はてなキーワード: 秋元とは
秋元康×三池崇という座組の割にかなり真面目なホラー映画で何より死の着メロがあまりによすぎて69点。
女子大生の若き日の柴咲コウは友人が自分の番号から謎の着信がある現場にうっかり遭遇。留守電に謎の通話が残されており、なんのこっちゃと思っていたらその留守電の内容通りに友人は死亡。その後、その友人の合コン相手も同じように自分からの着信の後に、同じように死亡。その友人にもかかってきててんやわんや。若き日の松重豊や堤真一といろいろ知り合って謎の着信のルーツと自身のかことと向き合っていく。
え、着メロって何?16和音って何?ナニカワカンナイノデナイヨウガゼンゼンワカンナカッタヨー。ちなみに、リングもVHSって何?って言われるらしい。こっちの方がよっぽど怖い話や!
と、小ボケを入れつつ。この映画ってあの死の着メロを発明した時点でほぼ勝ってると思う。それくらい完璧、もの悲しくて不気味で最高。そこに「自分の番号から電話がかかってくる」「留守電に自分の声が入ってる」「その声の状況で死亡する」という要素の組み合わせが本当に完璧。あと死体の口には飴玉が入ってるのもよい。当時から世代を完全にハックしていた携帯電話を中心に据えたのも秋元らしい目の付け所でよい。スマホを拾っただけなのにの遠い祖先にあたると言っても過言。
はっきり言って設定だけで95点は出てる。
展開としては友人3人組が死ぬところまではほぼ完璧だけど、2人目のチャラ男死亡の時点でややヤバい予感がしてくる。
死の着信を受けたチャラ男がエレベーター待ちをしていると、遠くから声を掛けられる。そして返した言葉が死の留守電と同じことが分かり、柴咲コウの方を振り返るチャラ男。その後ろでエレベーターのドアが開く。ここまでは超完璧なのに、怨霊がチャラ男の足を光学迷彩で透明化した腕でつかむシーンが入って、ウゲゲとなる。光学迷彩腕のCGもダサいし、この時点でここまで見せてくるの超微妙。
でも3人目が噂になっちゃって松重豊演じるテレビマンが乗り込んできててんやわんや。このへんの俗っぽい感じは秋元っぽくてよい。テレビ局で頭ねじ切られて殺されるシーンはよかった。あと、この映画、結構グロシーン頑張ってるのよい。首がちゃんとモゲるし、1人目が電車に飛び込んで死んだあと、携帯をつかんでた手がゆっくり携帯をプッシュするシーンがあって、カメラが引いていくと腕がちぎれてるのが分かるのもよかった。
後半の若き日の堤真一と死の着信の謎を追っていく展開になると途端にどんどん安っぽくなっていく。着メロの持ち主が既に死亡しており、その母親が代理ミュンヒハウゼン症候群でその子供を殺害した可能性が浮上。しかし、実は代理ミュンヒハウゼン症候群だったのは死んだ子供の方で妹を虐待しては飴を食わせていたのだった、というどんでん返し自体はいいが、そのせいでじゃあ母親がオバケ担って襲い掛かってきたのは何だったんだよ!とか、標本瓶を執拗にオススメしてくる意味は?とか辻褄が合わなくなってくるし、序盤で不安に思っていた特殊効果もどんどん雑に安っぽくなっていくのは素直に残念。
といった感じで、中盤のTVでの大死亡がピークでその後はどんどんテンションが下がっていくのだった。まぁ、病院探索パートとかはじわっとしたJホラーっぽさがあって悪くはないんだけどさ。
「児童虐待の連鎖」が途中、主人公が通っている大学の講義で出てきて結局最後までそれが通底しているのは意外とちゃんとしていてよかった。主人公も児童虐待を受けてそれがトラウマになっていることは序盤の序盤から示されているし、主人公が虐待していた子供に最後に乗っ取られて堤真一を刺すのもそれを表していて、最後に飴食わせて終わるのもよかった。
でもそう考えたらやっぱ実は母親じゃなくて娘(姉)でした~ってどんでん返しはテーマを薄めてると思うんだよな。ぶっちゃけ失敗やと思う。
そんなこんなでJホラーの佳作として20年たった今見ても普通に面白い作品だった。何より20年前の柴咲コウとか堤真一とか松重豊とか見られるのなかなか面白いので今の時代に見てみると意外とめっけもんかもしれない。邦画とホラー両方好きなら結構オススメ。
秋元が作ったの自体は地下じゃないがそのシステムを真似てプロデュースされたものはコネとかない状態なんで軒並み地下扱いになっちゃってたってことでは
dorawiiより
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dorawiiより
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本稿は、2025年にリリースされた乃木坂46の40thシングル「ビリヤニ」が、
というマーケティング構造(本稿では“日清構図”と呼ぶ)と比較し、
節目の40枚目という重大なタイミングで採用したのかを分析する。
本研究では、ChatGPTおよびGemini、二つの生成AIから得られた
乃木坂46は「清楚」「正統派」「王道」というブランドイメージを確立している。
本稿は、その“異様さ”を原点に議論を進める。
そのため「ビリヤニ」は異常値(アウトライヤー)として扱える。
という“ふざけても大丈夫な強度”はマーケティング界で頻繁に取り上げられる。
乃木坂46は、
これらが重なり、日清構図同様に
よって“ビリヤニ”は
として説明できる。
しかし、
ここから導かれる仮説は次の2つ:
→ ゲストからビリヤニ文化(南アジア、ハラール圏等)を聞いた点も歌詞に接続。
ただし偶然にしては整いすぎているのが本件の核心である。
歌詞中で、
と説明した内容と一致する。
したがって、
または
という逆転現象が起こる。
ラジオは偶然ではなく、
秋元康が“情報収集・感化・伏線”のいずれかを意図した可能性が高い。
そして曲の成立は
AI 2体(ChatGPT×Gemini)を用いて
情報の「影」を消すことで初めて到達できた
本稿自体が、
和式リベラルの「女性の社会進出は良いことだが…ただし高市テメーはダメだ!」が止まらないわけである。
“初女性首相”の名誉を(彼らにとっての悪の根源アベの眷属たる)高市に取られたという腹立ちがあるんだろうな。
それに対抗して「自分は女性として素直に嬉しい」と表明する人もいる。
https://note.com/morinatsuko/n/ndec92cd41e0a
しかし「初の女性首相」はひとつのメルクマールであって、それ自体が何かの達成ではないのだ。双方ともに「女性」というファクターに拘泥しすぎている。
女性首相はただの首相。みながその前提で首相の実際の仕事をニュートラルに批評するようにならないといけない。
一連の高市批判の中で「キャピキャピしている」「男に媚びている」といったものがリベラルを標榜する女性からも多くなされたことは記憶に値する。初めてのことだからそういうバックラッシュが起きるのは当然と言えば当然だが、それにしてもなんとも幼稚な反応ではないか。
とりわけ酷かったものとして「雌犬が首相になった」というのがあったが、それは実はソトン秋元のポストである。今更説明は不要だろうが、ツイッター草創期からずっとそういうこと言ってるだけの愉快犯だ。
高市が気に食わないあまり勇み足な批判をしている和リベ勢と、単なる愉快犯はさすがに区別しなければならない。又聞きで「リベラルは首相を雌犬呼ばわりしている!」とか言い出したら異常者の思うツボだ。
「人々が健全な教えに耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、」ということばがあるらしい。
ひらがなで書いているのはごまかしなのか、耳障りということばは目障りと同じで、肌触りとか手触りとは違うのだが、
検索するとhttps://webjournal.jtf.jp/2025/05/12/10186/ というところに石黒圭というひとの名前が出てくる。
こういった研究業績を積み上げるためにあちこちかかわるだけのようなひとは本当に有害でしかないと思う。
ほかにも恵泉女学園大学の紀要などにも得意げに外部モニターとしてかかわったといって文を寄せている。
好意的にいえば、こういうひとたちは自分の研究にかかわるところはみたのかもしれないけど、一般人にもわかるようなことは放置だったということか?
TikTokが出てきて、秋元系とかジャニーズ以外のアイドル、それにインディーエレクトロみたいな、今までじゃなかなか陽の目を見なかった音楽が普通に流れてくるようになった。これって、YouTubeが切り開いた音楽の民主化がさらに進んだってことじゃん?と素直に喜んでたんだ。
明らかにショート動画でバズるために作られた曲ばっかり増えてないか?キャッチーなフレーズとダンス、以上!みたいな。もちろん、それがきっかけで知られて、その後ちゃんといろんなタイプの曲を出してくれてるなら、全然アリなんだけど。
もしかして、バズることだけが目的になって、音楽の幅が逆に狭まってるんじゃないか…?なんて思ったり。
TikTokが新しい才能の発掘場所になったのは間違いない。でも、その才能がショート動画向けに最適化されすぎちゃうのは、なんか違うんだよなあ。
昔、テレビが音楽を消費してた時代に戻りたくないけど、TikTokが新しいお茶の間になって、そこでのウケだけを狙うようになったら、本末転倒じゃね?