤り。
最初は感度と分解能と精度と信頼性、センシビティとレゾリューションとアキュラシーとリライアビリティみたいなこと書こうとしんだけどWEB記事だから註に落としてさらに簡単にした。そんときに感度と書くところを精度にしてしまった間違い。
まあ致命的でもないからそのままで。
ちなみにヤフコメ見たら「日本の秘密を」とか言ってるけど参考資料は中文の公開資料なんだよねえ。中国の『海軍工程大学学報』とかそのあたり。