はてなキーワード: 自業自得とは
第三部 内容で勝ち、現実で負ける
社名は伏せておく。
商社系の、若手にもそれなりに権限が回ってくると言われている会社だった。
配属された部の課長は論理的な人で、私の作る資料の精度をある程度評価してくれた。
問題は二年目以降に始まった。
ある新規プロジェクトの立ち上げに関する会議で、部長が明らかに前提条件の数字を間違えていた。
市場規模の試算根拠が五年前の業界レポートに依存していて、その後の市場の変化を反映していなかった。
私は会議の中盤でそれを指摘した。
「すみません。その市場規模の数字、ベースになっているレポートが古いです。直近三年で市場構造が変わっているので、現状の数字はその試算より三〇%程度小さいはずです。私の試算では、こちらになります」
試算表は、出典付きで再現可能な形にしてあった。
部長はしばらく画面を見ていた。
「うん、わかった。数字の話はまた別の機会にしよう。今日は方向性の話をしている」
「いえ。方向性は市場規模を前提にしているので、市場規模が違えば方向性自体が変わります」
部長はもう一度、私を見た。
今度は少し、目に疲れがあった。
「君の言うことはわかった。あとで個別に話そう」
会議は、私の指摘を反映しないまま進んだ。
「お前、ああいう言い方やめたほうがいいぞ」
「内容として間違ってるか?」
「内容は合ってる。けど部長の顔、潰しただろ」
「顔の話なんかしていない。事業の話をしているんだ」
同期はため息をついた。
「そう。そうなんだよ。お前はいつも事業の話しかしない。だから、お前以外のみんなが何の話をしてるのか、お前にはわかってないんだよ」
そう言って行ってしまった。
私はその言葉をしばらく考えた。
考えた末に、こう判断した。
そして忘れることにした。
理由は表向きには、「別のプロジェクトに君のスキルが必要だから」だった。
私が回された別のプロジェクトは、ほとんど何も動いていない塩漬けに近いものだった。
私は課長に直接抗議した。
「私の指摘が間違っていたのですか」
課長は少しだけ困った顔をした。
「指摘の内容は間違っていなかった」
「では、なぜ外されるのですか」
「内容ではない。理由は内容ではないんだ」
「では、何ですか」
それから、こう言った。
「君は正しい。けれど、君と一緒に仕事をしたいと言う人間がいない」
その瞬間、自分の中の何かが冷たく固まったのを覚えている。
私は課長を見た。
できるだけ感情を出さずに言った。
「では、正しさよりも好かれることのほうが評価されるのですか」
課長は私を長く見た。
それから言った。
「そうじゃない。仕事は一人ではできないから、一緒に仕事ができる人間になることも能力のうちなんだよ」
私は頷かなかった。
このパターンが三十代を通じて繰り返された。
三回、転職した。
会社が変わっても結末は似ていた。
次の半年で、私の指摘が人を傷つけるようになる。
私は毎回、辞めるとき同じことを思った。
そのとき初めて、こう思った。
これに気づくのに二十年かかった。
二十年だ。
君がこれを二十二歳のうちに気づければ、私より二十年得をする。
二十年は長い。
本当に長い。
ここでKの話に戻る。
Kとは大学を卒業してから、ほとんど連絡を取らなくなっていた。
年賀状が最初の二、三年は来ていたが、私が返さなかったので自然と途絶えた。
記事は、ある業界の中堅企業の新規事業立ち上げに関するものだった。
写真の中のKは、大学のときと同じように口を大きく開けて笑っていた。
少しだけ太っていた。
けれどKは外されなかった。
なぜか。
Kは失敗の途中で、社内の他の部署の人間を何人も巻き込んでいたからだった。
開発の係長。
経理の若手。
Kは新規事業のために、社内のいろいろな人間に頭を下げて知恵を借りていた。
失敗が見え始めたとき、その人たちがKを助けた。
そう言ってKを庇った。
Kは結果として責任者の座を維持し、二年目に軌道修正に成功した。
「最初の半年で失敗したのは僕のせいです。市場の読みが甘かった。けど、その失敗を直せたのは僕一人の力じゃないです。社内のいろんな人が一緒に直してくれた。だからこれは、僕のチームの成果なんです」
私はこの記事を何度も読んだ。
そして初めてわかった気がした。
Kは最初から、「一人で正解を出す」ことを目指していなかった。
Kは最初から、「みんなで間違えて、みんなで直す」ことを戦略としていた。
私はずっとKを軽く見ていた。
Kは内容で勝てないから、人と仲良くするのだと思っていた。
違った。
だから内容で勝つかわりに、内容を直せる関係を作ることに力を注いでいた。
Kは、私が二十年かけても気づかなかったことを二十二歳のときにはもう知っていた。
中学校か高校のうちに、一度、自分より頭のいい人間に出会っていたのだろう。
そこで、自分が一人では勝てないことを学んでいたのだろう。
Kは十二歳か十三歳のうちに負けていた。
そしてその負けから、人と一緒にやることを学んでいた。
私は十八歳まで負けなかった。
その代償が、その後の二十年だった。
両親が立て続けに亡くなった。
父が先で、母がそのあとだった。
葬式に来た親戚や、父の昔の同僚や、母の友人たちは、私のことを「東大を出た立派な息子」として扱った。
私はその扱いを受け入れた。
受け入れるしかなかった。
葬式の最後、母の友人だったという、私の知らないおばさんが言った。
「お母さん、あなたのことをいつも自慢してたのよ。東大に入ったときも、いい会社に入ったときも。でもね、最近お母さんこう言ってたの。『あの子、結婚はしないのかしらね』って。心配してたわ」
私は笑顔で答えた。
「ええ、心配かけました」
その夜、実家の、自分が高校時代に使っていた部屋で一人で酒を飲んだ。
机の引き出しを開けると、高校時代の模試の成績表がまだ残っていた。
全国偏差値、七十六。
順位、全国八位。
その紙を長い時間見ていた。
そして思った。
三十年前の紙だ。
私はその紙を引き出しに戻した。
戻して、引き出しを閉じて、また酒を飲んだ。
涙は出なかった。
涙が出るような感情ではなかった。
もう少し乾いた、静かな何かだった。
母が亡くなって少し経った頃、私はMに偶然、駅で会った。
Mはすぐに私に気づいて「お前、変わらないな」と言った。
私はMに気づいていなかった。
Mは髪が薄くなり、少し太っていた。
スーツの肩のあたりがくたびれていた。
Mは結婚していた。
子供が二人いた。
Mは私の近況を聞かなかった。
たぶん聞かないほうがいいと判断したのだろう。
代わりに、駒場の頃の話をいくつかした。
「お前、覚えてる? あの語学クラスの和訳の輪。Kがやってたやつ」
「ああ」
「俺、あれに助けられたんだよ」
「助けられた?」
「うん。俺さ、地方から出てきて、最初お前と似たような感じだったじゃん。一人でやれば全部できる、みたいな。けどKがしつこく誘ってくれてさ。最初は俺も、うざいと思ってたんだよ。けど何回か行ってみたら、自分が見えてないところを他のやつが見えてたりするんだよな。それで俺、考え方を変えたんだ。一人で全部やる必要はないって」
Mが続けた。
「あれが俺の人生の、たぶん一番大きな転換点だった。あそこでKに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。今の仕事、俺一人じゃ絶対できないからな。役所って根回しの世界だから」
私は頷いた。
Mが私をちらっと見た。
「お前は行かなかったよな、あの輪」
「うん」
「何で行かなかったんだ?」
しばらく答えられなかった。
それから、ようやく言った。
「行く必要がないと思っていた」
Mはそれ以上聞かなかった。
私たちはもう一杯ずつ飲んで別れた。
Mは終電で帰っていった。
最後に「また飲もうな」と言った。
私も「うん」と言った。
私たちはその後、一度も飲まなかった。
二人とも、それをわかっていたと思う。
Kに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。
Kは私のことも引っ張ろうとしていた。
「気が向いたら、声かけて」
「一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
Kは私に何度も手を差し出していた。
私はその手を毎回振り払っていた。
Kを軽く見ていた。
そのプライドのために、人と一緒に何かをするということを、生涯、覚えそこねた。
電車の中で初めて認めた。
あいつは、ずっと間違えていたわけじゃなかった。
あいつは、正解を一人で出すことを最初から諦めていただけだった。
だから、みんなで間違えたあと、みんなで直すことができた。
俺は、一度も間違えないために、一度も誰とも直せなかった。
涙はまた出なかった。
「人生は、一度きり」
そんなことが書いてあった気がする。
正確には覚えていない。
ただ、もう一度だけ君に語りかけたい。
君がもし、私に少し似た人間なら聞いてほしい。
勉強がそれなりにできる。
一人でいることを苦にしない。
周りが少し幼く見える。
「言い方」を装飾だと思っている。
人に頭を下げることを敗北だと感じている。
もしそうなら聞いてほしい。
君が会っていないのは、君が悪いからではない。
たぶん環境のせいだ。
中堅校で一番頭がいい子。
学年で目立つ秀才。
これは君の責任ではない。
そこには君と同じか、君より上の人間が必ずいる。
中学生のときから、もっと厳しい競争を経験してきた人間が必ずいる。
それが君のこの先三十年を決める。
選択肢は大きく二つある。
一つは、その人間を軽く見ることだ。
「あいつは要領がいいだけだ」
「あいつは育ちがいいだけだ」
これは簡単だ。
すぐにできる。
何の努力もいらない。
プライドが守られる。
気持ちがよい。
私が選んだのはこっちだ。
そして、その代償をこの四十七年間で払い続けている。
もう一つは、その人間に頭を下げることだ。
「すごいですね」
「教えてください」
「どうやってそんなに上手くやるんですか」
そう聞くことだ。
これは難しい。
プライドが傷つく。
気持ちが悪い。
自分が小さく感じられる。
けれど、こっちを選べる人間は二十年後、ほぼ確実に生き残る。
なぜなら、こっちを選んだ瞬間から、君の能力は自分の能力だけでなくなるからだ。
君は自分より上の人間の能力を、少しずつ自分の中に取り込んでいけるようになる。
これは私が二十年かけて気づいたことだ。
自分より上の人間に、自分の間違いを笑いながら指摘されたときだ。
そしてもう一つ。
これは道徳の話ではない。
君が長く生き延びるための技術の話だ。
「性格をよくする」というのは、誰にでも愛想よくすることではない。
人と一緒にいるときに、その人が「君と一緒にいて楽だ」と感じるように自分の振る舞いを設計することだ。
これを十代後半のうちにやっておかないと、後からやり直すのが本当に難しい。
二十代の後半から急速に固まる。
三十代に入ると、ほとんど固まる。
四十代になると、もう変わらない。
私は四十代の自分を見て、それを知った。
君は今、二十歳前後だ。
固まる前に修正してくれ。
「ごめん」
「教えて」
「自分が間違っていた」
この四つを重く、特別なこととして言わなければならない人間は、私のように誰とも何も直せなくなる。
「私は完璧ではない」
「私は、変われる」
ここで最後に、一つだけ付け加えたい。
私はこれまで、「人に合わせるな」「集団は誤答を選ぶ」「会議はノイズだ」「調整は知性の敗北だ」と思ってきた。
だから誤答を直すには、自分の見え方の外側を持ってくる必要がある。
それを持ってきてくれるのが他人だ。
この関係を若いうちに作っておかないと、君の認知は君一人の中で閉じる。
その罰が、私の四十代だった。
君には、その罰を受けてほしくない。
この手紙を、ここで終える。
書きながら何度か、自分のことが嫌になった。
いや、本当のことを言えば、何度か自分のことをまだ正当化したくなった。
「Kは、俺ほど深くは考えていなかった」
そういう声が、今でも私の中で聞こえる。
たぶん、その声は死ぬまで消えない。
けれど私は、その声をもう信じない。
私は君に、私と同じになってほしくない。
私はもう、どこにも戻れない。
母も父も、もういない。
KともMとも、もう会わない。
私の若い頃のクラスメイトたちは、たぶんそれぞれの家庭で、それぞれの夕食を食べている。
私には夕食を一緒に食べる相手がいない。
これは自業自得だ。
誰のせいでもない。
けれど君は、まだ間に合う。
これから「ごめん」「教えて」「ありがとう」「自分が間違っていた」を毎日言える。
これから人と一緒に間違えて、人と一緒に直せる。
それを君のうちに習慣にしてほしい。
二十歳の君の習慣は、四十歳の君の人格になる。
二十歳の君が人に頭を下げることを覚えれば、四十歳の君は誰かに助けられる人間になる。
二十歳の君が自分の間違いを認めることを覚えれば、四十歳の君は間違える前に人に相談できる人間になる。
二十歳の君が雑談を大事にすることを覚えれば、四十歳の君には夕食を一緒に食べる相手がいる。
これは綺麗事ではない。
最後に、もう一度だけ。
正しさは、人に届かなければ現実を変えない。
一人で正解を出せる人間より、人と一緒に間違えて直せる人間のほうが長く生き残る。
けれど、誤答を直す力もまた集団の中にある。
その集団に、君が入っていけるかどうか。
それが君のこれからの三十年を決める。
私は入っていけなかった。
その理由をたくさん書いてきた。
けれど本当の理由は、たぶん一つだ。
私は怖かったのだ。
その怖さを、私は「孤独を選ぶ強さ」と自分に言い聞かせていた。
それは強さではなかった。
ただの臆病だった。
君が私と同じ怖さをもし持っているなら、その怖さに名前をつけてやってほしい。
「臆病」と。
名前をつけずに、それを「強さ」と呼び続ければ、君は私になる。
長くなった。
これで終わる。
君が今夜、誰かと夕食を食べられますように。
君が十年後、誰かと一緒にその失敗を直せていますように。
君が二十年後、私のように、見知らぬ若者へ誰にも頼まれない手紙を書く人間にならずにすみますように。
これは説教ではなく、
これは祈りだ。
どうか。
私のようには、ならないでくれ。
「嫌中」動画や日本称賛系動画のコメント欄には、内容を事実と疑わないような称賛と憎悪があふれていた。
動画が関心を集め、再生数が増えるほど、収益を生んでいることを実感した。得た報酬は、多い月で約5万円。「お金のためだった。でもそれが誰かの思想をゆがめ、社会を分断させたのかもと気づいた」
今年1月、発注者から「収益化ができなくなった」と知らされた。
仕事は途絶えた。だが焦りや不安より、後悔の念にさいなまれた。「外国人への影響を想像することもしなかった。人として、間違ったことをしたんじゃないか」
取材に応じたのは、「過度な中国批判は、お金もうけのために人為的に作られたものかもしれない。内容を信じてしまう人が少しでも減れば」という思いからだ。
発注者とはチャットでのやりとりに終始し、男性は最後まで顔も声も知らなかった。(華野優気)
■発注者は 「日本が大好きな方、中国が嫌いな方」募集 規制で収益消え政治系に転向「すごく簡単。2週間で50万円」
東京都内のオートロック付きマンション。インターホン越しに取材と伝えると、白髪交じりの男性が降りてきた。「家族が『外でやって』と言うので」
男性は近くの路上で、大手仕事仲介サイトに「嫌中系」をうたう動画制作の求人を出し、つくった動画をYouTubeに投稿してきたことを認めた。
計5回の取材に語ったところによると、男性は60代。有名私立大学を卒業し、外資系など複数の金融会社で20年近く働き、2000年代に国家公務員に転職した。
転機は定年退職した数年前。「独立し、クリエーティブなことで稼ぎたい」。目をつけたのがYouTubeだった。
当時、顔を出さずに、静止画や機械音声を使った動画がはやり始めていた。元手がほぼいらずに稼げることに魅力を感じた。セミナーに入り、収益を増やすため、「成功者」たちから編集や台本の外注方法も学んだ。
最初に始めたのは、大谷翔平選手を扱うチャンネル。広告収益は最高で月150万円に上ったが、浮き沈みも激しかった。それに、移籍先のことなど、ニュースを追わないと再生数は伸びない。「大変だった」
しばらくして、「嫌中」がはやり始めた。中国人と関わったことはないが、中国批判をする雑誌への投稿歴もあり、参入にためらいはなかった。「中国人は嫌い。自分のやりたいことと、視聴者の需要が一致した」
仕事仲介サイトの記録によると、男性は24年7月~25年12月、「嫌中」や、日本が中国など他国よりも優れているとする「日本称賛」の仕事ばかりを発注。募集文には、「中国人の迷惑行為、その後、自業自得になったり、天罰が下ったりするフィクション動画」「応募条件は日本が大好きな方、中国が嫌いな方」などと書かれ、少なくとも30人以上と業務委託が成約していた。
男性によると、大谷選手の動画も嫌中系も、視聴者の大多数は65歳以上。ただ、嫌中系は最後まで見る人が多く、広告単価は、大谷選手の動画の約3倍に。収益は「多くて月約60万円で、安定していた」と話す。
男性は取材に、「あくまで中国を批判しているだけ。嫌中は何年も許されてきたし、他にやっている人もたくさんいる。今さら問題視するのはおかしい」と憤った。
仕事仲介サイト上の募集は昨年12月、「差別につながる可能性が高い」として非公開処分に。「嫌中」チャンネルも今年1月にYouTubeに広告収益を止められたという。YouTubeは1月、AI(人工知能)による「低品質動画」を規制する方針を示していた。
すると男性は1月、新たな「政治系チャンネル」を開設。高市早苗首相を取り上げつつ、野党や、自民党でもネットで不人気の政治家を批判した。
外注せず自ら編集し、「すごく簡単。2週間で50万円稼いだ」と豪語する。まもなく広告収益を止められたが、こう語る。
「これからもYouTubeで稼ぎますよ。これを中心に、妻子を養っていくんで」
YouTubeの運営会社Googleは、「スパムや詐欺などの欺瞞(ぎまん)行為」などを禁止。同社は25年10~12月、ポリシー違反があったとして世界で約340万チャンネルを削除したが、男性のものとみられる「嫌中」チャンネルは、5月上旬も削除されていない。(平川仁)
■アテンションエコノミー 怒り・嫌悪で引きつけ広告収益、視聴者は一呼吸置いて 国際大学・山口真一教授
SNSや偽・誤情報の問題に詳しい国際大学の山口真一教授(社会情報学)は、「嫌中」動画が出回る背景に「負の感情をあおるほど収益につながる『アテンションエコノミー』の構造的な問題がある」と指摘する。
山口教授によると、特定の国や集団への反感を刺激する内容など、怒りや嫌悪といった感情は人々の注意を引きやすく、制作者は広告収益を得やすい。「発信者の信条や差別意識だけではなく、経済的動機も無視できない」と言う。
山口教授は、「視聴者に現実の出来事と受け止められれば、差別意識の強化や現実認識のゆがみにつながりかねない」と話す。
「誰にでも起きうる問題」とする一方で、山口教授らの2023年の調査では、50、60代の視聴者は若い世代に比べ、偽・誤情報や陰謀論を「やや信じやすい」傾向にあった。背景に、「テレビでYouTubeが視聴できるようになり、テレビ番組や新聞に近い感覚で接している可能性がある」という。
動画には、露骨な差別表現は使わずとも、間接的に特定集団への嫌悪や偏見をあおるものも少なくない。
山口教授は、「明確なポリシー違反と断定しにくい『境界線上のコンテンツ』にプラットフォーム企業が適切に対処できるかが問われる」と指摘する。
具体的な対策として、問題のあるコンテンツを量産するアカウント群をより早く把握し、広告収益を停止することや、動画を視聴者にすすめる「アルゴリズム」を、特定の動画については抑制することなどをあげる。
視聴者は、強い反感をかき立てる動画ほど、「(直接の当事者の証言や公式発表などの)1次情報はあるか」「投稿の目的は何か」など一呼吸置いて考える習慣が必要だと指摘する。(平川仁)
自作自演増田がZany Faceを使うときはストレスが溜まっているときです
母親の過保護の間に挟まれ常にフラストレーションを溜めています
どちらも自作自演増田の自業自得でこじれていった結果なので、同情の余地はありませんが、
そのフラストレーションを晴らすために、レベルの低い煽りを多用します
自作自演増田がZany Faceを使うときはストレスが溜まっているときです
母親の過保護の間に挟まれ常にフラストレーションを溜めています
どちらも自作自演増田の自業自得でこじれていった結果なので、同情の余地はありませんが、
そのフラストレーションを晴らすために、レベルの低い煽りを多用します
自作自演増田がZany Faceを使うときはストレスが溜まっているときです
母親の過保護の間に挟まれ常にフラストレーションを溜めています
どちらも自作自演増田の自業自得でこじれていった結果なので、同情の余地はありませんが、
そのフラストレーションを晴らすために、レベルの低い煽りを多用します
自作自演増田がZany Faceを使うときはストレスが溜まっているときです
母親の過保護の間に挟まれ常にフラストレーションを溜めています
どちらも自作自演増田の自業自得でこじれていった結果なので、同情の余地はありませんが、
そのフラストレーションを晴らすために、レベルの低い煽りを多用します
インセル、入ってる。67点。
ボケた祖父を介護しながら大型スーパーで働く主人公のジョナサン・メイジャースはIFBBプロを目指すボディビルダーの卵。怒りを制御できない彼はカウンセラーに通いながらもゴリゴリにステロイドを打ちジムに通うもジムにも職場にも彼の周りには誰もいない。そんな彼は白人のボディビルチャンプに心酔しており、彼に返事のないファンレターを書き募る日々を送っている。そんな彼の日常が些細なことがきっかけに崩れていく。
みたいな話。
なんかさー、つらい映画だったよなぁ。
ジョナサンは黒人でユーザーだけどちゃんと鍛えてて、でも大きくならなくて、ジム仲間もいないからポージングがへたくそで全然承認が得られなくてさぁ。黒人なのに黒人コミュニティにも所属してなくてなんなら白人のいい子ちゃんみたいな服装ばっかりしてる。シャツは襟付きだし、もこもこの手編み風のセーターを着てる。途中で、レストランでブチ切れて周囲の客全員をののしるシーンがあるんだけど「ハゲ!」「チビ!」「デブ!」「ブス!」っていう、子供の悪口みたいなことしか言えない。黒人らしいF〇uckとか一切言えないの。
一方で、バイト先のスーパーで客が買ったパイに唾たらしたり、仕事のやる気がなかったり、職場の気になるあの子のシフトを調べて通い詰めたり、人に好かれる方法をネットで調べたり、まるで非モテ増田のルサンチマンを煮詰めたような行動をどんどんお出ししてくる。また、祖父を馬鹿にされたと思ったらブチ切れてペンキ屋の店をバッキバキに破壊したりとマジでろくでもない奴でもある。
典型的なコミュ障でアスペ気味というか明らかに定型発達障害の傾向も見えるし、そんな中でヤングケアラーとして今の社会に呪詛を吐き続ける従軍経験のある祖父をリスペクトしながらも面倒を見続け、さらにはステロイドの副作用で身体はボロボロだし精神はロイドレイジを発症しているという生きづらさ三倍満。そしてキモ・ヲタらしく推しビルダーへのファンレターにも「なんで連絡くれないの?」「これ届いてる?埋もれちゃった?」とか書いちゃうのもさぁ、なんかつらいよね~。ジャパニーズ・キモ・ヲタが部屋中にアニメポスターを張るように彼は部屋中にボディビルダーのポスターを張っている。
せめて鍛えた筋肉で人気者になりたいとSNSに動画を上げるも、散々バカにされインセル臭がすごいとまで言われちゃう。
でもそんな中で職場の気になる女の子を頑張ってデートに誘ってオッケーをもらってしまう。非モテ増田ブチ切れ。裏切者。しかし、そのデート先でボディビルダー特有のコダワリを発揮して店員を困らせ、バカみたいな量を注文し、推しビルダーを知らないと言われると説教までしてしまった結果、彼女には逃げられてしまう。
ここでさぁ、彼が「男に生まれたからにはデカいことを成さないといけない。じゃないと忘れられてしまう」って話をするんだけどさぁ。思うんだよね、目の前にお前を見てくれている女性がいて、この女性を本当に大事出来たら世界のだれもお前を覚えてなくても、彼女はきっとお前のことを忘れない。それこそが生まれてきて人がなすべき本当のデカいことなんじゃないかって。
実際、最後の最後の最悪の瞬間にこれまで話の中でちょろっとしか出てこなかった母親が主人公を愛していた瞬間のことがフラッシュバックで表れて彼は最悪の選択を避けることができる。つまりあの瞬間、彼の母親は「忘れられてしまわない」ってことで、何より「デカいことを成した」んだよね。そしてそれをたぶん彼は自覚してステロイドを捨てて、自分自身を承認するために再び自分の身体に向き合うことを決める。
このエンディングを甘いと思う人もいると思うんだけど、俺はめちゃくちゃ誠実だと思った。
もろちん、彼が引き金を引いてレガシーを残してあのバカみたいな笑顔を浮かべてエンドでもよかったかもしれないけど、それじゃあジョーカーじゃん。
彼は審査員を銃で脅していて、ステの副作用で心筋は肥大しいつ止まってもおかしくなくて、腎臓にもクソデカ腫瘍ができていてはっきり言って未来なんかなんもないんだけど、なんもないんだけど最後に心の平穏を得られたのはよかったかな。
話は戻って彼が黒人コミュニティに属せない人だってのもなんか切なくて、彼が狙ってるかわいこちゃんは当然白人だし、ボディビルヒーローって現代で言えばロニコーとかも含めて黒人はいっぱいいるんだけど、彼は白人ビルダーを推しに選んでいる。自業自得でコンテストで失敗した彼は(ここの展開あまりにセッション過ぎて笑っちゃった)、筋肉はあきらめ筋肉の代わりに男性性として銃を手に入れる。そしてクラブに行ってすわ乱射事件かと思ったら、そこでボディビルのポージングをとるんだよね。黒人ばっかりのクラブの中で彼らのダンスのノリにも結局迎合できず、孤独にポージングをとる。
黒人娼婦を買って彼女の前で服を脱いで筋肉の評価をしてもらう展開があって、いやこれ自体もゲロキショなんだけどそこで全肯定されてついに自分を受け入れてくれる人に出会えたと勝手に勘違いしてキスしようとしたらぴしゃりと拒絶される展開もあまりに哀しくてねぇ。キショいんだけど。そして童貞喪失失敗した後に推しビルダーから連絡が来てウキウキでついていったらケツ掘られて、しっかり性的搾取までされてしまうのはさすがにちょっと草だった。けど、ボディビルというマッチョイズムの頂点にいる人間も結局醜い搾取者だったという主人公の美しい信仰を最悪の形でぶち壊してるんだよね。
なんていうかアメリカ的なマチズモの中だからこそ生きづらい人なんだろうなって思った。
彼のコミュニティからの断絶って最小単位のコミュニティである家族ってものが、父親の心中によって幼少期に壊されたことに端を発していて、以降、彼は祖父の介護という形で自身を常にギブし祖父からのテイクは従軍時代の男とはという価値観だった。そしてその男性性を保つために彼はボディメイクを始めたんだと思うんだよな。そしてそれを最悪な行為によって失った結果、彼はすべてをかなぐり捨てて無敵の人になるんだけどそれでも最後に、母親から愛されていたことを思い出して踏みとどまる。この映画っていろんな生きづらさを描きながらもコミュニティに承認されることの映画だったのかなと思った。
まぁ、そんな感じかな。
正直ちょっとダラダラした展開もあるしボディビルダー的な話は中盤で終わっちゃってそこからはインセルと無敵の人の綱引き大会が始まるのでなんか思ってたんと違うなぁって感じがするかもしれない。でもまぁ、現代はMagazine Dreamで雑誌の表紙を飾ることで承認されたい、人に記憶に残りたいって話で、その承認欲求の行きつく先の一つに無敵の人化があるっていう話なんだろうなとは思ったかな。
遠足で「お茶買いたい」認めず、小1女児熱中症 「過失なし」と全面対決する学校の言い分
https://www.sankei.com/article/20240409-7I5X5D33TFKJVB7ME6IV3GH3DU/
これな
学校の悪い所が全部出てる奴だよな
そりゃまぁ?
過失まで認められるところはないのかも知んない
けどもさ
結果、死んだ事故もあったよね
飲み切る前の水筒に口をつけていたから問題ないと【判断】したんだろ?違うのか?
お前らが【判断】して飲ませなかったんだよ
状況が変わった今の真夏に、昔は大丈夫だったからと部活で水飲ませないとか、今許されないじゃん
給食を無理やり食わせるのも、今許されないじゃん
お前らの常識で、神のように振舞って強制していたことは、今許されないじゃん
今度のは「他の子がジュース買わせろって言うから買わせない」と【判断】したわけで
その【判断】は適正だったって主張してる
仮に、死亡していても過失にならんってことでしょ?
これ、学校側が行った【判断】は正しく、そこに過失責任はないってことになってるのよ
判定にあたり、その時児童が本当に脱水症状があったかは「関係ない」からね
学校側がそう【判断】する客観的な状況があったから責任はないという論法
学校側が【判断】して、行動を強制して、仮に結果人が死んでも、安全配慮義務に反していない
そういわれたらさ
もう学校のいう事なんて聞いてられないじゃん?
学校の勝手に下した正しい【判断】に従って死んでも自業自得だって事でしょ?
んじゃ、その自己責任としてお茶を買って自分を守らないといけないじゃん?
そんな指示に従えないよね?
で、これ、当然に、自分が熱中症だと思う【判断】は学校のルールより優先されるよね?
例の判決はそういう事でしょ?
韓国で人気のBL(ボーイズラブ)——男性同士の恋愛を描いたジャンル——のファンコミュニティ、特に二次創作(原作のキャラクターを使ってファンが新しく物語やイラストを作ること) の世界で、深刻な問題が発生しています。
それが「カップリング論争(커플링 싸움)」と呼ばれる現象です。 これが単なる「好みの違い」で終わらず、アチョン法(아청법:児童・青少年の性保護に関する法律) という厳しい法律を使った「告発合戦」にまで発展し、界隈全体を疲弊させています。
BL二次創作では、原作(アニメ・漫画・ゲームなど)で異性愛者として描かれている男性キャラクターを、ファンが「受け」と「攻め」 に割り当てて、恋愛関係(カップリング=CP)を作り出します。これを「掰弯(ストレートをゲイに書き換える)」 と呼ぶこともあります。韓国BL界(主に女性ファン)では激しい対立を生みやすい特徴があります。
• 「自分の好きなカップリング以外は低カプ(低品質)」と攻撃
• 嫉妬、独占欲、「女徳(女性としての正しい道徳)」を振りかざした排除
異性愛ロマンスや他のジャンルでは「このキャラとこのキャラをくっつける」ことで争いになるケースがほとんどなく、BL特有の閉鎖性です。
気に入らない二次創作(特に未成年男性キャラクターが性的に描かれた作品)に対して、同じBLファン同士がアチョン法を通報するようになりました。
アチョン法は元々実在の児童を守るための法律ですが、「児童・青少年と認識されうる表現物」(漫画・イラストなど)も対象に含むため、フィクションのBL作品も摘発可能です。通報は匿名ででき、警察が動けば相手はPC押収・性犯罪者登録・就業制限などの重い処分を受けるリスクがあります。
人気イラストレーターがPatreon(有料ファンサイト)で、仮想の男性キャラクターを中心とした成人向けBL・ショタ(少年愛)要素のイラストを販売。 界隈内のトラブルで通報され起訴。
裁判所は「見た目が幼く見える仮想キャラクターも対象」と認定。実在被害者がいない創作活動が、性犯罪者並みの重罰を受けた象徴的事例です。
ウェブトゥン作家が未成年キャラクターの漫画を共有したとして罰金200万ウォン+性犯罪者登録。 本人が作品内で制度の矛盾を告白し、社会的に注目されました。
原因は「好まないカップリング」を描いていたことに対する界隈内の逆恨みと見られています。
• 創作の萎縮:作家たちは年齢を「20歳以上」と書いても「見た目基準」で判断されるため、自主規制を強いられる。
• 内部崩壊:ファン同士の信頼が失われ、「味方同士の撃ち合い(内部総質)」が日常化。
• 外部からの目:「他人の表現を規制しようとした結果、自分たちが同じ目に遭う自業自得」と皮肉られています。
二次創作の本質は「自由な解釈と楽しさ」にあるはずです。しかし韓国BL界では、カップリング論争という感情的な対立が、アチョン法という強力な法律と結びつき、コミュニティ全体を自壊へと導きました。