はてなキーワード: 女流棋士とは
昨年(anond:20241217085132)に引き続いて挙げてみる。今年は元日から今日までのあいだに296冊読みました。いまはアンドリ・スナイル・マグナソン『氷河が融けゆく国・アイスランドの物語』(2019年)とR・F・クァン『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』(2022年)、ジョセフ・ヒース『資本主義にとって倫理とは何か』(2023年)、かまど&みくのしん『本が読めない33歳が国語の教科書を読む』(2025年)を読んでいるところ。
ちなみに上の冊数には漫画は含んでいないのだけれど、漫画は数えてないから何冊読んだのかわからない。とりあえず『微熱空間』『ひまてん!』『うまむすめし』『ルリドラゴン』『祝福のチェスカ』『放課後帰宅びより』『拝啓、在りし日に咲く花たちへ』『桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?』あたりが好き。あと最近ようやく『LIAR GAME』と『ナナマルサンバツ』を読んだけど超面白かった。ウマ娘だと、去年はシーザリオに狂っていたけど今年はブエナビスタにどハマリしています。ブエナ、実装されたら絶対引きたいと思ってたから80連で引けてよかった。ビリーヴシナリオもラヴズオンリーユーシナリオも良かったし、ようやくラインクラフトも入手して育成できたし、来年こそカレンブーケドール実装に期待だな!
欧州文学だと、フランス文学のサン=テグジュペリ『人間の大地』(1939年)やアイスランド・ミステリのアーナルデュル・インドリダソン『厳寒の町』(2005年)、バスク文学のキルメン・ウリベ『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』(2008年)も非常に良かったのだけれど、どれか1つと言われたら迷った挙げ句にアルバニア文学の本作を推す。ノーベル賞を獲りそこねたアルバニアの国民的作家イスマイル・カダレの作品で、10年以上前に『死者の軍隊の将軍』(1963年)を読んで以来。復讐という因習によってふたりの青年の軌跡が交錯し破滅へと導かれるという、銃声のような余韻を残す一冊だった。エンヴェル・ホジャの独裁政権下という執筆の時代背景もあってか『死者の軍隊の将軍』同様にやたらと雰囲気が暗く、Wikipedia先生とか地球の歩き方先生とかを参照するにいちおうビーチリゾートとかが盛んな地中海の国であるはずのアルバニアをここまで暗鬱に描けるのは逆にすごい。アルバニアの高地に心が囚われていく描写がすごいのよ。こっちも引きずり込まれそうというか。
何年も前に『雪が白いとき、かつそのときに限り』(2017年)を読んで面白かったので本作も買ったのだが長らく積読になってしまっていたので思い切って崩してみた。女と女の重い感情が全編にあふれていて最高だった(粉みかん)。巫女の伝統によって歪められる幾通りもの女と女の関係が胸を裂くような切なさを漂わせていてエモい(語彙力)。古代中国百合ミステリというオタクの好きなものを詰め込んだハッピーセットなので読みましょう。
軍艦が出てきて艦隊決戦とかするみんな大好き宇宙戦争スペオペかと思わせておいて、いやもちろんそういう作品でもあるのだけれど、根本的に異質な知性との交渉過程がセンス・オブ・ワンダーに溢れていて最高だし、高度な知性体だと思ったら実はプランクトンとして生まれ共食いしながら成長していく生物だったというのものすごい発想で驚嘆させられたし、徐々にこの世界の起源が明らかになっていくの面白すぎるでしょ。タイトルの兵站要素は徐々に影が薄くなっていくかと思いきや最後まで割としっかり描写されるし謎のイチャイチャシーンも増える。なぜ。とにかくすごく良いSFでした。
カラオケやウォークマン、ポケモンといった戦後日本を代表する発明品やソフトパワーがどのように作られていったのか、という歴史を掘り起こす書物で、非常にエキサイティングな読書体験だった。町工場のおっちゃんがふと思いついた小さなアイデアが不格好な試作品を生み、それらが徐々に洗練されてやがて日本や世界を席巻するという歴史としての面白さとサクセスストーリーとしてのワクワクが詰まっている。外国出身の歴史家が書いたとは信じられないほどに同時代史料や当事者のインタヴューを積極的に活用していたり、オリエンタリズムに陥ることなく個々の発明家の物語として語られているのも好感度が高い。大満足の一冊。
外国人研究者の日本研究だと、ほかにスーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』(2018年)も良かった。日本社会のコスモポリタン性がクリエイターの土壌となっていることを英語圏の読者に向けて解説してるところ、根強く蔓延るオリエンタリズムを駆逐しようという気概に満ちていて好き。ただ『もののけ姫』に関する記述で照葉樹林文化論に触れてくれるのはすごく良いのだけれど網野善彦には言及があっても良かったのでは(旧著では言及してるんだし)。ノア・スミス『ウィーブが日本を救う』(2025年)の提言は非常に面白かった(経済学に疎くてよくわからない箇所も多々あったけれど)。
超・超・超傑作。面白すぎる。いや今更すぎるけど。もうとっくに面白いって知れ渡ってるけど。でも増田が読んだのは今年なんだよ! なんでこれをもっと早くに読まなかったんだろう? SFの面白さを四方八方から浴びせられて読むのが止まらなかった。そしてSFとしてだけではなくバディものとしても100点満点中300点くらいの出来だという。「いまいくからな、バディ。待ってろよ」のシーンほんと大好き。ぼくは洩れやすい宇宙のぶよぶよの塊。ぼくは本作を読む、映画を待つ。よい、よい、よい!
上述のとおり増田は流行についていけないマンなのだが一昨年になってようやく青崎有吾の存在に気づき、『体育館の殺人』(2012年)にはじまる裏染天馬シリーズとか『アンデッドガール・マーダーファルス』(2015年~)とかを昨年までに履修したのだが、今年に入ってから本作と『ノッキンオン・ロックドドア』(2016年)を読んだ。勝負事に対して天才的な嗅覚を持つ女子高生が次々と独自ルールのゲームに勝利していく話なんだけど、詰みに持ってくまでの伏線とロジカルさがすごいというか。しかもほのかな百合要素まであるんだよ。もう最高。毎話クライマックスにさしかかる度に「あれって伏線だったんだ!」と心の中で叫んじゃったもん。ルールには合致していても刑法に引っかかるだろ! みたいな絡め手がバンバン出てきて感覚麻痺してくる。好きな話は表題作と「だるまさんがかぞえた」かなぁ、やっぱり。だーるーまーさーんーがーかーぞーえっ! ……えっ? 漫画版、絵がどっかで見た人だと思ったら『めだかボックス』の人なのね。超納得。
同じく今年履修した『ノッキンオン・ロックドドア』では「十円玉が少なすぎる」が一番好き。タイトルから察しがつくようにみんな大好き9マイルものです。「十円玉が少なすぎる。あと5枚は必要だ」という謎めいたセリフをもとにすごい結論へとたどり着いていてよかった。発想のロジカルな飛躍は9マイルものの醍醐味だよなぁ。
今年読んだ日本の学術書の中ではいちばん面白い。戦後日本のSM雑誌を博捜し、「変態性欲」の論争のなかに分け入りながら、投稿者の正体を暴きエリートたちがSMを通して戦後民主主義を生きようとした姿を浮かび上がらせている。戦後に生まれたSM雑誌の系譜を整理する第1部の時点で既にガッチガチの実証研究すぎて圧倒されてしまうが、第2部以降が本番というか、脳汁ドバドバの快楽を味わえる。女性解放を唱える歴史学者が筆名でSM雑誌に投稿していた、というだけで既に面白いのだが、著者はテクストを丹念に読み込むことで、彼の歴史学者としての女性解放論とSM論が相互に補完しあう関係であり、戦後民主主義の実践とサディズム・マゾヒズムが彼の中では繋がっていたことを明らかにしていく。また、第3部では『家畜人ヤプー』の再評価にも挑み、作者をとある裁判官だと特定したうえで、マゾヒズム小説だと思われていた作品の新解釈を提示する。戦後思想史をSMから読み直すという非常に大胆な本だった。「豚に歴史はありますか」ってそういう意味だったんだ。むっちゃオススメ。
おっさんと少女のバディもの、みんな好きだよね? 増田は大好物だ。ということで本作はバディものとしてもミステリとしても非常に上質だったので最高だった(語彙力)。瀕死の重傷を負い「幽霊」になった主人公と少女がタッグを組んで少女の両親を殺した犯人を追い詰めていく話なのだが、謎解きが二転三転し次々とどんでん返しが襲い来る構成で目が離せない。傑作ミステリですわ。個人的には◯◯さんには生きていてほしかったな……
2015年に始まったシリーズが10年ごしで完結した。めでたいめでたい。姉弟子と一番弟子の怪獣大戦争がついに決着。もう納得するしかない決着でしょうこれは。あと正妻戦争も完全に決着。天衣ちゃんが澪ちゃんに超弩級のデレをかましていてすごい(語彙力)。桂香先生、ギャグ方面に振り切るかと思いきや泣かせてくるのはズルいでしょ。ちくしょうそういえばこの作者はネタキャラ扱いでさんざんイジっておいて最後に泣かせる芸風だったな(山刀伐さんファン並の感想)。そしてラストが美しすぎる。オタクは序盤の再現が好きなので……。いや~、10年続いたシリーズにふさわしい大団円で最高でした! まあ、でも、それはそれとして女流棋士制度は歪んでるので是正(というか廃止)すべきだろなという思いを新たにした。もちろん民間団体だからムリヤリ廃止するなんてことは結社の自由があるのでできないが、将棋連盟からは切り離すべきでは。
百合SFアンソロ『アステリズムに花束を』(2019年)に掲載された短編が長編になったやつで、リアルタイムで読んでいたものがついに完結した。体格差のある百合カップルが男女の婚姻しか認められないガス状惑星社会で漁をしながら関係を築いていく宇宙SFなんだけれども、まず設定がすごい。その漁で獲るのは普通の魚ではなく、ガスの海を泳ぎ回る昏魚(ベッシュ)たち。そして彼女たちが操るのも普通の漁船ではなく、粘土を自由自在に変形させて網を編み上げる船。ガス状惑星に発生した特異な生命といえばやはり著者の代表的な短編の1つ「老ヴォールの惑星」(2003年)が思い浮かぶし、なんなら著者の最高傑作『天冥の標』(2009~2019年)でも描かれてたわけだけれど、それらの設定を超える宇宙生物を出してきていて最高。本作(4巻)はその宇宙を駆ける2つのサイクロンの物語の大団円だ。惑星規模・宇宙規模での繁殖というでかい問いをどーんとぶち上げてくるのさすが小川一水という貫禄だし、宇宙レベルの話と「ふたりの話」を並行してSFと百合を両立させているのはセンス・オブ・ワンダーの極みと言ってよい。非常に良い作品でした。『天冥の標』で従来の小川一水成分を絞り尽くしたと思ったらまた新しい境地に達していて素晴らしい。
見る将(将棋のルールはわからないけど評価値とおやつだけ見ている暇なおばさん)から金を取るビジネスモデルに転換すればいい
しかし同時にそういう層は別に女流棋士を応援したいわけではない
だからスケジュール空いちゃったら藤井聡太と誰かのエキシビションマッチをさせれば解決
福間女流の今回の発言を巡ってどういった結果になるかを色々と考えてみるけど未来がなさそう
そもそもタイトル戦の会場は無償で場所を提供している(1日制でも検分の前泊と局後の後泊て2泊3日)→もし妊娠でリスケが発生した場合はスポンサーが費用を肩代わり(将棋連盟はそこまで資本力はないので)→リスク増になりスポンサー数減少
若しくはタイトル戦を全てリスケ可能な将棋会館のみで行う→地方興行が減り女流棋士の知名度露出度が更に低下→女流棋士全体の人数減
あと最近の将棋連盟って女流っていう枠をなくしたがってるんじゃね?って思う
多分これから一人でも女性棋士が出来たら撤廃の方向に一気に傾くんじゃないかな
Xで「将棋センター」に女の子が行くと絡まれるだの触られるだの言っているやつら、間違いなく一度も「将棋センター」に行ったことないに決まっている。
まず、「将棋センター」という言葉遣いの時点で怪しい。不特定多数が近い棋力同士で対局できる場のことをいいたいんだろうが、そういうのは一般に道場という。道場、クラブ、サロン、センター等、いろいろ名前がついているので、通っていた道場がたまたま「センター」と名乗っているところなのかも知れないが、追随してセンターセンター言ってるのがエアプなのは明らか。
しかも道場の話題なのに将棋教室の話をぶっこんでくるのもいる。道場は不特定多数が将棋を指す場で、教室はプロ棋士や指導棋士の先生に教わる場なので、エアプでなければまず混同しない。
将棋道場は大部屋に長机が並べられていて、机上に等間隔に将棋盤が置かれている構造になっている。対局者は長机を挟んで座るので、わざわざ手を伸ばさなければ相手に触ることはできない。
しかもだいたい壁際に受付が置かれていて、手合係(対局を組んでくれるスタッフ)が常時いる。受付は将棋盤が置かれた机に相対する方向に設置されているので、対局者の様子が奥まで見渡せる。
そんな状況だから、触ろうとしたりすれば相当不自然な格好になって、受付から丸見えだ。そんなの止められるに決まってるだろ。
しかも女の子って小学生とかのことだろ? 小学生が一人で来ると思っているんだろうか。その場合、親同伴か子供同士で群れているので、ジジイが絡む余地もない。
果ては対局を申し込まれるとか書いてあるポストもあったが、対局の組み合わせは手合係が決める。これは少し考えればわかることで、棋力が近い同士でないとためにならないからだ。なので、いきなり対局を申し込まれた上で触られるだのもあり得ない。
将棋教室だともっとありえなくて、なぜなら子供向けと大人向けは分離されているからだ。
これも当たり前で、大人に向かって子供みたいに呼びかけたらおかしいからだ。指導の仕方も違うし、両者が一緒になることはない。
しかも教室はプロ棋士や指導棋士の先生に教わるところなので、当然、先生が教室を見ている。そんな場で性加害できるものか。
小学生くらいの女の子はたまにいる。某女流棋士なんか小学生時代よく旧将棋会館道場にいたので、知ってる人も多いんじゃないだろうか。
このように実際に通っている女の子もいてふつうに将棋指しているだけなのに、絡まれてすぐ通わなくなるだのなんだの決めつけるのは失礼じゃないか。
そして強い子はすぐ道場内で有名になるので、周囲や手合係も気にかけている。そんな子に絡んだとわかったら出禁になるだろう。
で、大人はどうかというと、女はまず見かけない。だから様子を知っている人が少なくて、わけのわからん嘘松が出るし、嘘松を見抜けない。
まず将棋道場に行って、様子を見てみろ。武骨でインスタ映え(笑)はしないところだが、みんな将棋に集中してるってことがわかるから。
藤井七冠が羽生前会長の面前で「女流棋士新制度」に苦言 「棋力の担保は取れているのでしょうか」
https://news.yahoo.co.jp/articles/88d92cf78f325ba5bf9c4e7820cdddfe9bfa718b
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どうすんのこれ……
あんなに持ち上げてたのに一瞬でこれか……
憎悪にどっぷり身を浸した汚らわしい人たちが、羽生や藤井の名前を出して男女論をやって
いかに相手陣営を傷つけるかに腐心しているようだった。羽生も藤井もそういう穢れから一番遠い人たちなのに。
ああいうの見てたなら、そりゃ竹部も変なスイッチが入っちゃうよ。
「あたし達女流棋士はただ美しく賢い()だけじゃないのよ。」」と。
「棋士に噛みつく牙だってあるし、いつだって戦闘態勢なのよ」と。
そんで将棋村は自分のような狂犬女も包摂する懐の深い組織なんだと主張したかったのかなあ?
全部憶測です。ごめんなさい。
山崎九段もその場では怒ったろうけど、すぐに「竹部さんだしなー」で許しちゃいそう。
一年休みます、なんて言わないで。せいぜい半年くらい頭を冷やすだけでいいです。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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この1週間は、アニメ・ゲームなどのカルチャーから、政治・政策、労働環境、そしてAIや商慣習といった硬派なテーマまで、非常に幅広いトピックが入り混じった活発なやりとりとなった。猛暑や急な天候変化に絡めた日常ネタや、猫や食事などの軽い話も合間に挟まれ、情報共有と雑談のバランスが絶妙。真面目な議論とゆるいエピソードが共存する、オープンチャットらしい濃密な1週間だった。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
現在、プロ将棋において男女が対等に将棋を指せる環境にある、という前提で話が進んでいるのがありえないと思う。錯誤も甚だしいと思う。
女性の体力が男性に劣ることを思えば、長時間の正座は女性にとって不利に働くからだ。(これは生理より深刻な問題だと思われる)
研修会→奨励会へと、成長と共に男女の筋力差が顕著になるほど、男女の棋力に差が出てくる。それは頭脳ではなくフィジカルの問題だ。
頭脳による純粋な勝負が将棋の真骨頂であるなら、女性のフィジカルがハンデにならない対局環境を整えるべきだ。
つまり椅子対局。椅子対局こそが将棋界内の男女問題を解決する。
今年中に奨励会、プロの対局で椅子を導入(男性同士が望むなら正座対局でもどうぞ)するべきだ。10年以内に正規のルートを通った(三段リーグを潜り抜けて)女性棋士が誕生するはずだ。
体がきつければ、頭脳も働きません。当たり前のことじゃないですか?羽生さん、理事の方、藤井七冠、ぜひ考えてください。男性だって正座に体力を奪われなければ、もっといい将棋が指せるかもしれませんよ。
(追記)
羽生さんもNHKの番組で、一日中正座して盤と向き合うのはそれだけで大変なことだって言ってた。
外野が想像するより、正座(もしくは畳に座る姿勢)はきついんだと思う。
今度女性が棋士の編入試験をやるときは、椅子対局を前向きに検討してほしい。
(追記2)
今でも椅子対局は可能ですよって、それは知ってます。アキラワタナベが足を怪我して椅子で指しているのも知ってます。
でも、現状では椅子に座るのはイレギュラーな場合だけでしょう。女性が長時間さす場合は椅子が普通、
みたいな状態になるのが望ましいのではないかと外野は思うのです。
なお私は将棋は指さないし、女流棋士と喋ったこともないので、当事者の希望がどこにあるのかは分かりません。
はた目からは長時間畳に座るのがしんどそうに見える事、女性のバリアの一つになっているのではないかと
気になっている事、棋界のなかでは地位が低い女流棋士からは対局のスタイルの変更を言い出しにくいのではないかと