はてなキーワード: 市役所とは
日本が滅びる日には、もっと大きな音がするものだと思っていた。空襲警報とか、首都陥落の速報とか、国会議事堂の前に戦車が並ぶとか、そんな光景を、どこかで想像していた。
だが、実際には何も起きなかった。朝になると、テレビはいつも通り天気予報を流した。国会中継はあった。首相はいた。天皇もいた。役所も、警察も、自衛隊も、銀行も、コンビニも、まだ存在していた。ただ、すべてが少しずつ、頼りなくなっていた。
駅前のドラッグストアでは、鎮痛剤の棚の前で人が立ち止まるようになっていた。ロキソニンSも、イブAも、バファリンも、まだ並んでいる。ただ、値札を見ると、みんな一度手を伸ばして、結局戻す。
歯が痛い。頭が痛い。腰が痛い。熱がある。でも病院には行けない。予約は半年以上も先だった。初診料が怖い。交通費が怖い。検査になったらもっと怖い。調剤薬局で出される薬代も怖い。それでみんな、ドラッグストアに来る。
市販薬で一晩だけごまかす。もう一日だけ働く。もう少しだけ我慢する。
電気代は、また上がった。値上げの理由は毎回違った。中東情勢、円安、燃料調整費、送配電維持費、老朽化設備更新費。理由だけは豊富だった。だが、請求書を受け取る側にとっては、理由などどうでもよかった。払えるか。払えないか。それだけだった。
夏は危険な季節になった。昔は「猛暑」と言っていた。今は役所が「生命維持上の注意期間」と呼んでいた。言葉を変えると、責任の所在も少し薄まるらしかった。冷房をつけるか。電気代を払うか。食費を削るか。薬を買うか。そういう選択が、特別な貧困ではなく、普通の家計簿の中に入ってきた。
市役所の福祉課の窓口には、番号札を持った人が朝から並んでいた。並んでいるのは、かつて「困っている人」と呼ばれていた人たちではなかった。どこにでもいる人たちだった。
壁には新しいポスターが貼られていた。「支援は、真に必要な方へ。地域で支え合う社会へ。自助・共助・公助の再設計。」
その言葉の下で、窓口の職員は疲れた目をしていた。誰も悪人ではなかった。そこが、いちばん恐ろしかった。職員は規則を読み上げるだけだった。申請者は事情を説明するだけだった。政治家は「制度の持続可能性」と言うだけだった。新聞は「難しい判断」と書くだけだった。そして、誰かの暮らしがひとつ、またひとつ、静かに折れていった。それは亡国の音だった。
国はまだあった。しかし、国に助けを求めると、まず証明を求められた。本当に困っているのか。働けないのか。親族はいないのか。資産はないのか。我慢できないのか。節約したのか。努力したのか。なぜ、そこまで落ちたのか。
地方では、バス路線がまた減った。病院の診療日は週三日になった。郵便局は午前中だけ開くようになった。老朽した団地周辺からスーパーは撤退し、日本人じゃない人たちが移動販売車でやってきた。老いた住民たちは言い値で買うしかなかった。
雨の日には来なかった。燃料が高い日にも来なかった。運転手が辞めた週にも来なかった。老いた住民たちは、きょうは来ないだろうとわかっていても、じっと車を待った。
都市部はまだ明るかった。だが、その明るさは、以前の繁栄とは違っていた。外国人観光客向けの巨大広告、富裕層向けの再開発マンション、無人レジ、警備員、監視カメラ、会員制クリニック。
そんな空の下を、配達員が自転車で走っていた。雨の日も、熱帯夜も、黄砂の日も。彼らは地図アプリの中では点だった。点は、遅れると赤くなった。
ニュースでは毎晩、「防衛力の抜本的強化」が語られた。海の向こうで有事が継続していた。
防衛費は必要だった。福祉も必要だった。医療も必要だった。教育も必要だった。老朽インフラも必要だった。災害対策も必要だった。すべてが必要で、すべてが不足していた。
積極的に国債は発行された。増税もされた。給付金も配られた。補助金も出た。だが、それらは穴の空いたバケツに水を注ぐようなものだった。
誰かが言った。「日本はまだ豊かだ」
その言葉は正しかった。都心には自動運転の自動車が走っていた。会員制のレストランには予約が入っていた。株価は上がる日もあった。企業は過去最高益を出すこともあった。日経平均株価は史上最高値を更新しています。だからこそ、貧しい人間はますます説明に困った。
国全体が貧しいのなら、まだ納得できた。みんなが沈んでいるのなら、まだ諦められた。だが実際には、沈む人間と浮く人間が、同じ街の同じ信号で並んでいた。片方はタクシーの後部座席にいた。もう片方は、配達バッグを背負って休みなく往復していた。
2031年の亡国とは、国旗が降ろされることではなかった。誰も責任を取らず、誰も全体を見ず、誰も「もう無理だ」と言わず、ただ一人ずつ、生活が壊れていくことだった。
ある日、市役所から封筒が届いた。薄い封筒だった。薄い封筒は、たいてい悪い知らせだった。中には、制度変更のお知らせが入っていた。文章は丁寧だった。丁寧すぎて、ほとんど何を言っているのかわからなかった。ただ、最後の一文だけは、はっきり読めた。
国が滅びるというのは、国会議事堂が焼け落ちることではなかった。国旗が降ろされることでも、首相が処刑されることでも、外国の軍隊が街を闊歩することでもなかった。
それは、痛み止めを買うか、夕飯を買うかで迷うことだった。
役所から届いた封筒を開ける前に、もう悪い知らせだとわかってしまうことだった。
助けを求めるたびに、自分が本当に助ける価値のある人間なのかを証明させられることだった。
亡国の音が、まもなく──
親がマルチにハマった話とか、増田に常駐する人なら百回聞いたと思う。
感じが良くてニコニコ相槌を打つ相手に乗せられて、喫茶店で勧誘、気が付いたら銀行から下ろしたお金を自宅で手渡し、貯金を丸裸にさせられていたといういつもの流れだ。
うちの親がハマったマルチはファイナンシャルプランナーの資格を持つ塾講師の兄ちゃんだった。
怪しい塾講師の筆頭といえば、今も昔も、定番は、児童・生徒相手のグルーミングからの性行為の強要、盗撮なんかになるだろう。
ところ変われば品変わると言うが、最近は朝遅く時間の自由が利くファイナンシャルプランナー…というか、株屋崩れの一攫千金を夢見る若者が塾講師になるようである。
職場にあるパソコンにビットコインの取引サイトを登録しておけば、朝から仕事をしながら取引の動きを察知できるのである。
そうして、普段は株やビットコインの取引を続け乍ら、うちの親のような、ほいほい他人を家に上げてもてなしをしたい田舎のカモを待つのである。
子ども相手の商売と言う表の生業があれば、確かに他人は簡単に騙されるものなのかもしれない。
父親は、ヤフー知恵袋で社名を検索すれば三秒で解決、これはマルチ商法(に限りなく近いねずみ講)と出て来るはずの会社に、コロッと騙されてしまったのだ。
ねずみ講の手口も年々巧妙になっている。
銀行の窓口で「今の仕事で入り用だ」と言うように指示されたのだという。
正直に「投資資金にするつもりだ、そういう風に説明されたのだ」と言っていれば、と思うが、結局投資が何かも分からない自分の愚かさを認め、窓口の女性たちに救いを求める勇気がなかったのだ。
そのせいで、詐欺を疑うはずの銀行の詮索を避け、現金を手渡しする羽目になった。
二十数年前ならともかく、都会では町のあちこちに監視カメラや仕掛けられており、現ナマを下ろした後のやりとりが直接写ってなくとも色々難しいのだろう。
田舎であればそれも解決だ。警察も次の犯行があるまでは何も動かない。
その少なからぬ金額のうちの一部は、特捜部Qよろしく、市役所の陰気な地下室で期間任用の職員として働き、冬でも男物よりもずっとぺらぺら暖かくもない肌着を身に着けてしもやけに苦しんでいたもう一人の、今はこの世にいない親が自らの勤労の血と汗で蓄えた金である。
警察にとってはただの数字でしかないが、おれにとっては、金塊よりも重い。
亡くなった親がもし生きて入れば、上昇志向のあった妹のように姪が海外に留学したいと言った時にそれをへそくりとして出したかもしれないが、生きている方の親は、知り合って一年足らずの塾講師にそれを呉れてやったのである。
親は高い勉強料だったと、これから気を付けると言ってへらへらと笑う。
馬鹿野郎。
馬鹿野郎。
馬鹿野郎。
https://anond.hatelabo.jp/20251125190757
以前都会産まれ都会育ちの一児の母の私(メンタル疾患持ち)が、転職で田舎に引っ越して子育てする不安を書きました。
春から無事転職先の市役所に入庁、子どもも保育園に入園し、3週間ほど経ち生活が整って来たので、現在の気持ちを残しておこうと思います。
子どもが産まれるまで6時に起きて、片道1時間半かけて職場に通勤してた。
もちろん身体的負担はかなり大きくて、週末も寝て過ごすことが多かった。
子どもが保育園に入ったら時短で復帰しても、時短分は通勤時間で消えるな…と覚悟してた。
朝7時に起きて、子どもとゆっくり朝ごはん食べて、弁当作って、おかあさんといっしょといないいないばあを見てから子どもを保育園に送って出社してる。
転職した市役所は、入庁してすぐ時短を利用できたので、1日のゆとりが半端ない。
車の運転もはじめはおっかなびっくりだったけど、慣れてしまえば田舎の方が車(特に物流関係)が少なくて、自転車も少ないから走りやすい。
おかげでメンタルがめちゃくちゃ安定して、夫に当たってしまうこともすごく減ったし、子どもともかなり向き合えてると思う。
遠距離通勤には慣れたつもりだったから、ここまでメンタルが回復するとは思わなかった。
2.義両親のことが好きになった
義両親が同じ市内に住んでて、息子の慣らし保育を全面的にサポートしてくれた。
前は会ってもどこかよそよそしい感じだったけど、今はとても感謝してるし、息子も義両親(とくにばあば)のことが好きみたいで、ありがたい。
もう少し息子が大きくなったら、義両親に一緒に旅行に行こうねって言われてる。今は素直に楽しみだなって思える。
3.ママ友ができた
初めて行った支援センターで、0歳の男の子のお母さんと仲良くなって一度遊んだ。
年上だけどものすごくいい人で、育児の悩みも、この地域での子育てのことも話せてすごくありがたい。
前の地域にはママ友いなくて、この人と知り合えたことは、引っ越して良かったなって思えた。
前の市役所は中核市でお金もあったから、やりがいはあったけど、仕事は複雑だし、新しい仕事もどんどん増えるし、その分職員に求められるレベルも高かった。
今の市役所はお金がないから、新しいことをやるというより、毎年同じことをきっちり回そうって雰囲気が強くて、独身時代なら物足りないかもだけど、子育てしてる今はガツガツしてないのがむしろありがたい。
1.やっぱり便利な場所は遠い。
チェーン店も少ないから、ちょっと子ども連れて外出のハードルはやっぱり高い。
仕事しだして、休みが貴重になったからこそ、休みの日の移動時間の長さは課題だなって思う。
2.市内のどこに家を建てるか迷う
今住んでる地域は、市で唯一人が多くて小学校が複数クラスある地域。
一方、義両親の近くに住むなら、小学校は単クラス(息子が通う時は複式学級かも)、一方中学校は今住んでる地域の大きい学校に通うから、友達関係とか悩むかも…。
でも夫婦共働きだから、頼れるなら義両親のサポートは今後もあった方がいいよねって思うし、地域のことがわかったからこそ、もっと住む場所には悩むようになって来た…。
でも、全体的にメンタル安定したし、1歳になった息子はなんとなく意思疎通ができるようになって来て、0歳の時よりも育児は楽しくなった。本当に可愛いこの時期に通勤時間で病まなくて良くなったのはかなりありがたかった。
毎年の人事異動のたびに思う。本当に市役所はくそだなって。パワハラしている管理職がいるにも関わらず、当人が被害を訴えてこないのを良いことに放置。今回の人事でも何のお答めもない。訴訟するか、メディアにでもリークしないと変わらないんだろうな。
自浄作用がないので上にはくそみたいな人材がのさばっている。何しても結局はクビにもならないし、処分もないし当たり前か。まともな人間は辞めていくか、やる気を失っていく。まさに泥船。
そんなくそが定年で辞めていなくなればまだましなものの、最近は定年延長とかで60歳になると役職だけ降格して居座り続ける。そんなくそみたいな上司が部下になるってどんな地獄だよ。
もうやめだやめ転職しよう。
”
フランスのノーベル賞作家アルベール・カミュは小説「ペスト」の中で次のように記しています。「この世の悪は、ほとんど常に無知に由来する。善意も、豊かな知識が伴わなければ、悪意と同じほど大きな災いをもたらしかねない」。また、イギリスの思想家エドマンド・バークは「悪が栄えるために必要な唯一の条件は、善良な人々が何もしないことである」と述べています。これら2つの教訓が示唆するのは、「私達が幸福に暮らす社会を築くためには、豊かな知識に裏付けられた善良な行いが不可欠である」ということです。
では知識に裏付けられた善良な行い、とは具体的にどのようなものでしょうか?同じくペストの登場人物、市役所職員ジョゼフ・グランの姿から学ぶことができます。彼はペストが蔓延するなか、真っ先に衛生班に志願し、自らの知識を活かして統計資料の作成に日夜最善を尽くします。グラン自身もペストに感染しますが奇跡的に回復し、ペストが終息したときには何事も無かったように元の平凡な暮らしに戻っていきます。歴史を支えているのは一部のエリートではありません。グランのように市井(しせい)にあって人々のために尽くす、真摯な思いと行いのひとつひとつの積み重ねです。
”
民間系でもいいんだけど、やっぱ公共系の方がウンチ具合の質が高いね。
大規模・目的不明・無責任・方向性なし・死ぬことも出来ないのパーフェクトが揃ってる。
なんならJTCはいざとなったら他所の企業に買われたり倒産したり転職する道があるけど、市役所や小学校がやらかすともう逃げることも出来ないからね利用者ですら。
地獄の最高値的には中の人間だけど、突然死のスピード感は利用者のほうが上かなあ。
元いた学校のウンチなDXに苦しめられて進学先では別のウンチに苦しめられ、時にはコンボのようにそれらが繋がるパターンはなかなか面白い。
まあウチの会社も我が社のDXウンチと取引先のDXウンチの間に運送会社のウンチと代理店のウンチが挟まってウンチのフルコースが誕生してるんだから皆これぐらい苦しんでくれないと不公平だよね。
苦しい。
本当に苦しい。
もうこの世界は本当に苦しい。
先日、お笑い芸人であり弁護士でもある「こたけ正義感」さんの弁論、特に生活保護受給について語る動画を見ました。 その後、まるで運命の悪戯のようなタイミングで、友人からLINEが届きました。 「障害者年金の受給が断られた。もう死にたい」と。
そこで私は、動画で得た知識を元に、友人に生活保護の申請を勧めました。 その結果、私が目の当たりにしたのは、本当にギャグかコントかと思うくらい、ステレオタイプな役所の「水際作戦」でした。
そして、素人の私が「こたけ正義感」の真似事をしただけで、面白いぐらいにあっさりと役所を撃退してしまった。
この文章は、同じように生活保護の申請に悩む人、あるいは水際作戦によって人権を奪われかけている人たちの救いになってほしい。
そして、この件について多くの人に議論してほしいと願って書いています。
私自身は法律については全くの素人です。普段はソフトウェアエンジニア、その中でも品質保証を担う「QAエンジニア」として働いています。 そんな私が、友人と共にどのようにこの「理不尽なソフトウェア」※と戦ってきたか、お伝えします。
※ハードウェア以外はソフトウェアという、「ある人」の考えを前提にこの定義をしています。
友人の詳細なプライバシーに関わるため詳しくは書けませんが、その人生は「困難」の一言では片付けられないほど過酷なものでした。
頼れる身内もおらず、心身の状態から、自立して働くことが極めて難しい状況であることは、以前から痛いほど知っていました。
そんな中、「障害年金さえ受給できれば、生活のベースができて状況が好転する」という話があり、私たちはずっとその結果を待っていました。 しかし、その希望は非情にも打ち砕かれました。
最後の頼みの綱を絶たれ、「もう死にたい」と漏らすほど絶望していた友人に対し、私は一つの提案をしました。
「今のボロボロの状態で無理をして働こうとするのはやめよう。 まずは生活保護を受けて『生存』を確保して、自分の抱える困難と向き合うことにリソースを集中させよう」
それは、友人にとって唯一残された、生きるための合理的で不可欠な選択肢でした。
まず、戦うための準備として徹底的な「情報収集」を行いました。 行政の生活保護に関する要件や制度の仕組みを調べるのはもちろんですが、何より重要だったのは「友人自身の現状」の可視化です。 いくら友人とはいえ、日々の詳細な生活実態や、具体的な病状のすべてを把握していたわけではありません。
とりあえず生成AI(Notebook LM)を使用しました。
過去のLINEのやり取り、送ってもらった「お薬手帳」の記録、そして会話の端々に出てきた「孤独」や「生活の苦しさ」に関する断片的な情報など。
これらすべてをNotebook LMに読み込ませて整理・統合し、友人が置かれている状況を客観的に説明するための「陳述書」としてドキュメント化させました。
目的は一つです。 役所の窓口で「状況がよくわからないから、また出直してください」などという逃げ口上を使わせないため。 有無を言わせず、その場で申請を完了させるための「最強の資料」を、まず手元に作り上げました。
本人は生活保護の申請に対して、強い抵抗感と恐怖を抱いていました。
「水際作戦」という具体的な単語を知らなくても、「生活保護を受けるような人間は、窓口で人格を否定されるような辛い扱いを受ける」というイメージが染み付いており、心が折れるのを恐れていたからです。(そして、実際にそれがあることを後で目の当たりにします)
そして何より、友人には自分で動ける体力や気力が残っていませんでした。
そこで私は、正面突破(本人が自分から窓口に行く)を避け、少し工夫したアプローチをとることにしました。 それは「申請」ではなく、第三者による「通報(保護要請)」という形をとることです。
友人からの「死にたい」というLINEの履歴や、過去の危険な行動を根拠に、最初は市役所へ、(いろいろ事情がありたらい回しにされた結果)そして警察へと連絡を入れました。 「友人の命が危ない状況だ。直ちに保護してほしい」 (実際その日の朝には友人とも連絡がつかなくなっていました)
そう通報することで、行政側が動かざるを得ない「緊急事態」をこちらから作り出しました。
そして、怯える友人にはこうラインだけしておきました。
「君はもう何もしなくていい。明日から無理して仕事に行かず、ただ部屋で寝ていてくれ。 私が作った資料だけ手元に置いて、もしインターホンが鳴ったり電話がかかってきたりしたら、それに出て話すだけでいいから」
本人の意思決定のコストをゼロにし、ただ「待つ」だけの状態にして、ボールを行政側に投げました。
警察による緊急保護自体は、驚くほどスムーズに行われました。私の通報を受け、警察は迅速に友人を確保し、然るべき手続きに乗せてくれたようです。ここまでは順調でした。
しかし、その後の行政の対応に、私は強烈な違和感を抱きました。 友人は役所から「とりあえず『社会福祉協議会(社協)』に行くように」と指示され、しかも「相談は数日後になる」と言われたというのです。
「なぜ、生活保護課(福祉事務所)ではなく社協なのか?」 「今日食べるものがないと言っているのに、なぜ数日も待たされるのか?」
すぐに仕様(制度)を調べたところ、社協は主に「貸付」や「自立支援」を行う機関であり、生活保護の決定機関ではありません。 これは、管轄違いの部署に回して時間を稼ぎ、あわよくば借金(貸付)で凌がせて保護申請をさせないための誘導ではないか?
「数日後なんて待っていられない」。
私は即座に友人に提案しました。 「向こうのスケジュールに合わせる必要はない。明日の朝イチで、すぐに電話をして相談を開始しよう」
さらに、私はQAエンジニアとして、これから始まる役所とのやり取りを「本番環境でのテスト」と捉え、ログの保全を徹底することにしました。 口頭でのやり取りは、後から「言った言わない」という致命的なバグを生みます。だからこそ、確実なエビデンス(今回は通話録音)が絶対に必要です。
友人(テスター): フロントで、役所というシステムに対して入力(電話・会話)を行う実行役。
私(オブザーバー): バックでその挙動を監視し、全てのログ(録音)を記録する監視役。
友人がテストを実行し、私が横でそのテストの品質を担保する。 これはまさに、二人三脚で行う「ペアテスト」の体制でした。
翌朝、早速「社協(社会福祉協議会)」に電話をかけてもらいました。 しかし、受話器の向こうの反応は、予想通り……いや、予想以上に「のらりくらり」としたものでした。
「詳しくは窓口で……」「数日後に一度来所していただいて……」
何かを隠しているのか、あるいは単に丁寧すぎて回りくどいだけなのか。
もごもごと要領を得ない話が30分も続き、話が全く前に進みません。当時の私は「これが噂に聞く水際作戦というやつか?」と警戒を強めました。
(後になって思えば、担当者は単に説明が下手な善人だったのかもしれませんが、切迫しているこちらにとっては遅延行為そのものでした)
業を煮やした私は、裏で繋いでいたチャットで友人に指示を飛ばし、強制的にクロージングをかけさせました。
「話が長い。相手にこう伝えて。 『今の状況を3分以内にまとめて説明してください。この会話は録音していますが、まとめるのが私には難しいです。 それが無理なら、電話を切って30分以内にメールで要件を送ってください。 その際、私の支援者(筆者)のアドレスもCCに入れてください』」
無駄な通話を打ち切り、証拠が残る「メール」への切り替えと、第三者(私)の監視の目を光らせるためのCC追加。 これを要求した瞬間、空気は変わりました。
メールは思ったよりも早く、要請から30分と経たずに届きました。
恐る恐る内容を開いてみると、そこには予想に反して、極めて誠実で具体的なアドバイスが記されていました。
文末には「生活保護という制度を有効に活用されるのは良い選択だと思います」という、温かいメッセージまで添えられていました。 最初の電話での「のらりくらり」は、単に慎重だっただけなのかもしれません。
少なくとも、こちらの「本気(熱意)」は伝わったようでした。 このメールを見た瞬間、私は彼を「水際作戦の先兵」という認識から、「協力してくれる仲間」へと認識を改めました。 これで外堀は埋まりました。次はいよいよ、本丸である「役所の生活保護窓口」への突撃です。
社協を味方につけた私たちは、いよいよ本丸である「生活福祉課」の窓口へ電話をかけました。 もちろん、私はリモートで通話を監視し、録音も回しています。
そこで繰り広げられた会話は、まさに「こたけ正義感」の動画で見た水際作戦そのもの。いや、あまりにステレオタイプすぎて、質の悪いコントを見せられているような気分でした。
電話に出たのは、かなり横柄な態度の男性職員。 威圧的な声を出し、こちらの話を聞く前から「電話で生活保護の申請なんてできないですよ」と断言しました。 「とにかく窓口に来てください」「来ないと絶対無理です」「まずは社協に頼ってください。うちは関係ないんで」
前日に警察に保護されたばかりの人間に対し、よくもまあここまで冷酷になれるものだと、怒りを通り越して感心すらしました。
そもそも、保留音も使わずに、裏で職員と「どの説明すれば社協に行ってくれるか」という会話すら聞こえていました。明らかにナメられていました。
しかし、ここで引き下がるわけにはいきません。私はチャットで友人にカウンターの指示を飛ばしました。
「こう伝えて。 『さっき、社協のAさん(フルネーム)からメールで指示を受けて電話しています。 Aさんは、電話で申請の意思を伝えろと言っていました。 あなたは、社協の担当者が嘘をついていると言うんですか? それとも、社協との連携を無視するつもりですか?』」
さらに畳み掛けさせました。 「この通話は録音しています。友人も聞いています。 私は今、明確に『申請の意思』を伝えました。 これを受理しないなら、社協の方に『拒否された』と報告します」
普通の神経ならここで怯むはずです。 しかし、その職員は斜め上を行きました。
「はい、どうぞ。そうしてください。ぜひそうしてください」 ガチャッ。
挨拶もなしに、一方的に電話を切られました。 あまりに堂々とした「職務放棄」と、漫画のような悪役ムーブ。 この通話が終わった後、私と友人は恐怖よりも先に「こんな面白い人、本当に実在するんだ」と、思わず笑い合ってしまいました。
この職員(彼を先鋒部隊と呼びましょう)による「ガチャ切り」と「あからさまな水際作戦」は、私たちの「水際作戦への勝利」を確信させる事象で、むしろ心が楽になりました。
あのガチャ切りの直後、私は即座に「社協リターン」を選択しました。 話の通じないバグだらけのフロントエンド(役所窓口)を使ったE2Eテストでデバッグするのは時間の無駄です。まだ話の通じるバックエンド(社協のAさん)にエラー報告を投げる方が早い。
これまでは友人にチャットでアドバイスを出して電話対応をしていましたが、ここからは私自身が直接介入します。ただし、きちんとしたバグ報告書、ここではメールといいますね。
私はAさん宛に、以下の事実と警告を含んだメールを送信しました。
その上で、最後にこう締めくくりました。 「これ以上、友人をたらい回しにして病状を悪化させるような対応が続くことがないようにお力添えをいただきたいです。 まずはAさんから市役所の担当部署へ、直接ご連絡を入れていただけないでしょうか」
メールを送った後、社協のAさんと電話で話すことになりました。もちろん、この通話も全て録音しています。
電話口の彼は、相変わらず「もごもご」とした口調でした。おそらく、慎重な性格ゆえの癖なのでしょうが、緊急事態においてはこの曖昧さが命取りになります。 「あちらも忙しいようで……」「伝えてはみるのですが……」 そんな煮え切らない会話が15分以上続きました。
私はここで、エンジニアとしてのモードを「相談」から「要件定義」に切り替えました。
のらりくらりとした会話を遮るように指示し、以下のような明確なコミットメントを求めました。
「Aさん、具体的に『誰』に『どう』話せば、この申請が通るのか、ルートを確立してください」
「今日の15時までに、確実な回答をください。 もしそれまでに進展がない、あるいは誠実な対応が見られない場合は、こちらも命が関わります。『他のしかるべき機関』に相談するフェーズに移行します」
効果はてきめんでした。 あれだけ「もごもご」していた彼が、電話を切ってからわずか5分後。
「福祉課のBさんという方と話がつきました。この方に電話してください」 と、具体的な担当者の名前を持ってきたのです。
期限を切ってコミットメントをお願いする。
ビジネスでは当たり前のこの手法が、行政というブラックボックスをこじ開けるための鍵でした。
<後編に続く>
6月→収入申告に応じて5万円から基礎控除額が差し引かれた程度の保護費が振り込まれる
「お前5万稼げる能力あるんだからこのくらい引いといていいよな?」と判断される
ふーんて感じかもしれないけど、例えば6月に体調崩したりケガしてもお構い無しなわけで
6月の収入が0円になることがわかっていてもどうにもなんないのよこれ
速攻ケースワーカーに連絡しても差し引かれた3万ちょっとが帳消しになって振り込まれるのは7月
6月は「健康で文化的な最低限度の生活」を大きく下回る額でがんばってね〜ってこと
半端に稼ぐことで見込み収入というシステムが適用されてるせいで
「働かないほうがリスクもリターンもなく平穏に過ごせる」って状態が出来上がってる