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なにかの壁を発見した。Qcumberさんの発言だがすべての中身が正しくない主張である。
■ 1260年ほど嵩増しているのをご存じない
まず皇紀の嵩増しをご存じない。日本書紀から
神武即位の年数をBC660をそのまま史的事実として用いている。それはペテロより古いとして誇る様子である。
だが、日本書紀の紀年は怪しい。だいたい寿命や欠史八代からして不自然である。これは江戸時代から言われておりである。国学の祖である本居宣長も120年くらい誤魔化してね?と疑っている。「中国の史書と事績の年数が合わない、60年×2ほどズラしている」といった主張だ。
年数で1260年分が嵩増されているとされる。これは本居の弟子である伴信友の主張である。辛亥にあたるAD601年から60年×21周期で1260年嵩増しを指摘する内容である。そして今ではカルト以外はそれを認めている。
このあたりは選書メチエの倉西裕子『日本書紀の真実』に詳しい。最初のあたりに書いてある中身である。*1
■ 今年は皇紀何年かご存じないのではないか?
次がいまだに皇紀2600年と言い出しているあたりだ。
今年は皇紀2679年である。ジェッターマルスそっくりの♪紀元は2600年♪から80年を経ている。普通に丸めれば2700年となる。
このあたりで、実は今年は皇紀何年かご存知ないのではないかという疑問も湧いてくるものだ。2679と知っていれば繰り上げるからだ。*2
■ 「古いから尊い」の誤り
最後が「ローマ教皇より古いのでありがたい」としている誤りである。
そう主張するなら、歴史的に詰めた結果ローマ教皇の制度が古ければ困ったことになるからだ
日本の
天皇制度がローマ教皇より新しければ「ローマ教皇の方が古いのでありがたい」となってしまう。その誤りに気づいていない。
そもそも、本来ならば
皇室崇敬の立場からすれば「
皇室は尊いから尊い」のである。古いから尊いのではない。その点で彼が示そうしている至誠は誤った理解に立脚している。そういうことになるのである。
■ まあ「2600年」と言い出すのは
以上がなにかの壁の存在を窺わせる内容である。さらに言えば2600年で検索するとこの類が大漁となる。1260年引けとか120年足せとか、今年は何年か言ってみろとか、古くなければ尊くないのかと聞いてみたいものである。
*1 倉西裕子『日本書紀の真実』(東京,講談社,2003)
だいたい16ページから20ページのあたりでそれを論じている。
*2 皇紀はグレゴリウス暦と1日ずれているかもしれない。2000年の閏年をどう処理しているかの問題である。太政官布告のときには西暦が100年と400年で割れるときの置閏の規定はなかった。その後に100で割り切れるときはの規定は足されたが400のときには閏年規定がなかった記憶がある。昭和15年の『官報』の勅令かなにかで修正されたような気もするがよく覚えていない。副著は文部大臣かなあ。
Qcumber@Qcumber20
教皇の歴史は2000年だと アナウンサーはいばる。だが教皇といっても全部繋がっているわけではない。日本の天皇の歴史は126代、しかも万世一系で2600年以上続く。
学校で教えなくても、常識では知っておきたい。
https://twitter.com/Qcumber20/status/1198852208080515074
■ 1260年ほど嵩増しているのをご存じない
まず皇紀の嵩増しをご存じない。日本書紀から
神武即位の年数をBC660をそのまま史的事実として用いている。それはペテロより古いとして誇る様子である。
だが、日本書紀の紀年は怪しい。だいたい寿命や欠史八代からして不自然である。これは江戸時代から言われておりである。国学の祖である本居宣長も120年くらい誤魔化してね?と疑っている。「中国の史書と事績の年数が合わない、60年×2ほどズラしている」といった主張だ。
年数で1260年分が嵩増されているとされる。これは本居の弟子である伴信友の主張である。辛亥にあたるAD601年から60年×21周期で1260年嵩増しを指摘する内容である。そして今ではカルト以外はそれを認めている。
このあたりは選書メチエの倉西裕子『日本書紀の真実』に詳しい。最初のあたりに書いてある中身である。*1
■ 今年は皇紀何年かご存じないのではないか?
次がいまだに皇紀2600年と言い出しているあたりだ。
今年は皇紀2679年である。ジェッターマルスそっくりの♪紀元は2600年♪から80年を経ている。普通に丸めれば2700年となる。
このあたりで、実は今年は皇紀何年かご存知ないのではないかという疑問も湧いてくるものだ。2679と知っていれば繰り上げるからだ。*2
■ 「古いから尊い」の誤り
最後が「ローマ教皇より古いのでありがたい」としている誤りである。
そう主張するなら、歴史的に詰めた結果ローマ教皇の制度が古ければ困ったことになるからだ
日本の
天皇制度がローマ教皇より新しければ「ローマ教皇の方が古いのでありがたい」となってしまう。その誤りに気づいていない。
そもそも、本来ならば
皇室崇敬の立場からすれば「
皇室は尊いから尊い」のである。古いから尊いのではない。その点で彼が示そうしている至誠は誤った理解に立脚している。そういうことになるのである。
■ まあ「2600年」と言い出すのは
以上がなにかの壁の存在を窺わせる内容である。さらに言えば2600年で検索するとこの類が大漁となる。1260年引けとか120年足せとか、今年は何年か言ってみろとか、古くなければ尊くないのかと聞いてみたいものである。
*1 倉西裕子『日本書紀の真実』(東京,講談社,2003)
だいたい16ページから20ページのあたりでそれを論じている。
*2 皇紀はグレゴリウス暦と1日ずれているかもしれない。2000年の閏年をどう処理しているかの問題である。太政官布告のときには西暦が100年と400年で割れるときの置閏の規定はなかった。その後に100で割り切れるときはの規定は足されたが400のときには閏年規定がなかった記憶がある。昭和15年の『官報』の勅令かなにかで修正されたような気もするがよく覚えていない。副著は文部大臣かなあ。
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例の曲芸飛行商売が今年で終わった。レッドブル・エアレースと称したアレだ。9月に終わるという話を聞いてはいたがいまさらながら調べると果たして潰れていた。バンザイ。
いい気味である。なによりも持ち上げていた連中がショゲているのは心地よいものだ。
そもそもアレのどこがレースなのか。1/100秒を競うというが曲芸の早回しでしかない。1/100秒早く回っても何の益体もない。それを競ってもなんともならない。
パイロットも猿まわしの猿でしかない。言い方が悪ければ角兵衛獅子の大道芸だ。本人たちもそれを承知している。だから勝っても誇らない。興行の手前がある。金を出した観客がいる。だからその場では優勝を喜ぶフリをする。だが後にはそれは言い出さない。出しても詮無いことを知っている。その興行が終わった以上、今後は恥じて口にもしないだろう。
なによりも迷惑な商売である。曲芸飛行はアブガスを無駄遣いして危険と騒音を撒き散らした金儲けである。そして儲けた金は身内でだけ配分する。他人様に危険と騒音を与えて自分だけが金を得る。そのような不道徳不健全な商売である。廃棄物の不法投棄で金を儲けるものと何も変わらない。
その曲芸が潰れた。些細ではあるが世間にとってよろしいことである。世界はこのようにして一つ一つよくなっていくのだろう。
いい気味である。なによりも持ち上げていた連中がショゲているのは心地よいものだ。
そもそもアレのどこがレースなのか。1/100秒を競うというが曲芸の早回しでしかない。1/100秒早く回っても何の益体もない。それを競ってもなんともならない。
パイロットも猿まわしの猿でしかない。言い方が悪ければ角兵衛獅子の大道芸だ。本人たちもそれを承知している。だから勝っても誇らない。興行の手前がある。金を出した観客がいる。だからその場では優勝を喜ぶフリをする。だが後にはそれは言い出さない。出しても詮無いことを知っている。その興行が終わった以上、今後は恥じて口にもしないだろう。
なによりも迷惑な商売である。曲芸飛行はアブガスを無駄遣いして危険と騒音を撒き散らした金儲けである。そして儲けた金は身内でだけ配分する。他人様に危険と騒音を与えて自分だけが金を得る。そのような不道徳不健全な商売である。廃棄物の不法投棄で金を儲けるものと何も変わらない。
その曲芸が潰れた。些細ではあるが世間にとってよろしいことである。世界はこのようにして一つ一つよくなっていくのだろう。
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オタクは夜郎自大に陥っているのではないか?
オタクの経済効果の類の発言がある。日本経済で無視できない力を持つといった話だ。
それを見ると昔にも「後楽園競輪の経済効果」とか言い出す奴がいたのだろうと思うものだ。公営競技マニアは七二年に廃止されるまでそういっていたのではないかね。
そして「我々の主張は無視されない」と吹聴していたのだろう。一日に100億円の経済効果をもつ。巨額の経済効果を持つ。自治体は公営競技のアガリを欲しがる。自転車は政治的影響力をもつ。通産省も味方だ。だから競輪はやめられない。高枕である。そううそぶいいていた。
今のオタク経済効果を言い出す連中を見るとそう思えてくるものだ。
あるいはそれよりもひどい。山本太郎じゃないほう、イカサマのほうの山本カルトの「オタク投票行動は政治を動かす」のそれをみると夜郎自大も極まっているようにしかみえないものだ。
おそらく自分たちを強者でありメジャーだと思いこんでいるのだろう。オタク同士の狭い言論空間でオタクをヨイショする話ばかりをしているとそうなる。カルトの中が世界の全てであると勘違いするアレだ。
例えばコミケ医者のCALCIさんは自分たちは小数派ではないと思いこんでいる。*
「オタクは少数者である。マイナーである」と認識していたらそんな発言はしない。自称するようにそのアイデンティティがオタクだとした場合にはそうなる。
だが、その発言には自信に溢れている。自分たちオタクは少数派ではない。だからそのような危険はないと信じていると思いこんでいるのだ。たいした夜郎自大である。
そしてその高慢には気づかない。再び自分たちがマイナーであると思い知らされる。例えば現与党の宗教原理主義による規制の話が出てくる。そういった事態までは高枕の鼻提灯なのだろう。
* これはローマ教皇の発言への反応である。それは隣接する偏狭な坊主の発言から総判断できる。具体的にはhttps://twitter.com/sharenewsjapan1/status/1199306733740580866やhttps://twitter.com/kIIoETuXpQUMrk7/status/1199232472262696960だ。
オタクの経済効果の類の発言がある。日本経済で無視できない力を持つといった話だ。
それを見ると昔にも「後楽園競輪の経済効果」とか言い出す奴がいたのだろうと思うものだ。公営競技マニアは七二年に廃止されるまでそういっていたのではないかね。
そして「我々の主張は無視されない」と吹聴していたのだろう。一日に100億円の経済効果をもつ。巨額の経済効果を持つ。自治体は公営競技のアガリを欲しがる。自転車は政治的影響力をもつ。通産省も味方だ。だから競輪はやめられない。高枕である。そううそぶいいていた。
今のオタク経済効果を言い出す連中を見るとそう思えてくるものだ。
あるいはそれよりもひどい。山本太郎じゃないほう、イカサマのほうの山本カルトの「オタク投票行動は政治を動かす」のそれをみると夜郎自大も極まっているようにしかみえないものだ。
おそらく自分たちを強者でありメジャーだと思いこんでいるのだろう。オタク同士の狭い言論空間でオタクをヨイショする話ばかりをしているとそうなる。カルトの中が世界の全てであると勘違いするアレだ。
例えばコミケ医者のCALCIさんは自分たちは小数派ではないと思いこんでいる。*
Calci@Calcijp
ああいうね、少数の権利を擁護してるってポーズを取る人間って社会全体の自由を脅かしてるってことをみんな知ってほしい。
https://twitter.com/Calcijp/status/1199471090021486593
「オタクは少数者である。マイナーである」と認識していたらそんな発言はしない。自称するようにそのアイデンティティがオタクだとした場合にはそうなる。
だが、その発言には自信に溢れている。自分たちオタクは少数派ではない。だからそのような危険はないと信じていると思いこんでいるのだ。たいした夜郎自大である。
そしてその高慢には気づかない。再び自分たちがマイナーであると思い知らされる。例えば現与党の宗教原理主義による規制の話が出てくる。そういった事態までは高枕の鼻提灯なのだろう。
* これはローマ教皇の発言への反応である。それは隣接する偏狭な坊主の発言から総判断できる。具体的にはhttps://twitter.com/sharenewsjapan1/status/1199306733740580866やhttps://twitter.com/kIIoETuXpQUMrk7/status/1199232472262696960だ。
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同人を書いていてどうも上手く行かない。なんといっても3日前に書いた規定文と導入部そのものがボンヤリしている。そこに悩んでウンウン唸っている。平岡公威ばりに精神が弱いのは肉体が弱いからと三島式精神で肉体改造しようとドリルを素手で止めたりバットにヒビをいれたり体にニセモノのアザを入れたりしているのだけれども。あたりまえだけど肉体鍛錬を重ねても文章が書けるわけもない。
しょうがないからここは一つチャクラでも開こうかと帽子かぶってジャンパー着て水魚のポーズを取ろうとしたのだけれども体が硬いせいか空中浮遊まで持っていけない。足首に指の先端で触るのが精一杯でそれでも腿裏がキツイ。
ただまあやっているうちに何かは降りてくるものでエビゾリ状態の最中に「内容を狭めれば改善するのでは?」と気づいた。「海南島アプローチは日米豪の海軍戦略を並列提示だからボンヤリしているのであって海自の戦略なら抽象性と具体性の間がいい感じに行ったり来たりできるのではないか」と思いつき書き始めたら導入部がよくなった。アッチ行ったりコッチ行ったりがなくなった感じ。
レバーもボタンも触らずにスパコンに勝てるのが水魚のポーズのいいところだ。まあそれを活かせばいずれはキーボードや鉛筆を触らずに同人を作るといった境地にも至るのだろう。
とりあえず印刷所にページ数と締め切りと冊数の予約を打ち込んだよ。あとはロイホあたりに中華タブレットとNIZもってってタカタカうって飽きたら表紙を作ってなにか降りたらまえがきとあとがきでも書く感じで。
そいや、旧海軍研究の頂点と話したときなんだが、まえがきとあとがきの類が全然関係ないのって日本サブカルの伝統なんだがねえといった話をしたよ。山下洋輔が全中連作ったりするアレで作法に従えば最近のゲームとか音楽とか映画とか競馬競輪競艇オートの話をするもんだとおもっていたのだけれども最近は減ったねと。
まあ己がやってるのって白紙やら目次で版面率が低いのが稠密性が低くなる感じで嫌だからなんでもいいから書いて埋めたい心持ちなんだろう。だから図版とかも余白が嫌だし裏表紙-表4は何か意味ありげなことを書いて埋めているのだと思う。
なんにせよ脳内カタルシスでウンウン唸る苦しみから解放されたのでチャーシュー力で勝利のブッチャー辛味噌か花さんしょうで勝利の四川汁なし担担麺を食ってくるよ。神保町の川国志とか江戸川橋みつぼとか歌舞伎町の上海小吃もいきたいけど書けるまでは車で15分か20分あたりで辛抱
しょうがないからここは一つチャクラでも開こうかと帽子かぶってジャンパー着て水魚のポーズを取ろうとしたのだけれども体が硬いせいか空中浮遊まで持っていけない。足首に指の先端で触るのが精一杯でそれでも腿裏がキツイ。
ただまあやっているうちに何かは降りてくるものでエビゾリ状態の最中に「内容を狭めれば改善するのでは?」と気づいた。「海南島アプローチは日米豪の海軍戦略を並列提示だからボンヤリしているのであって海自の戦略なら抽象性と具体性の間がいい感じに行ったり来たりできるのではないか」と思いつき書き始めたら導入部がよくなった。アッチ行ったりコッチ行ったりがなくなった感じ。
海自は何をしようとしているのだろうか?
・ 背 景 日本は中国を第一の仮想敵国と見なしている。
・ 情 勢 そのため海軍力の増強を進めている。
・ 疑 問 日本はこの海軍力をどう使おうとしているのだろうか?
・ 解 答 南シナ海、なかでも海南島に圧力をかけようとしている。なぜなら・・・
レバーもボタンも触らずにスパコンに勝てるのが水魚のポーズのいいところだ。まあそれを活かせばいずれはキーボードや鉛筆を触らずに同人を作るといった境地にも至るのだろう。
とりあえず印刷所にページ数と締め切りと冊数の予約を打ち込んだよ。あとはロイホあたりに中華タブレットとNIZもってってタカタカうって飽きたら表紙を作ってなにか降りたらまえがきとあとがきでも書く感じで。
そいや、旧海軍研究の頂点と話したときなんだが、まえがきとあとがきの類が全然関係ないのって日本サブカルの伝統なんだがねえといった話をしたよ。山下洋輔が全中連作ったりするアレで作法に従えば最近のゲームとか音楽とか映画とか競馬競輪競艇オートの話をするもんだとおもっていたのだけれども最近は減ったねと。
まあ己がやってるのって白紙やら目次で版面率が低いのが稠密性が低くなる感じで嫌だからなんでもいいから書いて埋めたい心持ちなんだろう。だから図版とかも余白が嫌だし裏表紙-表4は何か意味ありげなことを書いて埋めているのだと思う。
なんにせよ脳内カタルシスでウンウン唸る苦しみから解放されたのでチャーシュー力で勝利のブッチャー辛味噌か花さんしょうで勝利の四川汁なし担担麺を食ってくるよ。神保町の川国志とか江戸川橋みつぼとか歌舞伎町の上海小吃もいきたいけど書けるまでは車で15分か20分あたりで辛抱
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勝手に敵を悪魔化させた結果なのだろう。戦前戦中の情報閉塞の環境した敵対者は鬼畜である。そのような話をしているうちに「敵は悪魔である」と信じるように至った。
最近の言葉で言えばエコーチェンバーの結果か。まずは競合者や交渉相手に過ぎない中国や韓国を「敵」と言う言論空間にどっぷりつかっているうちに本当に敵だと思いこむ、宿敵と信じるアレと似たようなものだ。
■ コミケ医者の世界認識
「オタクは根絶やしにされる」も同じ伝ではないか。これは例のコミケ医者のCALCIさんが提示している情勢判断である。
まずは被害妄想としか言いようもない。
現にオタク表現は性描写も含めて許されている。刑法の範囲内であれば禁止はない。これは18禁ほかのジャンルの隆盛でも自明である。
そこで「提示する場所を考えろ」と言われた程度で「オタクを根絶やしにするまで続きます。ナチの思想と同根です。」(CALCI)と反応するのはどうかしている。
そもそも「場所をわきまえろ」のどこが「ナチの思想と同根です。」(CALCI)なのだろうか?
さらにいえばCALCIさんは具体的にどのような「ナチの思想」と「同根」といっているのだろうか?
ちなみにCALCIさんの従来発言をみても「ナチの思想」について肯定否定を問わずなにもない。その点では「とりあえずはナチの思想っていっておけばいい」といった手軽さしか感じられない。
■ オタク差別
なお、「とりあえずは○○といっておけばよい」といった付和雷同は他にもある。
「かつてのオタク差別」はそれである。CALCIさんほかの「かつて差別されていた」そのものが胡乱なのだ。マック女子高生のような河原文書言動に付和雷同している形にしかみえないためだ。
90年代にオタクは差別されていたか?
別にされてもいない。コミケは普通に開催されていた。高岡も通常通り営業されていた。OVAの発売が妨害されることもなかった。
もちろん「何が面白いのか?」くらいは言われた。あるいは「つまらない」程度の批評もあった。
だが、それは差別ではない。オタクだからといって公的・社会的に不利益な扱いは受けていない。またオタク関連商品を法的規制する話もなかったからだ。当時、高岡ほかで売っていて事件化した「ミニーズクラブ」も従来刑法の範囲内で取り締まりをうけたに過ぎない。
■ 「自分の好きなものが好意的に扱われないのは差別」なんだろうね
そもそも、「かつてのオタク差別」の中身もどうしようもないものだ。「自分が好きなものが好意的に扱われなかった」といった鬱屈しかないからだ。
そんなことで傷ついて差別云々を言い出すあたりもどうしようもない。内容的にはホヤが大好きな男が宴会でホヤ嫌いの男にあたって傷つくようなものでしかない。九十年代当時に20歳も超えた大人なら「ああそうですか」で「世界にはホヤを嫌う没理非漢もいる」と受容するだけの話だ。
逆にいえば、「当時はオタク差別が」とい言い出しすあたりは精神的に未熟だったことの表明ではないのかね。それを言い出す五十代六十代は当時二十歳、三十歳である。だがその体に精神が追いついていなかったということだ。
そして、それは今もそのままである様子である。献血ポスターほかで「自分の好きなものが批評された」だけでオッサンのオタク連が怒り出しているからだ。本来なら五十男や六十男はそのあたりの分別ついているはずである。だが献血ポスターで「表現の自由」とかいっているボンクラは分別あるようには見えない。**
* 逆説的ながらその影響力は外務省による海外発言収集による情勢判断にも窺える。『米英戦後研究』?の43年ころのやつに「大西洋憲章とカサブランカ宣言からすれば日本人絶滅はない」といった判断がなされている。
** オタクでも分別グレードが高ければ献血ポスター批評には「ごもっとも」という。オタクセクターではセーフでも一般社会では問題視されることがあると知っている。また公的機関の宣伝である以上、誰からも許容される内容である必要があることも知っているからだ。批判を全肯定しなくとも「俺は別段いいとは思うけど赤十字実施に批判があるなら下げるのは当然だよね」や「批判する人の気持もわかるよね」くらいの判断はできる。そしてそれはオタクでも多数派である。***
*** そいや、オタクの表現の自由戦士にはオタク表現でもBLほかの腐表現には否定的な言説していた人が多いんじゃないかな。いまではオタク表現の自由とやらでかつてのやおいへの嫌悪感を隠しているようだけどね。昔そういっていた連中がいるんだよね。そしてあいちトリエンナーレ等の政治面での表現の自由にはいまでも無関心である。
最近の言葉で言えばエコーチェンバーの結果か。まずは競合者や交渉相手に過ぎない中国や韓国を「敵」と言う言論空間にどっぷりつかっているうちに本当に敵だと思いこむ、宿敵と信じるアレと似たようなものだ。
■ コミケ医者の世界認識
「オタクは根絶やしにされる」も同じ伝ではないか。これは例のコミケ医者のCALCIさんが提示している情勢判断である。
Calci@Calcijp
いえ、オタクを根絶やしにするまで続きます。ナチの思想と同根です。🍊@hakatamentarako
表現を規制しろと言ってる人たちは、なにも環境をすべて清くしろと言ってるわけでなく、表現する場所を制限したり、公共の場に出さないでってことでは?なにもエロを排除しろなんていってない、エロを表現する場所を規制しろということ。漫画の人は間違った性教育を受けてるだけで、規制関係ない、、、
https://twitter.com/Calcijp/status/1198046629456039937
まずは被害妄想としか言いようもない。
現にオタク表現は性描写も含めて許されている。刑法の範囲内であれば禁止はない。これは18禁ほかのジャンルの隆盛でも自明である。
そこで「提示する場所を考えろ」と言われた程度で「オタクを根絶やしにするまで続きます。ナチの思想と同根です。」(CALCI)と反応するのはどうかしている。
そもそも「場所をわきまえろ」のどこが「ナチの思想と同根です。」(CALCI)なのだろうか?
さらにいえばCALCIさんは具体的にどのような「ナチの思想」と「同根」といっているのだろうか?
ちなみにCALCIさんの従来発言をみても「ナチの思想」について肯定否定を問わずなにもない。その点では「とりあえずはナチの思想っていっておけばいい」といった手軽さしか感じられない。
■ オタク差別
なお、「とりあえずは○○といっておけばよい」といった付和雷同は他にもある。
「かつてのオタク差別」はそれである。CALCIさんほかの「かつて差別されていた」そのものが胡乱なのだ。マック女子高生のような河原文書言動に付和雷同している形にしかみえないためだ。
90年代にオタクは差別されていたか?
別にされてもいない。コミケは普通に開催されていた。高岡も通常通り営業されていた。OVAの発売が妨害されることもなかった。
もちろん「何が面白いのか?」くらいは言われた。あるいは「つまらない」程度の批評もあった。
だが、それは差別ではない。オタクだからといって公的・社会的に不利益な扱いは受けていない。またオタク関連商品を法的規制する話もなかったからだ。当時、高岡ほかで売っていて事件化した「ミニーズクラブ」も従来刑法の範囲内で取り締まりをうけたに過ぎない。
■ 「自分の好きなものが好意的に扱われないのは差別」なんだろうね
そもそも、「かつてのオタク差別」の中身もどうしようもないものだ。「自分が好きなものが好意的に扱われなかった」といった鬱屈しかないからだ。
そんなことで傷ついて差別云々を言い出すあたりもどうしようもない。内容的にはホヤが大好きな男が宴会でホヤ嫌いの男にあたって傷つくようなものでしかない。九十年代当時に20歳も超えた大人なら「ああそうですか」で「世界にはホヤを嫌う没理非漢もいる」と受容するだけの話だ。
逆にいえば、「当時はオタク差別が」とい言い出しすあたりは精神的に未熟だったことの表明ではないのかね。それを言い出す五十代六十代は当時二十歳、三十歳である。だがその体に精神が追いついていなかったということだ。
そして、それは今もそのままである様子である。献血ポスターほかで「自分の好きなものが批評された」だけでオッサンのオタク連が怒り出しているからだ。本来なら五十男や六十男はそのあたりの分別ついているはずである。だが献血ポスターで「表現の自由」とかいっているボンクラは分別あるようには見えない。**
* 逆説的ながらその影響力は外務省による海外発言収集による情勢判断にも窺える。『米英戦後研究』?の43年ころのやつに「大西洋憲章とカサブランカ宣言からすれば日本人絶滅はない」といった判断がなされている。
** オタクでも分別グレードが高ければ献血ポスター批評には「ごもっとも」という。オタクセクターではセーフでも一般社会では問題視されることがあると知っている。また公的機関の宣伝である以上、誰からも許容される内容である必要があることも知っているからだ。批判を全肯定しなくとも「俺は別段いいとは思うけど赤十字実施に批判があるなら下げるのは当然だよね」や「批判する人の気持もわかるよね」くらいの判断はできる。そしてそれはオタクでも多数派である。***
*** そいや、オタクの表現の自由戦士にはオタク表現でもBLほかの腐表現には否定的な言説していた人が多いんじゃないかな。いまではオタク表現の自由とやらでかつてのやおいへの嫌悪感を隠しているようだけどね。昔そういっていた連中がいるんだよね。そしてあいちトリエンナーレ等の政治面での表現の自由にはいまでも無関心である。
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ピンク色のコンテナの話でバニラみたいな助平産業のコンテナ広報車の話ではない。
さきほど川越でONEのコンテナを見た。17年に海運三社のコンテナ事業を合同した会社がONE、。オーシャンネットワークエキスプレスだ。そこが作ったコンテナが走っていた。
■ 各社の低採算部門の統合
でもまあ、低採算部門の集合体なんだよねえ。
コンテナはあんま儲からない。正確にいえば儲かるときは儲かるけど叩き合いになると割が合わない。でも割が合わなくとも毎週単位で定時運航しないといけない。その損があるから全体としてはあまり旨味がない。日本の海軍会社はもっと儲かる自動車輸送やLNGがあるからあんま投資しなかった。
だから3社のコンテナ部門をあつめて1社にした。3社が6000TEUコンテナ船を別々に毎週3隻動かすよりも1週間に2万TEU1隻を動かしたほうがよい。2000多く積める上に全然安い。3隻動かすのに比べれば半分くらいでよい。このやり方でコストダウンを進めるのが海運同盟、飛行機ならアライアンスのやり方だ。それをいまさらながら日本の3社で統合まで進めてやった形だ。
■ 日本貨物より中国貨物がメイン、だから本社はシンガポール
あとは本社をシンガポールにした。
コンテナ船の日本発着はもうほとんどない。アジアと北米間ならコンテナ物流の4%くらいだけ。
欧州ー中国ならおまけで寄ってるだけ。欧州ー中国なら一部が中国のアトに日本に寄るあるいは日本を出たアトで中国いってそこで大量に積み込んで欧州に行くようなやつばっか。
北米の場合は日本を経由すると時間ロスだからそれはしない。神戸発で大阪と横浜よって東京から出て北米に行く。でもその代わり需要は小さいからちっこい船で間延びした輸送になっている。
中国発着がほとんで日本経由はあんまないしない。そういうことだ。
それなら会社はシンガポールのほうがいい。中国-欧州と中国-北米で儲けているわけだ。だったら華語と英語をしゃべる人間にやらせたほうがいい。3社はそう判断して日本からコンテナ部門を完全に海外に出した。
日本からコンテナ海運はなくなったのだ。ONEは日本の海運にして日本の海運にあらずということだ。
まあとっくに船籍も船長も船員も日本人じゃないからいまさらなんだけどね。
さきほど川越でONEのコンテナを見た。17年に海運三社のコンテナ事業を合同した会社がONE、。オーシャンネットワークエキスプレスだ。そこが作ったコンテナが走っていた。
■ 各社の低採算部門の統合
でもまあ、低採算部門の集合体なんだよねえ。
コンテナはあんま儲からない。正確にいえば儲かるときは儲かるけど叩き合いになると割が合わない。でも割が合わなくとも毎週単位で定時運航しないといけない。その損があるから全体としてはあまり旨味がない。日本の海軍会社はもっと儲かる自動車輸送やLNGがあるからあんま投資しなかった。
だから3社のコンテナ部門をあつめて1社にした。3社が6000TEUコンテナ船を別々に毎週3隻動かすよりも1週間に2万TEU1隻を動かしたほうがよい。2000多く積める上に全然安い。3隻動かすのに比べれば半分くらいでよい。このやり方でコストダウンを進めるのが海運同盟、飛行機ならアライアンスのやり方だ。それをいまさらながら日本の3社で統合まで進めてやった形だ。
■ 日本貨物より中国貨物がメイン、だから本社はシンガポール
あとは本社をシンガポールにした。
コンテナ船の日本発着はもうほとんどない。アジアと北米間ならコンテナ物流の4%くらいだけ。
欧州ー中国ならおまけで寄ってるだけ。欧州ー中国なら一部が中国のアトに日本に寄るあるいは日本を出たアトで中国いってそこで大量に積み込んで欧州に行くようなやつばっか。
北米の場合は日本を経由すると時間ロスだからそれはしない。神戸発で大阪と横浜よって東京から出て北米に行く。でもその代わり需要は小さいからちっこい船で間延びした輸送になっている。
中国発着がほとんで日本経由はあんまないしない。そういうことだ。
それなら会社はシンガポールのほうがいい。中国-欧州と中国-北米で儲けているわけだ。だったら華語と英語をしゃべる人間にやらせたほうがいい。3社はそう判断して日本からコンテナ部門を完全に海外に出した。
日本からコンテナ海運はなくなったのだ。ONEは日本の海運にして日本の海運にあらずということだ。
まあとっくに船籍も船長も船員も日本人じゃないからいまさらなんだけどね。
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産経の松下ヨイショ記事なのだけれども。書いたやつは仕組みを一切考えない。
内容はまずは広告記事に近い短報である。松下が自社工場にもうアレになりつつある水素フォークの給気施設を作るといったもの。「パナソニック、水素製造装置を発売へ 草津市に水素ステーション」『産経ニュース』(2019.11.18)https://www.sankei.com/west/news/191118/wst1911180035-n1.html
その中にあるんだが、天然ガス改質で出てくる二酸化炭素を「微量」と書いている。
メタンから水素作れば半分は二酸化炭素になる。CH4なんだから水素分子2モルと二酸化炭素1モルになる。炭素を二酸化炭素以外にするのは経済的には無理だからそうなる。
2立米の水素製造に伴い発生する1立米の二酸化炭素って微量かね?
■ 説明と理屈の辻褄が合わないことに気づかない。
おそらくは口頭説明が不正確でありしかも理解しないで記事を書いたせいだろう。
・ 松下はたぶん説明している
松下は馬力h・kwhあたりの二酸化炭素排出量を出して「極めて微量」といったのだろう。
例えば「フォークリフトの仕事量ベースで二酸化炭素を出さない」と説明したものだ。ガソリンのフォークリフトを運転するときの合算した二酸化炭素排出量を出す。熱効率やらアイドリング時間、ガソリンの熱量あたりの二酸化炭素排出量を全部ひっくるめた数字だ。
それと天然ガス-水素燃料電池での同条件KWhあたりの二酸化炭素排出量を比べた。
それを称して「二酸化炭素は微量」が松下の説明のはずだ。実際に仕事をさせる。そのときの仕事量、Kwhあたりで内燃機関と比較すると微量という意味である。
・ 産経はそれを理解できなかった
だが、産経はそこまでは理解しない。あるいは説明を端折ってしか聞いていない。だから天然ガス改質にともなう二酸化炭素排出そのものが「微量」と書いたのだろう。
そしてそれをそのまま発表した。新聞社なら多少は理屈がわかっている奴がチェックするものだ。わからなければわかってそうなやつに聞く。だが産経はこの記事ではそれのような確認ができなかった。だからそのまま記事になったのだろう。
まあ、政権擁護と歴史戦だけやっていればいいとおもってるんだろうね。あとはどうでもいいんだろう。早く潰れないものか。
内容はまずは広告記事に近い短報である。松下が自社工場にもうアレになりつつある水素フォークの給気施設を作るといったもの。「パナソニック、水素製造装置を発売へ 草津市に水素ステーション」『産経ニュース』(2019.11.18)https://www.sankei.com/west/news/191118/wst1911180035-n1.html
その中にあるんだが、天然ガス改質で出てくる二酸化炭素を「微量」と書いている。
パナソニックが開発中の水素製造装置は[略]天然ガスや都市ガスを原料に水素をつくる。改質の際には微量の二酸化炭素(CO2)が発生するが、大気に放出させないような仕組みを検討している。
メタンから水素作れば半分は二酸化炭素になる。CH4なんだから水素分子2モルと二酸化炭素1モルになる。炭素を二酸化炭素以外にするのは経済的には無理だからそうなる。
2立米の水素製造に伴い発生する1立米の二酸化炭素って微量かね?
■ 説明と理屈の辻褄が合わないことに気づかない。
おそらくは口頭説明が不正確でありしかも理解しないで記事を書いたせいだろう。
・ 松下はたぶん説明している
松下は馬力h・kwhあたりの二酸化炭素排出量を出して「極めて微量」といったのだろう。
例えば「フォークリフトの仕事量ベースで二酸化炭素を出さない」と説明したものだ。ガソリンのフォークリフトを運転するときの合算した二酸化炭素排出量を出す。熱効率やらアイドリング時間、ガソリンの熱量あたりの二酸化炭素排出量を全部ひっくるめた数字だ。
それと天然ガス-水素燃料電池での同条件KWhあたりの二酸化炭素排出量を比べた。
それを称して「二酸化炭素は微量」が松下の説明のはずだ。実際に仕事をさせる。そのときの仕事量、Kwhあたりで内燃機関と比較すると微量という意味である。
・ 産経はそれを理解できなかった
だが、産経はそこまでは理解しない。あるいは説明を端折ってしか聞いていない。だから天然ガス改質にともなう二酸化炭素排出そのものが「微量」と書いたのだろう。
そしてそれをそのまま発表した。新聞社なら多少は理屈がわかっている奴がチェックするものだ。わからなければわかってそうなやつに聞く。だが産経はこの記事ではそれのような確認ができなかった。だからそのまま記事になったのだろう。
まあ、政権擁護と歴史戦だけやっていればいいとおもってるんだろうね。あとはどうでもいいんだろう。早く潰れないものか。
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「松根油、航空燃料復活の可能性」(https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191108-00010001-jindepth-pol)を書いたのだけれども
「在来燃料を置き換える主張」として誤解されるのはしょうがない部分がある。当初は「イラン人質奪回とかドーリトル空襲みたいな特殊用途に使える」と書いていたが長くなるし本筋から外れるのでちょん切ったからだ。そもそも書いたところで理解はならない。だから使い方まではかかず「松根油は高性能航空燃料として有望である」とだけ書いた。
ただまあ「日本の話として日本が全部の航空燃料を松根油で賄う」といった理解まででるのは考え難かった。日本の話ではなく海外を含めたここ10年の燃料研究の動向として書いた。だが「松根油」の三文字だけで日本の松を引っこ抜く話だと考えたのだろう。
あとは「松の根っこ以外からも採取できる」と書いているのに「松の切り株を掘るのは大変」とかいわれるのもねえ。
ほかにも重油では飛ばせない理由はかいてあるのに「重油ではだめな理由が書いてない」といわれるのもねえ。松根油が使える理由で「しかも物性も問題とならない。航空燃料では凍結温度や粘度も問題となるが松根油燃料では基準は合格する。重油のように高空で固まりエンジンが止まるといった問題は生じない。」とかいといたのだが、たぶんそれと仮定の重油で飛ばす話を連結して考えられないかではないかと思うものだよ。
「在来燃料を置き換える主張」として誤解されるのはしょうがない部分がある。当初は「イラン人質奪回とかドーリトル空襲みたいな特殊用途に使える」と書いていたが長くなるし本筋から外れるのでちょん切ったからだ。そもそも書いたところで理解はならない。だから使い方まではかかず「松根油は高性能航空燃料として有望である」とだけ書いた。
ただまあ「日本の話として日本が全部の航空燃料を松根油で賄う」といった理解まででるのは考え難かった。日本の話ではなく海外を含めたここ10年の燃料研究の動向として書いた。だが「松根油」の三文字だけで日本の松を引っこ抜く話だと考えたのだろう。
あとは「松の根っこ以外からも採取できる」と書いているのに「松の切り株を掘るのは大変」とかいわれるのもねえ。
ほかにも重油では飛ばせない理由はかいてあるのに「重油ではだめな理由が書いてない」といわれるのもねえ。松根油が使える理由で「しかも物性も問題とならない。航空燃料では凍結温度や粘度も問題となるが松根油燃料では基準は合格する。重油のように高空で固まりエンジンが止まるといった問題は生じない。」とかいといたのだが、たぶんそれと仮定の重油で飛ばす話を連結して考えられないかではないかと思うものだよ。
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