はてなキーワード: 尾田栄一郎とは
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【ワンピース】四皇シャンクスの正体は天竜人である伏線がビブルカードで判明!五老星との関係や頂上戦争での扱いはシャンクスが天竜人だからだった!?【ONE PIECE考察】
MONSTERsJOHN TV
2019/03/04
2019年!!!!
んでまあこの動画の概要見たら2018年の頃から既に言ってる!!!
もうめちゃくちゃだろ!!!!
先週までの段階ですら「いやまだ確定じゃないだろ」って扱いだったわけで、それが7年前に「シャンクスは二重スパイだと思う」とか言い出したらもう完全に予言者では?
いや、予言者ではないんだろうな。
凄いな。
凄い界隈だ。
ワンピースすごすぎる。
こういうファンがいるんだな。
そりゃ中には恋するワンピースみたいなの描くやつも出てくるわな。
シャーロック・ホームズとか水滸伝とかと並ぶような作品なんだ。
スゲーわ。
こんな漫画を「ワタシもオタクだよ。ワンピース全巻読んでるし」とか言ってた奴らがいたのか。
ワンピース全巻「ちゃんと」読んでた人は間違いなくオタクだわ。
俺は7年前に読めるはずだった伏線なんて完全に信じずに「まーだコイツラはうそつきノーランドごっこかよ」と馬鹿にしてたもんなあ
A地点からB地点に向かう列車に強盗集団が乗り込んできて暴力を振るう、乗り合わせていた対テロ舞台の軍人が敵と戦って殺して戦って殺して血で血を洗いB地点に到着して終わる
アクション映画慣れしていると、色んなところで予想を外れるので逆説的にハリウッドと、それに影響されたお約束が浮き彫りになる。
①銃器がほとんど出てこない 銃器が出ないアクション映画で有名なのは「燃えよドラゴン」で、ブルースリーが「銃を持っていけば一発で終わるじゃん?」と言って「いやいや、こういう理由で無理なんだ」と説明を置いてから本格的な殴る蹴る中心のアクションシーン(トーナメント)に移行していく
本作は、敵集団が盗賊一家で銃器の入手が簡単ではないが悪人一族(YAKUZAという疑似家族「一家」ではなく、血縁という意味。マジ一族。父息子従兄伯父甥など・・・)という設定。現代のインドでこれ。
ピストルを持ち込んではいるが、ごく少数で、早々に舞台から除去されるのでそこからは刃物、鈍器、徒手空拳に移行。 最後B駅に到着すると警察が銃器もって出てくるけど、そこまで銃撃戦はない。
②悪人の一族はあまり背景が説明されない。途中でインターバルの合図が入るんだけど休憩時間は入らず、実際上映時間はそれほど長くなく、欧米での昭和版『新幹線大爆破』みたいにどこかカットされてるのかもしれない。
鬼滅みたいに途中の「思い出ボム」シーンが入らないので時間の流れは非常にシンプル。時系列シャッフルの伊坂「ブレットトレイン」とは180度違う。ジョンウィックも(1作目は知らんけど)2.3.4作めは回想入りますよね。
家父長制が生きていて50?60?歳くらいの父親世代が作戦を仕切っている。結構な闘派なのだが、後半、あまりに多く主人公に一族を殺されて「もう撤退だ」と若干良識のあるところを見せる。その際は息子(ラスト悪役、より狂暴)に逆らわれたりする。この一族の長のとどめの刺され方がよい。
③敵が悪人の素人集団(強盗を生業としているのだからプロともいえるが…)なので全員安い私服。乗客と区別つかない。乗客に紛れることで主人公の目を逃れるなど、それがサスペンスにもなったりする。民間人(フリーランス)VS特殊部隊みたいな映画はわかりやすいんだな。
アニメやまんがだとハンコ顔で髪型だけ違うなんていうのがあるけど、とくに物語の冒頭に近い時間帯では、インドの中肉中背の30歳代男性をはっきり区別するのが難しい。(尾田栄一郎を見倣おう)
④敵おかわり
わんこそば並みに敵がどんどこ補給されていくアクション映画(韓国映画?)があったが、本作の敵は途中1回合流がある。最初から30人以上も強盗が乗ってるというのは、いくら服装で見分けがつかないからといっても不自然だが、少数先行・手引き・列車速度を落としたところで合流…ということで40人対1.5人と言うリッチなバトルが成立する。
強盗どもの冷酷さ凶悪さをアッピールするために、モブキャラが殺されるのはこういう映画で100%見られるお約束だが、それにしてもハリウッドに影響を受けた映画だとそれなりにヘイトを受けたキャラクターが死ぬ傾向がある。密室ホラーで「こんな場所出て行ってやる!」という愚かキャラとか。 NETFLIX版新幹線大爆破では被ヘイトキャラすら死なないが、本作ではまあ死ぬ死ぬ。
1.車内が阿鼻叫喚になる前のほのぼのシーンで「お兄さん軍人?僕も将来軍に入りたいんだ、国を守りたい」という、母や祖母と旅行中だった中学生ぐらいの少年>死ぬ
ハリウッドだったら、勇気を振り絞り機転を利かせモブ敵をやっつけてサムズアップってキャラクターだろ少年よ…
2.さすがに主人公一人で40人倒すのは無理がある設定なので、シナリオの都合で同行していた主人公の頼りになる親友(特殊部隊の同僚)>死ぬ
3.主人公が守るべき最重要人物(恋人女性)>わりと早い時期で死ぬ(ので、途中から目的が彼女を守る、から変わる)
⑥主人公が失神する
直接攻撃やそのほかの理由で頭部に打撃を受けて失神する。2回目はモブ強盗たちに「殺せ!殺せ!」といわれるが長老の「いやこいつには利用価値がある」の鶴の一声で生かされる(そのあと覚醒してからのバトルも長い)
後半、モブ敵が主人公を追い詰める、とそのとき、中年女性と老女がモブ敵を鈍器で滅多打ち。助かる主人公。「あの子を!あの子を!」…無限に殴打している女性たちは上述の少年の保護者だった。家族を殺された恨みは、善良な市民も悪党一族も同じなのだ。
⑧思い出したら書く
最初に鬼滅の刃を観たとき、ほとんどの問題点を見て見ぬふりをしていたのは否定できない事実です。とはいえ、このアニメの最も強い点はアニメーションと戦闘です。シンプルなパワーシステムをどう実行し、どう掘り下げているか。そして旅の途中で立ちはだかるさまざまな鬼の背景を忘れてはいけません。Ufotable は普通の漫画を10倍良くし、鬼の過去のエピソードを延長したり、トップクラスの作画や効果音で私たちに大いに見せつけるなど、ストーリーにさらに味を加えました。しかし冷静に見れば、それは愛されるか嫌われるかのどちらかの、シンプルな前提と物語を持ったごく普通の少年漫画です。そうは言っても、単なる派手なアクションや莫大な予算を投じた作品以上に「良い作品」と言える点もあります。もちろんこれは人それぞれですが、私にとって最大の重みを持つのは登場人物そのものです。キャラクターがいかなる形であれ私に響かない限り、どんな媒体も観ることはありません。誤解しないでほしいのですが、鬼滅の刃はまともな少年漫画です。しかし決して最高の作品ではありません。
最初の数話で、これが決して傑作になる可能性はないとすぐに分かりました。何をやるにしても単純で、吾峠呼世晴が自分のコンフォートゾーンから出て危険な領域を探求しようとする意図がないのが見て取れます。Ufotable がアニメ化したからこそ人気が出たのであって、そうでなければここまでにはならなかったでしょう。考えてみてください。もし Ufotable がブラッククローバーやフェアリーテイルをアニメ化していたら、鬼滅と同じくらいの名声を得なかったでしょうか?それは事実でしかありません。私自身、アニメを観始めた頃は作画やアニメーションに釣られていたのです。もちろん、それが悪いことではありません。良いストーリーに素晴らしい制作を加えることもあれば、逆にストーリーは凡庸でも制作が圧倒的に優れていることもあります。しかし、残りの中身が十分でなければ結局は何も意味がありません。私は鬼滅の刃を他の多くの作品と比較して、できる限り説得力を持たせようと思います。読む気がないなら、一言で言わせてください。鬼滅の刃はフェアリーテイルに相当しますが、それよりもずっと劣ります。少なくともフェアリーテイルには「心」がありました。どう受け取るかは自由ですが、私が何を暗示しているのかは明らかでしょう。ではキャラクターから始めましょう。
炭治郎は多くのファンのお気に入りのようです。彼は好かれやすいキャラだからです。しかし正直に言うと、彼は私が追いかけた主人公の中で最も退屈な存在の一人です。彼は誰もがなりたいと思う理想的な人物像として描かれています。普通の人間としての欠点がまったくなく、もしあるなら作者がそれを上手く伝えられていません。彼が優しくて猪之助を苛立たせる、そのやり取りが面白いのは認めます。吾峠はシンプルで効果的なコメディリリーフを描くのが上手いです。ただし、常にそうとは限りません。そして残念ながら、主人公に十分な深みが欠けている点は否定できません。炭治郎には目立った欠点がなく、それが長期的には退屈で辛いものにしています。彼の最大の変化は強くなることだけです。例えばブラッククローバーのアスタは、うるさく、好奇心旺盛で、無謀で、頑固です。それに加え、まだまだ語れます。さらに、私のお気に入りであるルフィを加えるなら、彼は好奇心に溢れ、カリスマがあり、冒険への情熱があり、予測不能で、愛すべきおバカな存在です。科学好きの愛すべきオタクである千空だって、上記の特性を多く持っています。
そして炭治郎はただ優しいだけ。たまに怒ったりしますが、それは彼が優しく穏やかな性格だとすでに確立されているため、かえって不自然に感じます。もちろん、優しいこと自体は悪くありません。他のキャラクターもその要素を持っていますが、それ以上のものも持ち合わせています。鬼滅の刃のサイドキャラもそれほど優れてはいません。善逸はバランスを欠いたうるさくて面倒な存在で、コメディリリーフもバカバカしくて見ていて恥ずかしくなるほどです。彼が口を開くたびに自分を撃ちたくなったのは私だけでしょうか?彼には成長が描かれますが、それも「ただ起きた」だけで、理解できるような過程がきちんと描写されていません。三人組の中では猪之助が最も優れています。彼には単なる戦闘狂以上の層があり、恐怖、怒り、絶望などを経験し、それが彼にどう影響するかが詳細に描かれています。まだ改善の余地はありますが、彼はきちんと書かれたキャラの良い例です。
柱たちも物語の大きな部分を占めています。決して悪いわけではありませんが、最高とも言えません。彼らにはそれぞれ独自の個性があり、同じ型にはまってはいません。しのぶは最も複雑に見えます。彼女には「あらあらお姉さん」的な雰囲気と、元気な笑顔で人を引き込む魅力があります。ですが、それはすべて仮面であり、もっと深い部分を持っています。正直に言うと、彼女が「嫁候補」だからというバイアスも入っていると思います。とはいえ、吾峠にはしっかりと書かれたキャラクターもいます。しかし物語の焦点がメイントリオ、正確にはカルテットに当たっているため、その潜在力が十分に発揮されていません。軽く触れておきたいのが禰豆子です。彼女の目的は何でしょう?可愛らしい見た目で目を癒し、時折戦う以外に何かありますか?物語の序盤ではほとんど何もしておらず、ただ視聴者や読者を釣るための存在に見えます。私にとってのベストガールはしのぶかカナヲです。彼女たちはただ可愛い「んんっ」ばかり言う存在よりも物語性があります。禰豆子の役割も、予想はできたとしても、唐突に出てきたように感じます。
さらに、大きな悪役である無惨は、強烈な登場で始まります。しかし結局のところ、ただの怒りっぽいマイケル・ジャクソンで、血に飢えた狡猾なろくでなしにすぎません。作者はショック要素で彼を恐ろしく見せようとしていますが、本当に良く書かれた悪役ではありません。彼もまた「もっと魅力的になれたのに」系の無駄な存在です。壮大な締めくくりのために置かれた存在でしかなく、それも失敗しています。なぜそう言うかというと、私はもう漫画を追っておらず、最後まで完結するのを待つつもりだからです。だから今から言う意見は話半分で聞いてください。無知は時に幸せです。しかし事実として、漫画のテンポはひどいです。キャラクター同士の関係を深める余裕がなく、次から次へと戦闘に投げ込まれます。鬼滅の世界についてほとんど知らされず、リアリズムもなく、感情移入できるような「本物らしさ」が欠けています。世界観は脆弱に構築され、ただの手段に過ぎません。
一方で、シンプルな核を持ちながらもしっかりと世界やキャラクターを構築している作品があります。ここで言っておきたいのは、アニメだけでなく原作も見ているということです。ブラッククローバーはその一例で、アスタとノエルを例に取りましょう。アスタはシンプルで典型的な主人公のように見えます。しかし人間味があり、一言では語れません。彼は大きな成長を遂げ、その過程で彼をより深く評価できるようになります。ノエルもまた、最初は典型的なツンデレで全てを見下すような存在でしたが、徐々に柔らかくなり、非常に複雑で深みのある魅力的なキャラクターに成長します。ブラッククローバーのキャスト全体が単純以上の存在に感じられるのです。ドクターストーンもまた称賛に値します。キャラクターの差別化が明確で、物語の展開もバランスが良いです。テンポよく世界観やキャラを築き、成長を見せ、嫌いだったキャラが次の瞬間には好きになることもあります。
では鬼滅の刃は何を違ってやっているのでしょうか?莫大な予算を持つ巨大スタジオに支えられている以外に?ただ、鬼たちの過去の話は本当に評価できます。響凱、蜘蛛の母、累などはカルテットよりも遥かに興味深いキャラクターに思えました。他にも、鬼たちはメインキャラよりも学びたいと思えるほどです。鬼滅の刃が人気なのは Ufotable がアニメ化したからであり、アニメ初心者にとって入りやすく、漫画も200話未満で読み切れるという手軽さが理由です。セリフも多くなく、すぐに消化できます。とはいえ、すべてが凡庸というわけではありません。鬼滅の刃から生まれた最高のエピソードのひとつを賞賛したいと思います。それは私のお気に入りではありませんが、注目と賞賛に値します。19話は Ufotable の最高の仕事であり、多少のご都合主義があるものの、演出と方向性は見事で、十分に効果的でした。
その盛り上がりは段階的に積み上げられ、美しいサウンドトラックが流れ、クライマックスで感動的に爆発します。このエピソードは兄妹の絆を最大限に尊重し、その繋がりを丁寧に掘り下げています。根本的にはありきたりですが、その労力と意図を評価しないのは愚かでしょう。鬼滅の刃は、ビジュアルと作画においては常にトップクラスです。ひどい品質の瞬間は一切ありません。もちろん、圧倒的な作画力を誇る Fate シリーズ、特に Heaven’s Feel や空の境界映画シリーズには敵いません。TV アニメと映画を比較するのは公平ではありませんが、鬼滅に影響されすぎている多くの人々に異なる視点を提示したいのです。OP と ED も素晴らしいです。LiSA が担当している時点で、質の高い、美しくキャッチーな曲になるのは当然です。サウンドトラックも梶浦由記と椎名豪という伝説的な作曲家によるものなので、耳は幸福に包まれるでしょう。
さらにアニメが大いに正義を成したのは戦闘シーンです。漫画では適切に表現されていなかったパワーシステムを引き上げました。呼吸法が使われるたびに何が起きているかが分かりづらいのですが、それは色彩や視覚的表現が難しいためです。Ufotable はそれを明確に表現し、攻撃を分かりやすく、華やかで、音響も伴った美しいスペクタクルにしました。鬼滅の刃のパワーシステム自体は単純ですが十分に機能しています。Ufotable は水、火、風、その他の呼吸法を見事に描き、キャラクター性を示しています。例えば炭治郎の水の呼吸は、彼が穏やかで自己規律を持つ性格を反映しています。猪之助はイノシシの被り物をかぶり、野生で育ったため、それを呼吸法に反映させています。善逸はやや特殊ですが、成長が唐突に訪れた点を「雷のように速く突然」という解釈もできます。カナヲは花の呼吸で、美しく、穏やかで、静かで、ゆっくりと咲く花のようです。私は鬼滅を厳しく批判していますが、吾峠がうまくやった点や Ufotable が引き上げた点を無視するつもりはありません。物語を進める中でパワーシステムが発展し、多くのことが細やかに伏線として張られています。例えば、那田蜘蛛山編の前に炭治郎の額の痣や赫刀が示唆されていたことです。このレビューを書いているうちに、私の鬼滅への評価は少し変わりました。否定的な感情だけでなく両面を見たからです。鬼滅の刃は決して悪い少年漫画ではありません。そういう印象を与えたくはありません。それは私の意図ではないのです。
ただし疑いようもなく、鬼滅の刃は過大評価されています。Ufotable が存在したからこそ、凡庸な漫画が売り上げを大きく伸ばせたのです。シンプルな基盤を持つ他の少年漫画でも、莫大な予算を持つスタジオが制作すれば、同じように爆発的に人気が出るでしょう。この記事を書いている時点で、鬼滅の刃は最終章にあり、多くの問題に苦しんでいるようです。これは、本来なら大きな成果に繋がるはずだった要素を軽視した結果です。だからこそワンピースの人気は一貫して高く、尾田栄一郎がその気になればさらに爆発的に伸びるのです。ブラッククローバーも導入や設定をきちんと積み上げた後で大幅に面白くなります。ドクターストーンも序盤は遅いですが、その後は素晴らしい作品になります。私の意見を聞きたくない人でも、せめて一つだけ覚えてください。アニメーションや作画は、作者の作品がすでにしっかりと構築されている場合にこそ真価を発揮します。鬼滅の刃は多少の良さを持っていましたが、偉大な少年漫画でも革新的な作品でもありません。ただ単純で、莫大な予算を持つ巨大スタジオに支えられていたというだけのことです。
ワンピースのエンディングにおけるこの疑問は、ファンの間で憶測と議論の的となっています。尾田栄一郎は、ルフィがワンピースに登場する4人の美しいキャラクターと結婚する瞬間を予告していました。
彼はまた、ボア・ハンコックをルフィの王妃に選んだことについても語っています。4人のキャラクターはそれぞれ、ルフィに独自の個性と絆をもたらします。将来の妻になる可能性もあるのです。
一方、最終的な選択は依然として謎に包まれています。ルフィとこれらの女性たちの絆は、「ワンピース」という美しい世界における友情、忠誠、そして愛の美しさを反映しています。結末がどうであれ、確かなことが一つあります。それは、ワンピースという宝物と物語を見つける旅です。世界中のファンにとって、それは今もなお喜びと冒険であり続けています。
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歴代発行部数ランキング | 漫画全巻ドットコムから上位50人
プロフィール非公表の和久井健を除く49人中、出生地または出身地が東京都の漫画家は9人
出生地/出身地の片方が東京都の漫画家を0.5人分としてカウントするなら7.0人
| 尾田栄一郎 (ONE PIECE) | 熊本県 |
| さいとう・たかを (ゴルゴ13) | 和歌山県、大阪府 |
| 青山剛昌 (名探偵コナン) | 鳥取県 |
| 鳥山明 (ドラゴンボール) | 愛知県 |
| 岸本斉史 (NARUTO -ナルト-) | 岡山県 |
| 吾峠呼世晴 (鬼滅の刃) | 福岡県 |
| 井上雄彦 (SLAM DUNK、バガボンド) | 鹿児島県 |
| 秋本治 (こちら葛飾区亀有公園前派出所) | 東京都 |
| 諫山創 (進撃の巨人) | 大分県 |
| 雁屋哲 (美味しんぼ) | 中華民国北京特別市、東京都 |
| 花咲アキラ (〃) | 富山県 |
| 久保帯人 (BLEACH) | 広島県 |
| 荒木飛呂彦 (ジョジョの奇妙な冒険) | 宮城県 |
| 原泰久 (キングダム) | 佐賀県 |
| 藤子・F・不二雄 (ドラえもん) | 富山県 |
| 堀越耕平 (僕のヒーローアカデミア) | 愛知県 |
| 手塚治虫 (鉄腕アトム) | 大阪府、兵庫県 |
| あだち充 (タッチ、H2) | 群馬県 |
| 天樹征丸 (金田一少年の事件簿) | 東京都 |
| 金成陽三郎 (〃) | 神奈川県 |
| さとうふみや (〃) | 埼玉県 |
| 武論尊 (北斗の拳) | 長野県 |
| 原哲夫 (〃) | 東京都、埼玉県 |
| 森川ジョージ (はじめの一歩) | 東京都 |
| 板垣恵介 (グラップラー刃牙) | 北海道 |
| 芥見下々 (呪術廻戦) | 岩手県 |
| 高橋陽一 (キャプテン翼) | 東京都 |
| 長谷川町子 (サザエさん) | 佐賀県 |
| 冨樫義博 (HUNTER×HUNTER) | 山形県 |
| 横山光輝 (三国志) | 兵庫県 |
| 荒川弘 (鋼の錬金術師) | 北海道 |
| 和久井健 (東京卍リベンジャーズ) | 非公表 |
| 嶋田隆司 (キン肉マン) | 大阪府 |
| 中井義則 (〃) | 大阪府 |
| 空知英秋 (銀魂) | 北海道 |
| 和月伸宏 (るろうに剣心) | 東京都、新潟県 |
| 真島ヒロ (FAIRY TAIL) | 長野県 |
| 古舘春一 (ハイキュー!!) | 岩手県 |
| 神尾葉子 (花より男子) | 東京都 |
| 許斐剛 (テニスの王子様) | 大阪府、東京都 |
| 森田まさのり (ろくでなしBLUES) | 滋賀県 |
| 三浦建太郎 (ベルセルク) | 千葉県 |
| しげの秀一 (頭文字D) | 新潟県 |
| 高橋留美子 (らんま1/2) | 新潟県 |
| 田中宏 (BADBOYS) | 広島県 |
| 満田拓也 (MAJOR) | 広島県 |
| 鈴木央 (七つの大罪) | 福島県 |
| 臼井儀人 (クレヨンしんちゃん) | 静岡県、埼玉県 |
| 天王寺大 (ミナミの帝王) | 大阪府 |
| 郷力也 (〃) | 大阪府 |
たとえばこれが「ワンピース、島のボーイ」なら多少は議論の余地がある。
たまたま見かけた子供がこれを尾田栄一郎公認だと思ってしまう可能性もゼロではないからだ。
世の中にはサンジとゾロが裸で仲良くしてる本をワンピースの公式ムックですぞと勘違いする子供や、「何が好き歌で自分を語れよ!」をルフィのセリフだと思い込んでいるゲーム開発者だっているのだから。
だが、「ワンボーイと島のピース」を「ワンピースのゲームだ!」と勘違いする奴は流石におらんやろ。
たとえばポケモン公式が「ポケットの中のボールに入っているモン」とかいう名前でゲームを出すか?「ピカピカの真っ最チュウ」という歌詞はあっても、作品タイトルにそれはせんやろ?
わかるか?
勘違いしようがないラインの向こう側でダンスってる奴に「おいおい。世の中の半分はIQ二桁。勘違いしちゃうかもだぜ?」は人の可能性を疑いすぎぁ
〇〇生まれ・✗✗育ちの場合は併記する。東京・大阪の出身者は太字で表す。
尾田栄一郎の一番のすごさはそこだと思う
その主張が世の中の人に通ってねぇからどんどん生成AIを使う人や企業が増えてきて、反AIとか呼ばれて侮蔑されるようになってきている。主張自体は正しいのかもしれないがそれを理由にAI使うのをやめる人も取り締まろうと考えてくれる国もいないという事を理解しないと一生意味のない事をわめき続けるしかなくなってしまう。
悲しいが、遵法精神のある人はそこまで多くないのはもう自明だ。あったらそもそも漫画村だってあんな問題にならなかっただろうし。
ただ上記の主張をする集団、人を燃やせるくらいには人数はいるので、AI生成物を使った人や企業燃やして、取り下げさせるくらいはできるんだよな。
でもそれもいつまでも続かないのはわかるだろ?同じことやってたフェミニストが今めちゃくちゃ嫌われてるのを見て今後どうなるか予測がつくだろ?
オレは生成AIが全面違法化するのはあり得ないと思ってる。少なくとも「生成AIは無断でインターネットから盗まれた物だから違法」は絶対に通らない。だから主張は変えた方が絶対いい。いつまでも駄々こねても状況は悪化するだけだし。
ここからはAIを違法にするんじゃなくて、明らかに絵師側に不利益がある物を弾く仕組みを考えないといけない。
「生成AIは人の絵柄を意図的に真似して見分けがつかない海賊版を量産できます」という主張をして、絵柄をコピーして有名絵師になりすます人がいる。っていうのを周知しないといけないし、そういう使い方は違法にしないといけない。
尾田栄一郎先生がやってた自身の絵柄を使えるツールを作って、「絵師・漫画家の絵柄はAIを通しても本人が認可した物のみ使用できる」っていう認識と実績を積み上げていくのもいいと思う。
一応言っておくけど、生成AI自体は仕方なく許容してるだけで別に賛成でもないからな。
ただ、AIの進化を考えると5年後くらいにはAIか人のどっちが描いたのか人の目では判別不可になりそうだから、それまでにAIを使う人がルールとマナーを守ったほうが得な状況と、違法な使い方をする人をAI使う側の人たちが弾けるようにしてほしいってだけ。
見えてる確実な地獄に比べたら、生成AIで出されたイラストでキャッキャする程度だったらまだ許容できるしな。どうせそいつのイラストはそこまで評価されねぇだろうし。
ハイキューが最終回を迎えた際、Twitterで感想を漁っていたら、「なんでバレーしてるだけなのにこんなに泣けるんだろう」というファンの投稿が目に入った。自分はハイキューで泣けるほどの感受性はとうに持ち合わせてなかったが、そこから数えて24年前にほとんど同じ気持ちを味わっていた。
井上雄彦の作品に通底するのは徹底したリアリズムである。彼が本作で行ったのは、本気でバスケットボールに挑む人間の思考と感情をつまびらかにするだけで面白くなるということの証明と、人気が出なかった時のため不良路線でも行けるような作風を選んだことだけである(当時バスケットボールがマイナースポーツであったことに留意したい)。この結果、フンフンディフェンスを除くあらゆる要素が後世のスポーツマンガにリアリティの基準点をもたらすこととなった。
桜木花道がバスケットマンに変貌するたった4ヶ月の物語は、命のやりとりや世界が終わることよりも一本のシュートの成否の方が遥かに切実で重要な問題になりうることを、今なお我々に伝えている。
講談社は1970年代末期には後発のジャンプにマンガ業界の盟主の地位を明け渡しているわけだが、それを奪い返す最大のチャンスが90年代後半に訪れた。DB幽白スラダンといった作品が終了した暗黒期のジャンプを、金田一はじめの一歩GTOを擁するマガジンは苛烈に追い上げ、ついには発行部数で逆転したのである。
その中で強引に看板作品に祭り上げられ、ジャンプの屋台骨を支えることになったのが本作だ。後に和月伸宏は「次につなげたい」という気持ちで描いていたと語っている。明治という激動の時代の中で不殺の剣士・剣心が刀を交える相手は、旧時代に未練を持つ者や、新しい時代の荒波に飲み込まれた者たちであった。黄金期と暗黒期の狭間で奮闘した本作のありようは、皮肉にもそこに重なって映る。
ワンピナルトが出てくるまでを空白期間にせず、少年マンガ誌の代表というジャンプのアイデンティティを守りぬいたのは同時代の誰も比肩できない功績だ(幕張や封神演義やBOYSにこの役割を代替できたか考えてみてほしい)。現代のジャンプ読者はもっと、もっと本作に感謝すべきだと、佐藤健の超人的なワイヤーアクションを眺めながら思うのである。
連載終盤、もはや燃え尽きる寸前だったといううすた京介は後年、「マサルさんはシュールではなく、ベタをシュールに見せていただけ」と語っている。自分を含め、多くの読者は同意しかねるだろう。彼が未来永劫に参照点となりうる新たなベタを作り上げたことに疑いの余地はないからだ。
本作はギャグマンガでやってもいいことの範囲を大幅に拡大した。キャラクターの行動原理なんてなくていい。話の展開は唐突でいい。絵柄は毎ページ変わっていいし上手くなくていい。読者が知らなさそうなパロディだって入れてよいのである。現代の観点では至極当然と思える要素を2年弱、全7巻に惜しげもなく詰め込んだ。
彼の次回作(ピューと吹く!ジャガー)ですらも、ついにその革新性を更新することはなかった。90年代にうすたに憧れ新人賞に応募した有象無象のワナビー達も誰一人として出来なかったことを考えれば少しは気が休まるだろうけども。
闇の人格を持つ主人公によるダークヒーローものというコンセプトで始まった本作は、ほどなくしてマジック&ウィザーズという架空のTCGを中心にした物語に変化した。この変化が、数十枚の紙束を並べる行為を、玩具・ゲーム業界において最も存在感のあるエキサイティングな遊びに位置付けることになる。
コナミでは社内の遊戯王関連の部署をしばしば「造幣局」と呼ぶそうだが、紙を刷って売上1兆円に到達するコンテンツなど他に存在しないことの証左である。こうした状況に、高橋和希の優れたキャラクターデザイン、ストーリー構成が大きく貢献したのは言うまでもない。ゲームが友情を育むツールになりうると示し、メディアミックスの力を世に知らしめた功績は間違いなく彼のものだ。
世界で最も多く発行された単一作者によるマンガ作品について何か語るべきことがあるだろうか?まだ言及すべき余白が。本作のように自然にカテゴライズを避ける作品というのは極めて少ない。友情、夢、自由、強さという最もありふれたテーマに挑み、ついにそのすべてを超然と飲み込み描き切ろうとする本作を何らかの箱に入れて理解するのは難しい試みに思える。
毎週月曜日にワンピを読んで喧々諤々と考察できる世界に我々は慣れ切ってしまった。30年間マンガ業界の頂点に君臨する男がいるという現実に。一定の年代以上の人間にとって、本作の終わりがジャンプという雑誌の終焉に見える人がいても無理のないことだ(今ワンピの次に長寿連載しているのはハンタを除けば2019年連載開始の夜桜さんである!)。ルフィと尾田栄一郎という二人の男の、幼少期から練り上げた夢の果てを世界中が見届けようとしているのだ。我々がこうした光景にふたたび立ち会えるかは疑わしい。
幽白は極めて質の高い作品でありながら、冨樫義博が抱える巨大なアイデアの数々を収めきれた作品ではなかった。それでも仙水編と、その後に異例の月一で掲載されたレベルEで前人未踏の領域に踏み込んだ彼は、自身4作品目の連載においても既視感のある展開とご都合主義を執拗なまでに避け続けた。彼の描くキャラクター達は自身が取れる最善の選択を積み上げた末に、我々が期待する最善以上のドラマを生み出す。幾度もの休載を挟みながら。
「今週の『HUNTER×HUNTER』は休載いたします」の表記(今はこれすらなくなったが)を昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらぬ平常心で見られるようになってもなお、自分に限ってはこんな感じであった───「HUNTER×HUNTERの最終回を読める可能性があるというだけで、どんなクソみたいな人生でも生きる理由が生じる」
いまや冨樫は少しずつ体調を取り戻し、我々は一時期とは比べ物にならないほどコンスタントに彼の創り出す世界に触れることができる。何百何千もの作品がジャンプにおいて連載され、本作に近い作品、それ以上のものを期待し続けてきたが、その度に彼の偉大さを突き付けられるだけなのだろう。
前例のないテニスマンガでの成功、女性読者の流入、クールで生意気で強い主人公像、菊丸が分身して以降のテニヌ...といった誌面上で読み取れる新規性だけでは、本作のもたらした文化のごくごく一部しか語りえない。
1000曲近いキャラソン、出役としての役割を求められる声優たち、2.5次元文化の源流かつ若手俳優の登竜門としてのテニミュ...現代における狭義のオタク文化の根を辿れば、必ずテニプリが残した功績にぶち当たる。「推し」という文化が、人間を描くあらゆるコンテンツに侵食して久しいが、許斐剛が生み出した世界は、ジャンプで築き上げられたあらゆるファンダムの中でもっとも複雑で永続的な強度を保ち続ける、史上最も「推す」に値する文化であり続けている。
すみませんほんとに書くことが思い浮かびませんでしたでも世界的にマンガ文化を広めた功績は鳥山に並ぶと思ってますマジで
あまりに多くの言及がこの作品になされ、そのどれもが口をそろえて言う。「描き分けが上手い...絵の引き算が上手い...ルビ振りのセンス...久保帯人は中二病...ストーリーが薄い...」これらすべてはもちろん真実だ。
連載中、ワンピナルトブリーチの三枚看板の最後尾というポジションが崩れることは一度もなかった。果たしてこの評価が妥当だったのかは分からないが、少なくとも我々ネット民は久保帯人のセンスをバカにし過ぎたことに対し大いに反省すべきところがあるのではないだろうか。海賊、忍者のような明確なモデルがいないのに、久保帯人はどうしてあれほどまでに洒落たキャラクターとセリフ回しを無尽蔵に生み出せたのか、系統立てて説明できる理屈は未だ見つからない。もしその答えが彼の脳内にしかないとするならば、我々は本作を源流に大いなる歴史が作られていく可能性を認めなくてはならないだろう。
デスノートという作品は複数の点で極めて例外的な成功を収めた。肉体的攻撃を伴わない心理戦、一切の引き伸ばしをしない、公権力、宗教的崇拝、欠点の無い主人公、ゴシック的キャラ造形、ダークヒーロー、死亡エンド...
本作に散りばめられたこれらの要素は、すべて従来のジャンプ漫画では邪道、あるいは不要とみなされてきた要素であった。このような野心的な作品がメディアミックスにおいても成功を収め、国民の誰もが知る作品となったのは驚異的だ。この作品が出たことは心理戦を描こうとする後世のマンガ家にとっては悲劇かもしれない。夜神月ほど賢く、悪どく、魅力的なキャラクターを矛盾なく作れる人間は大場つぐみくらいしかいないのだから。
2010年代にジャンプを購読していた人間はみな共通してうすぼんやりとした不安を抱えていた。「ワンピの連載終わったらジャンプってオワコンじゃね?」
ジャンプの終わりという、週刊少年マンガ誌という形態の終わりと同義に思える未来を避けるべく、集英社は読者以上に血眼になって後継者を探し求めた。しかし我々の期待も空しく、トリコ暗殺教室ヒロアカソーマブラクロ約ネバドクスト呪術といった平成末期の傑作たちすらも、尾田栄一郎が築き上げた領域には辿り着けなかったように見えた───ただ一つの例外を除いては。
「家族、友人への愛」「困難を乗り越える強さ」という普遍的なテーマにフォーカスした吾峠呼世晴の連載デビュー作は、あらゆる世代へ届く成功を収めた。特に、劇場版『無限列車編』は社会現象化し、国内の興行収入1位を達成するなど、経済的にも文化的にも大きなインパクトを残すことになった。
出版業界の衰退、コロナ禍、趣味の多様化といった逆境の中で、マンガが世界的なムーブメントを引き起こすことがまだ可能であると証明した本作は、令和を生きる日本人の心象風景に残る新たな「国民的マンガ」として、時代に選ばれたのだ。
ひとりのスターの存在がプラットフォームの価値を定義することは古今ジャンルを問わずあることだ。ダウンタウンの登場がお笑い養成所という存在をメジャーにしたように、米津玄師の登場がニコ動の文化をオーバーグラウンドなものにしたように。
2014年に創立したジャンプ+というプラットフォームの目的である「紙とデジタルの垣根をなくし才能を育てること」が名実ともに達成されたのはいつだったのか?それは初めて本誌とジャンプ+両方でスターとなった人間の登場によって定義付けられる。
かつて秋田の片田舎から新都社に「長門は俺だ」という名前で投稿していた少年は、その衝撃的なストーリー展開で我々を魅了する存在となった。ファイアパンチ以降、ジャンブ+はあらゆるWebコミックサイト、いや雑誌を含め、もっとも野心的な作品を読める場所のひとつとして認知されるようになった。
藤本タツキの本誌への到着は新たな才能の鉱脈をインターネットに求める時代の始まりを告げ、媒体の違いというものがマンガの面白さになんら本質的な影響を及ぼすことはないという事実を我々に突き付けたのだった。