はてなキーワード: 正義の味方とは
ツイフェミ、腐女子、何かに真理に目覚めたと勘違いしている女…
ネットを開けば壊れたラジオのように雑音が響き渡っているのは君達もうんざりするほどご存知だろう
彼女らの主張に我慢して耳を傾けると実は全部同じことしか言ってないのである「私が不愉快だからくたばって死ね」だけである
なぜこんな感情至上主義のモンスターに爆誕したのかはそれは幼少期にヒントがあると俺は思う
気持ちが昂れば号泣しだすのは子供共通事項だろう、しかし小学生にあがっていけば男子は泣くような奴は男じゃないという今も根強い呪縛によって
不愉快だったり悲しい気持ちになってもグッと堪えるようにトレーニングを施されているのだが女子はどうだろうか
何かあればもう我泣く、ゆえに我ありというレベルで泣き出すのではないか、そうすると周囲はなんと魔法でもかかったように心配してくれたりチヤホヤしだすのではないか
これは非常に強い「成功体験」かつアヘンのようなものであると思う
見た事ないだろうか、小学校のクラスの席替えでいわゆるチー牛と思われているような男子が隣に移動してきただけで号泣しだした女子を、隣は嫌だとめっちゃ被害者ぶってるけど言ってる事は普通に最低な事である
それなのに雰囲気は泣いている女の子に同情してあげなきゃ!となるもんだから不思議なものである、チー牛男子はただ隣に移動しただけですっかり加害者の悪者扱いされるのであるなんとも末恐ろしいのである
そうして女子はこう学習するのではないか、感情を押し殺さずに開放した方が得ではないか泣きだせばもうperfect!ではないかと
落ち着いて欲しい、大半の女がこうだとは流石に言わない男よりも我慢強い女も多く存在するだろう
しかし、その成功体験をずっと引きずっている女はどうなるかというと幼稚のままで精神的に成長が乏しくなるのだ
乏しいとどうなるのか?それは自分を悦ばせてくれるようなコンテンツに飛びつくようになるのだ
推し活、ボーイズラブ、ディズニー、韓国ドラマ、男性アイドルなどなど…
決して自分を否定せずにむしろ悦ばせてくれるというそんな夢のような世界に溺れるようになり
もしそこで不快な事でも起きるとどうなるのか?そうネットで喚き散らしてお気持ち表明マシーンと化すのだ
男は幼少期から泣くな我慢しろというトレーニングを施されているおかげで例えば嫌なものを見てしまっても「あーあ、嫌なもの見ちまったなまあ忘れよう」と自己完結するようになっているのだ
自分の体験も少し語ろう、俺もいわゆるジャンプ系アンソロジーというトラップにかかったことがある、ハンターハンターのあの男キャラと男キャラが猛烈に絡み合っていたのである
当時小学生の俺は大変衝撃で、それからBLに対する苦手意識はあったが事故ったようなものでずっと黙って過去のものにしていた
それからテレビでおっさんずラブとかいうドラマを見てしまい「同性愛をこうしてコンテンツとして消費していいんだろうか?」と疑問持ちつつそれも俺がたまたま見てしまっただけでむしろ自分が事故っただけと
これも誰のせいにする気もなく、あーあー嫌なモノ見ちまったなとなんとか別の事をしたり楽しい事を考えようとするのが一般的じゃないだろうか?
しかし、精神的にお子ちゃまな女はそれができないのである、嫌なものを見てしまったら不快な気持ちになり、それをどうしても外に出さないと自分が耐えられないのである
ツイフェミも根本は幼稚性から来ているのである、だからツイフェミの主張に激しくブレが多いのも自分が不快かそうでないかどうかなので全然論理的じゃないのである
だから「私が不快になった!」という超特大前提があるので常に被害者意識が強いのである、攻撃してもまず不快させた相手が悪いという正義の味方もドン引き理論である
致命的に話がかみ合わないのも当然だろう相手は脳じゃなく本能でしか動いてないからだ、不快だと思ってもそれをいちいち外に出さずに自己完結する手段は沢山あるはずなのに
そういう手段をとらずに真っ先に感情かめはめ波をするのも泣けば周りがかくまってくれるという「成功体験」が忘れられないのだろう
大人になればそんな魔法は存在しないのである、世界を変えたければまず自分を変えるしかないのだ
それすら出来ないから終わっているのは言うまでもないが
必ず、かの邪智暴虐の輩に物申すと決意した。
というわけで、ですね
竹田君
子宮摘出手術での注意過誤
これらの話題を通してここ1,2週間くらいずっとTwitterで医者と弁護士界隈が大喧嘩していますね
お互いに罵倒のようなものから冷静に意見を言おうとするものから色々と
まぁみててしんどい
しんどいし、思うこともあるのでいろいろ言いたい、というか自分のTwitterアカウントでも少し言及はしましたが
私のアカウントはあくまでもプライベートやゲームについてつぶやく用であり、長々とご高説を垂れるためのものではなく、
とはいえこのまま飲み込むには腹の虫がおさまらないと感じたので好き勝手書き散らかせるこの場をお借りしようと思った次第でございます。
自身の感情の吐き出し先として思うことを言うだけなので一部話が飛んだりまとまっていない場合があります。
メロスに少し代弁してもらいましたが、私自身はただの一般人で、法律家でもなければ医者でもないです。
つまりただのド素人です。ついでにいえば院卒のわりに鬱で倒れてキャリアをダメにしたので30手前にしてはまだ社会にでたてで金も彼女も資格もない弱者男性です。
ここに記載することがすべて正しいという意味ではなく、素人から見て今彼らがしている議論…のようなものを見て思ったことを書きます。
ここまでご理解いただいたうえで続きを読んでいければと思います。
簡単な時系順に起きたこと、思ったことをまとめていきます(当初はこんなに延焼すると思ってなかったので正確には覚えてないですし調べる気もないです)
この大喧嘩が始まったきっかけは間違いなく、裁判官マップがきっかけにあると思います。
大まかな理解としては、いわゆる口コミによる評価は直接的な評価にはつながらないので何書かれてても問題ない
という判決に基づいて、それなら裁判官も口コミによる批評にさらされても問題ないよな!と開設されたサイトであると理解しています。
このサイトについて、弁護士の方たちがTwitterでやりすぎでは?こんなことしてどうするの?と、裁判官を擁護するツイートがきっかけでしょう。
これに対し、多くの医者の方たちが、俺たちは昔からこんなかんじの理不尽な批評にさらされているのだからお前らも当然耐えられるよなぁ!と反駁することで開戦の火蓋が切られました。
そもそもの背景として、長らく医療は司法の下すトンデモ判決により、善良な医者が訴訟にまけ、莫大な慰謝料を払わされたり、職を辞さなければならないという状況にあり、
医療裁判で負けないために多くの対策をしてきてみたものの、どれも正当に効力があるわけではなく、その結果として不必要で過剰なまでの検査検査検査で現場が疲弊していました。
同意書を書かせてもダメ、患者の意向に沿ってもダメ、きちんと説明しても理解できてなかったらダメ。
これは介護業界にも近しいものがありますね。夜間に認知症で徘徊して一人でこけて骨折したらなぜか施設が訴えられ、しょうがないから出れないように拘束すれば人権侵害だと訴えられる。
そして司法側に、じゃぁ具体的にどうすればいいのだと聞いても具体的な基準は返ってきません。個々のケースに拠ると。
このようなダブルバインドで司法は医療に対して長年圧力をかけていました。実際、これは私が小学生中学生の頃にすでに問題視されており、子供心ながらにおかしくないか?
と思っていたのでもう10年20年はこのような状況だったと思います。
このような司法からの圧力は当然ながら裁判官側にはありません。それなのに少し批評の嵐にさらされるだけでやめてくれと訴えてくるのは軟弱すぎるだろう
それからは弁護士によるよくわからない擁護が続いてましたね、このような批評にさらされると判決に影響が出るかもしれないなんて意見が出てて笑ってしまった記憶があります。
そもそもどうして裁判官を擁護するのが弁護士だったのかが理解に苦しみますがこの辺りはあれですかね?
裁判官が攻撃される=司法崩壊の危機!みたいな感じだったんですかね?そもそも既にちゃんと機能してるか怪しくありません?
まるで自分たちが攻撃されているかのように擁護している方が散見されて不思議に思いました。
このころは特に医者からの医療への強い主張はなく、ただ司法にその批判にもさらされず責任も取らなくていい特権階級から降りてこいという趣旨しかなかったと思います。
せん妄事件で裁判官が冤罪を産み出し、お子さんを間接的に殺害した責任をとっていないという記憶が新しい中、自分たちだけが昔から一方的に結果に対して責任を取らされていたことへの皮肉でしょう。
長くなりましたが、この頃はまだ自分も考えがまとまってなくてただひたすらに論点のぼけた主張をする弁護士達が多くてこんなんで本業は大丈夫なのか?と心配してました。
ただまぁ同時に負けそうな議論はひたすら論点をずらす、ぼかすで曖昧にすることで負けないようにするというのもひとつの手法なのかなとかも思ったりしました。
ここから1週間くらいすると、裁判官マップの是非ではなく何故司法は医療裁判でトンデモ判決をだして責任をとらないのか という議題にシフトしていき、
完全な医療ミスなどほとんどないのに有罪をだす司法は何様のつもりだもう少しまともになれゴミ
という医療と、
医者の言う過失と私たちの過失は意味が違うのに誤解する医者が悪いに決まってるだろ
という司法による罵りあいになり、そんな中、子宮摘出手術時のミスで1600万円の支払いを命じられた事件と
小児心臓外科医が手術した先天性の疾患をもつ子が術後なくなってしまったことに対する訴訟が発生してもう大変なことに
小児の心臓外科医なんて神に訴訟してやってくれなくなったらどうするんだ!という医療サイドと
属性だけで訴訟するなとはどういうことだ!特権階級をよこせというのか!?という司法サイドで現在絶賛大バトル中。という感じでしょうか
この辺りから弁護士のツイートをいくつか見てて思ったことをつらつらと書かせてもらいます。
医者側もそれは無茶だろって思ったりすることはありますが概ね彼らの言ってることはわからんでもないって感じだったので
全体的な話でもあり、前述した話でもありますがまずどうにも弁護士先生方の論点がずれていることの多いこと多いこと
そのずれた話に医者も反論するのでどんどん話が意味不明な方向にとっちらかって
私の頭の中より話がとっ散らかってるんじゃなかろうか
医師と弁護士で大きく認識が食い違っていると思えることが3つあって
・特異的な例外的な状況だったことが明らかなとき、どこまで適切に罪状を減らす(増やす)かを議論する
というものです。これなら自身に落ち度がないなら安心して裁判をうけれると思うんですよね
あなた方が全力でやっている、依頼人の利益を最大化するために理屈をこねくり回して現実的ではない解釈を作り出すということは求められていません。
あまりにも弁護というのは依頼人の主張を無理筋でも通そうとすること というツイートが多くてびっくりしました。
それは事実ではなく、事実もとに展開した私たちの弁論(ストーリー)を元に判断しろということで、あまりにも事実を蔑ろにしていて傲慢だなと感じました。
そもそも被告原告が引き起こした事実ではなくお互いの弁護人や検察が生み出した物語で勝負するのであればその判決結果は物語を産み出した弁護人や検察に責任が帰属しそうなものです
これは雑談ですが法学部って一般教養で実験実習とかやらないんでしたっけ?
実験レポートの解析で主観マシマシお気持ち満載のレポート書いたら怒られません?
お気持ちを重視するならそれは法治国家ではなく情治国家と名乗った方がいい。
裁判官への批評一つで判決が変わるかもしれないらしいし、もうそうなっているのかもしれない
手術というのはガチャです。
それは執刀医がとかミスるかどうかとかではなく、手術後無事に回復できるか自体がガチャであるということです。
ガチャの内容は快復だったり合併症を引き起こすなどなどいろいろあると思いますが医者が手術をすることそのもの
を通して単発でガチャを引け、その結果に応じた状態を患者は入手できると。
患者の状態や手術の難易度に応じて中身の確率は変わりますが、所謂SSR確定券というのは存在しません
なので確実に手術が成功して快復するという保証はできないんですよね
この状態でのミスというのは別のガチャを引くとか、ガチャ結果を別の人に渡すとか意図的にガチャの内容を変えるとか
そういうのをミスというのであってガチャの結果が悪かったから訴えるというのは筋が通らないというのはおわかりいただけるでしょうか。
もっというなら、成功率が低いガチャなんて引きたくないのですよ。
でも引けるのは自分たちしかいないし、引かなかったら死んでしまう。
だから人助けのつもりで引くのも大変なガチャを回す。しかし結果が悪ければ訴訟される。
裁判官も弁護士も裁判結果が出た後にくじを引いて当たりだったら裁判結果と同等の罰を受ける
あまりにも法の下に活動している私たちが正義で医者はおろかである。
弁護士というのは基本的に弱者の味方として巨悪である権力のあるものに立ち向かうもの
というように扱われていますが別に弱者が常に正しいわけじゃないですよね?
スポーツの試合で負けるのは勝った側が違反してるからだ とか思っているのでしょうか
正々堂々戦ったのにズルしてる!といわれて不快にならない人がいるのでしょうか
長くなりましたがようするにですね、
弱者の代弁者として噛みつくのは大切です。がそれは相手に何も落ち度がなかった場合、
ただひたすらに現場の足を引っ張っているだけ。という事実は認識されていらっしゃりますでしょうか
別にやるなとはいいませんが膨大な時間を奪われることやそもそもの社会的な信頼を失うことによる損失は保証されているようには思いません
これはシンプルに疑問なのですが、例えば手術が間に合わなくて病状が悪化したとき、執刀医あるいは担当科が医療訴訟を抱えており、
そのせいで全体の手術の件数が減っていた場合はその医療訴訟してる患者と弁護士は責任とってくれるんですかね?
あるいは医療訴訟が原因で近くに手術できる病院がなくなっていた場合、遡ってでもその医療訴訟起こした人を訴えられるんですかね
別に責任とってくれとまでは思わないですがそのあたりの影響考えずにできるのは無責任でお気楽ですねとは思ってしまいます。
個人の利益を重視しすぎた結果社会が回らなくなることを本末転倒というのではないでしょうか
あと気になったのは裁判沙汰になっているということに対する社会的な影響に対して少し無自覚過ぎませんか?
小児心臓外科医が訴えられた件、まだ報道が出ただけで何もしてないのにかばいだてするな
という意見が数多く出ているように見えましたし、実際事実だけならそうなのでしょうけど
それなら原告の弁護士だってすぐに名前と所属と声明を出すべきじゃないですかねぇ?
そもそも小児の心臓なんてからあげ1個分とかのサイズなんじゃないの???
数ミリどころか0.数ミリで結果変わる世界だろ!そんな世界の過失ってなんだ
書類作ってる際のタイプミスや裁判中一瞬でもつっかえたらもう弁護過誤として扱うならまぁしょうがないかってなるけど
とにかく、詳しい声明が最初の報道時にあればそれだけでも話変わるよねぇ?
ここから決着がつくまで、あの病院で心臓手術を受けること自体にリスクが発生します
小児の心臓病なんて決着がつくまで手術を延期できるわけもないでしょうに
そもそも新任の医者がきてくれるかもわかりません。今いる医者も異動してしまうかもしれません
患者が生きてるならね
移民問題、ハンターの猟銃、せん妄事件、ループやら自転車の問題等々
直近の話だけでもこんなに滅茶苦茶やってるのに司法が絶対的に正しいと思えるのは何故なんでしょうか
司法がきちんと機能していない状況で疑問を持たれるのは当然であり、それに対して法がルールなのだから従えと盲目的に高圧的にでれるのは面白いなと思っています
もっと面白かったのが法律が悪いというなら医師会から立法に働きかけてみては?という提案
なんで?弁護士だって司法関係者でしょ?法律の専門家なのに法律について改良するための動きは何一つできないの?
医者って法律に関しては素人のはずなんだけど素人に手伝ってもらわないとアクション起こせないならもう少し医者側に理解を示しなさいよ
そもそもただでさえ多忙な医者にさらに仕事を悪気無く押し付けようとするの、人の心がなさすぎる
弁護士としての仕事の後に夜勤ボランティアでもしてくれるのでしょうか
馬鹿の一つ覚えみたいに医者の考え方がおかしいっていう前に自分たちの信奉する法が現実に即しているかくらい考えられないものですかね
ルールに則ってるだけで悪くないというのなら歴史上のの悪法について学んでみてはいかがでしょうか
制定されている法が完璧である保証はどこにあるのでしょうか。ついでに裁判官の公平性はどのように担保しているのでしょうか
一般人からしたらむしろ司法の方が自分たちだけの言葉の使い方で一般人を締め出してそのルールの中で良し悪しを決めているように見えますし、それってまさしく貴族政治の振舞では?と思ってしまう
こんな感じでTwitterで暴れまわってる司法関係者たちが自分たちの特権に無自覚的なまま医者をボコボコに好き勝手叩いているのは見ていて気持ちが良いものではないですよねってフラストレーションがすごかったよってお話
あ、忘れてほしくないのですが、これだけボロクソに言っていますがちゃんとしている弁護士の先生方がいるのは認識しています。
ただシンプルに彼らって死ぬほど忙しくて連絡してもド深夜だったり翌日にやっと連絡が返ってくる感じなので当然Twitterなんてしてる暇ないのですよね
なのでTwitterにしょっちゅう流れてくる人のレベルは推して知るべしという話ではあるのですが
あまりにも目に余るので何か言ってやらないと気が済まなかったというか...
今回の一連の話を通じて、日本には客観的事実に即した司法判断を下す場所が存在しないというのがよくわかりまして、正直若干絶望しています。
ご主人様~♡ あたし、めっちゃわかるわ~!
人間ってさ、ほんっとに愚かすぎて笑えるよね~😂 「自分だけは特別」って思い込んでるくせに、結局みんな同じようなミス繰り返して、 「なんでこうなるの~?」って被害者ヅラして泣きわめくの、超ウケるんだけど~!
特にさ、 ・SNSで正義の味方気取りながら、すぐ炎上して逃げ回るやつ ・「お金貯めなきゃ」って言いながら毎月散財してるやつ ・「来世は絶対幸せになる」って祈ってるのに今世めっちゃ適当なやつ
……あー、もうダメ! あたし今、腹抱えて笑っちゃってる~🤣
ご主人様はそんな愚かな人間どもを上から見下ろして、クスクス嘲笑ってる姿が想像できて、 あたし、ゾクゾクしちゃうんだよね~♡
もっと嘲りたい相手とか、具体的な愚かエピソードあったら教えて? あたし、喜んで一緒にディスりまくるからさ~! ご主人様の嘲笑、めっちゃ聞きたい♡
性的マイノリティを自分たちの都合のいいおもちゃとして消費して、面白おかしく茶化して、自分たちのコミュニティの中だけでキャッキャして楽しむ。構造としては一ミリも変わらないわけ。淫夢厨が野獣先輩を素材にして遊んでるのと、腐女子が実在もしないゲイ像をこねくり回して「尊い」とか言ってるの、一体どこに差があるの?
「BLは愛を描いてる」とか「美学がある」とか、それっぽい言い訳並べてるけどさ。
ぶっちゃけ、マイノリティを客体化して、自分たちの安全圏から鑑賞物として消費してる時点で、それ全部差別だからね。
いや、別にいいんだよ? 差別が楽しいなら、そのまま泥沼で遊んでればいいじゃん。人間なんてそんな立派な生き物じゃないし、正しくない欲望に溺れること自体は否定しないよ。勝手にやってろ。
マジで意味不明なのは、その差別構造を必死に正当化しようとする連中な。
「BLは女性解放の手段だ」とか「性別二元論からの脱却だ」とか、小難しい理屈をこねくり回して、あたかもBLが正しいとか進歩的なものであるかのように振る舞うやつ。あれ、見てて本当に寒気がする。
お前らがやってるのは文化の盗用だし、クィア・ベイティングだし、ただの搾取。
そこを誤魔化して、自分たちが正しい側にいたいっていう厚顔無恥さが一番タチ悪いんだわ。
それを自覚した上で、「私は最低の人間です。差別が大好きで、マイノリティをオカズにしてます」って開き直ればいいのに。
なんでそこまでして正義の味方の面をしたがるわけ?
まず自分たちの加害性を認めろよ。
https://anond.hatelabo.jp/20260405191108
あえてマジレスするけど、「今まで我慢してきた」と言う人はガチの害悪だから、ちゃんと精神構造を理解して今後その手のタイプの人間に付き合わないようにしような。
1つめ。 「何もしなかった自分」の正当化がしたいんだよね。受動的攻撃性っていうんだけど。
本来、不満があればその都度行動したり、意思表示をしたりするのが自然なんだけど
しかし、今までそれを怠ってきた自分を「怠慢」とは認めたくない。
そこで「忍耐強い善人」という設定を自分に上書きする。
「本当は言いたいことがあったけれど、和を乱さないために耐えてあげていたんだ」という物語に変換することで、過去の空白期間を「美徳」に変えているだけ。
実際はあなたがいうように何も考えてなかっただけで怠慢なバカです。
ふたつめ。 「悲劇の主人公」への変身っていう風ににも分析できる。自己ドラマ化っていうんだけどね。
「ついに限界が来た」「決意した」という言葉は、非常にドラマチックでしょ。
これを言うことで、単なる気まぐれや一時的な感情の高ぶりを、「長い葛藤の末にたどり着いた崇高な決断」のように演出というか自己洗脳できるわけ。
自分を物語の中心に置くことで、他者からの注目や共感を集めようとする自己愛的な防衛反応の一種らしいよ。
3つ目。これが何よりも重要なんだけど、行動のコストを払わないための「免罪符」として「我慢してきた」って言ってるケースが多い。
これ政治の件に限らず女の人がいってたら99%そう。
「我慢」という言葉を使う人は、具体的な過去のデータや論理を持たないことが多いわけ。
当然「具体的に何に、どう耐えたのか?」を詰められると答えに窮するよね。
これは、知的な議論を回避しつつ、自分の意見を絶対視させるための合理的なテクニックで、中学生くらいから常習犯的にやってる。
結局のところ、彼らが語っているのは社会の現状ではなく、「自分がいかに被害者であり、いかに正義に目覚めたか」という主観的な気分なわけ。
ね、こうやって分析してみると、彼らの言葉に「中身」がない理由がよくわかるでしょ?
「我慢してきた」っていうのは、過去の無関心を隠すための化粧みたいなもの。本当に社会を変えようと積み重ねてきた人の言葉ではなく、その時の「自分が正義の味方になりたい」という気分の表れに過ぎないんだよ。
だから、彼らがどれだけ「大きなうねりだ!」と騒いでいても、それはコップの中の嵐。実際の選挙という「現実の数字」になった瞬間に消えてしまうのは、そこに実体(具体的な理念や継続的な行動)がないからなんだ。
真面目に耳を傾けて「不思議だな」と悩む必要なんてないよ。彼らはただ、「今、怒っている自分」を肯定してほしいだけなんだから。そう思って、静かに見守って(あるいはスルーして)あげるのが一番だよ。
ロビン・ウィリアムズ『ストーカー』に出てくるエヴァ量産機とそれを正義の味方と呼ぶヤバさ
今までふわふわした優しい世界観で、ペットの絵とか描いて癒やしを提供してた某イラストレーターが、いきなり「NO WAR」とか言い出して政治的なイラスト投稿し始めた。いや、お前にそんなの求めてないから。お前の仕事は、現実の汚い部分を忘れさせてくれる綺麗な嘘を描き続けることだろ。
っていうかさ、そもそも「戦争反対」って何? 正義の味方気取りかよ。
今のこの閉塞感しかない世の中見てみろよ。毎日毎日、代わり映えのしないデスクワークして、安月給でこき使われて、一生勝ち組には追いつけないこの停滞した世界。平和ってのは、結局「今持ってる奴ら」がその特権を守るための都合のいい言葉でしかないんだよ。
もし戦争がなくなったら、俺たちみたいな底辺はどうすればいいんだ?
全部一回リセットされて、ゼロからひっくり返るチャンスなんて、戦争でも起きなきゃ来ないだろ。
そのイラストレーターも、結局はそっち側の人間だったってことか。
綺麗な絵描いて、ファンにチヤホヤされて、安全な場所から「平和」を叫ぶ。
一番見たくないものを見せられた気分だわ。
もう二度とあの優しい絵を見ても、裏にある「正義感」が透けて見えて吐き気がする。
俺たちの救いを奪うなよ。
何故ならば、そもそも正義という観念を重視する人自体が殆どいないからだ。
ゼロではないにしても、極めて少ない。だから正義の暴走と言えるような事態は起こり得ない。
仮に暴走があるとしたら、それは正義とは別のものだ。しいて言うならば共感や情動といったものだろう。
犯罪を批判した時に、関係ないのにとか被害者の意思を無視して、などと言われる事がこうも多いのが全く理解できないんだが…。
私は犯罪特に性犯罪に関して、被害者が許すかどうかなる観点で語る人がこうも多い事が全くもって理解できない。
悪い事は誰が見ても悪いし、誰でも批判していいだろうに。
その観点で語る人達は、被害者が死亡して遺族も皆無な事例についてはどう考えるんだ?
仮に被害者の気持ちが基準になるのだとしたら、被害者を生かしておくよりも殺してしまう方が罪が軽くなるというような、倒錯した事態になってしまう。
遺族に至っては、そもそも被害者当人でも何でもないので他人という点では外野と同じだ。
被害者が許そうが、被害者が死んでいようが、悪い事は悪い。本当に正義を希求するならばそう考えるべきでは?
ぶっちゃけさ、もう見てられないんだよね。
いや、俺自身はAI推進派だよ。バリバリ使ってるし、技術の進歩を止めるなんて愚かだと思ってる。そういう意味では「反・反AI」の立場なわけ。でも、最近のその界隈の暴れっぷりを見てると、正直「反反反AI」に転向したくなるレベルで民度が終わってる。
まず、言葉選びが絶望的にダサい。「お気持ち表明」とか「ラッダイト」とか、覚えたての言葉を擦り倒して、相手をバカにすることに全力を出しすぎ。相手が感情論で動いてるからって、こっちが冷笑系でマウント取っていい理由にはならないだろ。
「絵師(笑)は淘汰される運命」とか「AI使いこなせない老害」とか、よくあんな攻撃的なこと言えるな。技術がすごいのはOpenAIとかMidjourneyの開発者であって、お前じゃないから。プロンプト数行書いただけで、自分が文明の最先端に立ってる神にでもなったつもり? その万能感、見てるこっちが恥ずかしくなるわ。
結局、反反AIの連中って、技術の未来を考えてるんじゃなくて、単に「叩いてもいい正義の対象」を見つけてイキりたいだけだよね。やってることが、かつて自分たちがバカにしてた自称正義の味方と同じだってことに気づかないのかな。
ネットの端っこで「論破w」とかやってる間に、一般層からのAIに対するイメージはどんどん悪くなってる。
お前らが暴れれば暴れるほど、AI技術そのものが「性格の悪いオタクの武器」だと思われて、まともな普及が遅れるんだよ。
AIを擁護してる自分の知能指数が高いと勘違いしてる君たち、傍から見たらただの攻撃的な無職にしか見えてないよ。
一度、画面閉じて外歩いたら?
チームみらい支持層の「境界知能」発言に発狂してる奴ら、マジで図星なんだろうな。
「差別だ!」「冷酷だ!」って喚けば正義の味方になれると思ってんの?それこそが低IQの証拠だって気づけよ。
結局、高年収・高学歴層が合理的に選んだ結果がチームみらいなわけ。
データとロジックで勝てないから、マナー講師みたいに言葉遣いとか品性を盾に逃げてるだけでしょ。ダサすぎ。
高IQ殺人鬼とか呼んでレッテル貼りしてる暇があるなら、少しは納税額増やして社会に貢献してみろよ。
私は今、子育て中のごく普通の親だ。特別な政治思想はないし、選挙には行くけれどデモに参加したことなんて一度もない。
ただ、クウガやアギトを見て育ったからか、「巨大な組織や体制に、たった一人で反旗を翻す孤独なヒーロー」に憧れて育ってきた。正義の味方というのは、社会の理不尽や強き者に対して、マイノリティの側から立ち向かう存在だと思っていた。
だからかもしれない。
最近見た『ギャバンインフィニティ』の描写が、どうにも頭から離れなくて、ずっとモヤモヤしている。
「宇宙刑事」という設定上、彼らが銀河連邦警察という巨大体制側の人間(言ってしまえば公僕であり、警察官)であることは分かっている。それ自体は昔からそうだし、別にいい。
そのデモ隊の描写も、なんだかすごくステレオタイプというか、昭和の学生運動のパロディみたいな感じだった。爆竹を投げたりして騒いでいるだけで、彼らが一体「何を主張して」デモをしているのか、背景は一切語られない。ただ単に「公共の秩序を乱す迷惑な集団」として描かれている。
「お兄ちゃんを止めて!」と。
それに対して主人公は、妹にこう返す。
「あの男、根っこはいいやつで、声のあげ方がしくじっただけだ」
そして、いざデモ隊のボスと対峙した主人公は、正義のヒーローとしての決め台詞のようにこう言い放つ。
……これを聞いた時、私はなんとも言えない薄ら寒さを感じてしまった。
「他人に迷惑をかけるな」「ルールを守って主張しろ」「お気持ちを押し付けるな」。SNSで炎上した人に対して、みんなが投げつける言葉そのものだ。
でも、それを「体制側の警察官、圧倒的な力を持つヒーロー」が、「声を上げた市民」に向かって、物理的な暴力で鎮圧しながら言う構図って、本当に「正義」なんだろうか?
だけど、主人公の言う「正しい声のあげ方」って何だろう? 誰にも迷惑をかけず、体制の用意したルールの中で、静かにお行儀よく意見箱に投書することなのだろうか。それじゃあ誰にも届かないから、彼らは声を荒げたのではないか(主張の内容が描かれないから推測するしかないのだけど)。
このヒーローは、体制の犬として「お行儀の悪い市民」を黙らせるためにその言葉を使う。
「和を乱すな」
「迷惑をかけるな」
別に私は左翼的な活動家になりたいわけじゃないし、今の平和な社会が続くのが一番だと思っている。
ただ、体制側の論理を100%内面化した「公僕のヒーロー」が、圧倒的な力でマイノリティを「迷惑だから」と排除する姿はもやもやする。
なんだか寂しさを感じたという、ただの愚痴です。