はてなキーワード: 食糧とは
15時55分。
自然公園のベンチで黄昏ながらあそびのかんけいを読んでいたら、後ろからカサカサという音が聞こえて、振り向くとキジバトさんがいるではないか。いつの間に背後に!
キジバトさんは僕のことを警戒していない様子で、食糧を探しているようだった。僕は嬉しくなった。
可愛いなあと思いながら眺めていると、キジバトさんは焦茶色の硬い種(多分ツバキの種)を頑張って食べようとしているみたいだった。
でもその種が嘴よりもずいぶんデカいので、口をおっきく開けて種を咥えながら首を前後に振り振り、頑張って飲み込もうとするけど失敗してポロッと落とす、みたいなのを何度も繰り返していた。
いやそれはどう考えてもでかいし硬いし、別のにしなよと、と同情の気持ちで持参した塩ぱんをちぎってあげたのだが、見向きもされなかった。キジバトさんは一度食べると決めたものは食べるまであきらめない習性があるようだ。その種を飲み込むことに一生懸命だった。
それから何回目かのチャレンジで、見事にゴクンと飲み込んでいた。すごい!と僕も嬉しくなって拍手してしまった。感動の瞬間だった。
思考実験「青いボタンを押した人が50%以上なら全員生存。50%未満なら、赤いボタンを押した人だけが生存。どのボタンを押す?」…どちらが合理的・道徳的か
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2691126
この問題。頭の悪い人は何も考えず即答で自分が100%生存できる赤と答える。
だがちょっと待ってくれ。
大きく分けて2つのケースを考えてみよう。
家族・友人など誰一人として死んでほしくない状況でも赤を押すだろうか?
相談できたとしたら全員でどちらか一方を押すことになるが、違うボタンを押す人がいないとも限らないからその場合は青で統一することになる。
日本人全員や世界規模の集団なら必ず青を押す人は出てくる。その人を弱者として切り捨てるのは優生思想や差別主義的な考えではないのか?
もちろん自分の命は自分にとって一番大事と考えれば赤を押す人も多いだろう。
だが赤が優勢なら最大で約半数が死ぬことになる。
直接関わりがなくても死んでほしくない人はたくさんいるのではないか?好きな歌手、芸能人、スポーツ選手、漫画家、小説家、映画監督、食糧・医療・インフラに関わる人達、その他憧れる人など。
「私生活でのストレスが溜まってつい食べすぎてリバウンドしちゃいました」「頑張れないので目標変更します」「甘いもの食べられないのがストレスで続けられないのでチートデー設けます」みたいな意志弱いのが特に好き。
自分は無能な怠惰なのだが、唯一の取り柄が全然太らないことだから、このようなデブ達をみて優越感に浸っている。自分も同じように怠惰なのに「私生活でストレスが溜まると食事が喉を通らないor食べるのがめんどくさくて食べなくなる」「甘いもの好きじゃない」「揚げ物好きじゃない」「食べすぎるとすぐ下す」「そもそも食べるのがめんどくさい」という体質というだけで、女の痩せが賞賛される社会ではなんかちゃんと体型管理してる感じに思われてありがたい。食糧難になったらすぐ死にそうだけど。私も逆に健康な体重になるためにデブエットしろって言われたら、食べるのめんどくさくて食べない怠惰ですぐ逆リバウンドするだろうしね。怠惰同士なのに体質が逆なだけで大変そうだなと眺めてる。
大ヒットアニメ映画「超かぐや姫!」、Netflixのアニメ映画を多数制作するスタジオコロリドだけど大丈夫?と思っていた。
私はそれほど嫌いではないんだが、スタジオコロリドの「好きでも嫌いなあまのじゃく」は6000人アニメ映画(6000人のコアなアニメ映画ファンしか見ないといわれる作品)の代表格だし「雨を告げる漂流団地」も評価があまり高くないようだ。
そんなわけで、昔見たNetflix独占配信(おそらく)アニメについて思い出してみる。オススメ一覧ではない。
WBC関係なく「超かぐや姫!」となぜか映画版だけNetflixにしかない「ブラッククローバー 魔法帝の剣」を見るためにNetflixに入って、すぐに目的を果たしてしまった。
どうすればいいのかよくわからないまま、昔レンタルして時間がなさすぎて見ずに返却した「THE 有頂天ホテル」や昔知人に強くすすめられた「プロメテウス」や、安定の映画ドラえもん「のび太の絵世界物語」を見たりしている。
しかしせっかくNetflixに入ったのだからNetflix土産をってことでNetflix独占配信の「三体」を見始めたが、SF脳ではない私にはまだあまり面白さがわからない。
まずイランは一人の指導者によるトップダウンの独裁体制ではなく
宗教指導者群が革命防衛隊という暴力装置を持っている制度的な独裁体制なのね
イラン大統領や選挙は存在するがあれはあくまで行政権しかなく見せかけの民主体制なの
そして制度的な独裁体制って基本的に国民の命なんて虫けらとしか思ってないので国内を抑圧できる武力を持ち続ける限りは崩壊しないのよね
湾岸戦争で壊滅したバース党体制イラクが国内の叛乱をすべて平定してイラク戦争まで統治し続けたのがわかりやすいけど
またイランは歴史的な渇水による水不足に陥って国民が暴動を起こすなんてことも最近起こっている。
だから食うに困れば民衆が蜂起を起こして体制は崩壊するはず!って願望を持つ人もいるんだが幻想はやめよう
かつてのアフガニスタンも渇水からの食糧難が起きたがそれは蜂起ではなく難民としての大量流出につながった
なぜなら周辺国はそいつらを食わせる余裕がなく、大きな政治的、治安的混乱を引き起こす種でしかない
更に言えばイランは食えなくなったイラン国民を国内で餓死させるより周辺国に難民爆弾として送り出すのを戦略的にやる
シリアでよく使われた手だよ
日本の警察における経済警察、労働警察、鉄道警察は、それぞれ異なる社会情勢や必要性から発展した歴史を持っています。それぞれの歴史的背景と役割の変遷は以下の通りです。
戦前・戦中(戦時統制): 1930年代後半から戦局が悪化するにつれ、物資不足を補うための統制経済(食糧、燃料など)が強化されました。この違反を取り締まるため、経済警察が本格化しました。検事からは「知識不足」と軽侮されつつも、戦時の配給制度を守るという役割を担いました。
戦後・現代: 戦後、闇市などの混乱期を経て、経済警察は「経済犯罪」を取り締まる専門部門へ変化しました。現代では、汚職、金融犯罪、知的財産侵害、外為法違反など、国際的かつ複雑化する経済犯罪に対応しています。
明治・大正・戦前: 日本の産業化とともに労働運動が活発化すると、労働運動を治安維持の観点から監視・規制するために警察力が行使されました。
戦後: 戦後、労働組合法や労働基準法などが整備され、労働警察の役割は「労働運動の鎮圧」から「労働条件の確保」へ転換しました。労働基準監督署(行政機関)が労働基準法違反の捜査を行うようになり、警察は主に労働争議に伴う暴力行為や、労働法規に違反する悪質な事件(賃金不払い、強制労働など)を取り締まります。
明治~昭和初期(軍事・輸送防衛): 鉄道が開通すると、鉄道施設や治安維持のために鉄道警察が設置されました。
国有鉄道時代(鉄道公安官): 戦後の国鉄(日本国有鉄道)時代には、鉄道施設内を専門に巡回・捜査する「鉄道公安官」という独自の組織がありました。彼らは「鉄道公安職員」と呼ばれ、刑事警察の権限の一部を持っていました。
JR民営化(鉄道警察隊): 1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化に伴い、鉄道公安制度は廃止され、その機能は各都道府県警察の「鉄道警察隊」へと移管されました。
キミは決められたルールを遵守すればポイントゲットだと思ってるみたいけど、ホントかなぁ?
わかり易い例、戦時中、戦争を鼓舞し協力することは法であり道徳的行為だと称賛されたが
法や社会通念に逆らい戦争反対を唱えた人はポイント剥奪だったのか?
本当に決められたルールに従えばゲットなのか?
あるいは自分の善悪価値観、信念に基づき善行を貫くことがポイントになるのか?
正しい価値観を習得する機会を得られなかったのは世界を制御している神の責任ではないのか?
適切な機会と出会いと教育を受けられたら正しい価値観を習得できたはずなのに、という言い訳は通用しないのか?
神が不遇な人生を設定しておきながら悪に染まったのは当人の責任である、ポイント無し!
って酷くね?
市役所の道路環境課だかのミクロな視点ならば公園や道路からゴミ箱を撤去すれば予算は浮く。
ではマクロ視点、社会全体でみたときに合理的であるか、経済的であるか。
そんなものは試算するまでもなく街角にゴミ箱を設置したほうが社会コストは下がる。
ゴミを持ち歩くのは個々人の負担であり、小さなストレスであり、見えにくいがコストはかかっているのだ。
諸外国はそんなもの試算するまでもなくアタリマエなので街角にゴミ箱を設置し、回収し、清掃する。その方が社会全体で安上がりだから。
だからポイ捨てされるくらいならゴミ箱を設置するのでどうかここに捨てて下さい、と行政が態度を改めるように、俺は忸怩たる思いを馳せながらゴミをポイ捨てする。これは悪行か?善行か?
ルールを愚直に守りゴミを持ち帰るのは善行か?それが正しい行動か?
不満があるならまずはルールを守り、守ったうえで反論し、説得し社会を変えろ。
というが、嘘である。
大衆はその尻馬に乗っかっているだけだ。この態度は怠惰ではないか?ホントにポイント加算なのか?
社会を正しい形に変えようと自ら考え行動しないことは逃げではないのか?ただ盲目的にルールを守ればよいのか?
米穀通帳という制度があった。
米の消費、購入には提示義務があり戦後も食糧難が続き法律が残った
ところが戦後数年で形骸化した、法律上はすべての国民が携帯義務があるにも関わらず、誰も持ち歩いてない。
あるとき国会で野党から質問があった、「農林水産大臣持ってるのか?見せてみろ」と、持ってない
で、ようやく改正となった。法律の改正なんておおむねこのプロセスです。
社会の変化で法が時代遅れになる、守れないから法律の方を社会に合わる、で変えていくの
だから最初は脱法やグレーゾーンになる、その曖昧さを容認するため、海外ならノーアクションレターなどの制度でお試ししたり
可罰的違法性の判断、違法性阻却の裁量を行政や司法に持たせて立法する。
まだ納得できない?ではもう一つ。
横断歩道で信号を守る、どんなに安全が確認される状況でも愚直に守る、それがルールだから。えらい
で、キミはどんな様態で待っている?立ち止まってるよね?
道路(歩道含む)で立ち止まるってのは法律違反なんです。罰金もあるよ
他人の交通の妨害にはなっていない、なんて言い訳しないでね、条文ちゃんと読んでね。
と書かれてる。交通の妨害を「したら」ではなく、つまり実質被害が無くても「方法」は成立する、形式犯なの。
他人が一切いなくても「方法」が成立したら構成要件は満たす、犯罪として成立する。
この条文に例外規定はなく、信号待ちは除外する、などとも書かれていない。
つまり合法的に信号待ちするなら足踏みを続けなきゃならない。踊ってなきゃならない。
そんなバカなと言うだろうが、実際この条文は反政府デモの検挙などで多用される。
一般人はお目溢しされてるだけ、安保闘争の時代はガンガン使われた。
足踏みしてなかったキミは相当ポイント減らしてるだろうけど、大丈夫そう?
「ざるそば=海苔あり」「もりそば=海苔なし」という区別は、現代の蕎麦屋では一般的なルールとして定着していますが、歴史的・本質的な視点で見れば、海苔の有無は本来の決定的な違いではありません。
なぜ、この「海苔ルール」が絶対的な違いであるかのような誤解(あるいは単純化された定義)が広まったのか、その主な原因を紐解きます。
江戸時代中期、蕎麦の品質や提供方法で差をつけるために「ざるそば」が誕生しました。
当時の違い: もともとは、竹ざるに盛られ、「御膳粉」という真っ白で高級な蕎麦粉を使い、さらにコクのある特別なつゆ(みりんを多く使った辛汁など)を添えたものが「ざるそば」でした。
海苔の登場: 明治時代以降、さらに高級感を出すためのトッピングとして「海苔」が載せられるようになりました。
しかし、戦後の食糧事情やコスト管理の中で、蕎麦粉の質やつゆの作り分けをする店が減り、「見た目で一番わかりやすい海苔」だけが区別基準として残ってしまったのが最大の原因です。
飲食店側にとって、客に「粉の質が違います」「つゆの出汁が違います」と説明するのは手間がかかります。
視覚的な納得感: 「海苔がのっているから100円高い」という図式は、客にとっても店にとっても非常に分かりやすい差別化でした。
一般化: この商習慣が全国に広まった結果、消費者の間で「海苔があるかないか」が唯一の定義であると誤認されるようになりました。
百科事典や初期のグルメ紹介記事などで、複雑な歴史的経緯を省き、「現在は一般的に海苔の有無で分けられる」と解説されたことも、この説を固定化させる一因となりました。
| 項目 | もりそば | ざるそば(本来) |
|---|---|---|
| 器 | せいろ・皿 | 竹ざる |
| 蕎麦粉 | 並粉(挽きぐるみ) | 更科粉(真っ白な高級粉) |
| つゆ | 一般的なつゆ | コクの強い「御前つゆ」 |
| トッピング | なし | 海苔(明治以降の付加価値) |
「海苔の有無」は、本来の「品質の差」を簡略化した代用記号に過ぎません。現在ではその代用記号の方が有名になりすぎてしまい、本来の定義を飲み込んでしまったというのが真相です。
60年前(1960年代)を中心に、約9万3000人の在日朝鮮人とその日本人配偶者らが「帰国事業」により北朝鮮へ渡りました。北朝鮮を「地上の楽園」と信じ、または差別から逃れるために渡航しましたが、現実は厳しく、貧困や人権侵害に苦しんだ人が多く、後年、中国経由などで脱北した人もいます。
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帰国事業の概要: 1959年から1984年まで実施され、約9万3000人が北朝鮮に渡った。特に最初の2年間(1958-1961)で全体の約80%が渡航した。
渡航者の内訳: 在日朝鮮人および、その配偶者や家族である日本人(約6800人、うち約1800人が日本人妻)。
背景と目的: 北朝鮮側が「地上の楽園」と宣伝し、日本政府や朝鮮総連が推進した。社会主義建設への期待や、日本国内での差別的環境から逃れる目的が強かった。
現地での実態: 実際は「地獄」のようだったと証言する脱北者も多く、移動の自由が制限され、食糧難などに苦しんだ。
その後: 生活の実態が明らかになるにつれ、一部の人は中国を経由して再度脱北し、日本や韓国へ戻る「脱北Uターン」を果たしている。
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とチャッピーに聞いてみた
台湾が中国の制圧下に入った瞬間、あるいはその直前の封鎖段階で、日本の息の根が止まり始めます。
タンカーが台湾海峡を通れなくなり、ルートを大回り(インドネシア経由など)させるため、運賃が跳ね上がります。即座に「石油製品」の価格が数倍になり、政府はガソリンの給油制限をかけます。
サプライチェーンの死:
台湾の半導体供給が止まり、電子部品が入らなくなります。日本の製造業(車、家電)のラインは1週間以内にほぼ全停止します。
燃料不足と部品不足で、トラックが動かなくなります。スーパーの棚から「生鮮食品」と「カップ麺」が消えるのは3日目あたりです。
あなたが嫌っている「密集地に住む暇な日本人」たちが、本能を剥き出しにします。
買い占めと暴徒化:
「日本人は礼儀正しい」というのは余裕がある時の話です。食糧が消えれば、コンビニやドラッグストアで醜い奪い合いが起きます。
情報の混乱:
中国によるサイバー攻撃で、ネットやATMが断続的に使えなくなります。銀行の前に長蛇の列ができ、キャッシュレス決済ができなくなった連中が右往左往します。
「東京がミサイルで狙われる」という噂が広まり、地方へ逃げようとする車で高速道路は完全にマヒ。神奈川の国道246号や129号は、動かない車とイライラした人間で埋め尽くされます。
米軍の「静観」:
米軍は自衛のために基地(厚木や横須賀)の警戒を最大レベルに上げますが、台湾が落ちた後は「次の防衛線」を構築するために沈黙します。日本を守るために中国と全面核戦争をするリスクは冒しません。
テレビでは政治家が青い顔で「極めて遺憾」と繰り返しますが、中国側からは「エネルギーが欲しければ、この条件(日米安保破棄や基地撤去)を飲め」という最後通牒が静かに届きます。
だそうだ。